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キューポラのある街(1962)

メディア映画
上映時間100分
製作国日本
公開情報劇場公開(日活)
初公開年月1962/04/08
ジャンルドラマ
キューポラのある街 [DVD]
参考価格:¥ 4,104
USED価格:¥ 5,828
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【クレジット】
監督:浦山桐郎
企画:大塚和
原作:早船ちよ
「キューポラのある街」
脚本:今村昌平
浦山桐郎
撮影:姫田真佐久
美術:中村公彦
編集:丹治睦夫
振付:漆沢政子
音楽:黛敏郎
特殊技術:金田啓治
助監督:大木崇史
出演:東野英治郎石黒辰五郎(鋳造工)
杉山徳子トミ(妻)
吉永小百合ジュン(長女・中学三年)
市川好郎タカユキ(長男・小学六年)
鈴木光子金山ヨシエ(ジュンの友達)
森坂秀樹サンキチ(タカユキの友達)
浜村純
菅井きん母美代
浜田光夫塚本克巳(鋳造工)
北林谷栄うめ(その母)
殿山泰司松永親方
川勝喜久雄ノッポ(高校一年)
日吉順子中島ノブコ(ジュンの友人)
下元勉東吾(鋳造試験場技師)
加藤武野田先生(ジュンの担任教師)
西田隆昭ズク(タカユキの同級)
坂本勇男シミヅ(タカユキの同級)
岡田可愛カオリちゃん(タカユキの同級)
青木加代子リスちゃん(ジュンの友人)
小林昭二平さん(木型屋)
溝井哲夫内山(ヅク割り職工)
青木富夫松永鋳工の職工A
澄川透松永鋳工の職工B
土田義雄松永鋳工の職工C
会田孝久バーラキーバーテン
武田晴道少年A
谷岸典久少年B
杉山元少年C
河上信夫刑事
小沢昭一鑑別所の教師
小泉郁之助ラーメン屋の親爺
手塚央牛乳配達の少年
吉行和子女工員
高山秀雄
木下雅弘
岩城享
峰三平
東郷秀美
松川清
高槻親作
大川隆
木村潔
北出圭子
【解説】
 鋳物の町として有名な埼玉県川口市。この街にはキューポラという煙突が立ち並ぶ。昔カタギの職人の町にも時代の波が押し寄せる。旧来型の鋳物職人であるジュンの父は、働いていた工場が大工場に買収されたことからクビになってしまう。困窮に苦しむ一家だったが、ジュンはそんな境遇の中でも、自分の進路について一生懸命考え、パチンコ屋でバイトしながらも高校進学の学費を稼ごうとがんばる……。吉永小百合主演で、高度経済成長期の庶民の暮らしを温かなまなざしで描いた青春ドラマ。
<allcinema>
【関連作品】
キューポラのある街(1962)正編
未成年 続・キューポラのある街(1965)続編
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
1085 8.50
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【ユーザーコメント】
投稿者:呑気呆亭投稿日:2013-11-18 20:21:37
大袈裟に言うなら、この映画は日本映画史にいつまでも輝きを失うことなく残り続けるであろう一個の宝石である。ジュンを演じた吉永ももちろん好演だが、その弟のタカユキを演じた市川好郎とその友だち役のサンキチ(森坂秀樹)の二人がそれぞれに家庭の屈託を抱えながらも、鳩を売買したり牛乳を盗み飲みしたりする日常が生き生きとした精彩を放っていて、この時代相をリアルにそして詩的なモノクロの映像として定着されている。同時代を同世代として生きてきた者としては、涙なしには見ていられないノスタルジックな映画でありました。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:TNO投稿日:2012-08-26 19:35:01
貧乏家族の姉弟が、逞しく生きてゆくすべを模索する。混乱の戦後を生き抜く様がとてもいい。特に弟役の市川好郎は、吉永小百合を食ってしまっている。この家族よりも更に貧しい朝鮮人家族にも暖かい眼差しもあったりする。工場労働者の待遇が急速に改善される時代背景もある。この頃の映画は、吉永小百合と浜田光夫は、いつもセットですね。加藤武、杉山徳子、菅井きん、北林谷栄らのおなじみの顔も懐かしい。
投稿者:いまそのとき投稿日:2011-06-13 14:52:58
公開1962年4月当時の年齢。市川好郎、森坂秀樹、鈴木光子。若い人たちが生き生きとしている。およそ半世紀前。東京五輪直前の日本。まるで他所の国のように思えるくらいだ。しかし明日に希望らしきものがあった時代なんだね。教師の加藤武がなぜ勉強するのかをジュンに説くが、今同じ説教に何人が心を開くだろう。時代によって変わっただけじゃないと思うけど、明るい未来というには少し暗い現実がある。高度成長により得たものと失ったものは果たしてどちらが大きかったのだろう。
投稿者:gapper投稿日:2010-07-01 23:10:17
 東野英治郎、杉山徳子、吉永小百合、浜村純、菅井きん、浜田光男、加藤武、岡田可愛、吉行和子と多くの有名俳優が出ている。
 当時は、まだ無名な人もいたと思うがこの辺も名作になる要因だろう。

 パチンコ屋のシーンが出てくるが、BGMとしてスーダラ節が掛かっていた。
 同年の映画なのに、良くそんなことが出来たもんだと感心する。

 友達に北朝鮮人がいて新潟から北へ帰るというところ。
 最初の方で、「組合は赤だ」という台詞もあり、かなり社会主義を意識しているように思うが、オールシネマのコメントにはそのことには触れたものは少ない。
 まあ、良いとも悪いとも行っていない映画なので当然かもしれないが、民主主義でこれだけ貧しいとどちらが良いかと考えないのか?
 ただ、この映画としては貧困層の人々を描いたものであるので瑣末なことだが。

 11日に見た、アラバマと同じ年の作品で、同じように子役を使っている作品だが、こんなにも違うというのに驚く。
 日本では、敗戦を招いた大人はダメでその子供(団塊の世代)に夢を託すということなのかもしれないが、結果としては欲ばかりの人間になってしまった感がある。
 監督が生きていたら、どう思ったろう。
投稿者:こじか投稿日:2010-05-11 00:35:21
吉永小百合が爽やかに演じる映画なのかなと
少なからず先入観がありましたが違いました。
わずか数十年前の日本にはこの映画に描かれる様な風景が広がり、
キューポラのある街という映画を作る風土が"存在していた"のですね。
(原作は映画より前だとしても、)
それは残っていたのでも作られたのでもなく、
当時当然の如く存在していた日本の空気感なのでしょう。
そして、この作品から感じる閉塞と希望は今にも通ずる日本の姿。
なかなか観るに値する邦画作品でした。

※ちなみにこの作品への朝鮮絡みの議論には
個人的な賛否はございません。映画として観ましたのであしからず。
投稿者:半熟卵投稿日:2009-12-31 23:26:41
吉永小百合
投稿者:映画元気投稿日:2008-04-23 10:04:21
<元気コメント>
 技術立国日本を支えたのは中小の町工場であるといいます。
 貧しさの中に見せる生きることへの喜びが私を支えてくれました。http://eigadegenki.cocolog-nifty.com/1/2005/12/post_4d41.html
投稿者:o.o投稿日:2007-06-18 00:21:51
画面が素晴らしいと思いました。素晴らしいと言っても、一つ一つが物凄い映像だとか、そういうことではなく、しごく正攻法で、普通でありながら、今自分は確かに映画を見ているという風な充実感を感じさせてくれる映像でした。また、時折挿入される、街に沈む遠い夕日のショットの、その光が、息を呑むほど美しかったと思います。

内容的には、あっさり言ってしまえば「無知ゆえに大衆が貧困に喘く古く封建的な日本から、人権と民主主義と合理的な思考に目覚めた新しい日本の若人達が誕生しつつある」というものなのですが、自分でも驚くほど反発を感じなかったのは、映画として優れているからではないかと思っています。それにしても、活写される昭和三十年代の日本人を見ているとまるで別の国のようで、高度経済成長とは未曾有の出来事だったのだなと改めて思わされます。

「サヨナラ」と「ガンバレ」の嵐である、北朝鮮に帰る人々との別れのシーンでは、どうせもう会えないこの真面目な人達を待ち受けているのがグロテスクな共産主義体制だともはや分かっているだけに、何とも言えない感動を覚えずにはいられませんでした。彼等が「偉大なる首領様」を称えて歌でも歌わされている姿をあまり見たくはありません。「へこたれんなよ、頑張れ」と励ましながら笑顔で教え子を送る教師の姿に、歴史の残酷さと切なさを感じます。

「北鮮は新国家建設中だからビー玉なんかねえだろう。お前威張れるぜ」と言ってタカユキが「さんちゃん」に渡した餞別のビー玉が心の中に残った次第です。
投稿者:赤星渉投稿日:2007-05-19 01:27:39
昔、浦山桐朗の講演を起こした原稿を読んだことがあり、「山の手サラリーマンの吉永に、映画で描く世界のリアリティーが判るはずはなく、スタッフ一同で彼女をいじめて、泣きそうになったところでフィルムを回した」との話がでていました。確か以前NHKのドキュメンタリーで浦山の身勝手で意地悪な性格の話がでていましたが、本当だろうな、と思います。この映画、日本シナリオ大系で読んだことありますが、脚本が本当のよかった。今日確かめたら今村昌平なんですね、ど〜りで、良いはずです。映画よりももっと社会的な匂いの強いシナリオだと感じました。
とまれ、イジメられて名演したかもしれないけど子役が総じて素晴らしいですね。
主役の吉永とその弟役の市川はその後も映画に出ていますが、その他の子役は、この作品以外に主要な作品が見つけられません。
本当の名子役ってそんなものかも、だって、吉永さえ、この映画呪縛から離れられないのですから
投稿者:マジャール投稿日:2007-02-05 00:31:02
ア〜 なんと申しましょうか。
吉行和子が、素敵だった。東野英治郎も好演。
投稿者:さち投稿日:2006-03-07 09:00:38
yokatta
投稿者:流氷一滴投稿日:2005-05-01 23:37:46
【ネタバレ注意】

17歳の吉永小百合の演技がどれほどのものか見るためにDVDを買ったのだが、映画の内容自体も意外と良かった。とても、当時の子供(中学生?)向けとは思えない。

吉永小百合の演技だが、初めての主役とあって相当肩に力が入っているが、しっかり者の中学3年生の役をうまく演じている。もっとも、実年齢は高校3年だから、うまくて当然か。弟のタカユキを叱りつける時など、目がつりあがってたな。弟思いだが、結構おっかないネーチャンだったわけだ。親父は自分のことを「職人、職人」とやたら自慢するが、退職金はオートレースですってしまうし、せっかく娘(ジュン=吉永小百合)の友達の父が紹介してくれた仕事は蹴飛ばすはで、父親失格だ。しかたなく、おふくろが内職より割のいい飲み屋の仕事をするのだが、娘はその辛さが分かっていない。悪友にそそのかされてダンスホールで酒を飲み、危うく・・・というところで助けられる。中学校の担任に家まで来てもらい、ともかく学校に来るよう諭された後で、おふくろが飲み屋へ仕事に行く準備を始めると友達にもらった口紅を投げつけて泣き叫ぶ。よくまあ当時のアイドル女優にここまで汚れ役を演じさせたかと感心させられる。

ジュンがはめを外したのも、母親を罵ったのもしかたないと思う。ではジュンを改心させたのは何か。中学校の担任か。母親の後ろ姿か。小学校6年を頭に3人も幼い弟がいるのに親父にまともな仕事がないという現実か。それも確かにあるが、私は友達の金山ヨシエの存在が大きいと思う。父が朝鮮人、母が日本人の金山家は母を残して当時の北鮮に帰る。別れの夜、息子のサンキチに一目会おうと駅に来た母親を涙ながらに止めるヨシエ。「今、会ったらとーちゃんもサンキチも帰れなくなる。」その一部始終を見守るジュン。確かにジュンの家の貧困は相当なものだ。しかし、一家が離ればなれになる苦しさ・悲しさはそれを遥かに超える。

両親や兄弟が寝静まった後に、ヨシエが伝書鳩に託した手紙を読むジュン。そこに書かれていたのはヨシエの率直な気持ちとジュンへの温かい励ましの言葉だった。
結局ジュンは普通の高校への進学をあきらめ働きながら定時制高校で学ぶ道を選ぶ。工場見学の昼休みで女工たちが唄う歌の歌詞で「ひとりだけでは何もできない。みんなみんな手を結べ。話してみよう、語り合おう、つもり積もった胸のうちを。」がジュンの達した結論であり、映画を作った人の思いなのだ。

この映画ができてから40年以上たった今では、高校進学率は90%を超え、貧困のため高校進学をあきらめるということはほとんど消滅した。しかし、若年層の人口比率の低下にもかかわらず、企業の新卒求人に対する要求は厳しく、だれもが希望の職業につけるわけではない。高卒は言うに及ばず、大卒でもだ。

ジュンの担任が言った「受験勉強だけが勉強ではない。・・・働いていてもその中から何かをつかみ取り理解する。それを積み重ね、付け焼き刃でない自分の意見を創りあげていくのが本当の勉強なのだ。」は永遠の真実だろう。
一言付け加えるなら、若者だけでなく、大人にも当てはまることだと思う。

投稿者:iyan投稿日:2004-09-20 19:19:41
名作らしいということで前々から借りようと思っていたのですが、近所のビデオ屋になくてあきらめていました。
でも、実家の近くのビデオ屋にあり、やっと見られました。
東京オリンピック前の日本は今とこんなにも違ってたんだなと思いました。
ずっと後に生まれた私にとっては、歴史の教科書みたいでした。
投稿者:篭瀬山投稿日:2004-08-23 20:08:41
 確かにジュン(吉永)の主張はおおむね正しいと感じた。ただ描き方としては、社会の期待する規範を体現している訳だろう。あの二親から育てられただけでは、こうまで真っ直ぐには育つまい。つまりジュンを育てたのは社会だってことだが、その点この映画が見事なのは、人と人がときに濃く、ときに薄く繋がりあった社会というものをリアルに描けていること。学校の存在が過剰すぎるという批判も分からなくはないが、それは文部省推薦だから、と言うよりは、良くも悪くも学校の存在が実際に大きかったことの素直な反映だろう。

 この映画で描かれるどうしようもない貧困という社会悪は、今日では(わが国に限ってではあるが)ほぼ解消している。それはまさにこの映画に登場する人物たち、彼らの背後に控える無数の同時代人の努力によって解消した。それでもわれわれの社会は、さまざまな根の深い問題を抱えたままであるが、だからと言って悲観するには当たらない。ジュン(吉永)が最後に到達した解決策は、今の世の中でも有効であるからだ。手を携えること。世におかしいと思うことがあれば、率直に腹を割って語り合えば、意外とみんなおんなじことを考えていたりする。それが解決への第一歩であることは、この映画で描かれるとおり。この映画を過去のものとして振りかえることのできる我々現代人こそ、この映画から元気をもらえるし、何より人の世の可能性を信じることができる。

 文科省(旧文部省)は国民の教育を司る役所であり、本質的にこれはわれわれ一人一人の厚生を増すことに貢献するのである(そうでなくてはいけない)から、この映画が、文科省の推薦すべき映画であることは間違いない。8
投稿者:theoria投稿日:2003-08-28 22:49:05
当時の文部省推薦だか選定だか知らないが、官庁の御推奨映画ってのは市役所やら警察署やらの建物にブラ下げられた垂幕だか横断幕の標語の如く稚拙な内容のモノが多い。本作では川口市役所に「すくすくと明るくのびよう青少年」と掲げられているが、まさにそのもの。朝鮮への帰還事業を絡めつつ、不健全っぽい描写もあるが、総体的に健全な青少年育成を願った単純明快な作品。時代背景をアレコレ詮索するのはナンセンスであろう。貧乏だが成績優秀にして負けず嫌いの中学三年生のジュン(吉永小百合)は在日韓国・朝鮮人蔑視まっ盛りの60〜70年代に於いて、ドグマに陥った日本の大人達に対し痛烈な批判をして諌めようとする勇敢なヒロインとして登場する。然も朝鮮人の味方であるダケではない。「朝鮮人なんかと付き合うな!」と怒鳴る職人気質の鋳造工員の父(東野英治郎)に向かって「何も解ってないのに思い込むのを無知蒙昧というのよ!」と遣り返すダケでなく、「ニコヨンなんてごめんだ!」と言う父に間髪を入れず「ニコヨンて言うけど職業に貴賎はないわよ!」と窘め、「戦争でも始まりゃ、俺の出番だ!」みたいな発言には「父ちゃんみたいな人を自己中心主義って言うのよ!!」と止めを刺す。世間知らずのクセして何とも小癪なガキだ。挙句の果ては「私は父ちゃんに頼りたくないから働いて定時制高校に通う」などと啖呵を切る。所謂“模範的中学生”。弟のタカユキも姉に感化されているのか、在日朝鮮人(浜村純)の息子サンキチとは親分子分の親しい仲。帰国前に何とか愛しのカオリちゃんと共演したいサンキチは、タカユキの計らいもあって、学芸会で「にんじん」を演じることが出来たのだが、「朝鮮ニンジーン!」と客席から罵声を浴びせられる。サンキチ思いのタカユキは罵った奴に殴りかかる。そして感動のラスト?では姉のジュンと共にサンキチが帰国していくのを陸橋の上から激励しながら見送っている。まー、こんな“道徳映画”であるのだが、サユリストでない(コマキストでもないが)自分だからか、吉永小百合の綺麗事一色の役柄が誠に鬱陶しい。あんな正義感に満ちた小娘が今時どれほど存在するのか判らないが、ブラ4の流れる中で友人のノブコに口紅を塗ってもらうシーンを除いて可愛らしさは殆んど感じられない。敗戦国ニッポン。確かに民主主義のメッキは一応施されているから、出自によって一生が左右されるワケではない。民主主義=資本主義=金が命綱、と思い込んでいる御目出度いバカは今時は矢鱈と多いが、金など無くても野田先生(加藤武)が言うように勉強は勿論続けられるし、生きていくことだって可能だ。生きるか死ぬかなんてのは本人の意向に委ねられるダケの問題。皆の自由意志は尊重されるべきで、本人の努力次第で夢は叶えられるハズ・・・「みんなガンバレー!独立自尊バンザ〜イ!」ってなコトを叫びたかったんだろう。でも、小百合とやらが生意気なんだよな。アイドル時代は誰でも意気込んでいるから、その直向きな熱演振りは評価せざるを得ないが、まだ未熟過ぎたことと、浦山桐郎という日本の典型的にして正しく“鋳型”に嵌った凡夫が監督である災難もあってか、でしゃばり過ぎている割にはジュンの心理状態が熱の籠った切実なものとして伝わって来ず、掘り下げが甘く感じられて重量感がまるで無い。今村昌平が御多分に洩れず脚本に加わっていて、初潮を迎えるジュンの描出やら羽目はずしのあたりで貢献してはいるんだろうが大したことはない。こうやって大半の日本人好みの作品を“過剰に”貶すと、ナニやら自分が貶されたかのように錯覚して、作品絶賛か投稿者攻撃をする連中が必ずと言っていいほど直上に御出座しになる。だから所詮はメッキだと言うんだ。メッキとは剥げ落ちるモノなんだ。安っぽい。それが日本の民主主義じゃないのかね。誰それに対する反感や共感という安易な感想を述べるのは勝手だが、自分の言葉でもっと語れないものか?サイトの注意書きなどを引き合いに出したくは無いが、特定のコメントに対するコメントってのは傍で否応無しに見せつけられると不愉快だし、自分もバカなので、ヤられりゃヤり返したくなるので実に困ったもんだ。それこそ自分の出自やら所有物、趣味などを虚仮にされても腹は立たんが、人の意見にワケの判らん奴(特にガキ)が直接煽ってくる形で横槍を入れてくるのは鼻持ちならん。『キューポラのある街』・・・これぞ文部省(今は文部科学省か)が改めて特選とすべき映画の典型だ!! 詰まる所、クダラン。
投稿者:でこちゃん投稿日:2003-02-12 09:31:35
浦山監督のデビュー作。吉永を世に出したアイドル映画と捉えられがちで、みのがしている人もいると思います。リアリズムの傑作と第一に理解すべきで、日本映画史を考察するうえで必読文献です。戦前の『綴方教室』や本作品を観ると日本映画には確固たるリアリズムの伝統(最近は失われてしまった)があるのがわかかります。お勧めはなんといっても牛乳屋のエピソード。ジーンときます。もう一一つ、小沢昭一の鑑別所教師。ほんの少しですが、印象的です。さすが。
投稿者:アリョーシャ投稿日:2003-02-01 00:25:41
吉永小百合の初期の代表作。明るく美しく健気なヒロインを好演している。彼女が泣くシーンでは私も泣いた。当時の日本は今のように物が溢れかえる時代とは違って、まだまだ貧しかったのだ。そして人生に対し真摯であることが美徳であったのだ。今の真面目=ダサイと捉えられる時代は、やはりどこかおかしい。
投稿者:とと投稿日:2003-01-25 15:17:51
子供たちの掛け合いのあたりは、日本版「運動靴と赤い金魚」風ですね。
悪く言えば洗練されてないし、良く言えば素朴で率直です。
「アイドル映画」という批判もあるようですが、演技はきっちりできているので問題にはならないでしょう。
それよりも、貧困や在日差別・頽廃を描いた上でちゃんと希望も提示するという点で好感が持てる映画です。
15歳にして自分の力で生きることを決断した主人公に共感しました。
成人式にすべて親がかりで出席しておきながら、それで「大人になった」などと本気で思っている現代の「子供たち」に是非観てもらいたい映画です。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 作品賞 
 ■ 主演女優賞吉永小百合 
【ソフト】
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 【DVD】キューポラのある街2002/11/22\3,800amazon.co.jpへ
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