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典子は、今(1981)

メディア映画
上映時間117分
製作国日本
公開情報劇場公開(東宝)
初公開年月1981/10/07
ジャンルドラマ
典子は、今
参考価格:¥ 3,200
USED価格:¥ 16,496
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【ユーザー評価】
投票数合計平均点
110 10.00
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【ユーザーコメント】
投稿者:68生男投稿日:2018-07-16 20:15:46
どこの誰ともわからない私のことで恐縮ではあるが、私の好きな映画の、おそらく5本の指には入るだろう本作。特に、三上寛が出てきてからが大好きで、繰り返し見ている。エンドロールについては、主題歌も含めて、これ以上のものは見たことがない。

ロビカドやチラシを、部屋の壁に季節ごとにはりかえている。「紅を引く典子」「坂を上る典子」「マンドリンを弾く典子」「海を泳ぐ典子」おなじみのシーンだ。ポスターはずっとはってある。シーンにはない「ブランコをこぐ典子」だ。

別に、そこから元気をもらおうとか、勇気をもらうとか、そういう気持ちはあまりない。この映画がとても好きなのだ。
この映画には、どこか神慮ともいうべきものを感じる。それも、メッセージ性というようなことにではなく、計算では決してできない「偶然性」というようなものに対する興奮のような感覚だ。寛氏と典子嬢のやりとりなどは、偶然に偶然を重ねたような絶妙なようすを見せている。この映画が、両氏の人生における最大の使命で、それが天使の仕事だと言われても、驚かない。
そこから翻って考えると、やはりこの映画には、大切なメッセージがあるように思えてくる。しかしそれを、言葉にしたいとか人に伝えたいとか、そういうことは思わない。ただそこから受けた印象のようなものを、いつも胸に宿しておきたいのだ。
投稿者:こじか投稿日:2010-05-25 03:12:31
初めて知ったが、わたしの生まれた1981年10月の作品。
小学生の頃からこれまで幾度かにわたり鑑賞する機会がありました。
小学校の先生が授業で流したこともあったけど、
そのとき先生は、どうコメントしたのだろう。
最近それがとても気になる。
公開以来、賛否様々意見が飛んだと語り聞きます…。
投稿者:映画元気投稿日:2008-05-26 10:53:26
<元気コメント>
 以前スキーで片腕を左腕を骨折したことがあり、人間にとって片腕が使えないということがいかに不便なものなのかと思い知りました。
 しかし、彼女は、さらにその上の二本を、しかも生れた時からというハンディキャップ。
 まったく頭が下がります。 http://eigadegenki.cocolog-nifty.com/1/2008/05/post_f48d.html
投稿者:GRAN TURISMO投稿日:2006-05-05 22:48:26
近所のレンタル屋に置いてあるのでたまに借りてきて観ては感動しています。初めて観たのが確か小学5年生の時で、場所は学校の視聴覚室でした。最初に先生に典子さんの真似をして足で御飯を食べたり、字を書いたりしてはいけませんと注意されていたにも関わらず、悪ガキだった私は気持ちよく真似をして、おまけに腕をトレーナーの中に隠して「典子さんごっこ」と称した遊びをしてクラス中の大問題に迄発展させてしまったのを痛い位によく憶えています。でも、その時の気持ちを言わせてもらえば、決して面白半分でやったのではなく、映画を観て凄く感動して、興奮して、それを上手く言葉に表わす事は当然出来ずに結果としてあのような行動をとってしまったのかなぁ・・・というのが正直な所です。子供って残酷だからね。あれから20年以上の月日が経ちますが、今でもこの映画を観る度に幼かった自分を薄っすらと思い出します。心に残る映画ですよ。ラストに典子さんが海を泳ぐ場面で流れる音楽が凄く良いんですよ。今時の作曲家達には絶対作れない音楽です。興味のある人は一度御覧になってください。お勧めします。
投稿者:theoria投稿日:2003-10-20 22:38:14
サリドマイド系睡眠薬を妊娠初期に服用すると両上肢が殆んど無い奇形児が生まれるというサリドマイド禍。日本でも50年代末〜60年代初頭に掛けて、そんな身体障害児が多数生まれた。辻典子という実際の障害者(被害者と呼ぶべきか)が主人公であるこの映画。御本人には申し訳ないが、ハッキリ言ってクダラナイ。勿論、彼女の演技云々などではない。一生懸命に生きている姿は“本物”であるが故に心を打つし、然も、明朗快活で心優しい人物であろうことがカメラを通しても生々しく伝わってくる。また、「五体満足の奴等よ、シッカリせよ!彼女を見習え!」なんて善三さんが偉そうに観衆に説教している訳でもないので、其処の所も好感が持てる。・・が、何しろ底が浅すぎる。極言すれば、極限に達した彼女の“曲芸”を披露しているに過ぎない。母親役(渡辺美佐子)が「$100万のの足」と呼ぶのも頷ける。バレリーナ並の関節の柔軟性、及び、足の指の驚異的な器用さ!米粒も冷奴も卓越した箸捌きで口まで運ぶ。一発で針に糸を通す。足の裏で顔を洗う。トレモロも見事にマンドリンを弾く・・等々。「とにかく凄い!」・・・というダケの“見世物”映画に落魄している。自宅と職場(学校)を単調に行き来する生活というルーティンを少しでも外れ、一人で見知らぬ土地へ泊りがけで行こうものならば、切符を他人に買って貰い、車中では弁当を買って食べるにしても財布を隣席の他人に出してもらい、更には「食べさせてください」と御願いしなくてはならない。こんな沈痛な“一人旅”のシークエンスも記録映画的に配置されて真に迫っているのではあるが、作品全体の基調を形成するものではない。薬害問題に対する社会的見解やら、それを乗り越えて生き抜こうとする人々の並々ならぬ生き様への掘り下げが疎かである。残念ながら“見世物(曲芸)映画”の域を出ていない。更にはその弊害として、日常生活に於いて何でも器用にこなし過ぎるのを目の当たりにさせられるので、逆に素朴な疑問として、どうしても想像に苦しむ場面が思い浮かんでしまう(自分が余りにも下品ということかもしれんが)。 そう、排尿排便である。自宅や承知済みの職場の便所は彼女仕様なのかもしれないが、それ以外はどうするのかや?いくら器用とはいえ、パンツの上げ下げ(それともノーパンか?)には秘策があるのか? それよりも事後、ナニを拭くには「どないするのか?」「拭かないのか?」、それともアイディア商品が有るのか? 単純に“オムツ”装着なんだろうか??・・・ア、アカン。この映画よりも軽薄になってしもうたがな(毎度のことだが)。で、懲りずに駄目押しのバカな私の見立て。善三さん、サリドマイド障害児のことをアザラシ肢症と呼ばれる事実を御存知だったのだろうか。知っていて敢えてヤらせていたのだろうか?善三の悪気の無い何時もの平淡なる演出だったのか? まぁ、後者だとは思うが、ラストでアザラシの如くにスイスイ泳がせているのはチョイとノーテンキ過ぎた嫌いがある。苦悩は続くのだ。寧ろこれから深刻になっていくのだ。其処の所を完全に見限っている。“不器用な”サリドマイド障害者と知り合いである自分はチョッと複雑な気持ちだ。クダラン!浅い!という評価は矢張り的を得ていると言えよう。が、アブストラクトなクダラン作品と本作のようなコンクレートなクダラン作品を天秤に掛けてみるならば、映画としてはどちらがより好かれるだろうか?などと考えてみると、そんなことは火を見るより明らかだ。最近は映画と音楽を軽々に同一視する小便小僧が御盛況のようだが、そもそも“劣等感覚”という概念をまるで理解していないようだ。映画は映画で、音楽は音楽。完全に別物なのである。糞ガキどもの誤解を覚悟して“敢えて”解りやすく言うならば「映像(視覚)は音楽(聴覚)に絶対的に劣る」「同次元で語られるべきものではない」。詰まるところ、音楽よりも映画はコンクレートにせざるを得ない必要性を生じる。クダラン抽象的な映画よりはクダラン具体的な映画の方が好まれるのは当然で、尚且つ意義が有るということだ。換言すれば、クダラン一切の映画よりもクダラン一切の音楽の方がマダ価値はある、ということだ。視覚と聴覚の関係性。根源的な疑問。コレこそが実に素朴な疑問なのである。
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