allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

市民ケーン(1941)

CITIZEN KANE

メディア映画
上映時間119分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(ATG)
初公開年月1966/06/14
ジャンルドラマ
オーソン・ウェルズ Blu-ray BOX 《初回限定》
参考価格:¥ 9,180
価格:¥ 3,470
USED価格:¥ 1,972
amazon.co.jpへ

 Photos
市民ケーン

【解説】
 新聞王ケーンが、“バラのつぼみ”という謎の言葉を残して死んだ。新聞記者のトンプソンは、その言葉の意味を求めて、生前のケーンを知る人物にあたるが……。様々な人物の証言から、新聞界に君臨した男の実像が浮かび上がる、斬新な構成と演出で評判を呼んだ、ウェルズ弱冠25歳の処女作。決して時代の動乱に翻弄された訳でもなく、運にも才気にも恵まれ、望む物全て手に入れることが出来たはずなのに、虚無に囚われたまま、結局、何一つ得ることのできなかった哀れな男の生涯。人生を誤った敗北者の虚しい姿が、ラストで明かされる“バラのつぼみ”の正体によって、観る者の胸をえぐるが如く、赤裸々に浮かび上がる。
<allcinema>
評価
【おすすめ作品】
A=無難にチョイス B=チャレンジの価値アリ C=発見があるかも!?
[001]A或る夜の出来事 (1934)
[002]A大いなる幻影 (1937)
[003]A怒りの葡萄 (1940)
[004]A西部戦線異状なし (1930)
[005]A第三の男 (1949)
[006]Aベン・ハー (1959)
[007]Aアパートの鍵貸します (1960)
[008]A十二人の怒れる男 (1957)
[009]Aローマの休日 (1953)
[010]Aグランド・ホテル (1932)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
27204 7.56
下記フォームからあなたのこの作品に対する採点を投票してください。
メールアドレス年齢性別
評価 (低い←→高い)
12345678910
【ユーザーコメント】
投稿者:bond投稿日:2016-04-24 22:25:13
【ネタバレ注意】

薔薇の蕾とはソリに書かれてた言葉。雪の中ソリで遊んだ記憶が母と過ごした最後なのだ。

投稿者:sachi823投稿日:2014-06-14 01:56:27
オーソン・ウェルズによる映画史にのこる名作との
評価を知ってからの鑑賞でしたので、
公開当時の周囲の驚愕は知るよしもありませんが、
今見ても十分に楽しめる作品です。
グレッグ・トーランド撮影のパンフォーカスや
ロバート・ワイズによる編集の巧みさが名高いですが、
やはりウェルズの早熟な才能に感心します。
詳細な部分への拘りは尋常ではなく驚きですが
完成度が非常に高く将来への作家としての成長への期待を
感じさせるものではありませんでした。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2012-12-07 23:36:14
二番目の妻のためにチャ−リ−が築いたオペラハウスと禍々しい宮殿のように、この映画はオ−ソン・ウェルズのでっち上げた壮大なフェイクである。ウェルズは当時の新聞王を戯画化しようとして却って己の死に至る自画像を描いてしまったようだ。新聞社を手に入れた時の若々しい25歳のチャ−リ−・フォスタ−・ケ−ン(この姿には真の魅力が有ったのに!)から醜悪な末期の姿に至るまでの変貌は、欧州旅行と政界進出の挫折をそれぞれの画期として次第にデカダンに深まって行くのだが、演出者兼演技者ウェルズはその変貌の一々の仮面を偽悪的にかつ嬉々として被るかに見える。しかし、策士策に溺れるの例えどおり、却ってミイラ取りがミイラになって、呪われた末期の姿を暗示的に曝す羽目に至る。恐らくかの「ロ−ズ・バッド」なるキ−ワ−ドの思い付きからこの映画の企画はウェルズの脳髄の中で始まったのだろうが、そのキ−ワ−ドを探求するサスペンスフルなプロセスそのものが、分ってしまえば、凝りに凝った映像テクニックとセットにも拘わらず、この映画を結句底の浅い作品にしてしまったように思う。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:えとわーる投稿日:2011-06-10 23:36:31
今から70年前に25歳でこの映画を作った(製作・監督・主演)オーソン・ウェルズはすごい。Rose Budをめぐる話の展開、構成も面白いし、映画としてはすごい映画だと思う。人は人生でどれだけ成功しても、いくら裕福になっても、愛がわからなければ、愛がなければ幸せにはなれないということですね。
投稿者:ジェームス投稿日:2011-01-24 05:39:29
映画史に名高いオーソン・ウェルズの処女作。しかも監督、製作、脚本(ハーマン・J・マンキウィツとの共作)主演、と大変な入れ込みようである。基本的にミステリー仕立ての人間ドラマと言って良いだろう。オープニングの怪奇映画のような出出しから映画に引き込まれてしまう。ケーンの数々の奇行が凄まじく描かれており謎が解明されるラストまで無駄の無いシーンの観ていて飽きさせない。パンフォーカスなど技術的にすぐれた影響を残すなどまさに名作と呼ぶのにふさわしい映画である。
投稿者:こじか投稿日:2010-09-30 22:36:14
いろんな名作がありますが、
これぞ時代を経ても色褪せない名画。
びびってあれこれ何も書きませんが、
大傑作であることを明言しておきます。
投稿者:Kircheis投稿日:2010-07-28 06:53:39
【ネタバレ注意】

映画が進むにつれてグイグイ引き込まれた。

どちらかと言うとカメラワークや表現手法が絶賛されているように感じるが、アカデミー脚本賞も取ったようにストーリーの面白さも特筆物だと思う。

『薔薇の蕾』とはケーンがずっと求めていたものの象徴だったのだろう…

個人的にスーザンのオペラにあそこまで固執していた理由が未だに理解できていないのでいつか知りたい。

投稿者:gapper投稿日:2010-03-13 00:39:20
【ネタバレ注意】

 パンフォーカスや床に穴を開けての撮影、顔が陰になりだれだか分からなくするなど多くの技法を作ったとされる。
 言わずと知れた作品だが、最初の15分ほどがケーンの説明であるためどうも引き込まれない。
 また、音楽も良くない。
 オーソン・ウェルズの監督作品は、音楽を道具的に扱っている気がする。
 独立して、聞けるようなものとは思えない。

 言い方を帰れば、悪いのは上記の2点だけとも言える。
 「深夜の告白」などこれ以降の回想形式の作品は多く、功績は大きい。

 勿論、この作品が最初の回想形式ではないし、斜めホライゾンやパンフォーカスなどなど様々な技法についても同様なものが多い。
 功績とは技法を開発したと言うようなことではなく、その用法やそれまでの既成概念(あるいは暗黙の了解)と言ったものを衝撃波の様に影響を与えたことだ。

 ”バラの蕾”にしてもバラの蕾自体に意味があるのではなく、彼との関わりに意味がある。
 なぜ死に際して言葉にしたのか、そのことが彼を彼らしく形成したと言った部分だ。

【どうでもいい話】
 エンドタイトル後にジョセフ・コットンとドロシー・カミンガーが映画初出演と出てくる。
 しかし、コットンは’38年の「Too Much Johnson 」に、ドロシーは’38年の「Campus Cinderella」などに出ているようだ。

 allcinema では、ドロシー・カミンガーが「キング・オブ・キングス (1927)」に出ているようになっている(リンクされている)。
 しかし、「キング・オブ・キングス 」に出たのは Dorothy Cumming で、本作に出ているのは、Dorothy Comingore だろう。

投稿者:Tom投稿日:2010-01-01 22:12:55
【ネタバレ注意】

謎の言葉ローズ・バットとは母からの贈り物雪ゾリの名だったんです。こんな素晴らしい落ちで締めくくる映画とは多分もう永遠に出会う事はないでしょう。
最近ではデビット・マメットの『殺人課』のグロファズという意味の落ちも素晴らしかったですが。
マーキュリー劇団の主要メンバーで固めたキャストも素晴らしい。
グレッグ・トーランドの撮影、バーナード・ハーマンの音楽なにもかもが
革命的で、編集を担当したロバート・ワイズは自身の監督作『地球の静止する日』でハーマンを起用することとなる。

投稿者:ちゃぷりん投稿日:2009-09-21 03:44:34
どのシーンから観ても堪能出来る大傑作。オリジナルネガが紛失している映画は随分あるらしいが、本作や「七人の侍」も無いんですよ。信じられます?
投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 00:29:29
バーナード・ハーマン
投稿者:いっちーこ投稿日:2009-05-09 17:57:35
私、この映画を今更ながら見たんだけれど
映画史に燦然と輝き続ける誉れ高き名作、という感じは
ちょっとなかったわね。
たぶん私が日本人だから、かしら。

この映画は、アメリカで美徳とされた
No1になること、権力者になること、成功を収めることを
真っ向から否定し、男の悲哀を描いたことが
アメリカ人の心に新鮮であり続けるということなのではないのかしら?

もちろん水準以上の作品であることは間違いないと思うけれど
私の胸の中に何かを刻みつけるような感じはなかったわ。
さまざまな映画の基礎となった、といわれればそうなのね、と思うけれど
はたして人物描写にしても一人の人生に2時間かけた割には
観客が感情移入できることろまで持って行けてない感じがするのよね。

逆にこの映画の良さを理解されている方に是非教えてほしいわ。
この映画のどこに、今の時代でも尚、永遠に輝き続ける魅力があるのかしら?
素直に読んであらためて見させていただきたいわ。
投稿者:マジャール投稿日:2008-08-26 01:41:34
【ネタバレ注意】

雪、山高帽、そり、ガス灯、馬車、宮殿、孤独な死・・・・なかなか面白いです。
オリジナル・シナリオの力作っていうのは、やっぱり惹きつけるものがありますね。
絢爛たる撮影技法の数々も、面白いけどちょっとうるさいかな。(・・・個人的には、もっと硬質で暗いトーンの白黒画面が好きです)まぁ大昔の映画だからしょうがないのか、矢鱈キンキラキンな白黒映像が安っぽいというか、いかにも三文メロドラマっぽいというか、――確かに、この題材には合ってるのかなと。

後半の、年老いたケーンを演ずるウェルズの禿ヅラが、結構マヌケ。
あと、冒頭の張りぼて巨大タコが、妙に印象に残ってる。(こういうの好きです)

ラスト、ガラクタであふれ返った邸宅の中、せっせと焼却炉にくべる執事がお気に入りです。煙突からもくもく上がる煙もイイね!

投稿者:ロビーJ投稿日:2007-12-09 02:23:14
あまりにも有名な名作映画なのでやはり見ておかなければと思いネットで今回は鑑賞しました。やはりとても良かったです。何にしてもオーソン・ウェルズが25歳で本作を作ってしまったという所に驚きです。。何て凄い才能なのでしょう。今見ても新鮮なストーリー展開と美しい映像、そして役者の見事な演技・・・見ていて引き込まれる以外の何ものでもありませんでした!
本作のキーワードである“薔薇の蕾”。最初は何なんだろうな〜と思いながら見ていたら、ラストで素晴らし過ぎるセリフが・・・何か胸にズンときました。。ウェルズはもちろんですが、私はジョセフ・コットンが特に素敵に感じました。演技も上手いしハンサム。もうとても気になる存在です。という訳で思っていた以上に見やすくてラストの言葉があまりにも印象的な作品でした。なので鑑賞してやっぱり良かったです☆
投稿者:stand alone投稿日:2007-11-11 17:32:28
【ネタバレ注意】

ひたすら「すごい!」って評価されてるので、どんな作品か気になって見てみました。


なんだかすごい気がする。
この「気がする」ってのは巧妙な構成が原因で、
私はこの作品の構成がとにかく好きです。

登場人物は結局「薔薇のつぼみ」が一体何なのか分からずに終わる・・・ってこと自体が「薔薇のつぼみ」なんですよね。
「薔薇のつぼみ」=愛とか、理解とか・・・幼少期に親と別れることで失ったものだと思うんですが。

死んだ人のことを調べて、段々とその人物のことが分かってくるというのはよくあるパターンですが、
これは分からずして、分かる(観客が)みたいな構成なんですよね。
この人はに「こういう男でした〜」ってのがない分、派手さは欠けますが「よく分からんがなんかすごいぞ」ってなるんだと思います。


でも、ラストのシーンで燃やされてるのがソリってすぐに気付けませんでした・・・。
それも作戦なんでしょうか?

投稿者:ameniutaeba投稿日:2007-09-03 02:05:39
【ネタバレ注意】

25年ぐらい前に教育テレビで見ました。今回はDVDで再見。印象は変わりません。人の心の機微をよく表現しています。そりが雪に埋もれていく小さなシーンがいいですね。

投稿者:hendrix投稿日:2006-09-25 19:36:50
市民ケーンは個人的には嫌いだが、世界一の映画であることは間違いない。
その理由は、キャメラ・構成・脚本を最大限活かしながら、ウェルズ独自の目立たない演出で演技者をあくまで映画の人物(オブジェ=物)となって、キャメラ等を活かす為のただの実験道具にしか扱っていないからである。
それ故パズルのような複雑な構成やキャメラが最大限生かせるように演技者は生贄であり物でしかない。だからつまらなくて、薄っぺらく感じるのだ。

「ベルイマン」が彼の映画は死んでいると言ったのはその魂のない人物の描き方だろう。しかしフィルムが最大限に調和すれば、演技力などは関係ないのだ。心に訴えるテーマ性も・・・逆に演技が目立ちすぎると全体にヒビが入る危険性もあるわけだ。だからウェルズの映画はつまらないが完成度が高く評論家をくすぶるのだ。最近の映画史上のベスト10なんかも演技のうまさよりキャメラを最大限活かした制御の利いた演出をしている作品が高い評価を得ている。それも彼の映画論がまだ死んでいない証拠でもある。

映画とはバランスであり、料理でもある。控えめな香辛料を加え、うま味を外に漏れないように封じ込めることができるかで完成度は決まる。
彼の映画を料理ができるまでに例えると↓
1火が「Rose Bud」という不思議な言葉であり、鍋のものを混ぜる力であり
2その鍋は硬くて頑丈な「構成力」であり
3グレッグ・トーランド の「キャメラ」がメインである肉や野菜であり
4「演技」や「脚本は」少量の香辛料である。
5そして料理が完成し消火するつまりもう一度「Rose Bud」!!
不思議な言葉「Rose Bud」という言葉で始まり・終わる構成。
その料理の過程には最も重要な「構成力」と「キャメラ」を活かすためだけの「機械演出」があるからこそ、この映画は輝くのである。

一つ気になるのが別居した最初の奥さんのいるアパートに行った時、
ケーンがあんなに大声で奇声をあげていたのに他の住民がうるさいと
一人も出てこなかったことである。そこだけ。よって9.5点
投稿者:黒美君彦投稿日:2006-07-02 00:06:17
もちろんこの作品がその後の映画技法の礎となったことは間違いないし、公開当時のモデルとなった新聞王ハーストからの圧力やそれに抗して作品を作り上げた25歳のオーソン・ウェルズの並々ならぬ才能も含めて、米映画史の一大画期をマニフェストした、というのはよく理解できる。
だが、遅まきながらこの作品と対峙した私は、主人公がどうもアメリカという国そのものとダブって見えて仕方なかった。
貧しさから逃げるように向かった新天地(米大陸)で偶然手にした金鉱山。たまたまその財産を受け継いだケーンは、時に好戦的に、時にリベラルに、個人主義を貫きながら生きる。そのくせ欧州の美術品に固執し、誰も(どの国も)信じず、その一方で無償の愛を求める。多くの取り巻きに囲まれながら、疑心暗鬼で、尚且つ孤独・・・それはあたかも彼の国の近現代を擬人化したようにはみえないだろうか。
その意味では「薔薇の蕾」(Rose Bud)はストーリー展開に資する調味料のようなものに過ぎない。
彼の国での異常なまでの(?)高い評価は、アメリカという国の自画像がそこに映し出されているからだ・・・というのは穿った見方かもしれないが、そんな観点からみたとしても、オーソン・ウェルズの眼力の鋭さにただただ敬服するしかないのだ。
名台詞の数々。20世紀を語るとき、避けて通れない作品であることは確かである。
投稿者:william投稿日:2005-04-20 11:39:36
この映画がAFI選定のアメリカ映画第1位に選定されているのにはきちんとした理由があると思う。例えば、ケーンが最後に残した「薔薇の蕾」の意味を、その意味を探求する映画の登場人物達ではなく、この映画を見た観客だけが知ることが出来るラストシーン。そして巧妙で緻密なストーリー性を持ち、さらに観客を惹き付けて離さない美しい映像の世界。つまり、「市民ケーン」の世界には「無駄」と言える部分が存在していないのだ。
言ってみれば、この作品は「映画のサンプル」なのである。つまり、後に映画を作ろうと志す人達に与えられた教科書であり、また映画を見る人々にとっての指標でもあるのだ。そこにこの名画の価値があるのだと思う。
投稿者:ルミちゃん投稿日:2004-12-16 19:30:43
【ネタバレ注意】

あまりよく覚えていないけれど、薔薇のつぼみとは、椅子の後に刻まれていた言葉.つまり彼は、起き上がって椅子に座りたい、こう言い残して死んでいった.

謎の言葉を追うことによって、ケーンという野心に生きた人間の実態を追うことになったこの映画、行き着くところ、野心を追う生き方に、何も得るものが無い事を物語る.

投稿者:masa64投稿日:2004-12-16 01:20:28
最近、500円でDVDが販売されていたので、つい買って久しぶりに観ました。久々に観て改めて名作だと実感したし、新たな発見がいくつかあって、より一層に楽しめた2時間でした。

ケーンが死に際に『バラのつぼみ』と幼少の頃の思い出に戻ることは、スタンリーキューブリックの『2001年宇宙の旅』のHALが電源を切られる時に、工場で作られた頃に(いわゆる生まれた頃に)戻りデイジーを唄うというシーンはホントのところ、『市民ケーンを』モチーフにしたことは有名な話。
投稿者:Ikeda投稿日:2004-12-08 12:37:50
この映画が昭和16年に製作されたのに日本ではそれから四半世紀たって、やっと公開されたというのは、一般向きではないとの判断があったのかと思います。オーソン・ウエルズはラジオの「宇宙戦争」でアメリカを驚かせた事は有名ですが、これはアメリカだけの話で、この映画で世界的に名が知られたし、ジョセフ・コットンにしても、殆どでデビューに近いこの作品で一躍スターになっています。それにも拘わらず、この映画に賛否両論があるのは、この映画の主人公が、あまりに自己中心的なことがあり、更に、あまりにこの映画が高く評価されている事が作用していることもあると思います。
私の見た感想では、一般的に映画では登場人物の個性の描写が難しいけれども、この作品では主人公ケーンの個性を見事に浮き出している点を評価しています。カメラも陰影を強くし、アングルも良く捕らえていると思いますが、この当時のグレッグ・トーランドは素晴らしい撮影をやっていますので、当たり前という感じもしました。総体的に名作ではあるけれども、大傑作とまでは感じられませんでした。
なお、この映画は実在の新聞社主ハーストをモデルにした事は間違いないようで、「Rosebud」というのもハーストが飼っていた犬の名前だったという話も聞きました。勿論ハーストは当時健在だったので、この映画の製作会社RKOやウエルズに圧力をかけ、都合の悪い箇所をカットして公開にこぎつけたという話も残っています。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2004-11-27 09:44:47
【ネタバレ注意】

AFI選定No.1映画。本作の前に「第三の男」を観ていたので、どんな凄い映画なんだろう?と思って観たのだが…その時は僕もなぜNo.1映画なのか、解らなかった!
「華氏911」という映画が話題となり、鑑賞もしたが、何が言いたいのか?(権力者の生き方/戦争の現実)と思った時、本作が思い出され、これはこれで結構面白い映画だったのかも…と思った(まだ二度目は観ていないのだが…)。結局の所、観る人を選ぶ映画なのかも…薔薇の蕾についての謎に頭がいっちゃったのが間違いだったかもだ。…本作はサスペンスではない。
つまり、薔薇の蕾(ラストで燃やされる子供の頃のそり)は彼の人生の中で出てくるが、勿論それが最後の言葉という事にも意味があるのだろうが、この映画はケーン(時代の寵児)という男の行動(人生)が描かれている〜こだわりの映像と訴えかけるストーリーと共に。
…ラストのお屋敷(映像)が凄い。そして…薔薇の蕾の謎が出演者には知られずに消え去ってゆく。
…本作にはとんでもない裏がある〜詳しくは「ザ・ディレクター」(単独の映画としても超面白い〜映像マジック(リドリー・スコット)を感じさせる「市民ケーンの真実」)のご鑑賞を。

※「アビエイター」鑑賞されましたか?…物語はひとつの“可能性”に過ぎない。こうしたらこうなる、ではなくそういう“可能性”もあるだろ、ということだ。自分の信念を変える事なく必死に生きる才能ある人間の生き方を僕らは否定してはいけない、と思う。(野心が虚しいなどと誰が言えるのか?)
それぞれの生き方、それぞれの愛だ。自分は“しない”というのは勿論、個人の自由である事はいうまでもない。(“出来ない”が真実であろうが…)

投稿者:さち投稿日:2004-07-01 08:53:21
やたら評判高いけど若かったせいか意味わからなかった
投稿者:徘徊爺投稿日:2004-02-28 04:21:14
【ネタバレ注意】

ニュース形式で始めるあたりはO・ウェルズらしく、1938年のハロウィン前日にアメリカ国民を本物と勘違いさせパニックに陥れたという火星人襲来のラジオドラマを連想させる。この映画でもペテンにかけられないように気を付けましょう。
また、若い頃は画家を志していたというだけあって、光を効果的に使う映像は、レンブラントの絵画にも通じるものがある。

さて、まるで美人局のような「バラのつぼみ」だが、これはケーンのモデルとなった実在の新聞王ハーストが実際に口にしていた言葉で、不謹慎な話だが彼の愛人の女性器の愛称だったらしい。ちなみに、原語には「美少女」の意味もある。しかし、ストーリーはほとんど作り物で、O・ウェルズが野心的なイタズラ心に発しているらしい。この作品が公開された当時でもモデルとなったハーストは健在だった。詳しくは、映画「ザ・ディレクター[市民ケーン]の真実」に描かれている。

投稿者:o.o投稿日:2003-08-18 01:44:59
 光と影の対照が鮮やかで、光に照らされた物体が、まるでそれ自身が発光体で、内側から光を放っているかの様に見える映像に心惹かれました。全編隙無く凝った映像で埋め尽くされ、どうだい、こんな映像見た事ないだろう、と得意げな監督の顔が浮かんでくる様です。
 他人に対する愛し方を知らない男の孤独な姿は悲痛で、特に、才能のない歌手である妻を無理やり売り出そうとする経緯は心が痛みました。見ていてつらいのですが、複数の関係者による回想をつなぎ合わせる形で物語が進むので、回想が一区切りして時制が現在に戻る度にほっとします。それがなければ、かなり辛気臭いものになったのではないでしょうか。
 妻に批判的な劇評を書きかけた友人をくびにしつつ、そのくせ何故か、自分でその続きを書いて発表し、その上、その友人に高額な退職金を支払おうとする姿は面白く、その様な人間像をもっと膨らまして描いて欲しかった、という気がします。不思議なのは、冒頭に少しだけ登場する母親の描き方で、子供に愛情をもっている様なもっていない様な表情をしており、これは意図的なものなのでしょうか。
 「薔薇の蕾」という謎の言葉を提示して、観客を引っ張った割りには、最後のシーンによる説明、というより、示唆が分かりづらいのですが、多分これはわざとで、観客にあれこれ議論させようという意図ではないでしょうか。
 
投稿者:sonic投稿日:2003-05-26 01:18:14
技法がどーたらと玄人ウケする作品といったイメージがある。自分にはつまらなかった。退屈なだけだった。
投稿者:J.T.投稿日:2003-05-19 02:35:30
この作品、内容が傑出しているわけでもストーリーに驚きがあるわけでもありません。その点でいえば、「傑作」はたくさんありますし、この映画はいまとなっては「まあまあの名作」どまりでしょう。しかしこのウエルズの映像表現たるや!異様! 一本ピーンと精神の張り詰めたカットばかりです。そう、ウエルズの作品はストーリーではなくカットがすごいんです。使いたい言葉ではありませんが、絵画に見られるような芸術性があります。観ている方が「これどうやってとったんだろう」とか「なんかこの映像すごいな」と考えたくなるカットばかりなわけです。思うにこの作品は、映画ファンよりは映画の作り手がいまでも驚嘆する古典なのだと思います。(ちなみに彼の「審判」もやはり映像がすごいです) 
投稿者:yanco投稿日:2003-02-15 17:52:42
25歳の若者が老成したような題材に興味を示したことが驚きだ。若さゆえか、人間ドラマとしても社会ドラマとしても底の浅いものに終わっているが、その展開力推進力は機関車のごとき力強さだ。プロットの上手さ、いい意味でハッタリの効いた絵作りで一気に見せる力量には感服する。作品そのものより、オーソン・ウェルズ自身の存在感が際立つ作品。
投稿者:yomoyama投稿日:2002-12-05 21:14:19
の正体がこれ.憎まれてもいい、成功したものがヤッパリ勝ち、というアメリカ合衆国文化が、市民ケーンを惨めに感じさせず、かえって「畏敬」を込めて描くことになる.
どんな憎まれっ子も「市民」なのだ、成功すれば.または成功に敬意を表せば.
広角レンズを下からあおって人物を撮るシーンとか、逆光で顔を陰にする、などの多用が芸術的と考えられたのだろう.
ハリウッドでバカに評価が高いのはこんなところにあるのかな.
投稿者:パタママ投稿日:2002-10-09 21:08:20
祭祀、宗教、文学、音楽、絵画、戦争、写真、映画・・・上手く分類分析できませんが、それぞれが歴史の流れの中で最も力を持った時期があると思います。
映画は、この頃、しかもアメリカ、がやっぱり特別な意味合いを付加してると思います。
作品としても、力強く堂々たる風格で、ナイーブな現代人から見ると羨ましくもあります。
投稿者:Katsumi Egi投稿日:2001-09-30 20:28:37
 映画史には「踏み絵」のような映画があって、まさにこの『市民ケーン』はそ
れにあたると思う。ステレオタイプに分類することを恐れずに言えば、この映画
を楽しめない人は多分に映画を「内容」で楽しむ嗜好の持ち主であり、この映画
を楽しめる人は映画の「形式」を重視して楽しむ人だろう。どちらが良いとか、
高等だとかの話じゃない。この映画を前にしたときの多くの人の身振りを観察す
る限り、私にはそう思える。(ま、「踏み絵」という言葉には政治的な臭いがつ
きまとうので、言葉使いとして適当じゃないかも知れませんが)

 という訳で、私は『市民ケーン』が世界映画史上のベストワンだと言われても
いっこうに不思議ではない、桁違いの魅力をもった映画だと思っています。

 まず、誰もが口にするパン・フォーカスに関して言っても、映画史上で徹底的
にパン・フォーカスを意識して利用された初めての映画だから、つまり映画の技
術革新として『市民ケーン』が凄いのでは断じてない。(事実、この映画以前に
溝口健二やジャン・ルノワールが相当に被写界深度の深い演出をみせています。)
『市民ケーン』のパン・フォーカスに匹敵するくらいパン・フォーカスが効果的
な使われ方をした例が他に無いところが凄いのです。
 アグネス・ムーアヘッド(大好き!)扮する母親と別離する雪降る小屋のシーン
のパン・フォーカスなんて、このシーンに拮抗できるほどのパン・フォーカスを
思い浮かべることができない。

 また、リーランドとケーンが演劇を巡って言い争うカットが、もの凄い仰角の
長回しで部屋の天井がバッチリ写っている、なんてところや、集合写真の人物達
が突然動き出す異化効果や、クレーン移動による数々の眩惑的なシーケンス・シ
ョットや...。この映画の画的な魅力を上げていくとキリがない。『市民ケーン』
のラストは、何が映っているかよりも、それが映る迄のカメラワークの方が遙か
に凄い。

 ま、「薔薇の蕾」にまとわりつくセンチメンタルなテーマ性・ストーリ性があ
るからこそ、映画の「形式」を殆ど楽しまない人々の一部からも、支持されうる
戦略が施されているわけですが、私は、「薔薇の蕾」なんてヒッチコックの言う
「マクガフィン」でよかったと思っている。つまり、『市民ケーン』は「薔薇の
蕾」の正体が何であれ、ラストで自走するカメラによって明らかにされなくとも、
依然、映画史のベストワンで有り続けたであろう桁違いの面白さ。世界映画史上
の大傑作。
http://www.page.sannet.ne.jp/egi/
投稿者:黒いチュウリップ投稿日:2001-09-28 09:43:50
世界映画史第一位!と聞くと、少しけなしたくなりますね。
当時の撮影技術とか、よく分かりませんが、
最初(ニュース)で大体のあらすじ、ネタばらすのは、斬新。。。
ケーンの人物像、そんな丁寧に語ってもらうほど
魅力的でもなし、複雑でもなし。
ミステリー、「バラのつぼみ」も映画のために
無理やりぽい。「おかあさーん」ですよね。

よく分かりませんが、この映画、もし言われているように、
当時の一個人を許可なく、描いたのならば、暴露物の元祖。
そんな誉めて良いんでしょうか。。。
投稿者:出木松博士投稿日:2000-12-10 03:04:41
「知ってるつもり」でこの主人公のモデルの人の事を見ました。
アメリカ人では当たり前のように知っている人物らしいので、それを知らずに見るのでは、アメリカ人とは違うバックグラウンドで見ていたのだなあと思いました、
投稿者:東 豊投稿日:1999-10-06 00:59:32
意外にも全編に渡って、特殊効果のオンパレード。
多重露光や光学合成など、それと気付かせずに使用されている。これこそが本来の映像魔術。ストーリーは完全無欠。シナリオはネイティブスピーカーがサイドリーダーに採用するほど、英語の基本的使用法を網羅している。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 作品賞 
 □ 主演男優賞オーソン・ウェルズ 
 □ 監督賞オーソン・ウェルズ 
 ■ 脚本賞ハーマン・J・マンキウィッツ 
  オーソン・ウェルズ 
 □ 撮影賞(白黒)グレッグ・トーランド 
 □ 劇映画音楽賞バーナード・ハーマン 
 □ 室内装置賞Perry Ferguson白黒
  Darrell Silvera白黒
  Al Fields白黒
  Van Nest Polglase白黒
 □ 編集賞Robert Wise 
 □ 録音賞John Aalberg 
■ 作品賞 
■ 新規登録作品 
【レンタル】
 【DVD】市民ケーンレンタル有り
 【DVD】第三の男/市民ケーンレンタル有り
 【DVD】世界名作映画全集 34 市民ケーンレンタル有り
 【VIDEO】市民ケーンレンタル有り
【広告】

【スポンサーリンク】



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION

allcinema SELECTION