allcinema ONLINE オールシネマ 映画&DVDデータベース
検索オプション

奈緒ちゃん(1995)

メディア映画
上映時間98分
製作国日本
公開情報劇場公開(奈緒ちゃん上映委員会)
初公開年月1995/07/29
ジャンルドキュメンタリー

【ユーザー評価】
下記フォームからあなたのこの作品に対する採点を投票してください。
メールアドレス年齢性別
評価 (低い←→高い)
12345678910
【ユーザーコメント】
投稿者:黒美君彦投稿日:2007-01-13 17:49:39
【ネタバレ注意】

伊勢真一監督の姪にあたる西村奈緒さんの8歳から20歳までを追った作品。
奈緒さんは生まれつき重度のてんかんと知的障害があり、長くは生きられないだろうと医師から宣告されたという。伊勢監督は、プライベートフィルムとしてカメラをまわし始め、いつしかフィルムはドキュメンタリー作品へと成長した。障害児を育てるという緊張感が続くなかで、西村家の父、大乗(おおのり)さんと母、信子さん、それに弟の記一君が、それぞれ支え合いながら暮していく姿が等身大で描かれる。とりわけ母親の信子さんの行動力は素晴らしく、率先して資金集めをしながら仲間の輪を広げ、行政も巻き込みながら作業所の設立まで果たしてしまう。様々な苦悩とともに生きながら、そこにかけがえのない家族のしあわせが捉えられていた。
優れているのはカメラと被写体の距離感の絶妙さだ。西村家の人々は、カメラがあるのは自明の理であるかのようにふるまう。それはカメラがないかのようにふるまう、というのとは明らかに違う。カメラがそこに確かにあることを意識しながら、日常を生きているのだ。
例えば母の信子さんが、勝手にジュースを買ってきた奈緒さんを激しく叱責するシーンがある。幾分逆らう素振りを見せた奈緒さんに、信子さんは手を上げ、謝らせる。
カメラはその様子を少し離れたところからじっと捉えている。自らの生き方に自信がないと、「さっきのあの場面は映画には使わないでちょうだい」と母親はいうだろう。撮影する側がおもんばかってカメラを止めることだってある。しかし、互いにそんなことはしない。このときカメラは淡々と、見方によっては冷淡に事実を捉える。それは取材者と取材される側の間にある堅い信頼関係、といったありふれた言葉だけでは説明できない。
カメラはカメラなのだ。当事者ではない。
このドキュメンタリー映画の優れている点は、取材者も、取材される側もそのことを徹底的に意識していることであるように思う。もちろんカメラがまわっていない場面では、スタッフもまた西村家に限りなく近い場所にいるに違いないのだが、撮影中はきちんと距離を保っている。それはスタッフの努力もさることながら、取材される側がいかに自律的に生活に取り組んでいるかという証しでもある。

【広告】

【スポンサーリンク】



【スポンサーリンク】



allcinema SELECTION

allcinema SELECTION