allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

西鶴一代女(1952)

メディア映画
上映時間137分
製作国日本
初公開年月1952/04/17
ジャンルドラマ/時代劇
西鶴一代女 [DVD]
参考価格:¥ 4,860
価格:¥ 4,859
USED価格:¥ 1,054
amazon.co.jpへ

【クレジット】
監督:溝口健二
監修:吉井勇
製作:児井英生
構成:溝口健二
原作:井原西鶴
「好色一代女」
脚本:依田義賢
撮影:平野好美
美術:水谷浩
編集:後藤敏男
振付:井上八千代
音楽:斎藤一郎
特殊技術:新東宝特殊技術部
助監督:内川清一郎
出演:田中絹代お春
山根寿子奥方
三船敏郎勝之介
宇野重吉扇屋弥吉
菅井一郎お春の父新左衛門
進藤英太郎笹屋嘉兵衛
大泉滉笹屋番頭文吉
清水将夫菊小路
加東大介菱屋太三郎
小川虎之助磯部弥太衛門
柳永二郎田舎大尽
浜田百合子お局吉岡
市川春代侍女岩橋
原駒子お局葛井
毛利菊枝老尼妙海
沢村貞子笹屋女房お和佐
近衛敏明松平晴隆
荒木忍重役真鍋金右衛門
上代勇吉重役田代甚左衛門
高松錦之助丸屋主人七左衛門
水野浩用人篠崎久門
志賀廼家弁慶笹屋の大番頭治平
坂内永三郎所司代役人
玉島愛造老人
石原須磨男丸屋の番頭
横山運平貸衣装屋
出雲八重子お熊
平井岐代子お杉
金剛麗子お仙
草島競子侍女袖垣
津路清子中宿のおかみ
国友和歌子扇屋の客
衣笠淳子女乞食
林喜美枝丸屋の仲居おまん
大和久乃丸屋の仲居おたま
松浦築枝お春の母とも
特別出演:文楽座三ツ和会
【解説】
 井原西鶴の『好色一代女』を、依田義賢が脚色し溝口健二が監督した文芸作品。お得意の長回しや流麗なカメラワーク、そして田中絹代の熱演などが、ヴェネチア国際映画祭での受賞につながった。
 奈良の荒れ寺に集まる街娼たち。年老いたお春は羅漢堂に入り、過去に出会った男の面影を思い浮かべていた。御所勤めをしていた13歳のお春は、公卿の勝之介に宿に連れ込まれたところを見つかり、両親ともども洛外へ追放となってしまった。その後、松平家に取り立てられ嗣子をもうけたものの、側近の裏切りに遭い実家へ帰されてしまう。島原の郭に売られたお春は、気に入られた客の住み込み女中となるが、その妻に嫉妬され追い出されてしまった。さらに結婚相手が急死し、世話になった男の盗みが発覚して捕らえられるなど、流転の人生を歩むのだった。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
865 8.12
下記フォームからあなたのこの作品に対する採点を投票してください。
メールアドレス年齢性別
評価 (低い←→高い)
12345678910
【ユーザーコメント】
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2015-12-11 01:34:16
警察から「朝になったら撤去しろ」と言われ公道に美術スタッフが突貫で建てたセットを、監督が「ずらせ」とか「戻せ」とか言って撮影に入らず、助監督がキレたエピソードが凄い。
投稿者:o.o投稿日:2014-08-25 01:37:49
この世の無情さが体の芯まで染み通りました。御所勤めから、武家、遊郭、乞食、そして最後は街娼へと、ひたすらに階級を上から下へ落ちていく一人の女を、何の感情も交えずにじっと凝視する視線は、ただただ冷たい美しさを追求するばかりで、そこにヒューマニティと呼べるようなものはほとんど存在していないように思えます。こちらをちらりとも見ずにお供を引き連れてすたすたと通り過ぎてゆく若殿と、それを追おうとする主人公、そして彼女を食い止めようとする武士たちの一連の動きが鮮明に記憶に残ります。

この映画を見ていて、今まで見たどんなものよりも江戸時代というものがどんな世界だったのかが直観的に分かるような気がしました。酷薄な階級意識と、どろどろの金銭欲と色欲だけがある世界。もちろん厳密に定められた階級の中にじっとしているかぎりはそれなりに心安らげるのだが、いったんそこから滑り落ちたが最後、苦界に身を落とすしかない非情な世界です。もっともこの「江戸」は、現代の日本にも密かに生き残っているのかもしれませんが。

またこの映画では、最後は言うところの仏教的諦念で締めくくられるのですが、「仏教的諦念って要はこういうことだよなあ」とつくづく納得できたような気もしたのでした。仏教は本来、生、老、病、死はすべて苦しい、つまりこの世はぜーんぶ苦しいのであって、そこから逃れるには解脱 (= この世界の「外」に出ること) するしかないという宗教だと理解していますが、この映画は、まさにそんな「一切皆苦」の世界と、そんな世界に対する諦めを描いているように思えます。仏教徒じゃなくてラッキーです。

明るい気分になれる映画ではないことだけは確かです。「生きることは素晴らしい」とか言っている現代のインチキ仏教徒 (だったら「解脱」を目指す必要などありません) と、江戸時代がユートピアだと思っているような人間に、ぜひとも見せたいものだと思った次第です。
投稿者:I&M投稿日:2013-10-15 09:31:17
溝口健二は黒沢や小津と並ぶ巨匠という評価が定着したのは、この映画を含めた以後の作品により世界的名声を得た事によるものだが、実は失敗作も多く彼ほど好不調の波が激しい監督もいない。特にこの作品を発表するまでの時期はスランプに喘いでいただけに、よくここまで這い上がったものだ。
溝口は女性を描くのが上手い。それも下層社会に生きる女や男に尽くす女の哀れさを描く場合は本領を発揮するが、それ以外のテーマが与えられると失敗する事が多く、実は守備範囲が狭い監督なのだ。そんな試行錯誤を経て辿り着いたのが『西鶴一代女』なのである。そこには女性遍歴も影響したかも知れない(情婦の刃傷沙汰や夫人を発狂させている)
この作品で溝口は人間を描く。それも本物の男と女を描く。俳優を撮るのではない。凝視して人間を見つめる姿勢を貫く。従って演技を映画的処理(カット割りやアップ)でごまかす事をしない。それをスタッフや俳優に理解させるに相当の労力を要したのではないか。しかもかつてのような神通力が失われつつあった状況を考えると現場での衝突や軋轢が起こるのは容易に想像がつく。完璧を求める溝口である、相当に粘ったのだろう。
そしてその完成度に唸らされる。数奇な運命に翻弄された女が転落していく人生を、ここまで苛烈に容赦なく描いた映画は観た事がない。女の業を背負って闇を彷徨い、救いを求めるような贖罪的ラストに打ちのめされた。弱者を労わるように捉えながらも突き放しているようにも見える。長回しの流れも変に心地よく、しかもこの流れに浸ってしまうと中々抜け出せない麻薬のような映画だ。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2013-08-31 17:20:30
諧謔に富んだ西鶴文学を悲劇に彩られた女の一生として描いた溝口念願の大作ドラマ。
弱小の新東宝としては破格の約5千万を投じて制作されたが、興行は不発で経営危機に陥るきっかけとなってしまった。お得意の長回しによる移動撮影で映し出された江戸時代の風俗は水谷の美術によって実に見事に再現されているが、新東宝専属の平野のキャメラが凡庸なので映像クオリティとしてはイマイチか。
後は、短い挿話をオーバーラップでつないでいく構成が後半に至って単調になるきらいがあったのが残念だ。
演技陣。田中は頑張って熱演しているが、次々と男を惑わす美女という感じではない。その他、三船はじめ芸達者が揃っているが登場時間は少なめであまり印象には残らない。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2012-12-02 11:06:52
“こりゃあアンマリだ!”というのが、DVDで見直しての率直な感想であった。若い頃に観た時には巨匠溝口の作品であるということから、いわば拝見させて頂くという態度で見たために圧倒された記憶が残っているが、この年(67歳)になって見直すと、これでもかこれでもかと一人の女を浮かび上がらせては突き落とすという、サディスティックな脚本と演出が、映像がリアルであるだけにかえって嘘っぽく思えてくる。西鶴はこの女の物語に「好色一代女」と名付けた。その西鶴の人間を見詰める厳しくも包容力のある視点がこの映画には欠けている。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:ルミちゃん投稿日:2012-04-14 04:59:35
【ネタバレ注意】

太平洋戦争敗戦時、アメリカに占領されると、日本人の男性は玉を取られて去勢され、女性は強姦されると多くの人が思い込んでいたそうです.
敗戦時、日本の政府は、日本女性の貞操を守るため、既存の売春施設=遊郭に協力を求め、ダンスホールを作るなどして、アメリカ人に対応しようとしました.この実態は『赤線地帯』で描かれます.
いまひとつ、日本政府は、素人の女性を募集して、アメリカ人向け慰安所を作りました.けれども性病が蔓延し、慰安所は閉鎖されて、慰安婦であった女性たちは、退職金も貰えずに解雇されたそうです.そして、彼女の達の多くは、パンパンと呼ばれる街角に立つ娼婦になっていった.『西鶴一代女』は、このような時代を背景として撮られました.
遊女が、羅漢の像を観て、初めて出会った男を思い出す所から、この映画は始まりますが、ラストシーンは、遊女のシーンではありません.遊女が捕らえられて、蟄居させられそうになり、逃げ出して諸国をさまようシーンで終わります.
国のために体を売ることを強要された女性が、生活に困りパンパンをしていると、国の恥だと警察に摘発された、この実態が、お世継ぎを生むことを強要された女が、遊女をしていたことを理由に、お家の恥だからと蟄居させられた、このように描かれているのですね.
松平家に嫁いだ『おはる』は殿様に愛されたけれど、沢山SEXをしたら、殿様が病気になりお暇を出されました.
日本人の慰安婦はアメリカ人に人気があった.けれども、沢山SEXをしたら病気がまん延して、慰安所は閉鎖され、慰安婦は解雇されました.
描かれた松平家は当時の日本の政府であり、遊女を淫売と言って、蔑み差別視する者たちは、当時の日本国民の姿なのです.
国の都合によって利用され、国の都合によって虐げられた女性.男の都合に利用され、身分で差別され、男女の差別を受け、遊女という職業によっても差別され、虐げられた女性.虐げられながらも社会の最底辺で生きた女性の姿を、溝口健二はそうした女性の視点から描き上げました.

投稿者:はまま投稿日:2010-02-06 12:44:44
断続的でパーソナルな溝口チクルスの6作目。「雨月物語」「新・平家物語」「残菊物語」「元禄忠臣蔵」「近松物語」に続いて、またも圧倒されました。まだまだたくさん観ていないものがあるのがうれしくてたまりません。
投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 09:24:09
田中絹代
投稿者:ca投稿日:2006-12-26 19:23:06
溝口の傑作
1.西鶴一代女
溝口にしか撮れない。日本映画の枠をはみ出した、とてつもない傑作。ただし溝口初心者には苦痛かも。
2.近松物語
完璧。映画に芸術という言葉を当てはめるなら、これこそまさに藝術。あの緊密なシナリオ。さらに凄いのはそのシナリオを溝口演出がはるかに凌駕して芸術品にしたてていること。溝口映画初心者にとっても最も入りやすい映画。
3.山椒大夫
凄まじい。ただし時代の要請とはいえ、最後に叫ぶ道徳的なお説教はいただけない。お説教は黒澤あたりにやらせておけばいい。

以上3作品が最もすばらしい。
投稿者:マジャール投稿日:2006-11-27 20:02:55
役者の演技も、監督の熱意も、全てが空回り。
だいたい田中絹代にしてからが、こんな大上段に構えた作品に似合う女優と思えないし、三船にこんな役、大泉滉にあんな役(この人も面白い、好きな役者さんです)、どうみても使い方間違ってるでしょう。(しょせん男優よりも、関心は、女優に向いているということか)
日本映画って、本当に配役がチグハグで下手糞な作品が多いですね(あまりにも!)。それにアメリカ映画だと、男優しか出ない映画っていうのが偶に作られて、それがまた滅法面白かったりするんだけど、日本映画で女優の出ない作品なんて考えられないもんね。(その点でも例外は、黒澤明。この人の関心は、明らかに女優より男優に向いている)
それで、自分の偏見を承知で言えば、映画はやっぱり女優より男優の世界の方が豊かで面白いと思う。(それに、やっぱり洋画に比べると邦画の世界は貧弱な感じがする、総じて。悪役というと小沢栄太郎を起用する安易さ)日本映画界だって、月形龍之介や、辰巳柳太郎、山形勲に、藤田進、信欣三、岸田森、・・・・みんな面白くてかっこ良かったです。
投稿者:神慮論投稿日:2006-06-09 19:28:59
先段でもあるように、この映画のカメラが溝口映画のなかで一番おもしろいと私も感じます。
水谷浩の美術もすばらしい。


色は匂へど散りぬるを
我が世誰ぞ常ならぬ
有為の奥山今日越えて
浅き夢見し酔ひもせず


以上、化け猫語でした(フニャ〜ゴ!)

投稿者:篭瀬山投稿日:2006-02-14 21:06:10
 (『近松物語』でも似た技法を用いていた。)主演の田中絹代の顔がなかなかアップにならない。「50の婆アが20才の娘の声をつくり」なんて台詞がはさまれ、顔を見てみたいという気持ちが高まる。開始から10分ほどしてようやく正面から見る機会を得るが、これがなんとも醜い。女優が美を売る商売であることを考えれば、当時の年齢(43才)を考慮したとしても驚きだ。こういう演出の巧、つまり期待感を形成し、それに絶妙に応える技巧はさすがだと思う。

 しかし『雨月物語』のところでも書いたが、テンポが冗漫すぎる。例えば廊下の奥から人がこちらに向かって歩いてきて、画面の右端に消えていくまでを延々撮り続ける。これは物語構成上「移動」を意味するだけであるから、カットを割れば数秒で描き終わるシーンだ。こういう耐え難さにようやく慣れたのは、映画が始まって1時間ほど後、羅列的なエピソードのつながりに構成が見てとれ、意味がつかめ始めてからである。一人の女の長い長い人生を、駆け足でダイジェストした印象を避け、長いままに感じ取らせることに成功しているから、演出の採算は取れていると最終的には思ったが、マイナス要因であることに変わりはない。

 田中絹代が時折り見せる冷笑の鋭さに、男なら悔恨と罪悪を感じずにいられないだろう。6
投稿者:ディ投稿日:2006-01-03 03:02:15
溝口といえばワンシーンワンカットと思われがちですが、それがある分切り返しや主観ショットがよく映えます。だから相米慎二みたいにやたら長回しでシーンと全体が間延びしてしてしまうということが本当にないですね(相米を全面的に否定するつまりはないですが)。
長回しで撮るべきか、切り返しショットや主観ショットの連続としてシーンを構成するのか、を常に考えながら作られてるからどちらの手法ともよく際立って、抜群の効果を発揮しています。
例えば、終盤でお春が息子を偶然見かけるシーンでは、息子を見るお春の主観ショットと見られる息子のショットで二人を分断します。ここまでロングテイクで撮られることが多かったので、この主観ショットと見られるショットの切り返しには思わずドキっとさせられました。その後、息子に声をかける事ができず、孤独と絶望に打ちひしがれているお春を長回しで捉えつづけます。
投稿者:Tom投稿日:2005-09-12 19:38:24
下の方は映画をまったく見ていない人だろう。見てない奴ほど意見が独りよがり。溝口とこの作品なくしてヌーベルバーグとその後は語れない。コダールの『女と男のいる舗道』、リベットの『修道女』、レネの『24時間の情事』、トリュフォーの『アデルの恋の物語』などすべてのインスピレーシヨンはこの映画にあるハズ。60年代後半以降のほとんどの映画作家がヌーベルバーグの影響を受けた事を考えるとそのヌーベルバーグの作家達を魅了した溝口の存在はいやまして世界映画史にかかせないのだ。井戸水を掘った人(溝口)の事を忘れちゃならない。女を特に下町の女を愛した溝口の情熱と愛情(田中絹代)が貫かれた女哀歌。
投稿者:鳥越 総二郎投稿日:2004-11-24 20:25:06
【ネタバレ注意】

映画評論家の得票によれば世界映画でもベスト・テンに入る名画という場合もある.が,最近,不完全ながらビデオがリリースされ,拝見した.一言で
言えば単なる無感動なエピソードの羅列であり,感動とは最も遠いところにある.一代女の行き方が一向に精神にせまってこない.逆に言えば一つ一つの場面をまことに苦労して撮ったということだけは分かる.それ以上のものは何もない.溝口作品の中でも真の駄作であると断言するぞ.

投稿者:さち投稿日:2004-10-07 04:32:59
日本版 風と共に去りぬ 日本版スカーレット オハラ 常に不幸へと導かれる姿が大変いたいたしい 幸せの三段目からどん底へ 最後は少しの希望。溝口監督はこういうのが多い。
投稿者:でこちゃん投稿日:2003-02-13 16:50:10
溝口の異常な執着力をしめす傑作。緊張感が冒頭から最後まで持続します。巨大な蛇のような作品。と同時に溝口に食らいついて離れなかった女優田中絹代を観るべき作品。最後までジーッと観るべしという内容ですが、あえてお勧めするとすれば、髪が抜けた沢村貞子。女の哀れさが見事に伝わります。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 国際賞溝口健二 
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
 【DVD】西鶴一代女2006/09/22\4,500amazon.co.jpへ
【レンタル】
 【VIDEO】西鶴一代女レンタル有り
【広告】

【スポンサーリンク】



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION

allcinema SELECTION