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リプリー(1999)

THE TALENTED MR. RIPLEY

メディア映画
上映時間140分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(松竹)
初公開年月2000/08/05
ジャンルドラマ/青春/犯罪
太陽に焦がれて、月は彼になろうとひたすら重なる……罪深き日蝕。
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【解説】
 「太陽がいっぱい」として映画化されたパトリシア・ハイスミスの原作を「イングリッシュ・ペイシェント」のアンソニー・ミンゲラが映画化。アメリカ人の富豪から、ヨーロッパで放蕩三昧の息子ディッキーを連れ戻してほしいと頼まれたトム・リプリー。彼は大学時代の友人と偽りディッキーに近づくが、次第に彼の魅力に惹かれていく。だがバカンスは永遠には続かない。ディッキーの本心を知ったリプリーは、やがて彼に成り代わろうと考えた……。
<allcinema>
【関連作品】
リプリー(1999)
リプリーズ・ゲーム(2002)
太陽がいっぱい(1960)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
1396 7.38
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【ユーザーコメント】
投稿者:HABBY投稿日:2017-02-22 23:17:59
【ネタバレ注意】

『太陽がいっぱい』(だいぶ昔に観たので細部への記憶が定かでないが)とはタッチがかなり違う。とは言え名作はやっぱり名作。ジュード・ロウ、マット・デイモン、フィリップ・シーモア・ホフマンが一つのカットに納まる図には感動。この時期のグウィネス・パルトロウは普段通りプリンセスだし、ケイト・ブランシェット(撮影時29〜30歳。一番脂が乗ってる時期だなあ)からはクイーンの如き妖しき炎が迸っている。

投稿者:ピースケ投稿日:2014-09-23 21:57:13
この作品でのマット・デイモン、なんとなくフィリップ・シーモア・ホフマンっぽい。
投稿者:scissors投稿日:2011-04-29 04:58:09
俳優のイメージと下世話なネタに頼ったC級サスペンスて感じだ。
二時間ドラマ的と言ってもいいか。
映像も凡庸でTV的。

解釈云々以前に映画作品として『太陽がいっぱい』には遠く及ばない。
投稿者:gapper投稿日:2010-10-06 00:51:45
 名作への挑戦。

 技術的にいえばオリジナル「太陽がいっぱい(1960)」より上と思わせる演出は、なかなか。
 特にラストのサウンド・ブリッジの逆を行く音が後から聞こえてくるという手法は、上手い。
 だが、映画が技術だけではないという証明にもなってしまっている。

 映画らしい題材の入れ替わり、実際には絶対成功しないだろうと思うことをやっていく男。
 ’60年当時であれば、犯罪を犯してもブルジョアに這い上がることはリアリティがあった。
 しかし、もうそのリアリティは現実には存在しない。
 その点を考慮してリプリー(マット・デイモン)の心情を上手く描いて欲しかったところ。
 続編的な「リプリーズ・ゲーム(2002)」も見て見たい。
投稿者:has42120投稿日:2010-08-08 15:04:36
マット・デイモン&グウィネス・パルトロー
投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 15:59:40
パトリシア・ハイスミス
投稿者:william投稿日:2009-01-28 19:12:46
これをリメイクとして見ると肩透かしを喰らうだろう。ただし、終始漂う気味の悪い空気感と、後味の悪さを残すのは、マット・デイモンの演技の妙。
まるでホラー映画だ。
投稿者:ジーナ投稿日:2008-09-07 03:42:55
【ネタバレ注意】

マット・デイモンの素晴らしい演技力のおかげで『リプリー』が非情に不気味なモノに仕上がった。
しかし、その不気味さを生理的に受け付けられず常に嫌悪感を抱くハメに(汗)
デイモンの演技力がこれほど素晴らしいモノでなければ、危険な人間関係をスリリングに鑑賞できたでしょう。
そう・・・演技力があるがため、あまりにリプリーが気持ち悪すぎてしまったのだ。
勘違いぶりといい、しつこさといい、空気が読めない事といい、とにかく人に嫌われる全てを持った男が主人公なのです。

だから、いつまでイタリアにいるんだよ(怒)ウザ!キモ!!ってジュードの気持ちが手に取るように分かりますし、グウィネス・パルトローの『どうしてこんなに分かりやすい嘘に騙されてしまったのか(泣)』という気持ちにも共感できましたし、『おいおい、なんて場違いなダサい男にディッキーは懐かれちまったんだ』っていうシーモア・ホフマンの鼻で笑う気持ちもよく分かりました。
要するに、主人公以外の登場人物に感情移入できる作品なんですね(笑)

ジュード・ロウ+イタリアの各都市は眩しいほどの華々しさがあってGOOD
ジュードのファンであれば彼の自由奔放なお坊ちゃまぶりは必見でしょう♪

作品自体は完成度も高く豪華キャストなのでオススメですが、私はもう観ないと思います(爆)
何度も観たらマット・デイモンを嫌いになりそうなので(笑)

投稿者:reubsand投稿日:2008-03-24 00:52:43
【ネタバレ注意】

マットディモンの「目」の演技がたまらない。
冒頭の船中エンドシーン、カーテンの隙間から除くミゼラブルな目、
どうすればディモンがあんな目の演技ができるのかと疑ったシーンだった。
素晴らしい。
米友人の勧めでJude Lawを目当てに見たが、灼熱の太陽下で光る彼の演技は先天的だとすると、逆にディモンの演技に注目してしまった。
パルトロウが変化していくところを見ると、やはり彼女で適役だったかな。特に冷蔵庫が欲しいというあたりの温和な微笑みの雰囲気から、後半悲しみのあまりドアの前で泣いたり、あなたがやったのよ!と叫び狂うシーンのあたりとか。
音楽もよく、見ごたえのある映画で、何度も見てしまいます。

投稿者:黒美君彦投稿日:2007-06-07 11:12:56
【ネタバレ注意】

浅学にしてパトリシア・ハイスミスの原作は未読なので、この作品の方が原作により忠実だということを初めて知った。
逆にいえばルネ・クレマンが原作を換骨奪胎した『太陽がいっぱい』のオリジナリティがいかに素晴らしかったか、ということを改めて実感した。

さて、独立した作品として観たとき、この作品は別の輝きを持って見える。
だが、それは Jean-Claude Maraisさんがずばり指摘しているように、ディッキー・グリーンリーフを演じたジュード・ロウの存在感によるところが大きい。彼の美しさと素晴らしい笑顔が、その倣岸さを際立たせ、マット・デイモン演じるトム・リプリーの影をより濃くする。だからダサいマット・デイモンがリプリーを演じるのは、「原作に忠実」という意味ではおそらく正解なのだ。
リプリーは単に「マネ」の上手い空虚な人間に過ぎず、ディッキーの父ハーバート(ジェームズ・レブホーン)や、ディッキーにあわせて演技することしか出来ない。だが、ディッキーの輝きに触れるうちに、リプリーは彼に同一化したいという熱情にとらわれる。
『太陽がいっぱい』では、その「同一化願望」がより洗練された形で表現されていたが、この作品ではより生々しく同性愛感情としてはっきり示されている。
しかしながら、そんなダサいリプリーに共感はなかなかできないために、スクリーンからジュード・ロウが退場した途端この作品が凡庸にみえてくるのは如何ともし難いのだ。それ故、リプリーが追いつめられていくスリル感もまた薄いといわざるを得ない。

とはいえ、ミンゲラ監督らしく端正に作られた作品であることは確か。フィリップ・シーモア・ホフマン、ケイト・ブランシェット、ジャック・ダヴェンポートら脇役もよく(グウィネス・パルトローだけはもひとつよくわからん…苦笑)、「リプリー」の空虚感に焦点をおいた演出も堅実だ。決して悪い作品ではないと思う。

投稿者:Jean-Claude Marais投稿日:2007-03-05 15:14:28
「太陽がいっぱい」は、クレマンが、ハイスミスの原作のエッセンスを拝借した「クレマン・オリジナル映画」であるのに対し、本作は、小説がシリーズ化されているように、ミンゲラがその原作のオリジナリティを重視し、リプリー編処女作を比較的忠実に創作した、本来の「リプリー映画」と言っていいだろう。そのため、クレマンのそれとは比較対象にはならない。
敢えて言及するならば、映画としての緊迫感や、粘着質なその質感は、個人的な好き嫌いは別にして、映画としての『普遍性』と作品の持つ力ででは「太陽がいっぱい」の方が力強さを備えている。

この「リプリー」における主役はデイモンであるが、この作品で何より強烈な存在感を放つのは「The Talented Mr.Law」他ならない。ジュード・ロウの端正なマスクと、そのアロガントな美しさが、イタリアの陽光そのままに光り輝いており、セクシーで素晴らしい。彼の太陽のような輝きは、画面に登場すると、観るものを魅了する。そして、リプリーも同じく、彼に魅せられていく。マット・デイモンの野暮ったさを強調することにより、ジュード・ロウが映え、陰と陽がより鮮明となった。また、グウィネス・パルトロウ、ケイト・ブランシェットや、高慢で慇懃なフィリップ・シーモア・ホフマンという贅沢な脇を固めた演技陣も良いが、この映画はロウの映画だ。まさに、彼の魅力が遺憾なく発揮された映画である。
事実、彼がスクリーンから姿を消すと、次第に映画も色褪せたものとなっていく。むしろ、物足りなさ、といった方が適当かもしれない。勿論、ロウが消えた後も、緊迫感を持続させる演出は手堅く纏められてはいる。
夜は夜になるために、太陽を犠牲にする、という言葉が適当ならば、劇中デイモンはそれを実行する。しかし「太陽は夜も輝く」のである。その影に付き纏われたリプリーの苦悩は、到底、払拭できるものではない。
投稿者:たまきち投稿日:2006-09-15 01:38:07
【ネタバレ注意】

「太陽がいっぱい」と比較するなら私もこっちの方が好きです。
ちょっとイッてるとはいえ、リプリーの報われない気持ちが可哀想でした。
リプリーの気持ちに気付いてて、つかず離れずでおちょくった揚げ句のあの暴言(気持ち悪いとか寄生虫とか)。
ディッキーはトムに殺されてなくても、いつかは他の女にやられてたね。
それにしてもトムはやっと彼氏見つけたのにピーターまであんな事に・・・救われないなぁ。
個人的にはJ・ロウよりピーター役の人の方が好きです。

投稿者:KUROSYOU7投稿日:2006-08-08 09:09:28
実をいうと、リメイクのほうが好きだったりする。
私は頭がおかしいのだろうか。
投稿者:Barry投稿日:2006-01-20 00:21:24
『太陽がいっぱい』のリメイクではなく
別の作品として捉えて見て欲しいとのコメントを参考に見ました
ウ〜ん、確かに別物ですね
ま、幾つかまったく同じショットが登場しますが・・・
(特にフィリップを殺してしまう一連の流れ)
ジュード・ロウがリプリーの役だったら
ドロンとの比較も少しは成り立つのかと思いますが
マット・デイモンでは比べる事自体がナンセンスかと
なのでやっぱり別物です!
これを見終わった後に無性にドロンのリプリーが
見たくなってしまいました
投稿者:藤本周平。投稿日:2006-01-12 18:02:24
けっこう飽きずにみれた。
投稿者:通りすがリーマン投稿日:2005-05-24 05:39:22
これ、リメイクではないです。下のほうで詳しい方が
述べておられますので割愛しますが、全く別物です。
リメイクという宣伝につられて観た「太陽がいっぱい」
ファンの方は、気の毒。僕自身、やられたクチです(笑)。
なんせ太陽がいっぱいを20回ぐらい見てますから。
それに、もし何の予備知識もなく見たと仮定しても、この
映画自体がよくないです。
投稿者:yuiko投稿日:2004-12-02 10:19:24
本当に眩しいですね。デッキーも本当はゲイなんだな。自分では認めないけど。フレディもデッキーが好き。マージは、自分の周りの男性が、実は皆ゲイってことになりますね。
音楽の使い方も素敵。マイ・ファニイ・バレンタインって、あれ女の子が彼氏のこと歌ってるんですよね。それをリプリーが歌い、ディキーが目を閉じてサックス吹くシーンも良いですね。ある意味で、ディッキーが殺されるのも仕方ないともいえる。仮面の生きかたから逃れられぬリプリーは、辛すぎる。
投稿者:jyunn投稿日:2004-10-09 01:09:49
がとても素敵。お話の筋も、緊迫感があって見ているこちらがひやひやするようなシーンもありました。マット・デイモンハさすがと言うべきか、気味の悪いリプリーを完全に自分のものにしているなと思いました。それにしても、リプリーももう少し慎重にやればいいのにと言うところが多々ありました。あんなに行き当たりばったりだと、これから先もいくつも殺人を犯していくんでしょう。「太陽がいっぱい」も見てみたいと思いました。
投稿者:民生1973投稿日:2004-07-16 06:28:49
マット・デイモンが秀逸。
投稿者:さち投稿日:2004-06-13 11:15:22
若手最高の俳優だと思うロウの色気
内容も素晴らしいし監督の実力が見えた
心に残る作品
投稿者:フリクリ投稿日:2004-02-04 23:49:12
この作品でジュード・ロウのファンになった。
『ガタカ』も素晴らしい彼!
『コールド・マウンテン』は超期待!
投稿者:くんばか投稿日:2004-01-19 00:14:23
アランドロンの「太陽がいっぱい」は見てません。
が、さっするにオリジナルはリプリーが切れ者のかっこいい役だったのでは
ないでしょうか。この映画はホモで不細工で田舎もののリプリーが
自分を偽って偽って偽って・・・ていう涙ぐましい映画でしょ?
マット・デイモンのカッコいい・切れ者・天才役に正直痺れを切らしてた
から、この映画の汚れ役のマットデイモンは本当に見直しましたよ。
スキーに誘われなくてなきそうになるリプリー
友人を殺してしまう愛憎オペラに涙するリプリー
憧れのディッキーと彼女のお戯れを除くリプリー
それをアメリカのボンボンにバカにされるリプリー(トミトミトミトミー‥)

J・ロウのカリスマ野郎と、P・S・ホフマンの陰湿野郎。
G・パルトロウの清楚お嬢、K・ブランシェットのアメリカお嬢。

そして、駄目でクズの偽造マニアのマット・デイモン。
本当に賞賛されるべきはマット・デイモンなのになあ。
投稿者:hide0921投稿日:2003-12-07 18:56:27
どうしてもアラン・ドロンの方と比較されてしまうのはしょうがありません。比較するなら前作には比べ物にはなりません。ただ「太陽がいっぱい」とオチが違っているところが面白い。しかし「太陽〜」を創り直すのも大胆だよな!「ローマの休日」のリメイクよりはまし。
投稿者:レモン・マッカーシー投稿日:2003-02-19 02:03:20
【ネタバレ注意】

あのね、この映画は「太陽がいっぱい」のリメイクじゃないよ。
ハイスミス原作の「The Talented Mr. Ripley」の映画化なのよ。
よって「太陽がいっぱい」と比べてどうのこうのは全く無意味。

−−−−以下ネタバレ−−−−
だって原作を読めば解ると思うけど、ラストでリプリーさんは「太陽がいっぱい」みたいに捕まらないのよ。
この映画みたいに逃げおおせて小説ではシリーズ化されてるのよ。
「太陽がいっぱい」の方はルネ・クレマンが原作の設定だけ拝借したオリジナル。
こちらの「リプリー」は原作の忠実な映画化。
よって、この2本を「オリジナル」と「リメイク」として比べることは何の意味もなし。

まあ映画としてどちらが良く出来ているか……ってなると「太陽がいっぱい」の勝ちだとは思うけどね。

投稿者:ポクスンア投稿日:2003-02-03 21:15:24
マット・デイモン演じるリプリーの歪みと惨めさが良かったです。
グィネスさん&ケイトさんのおハイソぶりも目に楽しい。
闇を見せられたようでなかなか怖かったですよ。
投稿者:nr-akiko投稿日:2003-01-22 23:30:33
140分をテレビの洋画劇場でやったのだから、きっとかなりカットされていると思う。ストーリーが今いちよくわからなかったのは、そのへんが原因かも。それにしてもマット・ディモンは不気味さがピカいち!「太陽がいっぱい」とは全くのべつものとして見ましょう!
投稿者:ginger投稿日:2003-01-22 22:25:26
私もこの映画を褒めてる人たちに賛成。あえて付け足して言いたいことは、
確かに逮捕されない終わり方は後味悪いけど、それみよって法的に罪を償うストーリーではなく、自分を好いてくれる人までも殺さなくてはいけない哀しい人生にしてしまった後悔の念が描けていると思う。彼に限って良心の呵責とはいえないかな。では。
投稿者:chinsan投稿日:2002-09-23 06:20:33
ごめんなさい。どうしても私にはグィネスが魅力的には見えません。
投稿者:JH投稿日:2002-08-31 01:31:16
アランドロンの代わりがマットデイモンじゃ・・・とおもってたけど、なかなか良かった。闇闇…無二無二って感じの後味の悪さがまた・・・
投稿者:Boss投稿日:2002-05-27 13:24:09
かなり追いつめられた感はあったが、一瞬でも作戦の成功、つまり「太陽がいっぱいだ」という言葉を発したドロンのような充実感のシーンがほしかった。救われないのはわかっているが、犯罪者を観るおもしろさがない。やはり『太陽がいっぱい』には追いつけない、と思われます。
投稿者:sonic投稿日:2002-04-28 00:21:26
個人的な楽しみ方としては、関連のある作品は作品自体の良し悪しは別にしてある程度比べて観るので、その点からも楽しめた。最初の殺人の理由、偶発性などから後の展開がスムーズに感じた。結構面白かった。
投稿者:ゆきぼー投稿日:2002-03-22 14:45:03
何人かの人が書いているんですが、私もこれは「太陽がいっぱい」のリメイク
として観るのではなく、一つの別の作品として観た方がいいんじゃないかと
思います。 原作が同じではあるけど、どっちも描くポイントが違うので、
面白かったです。マットデイモン結構よかった。
投稿者:えぬ投稿日:2001-11-18 18:57:17
美しい映像、デーモンの演技、ジュード・ローのキャラクター、シュアな演出。この映画確かに、よく出来てると思う。特にジュード・ローと、デーモンの絡みが面白くて、ジュードが居なくなって、途端につまらなくなったが・・。
それと、オリジナルの設定を大幅に変えて、全く別物の映画にしたところは舌を巻く。それでも、あえて言うなら、「太陽がいっぱい」のほうが好きです。
☆☆☆☆
投稿者:Kenia投稿日:2001-11-17 02:54:37
この映画と「太陽がいっぱい」を比べたらいけません。
第一、「太陽が、、」を知っているのに、比べること自体がナンセンスです。
全く別の映画として観てこそ、映画好きと言えませんか?
ぼくは面白かったです。気持ち悪いと思わせた、Mディモン。立派です。
役者として良いじゃありませんか。
もしフィアンセが入ってきたら?
ローマの刑事が同じだったら?フェリーで見つかってバレタら?
サインの偽造がバレタら?。そんなことにケチを付けているようじゃ、
話にならん。サスペンスをもっと研究しなさーい。
それこそがサスペンスの真髄じゃありませんか。
心理的なプレッシャーや条件的や立場的な怖さ。
そんなシーンが二つ以上あれば、OKです。
薄々解ってて、ひかれて、そしてそれでもアエて
殺されてしまったピーターなんかよく出来てるじゃないですか。
投稿者:seiji投稿日:2001-08-05 11:10:38
「太陽がいっぱい」は今でも記憶に焼きついているのに
この映画は観終わって1週間で記憶が薄れてしまった。http://www5b.biglobe.ne.jp/~movie
投稿者:シリウス投稿日:2001-08-04 12:27:23
こわ〜い映画でした。これもマットデイモンの微妙な気持ち悪さにつきる。でもこれってマットが巧いってことかも。Jロウのわがまま気まぐれボンボンもすごい巧いと思ったけど、やっぱりマットデイモンにつきるでしょう。だって、後半本当に嘘で固めた嘘臭い感じがますますこの物語の不気味さを増長していた気がします。気持ち悪い話だけど、映画の出来としては良いと思った。後は好みの問題。
グゥイネスお嬢様はあんま存在感なかったけど、来ていたお洋服がとても可愛かった。でも、グゥイネスはやっぱりあんまり。。。。(好みの問題です)
投稿者:じゅんこ☆投稿日:2001-07-29 22:53:08
マット君の「グット・ウイル・ハンティング、レインメーカー、プライベート・ライアン」を、見ていた私は、かなり〜ショックだった…☆ ジュード・ロウが、格好いいのと、比べて、マット君が、気持悪過ぎ〜☆ マット君の、ファンは、絶対…見に行っては、いけない☆
投稿者:ゆうじ投稿日:2001-04-06 16:01:46
皆が「太陽がいっぱい」の方が数百倍いいと言うものだから
どれだけひどい作品か不安だったけど、思った程悪くない。
主人公リプリーについてよく描けているし、マット・デイモンも
リプリー像にぴったりはまる。

しかし、問題は同じ原作を使った「太陽がいっぱい」という作品が
あること。しかも、この作品、ファンがやたら多いときている。
これは、辛い。そのまま、作ると独創性がないと批判され、独自の
解釈を入れると世界観が違うと文句を言われる。まさに、八方塞がり。

本作では、主人公の内面を描いた他に脇役陣に光る俳優を揃えることで、
前作と作品の雰囲気を変えようとしているように見える。まあ、
変わることは変わったが、ちょっと一般うけしない作品になって
しまったようだ。

ストーリー構成などむしろ「太陽がいっぱい」よりしっかりしていると
思うのだが、主役の放つ光、輝く画面、心に残る音楽、余韻の残る
ラストシーンの合わせ技にはちょっと分が悪いか・・・。
投稿者:ひゅー投稿日:2001-03-16 22:59:19
ジュード・ロウ退場後から急激に映画の魅力が減退した。
マットはべつに悪くないのだがそれだけディッキーの
カリスマが強かったのか?
演技力を超越したスターオーラの存在を認めなくてはいけないの?
投稿者:ひょうたんこ投稿日:2000-12-29 01:22:31
ジュード・ロウにつきた。ディッキー死後は暗くてやだ。
それでも、我慢してみてたのに、「太陽がいっぱい」名場面の
ラストさえなく、トムばっかの後半に気分悪くなった。
それだけ、マットの演技?もよかったのかもしれないけど。

ジュード・ロウは素晴らしくかっこいいので、この「リプリー」が
彼の代表作になると思う。あ、「オスカーワイルド」もよい。
投稿者:ktak投稿日:2000-12-25 01:08:49
 「太陽がいっぱい」の一本勝ち。リプリーがディッキーを殺害してしまうところの必然性、もしくは偶然性が納得行かない。監督はあまりにリプリーに入りすぎている。リプリーに正義を与えることで納得させようとするが、それは無理。人間が持つ良心と残虐性をもっとハッキリと描くべきだし、そのバランスが良心の方へ大きく傾いているのがまともな人間だ、と言うことを描くことだ。リプリーは絶対に許せないし、こんな人間に同情するような映画を作ることは「バトルロワイヤル」よりタチが悪い。
投稿者:浩司投稿日:2000-10-29 01:39:39
もう10回観に行きました。久々に‘映画 に会った。トータル(映像、音楽、役者、ストーリー、ETC)すべてにおいてパーフェクト。残念ながら、というよりこの映画が我が人生を変えてくれたかもしれない。クラシック、ジャズ、ブルースを使い分け役者心理を描写し、とろける映像で一時も目が離せなかった。この映画が解らない方はもう少し歴史と音楽を勉強してから評価なり何なりすべきだ!
投稿者:kn2投稿日:2000-09-22 21:31:02
 この映画、前半まではかなりよかった。ジュード・ロウが死ぬあたりまで。マッ
ト・デイモンのミステリアスな行動や表情も思わせぶりだし、三人の関係の微妙
さ加減がよかった。しかし、いたずらにジュード・ロウが魅力的だったせいか、
彼が死んでからは物語に入り込めない。その後の展開もどうでもよかった。ディッ
キーがいなくなってしまったら、もうどうでもいいんだよ。本人に成り代わった
ところでその隙間を埋めることはできないのだよ。後半を見て思ったのはそれだ
け。それを納得させるためだけの1時間なのだとしたら、それはあまりに不毛な
のではないでしょうか?http://cinema-today.hoops.ne.jp/
投稿者:AFRON投稿日:2000-09-10 00:26:17
Talented Mr.RIpleyというパトリシア・ハイスミスの原作を映画化したというだけで、『太陽がいっぱい』とは完全に別の、独立した作品だと思います。
投稿者:オリオン投稿日:2000-09-01 03:54:14
「太陽がいっぱい」とは別物として観た方が良い様です。
ラストの「自分を好きになってくれる人」をも殺さねばならなくなった場面には、はっとさせられました。またオペラ「エフゲニー・オネーギン」が効果的に使われていました。決闘で親友を自分の手で撃ち殺すことになってしまう場面です。
「太陽がいっぱい」よりも深くというかディープなまでに掘り下げて描かれていますね。しかし個人的には、名画として残るのは「太陽がいっぱい」の方かなと思いました。http://homepage1.nifty.com/tristar/
投稿者:敦煌投稿日:2000-08-28 23:33:18
 いやあ、女だてらにエイリアンと戦うなんて・・って、そういう映画じゃないですね。

 映画がリメークされる場合、製作時点の時代背景で設定を作り直すケースが多いように思うが、この作品はあえて1958年に時代を設定したようだ。当時走っていた(のだろう。知らないけど)古い型のバスやバイクをよく何台も探してきたものだとは思うが、この試み、どうにも据わりが悪かった。
「太陽がいっぱい」はクールなピカレスクというコンセプトが一貫していた。ドロン=リプリーは悪党ながらも申し分なく魅力的で、観客は彼に感情移入し、予期せぬ事態に一緒にハラハラした。それでいて最後は勧善懲悪、悪いことはできませんねという平凡だがまっとうな結末。実に古き良き時代の映画だったといえる。
 それに引き替え、デイモン=リプリーは観客の感情移入を許さない。ディッキーに成り代わる計画が心に芽生えた契機がまったく描かれていないのを初め(「ディッキーの本心を知ったリプリーは、やがて彼に成り代わろうと考えた……。」と、本ホームページの「解説」欄には書かれていたが、少なくとも私にはそういう風には見えなかった)、彼の心の動きがことごとく見えない。おそらく彼が何を考えているのかは、彼自身にも分かっていなかったのではないかと思える。
 犯行も場当たり的で、悪党なりのエレガンスが感じられない。汚らしい。感情移入しろという方が無理であろう。
 ホモセクシュアルな要素も濃くしすぎたのではないか。「太陽がいっぱい」のように、分かる人には分かる程度で十分だったと思うが。それでいて、これまた行動が場当たり的で一貫性がなく、デイモン=リプリーのゲイ嗜好がどこまで本気のものなのかが、どうにも計れない。そういうポーズを取って見せただけなのではないかとも思えるほどだ。とはいえ(昨今の映画には珍しく)彼が女性と寝るシーンが一度も描かれなかったのは確かで、デイモン=リプリーがドロン=リプリーのようにマージの心を懐柔することができなかったのは、彼の性的嗜好が原因だったという解釈も成り立ちそうである。
 本作はデイモン=リプリーが3つ目の殺人を犯したところで終わる。観客にカタルシスも感動も教訓も与えない、救いようのない終わり方だ。彼が第4、第5の殺人を場当たり的に重ねるであろう事は容易に予測できる。が、依然として彼の心の動き、喜怒哀楽は、観客に(そして彼自身にも)見えない。彼が精神鑑定を受けたら、精神異常を理由に不起訴処分になるのではないかとさえ思える。その点で、映画の出だしにあった「上着なんか借りなきゃよかった」という真っ当で自覚的なコメントは、その後の展開との整合性が見られないような気がする。
 主人公の抱える心の闇の深さといい、彼の犯す犯罪の理不尽さといい、本作の描く世界は悪い意味で現代的。冒頭で古き良き時代背景との据わりが悪いと書いたのは、そういう意味である。
投稿者:kerobert投稿日:2000-08-17 21:59:36
サスペンスとしてもどうだろう?
もう少し機転が利いたプロットやあっと驚く展開があっても
よいのではないかと思うのですが。
投稿者:Lee投稿日:2000-08-10 11:19:29
 巷には若き日のドロンと現在のマット・デイモンを比較して(その容貌から)本作を「問題外」としている方もおられるようだが――。あっしに言わせるなら、サスペンスの強烈さという点で「太陽がいっぱい」よりこっちの方が上だ。
 ハイスミスの原作が人気を保っている理由は、人間の恐ろしさを上手に描いている点にある。しかし恐ろしいのはトム・リプリーではない。いや、トムも確かに恐ろしいけど、ディッキーの方がもっと恐いのだ。――ディッキーは他人を振り回す暴君。彼が持っている暴力性は特権的なようで、実は誰もが持ち得るもの。それを隠すことなく振るうことができるかどうかが問題なのだ。ディッキーを見ていると何だかせつない。人間の本質的なものを見せつける、裸のキャラクターだからだろう。「太陽がいっぱい」でもモーリス・ロネがものすごく恐い顔を見せる場面があってびっくりした記憶がある。
 フレディ役でフィリップ・シーモア・ホフマン(大好き!)が登場したのには驚き。気が弱くてネクラそうな男(「ブギー・ナイツ」が最高)をやらせたら絶品の彼なんだけど、本作では180度方向転換。フレディは他人の秘密を嗅ぎまわることに躊躇しない猟犬のような男。こういう演技もできるんだ、ということでホフマンを再発見した次第。
投稿者:KAZOO投稿日:2000-07-14 15:50:07
『太陽がいっぱい』を見たことないから、リメイクとしてどーなんだよ!
と聞かれると全く言葉につまるわけですが。

単純に最新映画として捕らえるならば、なかなか面白かった。
つーか、ジュード・ロウってTOOセクスィ〜!めっちゃセクスィ〜!!
その胸毛に顔をうずめてみたい。と全米の女の子12万人を虜にしたとか
しないとか・・・(しねーだろ)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kazoo/
投稿者:もっち投稿日:2000-07-07 18:08:54
かなり楽しみにしていたので、ちょっと期待はずれでした。
でも内容展開は意外で、オオオ!!という感じです。

これを見て、自分も頭が良くなりたい、とか思いました。
マジで。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 助演男優賞ジュード・ロウ 
 □ 脚色賞アンソニー・ミンゲラ 
 □ 音楽賞(オリジナル・ミュージカル/コメディ)ガブリエル・ヤーレ 
 □ 美術賞ロイ・ウォーカー 
  Bruno Cesari 
 □ 衣装デザイン賞ゲイリー・ジョーンズ 
  アン・ロス 
□ 作品賞 
 □ 男優賞(ドラマ)マット・デイモン 
 □ 助演男優賞ジュード・ロウ 
 □ 監督賞アンソニー・ミンゲラ 
 □ 音楽賞ガブリエル・ヤーレ 
□ 作品賞 
 ■ 助演男優賞ジュード・ロウ 
 □ 助演女優賞ケイト・ブランシェット 
 □ 監督賞(デヴィッド・リーン賞)アンソニー・ミンゲラ 
 □ 脚色賞アンソニー・ミンゲラ 
 □ 作曲賞(アンソニー・アスクィス映画音楽賞)ガブリエル・ヤーレ 
 □ 撮影賞ジョン・シール 
□ 作品賞 
 ■ 作曲賞ガブリエル・ヤーレ 
□ 音楽シーン賞ジュード・ロウ 
  マット・デイモン “Tu Vuo' Fa L'Americano”
  グウィネス・パルトロー 
 □ 悪役賞マット・デイモン 
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