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彼岸花(1958)

メディア映画
上映時間118分
製作国日本
初公開年月1958/09/07
ジャンルドラマ

【クレジット】
監督:小津安二郎
製作:山内静夫
原作:里見とん
脚本:野田高梧
小津安二郎
撮影:厚田雄春
美術:浜田辰雄
衣裳:長島勇治
編集:浜村義康
音楽:斎藤高順
出演:佐分利信平山渉
田中絹代清子
有馬稲子平山節子
久我美子三上文子
佐田啓二谷口正彦
高橋貞二近藤庄太郎
桑野みゆき平山久子
笠智衆三上周吉
浪花千栄子佐々木初
渡辺文雄長沼一郎
中村伸郎河合利彦
北龍二堀江平之助
高橋とよ「若松」の女将
桜むつ子女給アケミ
長岡輝子派出婦富沢
十朱久雄曽我良造
須賀不二夫列車給士
江川宇礼雄同窓生中西
菅原通済同窓生菅井
竹田法一同窓生林
小林十九二同窓生A
今井健太郎駅員A
井上正彦駅員B
川金正直花婿
清川晶子花嫁
空伸子女事務員
千村洋子看護婦
末永功バーテン
峰久子女給A
鬼笑介社員A
伊久美愛子店屋の女中
佐々木恒子店屋の女中
橘一枝「佐々木」の女中
川村耿平披露宴の司会者
長谷川雅山披露宴来賓客
山本富士子佐々木幸子
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
18140 7.78
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【ユーザーコメント】
投稿者:68生男投稿日:2018-07-05 21:50:45
「小津安二郎」は映画好きにとっての「鬼門」だから、捕まらないように気をつけたい。

気の弱い若い人が「小津が解らないのは解らない自分のせい」みたいなことを思ったとしたらつまらないから言うが、昔から小津の好き嫌いは半々だから、小津嫌いでも気にすることはない。小津好きが大半だったとしたら、小津氏についての、何を「力説」することもないわけだから。
「小津が解らなければ映画が解らない」などということもないだろう。だいたいにして、どこが難解なわけでもない。大概が誰でも解る。つまらないとすれば、「解るけどつまらない」ということだ。「つまらなくはないけど嫌い」ということもある。あたりまえのことだ。

時代性を考えずに作品だけのことを言えば、本作は「未成熟」な作品ということになる。高い評価はもう動かないわけだから、どこがいいかより、どこが「やり過ぎ」かのほうが、論としての益は大きいかもしれない。
もしもこの作品を「完璧」だと思ったとしたら、「完成度よりも成熟度を求められるのが映画ではないか」という見方も、思い出してみたい。
「完璧」だと思ったことが、「凝固」しただけということもあり得る。それは仏教でいう「有(う)」の状態のことだ。
この『彼岸花』は、小津氏55歳頃の作品だ。人間の思考の、大きな枠組みが変えにくくなり、柔軟さを失くし始める年頃だろう。こだわりの追及を、止めることが難しくなってくる。
小津監督はどうであったろうか。一考の価値はないだろうか。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2014-03-29 15:58:40
娘の結婚に反対する初老の父親を巡る人間模様を、小津流に料理した松竹のホームドラマ。
前作「東京暮色」の重苦しいモノクロ映像から一変して、ドイツのアグファによる小津作品初の軽快なカラー映像が素晴らしい。ストーリーも「晩春」「麦秋」に続く結婚話だが、同じ年頃の二人の女性を登場させ対比させることで、父の複雑な心理が浮き彫りにされる。もちろん野田との黄金コンビによる手練のコミカルな台詞のやりとりも一級品だ!
演技陣。佐分利と田中の夫婦がいいし、山本や浪花も早口で京都弁をまくし立て好演するが、有馬は地味な役回りで損をしている。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2013-05-16 12:47:36
最初の天然色作品ということで凝ったのだろうが、白と黒と赤の三色を使ったクレジットの文字が目障りであった。それと茶の間のそこ此処に何気なく置かれたといった態の赤いヤカンが何気なくなくて不自然であった。と、先ずは悪口を書いたが、この映画の成功は何よりも配役の妙であったと思う。頑固おやじに佐分利、したたかなカミサンに田中、そして柔らかな京都弁で頑固おやじをトロかしてしまうおきゃん(古いか?)な娘に山本富士子、そしてその母で小津映画にコミカルな味を持ち込む浪花千栄子。もしこれを父親に笠智衆、娘に原節子を配してしまえばこの映画のコミカルな味は失われてしまったことだろう。茶の間で二度、洋服と和服の格好でまるで熊のようにグルグル回って徘徊する佐分利信の姿が可笑しく、同じおやじとしては身につまされ、思い出すだけで笑ってしまうのである。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:いまそのとき投稿日:2013-05-08 21:49:14
縁談にヤキモキする親たちの何てことない話なのに、どうしてこう面白くなるのか、小津の手の内にかかると、それ自体が、真面目くさったコメディにも見えて痛快だ。こんな古臭い親父なのに、何とも味あいがあって敬愛したくなる。たしかに、あの頃の父親像って、こんな感じだった。佐分利信って、笠智衆の朴訥で控えめな父親と違ってて、逆に親近感がある。あと、この作品のもうひとつの見所は、なんと言っても山本富士子。流暢な京都弁があまりに鮮やかで、立て板に水の如し。声の張りの清清しさ。抜けるようだ。華があるとはこういうこと。パッと吸い込まれる色香に気品が漂う。いやはや、かつて五社協定で映画界を去ったこの人を、もっともっと映画で見たかったと思うのは、自分だけではなかろう。小津初めてのカラー映画。配色へのこだわり。映画は極めた脚本に、並々ならぬ感性の目利き人がいて、こんな名作が出来ていることが本当によく分かる。
投稿者:diamou投稿日:2012-08-18 06:56:16
【ネタバレ注意】

この映画の2回目を見たところだが、1回目とはだいぶ印象が違った。1度目は、佐分利信と有馬稲子の演じる父と娘の対立が一番強烈に印象に残ったが、今回の2回目は、佐分利信が娘の結婚式に出ることに決め、それを母親役の田中絹代から聞いて、思わず涙する有馬稲子に、対立しつつも父親への愛を保っている娘の心情が表現されていて、そこに一番ぐっときた。佐分利信は女性達に包囲されて、徐々に娘の結婚へ心を許してゆくが、その徐々に変化してゆく過程が実にうまく描かれている。最後に、娘夫婦に会いに広島に出かける車内で歌を口ずさむ時、厳格だった佐分利信の父親は限りなく赦しに近づいている。小津が本当に描こうとしていたのは、有為転変とそれを受け入れてゆく心だったのではないか。晩年の小津の映画は結婚がテーマになることが多いが、人生の転機である結婚を有為転変の一つの象徴として捉えていたからではないかと、常々、考えている。この映画のタイトルである彼岸花が季節の変わり目に咲く花であるということが、何よりもそうしたテーマを象徴しているように思われてならない。

投稿者:サーボ投稿日:2011-07-29 20:39:39
鑑賞者へ、どうぞあなたの気に入ったシーンで、あなたの絵を描いてみては、と誘っているような気がします。この不思議な感覚が、おもしろいです。私なら、ラジオから流れる常磐津を、家具に手をつきながら聞いている田中絹代の立ち姿を描いてみたいです。スチール写真だと、おそらく何ともないと思いますが、絵にすると映えると思います。
投稿者:william投稿日:2011-02-24 00:43:52
ノリの良さ、テンポの良さでは小津作品でトップクラスだと思う。
投稿者:karr投稿日:2010-05-23 19:25:36
浪花千栄子と山本富士子の関西コンビを見たいが為に、私はこの映画を繰り返し見るのである。
練りに練られた漫才コンビのネタを彷彿させるそのセリフ回しとその間(ま)の素晴らしさと言ったら、もう、ただただ脱帽するばかりである。
小津先生の完璧主義の成せる技なのか、二人の名女優の飛び抜けた才能と魅力によるものなのか。

まずは、手塚治虫が描くような漫画のヒロインを実物化させたかのような美女、有馬稲子。
その可憐さの特殊性は、美女ぞろいの小津女優軍団の中でも特筆に値する。
田中絹代の下ぶくれした愛すべき頬は、無限の優しさを含んでこぼさない。
また、彼女を育んだ日本映画界が控えめだったせいか、紛れも無い大女優でありながら、彼女には程よい奥ゆかしさが漂っていて、その好感度は増すばかりである。
ただ、おおらかな登場人物たちの饗宴こそが小津作品の最大の魅力、と感じてしまっている自分としては、佐分利信の厳格で硬い演技によって好感度を下げられてしまった感は否めない、残念ながら。
小津先生にどういう意図があったかはともかくとして。

家族旅行は箱根だし、中学の同窓会では南北朝の男気を吟じ、電報で連絡を取り合う。
確かに、過去の遺物と呼ぶほかは無いイベントが目白押し。しかも実体験の無いことばかりである。なのに、何やら懐かしさを感じてしまうのは不思議としか言いようが無い。
古さを感じさせないのがいい映画なのか、古さを感じさせるのがいい映画なのか?
要するに、本当にいい映画とは、文明を超越し、文化という土壌にまで落とし込む事の出来得る作品をいうのだろうが、果たして小津先生はそんな事を意識していたろうか?
いや、まったく意識していなかったはずである。
投稿者:uptail投稿日:2009-05-21 17:27:37
演出:10
演技:10
脚本:10
音響:8
投稿者:クリモフ投稿日:2009-02-23 04:22:05
いつもどうりの娘の結婚話で会話も面白いし、人の描き方も上手く、必殺技の切り返しもばっちりなんだけど、どうも父親がネェ。佐分利信の父役がどうも好きになれませんでした。娘を想う愛情故の行動なんでしょうが、なんか子供っぽく見えてしまう。反対に母親役の田中絹代が凄くわかってる大人に見えて、母は偉いなぁなんて思ったり。うーん、これはいつものように笠智衆で良かったんじゃないかなぁ。わかっちゃいるんだけどあまりやさしさが見えてこない。結婚式の省略とか、同窓会とか撮り方は面白いんだけどね。
有馬稲子は良い、美人ですね。山本富士子も色っぽい。笠智衆も同窓会のシーンは最高です。ひとつ残念なのは杉村春子が出てないことか。
良い話だがどうしても父親が引っ掛かってしまいました。
投稿者:はまま投稿日:2008-10-15 22:56:20
【ネタバレ注意】

佐分利信と田中絹代の表情の変化が面白い。特に田中絹代は、ほれぼれするほど表情に富んで魅力的です。顔だけではなくその立ち居振る舞いも見とれてしまう。結婚式の出席をかたくなに拒否していた夫の心変わりを知って、娘にそれを告げに行くときの歩き方!何度でも見ることができるし、それを見るのを楽しみにできる名場面だと思います。

投稿者:エプロン投稿日:2008-01-05 03:06:31
 小津の『非常線の女』と『東京暮色』は公開が24年も隔たった作品ですが
『非常線の女』の田中絹代と『東京暮色』の有馬稲子は、ともに、作品の中
で「ズベ公」と呼ばれる役柄を演じています。それだけではなく、両作品は
小津には珍しい冬の映画で、暗い画調をもった作品です。『東京暮色』では、
有馬稲子が頭からかけていたマフラーを脱ぎ捨て、実の母である山田五十鈴
と対峙し、憤りと哀しみをあらわにするシーンがあります。一方、サイレン
ト映画である『非常線の女』の田中絹代も、コートを脱ぎとばし、マフラー
を振りはらって、水久保澄子に心移りした岡譲治に対して、憤りと哀しみを
あらわすシーンがあります。
 田中絹代は横から全身を捉えたショット、有馬稲子の場合は、正面から捉
えたバストショットという違いはあるものの、小津作品でも珍しいといえる
暗さを強調した二つの作品で、女性らしい憤りの身振りを共有していたこの
二人が、母と娘として初のカラー作品である『彼岸花』で晴れがましく演じ
ているのを見るのは、映画の奇跡だとすら思います。
 『彼岸花』を有馬稲子が演ずる娘の結婚に対する、父親の佐分利信の視点
から見ることは、『晩春』や、『秋刀魚の味』といった他の作品同様、もち
ろん可能ですが、佐分利信の理不尽さに対して憤る母親と娘の視点から見る
ほうが、この作品ははるかに面白いと思います。特に娘の代弁者たる母親、
田中絹代は、小津の作品ではいつも目にする夫に尽くす従順な妻を演じてい
たのに、帰宅した夫の上着を抱えあげ片付ける動作の途中で、急に上着を畳
の上に投げ出し、まるで『東京暮色』の有馬稲子がのりうつったかのように、
バストショットで夫の佐分利信に憤りをぶつけます。その表情は田中絹代の
普段の穏やかに微笑んだ顔と比較して非常に印象的です。彼女は、小津映画
にあっては『落第はしたけれど』などの初期の作品でベーカリーの娘なども
演じています。「非常線の女」と「ベーカリーの娘」が共存しているのが、
田中絹代の魅力ですね。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2007-12-15 09:36:50
冒頭での駅員たちの会話まで小津調とは!佐分利信のカットって同じのを別のシーンでも使ってないか?(笑)。同窓会が終わってからがやや長く感じ、構成に違和感があったが、笑いも散りばめられてて、魅力的ではある。ただあれだけの事で娘を怒る父親の姿はかなり時代を感じる。
投稿者:たいたん投稿日:2004-10-03 05:53:22
「東京物語」より、いい。小津の洗練の境地がここより完成した感があると思います。
投稿者:shiawse投稿日:2004-07-08 12:57:19
ある画面とある画面の関係が小津の映画であってそれ自体では存在しえない。同じ俳優と同じようなセットで組替え等を経て繰り替えしているが必ずある作品ではこうだったものが反証されまるで復讐を試みる力学が働いている。田中絹代はサイレントの時代から出演している。原節子は小津調で田中絹代はそぐわないとよく言うが非常線の女、東京の女等後期に重要に関係してくる作品は田中絹代を抜きには語れない。原節子は田中絹代、岡田嘉子の二重性を現した女優であり原節子から田中絹代、岡田嘉子の顔が見えなければ原節子の晩春の近親相姦性もリアルで無い。だから三宅邦子の妻像とは違うもっと男と女の関係を描いた今作は秋日和の佐分利の家庭とは全く異なる。だから有馬の怒りを母親という立場で代弁するのではなく非常線の女、東京の女あたりの記憶からの怒りでは。だから今作は後期の嫁入り物語のバリエーションではあるが秋日和の岡田の怒りよりも深刻な湿り気のあるような感じである
投稿者:Ikeda投稿日:2004-03-30 11:13:59
随分、大勢のスターが出ていますが、その割にはと思いました。佐分利信の父親が少し頑固すぎるのは、それを見せる為の映画とは言いながら、くどすぎる感じがします。「封建的」と言う言葉が出てきますが、この頃から、そろそろ使われなくなった時期のように思います。佐分利の妻になる田中絹代がもう一つという感じですが、よく喋る浪花千栄子が面白いです。長っちりのお客を早く帰すために、女中が逆さまに立てておいた箒を普通に立て直す、さりげないカットでは苦笑しました
投稿者:GIジョー投稿日:2003-12-23 04:52:57
最近、ハリウッド映画に毒された?私には、天変地異が起こらないことが、
妙に心地よい。
話の展開や間がスローなため、映像の細かいところに目が行く。
テーブルの上にあるジュースを見て当時から「バヤリース」があったんだなよか、
居酒屋の座敷の造りは、現在とあまり変わらないなとか。
個人的に感心するのは、当時の若手女優さん達のタイトなロングスカートから
覗く足がスラッとして綺麗で、胸も豊満だし、今の若い女優さんたちより、
よっぽど魅力的だなって思います。
でも、一番のお気に入りは、居間での家族の会話のシーンが、今は亡き
祖父母と暮らしていた幼少の頃の風景を思い起こさせてくれるところです。
それが、私にとっての「小津監督の映像美」です。
投稿者:すかたん投稿日:2003-11-25 02:25:01
ニヤニヤしながらまったり見てられる良い映画でした。
(こういう映画最近無いですね)

女優陣では、山本富士子が一番良かったかな。
さすが日本一の美女と言われただけのことはあるってか。
話し方もキャピキャピしててかわいかった。
投稿者:parole投稿日:2003-10-16 11:08:13
小津安二郎の作品は断じてホームドラマなどではない!

「彼岸花」へのコメントと言うよりは↓の方へのコメントになりますが・・・。
言いたいことは表題の通りです。
小津は映画で、映画を借りて何かを表現したかったのでも、何か主張したかったのでもない。映画によって、どんな表現が可能であるかに挑戦し続けていたのだ。映画を撮影することとその映画を見ることによって得られる体験がいかなるものであるかを追求し続けた。その姿勢はブレッソンやドライヤーとほぼ同じものであると言って良い。
従って小津の映画に関しては筋や物語ががどうのとか、カメラアングルや構図がどうのとか、俳優の配役や演技がどうのとか、それらを個別に扱い個々に評価したりしなかったりすることは【全く】意味がない。
小津の映画をどう見て、どう受け取るかは、その人の映画に対する姿勢と鑑賞力との試金石であると言える。
投稿者:Stingr@y投稿日:2003-09-07 11:59:08
 この作品は,古い価値観を持つ父親と新しい価値観を持つ娘の衝突を契機に,新しい価値観に馴染めない父親の戸惑いを描いたコメディ。ラブロマンスではないので美女(達)を出演させる必然性はないのだから,一種の顔見世興行ですな。まあ,美女頼みの作品,ということ。しかし,ひとン家(ち)の日常を撮った映画なんて,クソ面白くもない。どんなアングルで撮ろうと,どんな演出をしようと,結局はTVのホームドラマに堕落する運命なんだ。

 ただ,佐分利信の演技は見もの。突然娘の結婚相手が現れ,父親はその結婚話に頑固に反対するが,女3人に囲まれた家庭で次第に彼の旗色は悪くなっていく……その過程を佐分利が実に良い味で演じている。こんなホームドラマの父親役では勿体無いが,佐分利の演技を観るための映画と思えばよい。前半は茶飲み話のようで眠気を催す。
投稿者:アリョーシャ投稿日:2002-12-20 20:13:26
今の日本映画で寂しいのは、こういった作品を見ることが(作ることが?)出来ないことだと思う。小津作品としては「紀子三部作」に見られるような奥深さはないもの、ゆったりとした心地よさがあり、まさに松竹大船調を代表するような作品。それにしても京都弁を話すこの作品の山本富士子は実に魅力的だった。
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