残菊物語(1939)
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映画の魅力って、そもそも何なんだろうと、つくづく考えさせられます。
言葉では言い尽くせない、見てみなくては決して実感できないもの。
映画でなくては味わえないもの。
ストーリーや台詞だけでは決して伝わらないもの。
そんなものを追い求めて映画を見続けているのですが、
昨今は、邦画洋画問わず、そうした意味での感銘に浸れる作品がめっきり減ってしまったような。表現技術が進歩することに反比例しているような気もします。現代の映画関係者には、今いちど、古の名人芸をふりかえってみていただきたいものです。
何にしても、一人で見るのが良い。是非そうすべきだ。気のせいかもしれないが、この“風邪”は近くにいる人にうつりそうだし、そうなると、ティッシュを巡って迷惑な事態も起こる。
まさかこんなに良いとはなあ。10点。
なーんて作品、あるのかねえ、と訝っていたが、10点満点。
まず、声が絶品。全篇にわたり、主役2人のセリフが満ち満ちているが、その声がなんとも奥ゆかしく、タメがあり、繊細きわまりない。恐るべき声質(俳優全員!)。
黙っているシーンでは、しばしば戸外(画面外)から何かが聞こえてくる。それも良い。音声的な豊かさが、主人公の流れ住む土地のランクを暗示しつづける。
独特の長回しも見事。たとえば、15分あたりから5分間、ローアングルの水平パンで、深夜歩く2人を見守る場面。途中、物売りから風鈴を買って赤子をあやすのだが、それも含んでノーカット。スゴい。
これは、終盤83分あたりで、2分間、梁から見下ろすように木賃宿に転がりこんだ2人を捉えるシーンと対照的だった。
「涙なしには見られない」と、はこまる氏は評しておられるが、こういう作品では、何分頃に涙腺を制御できなくなるか、きちんと注記しておいてもらわないと不親切かもしれない。エロ系では、「おっぱい露出が何分頃」といったコメントが極めて役立つが、泣けるシーンについては、そういう文化・慣習が未だ根付いていない。これは多少、憂いておくべきことだと思う。
どこで泣くかは個人的な問題だし、繰り返し泣けるかどうかの保証もないが、53分あたりの都落ち(駅での別れ)、79分あたりのフテ寝、92分あたりの代役抜擢(「出そう」)、130分あたり「女房のところへ行ってやれ」、そしてその後の8分間の再会シーン(団扇の動き込みで)は、激泣き率の高い箇所だろう。
おそらく、好きな人は、例のおやじさんの団扇の動きが目に入っただけで反射的に泣けるんじゃないか?そんな映画はなかなか無い。
追記 08-11-12(水)
再チャレンジしたが41分が限度。戦前の溝口映画は肌に合いそうに無いと思った。戦後のスタイルの方が好き。
長回しの緊迫感は物語の展開共々極地。
監督の立場と重なるのは役者じゃなくて奥さんなのだと思う。
では何故このような二度と作られることのない傑作が誕生したのでしょうか。
本作が公開された昭和14年(1939年)といえば海の向こうのアメリカ映画も戦前のピークをむかえた年であり、日本でも昭和11年に始まった日本映画全盛期がまさに最後の時をむかえようとした時期でもあります。
昭和12年8月、松竹と激しい争いを繰り広げていた東宝ブロックがいよいよ株式会社として誕生します。巨大な資本をバックに、それまで家族主義・手工業的形態だった日本映画界に実弾(金)と近代的システム(プロデューサーによる製作予算管理と俳優・スタッフらの年度契約制)で戦いを挑み日本映画界制覇を目論みます。カリスマ・森岩雄らの指導により一気に他社のスター、スタッフの引き抜きを図り、着々と土台を強固なものにして行くのです。
10月には松竹京都の至宝だった林長二郎(長谷川一夫)の電撃移籍と11月の襲撃という全国の映画ファンを仰天させる大事件が起こり、その戦いはいよいよ天王山をむかえます。やはり勝負は追う者の方が強いのか?
が、むろん松竹も負けてはいません。翌13年には『愛染かつら』のウルトラスーパーメガヒットにより、全国の女性ファンを完璧に手中におさめ、興行界の王者として君臨します。
溝口健二が松竹の子会社だった新興キネマを退社するのはその頃になります。当然東宝がこれを見過ごすはずがありません、相当な待遇を持って招いたはずです。溝口も乗り気だったようです。
しかし結局、溝口はこの申し出を断り松竹京都(下加茂)へと行くことになります。盟友川口松太郎や城戸四郎、永田雅一(林長二郎事件の黒幕)の顔を立てたようですが、相当自分を高く買わせたことでしょう。
こうして累世の大作『残菊物語』は撮影に入るのですが、ただ面白いのは松竹もただ東宝と争っていただけではなく、その近代的な製作システムを学び、企画部という新たな部署を作っているところです。溝口はこの新たなシステムをうまく使い、六代目花柳章太郎を引っ張り出して来て、自らの創作野心を実行に移します。
とてつもないセットの中で繰り広げられる名演技と映画表現の一つの壁を越えた演出。カメラワークと音のダイナミズム、そのすべてを包括する無償の愛の物語。まさに涙なくしては見られません。
また、前年に公布された「映画法」はこの映画が公開(10月10日)されたわずか10日前の昭和14年10月1日にほぼ時を同じくして施行。国家権力による映画統制はここに完成し、女性向けが柱だった松竹は一気に転落、時局併合を図る東宝と明暗が別れます。
溝口もこの後ニ本の芸道ものを撮った後、時局には逆らえず、松竹の国策映画ブランドである興亜映画(前身は全勝キネマ)で軍部ににらまれた松竹を救う為、大作『元禄 忠臣蔵』(42年)を撮ることになります。が、偉大な映画監督はここでも自己を貫き通し、とてつもない長ゼリフと長まわしの退屈極まる傑作を完成させるのです。
花柳章太郎が芸と恋の間で悩む菊之助を良く演じていますが、森赫子が一途に菊之助の精進を願うお徳を演じて素晴らしく、涙をさそう見事な幕切れは圧巻です。あまり溝口作品は見ていませんが、私はこの映画が一番好きです。
また、この映画は「引きの長回し」の典型的な作品のようですが、上映時間も2時間を超す大作です。そのためテンポに欠けると感じる人もあると思いますが、私は冗長には感じませんでした。最近のテレビドラマのように、短いカットを繋ぎ合わせて編集する大量生産物とは違う良さがあります。ただ、セットにはかなり費用がかかったとは思います。
明治期の東京・大阪などが主な舞台だがその当時の雰囲気がよく出ているし、人間描写も舞台くさいものの緻密であり優れている。松竹の下加茂撮影所で所長の白井自らが音頭をとって作った大作だが、東宝に狙われていた花柳一座と溝口を奪還して撮らせたと言う。
演技陣。森がけなげでよろしい。