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宗方姉妹(1950)

メディア映画
上映時間112分
製作国日本
初公開年月1950/08/25
ジャンルドラマ
宗方姉妹 [DVD]
参考価格:¥ 5,184
価格:¥ 4,623
USED価格:¥ 1,543
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【クレジット】
監督:小津安二郎
製作:児井英生
原作:大仏次郎
脚本:野田高梧
撮影:小原譲治
美術:下河原友雄
編集:後藤敏男
音楽:斎藤一郎
助監督:内川清一郎
出演:山村聡節子の夫三村亮助
笠智衆宗方忠親
一の宮あつ子箱根の宿女中
河村黎吉「三銀」の客
高峰秀子満里子
斎藤達雄教授内田譲
上原謙田代宏
千石規子東京の宿女中
田中絹代宗方節子
藤原釜足「三銀」の亭主
堀雄二前島五郎七
高杉早苗真下頼子
坪内美子藤代美惠子
堀越節子「三銀」の女中
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
536 7.20
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【ユーザーコメント】
投稿者:68生男投稿日:2018-07-06 12:23:27
これだけの出演者で、内容もいいから、たまに覗いてしまうが、きまって後悔する。いつもながらカメラが低くて、犬か猫にでもなったような気にさせられる。実に失礼な映画だ。これを見た後は、しばらく何を見ても、カメラの位置が気になってしょうがない。罠か呪いのごとくだ。
低くするには理由もあったのだろうが、その「やめ時」もあったのではないか。他の人がやったらおかしいことは、小津氏がやってもやっぱりおかしい。気の散るような不自然さは、近代映画の場合、大きな欠点ではないだろうか。こういう撮り方を続けるのは、観客をふるいにかけるに等しい。
しかしそんなことが分からないわけはあるまい。ということは、分かっても、やりたいことをやらずには済まさないということか。そう見ると、一事が万事そんな調子に見えてくる。ガキ大将なのか、何もかも子供っぽく見えてくる。

とかく映画ファンが「小津」の磁場に近づくと、好きも嫌いも必ずや大小火傷をすることになる。受け取る側の問題ではあるが、原因の「根」は差し出す側、差し出し方にある。
悪徳があるとまでは言わないが、小津作品には、何かしら大事な「徳」が欠けているように思われる。
投稿者:noir fleak投稿日:2017-01-19 19:32:31
この満里子役を演じて「なんと阿呆な女だろう」と内心思ったのではないだろうか? 彼女の著作の中に本作のことが書いてあるかどうか記憶にないが、この役が高峰の共感を買ったとは到底思えない。
高峰をはじめ田中絹代、山村総等の演技が見事だが、どうも登場人物にリアリティーがない。多分原作がそうなのだろう。
本作は1950年製作だが、終戦直後の外国カブレがモロに出ていていやになる。上原謙がフランス留学したとか、オークションでビアグラスを買ったなどというセリフは全く阿呆らしい。
小津演出もすでに特徴は出ているものの、まだ未熟なのは否めない。多くの小津論のなかでも本作があまり取り上げられないのは仕方ないところだ。
しかし今日、神保町シアターで見たプリントはひどく劣悪だった。せっかく回顧上映するならもっといいプリントで見せてほしい!!
投稿者:ルミちゃん投稿日:2012-09-07 22:57:52
【ネタバレ注意】

節子は夫の自殺によって、初めて夫の気持ちを理解できたと言ってよく、同時に宏との結婚を諦めた、あるいは、やめることにしたと言えるのだけど、それは、初めて自分の気持ちを正しく理解したことでもあった.(これは、節子がそれまで夫の気持ちを正しく理解してこなかったことを、節子自身が知ると同時に、節子自身が自分の気持ちを正しく理解してこなかったことを、知ったことでもあった)
この点は、妹の満里子の方がより分りやすく描かれていると言ってよく、彼女は、一人芝居で姉と宏の関係を演じながら、宏の気持ちを引き出しただけでなく、彼女自身、自分の素直な気持ちをきちんと言い表している.
相手の気持ちを正しく理解するということは、自分の気持ちを正しく理解することである.もっと簡単に、自分の素直な気持ちを現すことが一番大切であり、その事が相手の素直な気持ちを引き出すことになり、互いに相手を理解することになる.
節子と宏は、互いの気持ちを互いに正しく理解できなかったので、一緒になることができなかった.と言うよりも、この場合は、節子が自分の宏に対する気持ちを正しく理解して、宏の帰りを待ち続ければ、二人は一緒になれたのですね.そして、帰ってきた宏に、お金の工面を頼んだことは、夫の気持ちを理解しない行為の現れであったと言える.夫が悪いと言うならば、満里子が言うように別れれば良かったのであり、そうした行為が夫を追い込んでいったのでしょう.
書き加えれば、全てローアングルから撮ったひどい作品です.なぜ、もう少し素直なアングルで素直な描写ができなかったのでしょうか.

投稿者:呑気呆亭投稿日:2012-09-07 19:15:48
田中絹代は、\'48年の「風の中の牝鶏」では夫の佐野周二に階段から突き落とされ、この映画ではこれまた夫の山村聰に平手打ちを五六発くわされる。小津安二郎にとっての田中絹代という女優はよっぽど苛めたくなる女なのだろうか。田中絹代の妹役で出た高峰秀子は、成瀬巳喜男の作品に出る時とは違って、どうも小津調にはしっくりせず浮いている。この姉妹とやけに暗いだけの山村聰と、何のために出たのか分らない笠智衆と、やたらいい男ぶっている上原謙がチグハグなからみを繰り広げるだけの、実に後味の悪い映画であった。大仏の原作が悪かったのかとも思うが、小津にしては凡作である。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:黒らぶクーたん投稿日:2012-01-20 19:00:12
終戦直後(昭和25年)の姉と妹、戦前と戦後の価値観の急激な変化の中で、男女の間の「貞操」と言う問題について、「日本人の美徳」を言いたかったのではと思いました。
自殺と言う重苦しい結末の中、高峰秀子に敢えてハイな演技を要求した小津演出、これでこの映画は救われています。さすが世界の小津です。
投稿者:いまそのとき投稿日:2011-07-22 14:54:02
新しいということは古くならないこと。手仕事の温かさを感じる。昭和25年製作時から61年経ても、この中に描かれた人間たちにちっとも古さは感じない。悶々と酒に浸かる山村、自分に正直な決断を田中、割り切って明快な高峰。京都の山々は紫に見える。お汁粉みたい。小津の仕事の確かさ。格別だ。
投稿者:karr投稿日:2010-05-23 20:09:32
高峰秀子のペコちゃん風舌出し。素早すぎる舌の出し入れがたまらなく可愛いらしい。小津の思いつきなのかどうか?どちらにせよこの場面は無くてはならない、まさに映画史に端然と輝く名シーンの一つ、とまで言えば嘘っぽいか。
それと、上原謙の前で繰り広げられるこれまた高峰秀子の一人二役芝居。サイコー!声色を使い分け、恥も外聞も無く顔を崩し、しかもその間(ま)は絶妙。もう一度言わせて貰います、サイコー!堂々たるおふざけであり、まさに愛すべき名演、と言うほかない。
そしてそれをひたすら笑顔で受け止めているのは上原謙。口角が上がりきり、上唇はハート型にめくれあがり、まさに限度を超えた優しさをたたえた、唯一無二、伝家の宝刀、と呼ぶにふさわしい笑顔である。

セリフが選びぬかれ研ぎ澄まされている点こそが小津作品が愛される大きな理由の一つ。どの作品も、大らかな人物たちを使って物語が構成されているのだが、洗練されたおおらかなセリフによって浮き彫りにされた人物像であるからこそ、愛さずにはいられないものとなっているのである。

戦後の傷跡を匂わせつつ、社会のゆがみを家庭の風景を通して描き出すという取り組み方はほぼ共通してはいるが、この作品は、比較的大きめのなたを振りおろしたという印象が強い。とは言え、どの作品にもその穏やかな語り口のわりにはズシンと来るテーマを持ってはいる。いや、もしかしたらズシンと来させる為にあえて穏やかな語り口を用いているのかもしれない。
ともあれ、その独特な切り口から浮かび上がる問題提起こそが、小津作品の面白みに拍車をかけているのだ。
投稿者:uptail投稿日:2009-05-21 18:26:37
高峰秀子
投稿者:Tom投稿日:2005-09-15 00:00:22
山村聡が堕ちて死んでいく過程なんか50年代メロ・ドラマの巨匠ダグラス・サークばりの演出だね。ビンタのシーンなんかはマルセル・カルネの『嘆きのテレーズ』を彷彿とさせるインパクトがある。成瀬が好む作品だね、これは。
投稿者:4531731投稿日:2005-03-05 00:46:43
 小津だけじゃないけど、例えばこの映画の場合だと高峰秀子が山村総を批判するんだけど、結局批判する者はその対象に自分を見ているし、問題提起する者もまた問題を抱えているということを痛感する。小津はいつも人が隠したがるものを暴こうとするけど、決して追いつめようとはしない。どんな人物も観察し分析していれば必ず自分に辿り着くことを知っているからでしょう。そうでなければその答えは正解とは言えない。
投稿者:Katsumi_Egi投稿日:2004-06-06 09:17:32
【ネタバレ注意】

 小津映画は最初期のサイレント時代から「アクション繋ぎ」がもう殆ど完璧なのだが、この映画では屋外の人物のロングショットからミディアムへ切り換えるカッティングで息を呑むようなアクション繋ぎを見ることができる。普通、小津のアクション繋ぎは一つのシーンを継続した滑らかな時間の流れで再現する目的、つまり、リアリズムの一手段として語られることが多いけれども、これほどの拘りは尋常じゃないだろう。本当にアクション繋ぎという技法こそ「映画らしさ」だと考えていたのではないか、と思う。

 さて、小津映画は日常を淡々と描いた物静かな映画だという認識が一般だが、勿論それも間違っている訳ではないが、一方で登場人物の情動の昂ぶりを激しい暴力で描いてもいる。思いつくままに列挙してみても『生まれてはみたけれど』『出来ごごろ』『浮草物語』『風の中の牝鶏』『早春』等で親から子、子から親男から女、女から男に対しての激しい打擲シーンが存在する。そう、小津映画はジャック・ベッケルの映画と同じく「ビンタの映画」と云うこともできる。全体の基調が静謐な中で唐突に平手打ちが登場するのだから余計にその激昂ぶりが際立って見るものに迫るのだが、中でもこの『宗方姉妹』の山村聡から田中絹代へ対して行われる情け容赦の無い平手打ちは見る者の度肝を抜くだろう。なんという過剰さ。この過剰さこそ映画なのだ。また、過剰であるということで云えば、山村聡の徹底的なダメ男ぶりも尋常じゃない。最後には更正するのだろうとずっと思いながら見ていたのだが、最後の最後まで情けないダメ男として死んでいくこの人物は小津映画の中でも日本映画史の中でも突出しているのではないか。

 ただし、この映画の高峰秀子のコメディ演技には違和感がある。彼女がもう少し抑えて演じていれば(演出されていれば)、『早春』『東京暮色』級の傑作になっていたのにと惜しまれる。

投稿者:Ikeda投稿日:2004-03-27 18:36:27
甲斐性のない亭主山村聡の昔風の妻田中絹代と、現代的なその妹高峰秀子を対比させたドラマで、女優二人の名演が光ります。二人の実際の年の差がありすぎるのが気になりますが、ベテラン田中の立居振舞いが素晴らしく、講談調で上原謙に語りかける高峯も面白いです。「戦後強くなったのは、女と靴下だ」と言われた時代で、外面的には男に従属していても内面は強い女性と、敗戦で自信を失った男たちを描いた名作だと思います。当時の日比谷公園が出て来るのも懐かしいですが、戦災で焼けた木に新しい芽が出ているカットも印象的でした。気にに入らないのは最後に田中が上原に逢って話をした所で終わらせなかったのかということです
投稿者:GRIFFIN投稿日:2003-10-25 17:01:49
 姉「悪い?」
 妹「悪かないけど・・・そういう人ね」
っていう作品だった。少々善意がうっとおしい妹が前面にですぎたきらいはあるのの、直情的な感情は男同士の世界では描けない部分だと思うので、その考察と描写が面白かった。 市川崑監督向けか。
投稿者:parole投稿日:2003-10-17 13:18:50
小津の作品にしては濃厚なムード(部分)がある、
ちょっと毛色の違う作品であるように感じます。
前半、いや山村聡と田中絹代扮する夫妻の別れ話が具体的になってから、
いつもの小津作品にはない激しさと色濃さとが現れてくる。
圧巻はバー・アカシアで山村聡が義理の妹である高峯秀子と語る、
顔の左半分が陰になっているシーンと、
山村聡が田中絹代に何度もビンタを食らわせるシーン。
ある意味では小津らしくないといえるんだけど、
でも私には小津の心の底がつい出てしまったように感じました。

もちろんいつもの調子に戻ったラストの田中絹代の
「決断と宣言」のシーンも力強く圧巻です。

本当に小津安二郎は素晴らしい。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 主演男優賞山村聡 
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
 【DVD】宗方姉妹2004/01/30\4,800amazon.co.jpへ
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