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第三の男(1949)

THE THIRD MAN

メディア映画
上映時間105分
製作国イギリス
公開情報劇場公開(東和=東宝)
初公開年月1952/09/16
リバイバル→IP-76.1
ジャンルサスペンス
映倫G
たちきれぬ愛の想いを胸に秘め、あのメロディと共に絢爛と甦る映画史上ベストワンの名作!(リバイバル時)
第三の男 [Blu-ray]
参考価格:¥ 2,037
価格:¥ 8,000
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第三の男

【解説】
 第二次大戦後のウィーン。親友のハリー・ライムの招きでこの街を訪れた作家のマーチンは、到着早々、ハリーが死亡したことを知らされる。ハリーの死には三人の男が立ち会っていたと言うのだが、その三番目の男の正体を追って、マーチンは独自の調査を開始する。陰影や構図を凝らした、サスペンス・スリラーの傑作。あまり知られていないが、同名のTVシリーズ(主演マイケル・レニー)も製作されている。
<allcinema>
評価
【おすすめ作品】
A=無難にチョイス B=チャレンジの価値アリ C=発見があるかも!?
[001]Aわが谷は緑なりき (1941)
[002]A市民ケーン (1941)
[003]Aトラフィック (2000)
[004]A或る夜の出来事 (1934)
[005]A2001年宇宙の旅 (1968)
[006]Aタクシードライバー (1976)
[007]A群衆 (1941)
[008]A地上(ここ)より永遠に (1953)
[009]A白い恐怖 (1945)
[010]A駅馬車 (1939)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
31250 8.06
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【ユーザーコメント】
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2016-12-06 01:58:59
ヒッチコックとはキャラクターの描き方が随分違う。「恐怖の報酬」もまた違う。色々なサスペンスの名作が誕生した良き時代。
投稿者:エル・オレンス投稿日:2016-01-28 11:38:23
何度見ても面白いし、展開にワクワクする。
その後の「落ちた偶像」もいいんだが
キャロル・リードの監督生命はこの作品でピークとなり
終わった感じがしますね。
オーソン・ウエルズの怪演に生気を吸い取られたのかな。

投稿者:ローランド投稿日:2015-03-08 10:04:08
  美術館の講堂での映写会で観賞してきたのだけど、それにふさわしく良い意味で作りこまれたモノクロ映像が見事で、それにさぞかし練り上げたのであろうと思わせる面白く味わいのあるセリフのやり取りでテンポ良く軽快で無駄のない作りになっていて、さすが名高い作品だけのことはあるなって満足感を与えてもらえます。  

  大観覧車での詭弁や光と影を殊更に強調した映像は多く語られていますが、その光と影の映像が視覚効果だけではなくて心理状態をうまく表現しているんだなって感心しまして、特に印象深かったのは悪人一味の医師をホリーが初めて尋ねていった時のことで、食事中の医師の顔は見せなく手に持ったナイフをギラリと光らせて観る者に警戒心と敵意を感じさせています。  

  狎ご屬楼く言うが私には頼りがいのある優しい人なのよ瓩辰董△茲あるヤクザな男に騙されやすい愚かしく一途な女を演じるアリダ・ヴァリが、ヴィスコンティ「夏の嵐」での伯爵夫人も似たような役どころだったせいか、もしかしたらこの女優の人格なのかもしれないって思わせてしまいまして、それだけの名演ってことなんでしょうが、あの美人ながらも冷たく意志の強そうな顔がそういった役向きで、もしもエンディングでホリーと寄り添って歩いていたら作品が台無しになってしまいそうです。  

  ハリー・ライムの断末魔、マンホール蓋の格子穴から指が出るところは「ブレードランナー」で使われてましたね。
投稿者:bond投稿日:2014-05-23 08:33:50
サスペンスの古典的名作だが、古さは否めない。悪者ぶってるオーソンウェルズの地下での狼狽ぶりが哀れ。後の「サスペリア」のアリダ・ヴァリも本作では綺麗。ラストの並木道のロングシーンは痺れる。
投稿者:sachi823投稿日:2013-11-23 01:12:52
最初見たのはテレビの洋画劇場で小学生の頃でした。
スポンサーの自動車会社が自動車事故で死ぬという
設定に難癖をつけたという話を後に知りました。
内容はサッパリ分かりませんでしたが、
ハリーの白い手がウィーンの道路に浮かぶ不気味さは
強く印象に残っています。後に劇場で見ましたが、
撮影や照明、ストーリーの展開など、まさに映画の教科書の
ような立派な作品でありました。グリーンの原作も読みましたが、
ある意味映画的で、それが映画化が成功した要因ではないかと
思いました。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2013-05-21 19:51:59
何度この映画を見たことか、そう思うとやはり言いたいことが出来てくる。サスペンスの盛り上げ方はさすがに巧いなとは思うが、やたらに傾いた構図のカメラワ−クが鼻に付くし、ハリ−の出現までの筋の運びがモタモタしていて、ホリ−という人の良いアメリカ人をこの廃墟のウイ−ンに持ってきた原作・脚本のグリ−ンの悪意のようなものさえ臭ってきて、廃墟に巣くう男爵やら怪しげな医者やらの描写が、こいつは「ドイツ零年」からのイタダキじゃないかなんてことまで考えてしまうのだった。そもそもホリ−とハリ−の友情なんてものがあり得たわけがないじゃないかと思わせるほどに、ハリ−とホリ−の描き方も類型的であるし、アンナとホリ−の交情もスッキリしない。結局カラスのチタ−の音色がなかったらこれほどに傑作として持て囃されることはなかったのじゃないか、なんてひねくれた見方を今回はしてしまったのだった。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:gapper投稿日:2011-08-31 21:48:24
 ツィターの音色が心に響くキャロル・リード監督の名作。

 フィルム・ノワールに分類されるサスペンスの名作。
 一般的なフィルム・ノワールでは、犯罪の部分に重点が置かれ友情などが付随する形だがこの作品では反対だ。
 弦楽器にしては、音域が広く鍵盤楽器のピアノの様な演奏が可能なツィターの音楽も悲壮的ではなく明るい。
 ホリー(ジョセフ・コットン)、アンナ(アリダ・ヴァリ)、ハリー(オーソン・ウェルズ)の恋愛映画のような三角関係など典型的なようで典型的でない。
 従来の枠を超えた枠がある所が、この作品を名作としているのだろう。

 ”下水の臭いのでは?”と言う意見があるが、もちろん臭かったろう。
 「巴里のアメリカ人 (1951)」でジーン・ケリーとレスリー・キャロンがセーヌ川沿いで踊るシーンはハリウッドのセットで撮られた。
 このセットの川は、実際は淀んだ水溜りでかなり臭かったそうだ。
 それでもそれを感じさせず踊っていたわけでおなじことだろう。
 まあ、今なら”臭い”と言う演技を入れるのだろうが。

 「逢びき (1945)」や「邪魔者は殺せ (1947)」、「終身犯 (1961)」のロバート・クラスカーの撮影も見所の一つ。
 斜めホライゾンや影を使った印象的なシーンなどキャロル・リードの指示もあったろうが、彼だからこその撮影だと思う。
 ただ、ラストシーンで木には葉が残っていないのにはらはらと舞う枯葉が気になった。
http://gapper.web.fc2.com/
投稿者:えとわーる投稿日:2011-06-11 20:21:11
物語、役者、音楽、撮影、どれも秀逸。ハリー(オーソン・ウェルズ)が最初に登場する場面や、ホリー(ジョセフ・コットン)とアンナ(ヴァリ)のラストシーンでは見ながら心の中で拍手していました。「やっぱり映画っていいなぁ」とあらためて思わせてくれる映画ですね。
投稿者:陸将投稿日:2011-06-10 00:34:17
【ネタバレ注意】

とにかく画の見せかたが秀逸である。
戦後ドイツの閉塞感、人気のない夜のウィーンの街並み、そして迷路のように入り組んだ地下水路。
モノクロ映像で浮かび上がる光と影のコントラストには思わずうっとりしてしまう。

さらに登場人物を斜めに撮る構図、さらには螺旋状の階段や観覧車をタテに見せる巧さ。
どのショットも絵画的な美しさと、敗戦国の荒廃した雰囲気が充満している。

その中で繰り広げられるのは、登場人物たちの食い違う証言、曖昧な虚実から生み出されるミステリーであり、サスペンスである。

“第三の男”と呼ばれる人物は、物語が展開していってもなかなか登場しない。
この謎の男が物語の推進力であり、他の余計な要素は削ぎ落とされている印象がある。

主人公は友人のために真相を探れば探るほど、逆に友人を追い詰めていく。
その行き着いた果てで、正義か友情か選択しなければならないが、物語に関しては特別驚くようなことは起こらない。

だが、決して感傷的にならず一切の無駄を省いた演出と、乾いた街並みを力強い構図でフレームに収め続けるカメラワークによって、非常に魅力的な作品が完成している。

投稿者:has42120投稿日:2011-05-19 11:16:59
アリダ・ヴァリ
投稿者:ジェームス投稿日:2011-01-16 03:33:56
久しぶりに観たが、やっぱり面白いミステリーサスペンス映画の傑作。ジョセフ・コットンやアリダ・ヴァリも好演だが、なんといってもオーソン・ウェルズが悪役ぶりが素晴らしい。クライマックスの下水道の追跡場面は何度観ても見応えがある。子供や猫を使ったサスペンスもお見事。ラストシーンの余韻も心に残る名場面。アントン・カラスのツィターによる演奏もユニーク。キャロル・リード監督はあまり名作が少ないのはなんでだろう。
投稿者:リEガン投稿日:2010-08-11 13:40:26
ツィターの弦、荒廃した戦後ウィーン、「緯度0大作戦」と「サスペリア」と007のM、愛しい男の名残り、暗闇に浮かぶ白い顔、プラーターの大観覧車、友愛と鳩時計の関係、地下水道の追跡劇、延々と続く並木道…幾度観ても眼前の銀幕世界に深く浸れるこの心地良さは、『名作』と称される映画なればこそだろう。キャロル・リード監督は本作同様、「空中ぶらんこ」や「フォロー・ミー」でも男二人と女一人の微妙な三角関係を描いているが、いずれも最後に女性の強い愛情があるべき結論を導いて面白い。とにかく好きな映画だ♪
投稿者:Kircheis投稿日:2010-07-28 15:08:22
なんと言ってもストーリーが面白い。
話のテンポも良く、2時間みっちり楽しめる映画だ。
ラストシーンも多くの人と同じく俺も素晴らしいと感じた♪

個人的にこの映画の一番の見所はヒロインのアンナの可愛さとせつない表情だった。

ただお間抜けでお人好しな主人公にイライラされっぱなしだったのと、チターのテーマ曲が(もちろん良い曲なんだが)緊迫した場面にそぐわない点が残念だった。
投稿者:こじか投稿日:2010-04-10 10:58:56
10数年ぶりに再見した―。

親友の死に対して疑念を抱くまでに、
気付く要素がそんなに揃っていたかなぁ。
正直なところこれをとても感じた。
わたくしの見落としだろうか…(だったら申し訳ない)。

それ以降のサスペンスは"うまい"の一言。
1949年作品としては目を見張るものがある。
投稿者:verkhovensky投稿日:2009-11-30 23:55:14
「西部劇のヒーローよろしく正義感をふりかざし、他人事に首を突つ込み、ひつかきまはし、すべてを台無し・滅茶苦茶にしてしまふアメリカ」に対し、皮肉と嫌味をいつてゐるのが、この「第三の男」であります。私はかういふ見解に賛同するものではありませんが、有名なラストシーンに至るまで、主題を理知的に、首尾一貫して表現してゐる脚本は巧いものだと思ひます。

これは、誰もが褒め称へるが、正確に理解してゐる人は皆無に近い、「名画」の典型であります。
投稿者:TNO投稿日:2009-10-30 22:41:16
【ネタバレ注意】

キャロル・リード監督をはじめとして、役者、音楽、撮影に関わった人々の才能に酔わされる。映画を見た後の、このような感覚は、久しぶりだ。まがいなき名作。夜の場面を多用し、光と影をうまく使った映像には、目を見張る。夜の街に霧が降りて薄明かりの中に現れる人影、廃墟だらけの夜の街に明るく楽しげな雰囲気を醸し出すバーの風景、何故か夜に掘り起こされる墓。全編ウィーンロケで第二次大戦の傷跡生々しく崩壊した建物が至るところに残っていたり、階段も崩れかけていたりする場所をうまく使い、建物も道路も石の質感が光の使い方により生々しく強調されている。昼の場面で記憶に残るのは、観覧車の場面と、2度ある墓地の場面ぐらい。観客の不安感を煽るような演出も随所に。ホリー(ジョセフ・コットン)とキャロウェイ(トレバー・ハワード)、ホリーと男爵(エルンスト・ドイッチュ)、アンナ(ヴァリ)とキャロウェイの会話場面などでは、フレームを斜に構えている。地下水路の追いかけっこ場面でも、斜構図を多用している。また、ホリーがキャロウェイをキャラハン、ヴィンクル(エリッヒ・ポント)をウィンクルと言い間違えたり、ヴァリがホリーをハリーと言い間違えたりするのも、微妙に緊張感の高ぶりを演出する。観覧車でドアを開け下の人々を覗きこむ場面も同様の効果あり。ホリーは小説家で、自分の小説の主人公を自ら演じている気になっている。当初は、キャロウェイを悪玉にたとえているが、ハリーの変貌を知り、キャロウェイと組んでハリーを追い詰める構図に変わると、新たな小説を構想することになる。ハリーの登場は、物語も後半となってからだが、ここでも猫を使った場面が秀逸。有名な最後の墓地の場面は、ハリーを巡って決裂したホリーとアンナの別れのシーンだが、2分間ほど、一言のセリフもなく、ENDとなるが退屈さを感じさせない。この映画の欠点を敢えて言えば、下水道での鬼ごっこが少しくどいと感じられることと、最後の場面で明らかに上空から撒いている枯葉が、不自然極まりないことぐらいだ。タイトルロールでアントン・カラスのチターの有名な楽曲が流れる。最初は、ビッグペンの鐘の音の次に徐々にチターの音量が上がる。チターの弦が映し出されたまま、その上にタイトルが。エンドロールは逆に徐々に音量が下げられ無音となる。オーソン・ウェルズの登場は、かなり後だが、やはり存在感は圧倒的だ。アリダ・ヴァリもトレバー・ハワードも素晴らしい役者だということが分かる。

投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 00:28:25
ジョセフ・コットン
投稿者:クリモフ投稿日:2009-03-27 02:19:17
古典的名作でもう何と言おうと評価も固まっていますが、割と普通でした。「無駄のない映画」と言われるように、ほんとに無駄がない。ストーリーも説明しすぎず、省略しすぎずテンポも素晴らしいんだけど、肝心の話自体に興味がわかなかったです。登場人物も主人公のホリーが優柔不断に感じられあまり惹かれず、アンナは美人に見えず、ハリーが話の割りになんか小粒感があった(ただオーソン・ウェルズは素晴らしい)ので終盤まで乗れませんでした。
映像に関しても凝っていることはわかるけど、強引にカメラを傾けているように見えてしまい逆に気になってしまいました。終盤の下水道のシーンでようやく映像の素晴らしさを堪能。面白かったけど、ちょっと遅かったかな。
後半は割と楽しめたけど、全体的には退屈な印象でした。うーん、あ、巻頭に収録されていた淀川御大の解説を見ていなかったらもっと面白かったのかも。
投稿者:ロビーJ投稿日:2008-01-12 03:06:41
大好きなジョセフ・コットン見たさに500円DVDを買って鑑賞しました。やはり面白かったです。私は本作がこれほどまでに有名な作品であった事を今まで知らなかったので、ちょっと驚きつつも嬉しかったです。それにCMなどでもたまに流れていた曲の元がこの映画だった事も今更ですが知って、またもや感激してしまいました。。
DVDパッケージにはオーソン・ウェルズの顔がデカデカと出ていたので、ジョセフはそれほど出ないのかなぁ〜と思って見ていたら、もう全篇と言っていいくらい彼が出てきてくれてもう感激でした!しかもストーリー自体もサスペンスなだけあって目が離せないし、後半の展開も見事でした。後、アリダ・ヴァリもなかなか素敵でしたね。
印象的なラストシーンも素晴らしいし、何よりジョセフが本当に輝いている作品でした。彼の表情の一つ一つが素敵過ぎだったし、あの帽子も凄く似合っていて、またもや惚れ惚れしてしまいました。という訳でお目当てだったジョセフの素敵な姿が予想以上に見れて本当に嬉しかったです!
投稿者:マジャール投稿日:2007-01-15 23:54:46
『第三の男』・・・・今更いうまでもない映画史上の大傑作。

『第四の男』・・・・実は、アガサ・クリスティ原作の短編スリラーで、こういうタイトルのがあります。けっこう不気味で怖いお話。誰か、映画・ドラマ化してくれないか。
投稿者:映子投稿日:2007-01-10 23:27:59
さすがに名画の中の名画だけあって味のある素晴らしいコメントが並んでますね。
いちいち皆さまの感想に納得してしまうのですが、さちさんの「そんないい映画か?」という感想にも私は賛成です。はっきり言ってストーリーはそんなに面白いものではないような。ハリー・ライムが極悪人というのも実感が沸かないし、アンナがハリーに惚れ抜いている心情もなぜなのかはあまり伝わってこない。
ジョセフ・コットン演じるホリーは損な役回りですが、実はすごい名演技、ふられ男のカッコ悪いカッコよさを実に見事に演じてると思います。
のこのこと女を駅に見送りにきて、わざとらしく見つけられるシーンでの脱ぎ捨てられたコートの哀愁・・・
画面的には無駄がないのですが、あまりにもドライすぎて、私的には感動が感じられなかった作品です。
 
原作の通りのラストシーンにしていたらここまで名画にはならなかったのは間違いありませんが、黙ってホリーの腕を取るアンナの姿も見てみたかった気がしますね。
投稿者:オミちゃん投稿日:2006-06-13 23:34:48
「リービング・ラスベガス」という映画があります。取りたてて、どうということのない映画ですが、印象に残るシーンありました。主人公たちがテレビで、この「第三の男」を見ているのです。「第三の男」のなかで私が最も好きなシーンが、テレビの小さな画面に映っていたのです。

 「第三の男」は、全編これ名場面の連続です。タイトルのツィター演奏からはじまって、ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)が登場する夜更けの街のシーン、大観覧車でのハリーの有名なセリフ、ウィーンの地下水道の追っかけ、落ち葉散る長い舗道をアンナ(ヴァリ)が遠くから歩いてきて、道端で待っているホリー・マーティンス(ジョセフ・コットン)には目も呉れず通りすぎて行くラスト・シーンは、いまでもラストシーンの最高峰、ナンバーワンです。

 でも、私がいちばん好きなシーンはもっと別のところです。映画のほぼ真ん中、いわば前半の最後、ほろ酔いのホリーが花束を持ってアンナの部屋を訪れ、明日はアメリカに帰るからと別れを告げに立ち寄るのですが、ホリーの軽口にアンナが微笑むのを見て、「君が笑うのを初めて見た。もう一度笑ってくれないか」 そう言われて、アンナの顔からは笑いが消え、しばらくしてからアンナが小さな声で答えます。

There isn't enough for two laughs. 「二度笑うほど可笑しくはないわ」 

 「できるだけ可笑しい顔をして、逆立ちをして、足の間から覗いて、ありったけの冗談を飛ばしても、君は笑って呉れないかい?」そう訊ねられても、もうアンナはなにも答えません。ただ、一筋の涙が頬を伝って流れ落ちるだけ。

 この直後、ハリー・ライムの顔にスポットライがあたる有名なシーンになり、事件が意外な展開をする後半になるわけですが、このホリーとアンナのシーンこそ、名場面のなかの名場面、初めてこの映画を見た中学生の時から、現在にいたるまで変わらぬ、私にとっての最高のシーンです。

ジョセフ・コットン、ヴァリ(アリダ・ヴァリといわないで下さい。ただ、ヴァリとだけ言ってください)、オーソン・ウェルズの3人の陰にいますが、キャラウエィ少佐(トレヴァー・ハワード)も忘れてはいけません。中学生の時から、軍人で一番かっこいいのはイギリス軍将校と、いまでも思っています。
投稿者:BLADE投稿日:2006-06-04 17:26:13
どこかで聞いたことのある音楽が流れるが、民衆から逃げるシーンにまで
その音楽を使うのは、間違っていると思うし、後半に第三の男が主人公の
前に出てくるなんて、ご都合主義に感じる。いかんせん、友人が主人公や
恋人に愛されるような要素も感じられないのもいたい。でも、序盤の
話の進め方は良かった。まさに無駄のない映画だった。
投稿者:tt投稿日:2005-11-14 18:16:53
二度三度観ると、淀川氏の「無駄なシーンがない」という
言葉が良くわかる。
105分という時間も丁度いい。
サスペンスとしてはヒッチコックの様な緊迫感はないが、観覧車での
ハリーとマーチンがやりとりする名シーンは緊迫感がある。
美しい情景と、複雑な心情が交差するラストシーンは最高で、
これを超えるラストシーンは未だにないくらい。
自分にとって半世紀以上前の作品に興味を持つ切っ掛けとなった作品。
投稿者:nomopage投稿日:2005-08-27 09:48:03
ウイーンへ行く事になったので、レンタルビデオをみた。久しぶりで感動した。
評価を書こうとしたら、下記に「ヴィエナの奇蹟」と題する投稿があった。全く同感。彼の言に尽きる。
カメラワークが完璧。カメラとは、世の中をどの様に切り取り、どの側面を見せるか、という、監督・カメラの世界観を表現したもの。本作では見事な監督・カメラの世界が表現されている。当時のウイーンの街と人々と社会行動がこういうものだったのだ、と観客に見事に切りとって示した。
登場人物に心があること。主人公(むしろ脇役の女優)の思い、辛さ、それでも生きていかなくては行けないという努力。それらがスクリーンから伝わってくる。心をもった人間がスクリーンから話し掛けてくるのだ。こういう映画はそうそうない。
結論。人生を見るのも、映画芸術(技術)を学ぶにも、この映画を見なくては行けない。
投稿者:黒美君彦投稿日:2005-05-12 19:29:01
【ネタバレ注意】

幼少?の頃に観た覚えがあるものの、改めて観るともう殆どこれは「奇蹟」のような大傑作だと痛感した。何を今さら、だが物覚えの悪い自分のためにポイントを記しておきたい。
◆一見簡潔なストーリー、そしてテンポのよさ
 一流のサスペンス映画には必要なこの二つの要素を満たしている。余計なものを冷淡なまでにそぎ落とし、しかも説明的に過ぎない。
 原作・脚本のグレアム・グリーンと監督キャロル・リードとがいい方向に化学反応を起こした、という感じ。
◆完璧な映像美
 ロバート・クラスカーのカメラの素晴らしさは繰り返すまでもない。
 あの斜めの不穏なショットはキャロル・リードのアイディアだとか。大きな影で表現したハリーが走る映像は、当時既に大スターだったオーソン・ウェルズがなかなかロケ現場に姿を現さなかったために、苦肉の策として編み出されたのだとか。
 また、夜濡れたように妖しく光る石畳は、実際にいちいち消防車で水を撒いて撮影に臨んだのだそうだが、そうした苦労のかいがあって、全ての画が見事に完成している。とにかくお見事!のひと言・・・しかない。
◆チターによる名曲
 キャロル・リードは撮影中、ウィーンでアントン・カラスの演奏に出会い(彼は「これは何という楽器だ?」とスタッフに尋ねたらしい)、採用を決めたという。実にこの作品の49ヶ所で使われたあまりにも有名な曲の数々。サスペンスにはそぐわないかのような軽やかなチターの音色が、下手をすると重苦しくなりそうな雰囲気を救っている・・・といいながら枯葉の舞う、あまりに有名なラストでは、哀愁漂う曲が見事な効果を生み出している。
◆的確な時代の反映
 サスペンスとしても一流だが、時代を映した作品として超一流。
 「伝統あるウィーンにはそれなりの対応を!」と発言していたヒトラーが、この古都を破壊し尽くそうとしたその残骸がドラマの背景にある。第二次世界大戦が終わった後、芸術の都を覆ったブラックマーケット。ドイツに併合され、戦後は米英仏ソに分断されたオーストリア。オーソン・ウェルズ演じるハリー・ライムは闇市場で水増ししたペニシリンを売りさばき、犠牲者を作り出していく。倫理観の退廃の背後には、数百万の命を蹂躙した戦争の傷が見え隠れする。
 アリダ・ヴァリがソ連が支配するチェコ出身というのも、その意味するところを考えるとなかなか深いものがある。彼女がソ連の役人を嫌い、警察を信じようとしないのも理解できる。
◆高水準の演技!
 ジョセフ・コットン、アリダ・ヴァリ、トレヴァー・ハワード・・・いやー見事。英語が苦手な管理人のパウル・ヘルビガーや、やたら警察にドイツ語でまくし立てるヘドウィッヒ・ブライプトロイもとてもいい。言葉が通じない外国での戸惑いを共有しているような錯覚に陥る。
 ハリーの部屋で、自分の部屋のように当たり前のようにブラシを取り出し髪にあてるアリダ・ヴァリの例を挙げるまでもなく、それぞれの一挙一動に意味が込められ、その役柄の映像化されない部分の生活が滲み出ているている。
◆その中でもやはりオーソン・ウェルズ!
 ジョセフ・コットンに見つかった時のはにかんだ表情。まるでかくれんぼで見つかった時のこどものような。そして、ラストシーンでも彼は追い詰められ、似た表情を見せる。どこか甘えたような・・・。
 観覧車でのシーンでのスイスに関する台詞は彼自身が考えた台詞とか。やはり天才は違うのであった。

やたら長々記したが、やはりこれはヴィエナの奇蹟ともいえる大傑作の名に相応しいと思う。すごいな・・・。

投稿者:jyunn投稿日:2005-04-23 20:01:00
【ネタバレ注意】

非常に有名な音楽とラストシーン。
それでも、オーソン・ウェルズにはあまり共感できなかった。

投稿者:william投稿日:2005-04-20 22:04:17
モノクロ映画の映像美を最大限生かした作品。ストーリー自体がさして素晴らしいと言うほどでは無いのだが、この光と影の陰影の使い方と、カメラを傾けて人物を斜めに撮影した技法などは独特で、見る者に強烈な印象を残す。
ラストシーン、並木道のマーチン(ジョセフ・コットン)を過ぎ去るアンナ(アリダ・ヴァリ)の姿が忘れられない。アメリカ映画史の最高傑作と呼んでも過言では無いことがよく分かる。
投稿者:ルミちゃん投稿日:2005-01-03 15:30:02
【ネタバレ注意】

好きになった男を、頑なに匿い通そうとするアンナ.少佐は、彼女を強情な女だと言ったけれど、その強情さは、好きな相手に対する優しさに他ならない.間違っているにしても、優しい心の現れと言える.

マーチンスは、たとえ殺人を犯したにしても、20年来の友は裏切れないと言った.彼は、いつも友人と称するハリーに利用されてきただけの間抜けな男なのだけど、それでも、裏切ることはできないと言った.間抜けの性格は、優しい心の表れでもあるのね.
彼がハリーを警察に売ったのはアンナを助けるため、元を正せば女を助けるように説得に行った観覧車での話で、ハリーに女を助ける気持ちが全く無かったためと言える.つまり、ハリーが女を助ける気持ちが無い、冷たい男だったから警察に協力することにした.
冷たい心の友人に対する友情が大切か、好きになった男を頑なに守ろうとする女の優しい心が大切なのか、こう考えて、優しい心を大切にしようとした結果なのだけど.
駅まで未練がましく見送りに行き、アンナに犬と罵られる間抜けな彼ではあるのだけれど、その間抜けな姿の仲に、彼の優しさが描き込まれている.
駅への途中に立ち寄った病院で、ハリーの犠牲になった子供の姿を見せられるマーチンス.死んだ子供が大事にしていたであろう、ぬいぐるみを、ごみ箱に捨て去る冷たい描写は、弱い者に対して優しく接することが最も大切なことなのを、彼に理解させたと言ってよいのでしょうか.

友人を友人として撃ち殺したマーチンス、殺人犯を頑なに守り通そうとするアンナ、二人共に、優しい心を持った人間なのだけれど.
枯葉の舞い落ちる通り、目もくれず無言のまま通りすぎるアンナ、その姿を無言のまま見送るマーチンス.間抜けと強情な二人の姿は、殺人という行為は、どんなに優しく考えても、誰の心にも悲しみしか残さないことを物語る.
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ボルジア家の下で陰謀やテロが横行した.だが多くの芸術家が誕生した.
スイスは愛の国だが、500年の民主主義と平和は何を生んだ?、鳩時計が精一杯だ.

泥棒がいるから、お巡りさんが必要、犯人を捕まえ裁くために、裁判官も生まれてくる.泥棒に盗まれないように鍵も必要になる.平和の国では何も生まれて来ないけど、悪人がいるから様々なものが生まれてくる.まさにその通り、ハリーは正しいことを言っている、のだけど.
泥棒がお巡りさんに捕まるとき、『俺たちが悪事を働くから、警察官の生活が成り立っている.俺達がいなければ警察官は失業だ.だから俺達に感謝しろ』、これも正しい?
裁判官に向かっても、同様なことを言ったとしたら?
ようするに、この様なことを言う奴は人間のくず.悪人とは、この様に訳の分からないことを言って、自分が正しいと言い張るもの.
悪人がいるから芸術家が生まれたとは、警察官の場合と同様に、悪人がいるから小説家はそれを書いて生活している、こう言っていると言ってよい.作家が自らの作品の中で、登場人物にこの様なことを言わせるのは、つまりは、この人間はどうしようもない人間なのだ、こう言うための表現に他ならない.芸術とは人の心を描いたもの、ハリーは犯した犯罪のみならず、人間の内面も悪である、こう言う考え方をする人間が悪人であると、彼自身の言葉によって現されていると言ってよい.

悪の世の中に芸術家が生まれる.芸術家自らがそう言っているので、間違いのないこと.悪に対して、正しいものの考え方を現すのが芸術であり、犯罪が横行すれば、犯罪を防ぐために、犯罪とはどのようなことかを示し、人として失ってはならない心を描くのが芸術である.
この作品では、ハリーの言葉によって人間の内面の悪、冷たい心を示し、マーチンスの間抜け、アンナの強情に織り込んで、優しい心を描きあげ、人としての優しさが失われると犯罪が行われるのだと、訴えているのね.冷たい心が犯罪を起こし、優しい心が犯罪を防ぐものであるのは、いつの時代も変わらないこと.

芸術とは、素直な人の心を描き、素直な人の心で感じて考えるもの.こう考えれば、ハリーを撃ち殺したマーチンスは殺人である、言い換えれば、冷たいのではないか、こう思えるかもしれません.
けれども、どうなのでしょうか.お巡りさんに、俺に感謝しろ、と言う泥棒がいるだろうか.裁判官に、俺に感謝しろと言って食ってかかる悪人がいるだろうか.どんな悪人でも、自分はそこまではひどくない、こう言うであろう、ハリーの姿を、そこまで考え抜いた悪に描いている.ここに作者の優しさがある、言い換えれば、現実の世界では、マーチンスに撃ち殺されるような、そこまでひどい悪人はいないのだ、と言うことができる.
現実の世界には、マーチンスのような間抜けも、アンナのような強情も、ハリーほどの冷たい心の人間も居ない.この様に極端な形で人間を描くのは芸術の表現、そこから大切なものを考え学びとるのが芸術.

書き加えておけば、作者が作品の中で、登場人物に作品自体をけなすことを言わせる、この表現が、概念的に捉えれば、現実的にはあい得ないことを現していると言える.
現実的に存在しない悪人を、現実的に存在しない善人が撃ち殺した.これは芸術的表現として正しい.
現実に存在する悪人を、現実に存在しない善人が撃ち殺した.これは芸術ではありません.
こうした関係を正しく考え、作品を構成するのが、芸術家の物の考え方.

この作品は、悪人を捕まえ、悪人を裁くものではない.犯罪を防ぐために、人としての大切な心を示し、それを考えさせるのが目的.この意味で、作品全体が考え抜いた上で構成され、単なる娯楽作品に思える物語りに、大切な人の心が、きちんと織り込まれて描かれているのね.

投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2004-11-20 12:09:15
【ネタバレ注意】

まさに光と影のアート。
第二次大戦に敗北し米、英、仏、ソにより分割占領下にあるウィーン。旧オーストリア帝国の遺産である建造物、回り階段、大観覧車、地下水道、戦争で崩れた建物、瓦礫の山、カメラワーク、オーソン・ウェルズの登場、全てが感動的。音楽も素晴らしい。
チェコからの亡命者が登場するが、チェコが大戦中はナチスに占領され、戦後ソ連支配されていた事を考えると、より胸に響くものがある。ストーリーも秀逸。(1949作品でないとしても)
ハリーはとんでもなく許せない悪事を行うのだが、実に魅力的だ。
平和な世の中では人と協調して生きる事が一番己を不幸にしない生き方なのかも。が、人は自分のために生きているのだ。少なくとも自分の気持ちのために。いや、そうあるべき。そして感情の為に大きな犠牲を払うことも…価値観を共有できない人間とは、すれ違い、二度と同じ道を歩めなくなる。
ねずみ小僧が金持ちの貧乏人を泣かせて作った金を奪ったなら、正義は奪われた側にもある。被害者の親の気持ち…人を殺すのが正義って事もあるが、この物語の彼に観るものは正義を感じないだろう。が、これが戦争ってものかも知れない。病院のシーンで友人の作家と多くの観客はある感情を共有する〜が、魅力的なのだ。“真の目的”を隠して自分を飾り立てるマーチンス。街頭で募金を募る人達よ。募金はメディアやコンビニに任せて、バイトした金を募金箱へ入れてくれ。入れたくなかったら入れなくても良い(バイトもしなくて良い)。君等にお金をあげない人=慈善家じゃない人、とは限らない。一般市民が慈善家である必要もないが。平和な世の中でも青信号の方が危険な時もある。ルールとはそういうものかも知れない。…蛇足を少々。この物語は替え玉殺人の推理ドラマではないと思う。

って書いてたら悪人だってわかるわよ、ときた…
※芸術はたてまえからは生まれない。悪(定義は時代と環境によって異なる)は本来人間が持つものであり、理性(定義は時代と環境によって異なる)が秩序を保っている。捕まりたくないからスピード違反しない、というのは本来おかしいのだが、捕まりたくないという個人の希望が秩序を保つ場合もある(馬鹿にした言い方でごめん)。アートは偽善ではない。己の深層をえぐり出す行為こそ、まさに創造といえるかも知れない。また、創造と現実の生き方も異なる〜故にアートは素晴らしい。
※どうして人を撃ち殺したマーチンスが裁かれないか?それは大義名分故。自分の命、または自分の子供の命と社会の秩序を天秤に掛けて“それは社会の秩序でしょう”と即座に答えられる“強情な”人は幸せ者だ。アンナは自分の命より、社会の秩序より“ハリー”を大事にしたのだ。
※まぁ、僕はこの作品に“犯罪抑止”は感じないが、偶然、殺人者が改心するならそれも良いのでは?“悪”は極端だったかも知れないが“欲”(人が罪から逃れようとするのも含めて)は人間が本来持つものである。口先で“善”を語るものに騙されないようにしたい、お互いに。“言葉”には“理由”が存在するがそれが“全て”を語る訳ではない。Don't think. Feel. ハリーは病院でどういう反応をするだろうか?それは、鑑賞者が想像することだ。
蛇足だが“芸術”は“悪”から生まれるのではない。己の深層をえぐり出す行為こそ、まさに創造といえるかも知れない、と書いてます。それは醜いものを醜いと感じる心でもあり、逆もまた真である。恐れも、欲も…etc.

※本来ここまで書くのは好きじゃないが“チェコは大戦中はナチスに占領され、戦後ソ連支配されていた”。何故“命をかけた”なのか?マーチンスはハリーともアンナとも別世界の人間である。実はそれがこのコメントの“題”である。

投稿者:さち投稿日:2004-07-29 09:11:28
そんなにいい映画か?期待しすぎて期待はずれ。確かに画面とかは新鮮で垢抜けた感じ。第三の男が出てきてから、緊張感は上がったけど・・・画は面白いのは認める。
投稿者:NYY投稿日:2004-01-17 00:21:03
 昔の映画ですが良くできていて、かなり面白かった。
 音楽は雰囲気に合ってないような気もしましたが、多分、気のせいだと思います。
 友人が悪人だと知って裏切ってしまう主人公と、彼を悪人と知りつつも愛し続けた女。現実の世界の女っていうのはもっと打算的な生き物だと思うんですけどね・・・ 映画の女は理想的で良いですよね〜。
 この二人が最初から、最後までかみ合ってない所が特に面白かったです。
 有名な並木道のラストシーンでも、無視されちゃって・・・ あ〜あ切ない。
投稿者:Ikeda投稿日:2003-08-23 09:03:15
タイトル・バックのツィターの弦。流れるアントン・カラスの演奏。この主題曲は映画以上に有名ではないかと思います。映画も最初からキビキビしたテンポで、気持ちが良いです。演出には多少不自然な所がありますが、カメラが綺麗で、クレールやディヴィヴィエあたりの良い所を取り入れているように思いました。特にアパートの管理人の部屋では床を傾け、不安を示唆しているの見て、「舞踏会の手帖」の一節を思いだしました。オーソン・ウエルズが、それ程、見せ場がないのに人気があるのは、名優という事もありますが、矢張り適役だったと思います。

有名なラストシーンですが、ここではジョセフ・コットンがタバコに火を付けて、マッチの燃えさしを捨てる所が良いので、現在のようにタバコがうるさかったら、どうしたかなと思っています。タバコが吸えても、ライターだったら捨てる訳にもいかないので、ポケットに戻すのでは格好がつかないと思います。

他の方の感想で、あの下水道で悪臭が漂って来ないのが不思議というのがありますが、言われて見れば確かに、その通りですね。私はこの映画を見た時、ウイーンにこんな立派な下水道があるのかと驚いた事を思いだします。日本も見習って欲しい所ですが、このような設備があれば、地下鉄を通すか、商店街にしてしまうでしょうね。

投稿者:ジョジョ投稿日:2003-04-29 23:09:10
皆さんおっしゃるように、実に光と影の扱いがうまい。
そう思ったのは中盤に門番が殺されて子供がジョセフ・コットンを指差すシーン。一人、また一人と彼の方を見る周りの野次馬たちにかかる影が、そのシーン全体に不気味さを与えていてよい。
そしてオーソン・ウェルズ登場のシーン。少々退屈気味になっていて、「退屈だな〜、そういやオーソン・ウェルズはいつ出てくんだよ。」などと思っている時に顔だけパアッと映される。タイミングも実にうまい。
下水道のシーンも勿論美しいのだが、あそこは反響する銃声の方が印象に残った。
ストーリー的には普通のサスペンス。音楽はなんか間違ってるような感じがしてウザいとまで思ってしまった。
投稿者:パタママ投稿日:2002-11-03 07:48:27
昔見たはずだ。なのにオーソンウェルズが登場するまで覚えてなかった。
その登場シーンにはヤラれました。あの表情・・憎いばかりです。昔の映画なのにウェルズは現代に生きてますね。
売れない作家の友人は、最後まで蚊帳の外でした。あれは正義と見ていいのでしょうか・・
投稿者:とく投稿日:2002-11-02 15:28:52
何度も、何度も、何度もみて、もうストーリーはどうでもよく、見るたびに映画カタルシスに酔い痴れています。光と影、ハイライト、暗闇、シンボリックな風船や猫。すべてがラストシーンに収束されてゆきます。映画の中では唯一の自然光、晩秋の透明な空気をプラタナスの枯葉がゆっくりとかき乱す中、アリダバリは一瞥だにせず、フレームの外へ通り過ぎます。カメラはそのまましばらく据え続けられたまま。すべてを悟ったコットンがゆっくりとタバコをくゆらす。その煙が、私にはいつも紫色に見えるのです。ここでいつも「参った」と思ってしまうのです。色を使わないで色を表現した唯一の映画と思っています。
投稿者:chokobostallion投稿日:2002-09-14 14:52:23
オーソン・ウェルズの登場シーンは大変有名ですが、実際に映画で見ると(わかっていても)たまらなく印象的だ。これは正にオーソン・ウェルズの映画ということだろう。もちろんジョセフ・コットンも見事な演技であったが、やはりあのラストで女性に素通りされて印象を落としている。まあしょうがないか・・・。http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Screen/7703/
投稿者:ヴィーナ投稿日:2001-11-09 22:39:35
丁度この映画が東京で上映されていた頃、学校で原作を英語の時間に講読していた。教師がグリアム・グリーンのファンだったのだ。原作では、中央墓地でのラストシーンでマーチンは女と腕を組んで去って行く。映画の方がずっと印象的だ。キャロル・リードに軍配を上げる。
投稿者:M.Moriya投稿日:2001-09-12 09:59:45
40年以前 吾が映画少年時代に観たもの
現時点に措いても断片的ではあるが この映画の題名を眼にする度に画面が脳裏に
去来。
特に ハリー.ライム の台詞は強烈な印象として残存。
"権謀渦巻く ボルジャ家 圧制支配下の イタリア は
 ルネッサンス文化を生んだが 永世中立 永世平和の社会体制下の スイス
 が生んだのは鳩時計だけ"
 清濁合わせ持つ現実の人間社会の皮肉な一面の真理を突いて 絶妙!!
以後 キャロル.リード作品に傾倒 没入。
同監督作品"落ちた偶像"衝撃的名画。余りに古いもの故 観た人 多分 極めて
少数!! 因みに検索の結果 コメント 零!!
投稿者:けんまる投稿日:2001-08-19 13:08:50
最後のシーンがなんとも言えない程よい。あのシーンだけでも一見の価値あり。
投稿者:Jeff投稿日:2001-03-26 15:22:21
映画史上に残る傑作だと思う。特筆されるのは映像の凄さ。白黒と言う状況で光と影のコントラストを強調した作りは今後誰にも真似できないであろう。オ―ソン
ウエルズが堪らなく良い。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 監督賞キャロル・リード 
 ■ 撮影賞(白黒)ロバート・クラスカー 
 □ 編集賞Oswald Hafenrichter 
■ グランプリキャロル・リード 
□ 作品賞(総合) 
 ■ 作品賞(国内) 
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