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自転車泥棒(1948)

LADRI DI BICICLETTE
THE BICYCLE THIEF[米]
BICYCLE THIEVES

メディア映画
上映時間88分
製作国イタリア
公開情報劇場公開(イタリフィルム=松竹)
初公開年月1950/09/08
リバイバル→IP-79.10
ジャンルドラマ
ヴィットーリオ・デ・シーカ Blu-ray ツインパック
参考価格:¥ 8,100
価格:¥ 7,288
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【解説】
 敗戦国の戦後のどん底を痛感させるネオレアリズモの秀作。思想風土の差はあれ同じような経験をした日本の映画がこの時期、民主主義礼賛の御用映画ばかりだったことを考えれば、芸術の独立性を保った当時のイタリア映画人の気質は見習うべきものがある。長い失業の末、映画ポスター貼りの職を得たアントニオは、シーツを質に入れ、代わりに仕事に必要な自転車を請け出し、六歳の息子ブルーノを乗せ町を回るが、ふとした隙に自転車が盗まれてしまう。それなしでは職を失う彼は、無駄と承知で警察に行くが相手にされず、自力で探すことにするが、ようやく犯人に辿り着いたところで仲間の返り討ちに遭いかけ、思い余って今度は自分で自転車泥棒を働くが……。教訓的という以上に感動的なラストにはやはりハンカチが必要な、デ・シーカと脚本家C・ザバッティーニの「靴みがき」に続く、素人俳演を用いたアクチュアルな映画作りの試み。悲痛な前作より日本人好みには合うだろう。
<allcinema>
評価
【関連作品】
靴みがき(1946)
【おすすめ作品】
A=無難にチョイス B=チャレンジの価値アリ C=発見があるかも!?
[001]A (1954)
[002]A晩春 (1949)
[003]Aモンスターズ・インク (2001)
[004]Aひまわり (1970)
[005]A素晴らしき哉、人生! (1946)
[006]Aプライベート・ライアン (1998)
[007]Aカビリアの夜 (1957)
[008]Aバルカン超特急 (1938)
[009]Aアラビアのロレンス/完全版 (1988)
[010]Aカサブランカ (1942)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
24215 8.96
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【ユーザーコメント】
投稿者:sachi823投稿日:2013-11-03 22:19:16
本作品により敗戦国イタリアの戦後まもなくの時期の
貧しさがわかります。
この時代のことは実際には経験していませんが、
日本も同様の状態であったであろうことを考えると、
他人事ではない思いがします。
有名なラストの情景は、父の惨めさを感じるとともに、
息子の父に対する愛情が胸を打ちます。
このようなウェットな描き方はイタリア映画独特のもので
アメリカ映画などではあまり見られないことです。
またそれは日本人の感性とも共通しているように感じます。
主演男優は素人俳優で、その後ぱっとしなかったようですが、
本作品では名優と呼べる一世一代の演技を示しています。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2013-04-11 19:28:05
第二次世界大戦直後の荒廃したローマの街中を、父と子が盗まれた自転車を捜して歩くというだけの単純なストーリーの映画なのだが、その自転車がなければ明日から一家が食べて行けぬという切迫した事情が坦々と描写されて、その切実なリアリティが一種異様なサスペンスを観る者に与えた。ざらついたモノクロの映像が美しい映画である。映画の感想とは別に興味深かったのが、さすがに自転車王国イタリアだけあって、戦後当時の日本では無骨で重い自転車しかなかったのが、ここに登場する自転車は軽々と肩に担げる重量で、その走りもいかにも軽快で、息子やカミサンを我々のように後部座席ではなく、サドル前方のフレ−ムに乗せて走る走り方が面白かった。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:サーボ投稿日:2011-09-08 18:29:31
高校時代に、なにげに深夜番組で見て、非常に感銘しました。もし、映画鑑賞授業があるならば、一押し作品です。まったくの虚心で見るのがいいですね。見た後も「ちょめちょめイズム」などの解説は不要ですね。
投稿者:gapper投稿日:2011-09-04 01:56:30
【ネタバレ注意】

 ヴィットリオ・デ・シーカ監督、ネオレアリズモの名作。

 一部ではなく、多くの物が貧困に喘いでいて行政も警察も怠けているわけではないが解決にはほど遠いという社会状況が良く描けている。
 特にラストは、負の連鎖が起こりある一線を越えてはならないということを痛感させられる。

 日本でも外国人の流入により治安が悪化しているという話もあるし、経済を維持する為には外国人労働者を入れなければならないと言う話もある。
 政府には多額の借金があり、この借金が資産を超えるXデーが10年後にはやってくるという話もある。
 もしやってくるとこの話が日本でも現実になるであろうから、それはなんとしても避けなければならない。

 ネオレアリズモといっても一枚岩ではなくある程度の多様性があるが、デ・シーカは問題を提起するが解決策を示さないというタイプだ。
 その分スタジオを使わず俳優も無名でネオレアリズモらしい出来になっている。
http://gapper.web.fc2.com/

投稿者:こじか投稿日:2010-11-16 04:08:08
【ネタバレ注意】

鑑賞前は古典名作だからこその価値を持つ作品なのかと
僅かに先入観を抱いていましたが、今にも通ずる
普遍的なものとのコメントが方々で上がっていることに納得。
善とか悪とか白黒はっきりさせるようなものではなく、子どもが観ても
作品の意図を充分に理解し考えさせられる良く出来た作品だと思います。

※ネタバレですが※
ラスト近く、父親が自転車を盗む場面での緊迫と焦りはとても
ドキッとさせられました。あの引き画で繰り広げられる一連の出来事。
鑑賞中に少なからず思い描いたことが目の前で繰り広げられたとき、
主人公と同じく善と悪以上の不条理な感情の狭間で揺れ動かされたようでした。
強がりや逃避では拭えない圧倒的現実へひたむきに向かい直し、
それでも“ひたむき”さ故に曲がってしまう現実行動。
そしてそれが他人から悪意として捉えられる瞬間。
その後の持ち主による一言(出した答え)を聞き主人公が何を思ったか。
これを考えさせる大きな余韻として最後の最後に残したことが、
この作品の名画たる所以なのかもしれません。

ストレートでありながら飽きさせない展開と、
細かく詰められた静かな演出に脱帽します。

投稿者:Kircheis投稿日:2010-02-06 07:07:07
「ここで終わり!?」って最初思ったけど、何気に余韻が残る。

昔の映画のラストは想像力がかき立てられるのが多いな…好き♪
投稿者:クリモフ投稿日:2010-01-11 02:32:43
自転車泥棒って言うタイトルですが、これ自分にはかなり社会派に思えてしまいました。戦後間もないイタリアの市井の貧しさが伝わってきます。ネオレアリスモというだけあって、過剰にならずリアルに生活感が伝わってくる。
中盤くらいまでは主人公側の目線で観ていて、盗んだ奴ひどいなぁ、と思ったりしたのですが、そっからの展開でそう思わせなくするのがこの映画の素晴らしいところですね。誰しもが泥棒になりえる状況、その社会的貧困をなんとか映画に収めねばみたいな気持ちを感じました。
あと救いがないわけでもないと思います。ラストはその状況下の中でも、人間的な行為が描かれていると思います(ただここも単に優しさとかではなく、少しあきらめが感じられるのがリアル)。しかも、そのあとの父親のやりきれない表情がことの善悪だけでない複雑さを表していて良いと思いました。子供よりこっちに感動したかな。
正直今観るとストレートに面白いって感じの作品じゃないかもしれませんが、普遍的な部分はあると思います。あたしゃ、ちょっと前半退屈だったけど最後10分でやられてしまった。
投稿者:TNO投稿日:2009-10-30 03:20:27
【ネタバレ注意】

第二次大戦直後の復興期のローマが舞台。街には失業者が溢れ、犯罪が多発し、テーマも暗いのだが、人間のエネルギーや人間関係の濃さが全編を通じて漲っており、最後まで集中して観させる映画だ。困った人々に付け込んで商売をする人や、本当の善意で食事を施す教会ボランティアの人々、貧しいながら演劇に打ち込む人々や隣人を必死に庇う人々。デ・シーカの人間観察が凝縮されている。路地で遊んでいる見ず知らずの子供に「自転車が盗まれないように見ていてくれ」と主人公が頼むくだりなど、昔の日本にもよくあったことだ。電車待ちの時に、昔は普通に荷物を見ていてくれと頼まれたものだ。自転車が盗まれると犯人を周囲の人が挙って追いかける様も懐かしい。演劇の練習と労働者の集会が隣り合わせで行われている何かの建物の地下の描写もある。怪しい占い師が登場し、インチキだと判っていてもつい足を運んでしまうのも悲しい。主人公が職安で役所の仕事にありつくが、何故か映画のポスター張り。当時は、映画も政府が統制していたのだろうか。張っているポスターは、リタヘイワースのドレス姿だ。(ギルダだろうか)他のアメリカ映画のポスターも見える。自転車がないと失業というい現実も悲しい。最後は、自らが自転車泥棒となるが、息子に哀れさを感じた被害者が許してくれる。ここで物語が終わる。この子役がしっかりしている。この子、学校に行かず、何故か掃除夫として働いているのだ。朝、母親が夫には大きいオムレツ、子供には小さいオムレツを弁当として持たせているのが微笑ましい。親子で当時としては高級レストランに入る場面があるが、隣では同じ年ぐらいの子供がいい服を着てたらふく食べているのだが、こちらは入口に一番近いテーブルで所持金の計算をしている。これも物悲しい場面だ。主人公は、口数がどちらかというと少なく、頑固で、愛情や感謝の気持ちを素直に表現できないが、行動で愛情がわかる。おそらく当時のリアルなイタリアが描かれているのであろう。90分足らずの映画だが、様々な人の営みが凝縮された素晴らしい映画だ。

投稿者:inres9投稿日:2009-07-12 18:01:37
確かに名画なんだろうけど、救いがなさすぎて、もう一回観たいとは思えない。歴史的な意義は認めますが。
投稿者:uptail投稿日:2009-05-23 15:41:22
ヴィットリオ・デ・シーカ
投稿者:ロビーJ投稿日:2007-12-08 02:47:43
有名な作品なので見ておいた方が良いと思いネットで鑑賞しました。やはりとても良かったです。今となっては(少なくとも日本では)自転車なんてほとんどの人が簡単に買う事の出来る乗り物だけれど、昔は(今もあると思うけど)本当にある程度のお金を持っている人じゃないと普通には買えなかったのだなと感じました。
やっとの思いで手に入れた自転車が盗まれてしまうという悲劇の様子と必死になってその自転車を追うランベルト・マジョラーニの姿が印象的で、その後も仲間や息子と共に自転車を探しまくる姿も忘れることが出来なくなりました。でも何より残るのはどんな事が遭っても父親のそばから放れない息子の表情です。もうあの見つめる目の美しさに涙が溢れます。
という訳で思っていた以上に切ない作品でしたが、どのシーンも印象的で名作と言われるのもやっと分った気がします。
投稿者:さと投稿日:2007-09-22 22:54:37
子供の無垢なあどけなさがいっそう作品を名作たらしめてます。最後の大立ち回りには号泣でした。子供もお父さんも素人さんだそうですが、これには脱帽です。しかしそこまで大切な自転車なら紐で繋いでおくとかしとけよ!と思いますね。それにつけてもデ・シーカは素晴らしいです。彼の作品はすべて好きです。お見逃しなく!
投稿者:FFF投稿日:2007-07-08 01:04:29
俺は今日5年間愛用していたチャリを盗られた…ムカつく。
それはともかく亡き父も愛していたこの映画。自分がダメ親父になった今こそ身につまされる。手を握るシーン思い出しただけで号泣ー!!
投稿者:Virginia投稿日:2007-04-07 22:56:11
胸が締め付けられる映画のひとつです。
あまりにも有名な作品ですので、お話の筋だけは前々から知っていました。
そのためか、見ている間は何ともじれったい気持ちもあり…いつ自転車盗まれるのかしら、等等。
それでも、惹きつけられる映画です。

主人公リッチを苦しめるのは「絶望的な人生」ではないように思えます。
彼には家があり、妻子が、赤ん坊がいるのです。
何というか…安っぽくなってしまうのですが、「運が悪かった」というのでしょうか…。
次々起こる小さな悲劇がリッチに、私達に追い討ちをかけるのです。
救いようが無いといってしまえばそれまでですが…でも、リッチ一家はどうにかこうにか生きていくのでしょう。
こう考えることが救いでしょうか。

一貫した切なさの中に、折々シュールな笑いがあることに、監督の技量を感じました。
必死に父と盗まれた自転車を探すブルーノ少年の一挙一動がコミカルで楽しいです。
教会で祈りを捧げる男の真似をし、延々と伸びるカルツォーネのチーズに苦戦し…思わず微笑んでしまいました。
投稿者:ブロッケン鈴木投稿日:2007-02-13 17:08:10
【ネタバレ注意】

 イタリアン・リアリズムの名作として名高い。父親と子供が途方にくれた姿で舗道に座り込んでいるモノクロのスチール写真が印象的だ。
 イタリアン・リアリズムとは、ノー・スター(素人俳優を起用)とドキュメンタリー・タッチを特徴とし、当時としては画期的な映画作りだったらしい。
 自転車を盗まれた主人公が、今度は自分が自転車を盗む側になってしまうという皮肉。不況の真っ只中のイタリアの現状をよく伝えていた。

投稿者:HWK投稿日:2005-10-19 23:57:05
物語は、いたって容易なのに、テーマがしっかりしている。親子愛というものが
主軸にあり、自分と主人公の心が1つになる。だからこそ、見ていて飽きないし、
惹きつけられる。
ラスト、自転車を盗むシーンは、起承転結の「転」であり、「結」がすぐに
やってくる。その演出がまたいい。
ずっとではないにしろ、BGMもいい。エンターティメントに走る現代映画とは
一味も二味も違う。
名作「陽の当たる場所」にも似た感情移入が主人公にできた。
投稿者:irony投稿日:2005-06-03 18:31:40
う〜ん やっぱり必要最小限のお金が無いと、主人公の様になるんだろうなぁ。日本でもどの国でも同じ用な時代背景では同じ事が起り得るだろう。
自分自身、子供時代裕福では無かったが、生きる為、食べる為の罪は扶養されている為犯す事は無かったが、これが自分自身扶養すべきポジションにあったならどうだろう?勿論、時代背景は違うが...
 クライマックスで人込みの雑踏に消え行く親子は家に着きどんな会話を交わすのだろうか? 恥ずかしさで一杯の父、そして言葉をかけられない息子、そして事情を知らず家で待つ毋....... 
投稿者:o.o投稿日:2005-03-28 01:36:36
職を求めて失業者達が群がる職業安定所、うず高く積まれたシーツが世相の厳しさを物語る質屋、喧騒渦巻く市場、信仰と引き換えに貧しき者に施しを与えるカソリック教会、眼光鋭い男達が所在なさげにたむろする貧民街等々、おそらく初めて目にする敗戦直後のイタリアの風俗が脳裏に焼きつきました。

ラスト シーンは当然として、サッカー場の大歓声が聞こえる中、神経質に髪を撫で付けながら罪の意識と葛藤する父親の姿が、たまらなく、やるせないと思いました。盗まれたのだから、子供に見張りをさせて、自分も誰かから盗み返してやろう、と簡単にいかないところに、この親子が、戦前は普通に暮らしていて、敗戦によって厳しい渡世を余儀なくされている、平凡な庶民であることが分かるような気がします。考えてみれば、息子もちょっとお坊ちゃま風で、どこか品を感じさせる子供でした。

ある意味、マフィア的文化にもつながっている「仲間」の存在も強く印象に残りました。主人公の自転車探しに協力する男達も、盗みを疑われた若者をかばって主人公を罵倒する男達も、皆、それぞれの仲間達であり、そんな仲間同士の連帯が、おそらくイタリア社会の底辺を今でも支えているのだろうと思っています。これは、今の日本社会に最も欠けているところではないでしょうか。

悩める人達からお金を巻き上げながら、「その女とは別れなさい」と、尊大な態度で説教を垂れる「女占い師」は、古今東西を問わずにいるものなのだなと思った次第です。
投稿者:ルミちゃん投稿日:2004-11-17 01:36:38
【ネタバレ注意】

なけなしのお金を叩いて、レストランで食事をするけれど、優雅というより、むしろその逆、他の客の食事と比べれば、貧相な想いを抱かせる.
父親は、周りの客と比較するように、子供に自分の給料の計算をさせるのだけど、どれだけ手当てを加えても、一桁以上の違いがある.戦後の混乱期にあっても、ある程度裕福な、毎日の生活の糧に困ることのない生活をしている人も、居たと言える.

それに対して自転車を盗まれた男は貧民、窃盗の一味を追い詰めても、最初の老人は教会の福祉の食事に頼る貧民.次に見つけ出した若者も、持病もちの貧民だった.最後には、この男、自転車を盗んでしまったけれど、描かれた者達は皆、生活のために悪事を働いている.生きるために仕方なく、と、言ってよいのでしょうか?
清く正しく美しくで考えれば、人の物を盗んではいけない.でも、この時代に、清く正しく美しくでは、貧民は生きて行くことが出来ないと言ってよいのだけれど.

ロッセリーニの戦火のかなた、ナポリの少年の話を簡単に触れておきましょう.
米軍の艦砲射撃によって、一家を失った子供は、泥棒をしなければ生きて行けない.靴を盗まれたMPにもそれが理解されたからこそ、呆然と立ちつくし、靴を投げ捨てるようにして、無言のまま立ち去った.
彼は米軍の物資を盗む、酔っぱらったMPの靴を盗んで、結局は捕まったのですが、「寝たら靴を盗むよ」彼はこう言いながら盗んだ.トラックの上から荷物を落とそうとした時も、見つかって、きちんと元に戻した.更に付け加えればMPに靴を返せと言われて、素直に返したのですね.これがどう言うことかと言えば、自分がやっていることが悪いことである、この自覚があるからこそ、あるところから盗み、ばれたら返すことになる.

さて、この作品に描かれた泥棒たちと言えば、
見張り役が実行役の若者に指示して盗ませ、更に追おうとするのを邪魔し、車で追うときも全く関係のない人間を「あれだ」と言って追わせた.泥棒同士の見事な連携ではあるけれど、逆にそのことが、自分達が悪いことをしている自覚がない証明でもあるのではないか.
大半は盗品が売られているのであろう闇市の光景も然り、番号を見せろと言っても、警官が来るまで見せようとはしない.彼が盗品を扱っている確証はないにしても、盗品を扱いながらそらっとぼけている、こう受け取るのに充分と言えるでしょう.
広場で見つけた老人と若者は金のやり取りで揉めていた.
教会で施しを受ける老人は、あたかもそれが当然の事の様に思っている雰囲気がある.
偶然に若者を見つけて追い詰めると、彼は売春宿へ逃げ込んだ.売春宿の女将は「ここはローマでも一流の店なの」と言い放ったけど、やはり悪いことをしている自覚は無さそう.
更に若者を彼の家まで追い詰めたのだけど.確証はないにしても、これまた地域の住民すべてが泥棒仲間の雰囲気.少なくとも、病気もちの若者が、泥棒をしているのを知りながらかばっているのは間違いない.母親も然り、やはり、泥棒をすることが悪いという意識は全く無いと言える.地域の住民同士が助け合う、弱い者同士が助け合うことに、彼らの姿のなかに幾何か正しいものが含まれるように、私は思ったことがあるのだけど、本当にそうなのか?
確かに、デ・シーカは泥棒をしている者達を、全く悪いとは描かなかった.私はここにデ・シーカの優しい視点がある、こうも考えたのだけど、違いました.

父親の涙、子供の涙が何かと言えば、自分の罪を悔いるものである.子供の涙は、家族の一員として、父親の罪を分かち合う涙なのね.
人の物を盗むのは悪である.と、泥棒をしなければ生きて行けない、老人、あるいは病気持ちの若者に、こう言ってみても始まらない.けれども、彼らは、問い詰められても、自分の罪を認めることはなく、盗んだ自転車を返しはしなかった.
重ねて書けば、親子の涙は、自分の罪を悔いるものである.こう考えれば、必然的に自分の罪を悔いることのない者達、老人も、若者も、それをかばう者達も悪である.
泥棒をしながら、自分のしていることが悪いことだという自覚を失った者達に対して、その自覚を呼び起こさせるように、親子の涙でこの映画は終わる.

泥棒をしたとしても、返して謝れば(自分の罪を悔いれば)許されるけれど、ばれても謝りもしなければ、返しもしない者達は許されない.当たり前のことを当たり前に描いているからこそ、リアリズムと言える.

父親は自転車を盗んだ.この時点で、この父親は泥棒たちの仲間入り、つまり、泥棒をしている者達にしてみれば、同じ貧民であり、泥棒仲間であると言える.なぜそうなったかと言えば、泥棒たちが自転車を盗んだからであり、つまり、彼らは自分たちの仲間から自転車を盗んだ、助け合うべき仲間から盗んだ結果である.
あえて書き加えれば、考えてから盗め.少なくとも自分達と同じ貧民から盗むのだけはやめろ.自転車くらい盗まれても困らないものは幾らでも居るはず.

投稿者:Ikeda投稿日:2004-11-15 15:40:46
この映画は日本で公開されてから数年経って見て、最近再見しましたが、矢張り良い映画だと思います。私はイタリアン・リアリズム(今はネオ・レアリズムと言うことが多いようですが)と言っても、ロッセリーニよりもデ・シーカの方が好きです。それに戦後の日本と同じ様な状況を描いていますが、「靴みがき」のようにフィクション的でなく、自然に話を進めているのが良いです。最初に見た時は、もどかしさを強く感じましたが、今見ると子供、エンツォ・スタヨーラの描き方が素晴らしいと思いました。
この映画で、当時貴重だった自転車に何故鍵を掛けないのか、不思議に思うかも知れませんが、当時は自転車の鍵などは無かったと思いますし、それが必要だとは誰も考えなかった時代でした。我々も家の鍵はあまり掛けませんでした。ただ戦後の物資不足の時代には、玄関を開けっ放しにしておくと、下駄を取られるから閉めておいた方が良いと言われた程度でした。それだけ皆、信頼関係があり協力もしていたのは、皆が貧しかったからです。この映画でも盗んだ方も盗まれた方も貧しく、犯罪に関係なくお互いに協力し合う世相が良く描かれています。
投稿者:篭瀬山投稿日:2004-10-21 23:20:54
 普遍的なテーマを、わかりやすいドラマに仕立て、描いている。観てから何年も経ち、細部は忘れてしまっても、テーマについての記憶は色褪せない。ここに物語の意義がある。映画は映像がすべてと言ってる人たちも、この映画を見たら考え方が変わるのではないか。

 例えば主演の俳優がトム・クルーズ(ブラピ、ディカプリオ etc.)並みの二枚目だったとする。極めて嘘臭く見え、リアリティを失っただろう。逆に貧相で小賢しげな男だったら。すぐにでも悪事に手を染めそうに見え、テーマが見失われただろう。この映画は、こういう点で演出がゆき届いており、テーマにブレが少ない。だから、観た人の7〜8割には、主張が伝わるのではないか。万人を説得するのは所詮不可能であるにしても。この点で、私はこの作品を名作だと思う。

 以下はこの映画を観て私が感じたこと。貧乏の極めつきな状態を赤貧とか極貧という。この極貧ってやつは、個人や一家族の努力や精進ではどうにもならない。社会全体で取り組まないと解消できないものなのだ。だから彼(主人公)は、みんなに助けを求めるべきだった。しかし彼にはそれができなかった。それなりの理由があるが、理由の一つは、”持てる者と持たざる者”のうち、彼が”持てる者”だったからだ。きつい言い方だけど、彼は自分を特別な者だと思ってたんだね。他人に助けを求めるなんて、彼にはできない相談だった。でも、世の中って、こう見えて、意外と連帯してたりする。彼は、最後にようやくそれを知ったんだ。彼にとって、知るのが遅すぎたってことはなかったと思う。彼の息子にとってはそれ以上だね。強く印象に残っただろう。これはよかったよ。子供は、社会の希望なのだから。8
投稿者:空稔投稿日:2004-10-16 21:55:46
【ネタバレ注意】

極端な話、あの父親の自転車を盗んだ人間も家族思いの人のいい人間だったかもしれない。真面目に生きるがゆえについ自転車を盗んだ父親の姿とだぶる。
貧困が言い換えれば社会が彼らをそうさせたのであって、当時のイタリアの
モラルの意味も考える余裕がない情勢がそのまま描き出されている。
そういった意味では確かにネオレアリズモだ。
そういったテーマとともに父と子の絆、最後のよりどころになる家族愛が
一番印象に残るし共感するところだ。

投稿者:さち投稿日:2004-08-24 13:47:11
シンプルイズベスト。なにも難しく考えること無く素直に見る事が出来た。それにしても親父どんくさ過ぎ。見ていて腹たたしいくらい。その分話にもはまることが出来たんだと思うけど。内容はすばらしいです
投稿者:アリョーシャ投稿日:2003-02-21 23:12:40
この作品を初めて見たのは、映画に出てくる少年よりは少し歳が上の小学校高学年のときでした。それ故にこの少年俳優に感情移入しながら見ていたような気がします。子供心にも、雨の中を父子してずぶ濡れになりながら盗まれた自転車を探し回るシーンと、逆に他人の自転車を盗もうとして失敗し(子供の悲しそうな様子により持ち主からは許されるのだけれども)周りの人たちから罵倒され、画面の向こう側へ肩を落としながら父子で歩いてゆくラストシーンでは、本当に切なくて涙が出ました。それと自転車を盗んだ犯人を見つけながら、取り戻せなかった歯がゆさに、遣りきれぬ思いでいっぱいでした。やはり貧しいということは悲しい。私の家も決して裕福ではなかったので、この主人公たちの思いが、ひしひしと伝わってきたのを憶えています。
投稿者:sonic投稿日:2002-10-28 01:57:06
どんな善人でも程度の違いこそあれ魔が差すというのはあるものだ。なかなか考え深い。
投稿者:no reply投稿日:2002-06-30 03:38:35
【ネタバレ注意】

やっぱり素人俳優か!と事前に思わせるような演技に見えました。
だけど、それが古い映画においての所謂「くさい」演技感をちょっと薄める効果にもなっていたと思います。

筋については、「貧困」を第一の基底とした人間模様だったようです。

最後に主人公自身も「自転車ドロ」になったところは本当に気持ちがわかりました。
僕もかつて万引きでつかまったことがありましたからね、ははは!
ああ!
あのなんとも言えない悔しい心持!そして恥かしさ!もどかしさ、苛立ち!
自分の経験ではそれらの心の動きが、漠然とした思春期に向けられたのに対し、
この作品では自分の自転車(花嫁道具を犠牲に得た、生活の術)を盗んだ
真犯人に向けて、そしてその犯人を止むに止まれず生みだした社会に向けられていたと思います。

投稿者:hisaaki投稿日:2002-04-27 14:29:00
DVDで、昨日はじめて観ました。
批評やコメントでは、最後の場面の感動を書いているものが
多いのですが、私はそこよりも、自転車を無くした主人公に
快く協力してくれる清掃業の親方や、主人公が自転車を盗ま
れたときや、主人公自身が盗んだときにすぐに一緒になって
追っかけてくれた市井の人々の人情の方が、今の日本などに
では無くなってしまったことのような気がして感動しました。
投稿者:ジャッキー投稿日:2000-12-16 13:22:08
この映画はお気に入りの1本です。戦後の時代の悲しいお話。ラストはいい意味で後味悪し。こんな映画は他にあるでしょうか・・・。劇場で観たかったです。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 脚色賞チェザーレ・ザヴァッティーニ 
 ■ 特別賞 
■ 外国映画賞 
■ 外国映画賞 
■ 作品賞(総合) 
【レンタル】
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