allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

狂った果実(1956)

メディア映画
上映時間87分
製作国日本
初公開年月1956/07/12
ジャンルドラマ
日活100周年邦画クラシック GREAT20 狂った果実 HDリマスター版 [DVD]
参考価格:¥ 1,944
価格:¥ 1,350
USED価格:¥ 1,512
amazon.co.jpへ

【クレジット】
監督:中平康
製作:水の江滝子
原作:石原慎太郎
脚本:石原慎太郎
撮影:峰重義
美術:松山崇
編集:辻井正則
音楽:佐藤勝
武満徹
特殊撮影:日活特殊技術部
助監督:蔵原惟繕
出演:石原裕次郎滝島夏久
津川雅彦滝島春次
深見泰三父親
藤代鮎子母親
北原三枝恵梨
ハロルド・コンウェイ恵梨の夫
岡田真澄平沢フランク
東谷暎子道子
木浦昭芳相田
島崎喜美男手塚
加茂嘉久
紅沢葉子鎌倉の家の婆や
渡規子恵梨の仲間の女
ピエール・モンその夫
竹内洋子鎌倉の貸家の女
原恵子立話しの女A
潮けい子立話しの女B
近藤宏ボート・マスター
山田禅二漁師
峰三平漁師
石原慎太郎
(特別出演)
【解説】
 石原慎太郎の同名小説を、石原裕次郎主演で描いた青春映画。太陽族の滝島夏久はまだ純真な弟・春次の初恋の女性・恵梨を奪う。やがて心の中にあった兄弟への愛情の均衡も破れ、恵梨は夏久の強靭な肉体に強く惹かれていった。恵梨と夏久の全ての出来事を知った春次は、憑かれたようにモーターボートでヨットの二人を追った……。
<allcinema>
【関連作品】
太陽の季節(1956)正編
狂った果実(1956)姉妹編
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
431 7.75
下記フォームからあなたのこの作品に対する採点を投票してください。
メールアドレス年齢性別
評価 (低い←→高い)
12345678910
【ユーザーコメント】
投稿者:にゃんにゃん投稿日:2016-09-23 22:10:32
ヌーヴェルヴァーグへ影響を与えたと言われる作品。
そういう意味では映画史においても重要な作品と言えるだろう。

ストーリー自体は文章にするとドロドロしたメロドラマのようだが、
実際見てみると不良少年たちが欲望に突っ走る青春映画としてとても魅力的だと思う。
そしてやはり印象的なのはラストシーンだろうか。

本作に影響を受けた人は数知れずだろうし、今ではもっと衝撃的な映画もたくさん登場している。
そのため今見ると当時の衝撃はないが、面白いことは面白かった。
ちなみに、セリフが50%聞き取れなかった。
投稿者:sachi823投稿日:2016-08-22 22:26:33
太陽族の自由奔放な生き方や原作者独特のつよい自己肯定が感じられ、
映像も結構凝っていて、まるで外国の映画を見ているようで
面白かったです。
当時の日本映画に有りがちな声量がなくて
台詞が聞き取りにくいところもありましたが
石原裕次郎さんのオーラを感じさせる存在感はやはり凄い。
何気ない立ち姿も格好いいです。
生前他の出演者に太陽族の歩き方を教えたのだけれど
裕次郎さんみたいに足が長くなくて上手く出来なかった
という話を聞いたことがあります。
投稿者:noir fleak投稿日:2016-06-16 13:53:52
と思って見ていた。だいたい予想通りで進んでいった。しかし終盤、裕次郎と津川の兄弟が北原に狂いだすようになって、俄然面白くなった。そしてエンディングの衝撃。これはたいした映画だ! まったくそれまでの日本映画の常識を破った。仲のいい兄弟が若い人妻(夫はアメリカ人)を「やる」。津川が北原の胸を触る。二十歳の女のセックス衝動、、、、しかも映像がすばらしい。フランスにも影響を与えたというのは、十分に納得できる。
そして、このとき16歳の津川や、石原が後に大スターになったことも、本作のお陰ともいえるだろう。
傑作。 その割には中平監督が本作以降たいした作品を残していないと思うのだが。
なお、長門裕之と石原慎太郎がチンピラ役で出てきて、長門が「俺は石原だ」、石原が「俺は長門」と言う。つまらぬジョークながら笑ってしまった。
投稿者:カール犬投稿日:2013-11-22 05:24:41
理性のきかない狂おしい欲望は、
果実をむさぼり喰らうくらいの勢いでちょうどいい。

この映画の石原裕次郎は最高にいかしてる。

演技がウマかろうがヘタだろうが、滑舌が悪かろうが歯並びがどうだろうが、
そこに佇んでいるだけで、ただ歩いているだけで、
その時代の空気の切っ先をまとっている存在ってほんと貴重。

それにしても、心は純な弟。体は悪な兄。って使い分け。
欲望のその先には当然 破滅か修羅場しかないんだけどさ。

北原三枝が女として男をどう転がせるか周知していて
その一筋縄ではいかないぶりも実によろしかった。
投稿者:こじか投稿日:2013-07-08 18:34:14
【ネタバレ注意】

ヌーベルバーグに影響を与えたらしいが、まさにその時代のヨーロッパ映画みたい。それを素でやってるから違和感もなく毒っけも鋭い。おもしろかった。

投稿者:いまそのとき投稿日:2011-08-22 00:31:29
見方変えれば、ホントの主役は当時16歳の津川雅彦か。複雑な役柄で難役だ。裕次郎は地で演じた分、得した役柄。この中で当時一番売れてたのは北原三枝だろう。ちょっと不良な青年たちの無軌道で無目的な生き方って、満たされない甘い願望か。北原三枝演じる恵梨役がかなり不自然だが、他の太陽族たちも生活感薄い。当時ヒットした最大の理由は何ともしれん空虚感だろう。
投稿者:半熟卵投稿日:2010-01-01 08:39:02
津川雅彦
投稿者:hayate9投稿日:2008-11-13 22:31:04
こんなにドロドロの話だとは知りませんでした。
石原裕次郎の台詞が軽妙な感じなのですが、あんまり聞き取れなかったです。
(歯並びが悪いのが気になった・・・)
それにしても兄はひどい奴!
北原三枝はスタイル抜群でエロい雰囲気がよかったです。(でも髪型変・・・。)
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2008-11-07 22:14:46
【ネタバレ注意】

裕次郎映画初観賞。全体の印象としては若い頃の裕次郎も話自体もそれなりといった所。主役は弟のやさ男なのに注目を集めたのは不良の兄貴というエピソードは「アウトサイダー」と同じ。携帯ラジオなど小道具の使い方がダサいし、ラストの津川による兄と恋人殺しも一気に見せるべきだった。

投稿者:マーク・レスター投稿日:2006-07-30 19:22:36
【ネタバレ注意】

ポータブルDVDプレイヤーによる 車内鑑賞レビュー 


              7月21日 vol.1 


日本というこの貧しい国から、遠く数万マイルも離れて、
“生活”という無粋な言葉とは無縁の場所に位置する、

    「湘南」という 独立王国。

この映画はそんな別世界に住む、特権階級に属する方々の物語なのです。

鎌倉の大きな家に住み、逗子・葉山をフィールドにモーターボートや水上スキーに興じ、オープンカーで横浜のナイトクラブに乗りつける。
半世紀も前の“太陽族”と呼ばれる先進的な青春像がそこにあった。

“奔放で弟想いの 兄・石原裕次郎” と “真面目でウブな 弟・津川雅彦” の関係に、

      謎の美女

が登場。弟が想いを馳せながらも、裕次郎兄貴も参戦。
女一人をめぐっての男二人の微妙な関係が築き上げられていくのです。



              7月25日 vol.2  


「狂った果実」とは “謎の美女” のことだったのですかね?

彼女の本性は、外国人の夫を持つ、二十歳の、しかも、男あしらいを十分に心得た人妻だったのです。

“謎の美女”は、
「浮気はいくつかはあったけど、“真面目でウブな弟・津川雅彦”とは真剣なの」
との見解をのたまわります。1956年当時の道徳観念で考えると、彼女の感覚はやっぱり、

       「狂った」

という表現になるのでしょうかね?

あっ、いや、1956年当時、狂っていたのは、実は、“謎の美女” だけではなかったのでした!
“奔放で弟想いの兄・石原裕次郎”。 その人も、期待通り、しっかりと狂っていてくれたのです。

この “謎の美女” の本性を “真面目でウブな弟”に黙っておく代わりに、俺と浮気をしろ と迫ってきたのです。
何という “弟想いな兄”なのでしょうか......。

結局、“謎の美女”と“兄・裕次郎”は 深みにはまっていくのです。

    あれ....ちょっと待てよ.....。


いきなりこの映画の雰囲気が湿っぽくなってきやしないか?
ありきたりな悶々とした 国産映画に成り下がってしまう。と危惧したのも束の間、
“真面目でウブな弟”と“謎の美女”が日常的な買い物途中で、出くわしてしまうのです。 

     ダメじゃん! 

弟と彼女が出会う場面がこんなありきたりなテンションではダメですよ。弟にとって彼女は1ランク上の 憧れの存在 であるはずなのに...、この映画の脱力の瞬間を見たような気がしてなりませんでした。

この瞬間から北原三枝は“謎の美女”の高みから、恵梨 という そこいらにいる女 へと価値を下げ、他の国産映画と一線を画してきた、ドライでクールなセンスも“謎の美女”のこの庶民化とともに、急落してしまったようです。

このまま雑多な国産映画の、「うらみ、つらみ、」という湿気の多い映画にならなければ良いな と願ってやみません。


              7月30日 vol.3


“衝撃的” と評されたこの映画のラストシーンの行動起因は、「東海道四谷怪談」の古典作品にも見られる、「迫害」に対する「うらみ・つらみ」という非常に日本的な感情によってもたされていたのでした。

「湘南」という別天地の住人を登場人物に起用しても、1956年当時、新進気鋭の作家を抜擢してさえも、容易に「日本」という呪縛から解放されることは無かったわけです。そうです。この映画は確かに、日本国・神奈川県という非常にドメスティックな環境で、しょぼしょぼと終わろうとしているのです。
“真面目でウブな弟”は「迫害」なんて受けておらず、もっと軽い「疎外」程度ではありますが、“ダメージを受けた側が執拗に、そして寡黙に加害者を追い詰め、死をもって復讐を果たす”というお話の骨子を考えると、

    これってもしかして

「四谷怪談」!? っと思ってしまった、勿論、彼は“幽霊”であるわけもないのですが.....(しかし、ラストの表現を考えると、生死の順番が逆になっただけなのかもしれない...死して復讐をするか、復讐してから死すか....その違いだけだったのかも.....。)


    湘南! 太陽族! 

という言葉が飛び交う、華々しさから、
中盤以降、“奔放で弟想いの兄”が“謎の美女”に心底惚れる役であったことを唐突に思い出すあたりから、映画は「道行き」的な前近代的悲劇傾向を帯び、捉え方によっては、演歌的・浪花節的な様相を呈してしまうのです。 くー 残念!


狂ってしまったのは、彼女や彼、そして暴走をする弟ばかりではなかったのです。最も狂っていったのは、不格好きわまりないこの“アンバランス”を生み出してしまった、この映画のプロット自身だったのです!!
http://plaza.rakuten.co.jp/ouiao/

投稿者:さち投稿日:2006-06-21 08:03:52
面白い
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2006-06-04 17:14:19
冒頭の津川を正面から捉えたショットの素晴らしさや気だるいジャズサウンドまた当時の湘南風俗などはそれなりに悪くはないが、後が続かないのである。
ドライな感じを狙ったシナリオ・演出だが、表面的に終わってしまった。
演技陣。石原・北原のカップルはイマイチで津川はまあまあ、岡田がカッコよくて新鮮だ!
投稿者:投稿者:viola投稿日:2004-10-28 09:36:54
>投稿者:Fuck-Me! 投稿者:viola投稿日:2004-10-27 13時16分45秒
狂った果実が話題になった頃同様な幼児社会主義病(左翼病)の連中がこぞってFuck-Meと同様な反応を示しました。しかし・・時代はかわり価値観もかわりました。ブルジョアを否定すればかっこいいなんて時代ではありませんしここは朝日新聞のコラムではありません。

viola殿、以下の7つの質問に、ご回答ください。

>最近、当サイトの趣旨に反したコメントが多く寄せられているため、改めてコメントに対する当サイトの趣旨をお伝えいたします。
ここで募集しているコメントはあくまで作品・人物に対する感想などであり、他のBBS・掲示板の様な、ある特定のコメントに対するコメントを募集している場ではありません。
(1)当サイトのコメント欄には、サイト管理人による、上のような注意書きがあります。あえてその規則に違反した理由を、お聞かせください。

>狂った果実が話題になった頃同様な幼児社会主義病(左翼病)の連中がこぞってFuck-Meと同様な反応を示しました。
(2)「幼児社会主義病(左翼病)」とは、どのような病気なのでしょうか? 出典をお示しの上、その症状をご説明ください。また、「左翼」という言葉の定義も、併せてご説明ください。
(3)Fuck-Me!氏を「幼児社会主義病」と認定しておられるようですが、その根拠をお示しください。
(4)「こぞってFuck-Meと同様な反応を示しました」とありますが、具体的に、当時、どこの誰が、どこで同様の反応を示したのか、出典を明示し、該当する文章も引用の上、ご説明ください。

>しかし・・時代はかわり価値観もかわりました。
(5)時代がどのように変り、価値観がどのように変ったのか、当時と今とを比較して、ご説明ください。

>ブルジョアを否定すればかっこいいなんて時代ではありませんし
(6)Fuck-Me!氏のコメントの、どの部分が、「ブルジョアを否定」しているのか、ご説明ください。また、Fuck-Me!氏を「ブルジョアを否定することによって」「かっこつけている」人であると決め付けておられるようですが、その根拠をお示しください。

>ここは朝日新聞のコラムではありません。
(7)「朝日新聞のコラム」とはどのような性質のものであるのか、ご説明ください。また、Fuck-Me!氏のコメントのどの部分が、当サイトよりも朝日新聞のコラム欄にふさわしいと思われたのか、ご説明ください。

以上、よろしくお願いします。

(10月30日12:20追記)
丸2日が経過しましたが、viola殿からは、いまだにご回答いただけませんなあ。
最初の威勢の良さは、どうしちゃったんだろう。お子様には、いささか難しい質問でしたかな?
お答えになれないのでしたら、Fuck-Me氏を始め、このサイトのユーザー諸氏、管理人の皆さんに、いさぎよく謝罪されたらいかがですかな?

10月30日付毎日新聞(mainichi-msn)より抜粋
>秋の園遊会で天皇陛下が学校での日の丸掲揚と君が代斉唱について「やはり、強制になるということでないことが望ましい」と話したことについて、東京都の石原慎太郎知事は29日の会見で「都教委がやっていることは強制ではない。国が決めたことを公務員として、義務として行うかどうかの問題だ」と話した。

はぁ〜、「国が決めたことを公務員として、義務として行うこと」と、「国が決めたことを、公務員に(ひいては国民に)強制してやらせること」と、結果として、いったいどこがどう違うんでしょうなあ。
viola殿、こういうのを屁理屈・詭弁であるとしか感じられない私めも、貴殿の言われる「幼児社会主義病(左翼病)」患者、ということになるんでしょうかねえ?
貴殿の頭脳では難しすぎてご無理かもしれませんが、できましたら、わかりやすく解説して下さいませ。
投稿者:viola投稿日:2004-10-27 13:16:45
狂った果実が話題になった頃同様な幼児社会主義病(左翼病)の連中がこぞってFuck-Meと同様な反応を示しました。しかし・・時代はかわり価値観もかわりました。ブルジョアを否定すればかっこいいなんて時代ではありませんしここは朝日新聞のコラムではありません。



投稿者:堕落者投稿日:2004-03-23 10:28:06
津川雅彦がモーターボートで二人を追い詰めてヨットの周りをグルグルとねちっこく何周もする場面とその後にヨットに突入していく場面でアップになった津川雅彦が一瞬見せる虚無的な表情が絶品である。それだけ。つーか,裕次郎って何処がいいのかサッパリわからん。
投稿者:Stingr@y投稿日:2003-04-30 01:36:52
 太陽族とは小説「太陽の季節」から生じた言葉だが,後作の「狂った果実」は輪を掛けて破滅的である。慎太郎が弟裕次郎をモデルにして書いた前作とは違って,後作は特定なモデルのない純然たるフィクションだからである。弟(高校生?)と人妻との不倫,それを兄が寝取り,最後には殺人という,ともかく無軌道な青春が不道徳と犯罪の中で破滅して行く。

 この映画は,前作「太陽の季節(1956)」の文芸的な制作手法を改め,スピード感とメリハリのある映画に作り上げた。そもそもオープニングから物語の最後部分である。これは,通常ならば回想シーンへと繋がる伝記物の手法であるが,本作は違う。歌で例えるなら,サビから歌い出すということである。物語はサビへ向かって,最初は緩やかに,次第にスピードを増して進行して行く。前作の脚本に憤慨したのか,本作品では慎太郎自身が脚本を書いた成果である。

 「日本のヌーヴェル・ヴァーグ」と言う人がいるが,そうではない。「ヌーヴェル・ヴァーグの誕生」である。ルイ・マル「死刑台のエレーベーター」は翌年の1957年,トリュフォー「大人は判ってくれない」は1959年,ゴダール「勝手にしやがれ」も1959年である。「フランスのヌーヴェル・ヴァーグ」が1959年に生まれたのである。衝撃を与えたフランスのヌーヴェル・ヴァーグだが,その後は構成的になリ過ぎて飽きられる。「フランスのヌーヴェル・ヴァーグ」に触発された「日本のヌーヴェル・ヴァーグ」は大島渚等を指すことになっている。

 どうして中平監督にこのような映画が撮れたのか?文芸的な心理描写を避け,ともかく無軌道な若者の生態を描写することを主眼とした脚本に触発されたからではないのか。最後,弟のモーターボートが二人を乗せたヨットの周りを廻りながら緊張を高めるシーン。次第に弟の形相が変わっていくならば従来通りだが,彼はある一瞬で形相を一変させる。そして衝撃的な「その事」の後,彼の顔は今度は呆けたように変わる。エンディングはモーターボートが遠ざかって点になって行くシーンである。もちろん「弟の死」を予感させる意味がある。「目を見張るすばらしさ」とはトリュフォーの賛辞らしいが,間違いなく傑作。

投稿者:トレマー図投稿日:2003-03-29 04:00:12
この頃の映画は味があるなあ・・
投稿者:Katsumi_Egi投稿日:2002-10-27 15:38:33
 異様な表情をした津川雅彦がモーターボートでこちらへ向かってくるタイトルバックから画面に惹きつけられる。津川と北原三枝が付き合い始めてからの話の運びは少々退屈だが、二人が水着姿で岩に寝そべるシーンでの息づかいや、夜の浜辺のラブ・シーンで北原三枝が津川の手を自分の胸に持っていく演出などエロティックな細部の描写が冴えて飽きさせない。
 しかしこの映画が本当に面白くなるのは津川の兄・石原裕次郎が横恋慕をし始め、北原三枝の本性が露わになってからだろう。彼女が住む家の構造とその2階の部屋の使い方が面白い。タイトルバックがラスト・シークェンスに繋がる構成も素晴らしい。このラスト・シークェンスを導くシーン、裕次郎が埠頭で北原三枝をさらっていくシーンで落としたラジオが鳴り続ける演出なんてもう唸ってしまう。
http://www.page.sannet.ne.jp/egi/
投稿者:yomoyama投稿日:2002-03-10 16:44:45
劇中で裕次郎がうたう歌ではなく、映画ヒットにあわせて吹き込んだと思われる「狂った果実」という唄をカラオケで歌うのが大好きです.
おそらく映画の出来を見てからお兄ちゃんが弟のために作詞したものなんじゃないでしょうか.
作曲:佐藤勝  
劇中ではメロディの一部がちょいと聞こえるだけの扱いだった.
【レンタル】
 【DVD】狂った果実レンタル有り
 【VIDEO】狂った果実レンタル有り
【広告】

【スポンサーリンク】



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION

allcinema SELECTION