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残菊物語(1939)

メディア映画
上映時間143分
製作国日本
初公開年月1939/10/10
ジャンルドラマ/ロマンス
映倫G
あの頃映画 松竹DVDコレクション 残菊物語
参考価格:¥ 3,024
価格:¥ 2,722
USED価格:¥ 2,622
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【クレジット】
総監督:白井信太郎
監督:溝口健二
構成:川口松太郎
原作:村松梢風
脚色:依田義賢
撮影:三木滋人
藤洋三
美術監督:水谷浩
衣裳:奥村喜三郎
編集:河東與志
音楽:深井史郎
出演:花柳章太郎尾上菊之助
森赫子お徳
河原崎権十郎五代目菊五郎
梅村蓉子五代目夫人里
高田浩吉中村福助
嵐徳三郎中村芝翫
川浪良太郎栄寿太夫
高松錦之助尾上松助
葉山純之輔守田勘弥
尾上多見太郎尾上多見蔵
花柳喜章尾上多見二郎
志賀廼家弁慶按摩元俊
結城一朗待合の客
南光明新富座の頭取
天野刃一新富座の女形
井上晴夫奥役
石原須磨男旅廻り太夫元
広田昴旅廻り頭取
柳戸はる子待合の女将
松下誠猿廻しの男
富本民平待合の客
島章角座頭取
保瀬英二郎旅廻りの役者
伏見信子芸妓栄龍
花岡菊子芸妓小仲
白河富士子芸妓小菊
最上米子元俊の娘おつる
中川芳江茶店の婆
中川秀夫お徳の叔父
西久代お徳の叔母
花田博旅廻りの役者
春本喜好実川猿三郎
橘一嘉菊之助の弟子
磯野秋雄若い者
鏡淳子五代目の女中
大和久乃五代目の女中
田川晴子五代目の乳母
柴田篤子芸妓一
秋元富美子芸妓二
国春美津枝芸妓三
白妙公子女角力
【解説】
 村松梢風が二代目・尾上菊之助の人生を描いた同名小説を、依田義賢が脚色し溝口健二が監督した。溝口健二の最高傑作のひとつに挙げられ、1956年と1963年にそれぞれ再映画化されている。溝口演出の特徴である「1シーン1カット」は、この作品で完成した。
 二代目・尾上菊之助は五代目・尾上菊五郎の養子として、甘やかされて育ってきた。そのため芸は未熟だったが、そのことを指摘する人は周りに一人もいなかった。だが乳母のお徳だけは菊之助のことを思い、本人に注意をするのだった。いつしか菊之助はお徳に心を奪われるようになるが、そのことに気づいた母親はお徳をクビにしてしまう。菊之助は家を飛び出しお徳の後を追って大阪へ向かうのだが…。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
756 8.00
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【ユーザーコメント】
投稿者:てつ投稿日:2016-09-03 02:32:54
「芸道一代男」も、「浪花女」も、フィルムが残っていないのに、これだけ、あるのは、なぜでしょう。
投稿者:2時間はいい投稿日:2016-05-10 17:25:28
贅沢ですね、昔の家や風景を見るのが好きで白黒画面も何のその。昔の(空襲前の)大道具小道具は貧乏生活のつもりでも博物館。戦後生まれの私にとっては終戦前より前の時間に近づけ、この時今の高齢者はだんだん(食べ)物がなくなっていくときであるのに。。。映画のすばらしいところは当然ながら視覚的なところ。女性の動き(お徳)に見惚れてストーリーを追っている自分に驚いていたこと。計算されたような立ち姿や横顔と髪型のバランス、浮世絵が重なり、存在感抜群のお徳の細い声(発音の違いだろか録音機の違いだろか)、道徳的。
という短い感想であればこれで終わりにしましょう。 以下は。。。

当時の批判的な意見というのは何でしょうか?単純に感激するのはわかってない、だまされているに違いない。多数決では「長すぎる」ということですが 他の批判の内容を推理するととても面白くなり そんなところがというところを書いてみます。

映画のおかげで原作を読みました。芸に励む姿や思いやり支えあいは道徳的で教育的でもあり 原作でも映画でも十分に観客に伝わっておりますが、映画の第一印象に戻りますと あまりにも世話役でありすぎて お徳のあり方が少し気に入らず存在が消されそう消えそうで私に演劇界の世話役型エージェントかと誤解されそうなところを 認められた時は達成感が十分感じられて これなら満足だろうなんて 年をとった自分や教職の人ならそう受け入れてしまいそうな。。。(まるで卒業式のような)「こんな嬉しいことはない」に騙される?!というところで正気に戻らねばなりませんでした。

原作は短く少しの時間で読み終えることができます。映画は原作に忠実ではない部分があり 大変重要な役割の一人が映画では削除されていました。原作のイメージが「祇園の姉妹」後半のお姉さんと古沢さんの一シーン。映画ではあの二人の真面目さに騙されましたね。「呂昇物語」がよくある話で お徳の立場では難しいだろうなと心配しながら映画を観てました。妻と認められる時間も原作と映画とでずれが生じておりどちらが幸せでしょうね。まずは映画を観ながら浮世絵を眺めるつもりが 本当は本を読みながら浮世絵を眺め 歌舞伎を楽しむんですね。文学史の年表からでは 女性の描かれ方は<少し前に後退したある文学の一部がフェミOOOで続行>かと。「難波恋しぐれ」!今でもいそうな二人で しかも<その気になる人>もいたと思う。この映画の前後の数年間、映画界も文学界もどうにかこうにか逃げ切らねばなりません。涙は何度も引っ込みました。さて最後の飛び出しでもうごちゃごちゃと書かないことにしましょう。
投稿者:Marie&Marilyn投稿日:2014-11-28 23:50:37
むかし、小さなホールで観たとき、たぶん、そのなかで、いちばん若いお客さんは、わたしだったんじゃないかと、おもいますが、映画がすすんでいくと、あちらこちらから、すすり泣く声が、きこえてきて、ホール自体が凍り付いたみたいになって、びっくり。
溝口先生の凄味に、縮み上がってしまいました。
投稿者:いまそのとき投稿日:2012-11-08 10:17:12
菊之助とお徳が心通わせる2つの名場面。用意したスイカが無くなり、新たに買いにやらせて撮った有名な西瓜割りの場面。パリッとした切れ目。その音と共に伝わって来る食感。600mもの柳橋の長い長いセット。お徳が菊之助に家名と芸事の精進について打ち明ける。掘割から撮った長い長いワンショット。1シーンの長さは撮影スタッフはもちろん役者にとっても大変だったろうと想像できる。ただ、今回再見して思ったのだが、ドサ回りに身を落とす中盤は少し長すぎるような気がした。あとお徳と菊之助が再会するラスト。このメンメンとした長いショット。このあたりは今の感覚で見たらシックリ来ない。歴史的価値は理解できるが、あまりに重く体力勝負をしているみたいでつらい。次回また見る機会があると思うので、その辺また考えてみたいと思う。森赫子のお徳。まさに明治の女なんだが、これもね。成瀬巳喜男1943年製作の「歌行燈」の花柳章太郎。芸道ものとして、似た設定ながら、こっちの方がラストの締めがキリッとしてて、すんなり納得できる。
投稿者:ルミちゃん投稿日:2012-04-27 16:54:46
【ネタバレ注意】

世襲と言う役者の世界の決まり、封建的な考えを、役者自身が改めて行かなければならないことを、役者自身に考えさせる作品.

投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 09:53:18
森赫子
投稿者:はまま投稿日:2009-01-31 16:23:55
映画を見始めて34年。これほど自然にドッと涙が溢れ出てきたことはありませんでした。MIZOGUCHIの偉大さを、今更ながら痛感しています。かなり遅くなってしまいましたが・・・
映画の魅力って、そもそも何なんだろうと、つくづく考えさせられます。
言葉では言い尽くせない、見てみなくては決して実感できないもの。
映画でなくては味わえないもの。
ストーリーや台詞だけでは決して伝わらないもの。
そんなものを追い求めて映画を見続けているのですが、
昨今は、邦画洋画問わず、そうした意味での感銘に浸れる作品がめっきり減ってしまったような。表現技術が進歩することに反比例しているような気もします。現代の映画関係者には、今いちど、古の名人芸をふりかえってみていただきたいものです。
投稿者:ピンクガンスモーキン投稿日:2008-11-23 05:53:23
【ネタバレ注意】

ティッシュがいくらあっても足りない。たぶん風邪だと思う……。洟が止まらないので。
何にしても、一人で見るのが良い。是非そうすべきだ。気のせいかもしれないが、この“風邪”は近くにいる人にうつりそうだし、そうなると、ティッシュを巡って迷惑な事態も起こる。
まさかこんなに良いとはなあ。10点。
なーんて作品、あるのかねえ、と訝っていたが、10点満点。

まず、声が絶品。全篇にわたり、主役2人のセリフが満ち満ちているが、その声がなんとも奥ゆかしく、タメがあり、繊細きわまりない。恐るべき声質(俳優全員!)。
黙っているシーンでは、しばしば戸外(画面外)から何かが聞こえてくる。それも良い。音声的な豊かさが、主人公の流れ住む土地のランクを暗示しつづける。
独特の長回しも見事。たとえば、15分あたりから5分間、ローアングルの水平パンで、深夜歩く2人を見守る場面。途中、物売りから風鈴を買って赤子をあやすのだが、それも含んでノーカット。スゴい。
これは、終盤83分あたりで、2分間、梁から見下ろすように木賃宿に転がりこんだ2人を捉えるシーンと対照的だった。

「涙なしには見られない」と、はこまる氏は評しておられるが、こういう作品では、何分頃に涙腺を制御できなくなるか、きちんと注記しておいてもらわないと不親切かもしれない。エロ系では、「おっぱい露出が何分頃」といったコメントが極めて役立つが、泣けるシーンについては、そういう文化・慣習が未だ根付いていない。これは多少、憂いておくべきことだと思う。

どこで泣くかは個人的な問題だし、繰り返し泣けるかどうかの保証もないが、53分あたりの都落ち(駅での別れ)、79分あたりのフテ寝、92分あたりの代役抜擢(「出そう」)、130分あたり「女房のところへ行ってやれ」、そしてその後の8分間の再会シーン(団扇の動き込みで)は、激泣き率の高い箇所だろう。
おそらく、好きな人は、例のおやじさんの団扇の動きが目に入っただけで反射的に泣けるんじゃないか?そんな映画はなかなか無い。

投稿者:ちゃぷりん投稿日:2008-04-08 14:14:13
19分でリタイア。カメラが引きすぎて情感が伝わって来ない。

追記 08-11-12(水)
再チャレンジしたが41分が限度。戦前の溝口映画は肌に合いそうに無いと思った。戦後のスタイルの方が好き。
投稿者:Odd Man投稿日:2007-07-22 23:46:24
噂に違わぬ恐ろしい出来。
長回しの緊迫感は物語の展開共々極地。
投稿者:8397MT投稿日:2007-05-26 02:30:46
雨月物語も、名刀美女丸もこの映画も芸の道を志す人の話だが、やはりそれは映画を作ることと重なって見えてくる。

監督の立場と重なるのは役者じゃなくて奥さんなのだと思う。
投稿者:はこまる投稿日:2006-12-29 21:42:36
戦前日本映画屈指の大作であり、溝口の芸道ものの代表作といわれている作品ですが、現在においてもその輝きはまったく衰えることはなく、今みても圧倒的な完成度と映画美に満ち溢れ、その厳密さには目眩さえ覚えます。

では何故このような二度と作られることのない傑作が誕生したのでしょうか。
本作が公開された昭和14年(1939年)といえば海の向こうのアメリカ映画も戦前のピークをむかえた年であり、日本でも昭和11年に始まった日本映画全盛期がまさに最後の時をむかえようとした時期でもあります。

昭和12年8月、松竹と激しい争いを繰り広げていた東宝ブロックがいよいよ株式会社として誕生します。巨大な資本をバックに、それまで家族主義・手工業的形態だった日本映画界に実弾(金)と近代的システム(プロデューサーによる製作予算管理と俳優・スタッフらの年度契約制)で戦いを挑み日本映画界制覇を目論みます。カリスマ・森岩雄らの指導により一気に他社のスター、スタッフの引き抜きを図り、着々と土台を強固なものにして行くのです。
10月には松竹京都の至宝だった林長二郎(長谷川一夫)の電撃移籍と11月の襲撃という全国の映画ファンを仰天させる大事件が起こり、その戦いはいよいよ天王山をむかえます。やはり勝負は追う者の方が強いのか?
が、むろん松竹も負けてはいません。翌13年には『愛染かつら』のウルトラスーパーメガヒットにより、全国の女性ファンを完璧に手中におさめ、興行界の王者として君臨します。

溝口健二が松竹の子会社だった新興キネマを退社するのはその頃になります。当然東宝がこれを見過ごすはずがありません、相当な待遇を持って招いたはずです。溝口も乗り気だったようです。
しかし結局、溝口はこの申し出を断り松竹京都(下加茂)へと行くことになります。盟友川口松太郎や城戸四郎、永田雅一(林長二郎事件の黒幕)の顔を立てたようですが、相当自分を高く買わせたことでしょう。
こうして累世の大作『残菊物語』は撮影に入るのですが、ただ面白いのは松竹もただ東宝と争っていただけではなく、その近代的な製作システムを学び、企画部という新たな部署を作っているところです。溝口はこの新たなシステムをうまく使い、六代目花柳章太郎を引っ張り出して来て、自らの創作野心を実行に移します。

とてつもないセットの中で繰り広げられる名演技と映画表現の一つの壁を越えた演出。カメラワークと音のダイナミズム、そのすべてを包括する無償の愛の物語。まさに涙なくしては見られません。

また、前年に公布された「映画法」はこの映画が公開(10月10日)されたわずか10日前の昭和14年10月1日にほぼ時を同じくして施行。国家権力による映画統制はここに完成し、女性向けが柱だった松竹は一気に転落、時局併合を図る東宝と明暗が別れます。

溝口もこの後ニ本の芸道ものを撮った後、時局には逆らえず、松竹の国策映画ブランドである興亜映画(前身は全勝キネマ)で軍部ににらまれた松竹を救う為、大作『元禄 忠臣蔵』(42年)を撮ることになります。が、偉大な映画監督はここでも自己を貫き通し、とてつもない長ゼリフと長まわしの退屈極まる傑作を完成させるのです。
投稿者:Ikeda投稿日:2006-09-08 10:45:57
五代目菊五郎(河原崎権十郎)の養子、菊之助(花柳章太郎)は取り巻きからチヤホヤされているが、自分の芸に疑問を持っている。乳母お徳(森赫子)の率直な意見を聞き、お互いに引かれ合う。それを知った菊五郎夫人(梅村蓉子)はお徳に暇を出してしまう。菊之助はそれに怒り、音羽屋を出て大阪の多見蔵(尾上多見太郎)の一座で修行する。そこへお徳が追いかけてきて二人は一緒になるが多見蔵の死により、どさ回りが始まるが、うだつが上がらない。たまたま名古屋で成駒屋の公演があり、中村福助(高田浩吉 )の仲介で「積恋雪関戸」の墨染役を演じ、その成功で晴れて東京へ帰れるようになる。しかし、格の違うお徳との間柄はなかなか認められないという話です。
花柳章太郎が芸と恋の間で悩む菊之助を良く演じていますが、森赫子が一途に菊之助の精進を願うお徳を演じて素晴らしく、涙をさそう見事な幕切れは圧巻です。あまり溝口作品は見ていませんが、私はこの映画が一番好きです。
また、この映画は「引きの長回し」の典型的な作品のようですが、上映時間も2時間を超す大作です。そのためテンポに欠けると感じる人もあると思いますが、私は冗長には感じませんでした。最近のテレビドラマのように、短いカットを繋ぎ合わせて編集する大量生産物とは違う良さがあります。ただ、セットにはかなり費用がかかったとは思います。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2006-09-06 18:18:50
五代目菊五郎の養子、菊之助の芸道精進にからむ悲恋物である。
明治期の東京・大阪などが主な舞台だがその当時の雰囲気がよく出ているし、人間描写も舞台くさいものの緻密であり優れている。松竹の下加茂撮影所で所長の白井自らが音頭をとって作った大作だが、東宝に狙われていた花柳一座と溝口を奪還して撮らせたと言う。
演技陣。森がけなげでよろしい。
【ソフト】
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