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わが青春に悔なし(1946)

メディア映画
上映時間110分
製作国日本
公開情報劇場公開(東宝)
初公開年月1946/10/29
ジャンルドラマ
黒澤明監督作品 AKIRA KUROSAWA THE MASTERWORKS Blu-ray Disc Collection III (7枚組)
参考価格:¥ 29,800
価格:¥ 23,672
USED価格:¥ 24,800
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【クレジット】
監督:黒澤明
製作:松崎啓次
脚本:久板栄二郎
撮影:中井朝一
美術:北川恵笥
編集:後藤敏男
音響効果:三縄一郎
音楽:服部正
演出補助:堀川弘通
照明:石井長四郎
出演:原節子八木原幸枝
藤田進野毛隆吉
大河内伝次郎八木原教授
杉村春子野毛の母
三好栄子八木原夫人
河野秋武糸川
高堂国典野毛の父
志村喬毒いちご
深見泰三文部大臣
清水将夫筥崎教授
田中春男学生
光一刑事
岬洋二刑事
原緋紗子糸川の母
武村新検事
河崎堅男小使
藤間房子老婆
谷間小百合令嬢
河野糸子令嬢
中北千枝子令嬢
千葉一郎学生
米倉勇学生
高木昇学生
佐野宏学生
【解説】
 黒澤明監督の戦後最初の監督作品。京大・滝川事件とゾルゲ・スパイ事件をモチーフに、ファシズムの吹き荒れる時代にあって自らの信念に基づいて強く生きる女性の姿を謳い上げたドラマ。国民的アイドル原節子が芯の強いヒロインを好演。昭和8年。京都帝国大学の教授・八木原の教え子たちにとって教授の一人娘、幸枝は憧れの的。野毛、糸川の二人の学生も幸枝に想いを寄せていた。秀才型で日和見的な糸川に対して実直で行動派の野毛。軍国主義が強まる中、野毛が左翼運動へと身を投じる一方、糸川はひたすらに法曹の道を目指していた。やがて、幸枝は信念を持って行動する野毛に魅力を感じ始めるのだったが……。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
14107 7.64
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【ユーザーコメント】
投稿者:noir fleak投稿日:2015-11-29 08:58:13
映画というのは、どうも面白くない。ただ原節子の魅力は100%出ている。彼女だけのために見る映画。RIP.
投稿者:william投稿日:2010-12-26 03:24:14
終戦の1年後の映画とは思えない位、愛に溢れた佳作だと思う。
寧ろこの時代だったからこそ、必要とされた部分だったのではないか。
力に満ち溢れた未来のある作品。
投稿者:Ikeda投稿日:2008-05-29 11:23:55
昭和8年の京大の滝川事件と昭和26年のゾルゲ事件を題材にしていますが、それほど事件性を重視している訳ではなく、あくまで幸枝(原節子)の野毛(藤田進)と糸川(河野秋武)に対する愛情を表に出した作品だと思います。
それにしても野毛が、どのような運動をしていたのかが解らず、幸枝が、それを理解していたようにも思えないので、消化不良になりそうな映画です。野毛はゾルゲと関係のあった尾崎秀実をモデルにしたと思われますが、尾崎が処刑されてたのに反して、この映画の野毛は未決のまま病死したように描かれています。
その野毛家がスパイの家だと村八分にされるのは、ある程度、考えられますが、早苗をむしり取るなどは、あの戦争中に考えられない事です。そして滝川教授をモデルとしたと思われる八木原教授の演説を含めた最後の方は、如何にも結果論で、あまり後味が良くありませんでした。
そのような事とは別ですが、野毛が特高刑事(志村喬)にスパイ容疑で逮捕される時に「夜のプラットホーム」が流れたのでオヤッと思いました。この曲は私が就職して出張するようになり、東京駅で夜行寝台を待つ時などに思い出し、侘びしい思いをしたので懐かしい曲です。ただ、この映画は昭和22年の二葉あき子のヒットより前に作られているので変に思ったのです。
それで調べて見たら、この曲は昭和14年の淡谷のり子の吹込みが発禁になったけれども作曲者の服部良一が「I'm waiting」という曲名にし、インストルメンタルとして演奏したレコードが発売されていたという事を知りました。
投稿者:にゃんにゃん投稿日:2008-05-11 01:09:15
【ネタバレ注意】

この題材を野毛の立場からでなく、妻となる女性の視点から描いたところがとても興味深い。
彼女の視点から見ると「自由の裏の犠牲と責任」がより感じやすいのだ。

中盤までは素晴らしいと思う。
笑ったり怒ったり泣いたりと気性がとても激しい女性だが、そのなんとも言えない衝動がよく伝わってくる。
ころころ気分が変わっているが、その根底にあるものは揺るいでいない。
これをうまく伝えられただけでも素晴らしい。
一言でいえば「青春」なのだろうか。

何か違うと思って家を飛び出し、野毛の妻となるがそれでもまだ違う。
(彼女自身は何もしていないので当然かもしれない)
野毛が死に、農家に行ってからが彼女の人生最大の場所となるわけだ。
主に「犠牲と責任」を感じるシーケンスである。
しかし、この終盤がなんとも評価しづらい。
それは映画が野毛擁護の立場にあるからだ。

野毛と糸川は最初から対比された存在にある。
野毛は正しいと思う道を犠牲をかえりみずに突き進むが、
糸川は疑問を抱きつつも自分や家族の安定した生活や将来を望む。
2人は対比され続け、最後にどちらが正しかったかが示唆される。
映画は当然のように野毛が正しかったのだと言いたげだが、
農家のシーンを見るとその「犠牲」が大きすぎて素直にうなずけないのだ。
両親と妻があんなに苦しんで、それで良かったのだろうか。
ここで疑問符がついて終わりだったならば素晴らしかったと思うし、
むしろ私はそのために悪夢のような農家のシーンを挿入したのだと思った。
だが日本が敗戦に近づくにつれ、予想外に映画は野毛を支持する。
あれ、そんな単純でいいの?と思った。
なんのために「犠牲」のシーンがあったのだろうか。
野毛を支持したいなら、どう考えても映画の構成に難がある。

農家のシーンがバッサリなくなれば観客も野毛を支持できるが、
農家のシーンがないと彼女を主人公とした意味が薄れる。
そう考えると、糸川の立場をもっと支持すべきだった。

彼女としては「悔いなし」なのだろうが、周りの人はどうなのだろう。

投稿者:ブロッケン鈴木投稿日:2007-02-21 23:52:11
【ネタバレ注意】

 ピアノを弾く令嬢役の原節子が、泥にまみれてたくましい農民の女に変わっていく姿は圧倒的で感動する。
 戦前の京大滝川事件と戦中のゾルゲ事件をモデルに反戦運動を描いた黒澤明の戦後第一作。反戦運動のシーンは実際には描かれてはいなく、あくまでも運動家の妻だった原節子の立場で描いている。

投稿者:さち投稿日:2006-12-14 16:20:09
よkあった
投稿者:Katsumi_Egi投稿日:2002-01-14 08:04:37
 これはとても幼い映画。ドアを背にした原節子の短いオーヴァー・ラップを繋げたシーンには笑ってしまった。黒澤もこんなことをやっていたのだ!
 これは原節子の演技のアンサンブルを引き出すための映画だ。怒ったと思うと泣き、泣いたかと思うと笑っているこの人物は一体なんだ。のっけから、まるでサイレント映画のような原節子のアップ挿入のアンバランスさはどうした事だ。はっきり云ってD・W・グリフィスのリリアン・ギッシュだ。

 しかししかし、私は原節子にメチャクチャ感動したのである。それは、黒澤の原節子に対する感情がフィルムに定着している部分に感動したのでは断じて無い。純粋に原節子の演技の素晴らしさに感動したのだ。少なくもこゝでは、黒澤より原節子の方がずっと才能があると思うし、黒澤より原節子の方が、ずっと映画を知っているのではないか、とさえ思う。
http://www.page.sannet.ne.jp/egi/
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