山椒大夫(1954)
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「姉・弟」から「兄・妹」への書き換えに、難癖をつけるのは、まったく的外れ。
やはり、鑑賞を難しくしているのは、主人公の政治的決定の部分。
意外に難しい作品ってことだな。
DVDの副音声には、全篇を通して見ながら自由にコメントする宮川一夫、依田義賢らの座談会(1984年)が収録されており、客観的に見直す手助けになる。
そこでも、やはり、終盤の展開のリアリティの欠如が、反省されていた。
要するに、厨子王は奴隷→逃走→直訴→国司任官という運命の流れを経て、地位に乗じて奴隷解放令を発布するわけだが、これは、いわば、知事が条例で私有財産制度を否定するような社会主義的政策であるために(いや、そもそも奴隷は「財産」ではないだろ、といった細かい議論は省略)、お涙を期待していた視聴者を当惑させることになる。
おやおや泣いている場合じゃねえぞ、この話は、ということ。なので、世の残酷さ、労働者の悲惨さを目のあたりにして、ただ泣いていてもしょうがない、各自行動せよ、といったメッセージ性はあるのだと思う。
部分的に見ていくと、ハリネズミのような髭面の山椒大夫の屋敷兼工房で、幼い兄妹を包囲する鍛冶の鉄槌の響きが、凄まじい冷たさを感じさせたあたりが、忘れられない(全体を通して音響が素晴らしい。)また、55分あたりで主人公がフテ寝をするシーンは『残菊物語』の似た場面を彷彿とさせる。そもそも高貴な男が、ドン底に落ち、やがて出世し、その背後で「待ってろよ」と言われた女が死ぬのも、構造的に共通する。『残菊』で主役を張った花柳章太郎の息子・花柳喜章がここでは名演技。
最終的に地位やカネを全部捨て去ることにより母と合一できるという独特の価値観が、心の琴線に触れるか触れないか、大きな個人差がありそうだ。
だが、注目すべき部分が前半にある。安寿と厨子王を引っ立てた従者が、進藤英太郎扮する山椒大夫のもとに報告のために歩み寄るカットだ。従者が画面の左からフレーム・インし、キャメラは彼にあわせて右へパン、山椒大夫がフレーム・インしてパンは止まる。
キャメラが動き始める呼吸の見事さ!驚嘆すべき反射神経である。
そもそもキャメラマンは、女優にもてる、という。
根拠は以下のとおり。
@女優は綺麗に撮られたい。キャメラマンは綺麗に撮りたい。
→利害が一致する。
Aキャメラマンは反射神経が良い。宮川氏はローラー・スケートをはいて移動撮影をしたらしい。また、助手時代に撮影所の野球チームで活躍し、諸先輩に名前を憶えられたという逸話もある。
→反射神経が良い。
→セックスがうまい。
→色気がある。
→女性にもてる。
B良いキャメラマンは、おしゃれである。
→良い画を撮るのだから、姿かたちに敏感なのは当然である。
→女性にもてる。
Cキャメラマンは機械にも強い。
→撮影現場で最も複雑な機械を操るのは彼らである。
→ゆえに、女性に尊敬される。
宮川一夫は、『無法松の一生』で、フィルムをマガジンに入れたまま1年間、四季の風景と芝居をオーバーラップしたシークエンスを撮ったという。
しかし、キャメラマンは女優と結婚しない。その例をあまり知らない。女優と監督の結婚が多いのは周知であるが。
キャメラマンにとっては、被写体との距離感が崩れてしまうからかも知れない。
ゴダールの『気狂いピエロ』海岸をブツブツ言いながら歩くアンナ・カリーナ、『女と男のいる舗道』伝説のダンスシーンの見事な距離感と切りとられたフレームの正鵠。アンナ・カリーナを撮ったのはゴダールではなく、ラウール・クタールだったのである。
『山椒大夫』とは、遠く離れてしまったが。
特に、親子が引き離されるシーンのあの美しさ。あのシーンだけでこの作品が支えられているのではないかと思えるほどだ。冒頭から山椒大夫に売られるまでは完璧だと思う。凄まじいまでの画面の強度。見事としか言いようが無い。
国分寺のシーンも好きだ。
すでに指摘されているように、ストーリーに関しては問題が散見する。違和感を感じている人が多いようだが私もそうだ。
兄妹の問題は、依田の著作によると、企画の段階で花柳と香川の起用がすでに決まっており変更できなかったそうだ。
しかし、瀕死の病人を背負って逃げ切れるのならば、妹を連れて行くぐらい造作も無くやれたのではないかとも思うのだが・・。
それとやはり気になるのは国守になって以降の厨子王の行動だろう。彼の行なった奴隷解放は一時的な物であり、辞任後はまたもとの形に戻るのは明らか。一瞬溜飲を下げると言う効果を狙っただけのもので、このあとあの荘園はどうなるのだろうか?という不安が頭をもたげてしまう。
たしかに無責任といわれてもしかたない。
身の破滅を招いてまでも体を張った父とくらべると、厨子王の行動は幼さだけが感じられ、結果的に物語の貧弱さを強めている。
溝口が具体的に改良点を指示する形で依田に何度も脚本を書き直させるというのが溝口・依田の脚本術だったようだが、この作品では粘り強く作り込むことが出来なかったのではないか。
原作では母の目が開くことになるが(この点から言ってもこのお話しは仏教説話の霊験譚と言えるが)、溝口は、観客が納得できるように書けるのならそうしてもいいと依田に言ったそうだ。
依田はそれを無理だと考え、現行の形となった。
原作のテイストと溝口のリアリズム。両者がぶつかり、コンフリクトをおこした。上手く融合できず、ちぐはぐさだけが残った。そんなところだろう。
妹の犠牲で兄が逃げるという後味の悪さをうち消したくて瀕死の病人を背負って逃げるという設定にしたのでしょうが、逆に、妹が私の足では逃げ切れないといって入水する、その理由を説得力の薄い物にしてしまっています。
やはり、妹ではなく姉に、瀕死の病人も背負って逃げたりしないほうが良かったのではと思います。
他が、ほぼ完璧なだけに残念です。
<世界のミゾグチ>は、こういう映画作っちゃうからあなどれません。(変な映画も、けっこうあるけど)
これ、ずいぶん前に池袋の文芸座で、『雨月物語』と一緒にやってたのを観に行って、わたしとしては『雨月』がお目当てで行ったのに、こっちの方が断然面白かったです。で、久しぶりにレンタルDVDで観たら、やっぱり感動しました。
モノクロ画面の美しさ、荘厳さ、哀しさは、それだけでドラマを凌駕している。(映像が、物語を引っ張っていくなんて、出来そうで、そうそう出来る事じゃない。デヴィッド・リーンが『ライアンの娘』で、やって失敗した)
有名な、安寿が入水するシーンの静謐な迫力!誰かが、水墨画のような美しさ、って言ってたけど、私は、人買いの計略に嵌まって親子が舟で引き離される場面は、むしろ、ムンクみたいな不気味さに衝撃をうけました。(『雨月物語』も、このくらいのホラー・テイストで引っ張ってって欲しかった)
つらく悲しい物語も、観ていて本当に切なくなります。情け容赦の無い責めシーンの凄惨さなんか、ミゾグチなら本当にやりそうでコワい!
田中絹代、香川京子、進藤英太郎、そして浪花千栄子が好演。花柳喜章は、はっきりいって、あまり魅力のある役者さんとは思えませんが、悪くはなかったです。
この映画を観て、人権問題とか、世直し、社会制度改革だの、指摘するのは、見当違いだと思う。これは、哀しみと怨嗟、犠牲と贖罪のものがたりで、仏教的無常観が胸に迫る作品です。
国守になってからの厨子王の行動を、無責任というのも、見当違いです。母を迎えに行って、彼自身、本来なら国守としてお迎えすることも出来たのに、って言ってる。父が幼い厨子王に、イッコク者の父を持ったばかりに、とも言っている。お前もイッコク者になるか?とも。
(・・・・って、なんで私が、こんな解説しなきゃいけないの)
その気になった箇所というのは、森鴎外の原作では追放された父より厨子王に託されるのが地蔵尊の守本尊(地蔵菩薩の金像)であるのに対し、映画では溝口の要望により救世観音菩薩の金像(法華経)に変更された、というところです。
溝口健二という人は果たして信仰心をどれだけ持っていたのでしょうか。
依田氏の本によれば、それまで溝口に対し、ほとんど信仰心を持たない、無信神な人間だと思っていたそうです。が、53年のヴェネチア映画祭に同行した際、ホテルの壁に日蓮祖師の掛け軸を飾り、ろうそくを灯し、「素手では帰れません、どうか賞を獲れますように」とお祈りする溝口を目撃、意外に思うとともに少し納得したと記されています。
この日蓮祖師の軸を溝口に手渡した人間はいわずとも分かりますが、ではどのようなきっかけで彼が信仰心を持つにいたったのでしょうか。永田社長の影響なのでしょうか。『西鶴一代女』(52年)のオープニング他、かすかにその祈りを感じる場面はありますが、彼が手をあわせるきっかけとなった直接のエピソードを私は知りません。
さらに依田氏によると、本作の劇中、安寿と厨子王が逃亡を決意する際、捨て行く女の体と石仏を紐で結ぶ描写があります。これは藤原道長をモデルにした溝口のアイディアだそうですが、依田氏はこの描写の中に当時の溝口自身の心情があったのではと推測されています。
原作と映画を比べてみると、鴎外のものは民話を土台とした土着的物語であるのに対し、溝口版は国分寺の律師が劇中に「人間は我が家の世過ぎに関係がなければ、人の幸せ不幸せにひとかけらの同情心も持たない残酷なものなのだ・・・」と語らせてることからも分かるように仏教説話風社会劇になっています。
そしてラストでは、原作では地蔵尊の守本尊を額にあて、盲しいた母の目が開くのに対し、溝口版では母の目は開くことはありません。
溝口ほどの矛盾に満ちた真のリアリストが、実際に映画の中で自らの矛盾と苦闘する姿がここにあります。
確かに技術的、映画的に見ればこの『山椒大夫』は満点に近い作品かもしれません、しかし、さらにいえば、ここには物語構成上の様々な矛盾点が点在し、若くから追求してきた日本的世界と、仏と海外世界に触れた溝口の社会意識、それに当時の創造者としての心のよりどころを模索する彼自身の心情がダイナミックに混ざり合い、単純に「溝口の古典的名作」という言葉では言い表せない時代を越えた魅惑的な映画的強度が存在しています。そして溝口自身の当時の想いはすべての画面の中に映るものに存在しているのです。
これこそが溝口を現代においてなお、真に偉大たらしめているところでしょう。苦闘の中に名作は生まれる。ただ頭をたれるのみ。
最近見直して、成人した厨子王演じる花柳章の演技に? 周囲と違和感あるエキセントリックな演技、落ち着き無いチョコマカした立ち振る舞い、なんか違和感を感じる。 極悪山椒大夫の息子が厨子王が逃げ込む国分寺の僧(初見時気が付かず)だったことも説明不足に感じ、強引で場当たり的?な荘園の奴婢の開放、蒙昧な奴婢は略奪と放火にうつつを抜かし、責任を取ることなく目的達成したら地位を投げ出す厨子王行動は?etc…アラばかりが気になった。
少年時代の厨子王演じたのは加藤雅彦って、津川雅彦なんだよね〜。
今気が付きビックリ!
それは厨子王の行動がいい加減すぎる感じがあるからです。自棄的な態度になって妹に励まされたり、一人で逃げてしまうというのも随分、浅はかな考えで、確かにこれが姉だったら、まだ許せると思いました。あまりケチをつけたくありませんが、花柳喜章の演技力にも問題があって、名優だったお父さんの章太郎とはかなり差があります。
丹後の国守になった後、辞任してしまうというのも、無責任な話で、せっかくの施策が元に戻ってしまうのではないかと思いました。親の事は忘れたかと思うと、政治改革を行い、それを放り出して母に会いにいくという展開は、本筋としてよじれた感じです。
キャメラ(森のシーンがいい)・美術(大夫邸の巨大さ)・音楽(幽玄美)その他様々なパートが一致協力して、この素晴らしい正に総合芸術と呼ぶしかない作品を創造したのである。
演技陣。香川の可憐さ、進藤の憎憎しさ、花柳の苛烈さ、そして田中のラストの姿!涙なくして見れない・・・
そういうことを丁寧に描かないのだとしたら、ジェットコースターみたいに展開のダイナミズムだけを売りにする物語と変わらない。私は本気のジェットコースター・ムービーを好きだし評価するので、それらと比べると、この映画はあまりに不真面目で怠惰に見える。
上手く言えないが、決してつまらないだけの映画ではなかった。5
完璧主義の溝口健二が何故これを認めたのか不思議でならない。
冒頭の厨子王が走る後ろ姿をオーバーラップするスピーディな繋ぎにまず驚愕。
それに続く父親の回想の繋ぎ方のもうこれしかないという構図、照明にしびれる。
どのシーン、どのカットをとっても完璧な撮影だ。
中でもススキの野を行く4人のカットと佐渡の岸壁から子どもの名を呼ぶ田中
絹代のカットは絶品。http://www.page.sannet.ne.jp/egi/