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野良犬(1949)

メディア映画
上映時間122分
製作国日本
公開情報劇場公開(東宝)
初公開年月1949/10/17
ジャンルサスペンス/ドラマ
映倫G
黒澤明監督作品 AKIRA KUROSAWA THE MASTERWORKS Bru-ray Disc Collection II (7枚組) [Blu-ray]
参考価格:¥ 29,800
価格:¥ 21,456
USED価格:¥ 22,000
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【クレジット】
監督:黒澤明
製作:本木荘二郎
脚本:黒澤明
菊島隆三
撮影:中井朝一
美術:松山崇
編集:後藤敏男
振付:縣洋二
音楽:早坂文雄
助監督:本多猪四郎
今泉善珠
出演:三船敏郎村上刑事
志村喬佐藤刑事
淡路恵子並木ハルミ
三好栄子ハルミの母
千石規子ピストル屋のヒモ
本間文子桶屋の女房
河村黎吉スリ係石川刑事
飯田蝶子光月の女将
東野英治郎桶屋のおやじ
永田靖阿部捜査主任
松本克平呑屋のおやじ
木村功遊佐
岸輝子スリのお銀
菅井一郎ホテル弥生の支配人
清水元係長中島警部
柳谷寛水撒きの巡査
山本礼三郎本多
伊豆肇鑑識課員
清水将夫被害者中村の夫
高堂国典デパートの管理人
伊藤雄之助劇場支配人
生方明若い警察医
長浜藤夫さくらホテル支配人
水谷史郎チンピラ
田中栄三老人の町医者
本橋和子佐藤の妻
登山晴子芸者金太郎
安雙三枝パチンコ屋の女
三條利喜江支配人の妻
【解説】
 恐ろしく暑い真夏の午後。射撃練習を終えた若い刑事村上はうだるような暑さに辟易しながら満員のバスに乗り込み帰路につく。しかし、村上は車内でコルトを盗まれたことに気づく。慌てて犯人らしき男を追うが結局路地裏で見失ってしまう。コルトの中には実弾が7発残っていた。必死にコルトを探す村上だったが、やがてそのコルトを使った強盗事件が発生してしまう。窮地に立つ村上は、この事件で新たにコンビを組むことになった老練な刑事佐藤の助けを借り、コルトの行方を追うのだった……。
 巨匠・黒澤明監督が初の本格的な犯罪サスペンスに挑んだ意欲作。徹底してディテールに拘った周到な脚本とどこまでもリアリズムを追求した演出でそれまでの日本映画には見られない高い緊張感が全編を支配する。そして、観ているこちらまで息苦しくなるような、あの真夏の都会を覆う灼熱の空気感が実にみごとに表現されていてなによりも印象的だ。
<allcinema>
【関連作品】
野良犬(1973)リメイク
野良犬(2012)リメイクTVムービー
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
13116 8.92
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【ユーザーコメント】
投稿者:チャック・イエガー投稿日:2016-01-28 20:01:16
一番に印象に残るのは、終戦から3~4年くらいしか経ってない東京の風景。もう再現不可能な映画的な風景だよね。猥雑だけどエネルギッシュ! 同時代のハリウッド映画のノワールものを凌駕する傑作だと思う!
志村喬いいよね!
投稿者:noir fleak投稿日:2014-12-09 22:43:45
のが黒沢監督の性格というのがよく分かった。三船が復員姿で探しまわるところ、あの野暮ったいショーダンス、その後踊り子が疲れきって横たわる場面、志村刑事の家庭、、、みんなくどいまでに延々と映す。だから(多くの方が不満を言うように)どうしても映画が長くなってしまう。(笑) それと執拗なまでの天候描写。暑気、雲、嵐、、、、、こういうのは、まあ好き嫌いの範疇ですが、フィルムノワールには不要な部分だ。
しかし巨人軍の野球試合があり、青田や川上がちゃんと映っているのはうれしい。当時の巨人軍は鷹揚だっやようだ!
なんやかや言っても傑作には間違いなし。昭和24年にこんな映画を作るなんてすごい。
投稿者:sachi823投稿日:2013-01-26 22:20:14
改めて三船の男前ぶりを再確認いたしました。
女スリの言葉をヒントに戦後まもなくの東京を
歩き回るシーンは映画の中で構成したものとしても、
当時の世情を知る上でも非常に興味深く感じます。
行き交う人々の中に、終戦直後の日本が復興する
凄まじいエネルギーを感じるのです。
黒澤作品にいつも感じる「男らしさ」や「プロ意識」が
この作品でも随所に見られます。
犯人役の木村功も「七人の侍」では気弱な若侍、
「天国と地獄」では敏腕刑事と全く印象の異なる
人物を見事に演じ、得がたい俳優であったことを
認識しました。
投稿者:こじか投稿日:2012-11-19 01:33:09
面白かった。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2012-08-23 16:47:49
この映画が発表された年の前年、\'48年の米映画「裸の町」(ジュ−ルス・ダッシン監督)の主題はニュ−ヨ−クという大都会だったが、この映画は敗戦後間もないト−キョ−という町とギラギラ日差しの照り付ける夏を主題として描いている。その町を自分の犯した失策を取り戻そうとして歩き回る一匹の刑事のバッジを着けた野良犬と、7発の銃弾を装填したコルトを世間に向ける牙としてうろつき回るもう一匹の野良犬とが、運命的なラストの出会いに向けて互いの磁力に引かれるように、汗をだらだら流しながら埃っぽい景色の中を漂流して行く。その景色の中を浮き沈みする人物たちの描写が暑苦しくもリアルで、ラストはそれら一切を洗い流すような驟雨の中で展開される。雨上がりの原っぱで泥まみれになって寝転がる二匹の野良犬はまるで生き別れの兄と弟のように何処か似ているのだった。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:ameniutaeba投稿日:2011-01-02 01:10:08
陽射し 復員服 汗 タバコ ダンサー 球場 雨 泥・・・・そして盗まれたコルトを追いかける野良犬 
投稿者:クリモフ投稿日:2010-07-26 15:01:52
戦後4年しか経っていないんですね。当時の世相を知る資料的価値もあるのでしょうか。三船29歳で若いし、まだワイルドなイメージはなく優男風。
始まってから一時間くらいまでは拳銃を盗まれた村上刑事が執拗な執念で事件を追い求めるのが面白く、動きもあって緊張感漂う展開だったのですが、その後、佐藤刑事(志村喬は好演)と組んで女がらみで犯人を追い詰めていく過程がやや冗長。ここ一番という盛り上げ時に緊張感が欠けたのは残念でした。
とはいってもラスト十分ほどのタイマンと骨太の力押しヒューマニズムで盛り返すのでこの辺は流石。それまでの蒸し暑い描写が一気に効いてくるようなもみ合いなんかは泥臭くて黒澤ならではでしょう。
ダレるのが非常にもったいないですが、最後まで観てよかったと思える作品でありました。
投稿者:uptail投稿日:2009-06-08 10:20:07
三船敏郎
投稿者:QUNIO投稿日:2009-06-07 17:42:51
実を言うとボクも黒澤の映画は冗長で拙いと思う者の一人。今までこの人の映画に面白味を感じた事はない。『天国と地獄』も『蜘蛛巣城』も『三悪人』も良く出来てるなーぐらいにしか感じず大して好きでもないんだが、これと『酔いどれ天使』は幾らか押し付けがましさが無い分、ましだった。黒澤は無駄に大袈裟にテーマ性を強調するという方法論を好むようだが、そこがピンと来ない原因かも。三船敏郎はこの映画では深刻ぶった表情が多くて志村の余裕さには及ばないね。
投稿者:ひつじめえめえ投稿日:2009-03-22 09:52:51
黒澤の映画は長すぎて辟易することが多い。

ゴダールじゃないけど、もっと短くてもいいんじゃねえかって。とくに今作のようなサスペンス映画はね。「余計」なシーンが多すぎで、そのシーンっていうのがどうにも「お芸術」なんだよね。どうだ、おれってすごいだろ!みたいな感じが鼻につく。
その結果、映画がどんどん「遅く」なっていくんだよね。「椿三十郎」は98分ってわりと短いほうだけど、他の代表作って、のきなみ2時間前後でしょ、黒澤って。
「まあだだよ」だって134分だよ!(笑)。内田百?にそんなに時間つかっちゃいけないって。ドストエフスキーじゃないんだから。
すぐに大作にしちゃうんだよね、黒澤は。そこが彼の作品の田舎くささの原因じゃないかな。なんでもマーラーってわけにはいかんでしょう。でも、マーラーにしちゃうんだよねえ。武満と合うわけないさあね。

季節の表現も相変わらずどん臭くない? 「また夏かよ!」ってあきれるのが普通だと思いますが。夏って、撮りやすいんですよね。扇風機とか団扇とか手ぬぐいとか、小道具使いやすいじゃないですか。登場人物が暑がっているだけで、なんか映画っぽく見えるでしょ? そこがまた、田舎くさいんだよね。
投稿者:さち投稿日:2006-07-20 13:40:34
すばらしい
投稿者:chidolin投稿日:2006-03-01 01:26:46

千秋実は生涯で黒澤映画に11作出演し、この野良犬が最初なそうです;17年生まれですから、当時32歳、でも、初々しさが垣間見えて、イトおかしい;
 
この時、三船敏郎29歳、黒澤映画3作目、ヮッヵィですね;荒々しく、無骨で、一途、寡黙、テンス、当時からそうしたトレード・スタイルなのがよくわかります;然し、魅力がプンプン放たれオーラがありました;
 
敗戦後の間もない当時の東京が充分な細部までうかがい知れ、タイムスリップしました;現今の中國の田舎町的な風景、薄汚くも懐かしい、そんな風情、、、、実際、堪能しました;
 
淡路恵子の並木ハルミ、全く気が付きませんでした;半世紀以上も経ると、多くの方々が他界され、窓の外の冬景色もあり、何とも寂寥感を覚えます;南無;

.
投稿者:魚篭投稿日:2006-01-13 03:52:27
【ネタバレ注意】

生前、黒澤がしきりに言っていた。「メッセージ?そんなのありゃしないよ。口で
あれこれいえないから映画作っているじゃないか」と。そのとおりです。黒澤映画
の中に出てくるシンボリックな台詞は、拙論だが、黒澤が語っていたとおり「メッセ―ジ」ではない。しいて言えば彼が表現したい「なにか」の一部分を構成するも
の。「社会は確かに悪い。しかし社会が悪いからといって悪いことをする奴はもっと悪い」と三船の村上刑事は言う。

これは黒澤のメッセージなのだろうか?

黒澤は映画を観念的にとらえる説教くさい映画作家だと悪口をいうどうでもいい
評論家、映画人がかなりいる。そんなものじゃないんだよ!黒澤は映画画家なん
だよ。白黒フイルムに色をつけようとした正真正銘の芸術家職人だった。台詞も
黒澤を大きく位置づけるものだが、なにより画面がものを言うのです。それが映
画なんですよ。

黒澤はよく言っていた。「今の映画は喋りすぎる」と。まさしくそのとおり。
画面でもたせようとしない。自然といいながらまったく不自然な台詞をまかり通
す現代ドラマには閉口するが、黒澤の台詞は彼のメッセージを打ち出すというよ
りは、その時代に生きた人間の代弁だと考えたほうがいい。恐らく、終戦直後、
自分の全財産であるリュックを盗まれ、「社会は悪いがそれに便乗する輩はもっ
と悪い」と息巻く人間は少なくなかったように思う。

なぜ、こんな台詞ごときに終始しなければいけないのか?

黒澤の描きたかった被写体があちこちにあるにも関わらず、だれもそのことにつ
いて語ろうとしていないのに腹がたつ。野球場でつかまる山本礼三郎の佇まいを
見て欲しい。アメリカでこれを見たとき、観客はその面構えに溜息をもらした。
この被写体の凄まじさに、思わず「アッ!」となるのだ。その「アッ!」という
瞬間がいたるところにある。終戦直後の日本の雰囲気を遺憾なく発揮したこの作
品は、それだけでも名作に値するのだ。音楽のコントラプンクト?あれはあくま
でもお遊びです。黒澤の根幹と間違ってもらっては困る。

投稿者:DENDEN投稿日:2005-05-08 17:04:44
この映画が発表されたのは昭和25年で戦後の大混乱は収まっていたが、アメリカの占領下にあり労働争議は頻発し、闇屋が横行、汚職は後を絶たず、失業者が街にあふれている、そんな世相の時代です。
新しい憲法も出来てこれまでの価値観が180度転換してしまった時代、この変化を前向きにとらえていく人間とそうでない者を描いている。題名の野良犬がほとんど描かれてないのが残念だが、三船の演ずる新人刑事の清新溌剌とした姿は新生日本の期待される人間像のようで好感が持てる。
この作品も他の黒澤作品同様それぞれの場面は緻密であってテンポがよくダレることがない名作だと思う。署内での上司とのやりとりや先輩刑事たちのプロに徹した姿、あれはいまの時代もう無いのだろう懐かしく暖かい人間風景である。
黒澤監督は三船の新米刑事や志村の老練刑事の言葉を借りて、再出発したばかりの日本を日本人を応援したのではないだろうか。
それにしてもこの映画は暑苦しいが、冷房を効かせた部屋で見るのは畏れ多い、ぜひエアコンを切って汗を流しながら見るのも一興かもしれない。
投稿者:ルミちゃん投稿日:2005-02-05 23:19:59
【ネタバレ注意】

悲しいシーンで楽しい音楽を聞かせると、観客はそのシーンをより強く印象づけられるものらしく、黒沢明は、わざとそのような手法を用いていて、例えばこの映画では、年配の刑事が撃たれたときラジオから流れている音楽、あるいは犯人が撃たれたとき子供の吹くハーモニカが、それにあたるのでしょう.

しかし、芸術とは、感じた心で考えるもの、こう考えれば、こうしたことは全く許されない行為であると、言わなければなりません.観客が感じたものは錯覚、あるいは戸惑いと言った感情であり、考えても何も分からない.

同じ頃の映画、第三の男を例にすれば、おそらく死んだ子供が大切にしていたであろう縫いぐるみを、看護婦が無造作にごみ箱に捨てる.この冷たさは、看護婦は優しいものという私達の感情を逆に描くことによって、優しさとはどう言うことか、あるいは子供を殺す殺人とは、冷たい行為なのだと、考えさせることになる.
今一つあげれば、観覧車のシーンでハリーはさっそうとした歩き方で登場するけれど、自分の身を守るために、恋人をソ連の警察に売った、どうしようもない悪だった.

わざと逆に描く事は、一つの表現方法ではあるのだけど、観客がそのことを疑問に感じて、そして考える、つまりは考えて理解することになる時、見方を変えれば、考えれば理解できる方法であるとき、正しい表現と言えるのね.
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「確かに社会は悪い。しかし,社会が悪いからといって悪い事をする奴はもっと悪い」、本当にそう?.この作品の全てを凝縮する様な象徴的な台詞である、のなら、どうしようもない映画なのね.

やはり、同じ頃の映画で例を挙げれば、自転車泥棒.あの父親は、まさに社会が悪いから、自分も自転車を盗むことになったのだけど.でも「確かに社会は悪い。しかし,社会が悪いからといって悪い事をする奴はもっと悪い」、とは到底思えない.いったい何を根拠にして、こんなことが言えるのか、その根拠が幾何かでも映画に描かれているのか?.私は、なのも描かれていないと思うけど.
「社会が悪いからと言って、自分も悪いことをしてはいけない」これなら分かるけれど.最後の「もっと悪い」と言うこの言葉、繰り返して書けば何を根拠にこんなことが言えるのか.こんな訳の分からないことを言ってる奴は、もっと悪い.

投稿者:堕落者投稿日:2005-02-03 19:53:51
三船がこう言う。「確かに社会は悪い。しかし,社会が悪いからといって悪い事をする奴はもっと悪い」この作品の全てを凝縮する様な象徴的な台詞である。しかし黒澤は犯罪者を勧善懲悪の面から一方的に断罪するのではなく,かといって同情し,寄り添う様な事も一切していない。別に(多少中途半端ではあるが)曖昧なのではない。ただ,社会の一定の腐敗を認めた上で加害者の行為を否定している視点があるだけだ。それは(社会一般的)には真っ当な正論と言えるが,ここで道徳や倫理を背景に持ち出して終わらせなかったのが黒澤の良い所。黒澤はそこから微かながらも一歩踏み出している。その背景にあるのは実は道徳や倫理等ではなく,それらは介在する余地はないという苦渋とも言えるべき端的な事実だけなのだ。外側には何の根拠もない端的な意志が「一方」にあるだけだ。だから恐らくここに目を付けた黒澤もその問題を感知していたに違いない。(そうした事によって本作の視点が散漫(曖昧)になり,確かに中途半端な内容になったきらいはあるが)
それもその筈,この作品では列車内で荷物を盗まれた二人の男の内,一人は法を守る警官として,内一人は法を破る犯罪者としてお互いに対峙(対面)させているからだ。無論,二人の間に言葉は交わされない。語られるべき言葉など存在しないからだ。刑事の傍らで大声で泣き出す犯人の姿に冷血・無慈悲ではない生々しい一人の人間としての姿が浮き彫りにされる。男の声なき叫びに初めて声が通ったと言える。この悲哀に満ちた場面や全体的に緊張感が張り詰めていながらも柔和で脱力した雰囲気作りが見事である。
なかなか鋭い考察と社会批評に満ちた作品だが,この作品に致命的に欠けているのは単なる「野良犬」が真に畏怖すべき「狂犬」に変貌するその瞬間を捉えられなかった事だろう。後日,本作で描かれなかったこれらの問題は『天国と地獄』で描かれる事になる。
尚ここで指摘されている「悪い事」が,軽犯罪ではなく重犯罪(殺人等)を意味する事は言うまでもない。
投稿者:イドの怪物投稿日:2004-08-01 18:14:49
これも黒澤映画の傑作群の一つ。これをみて以来コルトやブローニングのモデルガンを手に入れたり、それなりに影響を受けた映画でした。この映画は25年位前のTV放送で見たのですが、当時のこの映画の紹介で、戦後の東京の風景が良く描かれておりその点で歴史的価値がある、と記されておりまったくその通りだと思われます。こういう映画をみると残念ながら邦画は明らかに退化している。
投稿者:黒美君彦投稿日:2003-10-25 18:24:58
これまで未見だったのが恥ずかしくなるほど素晴らしい作品だった。
戦後間もない真夏の東京を舞台に、三船演じる刑事が歩き回るシーン。闇市が立ち、犯罪が相次ぐ街は、まさに「祝祭」である。息苦しい戦争が終わり、秩序が失われた街は混沌とし、そしてむっとするひといきれと汗の匂いが立ち上る。だが同時にそこには、現代の街が失った溢れんばかりのエネルギーに充溢している。
三船と志村喬の演じる刑事はその混沌に立ち向かう、唯一の「秩序」である。しかしその秩序は、「御国」のためなどではなく、幼い子供を含めた幸福な家族に代表される人間性に裏打ちされている。だからこそ、妻を殺された男にトマトを潰させる意味が出てくる。
「暑さ」もまた、この作品のもう一人の主人公だ。踊り終わった後のダンサーの淡路恵子の全身から汗が噴き出す。それをなめるように撮り続けるのだが、そこからは艶かしささえ感じる。
さらに人物造形が優れているのもこの作品の特徴だ。劇場の演出家(千秋実)、怒ったように桶を作り続ける遊佐の義兄(東野英治郎)、ホテルの支配人、球場で捕まるピストル屋・・・、脇役も含めてそれぞれがそれぞれの人生を見事に生き、僅かな出演シーンにそれらが滲み出している。
驟雨のシーンも秀逸だ。言葉にならない三船と淡路恵子の対峙。雨の中に倒れている志村を、周りから見下ろす人の表情からゆっくりパンダウンする巧みさ。スピーディなカット割りの中で、時折見せる腰の座ったカット。音と音楽の使い方の素晴らしさも特筆すべきだろう。
確かにラストシーンや、遊佐(木村功)の描き方が弱いという指摘は間違っていない。しかし、作品全体の素晴らしさはその弱点を補って余りあると私は考える。黒澤はこの頃、やはり天才的だ。
投稿者:Ikeda投稿日:2003-03-04 22:39:55
全体の調子が一貫していてスピーディな所が良いのですが、主人公の三船俊郎の気持が、あまりに頑なになりすぎていて、心の状態に全然変化がないので、初めて見た三船もあまり評価できませんでした。ただ、黒沢監督が気を使ったという暑さについては、見事に成功しています。扇風機、雲、汗、日差し、水など、そのすべてに「蒸し暑さ」がみなぎっていて、これは彼の努力の結晶だと思います。これにはカメラの美しさも寄与しています。そして底を流れるヒューマニズムが、安っぽくなく自然である事にも感心しました。
三船が殺人犯人を追いつめた時、犯人がピストルを出して撃つ。この時、近所の家でピアノを弾いていた女性がガラガラと窓をあけて外を見る。何ともないので、「何だ」といった顔をして、ガラス窓をしめて、またピアノを弾き始める。あのピアノと窓をあける音が郊外のきれいな空気に反響して、いかにも気持ちが良く響いていました。
三船が相手の投げつけた、恨み重なるピストルを大事にポケットに入れて追跡する。遂に犯人を捕まえると二人共、疲れのあまり、そこへ倒れてしまう。この時、小学生が歌をうたいながら近くの道を通る。犯人は泣き出してしまう。そこここに咲いていた花がカメラに写される。ここまで来て私は目に涙がにじんで来るのを止められませんでした。
然し、これまで感動させておきながら、また別のシーンになって映画が終わるのですが、もう少し、ましなラストシーンが出来なかったのか、残念です。この辺に日本映画の弱点を見たように思います。

投稿者:でこちゃん投稿日:2003-01-28 16:40:39
登場人物に汗をかかせる事で成功した作品。ラストの三船と犯人との格闘シーンは黒沢らしい臭さ(バタ臭さと言うか)を感じます。人によってはこれがいやかも。私は慣れちゃいました。
投稿者:yomoyama投稿日:2002-03-23 16:29:26
充分に好きな映画ですが、どなたも何も言わないので、あえて、気にくわないところをあげつらいます.
1)蒸し暑い夕方に、ハーモニカが鳴るところ.
  絵に描いたようなシナリオ、演出が気恥ずかしい.
2)格闘した二人が倒れこむところに、省歌か童謡を歌いながら通りかかる子供達
  少年合唱団のようにオジョウズなのが気恥ずかしい.

お断りしておきますがこの作品、大好きです.
千石規子さん、郊外の私鉄の駅、後楽園球場など、たくさんよかった.
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