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大砂塵(1954)

JOHNNY GUITAR

メディア映画
上映時間109分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(リパブリック=NCC)
初公開年月1954/10/27
リバイバル→ヘラルド-96.4
ジャンル西部劇/ドラマ
大砂塵 [Blu-ray]
参考価格:¥ 4,860
価格:¥ 4,338
USED価格:¥ 7,507
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【解説】
 1890年代のアリゾナを舞台に、賭博場に現れた流浪のギター弾きとかつての恋人である女主人が、駅馬車襲撃犯と自警団の争いに巻き込まれていく姿を描いた異色西部劇。
 1890年代の西部。流浪のギター弾きジョニーがアリゾナの山奥にある賭博場へやって来た。気丈な女主人ヴィエンナはかつての恋人だったが、白昼起きた駅馬車襲撃事件の容疑者キッドを匿っているとして犠牲者の妹エマと保安官たちに嫌がらせを受け、24時間以内の退去を命じられる。疑いをかけられたキッド一味は翌日、銀行を急襲。その場に居合わせたヴィエンナも共犯と見られ、遂に自警団はヴィエンナの店を襲い火をつけた…。
 バーバラ・スタンウィックには「四十挺の拳銃」があり、ジョーン・クロフォードには「大砂塵」がある。どちらも“異色”と呼ばれるウェスタンの傑作で、主演女優の強烈な存在感が作品を支配する点において共通するものがある。実際本作も、原題にあるヒーロー(S・ヘイドン)はほんの呼び水にすぎず、映画の流れはクロフォードの鉄面皮の下を走る血管に荒々しく通っている。流浪のギター弾きジョニーはヴィエンナの賭博場に現れ、駅馬車襲撃の犠牲者の娘(M・マッケンブリッジ)と犯人一団の抗争に、女主人ともども巻き込まれる。実は、はっきりとではないが、主役の二人は悪の側であり、マッケンブリッジ(凄味のある好演)の方が“正義”なのだが、ひどく強権的でファナティックな存在として描かれ、いつしか観る者は追われる側に味方する--という具合になる。赤狩り禍を暗に揶揄する内容とも言われる由縁であるが、米国人らしからぬ感情の裏面や混沌を描くのはN・レイの一貫した作家姿勢なのだ。
<allcinema>
評価
【関連作品】
四十挺の拳銃(1957)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
436 9.00
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【ユーザーコメント】
投稿者:呑気呆亭投稿日:2013-11-12 17:28:31
ペギ−・リ−の歌う「ジョニ−・ギタ−」が男勝りのヴィエンナの心にある感情が兆すと、その感情をかき立てるかのように流れてくる。その感情を向ける相手が誰だろうと、木偶の坊のヘイドンだろうと構わない。ジョニ−の向こうを張るダンシング・キッドが曖昧な悪党ぶりであるのも構わない。ファナティックなエマとヴィエンナの確執が男たちを次々に犠牲にして悲劇の結末になだれ込んで行く。中でも哀切なのが誰にも気付かれない存在と自認するヴィエンナの酒場の使用人トム(ジョン・キャラダイン)の死に様であった。息を引き取りながらその場の注目が一身に集まっていることで、ましてやヴィエンナに抱かれて死んで行くことで、トムの惨めだった一生は報われたのだった。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:seisakuiinkai投稿日:2013-07-27 10:14:14
エマのヴィエンナへの対抗心からこの結末に至る、というのがすごい
www.seisakuiinkai.com
投稿者:wild bunch投稿日:2007-09-15 11:27:35
なぜ、ジョニー・ギターというのか、ジョニー・ローガンというなうての殺し屋・ガンファイターが、愛の葛藤のすえ銃をすてギター弾きになった、そして銃のかわりにギターで賃金をもらう賃労働者になっていく、そういう二十世紀になったということです。山を爆破し、鉄道開設がせまってきている。ガン・ベルトをしめた黒装束のクロフォードが、白いドレスに着替えて、ロウソクをかかげ、銃をかたわらにおき、ピアノを弾きながら、野獣と化した自警団の追跡隊をまつシーンから、サロンの炎上、女同士の戦いへといくなかで、男のための女へと変貌していく。シェーン(彼も鹿皮の服をブルーカラーのシャツに着替えます)がつくられた翌年に、feminocentricな映画がつくられていた。財産にたいする態度が、ヴィエンナとエマとではちがう。ヴィエンナは鉄道へ土地を売ろうと考え、エマは牧場を守ろうとする。ヴィエンナは鉄道がひかれたなら雇い人たちにも土地をあたえて豊かになると歓迎するが、エマは浮浪者、農民たちがあふれて町がほろびると男たちを煽動し、その手先になっているヴィエンナを抹殺しようとするも、そこには、ダンシング・キッドへの想いをヴィエンナに取られた嫉妬と優越感のヒステリックな言動が重なっている。財産にたいする態度の違いが、男への関与のちがいとなり、性の欲望の失敗がファシズムになるということを明示したフロイト映画、裏では男たちの失敗が描かれていて、完璧である。正義を守ろうとした保安官まで撃ち殺されて失敗する。トムは失敗して殺されたとき、皆が自分を見てくれたといって死ぬ。ジョニーもヴィエンナ一人しかリンチから助けられない。キッドもヴィエンナを得られないし、銀行強盗にも最終的には成功できず、エマに撃ち殺される。狂気化した町の男たちもエマにふりまわされ、もう殺しはいやだと失敗していく。誰一人男は実現し得ていない。ただ、最後、女同志の闘いでヴィエンナがエマに勝ち、ジョニーの女となることで、ジョニーが救われるだけだが、こんれはメロドラマとして完璧。そのとき、セクシュアリティから財産を築いたヴィエンナはその財産すべてを失っています。赤狩りをただ反映させたという表層的なフィルムではありません、むしろ町のリーダーであるワード・ボンドは実際にハリウッドのファシストグループのメンバーであり、ジョニー役のスターリング・ヘイドンは、委員会に名前を暴露した人物(後で後悔している)、この実際の緊張関係をニコラス・レイと脚本のヨーダンはあえて使い、クロフォードは「何も知りたくない!」といってフィルム取りがなされているのです。全部意味があります!! 西部劇にはどんなものにもすべて意味があります。大根役者をつかうことにも意味があるのです。ひさびさに観て、感服、名作です。ニコラス・レイの西部劇ではナンバーワンです。歌の使い方も見事、最後にわずか数節でとめてしまうため、誰でも全曲聴きたくなる。
投稿者:シャルルボワイエ投稿日:2004-12-15 20:24:17
何回この映画を見たことか。これは西部劇の形をしたラブストーリーだ。
強い女性のジョーンクロフォードが女に変身してゆくところが圧巻。
この辺のあやは恋愛経験の少ない人には判るまい。名演技だ。
一方スターリングヘイドンの大根ぶりは目を覆う。今ならさしずめリチャードギアと言うところか。ペギーリーの歌うジョニーギターも昔大ヒットしたが、懐かしい。
投稿者:Tom投稿日:2004-11-06 06:33:24
海外での評価はゴダール・トリフォーそして、スコセッシ、ベンダースなど言うまでもなく圧倒的な評価の高い作品です。それは監督のニコラス・レイに対してなのか?Yesだが、むしろこれは男女間の心の機微を見事に表現した愛の物語として観られてるからです。日本で評価されていないのは
この映画を評価できるに値する人がいないからです。以上。
投稿者:Ikeda投稿日:2004-03-04 19:21:28
この映画が公開された時、その前に「砂塵」という良い西部劇を観ていて、何か題名が二番煎じのようで気に入らなかったのと、スターリング・ヘイドンがあまり知らない役者だったので観ませんでした。ただペギー・リーの唄う「ジャニー・ギター」の歌は好きでした。然し最近観たら、思ったより良い映画でした。まず、西部劇での女性同士の対決が珍しく、ジョーン・クロフォードとマーセデス・マッケンブリッジの二人が好演です。マーセデスが酒場に火を付けるシーンなど「レベッカ」のジュディス・アンダーソンを彷彿とさせます。
本来、善良であるべき市民が、ダンシング・キッド(スコット・ブラディ)達を無実の罪で追放しようとし、それが銀行強盗をさせる結果となり、釈放を条件に偽証をさせてから縛り首にしてしまうなど、かなり設定が大胆で、「赤狩り」を皮肉っただけでなく、現在、国際的にも通用しそうな不正を告発しようとしているのが凄いです。
投稿者:GRIFFIN投稿日:2003-12-23 18:44:33
 懐かしさを感じる原色世界だけど、私の感性には響かなかった。
 男がダラシナイってのと、魅力がないのが悪い。
 E・ボーグナインが若い!そして男連中の中で一番良い。
 強い女に西部劇だったら「キャット・バルー」が好きだ。
投稿者:kzai投稿日:2003-08-05 09:20:00
【ネタバレ注意】

とにかく演出が粋な映画です。
冒頭で主人公がカウンターにつくまでの間の緊張感。
回転してカウンターから落ちるグラスをさっと拾うしぐさ。
決闘シーンも色々こっていてよかった。

他に見るべきはMercedes McCambridgeの悪役ぶり。
ちょっとした表情の変化からも悪のオーラを感じる稀有な女優です。
いちいち顔を見たくないのに、アップで移ると目が離せなくなるすごい演技でゾクゾクさせてくれます。
最近こういう女優いないな。

ジョーンクロフォードは個人的に少しも好きじゃない女優ですがこの映画の役にはあっていたと思います。
惜しむらくはジョニー・ギターと何とかキッドの男役ふたり。
こいつらは結局何がしたかったんだろう。
さんざジョーン・クロフォードとメルセデス・マッケンジーで引っ張っておいて
最後にジョニー・ギターのテーマでしめられても納得できるやつはいるのか?
あとギター意味なし。序盤しか持ってないし。

邦題「大砂塵」ってのは全然原題とちがいますけど、結果的にはこっちの方がいいみたいですね。
少なくともこれをジョニーギターとは呼べますまい・・・。

投稿者:Katsumi Egi投稿日:2001-01-21 01:25:50
 この映画のウェスタンとしての奇異さそれ自体が評価されてしかるべきだろう。
これは本当に魅力的な西部劇だ。マーセデス・マッケンブリッジのテンションだけ
をとっても映画における感情の定着のお手本だと思う。
 白いドレスで奔走するジョン・クロフォードには恋慕の感情を覚える。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
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【サウンド】
『ジョニー・ギター』(主題歌)
歌 :ペギー・リー
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
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