allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

下郎の首(1955)

メディア映画
上映時間97分
製作国日本
初公開年月1955/07/26
ジャンル時代劇/ドラマ
新東宝傑作コレクション 下郎の首 デジタルニューマスター版 [DVD]
参考価格:¥ 5,184
価格:¥ 4,799
USED価格:¥ 4,478
amazon.co.jpへ

【クレジット】
監督:伊藤大輔
製作:津田勝二
脚本:伊藤大輔
撮影:平野好美
美術:松山崇
編集:宮田味津三
音楽:深井史郎
助監督:山田達雄
出演:田崎潤下郎・納平
高田稔主人・結城新兵衛
片山明彦息子・新太郎
小沢栄須藤巌雪
瑳峨三智子妾・市
山本豊三息子・静馬
岡譲司門弟・溝呂木
高松政雄門弟・片品
三井弘次小屋者・壁勝
舟橋元千石
丹波哲郎石谷
鳥羽陽之助丹波
浦辺粂子雇婆・お角
市川正之助小屋者・馬六
五月藤江小屋者・お花
井波静子小屋者・お歳
小森敏一文字屋番頭・彦六
東京子一文字屋少女・お初
横山運平ゆうとや主人・嘉十
伊藤皇紀子ゆうとや少女・つぎ
倉橋宏明手代・六助
高堂国典旅人・梅里軒
広瀬康治旅人・重兵衛
水村民子お稲
武田正憲小屋番弥陀七
【ユーザー評価】
下記フォームからあなたのこの作品に対する採点を投票してください。
メールアドレス年齢性別
評価 (低い←→高い)
12345678910
【ユーザーコメント】
投稿者:Marie&Marilyn投稿日:2014-11-07 04:01:49
田崎潤の代表作だろう。ただただ、感動。
投稿者:ひろちゃん2001投稿日:2010-10-22 18:45:30
この映画は、伊藤自身のサイレント時代の代表作(現存していない)「下郎」の
再映画化である。
伊藤は、山中、マキノなどと共に、1920年代、30年代に代表作を
尽く消失してしまった不幸な監督であり、今ではその絶頂時代の作品は
見れない。

この映画は、再映画化である事も含めて、サイレント時代の手法での
ハンディカメラでのじっくりと動いて、その舞台を見せたり、ものなどを
丁寧に描いている。
また、斜をかけてソフトフォーカスなどの映像で語る良さも持ち合わせて
いるので、サイレント時代での伊藤の良さも見える作品である。

また、奴さん(そもそも何なんだろう?)の田崎の下郎を丁寧に
追っていくのが主人公をしっかりと感情移入させる。
その奴さんの日常と、仇との出会いまでの、描き方も実に映像の
積み重ねで良い。
刃傷沙汰と仇打ちも、殺陣よりも、追い込まれた田崎の悲壮感を
中心描いているので迫力がある。

奴さんの存在自体の楽しさ、奴さん=下郎の武士での員数外であると
いう封建社会への皮肉さも構造として描けているが、
この構図、話は、(伊藤自体が企画に参加している)同年の
「血槍富士」と似ている。

嵯峨美智子の妾と奴さんの関わり合いと、恋物語も、
雨宿りのちょっとした関わり合いからの展開の仕方も
繊細であり、情緒ある。
この関係は、小鳥の下りなどを含めて、森鴎外の「雁」を下敷きに
していると思われます。

残念なのは、女々しい主人(高田稔)の女々しさが、いらいらとさせる。
しかも、その点を長々と描いてしまっており、ラストの仇打ちでは
邪魔になっている。

後年の田崎と言えば、東宝の軽喜劇のお笑い脇役の存在である
田崎とは別人の、その迫力ある演技は、別人の如くの迫力である。
でも一番凄いのは、当年=19歳であった嵯峨の妾役の
凄さであろう、日陰もので怠惰な年増女のやさぐれた色気を
演じているのは、将に驚きである。
(今の19歳の役者では絶対に出せない色気である)
投稿者:Ikeda投稿日:2008-01-11 15:24:07
この映画は「はこまる」さんが紹介されているように「下郎」のリメイクですが、それについてのコメントを、昭和22年発行の筈見恒夫著「映画50年史」から抜粋します。

昭和初頭という時代を一つの額縁と見立てて見ると、その額にぴったりはまる絵は伊藤大輔とその作品にしかない。そのことは今日に於いて、すでに過去の作家であるといふ不幸も意味している。彼は最初の傾向映画とも云うべき「下郎」(河津五郎主演)を自ら書き、監督した。「下郎」は、下に向かって忠義を強ひる武士階級といふものが、如何に忘恩の徒であり、封建的主従制度が如何に愚かしいものであるかを抗議する。時代劇が「目的意識」を持つに至った最初の作品である。

このオリジナルのフィルムは現存していないなので、この「下郎の首」はセルフ・リメイクのためストーリーは、ほとんど同じだと思え、それだけに貴重です。時代を江戸末期に設定しているのは、武士道の衰退を表すためと考えられますが、似たような偽善行為は今の時代にも当てはまる内容です。
カメラは良いですし、主役の田崎潤や瑳峨三智子など、皆好演だと思いますが、気になったのは殺陣の場面です。最初の仇討ちは喜劇調ですし、最後の方はフェンシングのような立ち回りで、感心しませんでした。この時代の映画なら、この程度で良いのかも知れませんが、オリジナルの方はどうだったか、比べてみたくなります。
投稿者:はこまる投稿日:2007-04-22 21:10:27
昭和4年(1929年)7月、当時24歳だった後の映画監督中川信夫は、その興奮冷めやらぬ筆致で伊藤大輔の『一殺多生剣』(1929年 右太プロ フィルム残存せず)について、映画雑誌「キネマ旬報」にその喜びを投稿しています。
「沈黙を破った。長かったその沈黙の期間をどれほどいらいらと待ったことか。世辞ではない。私らは私らの伊藤大輔を鶴首して招来するその日を待った。沈黙を破った。伊藤大輔は『一殺多生剣』で発声した。(中略)
この長いフィルムに於いて、かくもキャメラが移動せざるは1929の奇跡である。しかも、映画の生命であるその生動性に欠くるなきは何ぞや、すばらしきコンティニティならずや、カッティングならずや、心憎いまで据えつけた伊藤大輔のキャメラアイよ。次に来る伊藤大輔を待とう。次に来るわれらの伊藤大輔を待とう。日本映画に独り万丈の気を吐く伊藤大輔である。」

映画が作る側、観る側の心なき者により使い捨ての消耗品となって久しい。世界有数の古い歴史を持つ映画雑誌さえもそれに見て見ぬ振りをしている不幸な時代。そういうなかにあり、少し値段は張るものの、良心的ともいえる姿勢で、良質な作品を提供してくれるメーカー、紀伊國屋書店からの新東宝シリーズ第4弾がこの『下郎の首』(55年)です。

今回のDVDは画質も良好、付属のブックレットにはそれぞれ映画史家・佐伯知紀氏の「1955年の伊藤大輔」、本作にも出演されている片山明彦さんへのインタビュー(木全公彦氏担当)、同、木全氏による、詳細なスタッフ・キャストプロフィール、フィルモグラフィー。そして映画史家・田中眞澄氏による日本映画論「伊藤大輔−パトスの伝説」が収録されており、いずれも読み応え、資料的価値は絶大です。多くの人に読まれるべき仕事と言ってよいでしょう。これだけでも買う価値があります。

さて、本作は、戦争を乗り越えた日本映画界がピークをむかえた時期に作られた堂々たる傑作映画です。伊藤の腰の据わった気迫を十二分に堪能できます。もちろん、昭和2年(1927年)に伊藤自身が日活で作った『下郎』(フィルム残存せず)のセルフリメイク。この後、伊藤は再度この物語を映画化します。
キャメラ、セット、演出、演技、どれをとっても奥深さと多様性に満ち溢れ、伊藤が生涯をかけて描き続けた「裏切り」が見事なドラマツルギーとなって、見るものの胸を打ちます。その後、重厚な役が多くなる田崎潤の代表作と言ってよいでしょう。足が痺れるギャグを軽蔑してはいけません。マキノの『次郎長三国志』の鬼吉がここにいるのです。

新東宝はこの直後、経営に行き詰まり大蔵貢体制に移行。新たな映画的鉱脈を探求し独自の路線をつっ走ります。そこで多くのファンを魅了し、後の日本映画に多大な影響を及ぼすことになるのです。その流れは21世紀には海を渡り、アメリカ大陸に上陸を果たします。

ちなみに、上記の中川信夫が新東宝と契約したのは発足後間もなかった47年(年3本契約)。以後、会社が倒産する61年まで草鞋を脱ぎ、結実した仕事を残します。

そして、昭和4年(1929年)10月、検閲によって切り刻まれた『斬人斬馬剣』(フィルム一部残存せり)を目にした中川は再び伊藤について以下のように記しています。
「『斬人斬馬剣』はたるんでいる。その言わんとするところ、まことにすさまじいと思う。伊藤大輔なればこそ、である。ただ、それがたるんでいるのだ。芸術的なもの、それに欠けては正義もその正しさを薄浅にする。検閲の鎌をくぐって来て、どのように悪化しているか知るべくもない。
伊藤大輔のゆるむなき定義が、ますます濃度を深めつつ伸びゆくを慶賀する。次の作品に架ける虹は相変わらず巨大である。」

そう、現在「神話」となっているそのフィルムが何処かで発見されない限り、映画を愛するものにとって、伊藤大輔は永遠に巨大な虹であり続ける。

奇跡よ起これ、映画は絶えず発見される。
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
 【DVD】下郎の首2007/03/24\4,800amazon.co.jpへ
【レンタル】
 【VIDEO】下郎の首レンタル有り
【広告】

【スポンサーリンク】



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION

allcinema SELECTION