allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

第七の封印(1956)

DET SJUNDE INSEGLET
THE SEVENTH SEAL

メディア映画
上映時間97分
製作国スウェーデン
公開情報劇場公開(東和)
初公開年月1963/11/18
リバイバル→マジック・アワー-2013.7.20
ジャンルドラマ/ファンタジー
イングマール・ベルイマン 黄金期 Blu-ray BOX Part-1
参考価格:¥ 13,608
価格:¥ 10,397
USED価格:¥ 9,473
amazon.co.jpへ

 Photos
第七の封印第七の封印第七の封印

【解説】
 十字軍から生還した騎士アントニウスは、帰途、死神と出会いチェスの勝負を行なう。騎士が勝てば、死を見逃すというのだが……。生と死のイメージに満ちた幻想的な作品。タイトルは、黙示録に記された世界の終末を示す7つの徴(しるし)から採られたもの。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
435 8.75
下記フォームからあなたのこの作品に対する採点を投票してください。
メールアドレス年齢性別
評価 (低い←→高い)
12345678910
【ユーザーコメント】
投稿者:sachi823投稿日:2016-08-16 17:30:44
中世ヨーロッパで、十字軍に参加して、死から逃れるため
死神とチェスをする騎士と従者の旅を通して、
行く先々で対峙する出来事を見せながら、
人間にとっての信仰の意味を問うているような印象を受ける作品です。
若い頃、いろんな監督に興味を持ちましたが、
ベルイマンの作品については難解というイメージがありました。
当時人気の評論家先生の映画鑑賞とは映画との格闘であるとの
言葉を真に受けて、名画座のベルイマン特集などに出かけて
鑑賞しましたが、正直よくわからない作品も多かったです。
しかし、北欧のまるで次元の違う世界から送られてくるような
上質の演技とフィルターの多用により独特の空気感の感じられる
映像は、当時の自分にとって刺激的でありました。
テーマにするキリスト教的信仰も、南欧などのそれとは異なり
プロテスタントの流れを汲みながら北欧神話がその背景にあるような
神秘的な深遠さを感じさせるものでしたので、
それらに惹かれる人にとっては魅力的な監督であり作品かもしれません。
映画の中の寓意をあれこれ考えるようなことはしなくなりましたが、
本作品について言えば、疫病に冒された中世の町や、魔女狩り、
鞭打ち行者が集団で行進したりする混乱した中世社会を
映像で垣間見られたことは興味深かったです。
ラストの人々が手を繋ぎ合うシルエットは何故か感動してしまいます。
シドーをはじめとするベルイマン映画常連の俳優による緊張感の
感じられる演技もよく上質の作品かと思います。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2016-02-13 16:07:52
ベルイマンらしい神の不在についての考察が主題の芸術映画。
フィッシェルの硬質なモノクロ映像はいいし、舞台調が気になるものの虚実を織り交ぜた演出術も成功しているが、ラストの展開はイマイチわからなかった。登場人物も、もう少し絞ったほうがよりテーマが見えてくるのではないか?
演技陣。シドーも悪くないが、ビョルンストランドやポッペそして死神役のエーケロートが好演。
投稿者:ダークリーママ投稿日:2016-02-04 12:07:07
何となく主人公は最初から死んでるように思えた。自分では気づいていないけど。https://sites.google.com/site/darklymama/home
投稿者:呑気呆亭投稿日:2014-02-14 19:25:46
ワタクシの教養ではこの映画の寓意を本当に理解することは出来ない。ベルイマンにとって「神の存在・非在」は切実な問題だったのだろうが、世界史を見渡してもこの「宗教」というやつがどれほど凄惨な闘いをニンゲンたちに強いてきたかを思うと、「神=悪魔」というやつの底知れない悪意を思わざるを得ないのだが・・・。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:Ikeda投稿日:2010-11-26 12:24:10
ベルイマンの作品の中では「沈黙」と共に難解な映画と言われているようですが、確かに後半の展開を見ていると、その感じがあります。ただ、死神に取り付かれた騎士アントニウス(マックス・フォン・シドー)がそれから逃れようとする話だと単純に解釈すれば、我々に取っては、それほど解りにくい映画ではないと思います。
自作に満足する事の少なかったベルイマンに取っては気に入っている少ない作品の一つだそうですが、彼を含めた北欧の作品には我々が知っている西欧の作品に比べて、悪魔や魔女に特別な思いがあるようで、この映画でも魔女の処刑などが出てくるなどが彼に満足感を与えているのではないかという気がしました。ただし、生と死について形而上学的に考えれば、色々な解釈が出来る作品だとは思います。
投稿者:クリモフ投稿日:2010-11-25 22:58:17
「処女の泉」をなんとなく見た記憶があるような気がしないでもないのですが、実質的にベルイマン初鑑賞。象徴的な人物や意味ありげな台詞、キリスト教的な倫理観、概ねベルイマンに抱いていたイメージ通りの雰囲気でありました。
チェスで死神を引き止める冒頭(と死神全般のくだり)、旅芸人の歌に被さってくる集団など強烈に印象的なシーンはいくつかあるのですが、全体的に幻想的、象徴的過ぎて自分の許容範囲外でした。当たり前のように死はそばにいるというのはわからないでもないんですが、それ以上は興味そのものが沸きませんでした。
異様な空気を写すモノクロ撮影やアングルの妙は素晴らしく退屈はまったくしなかったし、面白いといえる映画であることは確かなのですがねぇ、単に己が勉強不足なだけなのか。独自性はわかるけど、掴みどころのない感じでありました。
投稿者:o.o投稿日:2009-03-02 01:12:10
ただ事ならぬ静かな緊張が張り詰めながらも、どこか余裕もあり、一口では言えない特異な感覚の映画でした。

芸人夫婦が舞台で芸をご披露していると、突如鞭打ち教徒の集団が村に乗り込んできて、指導者が唇を震わせながら、村人たちを指差しては口汚く罵るというシーンには、コールタールか何かのどす黒いどろどろとした液体が遠くから押し寄せてくるような、強烈なインパクトがありました。また、芸人一座の座長と鍛冶屋の言い争いの場面で、何故か従者ヨンスによるコメント付きの劇中劇のようになる演出が面白いです。手をつないで死神に連れられて行く者達の姿は、妙にグロテスクな感じがし、嫌なもの見ちゃったなあという気持ちにさせられます。それを遠くから眺める旅芸人と、その家族達の平和で穏やかな様子が何だか羨ましいです。

パレスチナで地獄を見てきたのであろう騎士のアントニウスは、どう見ても立派な男で、あんなに真剣に神について思い悩んでいたのに気の毒だとは思いますが、要するにこれは、信仰とは神を知ることではなく、受け入れることであり、どれだけ誠実であろうが、悪魔に尋ねてまで神を知ろうなどとは論外、ということなのかもしれません。対照的に、問わずもがなのものとして神を受け入れているのが旅芸人ヨフであって、アントニウスがあれだけ姿を見せてくれないと嘆いていた聖母マリアとその幼子を、まるで近所の人でも眺めるかのように見てしまうのが皮肉です。憎悪と恐怖が渦巻く世界の中にあって、彼だけがそれとは無縁に呑気に暮らしていけるのは、言ってみれば彼が、「とっくに救済を受けている者」だからではないでしょうか。

審判はすでになされ、選ばれるべき者はすでに選ばれている。しかし、選ばれた者にその自覚はまったく無い。救われたいから神を信じようなんて、ひょっとすると、その時点でもうアウトなのかもしれません。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2007-05-30 04:21:50
【ネタバレ注意】

退屈はしないが、死神が主人公たちを選んだ理由も、最後に彼等が死神を迎え入れた理由も全然解らない。あと懺悔室でシドーの告白を聞いた後に、神父と思わせて死神をアップで出さないと観る側は驚かないのに。

投稿者:hendrix投稿日:2006-09-27 21:57:26
この映画は非常に複雑でありながら、ベルイマンにとってはとてもドラマティックな作品でもある。一人の騎士が宗教に対する解答を求め、死神とディスカッションを繰り返しながら答えを求めていく意欲的な作品でもある。
宗教に対するベルイマンなりの答えというか、「処女の泉」よりも非常に宗教に接近した描き方をしている。
死神・疫病・不倫・死刑・言葉の暴力と凄まじいペシニズムが全編を支配している。(ローキー画面も非常に効果的)

こんなにも汚く醜い奴らが神を信じて、都合のいいときに神を信じ、もがく奴らの滑稽さときたら・・・キリスト教徒は神を信じ当たり前のように罰を与えて、民に行進させすべて死神のせいにする。(カルト的な描写の元祖)
根本的コンセプトは「神の不在」について。つまりどんなささいなことでも神が与えたと信じ、奪っていく時でさえ神への試練だと信じる人達。
例えばあなたがペストや暴力で死ぬ時でさえも、神が本当に守ってくれると信じるか? そして神にすべて洗脳され混沌とした現実に狂い、本当の真実さえも失いつつあるキリスト宗教への儚さ。(つまり現代人への問い)

そして神さえも見放すであろう、死神を呼ぶ醜い人間達を生(神)=死(死神)のコントラストで描き、そんな世界の終焉を見てきたにも関らず最後まで神を信じる男。そしてラスト七人が行進していく。その中には過去醜いこともしてきた奴らが神への忠誠を誓っている。そんな過去への懺悔として現れる神の見張り番「死神」が、いつもキリスト信者のすぐ隣りに存在していると言う皮肉をこめて描いているのかもしれない。

そして死神(騎士)から逃げ延びた、夫婦のほうは死を感じずにすみ、この映画の中では無欲でまともな人間ともとれる。
それは映画の暗さを少しでも和らげる光としてベルイマンはあの夫婦と赤ん坊を描いたのかもしれない。7.5点
投稿者:さち投稿日:2006-06-20 06:46:46
ふ通
投稿者:ルミちゃん投稿日:2002-01-11 18:35:12
【ネタバレ注意】

死神とは迷信、いきなり死神が出て来て死神で終わるこの映画、初めから終わりまで迷信.題材も映画に描かれている通りの古い教会の壁画から得たもの、あるいは宗教上の伝説であり、全てが迷信で構成されている.

死に神とチェスをする、芸人の登っている木が死神に切り倒される、誰がこんな馬鹿げた事を信じるのだ、迷信という信じるに耐え難い話に、更に迷信を信じてはいけないと言う要素を織り交ぜながら、全体的には迷信を信じ込ませるように描いているこの映画、結果的にどのように受け取るかによって、観る者の良識を問いただすことになるのでは.

騎士は神の存在を信じている、からこそ、死神の存在を認めチェスを始めた.それに対して手下のヨンスは迷信を信じない、神を信じないというべきか.そして、ヨンスは騎士を嫌い、あるいは騎士とは考えを異にしていて、全てが無駄な時間だったと十字軍の遠征を批判しています.更に言えば、十字軍の遠征を騎士に勧めた聖学者が泥棒をしている悪党で、ヨンスは懲らしめます.十字軍の遠征とは常軌を脱した侵略戦争であり、それ自体がキリスト教のみが正しいという迷信にのっとった行為と言うことができ、皆が皆、迷信を信じる者、あるいは煽る者のなかで、ヨンスだけがまとも、と言ってよいのでしょう.

疫病を神の罰、世紀末と思い込む村人、それを煽る僧.悪魔と通じた少女、夜の火刑場に付いてきた僧は、死神でした.出来事は前後しますが、騎士が懴悔をしたとき、教会のなかに死神が居ました.更に話を戻せば、ヨンスが教会の壁画を描いている男と話をするのですが、壁画は死神ばかりが描かれている、人々の恐怖を煽るような絵ばかりが描かれていた.神様がいるべきところに死神ばかりがいるのです.
騎士の城に集まった者たちの前に死神が現れる.世紀末に覚悟を決めた者たち.神に祈りをささげる騎士に、ヨンスは「闇とやらでいくら祈っても、聞き届けてくれる者は誰もいない.己を見据えなさい」、とけ散らすのですが.

また話を戻して、現実に描かれた死、疫病にかかった男、ことに悪魔と通じた少女の場合、少女自身は私はなんともないと言ったのだけど、現実には死に際してあったものは、恐怖と無、だけ.望まない死も、望んだ死も、どちらも同じであったとしておきましょう.考えても考えなくても、死に差はないのです.

助かった旅芸人の夫婦.この夫は幻を見る、迷信を信じる人間と言えるのでしょうか.けれども楽天的な性格、そして仲の良い明るい夫婦なのです.騎士は死神が現れた時、まともに受けて立ったのに対して、この夫婦は逃げました.神も死神もまともに相手をするな、そんな事をまともに考えても仕方がない.死を考えるからこそ、そこに迷信が生まれる、あるいは神をまともに考えるからこそ、死神が生まれる、迷信が生まれると言えるのですね.
この夫婦の会話の感じはこんなふう.あなたまたほらを吹いている、あなたの言うことなんか、だれもまともに受け取らない、そんな事言ってると皆に馬鹿にされるだけ.迷信とはこんなもの、この夫婦のように受け流すべき事なのです.

ヨンスが騎士に何か言われたとき、後から歯を剥いて「いー」っと言った感じでやり返す.身分の上下からまともには言わないけれど、騎士に向かってあなたは間違っていると言っています.ヨンスの口遊む歌は、女の股ぐらに挟まれどうのこうの、助かった芸人の夫婦と併せて考えれば、迷信、訳の分からないことを考えてないで、楽しく明るく暮らすことが大切、己を見つめるとは、ある意味でこう言うことなのでしょう.騎士が駒を倒して芸人夫婦が逃げる時間を稼ぐけど、生きること、生きることを考えることに価値があるのです.

もう一つ迷信とはどう言うものか付け加えておきましょう.騎士は自分はチェスが上手いと信じ込んでいた.うぬぼれていたのです.うぬぼれとは、自分自身に対する迷信であり、その騎士に対してヨンスは「己を見据えなさい」、というのですね.

映画全体が迷信を描いているのだから、訳の分からない出来事なのは当然のこと.死神が出て来たから死を描いた映画と受け取るとしたら、あまりにもお粗末.それが迷信を信じることであり、この映画の何がそう思い込ませるか考える時、疫病を神の罰と思い込む民衆の姿を決して笑えないものであるのが解る.

投稿者:Katsumi Egi投稿日:2001-01-14 09:39:28
 これは私にはとてもつまらない。いい演出もあるが、インパクトがない。私には
訴求しない。なぜか? 決定的に"死"が面白くないからだ。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 審査員特別賞イングマール・ベルイマン 
【レンタル】
 【DVD】第七の封印 HDリマスター版レンタル有り
 【VIDEO】第七の封印レンタル有り
【広告】

【スポンサーリンク】



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION

allcinema SELECTION