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戦争と平和(1947)

メディア映画
上映時間100分
製作国日本
初公開年月1947/07/22
ジャンルドラマ/戦争

【解説】
 記録映画作家の亀井文夫が初めて監督した劇映画であり、山本薩夫が協同監督を担当し完成させた。GHQの指示により製作された、戦争放棄をテーマとした新憲法発布記念作品。
 太平洋戦争で輸送船が沈没、小柴健一は中国沿岸で漁夫に助けられた。妻の町子のもとには夫の戦死が伝えられ、幼い息子を持つ彼女はショックを受ける。強制疎開させられた町子と息子の茂男は大邸宅のガレージで住まうようになるが、そこへ幼なじみの康吉が現われ、町子に結婚を申し出る。やがて三人の生活が始まるが、空襲のショックから康吉が精神に異常を来してしまう。終戦を迎え、中国にいた健一が無事に帰還してきた。八年ぶりに町子を偶然見つけた健一だったが、すでに町子は康吉の子供を宿していた。
<allcinema>
【ユーザー評価】
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【ユーザーコメント】
投稿者:黒美君彦投稿日:2008-03-11 21:45:42
【ネタバレ注意】

<あらすじ>戦地に赴く輸送船が中国の沖合いで撃沈された。乗船していた小柴健一(伊豆肇)は中国の漁夫に救われ生き延びた。東京の留守宅で健一の戦死公報を受け取った妻町子(岸旗江)は幼い息子・茂男は途方に暮れるが、健一の幼な馴染みで戦地から負傷帰還した伍東康吉(池部良)を見舞う。建物疎開が相次ぎ、大邸宅のガレージで暮し始めた町子たちだったが、退院してきた康吉は町子に求婚し、町子もこれを受け容れた。そこに大空襲。3人は助かったものの、康吉は再び精神に異常を来たしてしまい、意味なくミシンで十字を縫いつけるばかりとなった。そして敗戦。ある日帰国した健一が町子を偶然見つける。健一は康吉と結婚した妻に怒りを向けるが、戦後の東京を歩くうちにその怒りは戦争そのものへと向かった。そんなある日、康吉はミシンで怪我をしたのがきっかけで正気を取り戻す。逆に健一と町子に嫉妬した康吉は、自暴自棄になり、暴力団の手先になろうとする。それを押し留める健一。3人は戦争のない平和を打ち立てるために何をすべきかを語り合い、新たな生活に足を踏み出そうとするのだった…。

戦後間もない1947年に製作され、占領下の厭戦気分に溢れた作品である。
ストーリーそのものは戦争メロドラマとでも称すべき内容で、戦死したはずの男、戦地で死ぬほどの恐怖に襲われ発狂した男、そして二人の男の間でおろおろする女の三角関係が中心となる。
ただ、こうした作品でもうひとつの「主役」というべきなのが、「1947年の東京」である。空襲を受けた残骸がまだそこここに残り、川辺には「不詳の墓」と書かれた墓標が所狭しと立てられた東京。
健一(伊豆肇)あるいは康吉(池部良)が浮浪児や娼婦が行き来する街を歩く風景は印象的だ。そこには帰還して住む場所もなく餓死した陸軍中尉がいた。学費を稼ぐために春を鬻ぐ女学生がいた。
崩れかけたアパート(名称が「厚生アパート」!)に住む人々は、それぞれ生き延びることに必死である。そうした背景を踏まえたうえで、絶望的な重荷を背負った男女が描かれる。

狂気を帯びた池部良が秀逸。ライティングなどはいささかやりすぎの感がなきにしもあらずだが、戦地で、そして空襲の東京でと何とか死地を脱したものの、精神の均衡を崩してもおかしくない。
一方、伊豆肇演じる健一は、偶然軍隊の元上司と出会う。泥まみれにも最前線に立つことのなかった元上司は、ダンスホールを経営し資産をなしていた。軍隊の物資を横流しして私腹を肥やした士官は少なくなかったようだが、困窮する庶民とは対照的なその様子が戦後の矛盾を鋭く衝く。

この作品は、連合国総司令部が、1946年の日本国憲法公布と同時に松竹、大映、東宝の三社に新憲法を記念する映画の製作を指示したために作られた。作られたのは松竹の『情炎』(松竹、渋谷実監督)、大映の『壮士劇場』(稲垣浩監督)、そしてこの作品で、いずれも1947年に公開されている。
この作品は、憲法9条をテーマとしているといわれるが、それは後半で小学校の教諭に復帰した健一が子供たちに憲法について教える程度で、ややとってつけた感が強い。むしろ戦中戦後を苦しみ生きた庶民の視線が、当時の厭戦気分を象徴したが故に大ヒットを記録したのではなかったか(1947年キネ旬第二位)。

監督は亀井文夫と山本薩夫の両巨匠。この映画には亀井文夫の『戦ふ兵隊』の一部も使われている。一方山本薩夫もまた中国戦線に応召し(1943年〜)46年帰国している。そうした戦地の記憶をも踏まえたうえでこの作品が製作されていることを忘れてはならない。
終わり近く、飲み屋で酔って暴れた康吉が暴力団風の男たちに殴られて連れ去られ、次の場面では男から金と拳銃を渡される、というシーンがある。わかりにくいシーンだが、ここには本来、ストライキシーンなどが挿入されていたはずだ。
労働争議に対して資本家が暴力団を利用し、その末端として康吉が拳銃を手にする…という流れだったが、労働運動・共産主義思想を問題にしたGHQは30分ほどのカットを命じたという。

映画としての完成度は必ずしも高いとはいえないかもしれないが、戦後史(占領期史)を考えるとき必見の作品といえよう。

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