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ジャンヌ・ダルク(1999)

THE MESSENGER: THE STORY OF JOAN OF ARC
JEANNE D'ARC
JOAN OF ARC

メディア映画
上映時間157分
製作国フランス/アメリカ
公開情報劇場公開(SPE)
初公開年月1999/12/11
ジャンルドラマ/歴史劇
映倫PG-12
ジャンヌ・ダルク スペシャル・プライス [Blu-ray]
参考価格:¥ 1,944
価格:¥ 1,349
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【解説】
 リュック・ベッソン監督がフランス歴史上名高い少女、ジャンヌ・ダルクの悲劇を描いたスペクタル・ロマン。フランス救国の英雄と謳われながらも、聖処女、狂人、魔女とさまざまに囁かれてきたジャンヌを、ベッソンが独自の解釈で捉える。ミラ・ジョボヴィッチ、ジョン・マルコビッチ、ダスティン・ホフマン共演。百年戦争下のフランス。英国軍に両親を殺され、親戚のもとに引き取られたジャンヌ。ある日教会で神の声を聞いた彼女は、自分が神の使者であると確信する。やがて成長した彼女は、王太子に認められフランス軍を指揮。彼女の存在で軍は息を吹き返し、闘いは奇跡的な勝利を収めるが...。
<allcinema>
【吹き替え】

金曜ロードショー
※このデータは放送当時の情報です。
松本梨香ミラ・ジョヴォヴィッチジャンヌ
山寺宏一ジョン・マルコヴィッチシャルル7世
此島愛子フェイ・ダナウェイヨランド
津嘉山正種ダスティン・ホフマンジャンヌの良心
内田直哉パスカル・グレゴリーアランソン公
大塚芳忠ヴァンサン・カッセルジル・ド・レ
谷口節チェッキー・カリョデュノワ伯
玄田哲章リチャード・ライディングスラ・イール
関俊彦デズモンド・ハリントンドーロン
放送2004/09/24 日本テレビ 金曜ロードショー
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
17103 6.06
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【ユーザーコメント】
投稿者:ピースケ投稿日:2014-09-23 22:57:07
ジャンヌちょっとヒステリック過ぎ。
感情移入できなかったな。
投稿者:UFO投稿日:2013-11-03 20:21:46
普通に楽しめる。
投稿者:jb投稿日:2012-08-07 15:40:08
普通に観れた。
投稿者:Kircheis投稿日:2012-01-07 11:34:15
ベッソン流の解釈で描いたジャンヌ・ダルク。

実際は姉はいないから殺されてイギリスに対する憎しみを募らせたというのは作り話。
俺はその最初の設定がダメだったと思うんだよね。
ただ個人的な復讐心の為に、神の啓示を受けたと妄想してしまった狂信者としか見えなくなってしまう。

実際のとこ彼女が告げたオルレアン解放とシャルル7世の戴冠は成された訳だし、民衆から絶大な人気が出ただけでなく、仲間の兵士や将校からも信頼を勝ち得たのには神性があったからだ。

そこをすっ飛ばしてキレやすく自己中な女としてジャンヌを描いたのは誤解を招くだろう。

ミラ・ジョヴォヴィッチのジャンヌ・ダルクがイメージとそぐわない為に評価する気になれない作品だな。

その他キャストもかなり豪華なだけにもったいないと思うが、ダスティン・ホフマンとフェイ・ダナウェイは存在感があって良かった。
投稿者:venomflog投稿日:2010-10-28 13:36:01
【ネタバレ注意】

「結局ジャンヌ・ダルクはアルカイダやブッシュ政権下のアメリカとまったく変わらない」って言いたいわけですか? 9/11以降の対テロ戦争での狂奔ぶりを見れば、そのメッセージは決して間違っているとは思わないのですが、だからってそれを歴史でやるなよベッソンと、生温かい目になる映画でした。

この作品においてジャンヌ・ダルクは、現代人の共感を一切断つように描かれています。彼女の人間的な弱さに惹かれる部分もなくはないけど、基本的にはキーキーキーキーうるさいだけ。フランス軍が「神の名の元の戦争」をしていなければ、相手にされない人だったと思わずにいられません。

戦闘シーンはもっと露骨。「グラディエーター」みたいな雄々しさに欠け、中世の武器で殺し合う残酷さを徹底的に見せつける。首がはね飛んだり、蜂の巣になったり、俺の好きな(でも世間受けが悪そうな)演出がテンコモリ。

これを見て「面白い」と思う人は俺を含めて世界的にも少数でしょう。特に歴史オタクは見ない方がいいです。単なるガサツな駄作にしか見えないでしょうから。

投稿者:uptail投稿日:2010-02-06 12:18:29
ミラ・ジョヴォヴィッチ
投稿者:投稿日:2008-10-28 19:23:00
【ネタバレ注意】

一生懸命やったジャンヌが可哀想だった。ダスティン・ホフマンをジャンヌの良心と紹介していたが、神でしょう!?何故、ハッキリ神と言わないの?まだまだアチラでは神は重いのか。

投稿者:bread and milk投稿日:2007-09-24 04:24:12
「自分は神のお告げを聞ける人」と大ボラ吹いて、復讐心に燃える基地外女。
虚言を盾にする自分を守るために、いつもキレがちでとっても痛い女の子。
オドオドした態度もうっとぉしかったわぁ〜。
でも、神の声を聞けるなんて人を信じない人種の私は、「実際のジャンヌってこんなもんだったんだろうな・・」と思ってたので、結構面白く見れた。

後半がつまらないという人多いけど、このダスティン・ホフマン (ジャンヌの良心)とのやり取りのほうが見物だと思う。
自分のやってきたこと(自分は誰一人殺してないとか)を、心の底まで沈めて、シラを切って神にすがって助かろうとゴチャゴチャ言い訳するジャンヌには相当イライラしてたから、ホフマンの無駄の無い追求の仕方は「うまい!」と思った。
「お前はが見たかったのはこれだ」と天から剣が舞い降りてきたシーンは大爆笑。

でも、、、思い出したくないこと、ここまで思い出したら、本当に心残りはなくなるものなのかな?
そのあたりがちょっと引っかかったけど、物語はサクサクと進む。

現実の火あぶりの刑はもっと露骨だったらしい。
それ考えるとちょっとアレだけど、私は処刑されて当然と思ったね。
大体、あんなハッタリと運任せで、戦争に勝てるわけないじゃん。
「アンタの利己的な『神のお告げ』とインチキカリスマのせいで、どれだけの人が犠牲になったと思ってんのよ!」って思うから、私があの処刑場にいたら、ガソリンぶっかけてたかもね。

何度も見たくなる映画ではないけど、戦闘シーンも含めて、見所は結構たくさんある映画だと思う。
投稿者:ロビーJ投稿日:2007-05-21 14:16:21
個人的に私はあまり歴史スペクタクルというジャンルは好きではありません。本作もテレビでやっていた時に見たのですが、少し理解に苦しむというか“神”というハッキリとは分らない事にあまりにも取り付かれていくジャンル・ダルクという少女が可哀想でならなかった。確かに戦闘シーンなどは迫力があったけれど、ラストの彼女の姿は・・・ひど過ぎる。でもミラ・ジョヴォヴィッチの演技はなかなか良かったし、彼女でなければ出来なかった役なのかもしれないと思った。とにかくいろんな面で“問い”を感じる映画だった。
投稿者:チャップリン投稿日:2007-02-22 07:32:31
「聖少女」ジャンヌ・ダルクのタブーに挑んだ作品。こういう見方もできるんじゃないかなと感じた。戦闘シーンがなかなかリアルで良かったと思う。
投稿者:なちら投稿日:2007-02-22 01:01:48
まあまあ面白いほう。
投稿者:ケラヒロミ。投稿日:2006-12-21 17:01:11
ミラかっこいー。なかなか良い演技してたと思うけどなぁ。
映像も迫力あるし綺麗でした。
投稿者:nabesiki投稿日:2006-10-15 18:33:50
この作品は、ある掲示板でお勧め作品と書かれていたので見ました。主人公が果たして統合失調症だったのか?と言う感想で、関心を持ちました。上映当時に新聞の広告で目にしましたが、人物について無知で無関心でした。この作品で知ることが出来てよかったです。
作品中にはイエスキリストに似た人物が一瞬登場し、かなりのインパクトを覚えましたが、この何処か不気味な人物の描写に重要な意味があるように思いました。ジャンヌにとっての神(救い主)とはこの様に何処か歪んだ形となって描かれると言うことに。この事により、ジャンヌが後に、監禁場所で神との対話をするときに、自己の歪んだ内面を突きつけられて苦悩するという場面の一つの伏線という風にも受け取れる気がしました。
後は、映画に出て来る風景は美しく、ジャンヌが身体検査を受ける場面もきれいで、(変態的な意味ではない)映像が豪華だと思いました。
投稿者:william投稿日:2005-02-24 18:38:22
これもまたかなり期待はずれの大駄作。というかダスティン・ホフマンはありゃギャグキャラなのか?
はっきりいってミラ・ジョヴォヴィッチ演じるジャンヌ・ダルクにカリスマ性は全く感じられません。単なるヒステリー女です。これなら「ブレイブハート」を見ましょう。
投稿者:ゆんず投稿日:2005-02-21 02:30:45
「嫌な映画だ」と、観た友達は吐き捨てるように言ってこの作品をまるっきり否定してたけど、僕は特に嫌悪感を覚えなかったです。ジャンヌ・ダルクが火あぶりになることは歴史的事実で、観る前から分かっていたので。友達も分かってたはずなんですが、それでも許せなかったようです。

僕は、火刑直前のジャンヌの葛藤と、その結果もたらされた悟りに注目したいです。彼女が生きているうちに、自力でその高みに辿り着けて本当に良かったと、なんだか嬉しくさえなりました。
自分の行動理念の始まりを、ただの思い込みだったと認めることで、ついに彼女は常人よりずっと上の精神的ステージに登った、と解釈できそうです。
処刑場に赴くジャンヌの落ち着きと、本来ならより高いステージにいるはずの、刑を執行する聖職者の不様な動揺の対称が、その解釈の裏付になるかと。

「その意図でこの作品は作られた」と僕は思っているんですが、自分の心の分身として、架空の別人格を出してまで葛藤の説明に力を入れるんなら、作品の意図自体をもうちょっと分かりやすく出してほしかったです。
僕の解釈もハズレかもしれませんね。まぁそれでも自分なりの解釈を持てて満足なのですが、上述の友達なんか「カネ返せ」と言わんばかりでしたし。http://www.hi-net.ne.jp/~shoyu/
投稿者:karr投稿日:2004-12-03 16:41:43
大音響の聖歌の中で繰り広げられる戦闘シーンと、その凄まじいスピード感。圧倒される。スピード感においては、特筆すべきものがある。
それに、キャストそれぞれの個性が、際立つとまではいかなくとも必要性を満たす程度にうまく描かれている。例えば往年のイメージを一変させられた感のあるフェイ・ダナウェイの存在感。冷血ではありながら大きな心を秘めていそうな雰囲気を醸し出している。ジョン・マルコビッチも、どこか頼りない一風変わった役柄を好演している。
さて、リュックベンソンが何を訴えたかったのか。私なりに考えてみた。
結論から言えば、いくら神の名においても戦争は正当化されないという反戦映画なのではないかと、私は思った。
ジャンヌを示す旗が翻ると共に、疾走する華奢な甲冑姿の少女、そして、かすれ裏返りながらも力のこもった女の声が戦場にこだまする、この珍しい状況を敵も味方もどんな風に受け止めていたのか。
つまり、勝利を目指し無我夢中で取り組む姿勢には味方の誰もが魅了され、逆に敵側にすれば自分の立場に疑問を持たざるを得ない。正義の所在が自らの側にあると信じる事が出来るか否かが勝負の分かれ目。故にフランスが勝つのは当然。神がフランスに加担した訳ではない。
また、訊問によって、自ら覆い隠していた記憶の霞を取り払われてゆくジャンヌ。そして現れるダスティン・ホフマン。
彼は、神や悪魔の化身というよりも、ジャンヌが人間的に成長する(あるいはその逆?)事によって芽生えた冷静な判断力の象徴ではないかと思う。結局は、無我夢中故に自分の汚れた部分を覆い隠していた事に気づき、大儀の為なら何をしてもいいと思っていたことを懺悔する。
また、イエスが十字架にかけられる事を神の意志であると受け止めていたのに反し、ジャンヌは死を恐れているのか、迷っているようにも描いている。人がジャンヌの言葉を信じる信じないはどうでもいいことではないか。神は知っているのだから。
リュックは、同国民でもあり永遠のヒロインでもあるジャンヌを生贄にしてまでも反戦を訴えたかったのかもしれない。
ジャンヌが多くの可能性の中から神の啓示を選び取ったのと同様に、リュックも、多くの可能性の中からこのジャンヌ像を作り上げたのだ。
映画のいい所は、作り手だけでなくそれを見た側にも自分の感性でその人物像の可能性を選び取る事が出来る点にある。そう考えると、レビューの存在価値に疑問が生じてしまった。
投稿者:投稿日:2004-09-25 23:16:59
本当に人々を守るために戦っていた。
復讐のためなんかじゃなかった。
でも最後の戦いで多くの仲間の血を見たとき
彼女の心の中に、自分自身への疑問が生まれた。
"私は本当に人々のために戦ったのか"?
"姉を殺したイギリスへの復讐だったのではないか"?
そして彼女は罪の意識に駆られ、懺悔した。

ということなんでしょうか?

彼女が神の申し子だったかはわからないけれど
清純な心を持っていたということだけは、確か。
投稿者:靴下投稿日:2004-09-25 12:37:08
魔女裁判にかけられたシーンで、聖女としてのジャンヌに泥臭〜い人間味を持たせていたのが中々面白い解釈。
投稿者:マチ投稿日:2004-08-17 02:32:05
【ネタバレ注意】

数あるジャンヌ・ダルクの映画の中で、この作品はちょっと違うなって思いました。ジャンヌ自身の精神的なストーリーというか…。最後は知ってるけど、やっぱ主人公が死んで終わるのって寂しい。この作品はミラの熱演で救われた気がする。

投稿者:民生1973投稿日:2004-07-16 06:49:46
力作。
リュック・ベッソンも、この作品あたりまでは良かったのだが…。
投稿者:さち投稿日:2004-06-17 07:57:30
普通によし
投稿者:ソイミルク投稿日:2004-03-11 01:19:45
【ネタバレ注意】

この映画は、ダスティン・ホフマンが全て。“ジャンヌの中の相反するもう1つの考え”としてジャンヌの中でだけ見える、自分の中のもう1人の自分の考え。

本心では、“神の思し召しとして、神の使いとして”、大義として戦って平和を祖国フランスにもたらしたいと強く信じているが、しかし、実際には相手にも自分にも多大な犠牲者だけが出て、只沢山の人間の血が流されただけでしかない。「こんな筈はない、なぜこうなったのか……?」と心の中で自問、葛藤する内、もう1つの考えが浮かんでくる。戦っていく内に、平和が訪れない事に、こんな筈ではないと疑問に思う。その時、頭の隅をかすめる、「もしかしたら、神などはいないのでは……? 自分は神の使いなどではない……?」という、自分の希望を否定する全く逆の考え。しかしすぐに、必死でそれを打ち消す。そうして意地でも戦いを続けていった。そうしなければ、今までの自分の信じてきた物が、全く意味などは無かった事になってしまうからだ。

自分の信じている理想とする希望、しかしそれは現実ではなく、現実を見てよく考えた時、そのもう1人の自分の考えが浮かんでくる。自分の信じている希望からすれば受け入れたくはない、だがそれが実際の現実。「神の徴として剣が天から神々しく光と共に降りて来たのではなく、ただ、野原に、剣が、あっただけ。」という、最も象徴的な話。自分の信じる希望に合わせて、見た物に、理由を考えて作る。大切な素晴らしい意味がそれにあって、また、自分に与えられたのだと。「見たい物を見た」という事だ。

しかし、「全部単なる事象で、意味などはなく、偶然それぞれの事象が起こっているだけ」と考えて生きるなら、人は何も成し得ないだろう。「希望」を持って、それを信じて行動していくからこそ、何かを成し得る事も出来る。但し、余りに視野を狭めてそれしか見る事ができずに間違ってしまえば、間違った方向に進んでしまう。ジャンヌがシャルル7世に向かって「フランスはあなたの物ではない」と言った時、「人々の物」と言うのかなと思っていたら、彼女は「神の物」と言った。その時、「ああ、彼女は強く信じ過ぎる余り、視野や考え方が狭くなり過ぎて、それだけしか見えなくなってしまったんだ」と思った。「希望」によって、それを信じて生きていく時に生まれるのが、「行動力」だ。それによって、1度は“奇跡的な”無血勝利をフランス側にもたらしはしたが、やはり、戦いで平和はもたらせないのだ。そうして、自分自身で自問葛藤する。そして、もう1人の自分の考えが、現われたのだ。頭では信じたくはないが、現実を見て考えていけばいく程、信じていた希望とは逆の考えが浮かんでくる。その実際の現実的考えとは、今までの自分を全否定するようなものだった、という事。

「救われるべきは自分の肉体ではなく心」と彼女自身が言った事。ついに捕らえられ、いよいよ今までの事を、もう1人の相反する自分の考えと葛藤しつつも考えていく内、本当に一点の曇りもなく心の底から解って、自分の心を、自分自身で救ったのだ。自分の心が救われたその時には、もう1人の自分の考えとも、もう相反してはいなかった。完全に、心で解って、葛藤も疑問もなくなり、自分の心は苦しみのない1つになって、救われた。

それで肉体が火刑に処せられようとも、彼女の魂には一点の曇りもない。(ああいう時代の宗教の偏った一方的な権力という事から考えれば、処刑されるのは時間の問題だったと思われるし。)時代の流れで死んでも、しかし、彼女の魂は救われていたのだ。





もっと簡単に言うと、ダスティン・ホフマンの演じた役というのは、ジャンヌ本人が神とか神の使いという事を信じてそれに基づいて行動しているのに対し、「現実に起こっている事をきちんと冷静に、実際の現実的に見ている」、自分の中のもう一人の自分という事。

ジャンヌも最初は、完全に神の使いと信じて行動していたが、段々それがうまくいかない、おかしいと思い始めた時から、頭の奥底の隅っこの所で、神の使いという事を自ら疑問視し、現実的な見方をするもう一人の自分というのが、生まれ始めていた。しかしジャンヌ本人は、神の使いではなかったなんていう事は、今までの全てを根底から否定する事であるので、決して認めようとはしなかった。

後は、自分自身との対話という事。主観的な自分と客観的な自分、また、希望や理想を信じている自分と現実的にきちんと考えている自分。理想のみを見ているのではなく、自分というものを認める、という事。(「どうせ自分はここまでが限界」というマイナスの考えではなく、今の自分自身がどのくらいであるかという事を、きちんと認めるという事。)葛藤や自問を、自分自身との対話によって、心で理解し、自ら心に平安をもたらした。

投稿者:mojomojo投稿日:2004-03-01 04:23:00
この映画はずいぶん前に見た。
ハッキリ言うと、「うーん・・・」だ。
この映画でのジャンヌは、ちょっと精神的にマズイ。怒りの感情にあおられて
突っ走って自滅の道を歩んだように見える。
少し下のコメントを読んで、「ああ、そうだったのか」ととても勉強になった。
ジャンヌ・ダルクについての本を読まず、この映画以外の「ジャンヌ・ダルク」
を見ずに、この映画を見た人が「ああ、ジャンヌ・ダルクは狂人だったのか」
と、思わないでいてくれたら・・・と思わずにはいられない。
投稿者:なの投稿日:2003-12-08 13:54:38
ダスティンホフマンは、ジャンヌのハイヤーセルフ?
ジャンヌ・ダルクという人生から、何を学んだか
を描きたかったのかな
と思った
面白かった
投稿者:ポッパー見習い投稿日:2003-07-27 13:06:40
【ネタバレ注意】

この作品を見る前に1948年の「ジャンヌ・ダーク」や
「ジャンヌ・ダルク裁判」や「裁かるゝジャンヌ」
などを見たが、どれも面白くありませんでした。
しかしリュックベッソン版は「戦い」が強く表現されていたため、
最高とまではいかないが個人的には好き。特に大勢の戦闘シーンは白眉の出来かと。
ミラさんの演技は少し大げさすぎる感もありますけど、
一生懸命演技してるのは十分分かります。
ラストの処刑シーンは「裁かるゝジャンヌ」の方が衝撃的でしたけど。
過去のジャンヌ映画と同じく会話シーンが多いため、
ちょっとダルいかな、と感じる部分もありました。

投稿者:drumroll投稿日:2003-01-25 22:48:29
 フランス史上、屈指のスーパースター、1920年に列聖したジャンヌの実像は?。

 ジャンヌの幼い頃の友人オメットの証言、『どんなにたびたび、あのひとのお父様の家に行き、仲良くあのひとと一緒に寝たことでしょう・・・。あのひとは、とっても気立てのよい、かざり気のない、やさしい女の子でした。教会や神聖な場所にはいつも進んで出掛けていました。そして他の女の子たちがするのと同じように糸を紡いだり家事を手伝ったりしていました・・・。よく告解もしていました。ひとから、信心深すぎるとか、教会に行きすぎるなどと言われると、彼女は顔を赤らめていました。』
 ジャンヌに姉がいたという、また姉妹がイギリス兵に強姦されたというのは、作り話である。16歳までのジャンヌは全く普通の子どもであり、1つ、普通の子どもと異なる点があるとすれば、母親譲りの篤い信仰を持っていたことであろう。初めて”声”を聞いたとされる13歳のときに処女請願をしている。生涯、生理がなかったらしい。
 彼女は、体格、体力に優れ、非常に健康であり、人並みはずれた生命力を持っていた。幽閉された塔から逃げようとして落下したときも、食中毒で死にそうになったときも奇跡的に回復している。
 ジャンヌが美形だったかどうかは定かではないけれど、恐らくそうではなかった。しかし、そこは自分のミッション(「私以外にこの国を救える者は有り得ません」)を確信する、元気はつらつ、召命の歓喜に満ち溢れた17歳(←オルレアン解放時)、白い甲冑を身に付け、黒馬にまたがり、軍旗を持つ姿は、神々しいまでに美しかったであったろう。かっこ良すぎである。オルレアンの民衆が彼女のことを神の使いと思ったのも当然である。オルレアン市では、今でも、解放日の5月8日にジャンヌ・ダルク祭を行っているそうだ。
 ただ、彼女は、妄想性の分裂病だったという説があることは確かである。しかし、私は、これは安易な説であると思う。リュック・ベッソンやミラは、多分、無神論者なのであろう。無神論者がジャンヌを解釈すると、このように見えるということであろう。ベッソンには、ユダヤ教やキリスト教における”召命”というものの意義が理解できないのであろう。全く普通の人が、神に選ばれて、すなわち召命を受けて、偉大なる事跡を成し遂げる。これこそが経典宗教の醍醐味である。旧約聖書をひもとけば、このような劇的な話しに事欠かない。羊飼いの小娘がオルレアンを解放し、シャルル王太子をランスで戴冠させたのである。

 映画は、一部に作り話が紛れ込んでいるけれど、史実にはかなり忠実である。しかし、ジャンヌの描き方は、議論の余地があるところであろう。実際の彼女は、もっと沈着冷静であり、もっと優しいところのある女性であり、もっと知的である。ただ、ややファナティックなところがあるのは、事実である。何しろ、召命を受けたことを確信しているのだから。
 ジャンヌの持つカリスマ性を表現するには、大人の女優では無理である。大人の女優では肉感的に過ぎる。兵士に犯されてしまうだろう。ジャンヌのカリスマ性の根源は、その純真無垢さにあり、少女であり、処女(乙女)であることにあるのだから。神の信託を受ける巫女は、処女でなければならないというのは、ギリシア以来の西洋の伝統である。アポロン神殿やヴェスタ神殿の巫女がその好例である。
 処女にして戦士、聖女にして魔女、世紀のスーパースター、最初のナショナリスト?、それが乙女ジャンヌである。

 『  』部は、ジュール・ミシュレ著、森井真・訳「ジュンヌ・ダルク」、1983年、中央公論社、20ページからの引用。
投稿者:デジゴン投稿日:2003-01-19 05:33:26
歴史上最も知名度の高い人物のひとりとして、日本においても、「ジャンヌ・ダルク」を知らない人はいないと思います。さて、ジャンヌの国、フランスを代表する今や世界的なリュック・ベッソン監督(見るものを飽きさせない、私は本物の芸術家だと尊敬しています)は、どうジャンヌを映画化したか。「ふぉろぉーみいいー!」という映画予告の強烈な印象とともに…。
プロローグからジャンヌの少女時代へと映画は進む。信仰心の厚い、無邪気で純朴な少女ジャンヌ。田園の自然は、まるでジャンヌの心と同じである。若草に横たわり見上げる空。しかし、となりには、剣が横たわる。敵の侵入を知らせる警鐘か、火のついた矢が空を横切り、一瞬にして場面は変わる。時代は後に100年戦争といわれる、地獄ととなり合わせの歴史上最悪のとき。まさにそれを暗示させるかのような映像から始まる。
ジャンヌ・ダルクの裁判記録は実存する。解説では、史実を元に、神話を剥ぎ取り、人間ジャンヌを追求している。かえって、古典映画によくある、海が裂けたり、人が石になったりするほうが神話に忠実で、違和感はないように思えるのだが…。ジャンヌでいうと、天子もでてこないし…。だからか、解かりずらい。日本人ブッディストの私には、輪をかけて、わからない部分が多い。
また映画での少女時代のジャンヌは、かわいらしく、無邪気で、純粋…。ミサで使うぶどう酒を口からあふれさせての熱演は、本当にいとおしく感じさせてしまう(宮崎アニメをほうふつさせる)。本来守られるべきジャンヌが、祖国を守り永遠に語られる英雄になる。という史実なのだ。…私はとても信じられない!。
そこで、実存するジャンヌ・ダルクの公式裁判記録(処刑裁判と復権裁判)を読んでみました。以下私の感じたことです。
宗教裁判の神官といったら、当事の最高の知性であろう。
ジャンヌは味方も無くたった一人なのに、対等に、しかも堂々と渡り合っている。
そこから、彼女は、類い稀な高い知性の持ち主だったことがわかる。しかも地方の農家出身である(もちろん誰よりも戦った。時代を変えたずば抜けた行動力で、奇跡的な勝利をもたらしたのだから)。
またひどい拷問や、いやがらせがあった。それでなくとも脅され、普通であれば、その先の恐怖を考えたりするはずなのに、(さすがに体力が衰えたときは、女性らしさが感じられるが)恐怖で頭脳が機能しなくなるということが無い。まぎれもなく死をも恐れぬ「勇気!」の持ちぬしだった。
信念を推し進める不屈の精神力。人を平気で殺す人間をもたじろがすような気高き精神性をも想像させる。復権裁判では、女性らしい、人間味もあるひとだったことが語られている。たった19歳とわ思えない生涯である。
墓も無く、肖像も無いジャンヌに…と、近代フランスの作家アンドレマルロー氏の追悼演説は、胸をうつ。

聖地奪還の大儀をもって望んだ十字軍の(負け戦)の遠征(11〜13世紀)。聖地エルサレムがイスラム教徒のてにおちたのが7世紀だから、6世紀に渡る聖地奪還のたたかいという事になる。歴史を俯瞰して考えると、陸続きの大陸でのナショナリズムと宗教の生命の永遠性とか哲学のようなもの(日本人には欠けている?)を感じてしまう。
権力と結びついたキリスト教も、民衆を従わせるため、輪廻を信じ死を恐れない人間を恐れ、弾圧し(異端者・魔女)教義から削ったともいわれている。
ともあれ十字軍がもたらした14世紀イタリアから始まるルネサンス(人間復興)先駆者ダンテから約1世紀後、15世紀のジャンヌの活躍。その後16世紀、宗教改革。何と16世紀にはノストラダムスも生きた時代。人類史の大転換期でもあった。
18〜19世紀初頭に活躍した、フランス人彫刻家「ロダン」の代表作、「カレーの市民」(100年戦争時代のフランス北部のカレーをその身と引き換えに守った)。そしてダンテ神曲から「地獄の門」の彫刻。地獄の門の上部に位置する「考える人」(ダンテともロダンともいわれている)ルネサンスの息吹は、現代も消えることが無い。
ジャンヌの生きたルネサンス時代の絵画もまた、じっくり見たいものだ。
偉大な人物の映画化はむずかしいと思う。映画「遠い夜明け」の実在人物ピコ役のデンゼル・ワシントンは、知らなかったからか、役不足と思ったし、当事、映画「ガンジー」に至っては見る気もしなかった(今は情報が溢れていて補うことができる)。そう考えるとベッソン「ジャンヌ」は、まずまずではないか。映画は娯楽的なものだし…とキリスト圏でない私には思える。あまりにも神格化され、プロテスタント・カトリックの枠をも越えている人物だし。もう少し広々としたスケールで、ジャンヌの心の大きさ、偉大さを表現できれば…ウーン!見えない部分の映像化は、本当にむずかしい。
投稿者:すちゃらかポン太郎投稿日:2003-01-06 04:58:57
やっぱり、これはツライ。ベッソンの新解釈がウザイ。これじゃ、妄想癖の暴走女だ。M・ジョボビッチもギラギラした野生美が勝ちすぎて(作品によってはハマるが)、聖女と呼ばれた女にしては説得力がない。ラジー賞ノミネートは「こんなのジャンヌじゃねぇ!!」という人々の心の声だろう。

最後のD・ホフマンの登場も・・・神だか良心だか知らんが、今までやったことを全否定してどうすんねん!!一緒に観た家族の空気は冷たかったぞ。

しかし、自分の国で英雄視されてる人をこんな風に描いて、戦闘シーンやCGに力入れてるベッソン・・・「アメリカに魂を売り渡した」ってはこの辺から言われるのかなー。
投稿者:かなこ投稿日:2002-09-08 14:32:27
お姉さんを殺されたショックで頭がおかしくなってしまった
女の子の可哀想なお話って言うのが率直な感想です。
投稿者:きくゑ投稿日:2002-08-16 04:33:17
ジャンヌ・ダルクって本当はどんな人やったんやろね。
歴史上の人物って謎多いね。
リュックが想像するジャンヌはこんな人やったんかー。なるほど。
投稿者:ダニエル投稿日:2002-07-27 12:03:32
ジャンヌはあんなに美人じゃない。
投稿者:キッド投稿日:2002-07-03 08:16:06
【ネタバレ注意】

「 私は、罪を犯しました。 」「 多くの罪を 」「 あまりにも、多くの徴を見ました。 」「 見たいと望んだ徴を…… 」「 私は、戦いました。 」「 復習の気持ちと 」「 絶望から……… 」「 私は、信じていました。人が戦う時は、すべてを捨てて戦うことが、許されるのだと 」「 大儀の為に…… 」「 私は……高慢で……そして……頑固でした。利己的で……そして…無慈悲だった。 」

ジャンヌ・ダルクという人物は、フランスを救うためではなく、姉を殺された復習の為に、戦っていたわけだね。自分の絶望の気持ちから逃げるために。何かにすがりたかった。そして、自分に起きてる出来事が、全て神からのおつげであると、思い込む事によって助かる事ができたのだ。そこにしか自分を見出すことが出来なかったのだろう。100ある可能性の中から、神のおつげであるという、一つの可能性を選んでしまった。その時には一つしか見えなかったのだろう。人とはそういうものだと思う。見えない時には、何も見えなくなってしまう。そして、神の名のもとに戦った。本当は、自分の名のもとに戦っていたのにね。そう…それが、神にたいして犯した最大の罪であるともしらずに。

【まとめ】
姉を殺された時の絶望から神のおつげという正当性を見出す。自分の苦しさから逃れる為に。それほど追い込まれていたのだろう。神のおつげが、フランスを助ける事と本当に信じて戦っていた。しかし、本当は姉の復習が目的だった。復習する事を神のおつげという形に置き換えることによって自分を正当化してしまったわけなのだ。そう。神のおつげなんてなかった。心の中で創造してしまったのだ・・・そして、心と葛藤した・・・

何度か出て来た老人(心の中で創造してしまった神)はその葛藤だったわけだ。「 救うべきは、肉体ではなく…私の魂です! 」って最後に言ってたね。そして、魂は許されたが、肉体は滅びる事になる。彼女にとって、それは幸せだったのであろう。大きな罪を犯したのだから。しかしながら、死んでいくジャンヌの顔は……http://members.tripod.co.jp/reonn1177/impression/zyannnu-daruku.htm

投稿者:トリガー投稿日:2002-06-22 17:32:52
頼むから暗いだけの内容じゃなくて
もっとダルクを英雄視できるように作ってよ。
そうじゃなきゃ神がどうしたのなんだの言う前に
だるくなっちゃうじゃないか。
ベッソンも落ちたな。いや「フィフス〜」からもう・・・
投稿者:なべ投稿日:2002-03-23 19:32:41
神は権力者(俗世界と宗教界両方の)が自己の権力と権威のために、民衆の素朴な信仰心につけこんで都合よく利用するものであり、その側にある。歴史的には常にそうであった。それを改めて痛感させられる作品である。もちろんベッソンはそんな意図でこの作品を撮ったわけではないであろうが、画面からはそう感じられる。
ダステイン・ホフマンの神(?)は傲慢そのものであり、彼の論理と行動を見ているとムカムカしてくる。この存在は演出としては安易な逃げである。もっと人間どおしの論争で人間そのものの尊厳を正面から描ききるべきではなかったか。
ミラはベッソンの起用によく応えて精一杯の熱演をしたと思いますよ。
投稿者:君は馬鹿より美しい投稿日:2002-02-07 07:26:00

何回「神」というセリフが出てきたか・・・。

うんざりです。

そんなものいないんだから。
投稿者:coco投稿日:2001-09-25 18:01:59
超豪華なキャスト
NHKの大河ドラマみたいなモンかな?
歴史モノダメな人は、とことんダメだと思うよ
投稿者:もっち投稿日:2001-07-19 21:23:34
なんか、前に見たからあまりよく覚えてないのですが、
とても絵はキレイだなーって思いました。
でも、結構ぐろい。でも、つまらなくはなかった。
でも、後味わりぃー。
投稿者:ドトウ投稿日:2001-07-06 23:57:23
政府レベルの人々にとって神とは、自らの行為を正当化する道具ではないだろうか。ホント、勝手わがまま、都合のいいように神の教えを解釈して行動を起こし、さらに、その結果の非を自らにかからないようにする周到している。ムカツクね。

ベッソンの作品としては期待ハズレかな。フツーでしょ。
投稿者:バルタン投稿日:2001-04-17 13:04:55
この映画のホフマンはいわゆる神じゃない。特にキリスト教のものとは全然違う。ただ気づきを与え見守る。死を望んだのはジャンヌ自身。ジャンヌ・ダルクとしての命題をまっとうし、またまっとうするための死を選んだ。
炎に包まれるジャンヌの顔は無だ。
新鮮で面白かったよ。
投稿者:パタパタママ投稿日:2001-04-16 21:00:24
このよく知られた題材をベッソンはどう切り込んだのか興味津々で見始めたけど、前半でう〜んこれでは何も目新しいものはないではないか・・とやや消沈。
私たちの「忠臣蔵」のように、ストーリーが決まってて殆ど動かせないのでしょうか。
前半のリアルな戦闘シーンも私にはちっとも解りません、リアルな殺し合いを撮影する必要性を。手が足がぶっ飛ぶのは見たくないです。残酷物語みたく、もともとそういうジャンルでやるには構わないと思うけど・・
後半の神との対話は、あまりにも厳格で冷たい神を見せてくれます。これはキリストでしょうか?旧約の神でしょうか? え〜こんなことでは納得できないっといってるうちにラスト。
なんだかモヤモヤムカムカして、即もう一度後半から見た。
ダスティンホフマンの押さえに押さえた死にも近い神、ジャンヌが完全に打ちのめされたその時、頭に手をのせ許します・・・・・ここで知らずに涙が流れました
しかし最後の炎に包まれて焼けゆくなか、これが神に認められたことと対価だとはどうしても思えませんでした。
西欧を2千年も支配してきたキリスト教について最近考えることが多く、触発はされましたが、いまだに核心に迫れません。
神に認められたのは一瞬です。あとは苦悩の海です。そして最後は火あぶりの刑。
19の少女は燃える火の中でなお神と共にいたのだろうか?それとも神の元へいくのが幸せなのだろうか?
ホフマンは◎ジョヴォヴィッチはやや△でした
野心作ではありますが、少し食べ過ぎて消化不良


投稿者:dadada投稿日:2000-12-23 08:12:43
「フィフス・エレメント」や「TAXI」を観て、リュック・ベッソンて、こんなイタズラ書きみたいな映画を作る人だったっけかと思っていたが、よく考えれば彼の映画はどれも子供っぽいぐらいに純粋な主人公を描いた純粋な物語ばかりだった。
無限の可能性から見たかった事だけを見ている主人公たちの姿は、監督そのものか。
人間の純粋さが、何らかの救済につながるという全作品に通じる単純なテーマに、くすぐったさを感じながらも、単純な私はハマってしまいます。
投稿者:投稿日:2000-08-06 01:30:26
歴史作品なのに?SFXを駆使した部分あり
「フィフスエレメント」のリュック・ベッソンだ!
的なイメージをもたせつつ
作品的にらしさが感じられなかった
戦争のむごさ・虚しさを母国フランスの英雄で
描いるため
ベッソンの想いはヒシヒシと伝わり
主人公の心の奥を感じさせる描き方は
流石だっっと想う部分があるが
ゲッと想わせるぐらい戦闘シーンは残酷で
「レオン」「ニキータ」にはない
新しいベッソンを感じさせてくれた。


http://www2.odn.ne.jp/~aah27120
投稿者:黒美君彦投稿日:2000-05-21 13:51:12
予告編では美しいジャンヌのカリスマ的戦闘シーンばかりが強調されている感があるが、実際には神との対話ともいえる、ある意味ではきわめて現代的な映画である。最終的には、神の存在を問いかけるジャンヌの問いは、そのまま神なき不条理に満ちたいまに通じる。「見たいものを徴(しるし)として見ただけではなかったのか」というジャンヌへの問いは、神とは何か、現代における信仰とは何かを、鋭く切り込んでいる。エンターテイメントとしてだけではなく、そうした深い命題を提示した点で、問題作といっていいだろう。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ ワースト主演女優賞ミラ・ジョヴォヴィッチ 
■ 音響賞Francois Groult 
  Bruno Tarriere 
  Vincent Tulli 
 ■ 衣装デザイン賞Catherine Leterrier 
【レンタル】
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