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散り行く花(1919)

BROKEN BLOSSOMS

メディア映画
上映時間60分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(劇場公開)
初公開年月1922/04/
ジャンルドラマ
散り行く花【淀川長治解説映像付き】《IVC BEST SELECTION》 [DVD]
参考価格:¥ 1,944
価格:¥ 1,464
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【解説】
 絶対的ロリコンのグリフィスが永遠の少女リリアンに、究極の乙女を演じさせる。ここで彼女の被る苦難は、元プロボクサーの父による虐待。彼の他の大作のヒロインほど大仰な悲運ではないだけに、その逃れられなさは絶望的。名優クリスプがまた、この希代の憎まれ役に入魂の演技を見せるので、観客の誰もがうすうす、死の他に彼女を解放する手段がないことを予感する。その彼女に想いを寄せるのがバーセルメスの純真な中国商人。本来なら異様な、白人の東洋人への化身も、このバーセルメスにだけは許される。そんな真摯さに溢れた演技で、リリアンと清らかな愛を紡いでいく。後にゴダールによって「勝手にしやがれ」で引用されるラスト・シーンが美しい。瞳は悲しみを湛えているのに、リリアンはその白魚の指で口の端を上向きに歪ませて、最後の微笑を作るのである。
<allcinema>
評価
【関連作品】
勝手にしやがれ(1959)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
868 8.50
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【ユーザーコメント】
投稿者:Odd Man投稿日:2019-01-05 21:32:32
リリアン・ギッシュのようなか弱い美少女然が米国の主役キャラクターだったのが興味深すぎて。20世紀早々まではまだロマンティシズムの残り香が漂っていたのかな。
投稿者:o.o投稿日:2017-11-13 02:48:52
この映画は、自身も莫大な借金を抱えるほどの膨大な製作費を使い、しかも興業的に大失敗し、さらには評価も散々だったらしい、狂ったような超大作『イントレランス』(1916) を製作した D・W・グリフィスが、それを見て震えあがった映画会社に対して、自分も普通の映画を撮れるのだと示すために作ったのだそうです。私は決して気違いじゃないんだ、というところでしょうか。しかし、見事に大ヒットさせたということだから、さすが「映画の父」です。

当時、この作品によって映画は初めて芸術となったとさえ言われたほど評価が高かったそうですが、どうもピンときません。救いも解決もない、ただただ哀しいお話で、あんまり面白いとは思えなかったのが正直なところです。ただ、少女ルーシーと中国人チェン・ハンとの束の間の触れ合いの場面と、ルーシーの親父が出場するボクシングの試合の場面が小刻みに切り替わりながら同時進行するところは、いかにもグリフィスだなあと思いました。それにしても、当時のボクシングって、レフリーというものがいなかったんですな。

主演のリリアン・ギッシュは確かに美少女だとは思うし、当時は人気があったろうなあと推測しますが、何か「生ける人形」という感じで、ちょっと気味悪くさえあり、そんなに好きになれません。仏教の平和な教えを伝えるためにイギリスに渡り、夢破れて今は堕落した生活を送る中国人チェン・ハンは、リチャード・バーセルメスという白人の俳優が演じており、常にちょっと背を丸めて、卑屈な感じを出している演技は、今だったら確実に問題になるでしょうな。100 年前の映画だから仕方ないとは思いますが。

意外だったのは、この映画では「東洋 = 平和な文明」、「西洋 = 野蛮な文明」という構図をはっきり打ち出しているところです。上海で傍若無人に振舞うアメリカ人の水兵から、ロンドンのスラム街に暮す住民たち、そして、ルーシーをひたすら虐待して最後は殺してしまう親父まで、考えてみるとまっとうな西洋人というのは 1 人も出てきませんでした。こんな西洋人の自己批判とも言える内容の映画が、大ヒットしたというのも不思議な気がします。

もっとも、こういう自己批判的な映画を作れるというところが西洋文明の強さなんだろうなと思います。東洋人は、東洋文明を礼賛する映画はいくらでも作れるでしょうが、東洋は野蛮な文明だなどという映画は、まずは作れないであろうからです。その逆説を知るべきだと思う次第です。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2015-05-28 11:32:11
親父が斧を持ち出すと「シャイニング」を連想してしまう。
投稿者:uptail投稿日:2013-11-04 10:42:23
リリアン・ギッシュ
投稿者:out_to_lunch投稿日:2010-09-06 23:14:41
【ネタバレ注意】

(大学教授が片手間でやるような)不毛な批評(「凡庸」という語を連発する)のエピゴーネンであることに無自覚なのか、自覚して(喜び勇んで)なのか? 「グリフィス=モノクロ映像=美しい!」との感想が寄せられる。
(こういうのって、学生が多いんだろうなあ……学生といっても、「映画」の学校でなくてネ)

「そんな簡単じゃないなあ……」と呟きながら、グリフィスの名作を再見しての疑問。

.螢螢▲鵝Εッシュにも少し伝染してるんじゃないかと感じられるほど、突出したリチャード・バーセルメスの猫背。
この(映画としての)効果は、“現代の何”に貢献しているのか? 当時の意図かもしれない“黄禍論”を逆手にとってのヒューマニズム礼讃じゃないはず。
同じく、リチャード・バーセルメスの薄目の効果も、引っかかる。

▲螢螢▲鵝Εッシュの演技は、はたして“おおげさ”で片付けて済むのか? 
“可憐さ”を表現するとき、この“おおげさ”のオルタナティブは思いつくか?
あの“首の傾けかた”と歩行時の(ちょっとした)猫背を、安易に採用してしまうと思うけど……。

(疑問ではなく)主人公に対するリアクション(中国の民衆、アヘン窟の国際色豊かな中毒者達)が、バランス良く盛り込まれて、映画のリズムに寄与している。
この点は、時代の古さを感じさせない。考えてみれば、91年も前に、リアクションのインサートの手法は、ある意味、完成されてるわけだが、グリフィスがやり残した試みを(困難だけど)やらないといけないんだろうなあ。
同日、北野武監督の『TAKESHIS\'』を観て、その思いを強くした。

最後に、原題が、"flower" ではなく "blossom" を使っていることを教えてくれた方に、感謝します。
視野が広がりました。
ありがとうございます。

投稿者:gapper投稿日:2010-04-12 21:51:34
 サイレントらしい、大げさな演技の悲惨な少女との悲恋物語。
 90分の染色版を鑑賞。

 傷が多く状態はあまりよくなかったが、付随の音楽選曲はよく一箇所効果音も入っていてありがちな不満は無かった。

 リリアンギッシュは、26才だが幼く見える。
 時々おばさんにも見えるが、これは女優にはありがち。

 中国人青年のリチャード・バーセルメスは、有名な俳優だったがリリアンと異なり’42年で作品を終えているためか、今では印象が薄い。
 この作品と「東への道」が特に有名な主演のヒット作。

 悪役の父親役のドナルド・クリスプは、’63年まで出ているがほとんど脇役であまり意識していなかったが有名作や良作に多く出演していて、良い俳優であることがわかる。
 この作品でも両主演を引き立たせる脇役として、しっかりと仕事をこなしている。

【原題の考察】
 原題では、"flower" ではなく "blossom" を使っている。
 つまり、大輪の花ではなく、人に見せるために作られた花でもない。
 果実をとるために咲く実となるために咲く花である。
 複数形なのは、同じような少女が多くいるということ。
 実となるために咲いたのに散っていく、それを現した題名であろう。
投稿者:ピンクガンスモーキン投稿日:2009-09-05 13:40:57
【ネタバレ注意】

Ikeda氏の計算ミスだと思われるが、当時26歳(!)のリリアン・ギッシュ(1893-1993)が、15歳の薄幸な少女を演じる、異人種間ラブ・ストーリー(ロリコン風味)&ドメスティック・バイオレンス劇。

いきなりおそろしく感動的で美しい街角のシーンから始まり、最後まで絶品の風景を見せ続ける完璧なサイレント映画である。

リリアンの立ち居振舞いは弱々しげで、その斜視ぎみの容貌ともに、vulnerability(攻撃されやすさ)という言葉を体現しており、「可憐で人形のようだ」という形容を、無意識のうちに(いや、凡庸の極みだと重々承知のうえで敢えて)使わせずにはいないモノがある。(実際の身長は164cmというから、それほど小柄ではないらしいが)。

余談ながら、AFIの「伝説的女優ランキング」第17位というのは、さすがに無いだろう(キャサリン・ヘプバーンが1位、ベティ・デイヴィスが2位)。おかしなもんだ。

女優とともに、目に焼き付けられるのは、相手役のリチャード・バーセルメスの異様な猫背ぶりと、ヨタヨタした動きである。この「イエロー・マン」が一瞬、自宅2階に少女を匿う場面が、ひとつのクライマックスを形成するが、他方で、無闇に強いボクサーが憂さ晴らしにこの一人娘を鞭でぶちまくるシーンも終始観客を惹きつける、と思われる。つまり、リリアン・ギッシュという稀代の素材を、(男として)「愛玩したい」という欲望も、「虐げたい」という欲望も、両方叶えるような出来上がりになっている。

原題は、『散り行く花、あるいは、少女と黄色い男』 (Broken Blossoms or The Yellow Man And The Girl)である。「黄色い男」ってのは、さすがに最近では言及されないが、映画のオープニングにハッキリ書いてあるから仕方がない。それに、人種差別的な父親を描く作品なのだから、ミュジドラ氏のコメントにあるような懸念は無用。(そもそも「政治的に正しい」かどうかは、映画の良し悪しに影響を与えることが“出来ない”のだ)。
ちなみに、ウィキペディアによると、いわゆる「黄禍論」華やかなりし頃、グリフィスが寛容をテーマに制作したという。

上映時間は90分(サイトの表示「60分」は間違っている)。サイトの解説文にある「元ボクサー」というのも間違いで、父親役は、現役の賞金稼ぎボクサーとして、ファイト・シーンをフルに演じ、シーンとしても(長さ的にも)かなり目立つので、『ロッキー』とかのファンも観るべきだぜ(笑)。

◆◆◆◆

9/14
冒頭の「Ikeda氏の計算ミスだと思われるが、」は、不要な記述になりました。
(Ikeda氏もミスするほどの年齢ギャップに驚くべし、というニュアンスで、原文を残しておきます。)

投稿者:ミュジドラ投稿日:2006-05-02 19:24:47
 現在ならこんな映画はまず製作されないだろう。『国民の創生』ほど露骨ではないにしても、人種差別的な視点が根底にあることは確実だし、第一ストーリーそのものが古臭すぎて今の観客に受け入れられるようなものではない。だが、ロンドンの霧深い下町(特に夜のシーン)は幻想的で美しい。
 リリアン・ギッシュは『Broken Blossoms』という原題のイメージそのものの、生きた人形のような可憐さを持つ少女ルーシーを、情感豊かに演じている。父親から理不尽な虐待を受けても、それにじっと耐えている彼女を見て、恐らくほとんどの人は「逃げればいいのに」と思うだろうが、逃げ出した彼女をかくまってくれたチェンの家も、結局彼女の安住の場とはならなかった。観客に強烈なシンパシーを起こさせるルーシーは、ギッシュの当たり役である。
 野獣としか言いようのない父親を演じたドナルド・クリスプは、30年代以降は知的で温厚な紳士を演じることが多くなったので、バロウズという男の荒々しさ、野蛮さはかえって新鮮に感じられたほどだ。
投稿者:Ikeda投稿日:2003-10-10 16:05:27
26才のリリアン・ギッシュが15才の少女を演じ、その可憐さが評判になった映画です。それには虐待する父親ドナルド・クリスプの名演が大いに関係があると思います。リチャード・バーセルメスも西洋人から見た純朴な中国青年を完璧に演じています。
この映画が作られた1919年と言えば、一次大戦が終わった翌年で、戦勝国の一つであった日本に対して、中国に対する干渉を警戒することもあって、欧米諸国の排日運動があった頃です。かなり悲惨な内容ということもあり、アメリカ映画なのに上海が最初の舞台になり、次いでロンドンでの話になる所など、その辺にも関係がありそうです。
それは兎も角、リリアンの可愛らしさは素晴らしいです。指で口を広げ、笑顔を作るシーンは彼女自身が考えたものだと言うことも聞きました。ラスト近くでは、バーセルメスの部屋とクリスプのボクシングとを、パラレル・アクションで展開する所があり、かなり効果を上げています。

[2009-9-5]
リリアンの年齢を間違えていましたので修正しました。
「ピンクガンスモーキン」さん。有り難うございました。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
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