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妻よ薔薇のやうに(1935)

メディア映画
上映時間74分
製作国日本
初公開年月1935/08/15
ジャンルドラマ

【クレジット】
演出:成瀬巳喜男
原作:中野実
脚本:成瀬巳喜男
撮影:鈴木博
編集:岩下広一
音楽監督:伊藤昇
演奏:P.C.L.管弦楽団
出演:千葉早智子山本君子
丸山定夫山本俊作
英百合子お雪
伊藤智子山本悦子
堀越節子お雪の娘・静子
藤原釜足悦子の兄・新吾
細川ちか子新吾の妻
大川平八郎君子の恋人・精二
伊藤薫お雪の息子・堅一
【解説】
 中野実の『二人妻』を成瀬巳喜男が脚色・監督した愛のドラマで、成瀬の初期の代表作と評価されている。1969年に「恋にめざめる頃」というタイトルでリメイク版が製作された。なお主人公の娘を演じた千葉早智子は、この作品がきっかけで成瀬と結婚した(後に離婚)。
 丸の内に勤めるOLの君子は、母で歌人の悦子と二人暮らし。父は砂金探しに出たまま10年以上も戻っておらず、その土地で芸者上がりの女と同棲し子供までもうけていた。母の兄から父を連れ戻してほしいと頼まれた君子は、芸者上がりのお雪に会うため信州へ。意外なことに、お雪は子供たちと父を支える立派な母親だった。君子は砂金探しを続ける父に帰ってほしいと頼むのだったが…。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
655 9.17
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【ユーザーコメント】
投稿者:クリモフ投稿日:2010-02-18 15:53:16
戦前の成瀬初鑑賞。いやぁ、駄目駄目な夫ですな。不倫というか外に家族作って、しかも金で一発当てようとしているってのが可笑しいんだか、情けないんだか。
この夫が自分にはイマイチ魅力的に見えず(というか印象に残らず)、そんなに物語に興味をもてませんでした。もともと、こういう話は苦手というのもありますが。ただ、相変わらず、しっかりした女性と頼りない男の会話は面白いし、なによりこういうケースって多くないけど、必ず今でもあるだろうし、その辺のリアリティは流石。現実も意外とこのように軽いかもしれない。
個人的にはまずまずでしたが、いい作品だと思います。成瀬監督らしい。あと、戦前の俳優には詳しくないんですが、お雪の娘役の堀越節子が可愛かったです。
投稿者:Bava44投稿日:2005-09-17 06:40:08
愛人の元で暮らす父親という現実的な話なのにそれ程重苦しくない。
しかし、時々コミカルなシーンがありながらも、映画は常に現実の人間を描いて離れない。
娘と愛人の人間としての魅力が本作の最も優れたところだと思う。素晴らしい。
登場する女性がみんなしっかりして立派な人ばかり(笑)成瀬だね〜。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2005-09-07 17:41:46
成瀬作品だが、イマイチ盛り上がらない。クラシックにのせて演じられる「鏡獅子」や、それを観劇中、居眠りしてしまうシーンは小津を彷彿させる。あるいは信州の愛人となれば「浮草物語」も。
PCLの初期の頃なのでノンスターなわけだが、技術を売りにした会社だけありトーキーの質はいい。義太夫のシーンなどは技術デモも兼ねているのではないか?最初は日活の請負でやってたのが、日活の経営がおかしくなり契約を打ち切られてしまい、やむなく自主制作にのりだした経緯がある。そしてその後、阪急・宝塚の資本参加により東宝になるのだ。
投稿者:篭瀬山投稿日:2005-08-21 21:51:30
【ネタバレ注意】

 昭和戦前期というと灰色一色というイメージが強いです。だがこういう映画を見ると、和洋両文化を折衷させた、それなりにモダンでカラフルな時代だったんだろうと思われます(フィルムはもちろん白黒ですが)。ヒッチ・ハイクの『或る夜の出来事』もそうですが、冒頭部のオフィス内シーン、千葉早智子が小間使いの少年に挨拶する仕草は、『モロッコ』じゃないかと思います(マレーネ・ディートリッヒとゲイリー・クーパーが交わす挨拶)。藤原釜足(若い頃は案外端正)が義太夫を唸るシーンも、滑稽さとして描かれていました。

 現代的でさっぱりした性格の娘(千葉早智子)から見た、母親世代の二人の女。より正確に言えば、二人の古風な女における「現代的なるもの」の発露の仕方の違いが観察されています。

 母は、文学表現に目覚めた理知的な女で、新聞に短歌を投稿したり、弟子をとったりします。社会の中での人間関係を含めたこういうネットワークの仕方は、とても現代的であると言えます。夫と久々に街へ出てても、意義のある事をしましょうと言う女です。しかしながら、こうして確立された自我は、文学表現の場以外では彼女の中に内包されてしまって、対人関係において直接発露されることはありません。それは、昔ながらの人間関係において女の自己主張の出口は極めて限られていたからですが、彼女は言わば、それらとはまったく別の階層に自我を形成したのだと言えます。彼女にとっては、例えば夫に泣きすがり「行かないで」と懇願することより、そういう感情を文学表現として昇華することの方がリアリティがあったのだ、とも言えます。

 お妾の方は、文学とは無縁な女です。(娘の事前の想像とは異なり)対人関係も滅私的で、極めて古風であるとさえ言えます。自分の存在を世間の在り方から外れているものと認識し、そのことを申し訳ないと思っています。しかしながら、夫と二人の子との質素な生活をささやかな幸福であると認識しており、このささやかな幸福を手離したくないという想いには相当強いものがあります。ここが彼女の現代的なところです。これは必ずしも明示的には示されませんでしたが、この極私的な想いは世間からも許容されると彼女は確信していたはずです。(その後、娘が妾の方に軍配を上げ、世間がそのように考えていたと証明されました)

 この二人を比べ、娘が泣きながらも「お母さんの負け」とジャッジするところが面白いと思いました。現在の日本でも、「勝ち組・負け組」などという言葉を用い、まったく同じようなことが判別されているからです。平成の現代にも通ずるテーマを扱った映画だと思います。

 「人は心ごころですもの。帰るという者を引き止めることはできないじゃありませんか」心々(こころごころ)という日本語はほとんど初めて聞きますが、綺麗な言葉ですね。さすが歌人だけに言葉のセンスが鋭い、と思いました。7

投稿者:Ikeda投稿日:2003-10-27 15:51:52
サラリーマンの千葉早智子の父が、所謂、2号さんのところへ行ったきりで、母と二人で暮らしている。その父を帰そうとする話です。今の時代になると、このような夫婦生活があったというのが不思議なくらいですが、当時ですと、まだ、あってもおかしくなかったと思います。成瀬巳喜男の演出が良く、娘から見た父母と父の内妻の性格が鮮やかに描かれています。父親が東京へ帰って来た時などのフラッシュバックの使い方もうまいです。それにカメラが素晴らしく、序盤で丸の内のオフィス街が出てきますが、私の亡母が、大正から昭和にかけて丸ビルでタイピストをやっていた事もあり、懐かしいです。そして、ラストで千葉が「やっぱり、お母さんの負けだ」と言うシーンが印象的です。なお、千葉が、映画で見たと言ってヒッチ・ハイクをしようとするシーンがありますが、多分アメリカ映画「或る夜の出来事」の事を言っているのだと思います。
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