自転車泥棒(1948)LADRI DI BICICLETTE | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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【クレジット】
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【解説】
敗戦国の戦後のどん底を痛感させるネオレアリズモの秀作。思想風土の差はあれ同じような経験をした日本の映画がこの時期、民主主義礼賛の御用映画ばかりだったことを考えれば、芸術の独立性を保った当時のイタリア映画人の気質は見習うべきものがある。長い失業の末、映画ポスター貼りの職を得たアントニオは、シーツを質に入れ、代わりに仕事に必要な自転車を請け出し、六歳の息子ブルーノを乗せ町を回るが、ふとした隙に自転車が盗まれてしまう。それなしでは職を失う彼は、無駄と承知で警察に行くが相手にされず、自力で探すことにするが、ようやく犯人に辿り着いたところで仲間の返り討ちに遭いかけ、思い余って今度は自分で自転車泥棒を働くが……。教訓的という以上に感動的なラストにはやはりハンカチが必要な、デ・シーカと脚本家C・ザバッティーニの「靴みがき」に続く、素人俳演を用いたアクチュアルな映画作りの試み。悲痛な前作より日本人好みには合うだろう。


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昔の映画のラストは想像力がかき立てられるのが多いな…好き♪
中盤くらいまでは主人公側の目線で観ていて、盗んだ奴ひどいなぁ、と思ったりしたのですが、そっからの展開でそう思わせなくするのがこの映画の素晴らしいところですね。誰しもが泥棒になりえる状況、その社会的貧困をなんとか映画に収めねばみたいな気持ちを感じました。
あと救いがないわけでもないと思います。ラストはその状況下の中でも、人間的な行為が描かれていると思います(ただここも単に優しさとかではなく、少しあきらめが感じられるのがリアル)。しかも、そのあとの父親のやりきれない表情がことの善悪だけでない複雑さを表していて良いと思いました。子供よりこっちに感動したかな。
正直今観るとストレートに面白いって感じの作品じゃないかもしれませんが、普遍的な部分はあると思います。あたしゃ、ちょっと前半退屈だったけど最後10分でやられてしまった。
やっとの思いで手に入れた自転車が盗まれてしまうという悲劇の様子と必死になってその自転車を追うランベルト・マジョラーニの姿が印象的で、その後も仲間や息子と共に自転車を探しまくる姿も忘れることが出来なくなりました。でも何より残るのはどんな事が遭っても父親のそばから放れない息子の表情です。もうあの見つめる目の美しさに涙が溢れます。
という訳で思っていた以上に切ない作品でしたが、どのシーンも印象的で名作と言われるのもやっと分った気がします。
それはともかく亡き父も愛していたこの映画。自分がダメ親父になった今こそ身につまされる。手を握るシーン思い出しただけで号泣ー!!
あまりにも有名な作品ですので、お話の筋だけは前々から知っていました。
そのためか、見ている間は何ともじれったい気持ちもあり…いつ自転車盗まれるのかしら、等等。
それでも、惹きつけられる映画です。
主人公リッチを苦しめるのは「絶望的な人生」ではないように思えます。
彼には家があり、妻子が、赤ん坊がいるのです。
何というか…安っぽくなってしまうのですが、「運が悪かった」というのでしょうか…。
次々起こる小さな悲劇がリッチに、私達に追い討ちをかけるのです。
救いようが無いといってしまえばそれまでですが…でも、リッチ一家はどうにかこうにか生きていくのでしょう。
こう考えることが救いでしょうか。
一貫した切なさの中に、折々シュールな笑いがあることに、監督の技量を感じました。
必死に父と盗まれた自転車を探すブルーノ少年の一挙一動がコミカルで楽しいです。
教会で祈りを捧げる男の真似をし、延々と伸びるカルツォーネのチーズに苦戦し…思わず微笑んでしまいました。
イタリアン・リアリズムとは、ノー・スター(素人俳優を起用)とドキュメンタリー・タッチを特徴とし、当時としては画期的な映画作りだったらしい。
自転車を盗まれた主人公が、今度は自分が自転車を盗む側になってしまうという皮肉。不況の真っ只中のイタリアの現状をよく伝えていた。
主軸にあり、自分と主人公の心が1つになる。だからこそ、見ていて飽きないし、
惹きつけられる。
ラスト、自転車を盗むシーンは、起承転結の「転」であり、「結」がすぐに
やってくる。その演出がまたいい。
ずっとではないにしろ、BGMもいい。エンターティメントに走る現代映画とは
一味も二味も違う。
名作「陽の当たる場所」にも似た感情移入が主人公にできた。
自分自身、子供時代裕福では無かったが、生きる為、食べる為の罪は扶養されている為犯す事は無かったが、これが自分自身扶養すべきポジションにあったならどうだろう?勿論、時代背景は違うが...
クライマックスで人込みの雑踏に消え行く親子は家に着きどんな会話を交わすのだろうか? 恥ずかしさで一杯の父、そして言葉をかけられない息子、そして事情を知らず家で待つ毋.......
ラスト シーンは当然として、サッカー場の大歓声が聞こえる中、神経質に髪を撫で付けながら罪の意識と葛藤する父親の姿が、たまらなく、やるせないと思いました。盗まれたのだから、子供に見張りをさせて、自分も誰かから盗み返してやろう、と簡単にいかないところに、この親子が、戦前は普通に暮らしていて、敗戦によって厳しい渡世を余儀なくされている、平凡な庶民であることが分かるような気がします。考えてみれば、息子もちょっとお坊ちゃま風で、どこか品を感じさせる子供でした。
ある意味、マフィア的文化にもつながっている「仲間」の存在も強く印象に残りました。主人公の自転車探しに協力する男達も、盗みを疑われた若者をかばって主人公を罵倒する男達も、皆、それぞれの仲間達であり、そんな仲間同士の連帯が、おそらくイタリア社会の底辺を今でも支えているのだろうと思っています。これは、今の日本社会に最も欠けているところではないでしょうか。
悩める人達からお金を巻き上げながら、「その女とは別れなさい」と、尊大な態度で説教を垂れる「女占い師」は、古今東西を問わずにいるものなのだなと思った次第です。
父親は、周りの客と比較するように、子供に自分の給料の計算をさせるのだけど、どれだけ手当てを加えても、一桁以上の違いがある.戦後の混乱期にあっても、ある程度裕福な、毎日の生活の糧に困ることのない生活をしている人も、居たと言える.
それに対して自転車を盗まれた男は貧民、窃盗の一味を追い詰めても、最初の老人は教会の福祉の食事に頼る貧民.次に見つけ出した若者も、持病もちの貧民だった.最後には、この男、自転車を盗んでしまったけれど、描かれた者達は皆、生活のために悪事を働いている.生きるために仕方なく、と、言ってよいのでしょうか?
清く正しく美しくで考えれば、人の物を盗んではいけない.でも、この時代に、清く正しく美しくでは、貧民は生きて行くことが出来ないと言ってよいのだけれど.
ロッセリーニの戦火のかなた、ナポリの少年の話を簡単に触れておきましょう.
米軍の艦砲射撃によって、一家を失った子供は、泥棒をしなければ生きて行けない.靴を盗まれたMPにもそれが理解されたからこそ、呆然と立ちつくし、靴を投げ捨てるようにして、無言のまま立ち去った.
彼は米軍の物資を盗む、酔っぱらったMPの靴を盗んで、結局は捕まったのですが、「寝たら靴を盗むよ」彼はこう言いながら盗んだ.トラックの上から荷物を落とそうとした時も、見つかって、きちんと元に戻した.更に付け加えればMPに靴を返せと言われて、素直に返したのですね.これがどう言うことかと言えば、自分がやっていることが悪いことである、この自覚があるからこそ、あるところから盗み、ばれたら返すことになる.
さて、この作品に描かれた泥棒たちと言えば、
見張り役が実行役の若者に指示して盗ませ、更に追おうとするのを邪魔し、車で追うときも全く関係のない人間を「あれだ」と言って追わせた.泥棒同士の見事な連携ではあるけれど、逆にそのことが、自分達が悪いことをしている自覚がない証明でもあるのではないか.
大半は盗品が売られているのであろう闇市の光景も然り、番号を見せろと言っても、警官が来るまで見せようとはしない.彼が盗品を扱っている確証はないにしても、盗品を扱いながらそらっとぼけている、こう受け取るのに充分と言えるでしょう.
広場で見つけた老人と若者は金のやり取りで揉めていた.
教会で施しを受ける老人は、あたかもそれが当然の事の様に思っている雰囲気がある.
偶然に若者を見つけて追い詰めると、彼は売春宿へ逃げ込んだ.売春宿の女将は「ここはローマでも一流の店なの」と言い放ったけど、やはり悪いことをしている自覚は無さそう.
更に若者を彼の家まで追い詰めたのだけど.確証はないにしても、これまた地域の住民すべてが泥棒仲間の雰囲気.少なくとも、病気もちの若者が、泥棒をしているのを知りながらかばっているのは間違いない.母親も然り、やはり、泥棒をすることが悪いという意識は全く無いと言える.地域の住民同士が助け合う、弱い者同士が助け合うことに、彼らの姿のなかに幾何か正しいものが含まれるように、私は思ったことがあるのだけど、本当にそうなのか?
確かに、デ・シーカは泥棒をしている者達を、全く悪いとは描かなかった.私はここにデ・シーカの優しい視点がある、こうも考えたのだけど、違いました.
父親の涙、子供の涙が何かと言えば、自分の罪を悔いるものである.子供の涙は、家族の一員として、父親の罪を分かち合う涙なのね.
人の物を盗むのは悪である.と、泥棒をしなければ生きて行けない、老人、あるいは病気持ちの若者に、こう言ってみても始まらない.けれども、彼らは、問い詰められても、自分の罪を認めることはなく、盗んだ自転車を返しはしなかった.
重ねて書けば、親子の涙は、自分の罪を悔いるものである.こう考えれば、必然的に自分の罪を悔いることのない者達、老人も、若者も、それをかばう者達も悪である.
泥棒をしながら、自分のしていることが悪いことだという自覚を失った者達に対して、その自覚を呼び起こさせるように、親子の涙でこの映画は終わる.
泥棒をしたとしても、返して謝れば(自分の罪を悔いれば)許されるけれど、ばれても謝りもしなければ、返しもしない者達は許されない.当たり前のことを当たり前に描いているからこそ、リアリズムと言える.
父親は自転車を盗んだ.この時点で、この父親は泥棒たちの仲間入り、つまり、泥棒をしている者達にしてみれば、同じ貧民であり、泥棒仲間であると言える.なぜそうなったかと言えば、泥棒たちが自転車を盗んだからであり、つまり、彼らは自分たちの仲間から自転車を盗んだ、助け合うべき仲間から盗んだ結果である.
あえて書き加えれば、考えてから盗め.少なくとも自分達と同じ貧民から盗むのだけはやめろ.自転車くらい盗まれても困らないものは幾らでも居るはず.
この映画で、当時貴重だった自転車に何故鍵を掛けないのか、不思議に思うかも知れませんが、当時は自転車の鍵などは無かったと思いますし、それが必要だとは誰も考えなかった時代でした。我々も家の鍵はあまり掛けませんでした。ただ戦後の物資不足の時代には、玄関を開けっ放しにしておくと、下駄を取られるから閉めておいた方が良いと言われた程度でした。それだけ皆、信頼関係があり協力もしていたのは、皆が貧しかったからです。この映画でも盗んだ方も盗まれた方も貧しく、犯罪に関係なくお互いに協力し合う世相が良く描かれています。
例えば主演の俳優がトム・クルーズ(ブラピ、ディカプリオ etc.)並みの二枚目だったとする。極めて嘘臭く見え、リアリティを失っただろう。逆に貧相で小賢しげな男だったら。すぐにでも悪事に手を染めそうに見え、テーマが見失われただろう。この映画は、こういう点で演出がゆき届いており、テーマにブレが少ない。だから、観た人の7〜8割には、主張が伝わるのではないか。万人を説得するのは所詮不可能であるにしても。この点で、私はこの作品を名作だと思う。
以下はこの映画を観て私が感じたこと。貧乏の極めつきな状態を赤貧とか極貧という。この極貧ってやつは、個人や一家族の努力や精進ではどうにもならない。社会全体で取り組まないと解消できないものなのだ。だから彼(主人公)は、みんなに助けを求めるべきだった。しかし彼にはそれができなかった。それなりの理由があるが、理由の一つは、”持てる者と持たざる者”のうち、彼が”持てる者”だったからだ。きつい言い方だけど、彼は自分を特別な者だと思ってたんだね。他人に助けを求めるなんて、彼にはできない相談だった。でも、世の中って、こう見えて、意外と連帯してたりする。彼は、最後にようやくそれを知ったんだ。彼にとって、知るのが遅すぎたってことはなかったと思う。彼の息子にとってはそれ以上だね。強く印象に残っただろう。これはよかったよ。子供は、社会の希望なのだから。8
貧困が言い換えれば社会が彼らをそうさせたのであって、当時のイタリアの
モラルの意味も考える余裕がない情勢がそのまま描き出されている。
そういった意味では確かにネオレアリズモだ。
そういったテーマとともに父と子の絆、最後のよりどころになる家族愛が
一番印象に残るし共感するところだ。
だけど、それが古い映画においての所謂「くさい」演技感をちょっと薄める効果にもなっていたと思います。
筋については、「貧困」を第一の基底とした人間模様だったようです。
最後に主人公自身も「自転車ドロ」になったところは本当に気持ちがわかりました。
僕もかつて万引きでつかまったことがありましたからね、ははは!
ああ!
あのなんとも言えない悔しい心持!そして恥かしさ!もどかしさ、苛立ち!
自分の経験ではそれらの心の動きが、漠然とした思春期に向けられたのに対し、
この作品では自分の自転車(花嫁道具を犠牲に得た、生活の術)を盗んだ
真犯人に向けて、そしてその犯人を止むに止まれず生みだした社会に向けられていたと思います。
批評やコメントでは、最後の場面の感動を書いているものが
多いのですが、私はそこよりも、自転車を無くした主人公に
快く協力してくれる清掃業の親方や、主人公が自転車を盗ま
れたときや、主人公自身が盗んだときにすぐに一緒になって
追っかけてくれた市井の人々の人情の方が、今の日本などに
では無くなってしまったことのような気がして感動しました。