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全身小説家(1994)

メディア映画
上映時間137分
製作国日本
公開情報劇場公開(疾走プロダクション=ユーロスペース)
初公開年月1994/09/23
ジャンルドキュメンタリー/ドラマ/サスペンス
全身小説家 [DVD]
参考価格:¥ 5,184
価格:¥ 3,624
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【解説】
 「ゆきゆきて、神軍」の原一男監督が、平成4年5月にガンで亡くなった小説家・井上光晴の晩年の5年間を追ったドキュメンタリー。映画は、彼が文学活動の実践の中心に据えた伝習所に集まった生徒たちの語るエピソードや、文壇で数少ない交友を持った埴谷雄高、瀬戸内寂聴らの証言を通して、井上光晴の文学活動を捉えるとともに、撮影開始直後に発覚したガンと闘う姿を生々しく撮り続ける。さらに、親族や近しい関係者たちの証言から彼が履歴や原体験を詐称して文学的虚構を創りあげていた事実をも暴き出して、まさに“全身小説家”だった井上光晴の実像に迫る。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
431 7.75
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【ユーザーコメント】
投稿者:黒美君彦投稿日:2019-01-15 14:15:45
【ネタバレ注意】

井上光晴という作家のことを実は私は作品以外では殆ど知らない。重厚な文体、ぐいぐい迫ってくる筆圧、不勉強な読者に過ぎなかったが、ずっとこのドキュメンタリー映画のことが気になっていた。
この映画では井上光晴(1926〜1992)の晩年を3年半にわたって密着したドキュメンタリーだ。
埴谷雄高宅での新年会で突然激昂したり、無頼派を気取ったり。地元の佐世保をはじめ各地で開いた文学伝習所には、彼を信奉する男女が大勢集まる。とりわけ女性に対しては見境なく口説いていたらしく(埴谷曰く「三割バッター」…10人口説いて3人はモノにした、ということらしい)、伝習所の女性たちが目をハートにして井上への恋情をを語るシーンはある意味コワいくらいだ。今なら間違いなく週刊誌で書き立てられ、文壇から追放されたに違いない。
時折井上の講演や見舞いに現れる瀬戸内寂聴との関係もまた露骨だ、と原一男監督は語る。井上の葬式で寂聴は「性的なものはヌキの関係でした」と述べるが、埴谷雄高は「この映画のいちばんのウソつきは瀬戸内寂聴だな」と言ったとか。
この井上光晴という作家、自作年譜があるが、映画の後半ではその年譜や実体験に基づくとされた小説が嘘っぱちであることを暴いていく。小説家なのだから、年譜に至るまで虚構であってもおかしくはないが、それも徹底している。生まれた場所も、父親のこともみんな嘘。大学も嘘。みんな嘘。
徹底した自己演出をしてきた小説家の全身がまさに「嘘」であることを描いたのがこの作品であり、そこには作家の業とでもいうべき「嘘八百」の悲哀さえ感じさせる。
そんな彼がS字結腸がんが肝臓へ、肺へと転移し、手術はもう無理だと宣言される。恬淡とした彼のことだから、死をも受容するかと思いきや、彼は生への執着もまた凄まじかった。最後には脳に転移し、原監督は取材を断念したそうだが、あらゆる手段を使って生きたいという彼の執着は、虚構を描き切っていない、という思いからだったのだろうか。
ここで描かれた人たらしの井上光晴。彼の存在は、現在ではもう得ることのできない破天荒な作家の姿でもある。

投稿者:tusaka投稿日:2007-07-22 03:28:20
井上光晴は言う。自分史の中のいくつかの事実を取り上げて語る時、それはフィクションだ、と。自分史で語る所と語らない所をよりわけることで、語ったことが事実であっても、その一方で語られない事実もあるからだ。
映画は井上光晴が履歴や原体験を詐称していた事実を暴き出し、まさに彼自身が小説というフィクションを構築する人生を歩んできたことを露わにする。
瀬戸内寂聴が、井上光晴は何か守らなければいけない過去があり、それを隠蔽するために数々の虚構で自分を飾っていたのかもしれないと語っている。
井上光晴の「嘘」の人生は、しかし、単に上辺の言い逃れの「嘘」ではなく、明かな事実である過去の上に積み重ねられ、今を生きる自分を創り上げるフィクションなのだと思う。
小説にしろ、映画にしろ、すべてはフィクションなのだ。でも、自分(作家または映画監督)の立ち位置さえはっきりとしていれば、ひとつの事実、小さな事実を織り込むことで、それは人の心を動かすフィクションであり真実なのだ。
それが小説や映画の目標とする虚構なのだと思うし、まさに井上光晴は「全身小説家」そのものなのだと思う。
ノンフィクションからフィクションを知るとは思わなかった。
投稿者:ぶくろう投稿日:2005-04-07 23:10:12
題材にもともと興味がなかったので…。でも興味深く見れました。
投稿者:とし投稿日:2002-08-29 17:45:12
非常に地味な映画である。井上光晴というこの小説家自体、はたしてどれだけ知られているのか(もちろん純文学の世界で大家であることは文学をかじったものには周知の事実ではあるが)。しかしながらこの人が自身を語るとき、事実と異なっていることが他人の証言によって次々と暴露されていく、その展開はドキュメンタリーであるがゆえに実にスリリングだ。彼の語る言葉はたとえそれが自分のことであろうと「小説」なのだ、ということがかえってリアルですさまじい。「事実」と「真実」とは違う。虚実皮膜の世界こそがこの世の真実なのだ、と思う。
 ゲーテは自伝を「詩と真実」と名付けた。自身の半生を「詩」と称することは「事実」と言うよりもその方が彼にとっては正直な吐露だったのだろう。井上光晴の場合ゲーテの「詩」にあたるものが「小説」だったと言い換えることは易しい。が、このドキュメンタリーを撮った監督はそういったことを知っていて逆手にとったと私には思える。「全身小説家」というタイトルは非常にアイロニカルなものなのではないか。“すさまじきもの”を観た気がする。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 特別賞(作品) 
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
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