EUREKA ユリイカ(2000)
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【解説】 九州の田舎町で起こったバスジャック事件に遭遇し、生き残った運転手の沢井と中学生・直樹と小学生・梢の兄妹。3人は乗客が次々と射殺され、自らも殺される寸前にまでなった凄惨な現場を体験し心に深い傷を負ってしまう。2年後、事件直後、妻を置いて消息を絶っていた沢井は再びこの町に戻ってきた。同じころ、周辺では通り魔の犯行と思われる連続殺人事件が発生し、次第に疑惑の目が沢井にも向けられるようになる。兄妹が今も二人だけで学校にも行かず家に閉じこもっていることを知った沢井は、突然兄妹の家に行き、そこで奇妙な共同生活を始める。しばらくして、同じような体験をしたという兄妹の従兄・秋彦もやってくる。やがて、沢井の提案で4人は沢井の運転するバスに乗り、あて所のない旅に出るのだった……。心に深い傷を負った人々の、崩壊と癒しそして再生への旅をゆったりとした時間の流れで真摯に見据えたドラマ。 【ウェブリンク】 【関連作品】
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たしかに上映時間の長さを感じさせない巧い作りにはなっているのだが、後半からダメになる。バスに乗って地方の山々を走るだけという「トラウマの克服」という前提があるのに青山監督が目指すロード・ムービー的展開に移ってからどんどん作為性が出始め、トラウマを抱える主人公達に全く感情移入出来ない。だいたいトラウマを克服する為にバスで旅するなんてありえないだろ。
バスでノロノロ走るだけに3時間もかける必要性を見出せなかった。前半のサスペンス感が勿体無い。
ついでに言うが、台詞も直接的過ぎる。「生きろとはいわん」とか「死なんでくれ」とか、マジでそんな気恥ずかしい事を言わすな。てめえは宮崎駿か!(笑)
ただしこの全体の長さは確かに勘弁!もしこれをノンストップで観たら、集中力と持続力の関係で、後半は半分投げやりになってしまっていたでしょう(レンタルDVDで観て正解!)。作り手に思い入れはあるでしょうが観手にも都合(体調、スケジュールetc.)はあるので、お互いのペースを考慮して歩み寄ると、劇場やテレビのロードショーは避けてサスペンデッド可能なDVD等で鑑賞するのをお薦めします。
個人的には、ちゃぷりん氏には、せめて1時間くらい頑張ってほしかった。
最初の20分でバス・ジャック事件。それから「2年後」の日常世界は、なんと3時間の長丁場である。2回くらいの休憩はやむを得ないだろう(腹も減るし、喉も渇くので)。
事件のショックにより(というか、それを口実に?)社会不適応を起こした生き残り3人(役所広司と宮崎兄妹)が、吹き溜まりのようにして、同居を始めるあたりは、まだまだ我慢が要る。
しかし、1時間ごろ、闖入者が駅から降り立つとどうだろう。22歳のクールでおせっかいな青年(IQ高めで、ゴルフが趣味)。彼がこの3人に割って入るところから間違いなく面白くなる。まるで鬱病患者をガンガン励ますような乱暴なやりかたをするものだから、観てるほうは気まずくなる(そこが面白みだ)。
ところが、逃避癖のある沢井(役所広司)も、不登校の兄妹も、異質な青年を煙たがることなく(つーか、排除するだけの生命力を持たない?)、また青年も溶け込み、ついには、4人で「バス旅行」へ出発することに。ロードムービーと化すが、バスの動いているあいだは、むしろ時間は止まっており(ユートピアみたいなもんだ。けだし、すべてのロードムービーについて妥当する)――そもそも最初から最後まで、登場人物がゴロゴロと「寝たきり」に近いのも特徴的――だから、終わるに終われない。終わりどころを見つけるのが難しい。
寝たきりの少女をあちこち連れまわし、さて、どうなる?
まず、兄が脱落(警察沙汰)。
次に、青年が脱落(失言でケンカ別れ)。
女子小学生(といっても演じる宮崎あおいは当時15歳)とおじさん。
気になる2人きりになる。
海へ来て、終わりそうな気配もしたが(だとしたら「バカか!ベタすぎるだろ!」と怒鳴っていたと思う)、やがて、バスは山頂へ。ということは一種の行き止まりだ。
ここで、おしまい(でも納得しきれない部分は残った)。
他人とは絶対に口を利かない、ということで一種のサスペンスを導入していた少女は、予想通り(でしょ?)、最終的に、ある「表現」をすることで、物語としてのカタルシスを与える。とりわけ、個人的に大嫌いな宮崎あおいのアホっぽい無表情が、生き生きと解除され、大写し&スローモーションの瞬間、「宮崎あおい、イイじゃん!」と感動してしまったほどだ(俺って単純(笑))。
テーマ的には、敢えて論じるようなこともないが(サラリーマンや中学生による無差別殺人は、どーでもいい)、主人公・沢井の態度はなかなか考えさせるぜ。
ヤクザに殺されそうになった体験をもつ青年にも同情せず、好意を寄せてくれる若い女の告白(両親が早く死に、施設に入れられた過去)にも同情しない。そういう意味では狂っている。共感能力をほとんど欠いている。
結局、単なるロリコンおやじなのかもしれない(美女に「部屋まで送ってくれ」とせがまれ、あがりこんでも手を出さず、彼女が殺されても無関心)。
だから「ロリコン気違いオヤジ」の物語として、つまり『ロリータ』の別バージョン(あれも同居人→ドライブという話)として見れば、面白さが増すかもしれない。
つまり、正確には『ユリイカ』ではなく、『ユリイカという名のセックスレス・ロリータ』と題すべき映画なのであった。
追記 08-6-11(水)
さっきラストの25分も観たけど、やはり何のインパクトも無かった。
癒しの旅とはいえ、食事、風呂、洗濯、「生」の説明が必要だった。
「火口・草千里」→海→「大観峰」というコース、どこの海なんでしょうね。
>実景や間が主体となる会話群を、文字通り長く回すだけ
っていうけど、3時間以上その「だけ」から目を離せないっていうことが、どれだけすごいか。それはまさしく映画的な力であり、役者の力、映像の力、音の力がスクリーンからあふれでてくる。傑作という言葉以外に評価の仕様がない映画。
一度見て打ちのめされて、次の日にまた見に行って、それ以来見ていないです。『エリ・エリ〜』もそうだけど、青山さんはこういう劇場でないと見る気がしない映画を作れるところがやっぱすごいです。(それ以外にDVDで見たのも失敗だったかなって思えるのも何本かあるけど。)物語のおもしろさとかだけじゃなくて、映画(館)でしか味わえない作品を作るっていうことが、今後『映画』と『映画監督』に求められるのではないかと思います。あとはホームシアターと映像作家とテレビ局と会社員の仕事です。別にけなしているわけじゃなくて、そういうことができないと『映画監督』にはなれないし、生き残れないんじゃないかな。
>3時間30分かけて薄いドラマを展開させていくのは逆に凄みを感じないでもないが、スタイルにばかり捉われてはいい映画は撮れない。
この映画の本質、テーマを具現化するのには、このスタイルがあくまでも『必要』だったのであり、決して捉われているのではないと思います。核から広がっていった結果、なんだかんだありまして、これだけの時間をかける『必要』があったのではないかと。
余談ですが、私が劇場で見た時、この映画の料金は2,000円でした。全国どこでもそうでしたか?
3時間30分かけて薄いドラマを展開させていくのは逆に凄みを感じないでもないが、スタイルにばかり捉われてはいい映画は撮れない。
サングラスのシーンはあからさまなオマージュなのですが・・・
たしかにテーマ性においては全くのオリジナルですけど、これほどまでに元ネタを知らない人が多いとは・・・
簡単に言ってしまえば、ある事件を契機に世界のたがが外れてしまった3人が、長いバス旅の果てに再び世界の秩序を受け入れるお話だ。
『Helpless』と同じ北九州サーガの一編なのだが、物語もよく似ている。
『Helpless』は若者だったが、こっちはおじさんと子どもなのでより普遍性を得ている。
どちらも世界の喪失と再生の物語なのだが、『Helpless』で絶望のままに終わった状態を『EUREKA』では一歩進めている。
特にラストシーンの空撮。美しいセピアから単調なカラーへと変わる。
これを単に開放的なハッピーエンドと見ていいのか。
しかも山。その前に、兄貴に語りかけた海のシーンで終わるのが普通の映画だ。
なぜ山に向かったのか。山は秩序の空間だからである。
世界の秩序を受け入れ直すためには山でなければならなかった。
それは単なる幸福な再生ではなく、再び生き難い現実を受け入れることでもあるアンビヴァレントな再生なのだ。
この映画は現代人の持つ普遍的な孤独を見事に描いている。
私はあのラストシーンにあまりに強烈な印象を受けたために、今でも宮崎あおいを見ると「元気になってよかったね」とつい思ってしまう(笑)
最初は直樹の「人を殺したらいけんと?」という台詞が印象深かったが二度目は秋彦の「一線を越えてしまったら隔離した方が周りにとっても本人にとっても幸せなんだよ」という言葉が深く突き刺さった。
秋彦は重要な人物だ。悪役ではない。現実を映しているだけだ。彼がいなければ三人は現実世界からどんどん離れてしまう。殴ってバスから追い出した沢井の行動は現実を突きつけられた沢井の弱さとも取れる。
北九州育ちの私は登場人物のほとんどのイントネーションの不自然さが気になった。秋彦の話し方も「田舎者がイメージした東京人」という感じで不自然に感じた。田舎者のコンプレックスが滑稽だった。女の心理描写が少なかったのも気になった。
兄弟の住む家は田舎に不似合いな少女趣味な家だ。生活感が欠落している。母親は都会から来た人で、田舎暮らしが嫌になったんじゃないかと想像する。長い髪と少女趣味の服装、あの話し方、環境を受け入れず拒否していたのだろう。そして直樹が殺す女性たちにはどこか母親の面影があるように思った。ドラゴン退治は母親殺しの象徴と何かで読んだがそれを思いだした。
愛するが故に憎み、乗り越えようとする作業が必要だったんじゃなかろうか。
苦しみや怒りや憎しみはどこから来るのだろうとずっと考えた。最初の犯人もあれだけの犯罪をするに至る深い傷があるがゆえに病んでいたのだろう。
そして沢井も兄弟も病んだ。秋彦も別の場所で傷つき、病んだ。苦しみの連鎖。終わりは無いのだろうか。救われない。
秋彦の言葉は、私の精神病院入院時の保護室で過ごした日々を思い出させる。数時間で出られると騙されて一週間。便器と布団だけの、糞尿の臭いのする鉄格子の中で、放置された。誰も傷つけていない。暴力も奮わず、自傷もしていない。傷つける可能性があると言われた。そんな理由で隔離された。30分開放の時間、「あの部屋に戻りたくない」と言って泣くと「今は外にいるのに悲しむのはおかしい」と繰り返し言われた。「出してくれ」と言うと、「あなたにとって、それが一番必要な環境だ」「休養が必要だ」と言われた。開放されてからしばらく、ポカンとして記憶が定まらなかった。
脳が活動を停止しているようだった。今現在も誰かが理不尽に自由を奪われ長い夜を過ごしているのだろう。
「一線を越えてしまった本人にとっても隔離された方が幸せ」これは正論かもしれない。傷ついても現実的な思考を保っている秋彦は強い。傷ついて一線を越えた直樹は弱い。傷つければ自分も傷つく。そんな弱さと衝動に怯えながら生活するくらいなら「僕を隔離してください!」という考えに至ることもある。しかし隔離されて幸せになるはずがない。隔離されなくても幸せとは限らない。救われない。傷ついて、傷に振り回されることは罪なのか。ずっと考えている。終わりはない。
ビデオが終わってしまうのが寂しかった。ビデオは終わっても私はまだバスに乗っている。
『ユリイカ』はバスジャック事件への巻き添えによってそれまでの生活を一変させられた平凡な人々が,数年後に再会し,共同生活を続ける中でその心に負った深い傷を癒すべく,再びバスに乗って旅に出る物語を描いた作品だ。同時にその過程の中で現代日本社会が抱える,箍が外れた様な少年犯罪の救済の道も繊細に綴っている。
特に見事なのは事件後,梢が初めて言葉を発した時,セピア調の白黒画面がカラーに転換されるラストシーンだ。今までは車内からゆらゆらと揺れ続ける風景が自らが抱える傷に真正面から向い合う登場人物達(秋彦はそれを拒絶したが・・・)の重苦しい地獄巡りを象徴していたが,登場人物達を空撮で捉えたこの場面はまるで密室から外へと解放されたかの様な長時間乗っていた車から地面に降りた時の様な実に劇的な変化と効果を映像と作品自体にもたらしていると言える。それはこの世界を肯定するに至った主人公達を祝福するかの様に舞って行く神(超越的な)の視点である。全体としての画面構成も登場人物の心情を観客に体感させる上で物語と連動し,緻密に計算されていた演出であった事が理解出来る。ゆったり流れる時間の感覚は車や電車に乗った時の様なあの感覚に似ている。だから四時間近い長尺でも観客は全く退屈しない。また沢井と田村兄妹の3人がバスの中で言葉を交わさず壁を叩く事で意思疎通を図る場面も興味深くて印象に残る。人類が誕生した頃はまだ人間は言葉を話さなかった。でもそこには確かに意思疎通があった。言葉や文字で人間は意思疎通を図るのではない。そんな重要な原点を喪失した現代社会を象徴する場面だろう。とてもこの世の出来事とは思えない儚い気配があるのは正にその為なのだ。『ユリイカ』は何もかも全てが崩壊してしまった社会から世界へと向かっていくのだ。無論彼らは原点に舞戻り,そこから再出発し,世界を発見したのだろう。「われ発見せり」・・・。
本作は近年の日本映画界の中で最も突出した印象を持つ秀作である。
しかし、90分程度だと、あの間や無駄のような長回しに意味を持たなくなってしまう。
彼らの再生を緻密に描くには、これくらいの長さは必要だろう。
希望の光が見え始めたとき、セピアからカラーに変わる。
単調なので睡魔に襲われるが、見る価値はあると思う。
しかし、この映画を高く評価したい点は、90年代以降、続出している一見猟奇的犯罪の根源に対して光を当てることに成功している点だと言える。
換言すれば、その種の犯罪が、特殊な状況下で起こるのではなく、実はありふれた状況下で誰しもが加害者及び被害者になり得る可能性がある現在を照射していることに成功していると言いたい。
本来、同時代性の鏡役として小説、舞台、映画のようなフィクションが、担うべき役どころなのに、なかなか為し得ていないことに強い不満をもっていたところにこの作品が現れたのは喜ばしい限りである。
尚且つ、私的には、この映画の監督が、「俺はお前がいるから生きていられるんだ」という他者によって自分が生かされているという極めて明快であり強烈な陽性のメッセージを送っているところを大いに評価して止まない。
で、それに対して見えない魂はどーなんだ?みたいな問いかけ。心の傷は見えないから簡単に否定されてしまう、という悲劇。助かったのに何でそうなるの?「無傷」なのに。淡々と描かれる傷ついた人間の生活にやすらぎをおぼえる。ほんとに部屋って心の形だなと思う。こうして考えるとアントニオーニが建築科を出たという事実がおもしろい。
作品時間の長さは、作品の質とは関係ないだろうと思う。その時間に苦痛を感じさせるかどうか、それは難しいところであるが。世界には、緩慢な映像展開をその主軸とする監督は多々いる。僕が一番敬意を感じさせられる監督はアンドレイ・タルコフスキーやテオ・アンゲロプロスであり、やっぱ緩慢系ではあるんだけれども^^;恥ずかしながら彼らの作品ですら、三回に一回はすやすやと眠らされてしまう。
ところがこの作品にはそれはありえなかった。コンディションもあるかもしれない。日本語であることも関係しているかもしれない。しかし、それ以上に、この作品は想像力を喚起しうる魅力をもっている。ワンカットの結末が余韻を感じさせたり、車の中で見えない人物たちの気持ちの動きを思い描かせたり、ゆったりと鑑賞者と人物が同一化できるような、そんな間合いをもっている。
方言もまた良い。方言にはいつもある種のノスタルジーがついてまわると僕は思っている。僕自身地方出身者だからかもしれないが、特定の地域に根ざした言語は体温を感じさせる。それは詩的言語にも相当する要素であるのかもしれない。方言で語られる、人物たちのそれぞれの言葉が、理解しやすく響いてくる。
かくして、ある時は想像力を引き出しながら、ある時は親しめる台詞を噛み締めながら、いつの間にやら原色のラストシーンに辿り着くわけだ。
人物たちは第一歩を踏み出す。これも長いワンショットだが、作品の全てを思い起こし、ここに至った経緯を振り返るには、またこれからの彼らを想像するには、やはり必要な時間であると思う。
作者は、負った傷を回復すること、が困難であることを知っている。回復したところで、初めてスタートラインであることも。トラウマを抱えた友人、僕にもいます。せめて生き延びていつか乗り越えて欲しい、いやともに乗り越えたい、とも思います。
負った傷の回復、鎮魂と再生がテーマのこの作品、珠玉です。