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祇園の姉妹(1936)

メディア映画
上映時間69分
製作国日本
公開情報劇場公開(松竹キネマ)
初公開年月1936/10/15
ジャンルドラマ
あの頃映画 松竹DVDコレクション 祇園の姉妹
参考価格:¥ 3,024
価格:¥ 2,698
USED価格:¥ 2,297
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【クレジット】
監督:溝口健二
原作:溝口健二
脚色:依田義賢
撮影:三木稔
編集:板根田鶴子
助監督:高木孝一
森一生
坂本明
出演:山田五十鈴芸妓おもちゃ
梅村蓉子姉芸妓梅吉
久野和子夫人おみえ
大倉文男骨董屋聚楽堂
深見泰三呉服屋の番頭木村保
いわま桜子工藤夫人おまさ
林家染之助古沢の番頭定吉
葵令子芸妓の梅龍
滝沢静子扇屋の女将お千代
橘光造運転手・立花
三桝源女定吉の女房おはん
【解説】
 溝口健二が自らの原作を監督した、最高傑作と評される人間ドラマ。依田義賢が脚色を担当。山田五十鈴と梅村蓉子が対照的な姉妹を見事に演じ分けた。残念ながら一部のフィルムが消失してしまっている。1956年に同名で再映画化された。
 人情に厚く男に尽くす姉の梅吉と、気が強く男から金品を得ようとする妹のおもちゃ。二人は京都で有名な芸妓の姉妹だった。ある日、梅吉の世話をしていた古沢が二人に家に転がり込んできた。姉が留守なのを良いことに、今や破産し無一文となっていた古沢を、おもちゃは追い出してしまう。二人はそれぞれ男を相手に商売を続けるが、現実は厳しく、やがて男に裏切られ惨めに捨てられてしまう。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
431 7.75
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【ユーザーコメント】
投稿者:o.o投稿日:2017-12-25 04:13:40
昭和 11 年の芸者ガールを描いた映画でした。世間というものを何より重んじながら生きる姉と、世間を憎み、したたかに利用して生きてやろうという妹の話なのですが、この映画、全体的には人間喜劇風で、主人公があれよあれよと男たちを手玉に取る過程を楽しく見ていられるのですが、最後になって急にシリアスになり、実に暗い終わり方で、それまで笑っていた顔が固まってしまいました。ちょっとバランスがおかしくないかと思わないでもありません。

この映画は、祇園で暮らす芸妓のリアルな生態を描いたということで、当時の祇園からは、商売の邪魔をするなとけっこうな反発を受けたとか。主人公の行動もさることながら、芸妓たちが置屋でいかにもだらしなく寝そべっている姿など、当時としては見たくないものだったのかもしれません。ちなみに最後のセリフは、「なんでこんな芸妓みたいな商売、この世の中にあるんや。なんでなくならんのや。こんなもんなかったらええねん!」です。

しかし、自分がこの映画で一番印象に残ったのは、全編で交わされる戦前の関西弁というか京都弁です。自分は思いっきり関東人なので、まるで外国語を聞いているかのようなのですが、それでいて意味が分かってしまう言葉の不思議さを感じずにはいられません (「え、何だって?」という箇所も多々ありましたが) 時に柔らかく、時に冷たく、くるくるとその色あいを変えながら流れる言葉の数々は、聞き飽きることがありません。

「溝口リアリズムの誕生」だそうです。正直、日本は「書き割り」だらけの国だと思っています。映画には 2 種類あるのではないでしょうか。「書き割り」を立てる映画と「書き割り」を倒す映画と。リアリズムによって「書き割り」がすべて倒されたとき、その外側にはいったいどんな風景が広がっているのでしょうか?
投稿者:ルミちゃん投稿日:2012-04-15 07:39:52
【ネタバレ注意】

これは、ものすごく単純明瞭な作品なのですね.
妻のある男を好きになった姉と、独身の男を騙した妹.
簡単に言ってしまえば、妻のある男を芸妓が騙してもお互い様なのだけど、独身で本当に自分に惚れている男を騙すのは卑怯.
同様に、妻のある男にいくら尽くしても、意味はない.
妻がありながら芸妓を相手にすること、つまりは、妻を騙して芸妓と付き合う男も、それを知りながら男と付き合う芸妓も、どちらも卑怯なのですね.
もう少し詳しく観てみると、妹は、反物屋の番頭を騙したのはお酒の席ではありません.番頭が堅気の仕事をしているときに騙したので、情状酌量の余地はないと言えます.
他方、姉の場合はと言えば、道楽でお店をつぶしてしまった男、妻を見捨てて芸妓の所へ転がり込んで来た男であり、正真正銘のろくでなしでした.
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さて、見方を変えて、姉と妹を入れ替えてみると、どうなるでしょうか.
反物屋の主人は、『良い女なら、俺が仲人をして一緒にしてやる』と言いました.姉は良い女性、一緒になれたのです.
他方、妹の方も、道楽でお店をつぶした男を見捨てて、骨董屋と一緒になったとしたら、骨董屋は贋作を扱って稼いでいる言わば詐欺師であり、妹は嘘つき女、結構似合いのカップルになったのです.
さて、さて、になりますが、もう一度、骨董屋を考えてみましょう.妹が彼に会いに来たとき、彼は贋作を買いに来た客の相手をしていた.彼は、妹の顔を見て、手切れ金の100円のことを思い出し、その分値段をつり上げました.彼はえげつない商売をする人間である.けれども、金を貸してくれと言われたら躊躇いもなく貸す、手切れ金が必要だと言われたら、もっともだと言って出しました.商売ではえげつないけれど、私生活では話の分る人間だったのです.こう考えれば、公私の区別なく、『男を騙して復習してやるんだ』こう言い放つ妹は、誰と一緒になっても幸せにはなれないのですね.

投稿者:いまそのとき投稿日:2012-02-01 16:48:15
カメラは華やかな祇園町ではなく裏通りの狭い路地をロングショットで追う。この街の別の面がはっきり見てとれるのだ。情に流される姉と突っ張る妹の対比があまりにも見事に描かれていて何度見ても感心する。この70分足らずの映画に極めつけの写実があり、生々しい人間たちの息遣いがそのまま聞こえてくる。山田五十鈴18歳にしてこの演技。この人からこれだけのものを引き出したやはり溝口という人の凄さをあらためて感じる。無駄のない脚本は全ての映画人の参考になると思う。
投稿者:TNO投稿日:2012-01-18 02:21:45
姉は、お人よしで騙されやすく貧乏を背負い込むタイプ。妹はしたたかで、機を見るに敏だけど、脇が甘く、すぐにばれる嘘を付いたり、その場凌ぎはできるけど将来を考えて行動できないタイプ。ワケアリでかなり年が離れていて、2人の考え方の差は、世代の違いからきているのかもしれない。山田五十鈴さんの鬘をかぶる場面は、惚れ惚れするような美しさ。芸妓稼業の収支は、当時と現在では、どう違うのだろうと考えさせられたけど、こういう世界には疎いので結論は出ない。働いても働いても万年貧乏ということは、誰かが中間搾取しているか、現在よりも芸の価値が軽んじられていたからであろうか。1956年版のリメイクの方も見たことがあるが、確か主人公に騙された呉服屋番頭は、自殺に追い込まれていた部分は違っていたと思うけど、それ以外は極めて本作に忠実だったと思う。
投稿者:ノブ投稿日:2009-12-15 15:10:06
【ネタバレ注意】

「祇園の姉妹」(監督:溝口健二 69分)
話の内容は義理に厚いので没落した昔の旦那さんの面倒をみる優しい姉と男を次々と食い物にする妹の話。
オープニングの屋敷内の横移動の長回しがスゴかった(途中で家財道具をせりにかけているシーンが出てくる所が良かった「旦那が没落したのが一目で分る演出」)
妹が寝起きのシュミーズ姿でのっそり出てきて歯を磨くシーンが良かった。
妹の「芸妓は男に金で慰み者になってるだけ」と言うセリフのやり取りが凄かった。
神社参りをしながら姉が妹に「義理を欠くと世間様に相手にされなくなる」と諭すシーンが凄かった。
姉に反物をあげる為に、妹が呉服屋の手代をたらしこんでその日もって来ていた一番高い反物を巻き上げるシーンが凄かった(男の吸っているタバコをとりあげて自分で吸ってふかし、再び男の口にくわえさせるというたらしこみの手口がムチャクチャカッコよかった)。
姉の昔の旦那を追い出す為に、姉に新しい旦那を作らせようと妹が画策する演出が面白かった(酔いつぶれた新しい旦那にタバコの煙を吹きかけて起こすシーン。新しい旦那から昔の旦那への手切れ金100円を受け取り、実際に昔の旦那には50円しか渡さないという演出がとても面白かった)。
手代の勤めている呉服屋の主人が、手代が反物を掠めた事を知って咎めるセリフが面白かった(「男に貢がせる女なんてしょうもない。俺が若い頃は女の方から色々持ってきたものだ」みたいなセリフを言うと隣で聞いていた奥さんがしかめっ面して睨む演出が面白かった)。
手代の勤めている主人が妹に話をつけに来たら、妹が「若いのはダメ。酸いも甘いもかみわけた年寄りが好き」と言ってその主人をたらしこんで自分の旦那にする演出がとても面白かった(その後、妹の服は派手になるし、高級レストランで食事もする)。
妹に裏切られた手代が復讐する演出が凄かった(手代はまずは主人のおかみさんに主人が妹とデキている事を伝える(それを知って奥さんが主人が土産を持って帰ってきたらその土産を「汚らしい。犬にでも食わせな」と投げ捨てる演出が面白かった)。それから妹を車で拉致する(車の運転手の極道が冷静な口調で妹を脅すセリフが凄かった。又車の外の木々が流れていくシーンが印象に残った)演出はとても怖かった)。
妹は手代たちに拉致され大怪我を負っても「男なんかに負けるもんか」といい張り、姉はせっかく没落しても尽くしてきた旦那さんが、奥さんの田舎で支配人のクチがあると聞いたら何も姉にことづけ無しに姉を捨てて奥さんの田舎へ帰ってしまい、落ち込んでしまうというラストが物凄く衝撃的だった(男に義理を尽くしてもカンタンに捨てられるし、男を手玉にとっていても後で痛い目をみる。芸妓(芸妓に限らず女全般)はホントに因果な商売だというオチは今観てもホントにスゴスギル!!)
シーンも演出もセリフも俳優もどれもスゴスギル69分イキっぱなしの大・大・大傑作!!

大学時代も衝撃を受けましたが、今見返してもホントに衝撃を受ける大傑作でした.「ゴダールが溝口の墓参りをする気持ちもとっても良く分る」http://mamaduke.at.webry.info/

投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 09:55:01
梅村蓉子
投稿者:さち投稿日:2008-07-25 01:43:02
普通
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2008-04-07 16:23:12
【ネタバレ注意】

音質が悪いので台詞が聞き取りにくかったり、「浪華」の時と同じく似た顔の中年俳優が二人居て見分けが付かなかったりとある中で、一番不満だったのが山田五十鈴扮するおもちゃの性格とその描写。こうした男たちを利用し尽くそうとする芸者を描くならもっと娯楽色を強めるべきで、最後の一方的な芸妓批判で終わるラストも含めてどうにも中途半端な感は否めなかった。溝口の作品が本当に悲劇性を帯びてくるのは夫人の発狂以降だったという説があるが、深みが足りないのはその事と関係しているのかも。此処は半星。

投稿者:柳絮投稿日:2006-10-21 15:20:22
溝口健二の最高傑作と信じて止まない作品。DVDも発売されるのでぜひとも観ましょう。だが一部のフィルムがなくなってしまっていて、30分近く短いものしか見ることができない。いくら戦時中のものだとはいっても何とかならないのかな、と思ってしまう。現存のところがあんなに素晴らしいのに、完全なものを観ることができないなんて。ということで満点は控えておきます。
投稿者:Ikeda投稿日:2006-09-08 10:41:24
最初から昭和初期の軽音楽によるBGMが懐かしいですが、山田五十鈴がシュミーズ姿で出てきて、酒を徳利からラッパ飲みをするシーンには驚きました。新派の山田九州男の娘さんですから当然とは言いながら、演技が素晴らしく、この作品あたりから人気が出だしたというのも良く解ります。
祇園を舞台にしながら、あまり芸妓らしいシーンがないのが多少、物足りませんが予算の関係ではないかと思います。しかし本作は溝口の書き下ろしで、狙いが新しい女の生き方のようですから、それは関係ないかもしれません。トーキーになってから、さほど経っていない時期の作品なので、台詞がかなり、せわしないのが面白く、カメラも良いです。
彼の最高作とも思えませんが、かなり上位に入る作品ではないでしょうか。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2006-08-31 17:13:30
芸者の逞しさをユーモアを交えて描く。前作の「浪華悲歌」の姉妹編であり、今度は京都を舞台にしている。さらに神戸を舞台にした作品を準備していたが、製作会社の第一映画が倒産したためお流れになった。
依田のシナリオがよくて、堪能させられる。ただ、ロングが多いのはどうも頂けないし雑音がひどい。低予算ゆえのことだろう・・・
第一映画は永田雅一が日活を飛び出して作った独立プロダクションだが、後に経営悪化で松竹の下請けになった。しかし、前述のごとく倒産して新興キネマに移ることになる。
演技陣。山田もいいが、「近松物語」前哨戦のごとき役の進藤が印象的。
投稿者:シネマA投稿日:2006-08-31 14:33:15
 昭和11年だからトーキー初期のモノクロ作品。不世出の巨匠、溝口健二監督の代表作のひとつです。

 京都の花柳界に生きる性格の対照的な姉妹を介して、男女の愛欲と金銭の打算が交錯する人間模様を冷徹に描いたドラマ。容赦ない人間観察とカリカチュアの妙味。小品というものの、すこぶる深遠。

 娯楽映画とはいいにくいかもしれないけれど、私を魅了してやまない傑作。ただし、十代の頃に観たときは退屈したことを告白しておきます。理解するにはあまりに青二才でした。日本で溝口が黒澤ほど浸透しない理由は、子供がすんなり理解できる作品をつくらなかったせいではないかしら。

 依田義賢のシナリオの台詞は練達。人間通。チェーホフの戯曲をおもわせる辛辣なユーモアがある。私見ですが、本作をフェミニズムにこじつけて解釈するのは見当違いでは?

 主演の山田五十鈴は、昭和時代を代表する大物女優。弱冠十九歳の名演には息を呑む。どこまでも我を通し、男社会を非情に生き抜こうとする芸妓おもちゃ。着替えと化粧、煙草の吸いかた、お酌の巧さなど、立ち居ふるまいのすべてが完璧。舌鋒するどくホンネとタテマエを使い分ける。
 不始末を犯した番頭(深見泰三)のおとしまえをつけにやって来た呉服屋の主人、工藤(進藤英太郎)を逆にたらし込んでパトロンにしてしまうしたたかさ。あっぱれな小悪魔の手管に脱帽。

 共演陣は嫌になるほどリアルで達者すぎ。情に厚くて従順な性格の姉、梅吉(梅村蓉子)。人の好さにつけ入って居候を決めこむ破産した木綿問屋の主人、古沢(志賀廼家辨慶)。その他、おもちゃの計略にまんまと乗せられるケチな骨董屋、聚楽堂(大倉文男)など。ううむ、誰もが意地悪く造形されていて身につまされるなあ。

 役者たちから演技を引きだすために監督が粘りに粘ったことは想像に難くない。撮影の三木稔(滋人)は、溝口作品に特有なキャメラの移動と長まわしの要求に的確にこたえている。また、京都の大店、町家と路地、物売り、市街のネオン、待合、神社のお参り、といった細部の描写は、昭和初期の社会風俗資料としても価値がある。助監督には森一生の名前が。

 最後の病院でのおもちゃの激しい独白は露骨な表現ですが、あそこで、プツンと終わって、その後の人生をいっさい語らないのは、いかにも溝口監督らしい潔さという印象を受けました。だからかえって余情が深まるわけですけど。  
 
 現存するフィルムの画質と音声が芳しくないようで残念。せっかくDVD化するならお金をかけて最善の修復をしてほしいものです。かけがえのない文化遺産なんだから。
投稿者:篭瀬山投稿日:2006-05-10 22:41:24
 山田五十鈴が『浪華悲歌』と同じような突っ張った娘役を演じている。こちらの方がより男(映画の中では「男はん」と呼ばれる)を憎み、男に復讐してやるというモチベーションをはっきり持っている。山田の表情も曖昧さがなく、きっぱりした。確かなのは、こんな美しい女の顔は見たことない、と言えるだけの何かがあるということだ。

 物語がラストで変調する。道徳心を持つ観客が期待するような、悔悟を含んだ台詞を山田に吐かせて映画は終わる。だが、この物語で起きる悲劇はすべて、男が十分に男らしくあれば起きなかった悲劇だ。自分も男であることの、申し訳なさ恥ずかしさを、感じずにはいられない作り。ゆえにこの転調、ズシリと胸に響く重い結末として、許容できる(せざるをえない)のである。

 戦前の溝口は初めて。意外なほど、というより、凡庸とさえ言えるほどのオーソドックスな演出だった。後の長回しへのこだわりに連なる片鱗も見てとれるが、ただカメラが1台しかなかっただけ、というようなもんで、映画の上での効果を発揮していない。これなら確かに『雨月物語』や『西鶴一代女』のような、物語の内部に有機的に組み込まれた長回しの方が、はるかに洗練されている、とは言える(退屈だが)。7
投稿者:ディ投稿日:2005-12-22 00:49:55
【ネタバレ注意】

下の方が仰る通り、山田五十鈴がいいです。男に弄ばれんとする勝気な性格の芸者を演じていますが、ハマリにハマってます。冒頭直後のあくびしながらすたすたと歩いてくるシーンなんてドキッとしました。また男たちを騙していたことがバレて仕返しをされてしまうという悲劇的な結末はいかにも溝口的でいいですし、ラストカットの病床での山田五十鈴のクローズアップも忘れられません。

投稿者:yoshi1900ololol投稿日:2005-02-15 01:16:55
【ネタバレ注意】

当時19才とは思えない演技。
彼女の作品は、今まで7〜8本観たが、
この映画が一番いいな。

古沢さん役のどこまでも無責任ぶりも気に入った。
五十円手に入ったから、今日は飲もう。なんてところとか

★★★★☆
(山田五十鈴の・・・、これまでは「蜘蛛巣城」)

【ソフト】
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