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戦艦ポチョムキン(1925)

BRONENOSETS POTYOMKIN
BATTLESHIP POTEMKIN

メディア映画
上映時間66分
製作国ソ連
公開情報劇場公開(東和=ATG)
初公開年月1967/10/04
リバイバル→独立映画センター-77.7
ジャンルドラマ
戦艦ポチョムキン Blu-ray  エイゼンシュテイン監督のデビュー作『グリモフの日記』、トーキー作『センチメンタル・ロマンス』収録
参考価格:¥ 5,184
価格:¥ 2,170
USED価格:¥ 2,028
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【解説】
 デ・パルマの「アンタッチャブル」の乳母車のシーンの、本家がどこにあるか知らぬ者はいまい。その“オデッサの階段の虐殺”の場面だけでも、この偉大な古典は見ねばならぬ。1905年、黒海艦隊の巡洋艦で供されたうじ虫入りのスープが、水兵たちの暴動を、ひいては革命の火種を引き起こす。エイゼンシュタインのモンタージュ理論の実践を、つぶさにここに見ることができる。77年に「完全版」が公開。
<allcinema>
評価
【関連作品】
アンタッチャブル(1987)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
1087 8.70
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【ユーザーコメント】
投稿者:bond投稿日:2017-05-09 22:13:17
有名なオデッサの階段のシーンもだが、全体を通して民衆のパワーが上手に描かれてる。凄いね。
投稿者:sachi823投稿日:2013-12-31 12:43:24
名高いオデッサの階段をはじめとして
映画的教科書の如き作品。
歴史的遺産の代表として様々な映画評価で
名前を残すことにも納得の作品。
オリジナリティの凄さを感じます。
投稿者:トウショウファルコン投稿日:2013-11-04 12:35:10
正直、暗そうで避けていた作品・・・

いや、少し驚いた。ヒューマニティー溢れた名作だと思った。
それは、観客を意識した、商業的な視点がある映画だと思えたこと。
モンタージュ理論だとか、今となっては、映画ファンでないと印象も
残らないとかは、どうでもいいことで取り上げる必要もない。

彼は、日頃から、街や景色や、人々や、建物や乗り物を、目の前に
ファインダーを覗くように、映像の残し方を日々、研究・観察していたのが、
判るようであった。

この時代に、『映画のルール』などは存在していなかったろうに、それを
先駆者の如く、考えていた・・・

今、この時代に生まれ変わったなら、どんな驚きを見せようとするのか ?
そう思わせるに十分だった。
投稿者:uptail投稿日:2013-02-16 14:09:17
シォスタコヴィチ版
演出:9
演技:9
脚本:8
音響:9
投稿者:呑気呆亭投稿日:2012-05-30 11:47:38
久し振りに再見したのだが、迫力ある映像の面白さは少しも褪せていなかった。この作品の場合にはどうしても「オデッサの階段」のシ−ンが取りざたされるのだが、今回は“スプ−ン一杯のス−プのために殺された”水夫を悼むために、オデッサの街中から続々と埠頭に集まってくる群衆のシ−ンに驚かされた。その映像処理(モンタ−ジュ)の凄さもだが、集まってくるロシアの民衆たちの多様な民族性を帯びた風貌のリアルさが、この作品に記録映画的な真実性を与えたのだなと思った。呑気呆亭http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:Kircheis投稿日:2010-07-27 05:13:14
多くの映画通から高い評価をされているこの作品だが、それもうなずける迫力ある映画だった。

特に超有名な『オデッサの階段の虐殺』シーンは、現代でも通用する緊迫感ある場面で感動させられた。

ストーリー的には政治色が強く、特にロシアの歴史に全く無知な俺が観てもイマイチ付いていけない部分があったが名作である事に変わりはない。
投稿者:にゃんにゃん投稿日:2010-07-16 09:38:12
有名なオデッサの階段を含め、力強い描写が目をくぎ付けにする。
サイレント映画ながら、今見ても十分に面白い傑作。
投稿者:gapper投稿日:2010-06-18 21:27:44
 やはり映像表現がすごいが、これはサイレントでなければ出来ないように思う。
 トーキーでやった場合、非常におかしな感じになってしまうだろう。

 とにかく、兵隊の動き、民衆の動き、子供のアップ、母親のアップ、大砲のアップなどエイゼンシュタインならではのシーンが満載。
 音楽が、ショスタコーヴィッチの第5番が使われていてなかなか印象的。
 ほかにも、クラシックと思われる曲が使用されていたが、曲名は分からなかった。
 著作権切れで法的には必要ないとは言え、ここは映画ファンのためと、映画全体得の利益として、キチンと参照できるようにして欲しかった。
 毎度思うが、映画の資産として管理して欲しい。

 ただ意外に思ったのが、映像的に見せるだけで、内容といえるものは少なく、単なる社会主義のプロパガンダ的なものだったことである。
 ただし、それでいいのであるが。
 とにかく迫力満点で、現代の映画の礎として燦然と輝く作品だろう。
投稿者:タニ投稿日:2010-05-26 23:05:12
 2005年ベルリン国際映画祭上映に使用された復元版、通称マイゼル版で見直した。劇中流れる音楽の作曲者の名前みたいです。マイゼルさん。サイレント映画って伴奏音楽でだいぶ印象が変わりますが、マイゼルさん、いい仕事してると思います。
 プリントも鮮明に蘇っています。 ぼわぁっとした画面が記憶にありましたが、こちらはくっきり鮮明。大群衆のシーン、極端なクローズ・アップが迫力あります。

 モンタージュを多用した映画手法だとか、映画創世記における最重要作だとか、世界史的に見た位置付けのおもしろさとか、政治的なお話とか、話のタネは尽きません。
 だけど、そういう知識を抜きにしても十分におもしろい。純粋な映画としての楽しさに溢れてる。

 オデッサ広場の階段を乳母車が落ちていくシーン。
 映画狂のブライアン・デ・パルマ監督が『アンタッチャブル』で愛を込めて模倣したあのシーン。デ・パルマが撮影現場にモニター置いて、ポチョムキンチェックしながら撮影してたのは有名な話。
 その迫力を、最大限に感じられるのがこのマイゼル版。映画マニア以外にもおすすめですよ。 
http://moviearth.at.webry.info/200905/article_4.html
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2008-10-19 15:33:04
確かに、例の‘階段‘シーンや迎撃準備のシーンなどはエイゼンシュテインかくあるべしともいうべき、凄さだと思う。しかし、他のシークエンスは全般にわたってプリミティブな映像に終始しており、単なるプロパガンダの域を出るものではない。
もちろん、監督が映画を手がけるようになってまだ日が浅いし、当時のソ連映画のレベルも途上だったわけで、いろいろと手間のかかる本作の題材を考えてみれば無理もないのかもしれない。
演技陣。特定のキャラクターを置いてない本作だが、小柄な船医役が印象的。
投稿者:アキ投稿日:2008-09-22 17:31:33
39年前のヘルシンキの救世軍にて、映画キチガイのイスラエル人と日本人がうんちくを傾けて、世界一と日本一の名画を議論し合意に至った。世界一はこの「戦艦ポチョムキン」、日本一は黒澤明の「生きる」であった。それをそばでじっと聞いていた22歳の私は、61歳の今ようやくこの名画に出会えた。無声映画で画面が時々文字で寸断されるのに、緊密に編集された歯切れのよいストーリーの流れにただうっとり。端役でもしっかりとらえられた表情、クライマックスに向けて、波を蹴立てて走るポチョムキンの躍動感。白黒画面に突如飛び出す赤旗の驚き。もうどれをとっても世界一としか言いようがなかった。
投稿者:SHELTER PEOPLE投稿日:2008-08-02 19:42:14
言いたいことがありすぎて収拾がつかないほど。とにかくいいぞ!
投稿者:paris1895投稿日:2007-08-10 20:34:31
冒頭から溢れる映画言語の洪水に戸惑う暇もないまま海兵のストライキは巻き起こり、
つかの間の勝利に酔いしれる前に群集を蜂起させる名文句の「ひとさじのすーぷのために」よりも字幕と映像のモンタージュに驚こうとしていると、
その言葉を恥ずるぐらいに有名なシーンのそのモンタージュ論の右往左往よりも高度な活劇としての階段の使用方法に目から鱗がぽろりとなろうとしている所に、
クライマックスの軍艦の兄弟がやってくる。

ひとつ言えるのは、モンタージュ理論などの有名さよりも
活劇映画人としてのエイゼンシュテインを評せたのはオーソン・ウェルズといった才人であった。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2006-11-25 05:25:38
サイレントの効果が一番良く出ている作品の一つだと思う。と言ってもDVDで繰り返し観てるのはオデッサのシーンだけなんだけど。
今は観る事は出来ないんだろうけど、サイレント本来の16コマで上映されたバージョンを観たい。
投稿者:hendrix投稿日:2006-09-26 22:57:29
この映画を酷評する勇気がほしいけど、やっぱりできなかった。
この映画を最初に観たのは4.5年前だが、やはりその良さがいまいちよくわからなかった。その後3000本ぐらい見た後にこの映画を見ると圧倒される。
さすが評論家受けするのもわかる。映画のエッセンスが凝縮したダイナミックなモンタージュ技法は、映画の言語を良く知っている人ほどこの作品の深さに酔いしれるのだ。そしてもう一つ「サンライズ」もサイレン期の頂点で
「ポチョムキン」はダイナミックな映像を軸にした突き進む男の映画で
「サンライズ」は演出を軸にした繊細で複雑な女の映画だ。
しかし両方とも構成が「市民ケーン」のように一定ではなく見せる場面(オデッサの階段など)とそれ以外の静かな説明場面があるので、全編通して完璧ではないが、両方とも映画史の10本に入ることは間違いない。
投稿者:ミュジドラ投稿日:2006-06-12 19:05:09
 最初から最後まで迫力に圧倒されっぱなし。プロパガンダ映画とはいえ、退屈してる暇なんか一切なかった。『シンドラーのリスト』の女の子の赤いスカートの元ネタはポチョムキンの赤旗だろう。
投稿者:Bava44投稿日:2006-06-09 20:22:41
革命映画というと「民衆の怒り」を主題とすることが多くて、それは方向性を誤れば危険な暴徒となる
だけに映画芸術の題材としては不向きのような気もするが、本作の場合ポチョムキンに向かって白い帆
の小船がたくさん出港するシーンでの人々の素直さとか、オデッサの階段のシーンでの人々の恐怖の表情
(そして、それを映すクロースアップ!)など、なかなかセンスのいいところがあって好感が持てる。

確かに今見るとテンポが遅く感じてしまうところがあるが、オデッサのシーンで帳消しだ。


●●バージョン違いについて●●:07-04-15
・ドイツ初公開当時、検閲でカットされたバージョンにエドムンド・マイゼルが音楽を付けたもの(エイゼンシュテイン公認の音楽)。
・その音楽をニコライ・クリュコフ(上のウラディミール・クリュコフって?)のに差し替えた50年サウンド版。
・出演・助監督のグリゴリー・アレクサンドロフ監修による、ショースタコビッチの音楽の77年完全復元版。
(完全復元版にもクリュコフの音楽が使われているらしい?)

あと、完全復元版に、無理やりマイゼルの音楽を入れたこともあるとか(笑)コマ数が違うのに。

IVCから出ているDVDは77年完全復元版(75分)。
紀伊国屋から出るDVDは復元マイゼル版(69分になるらしい)。
米国版を見たことあるが、66分で音楽は完全復元版と同じだった。

まあ、以上の情報はあまり信用がないので、軽く流してください。


作品に関する基礎知識として“当時のロシア人の多くが圧制に慣れきっていて、反抗心はあっても行動は出来なかった”というのが必要かも。
現代日本人が考えるように簡単に反発できたわけではない。(まあ、反発できると思っているだけで、多分出来ないだろう)
それに気付かずにアホなコメントをネットで書いているヤツがいて憐れ。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2006-01-08 09:15:00
【ネタバレ注意】

…оДин зА всЕх 
映像はいちいち素晴らしい。ただ海を映す部分も。艦隊との激突に備える乗組員…まさに光と影のアート。そして人間の感情を逆撫でする様なドラマ(…の一部が乳母車であったりもする)。映画自体は史実とは異なるようだが(勿論、歴史は強者が都合よく改変する)、フィクションとして実に見ごたえのあるムービーになっている。名作…でしょう。
サイレントなのだが、全編に流れる音楽が素晴らしく、また映像とマッチングしており、それだけ聴いても価値があるくらい。
オデッサの大階段は混乱した戦場ですよ(勿論、見所はここだけじゃない)。花火大会で命をおとす人もいるくらいなのに(…さすがにバーゲンで命をおとすのは聞いたことがないが)。階段いっぱいに群がって応援する人間を一列に並んだ兵士が一斉掃射する。必死に逃げ惑う群衆。倒れる子供、撃たれる母親。…撃たれた子供が踏みつけられる筈がない状況?(まぁ良いが…)
プロパガンダという意味以外に実に人間の感情に訴えかけるものを含んだアート。超一流監督、渾身の一作とみた。

投稿者:o.o投稿日:2005-12-19 01:20:21
見る前に自分の中でものすごいものに膨らんでしまい、正直拍子抜けに近いものを感じてしまいました。乳母車が転がることは知っていた「オデッサの虐殺」の場面も、もっと膨大な人の群れが階段を滝のように流れる映像だと勝手に思っていました。失望してみると、共産独裁体制勃興期のプロパガンダ映画だからなあ、という気分も頭を持ち上げてきてしまいます。撃たれた子供が兵士達に何度も踏みにじられるという場面がありますが、混乱した戦場でもなし、案外踏みつけないものではないでしょうか。もちろん帝政ロシアも紛うことなき独裁体制ではありますが。

一番印象に残ったのは、水平線の彼方から戦艦ポチョムキンに迫ってくるロシア艦隊の映像で、まるでニュース フィルムを眺めているような現実感がありました。また、激しく動き始める動力機関や、ゆっくりと動き出す巨大な砲塔などの映像が目まぐるしく移り変わる戦闘準備の場面には躍動感がありました。ただ、一番大切な気がする民衆蜂起の場面に意外と高揚感を感じなかったのは、内なる偏見ゆえでしょうか。

それにしても、蛆虫の沸いた肉を喰わされる下級兵士達には同情します。「日本の捕虜になったロシア兵のほうがよほどましな物を喰ってる」というセリフがありましたが、はるばるバルチック海から日本海まで来て、連合艦隊に殲滅されたバルチック艦隊のロシア兵達はいったい何を食べていたのでしょうか。
投稿者:さとうただお2投稿日:2005-09-30 19:51:03
傑作である。映像の「前衛的」な斬新さは、古典的とはいえ色あせていない。
ただし、攻撃的な政治メッセージが満載の革命扇動作品という側面もある。また、この作品の目指す社会が冷酷な社会主義社会であったのは、作品の責任ではないとはいえず、そのことは歴史の悲劇としかいいようがない。
出来栄えのよくないBクラス映画が、その言い訳と含みを持たせるために間接的に社会の矛盾や問題(麻薬、人種差別、貧富、性差)を告発することは現代においてもすくなくない。このような感情的なメッセージをこめた作品が今世紀までながらえたのは、映像表現のもつ迫力ゆえであろう。
投稿者:さち投稿日:2004-07-10 17:34:33
ポチョムキン・・ なんて可愛い名前だ。半濁音は可愛い印象を与える。名前とは裏腹に当時の政治体制を、戦艦レベルで皮肉った作品。三秒ごとに切り替わるカメラが印象的に、引きを殆ど排除し、デティールを多く映す事に専念している絵は監督のアート志向がプンプン匂う。接写もかなり多く、迫力を与えるとともに、緊迫感も与え、独特の映像に仕上がっている。サイレント映画の間の長い感じも無く、良かったと思う。
投稿者:Ikeda投稿日:2003-11-03 13:43:51
あまりにも有名なエイゼンシュタインの作品ですが、将に白黒の芸術とでも言うべき撮影です。叛乱、虐殺、戦闘準備のシーンなど迫力もあり、俳優の演技もサイレントだけに皆、表情が豊です。この映画を参考にした演出や撮影は数限りなくあると思いますが、本当に歴史的傑作だと思いました。
投稿者:かっこう投稿日:2002-11-14 00:31:50
1925年という大昔にできた作品としては面白くてすごいと思うが、現代の多くの映画を見慣れてる僕としては、やっぱり退屈です。
でも、アンタッチャブルのあのシーンがこんな昔の映画からとられてるなんて全然知らなくて感動しました。
投稿者:こさむ投稿日:2002-10-16 08:04:05
けっして今観て楽しめる作品とは思えないが、やはり一度は観ておきたい。
群集シーンはさすがに圧巻!の一言であります。
政治的プロパガンダ色の濃い点も、今となってはむしろ微笑ましい。
水兵の反乱が、民衆の蜂起に結びつくまでの展開はやや強引過ぎる気も。
投稿者:theoria投稿日:2002-07-04 21:23:42
このエディションは結果的に「ショスタコ賛」となってしまっている。奇しくも前年に、この旧ソ連最大の作曲家が他界している為、その余りにも偉大な功績を偲んだのであろうか。正味一時間程だがショスタコのシンフォニー漬けである。音楽好きにはタマラナイので次は何番の何楽章が出てくるのかとワクワクしたものである。記憶では4・5・7・8・10・11番の様々な楽章から部分的にポプリ風に繋ぎ合わされ冒頭から最後まで間断なく奏され続ける。映画史上、音楽史上それぞれに於いて金字塔を築いたエイゼンシュタインとショスタコーヴィチとの邂逅によって確かに映像に絶大なる効果を生み出すことに成功しているのは否定できない。殊に「オデッサの階段」では11番の標題「1905年」が示唆するように「血の日曜日」の大量虐殺を彷彿させる第2楽章のクライマックスが、まさしくこの映画の為に作曲されたのかと耳を疑う程に雄弁である。また、ラストでも叫ばれる「みんなはひとりのために!ひとりはみんなのために!」と自由の赤旗の翻る下、革命を讃える歓喜の直中にあって朗々と5番の第4楽章の終結部で締めくくられているのも極めて効果的であると言える。しかし、当該映画の出来たのは1925年で、まだ対文化政策としての芸術作品に対する「社会主義リアリズム」なる安直なイデオロギー強制のスターリン路線が確立される以前のことである。この時、ショスタコはまだ溌剌とした第一交響曲しか完成していない。当時のエイゼンシュタインがこの映画をマルクス・レーニン主義のプロパガンダ作品として意欲的に製作していたとしてもスターリン以前であるのだから当然かもしれない。一方、ショスタコーヴィチは1930年代以降の社会主義リアリズム路線に揉まれながらも反体制の姿勢を貫いてきた。従って言うまでも無く第5の終楽章は体制権力に「強要された歓喜」をアイロニカルに表現しているのであってスターリンを擁護するものでは決してない。詰まるところ、彼のシンフォニーは安易に使用しない方が賢明ということだ。音楽を深読みし過ぎると「ポチョムキン」の意義に混乱を招き兼ねない。飽くまでもエイゼンシュタインの「モンタージュ技法」の妙技を堪能すべきだ。含蓄のある映画に含蓄のある音楽を最後まで絡み合わせない方が良いということだ。天才同士を拮抗させてはマズイ。この映画は原典版で観て、音楽は音楽だけで聴いた方が断然良い。ヘタに音楽カブレしているとショスタコの交響曲についてあれこれ思い巡らしてしまうので、そういう方には特にお薦めできない。もっとも、ショスタコの作品(特に交響曲)についてアレコレ論ずる時代ではなくなった。良かれ悪かれ。ツマランご時世だ。
投稿者:出木松博士投稿日:2000-12-15 03:54:22
政治色が強いのは、度外視してみれば良い作品です。
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