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2001年宇宙の旅(1968)

2001: A SPACE ODYSSEY

メディア映画
上映時間139分
製作国アメリカ/イギリス
公開情報劇場公開(MGM)
初公開年月1968/04/11
リバイバル→MGM=CIC-78.10→ヘラルド-95.2
ジャンルSF

【解説】
 公開当時は賛否両論を呼んだものの、今や映画史上のベストテンに必ず入る、殿堂入りの名作SF。人類の夜明けから月面、そして木星への旅を通し、謎の石版“モノリス”と知的生命体の接触を描く。一応のストーリーはあるが、映画はその物語性を放棄し、徹底した映像体験で構築されている。猿人の眼前に屹立するモノリス、それに触れた猿人が骨を武器として用い他の猿人を打ち殺し、空高く放り投げられた骨は一瞬にして宇宙船へと変わる--その、史上最も時空を超えたジャンプ・カットを後に、舞台は宇宙へ移行する。『美しき青きドナウ』や『ツァラトゥストラはかく語りき』といったクラシックをBGMに、悠々と描き出される未来のイメージ。そして、木星探査船ディスカバリー号での淡々とした日常業務。やがてコンピュータHAL9000に異変が起こり、ボウマン船長は光り渦巻くスターゲイトをくぐり抜けスター・チャイルドとして転生する……。訳知り顔で、作品の根底に眠る意味を解く必要はない。座して体験せよ、そういうフィルムなのだ。
<allcinema>
評価
【吹き替え】

日曜洋画劇場(演出:佐藤敏夫/翻訳:飯嶋永昭/効果:重秀昭/PAG/調整:前田仁信)
※このデータは放送当時の情報です。
小林昭二ウィリアム・シルヴェスターヘイウッド・R・フロイド
金内吉男ダグラス・レインHAL9000の声
堀勝之祐ケア・デュリアデヴィッド・ボウマン
小川真司ゲイリー・ロックウッドフランク・プール
阪脩ケヴィン・スコット[役者]ミラー
坂口芳貞レナード・ロシターアンドレイ・スミスロフ
大木民夫
近藤多佳子
木下秀雄
横尾まり
山内雅人
岡のりこ
松下達夫
酒井志満
瀬尾礼子
大滝進矢
遠藤由香里
【おすすめ作品】
A=無難にチョイス B=チャレンジの価値アリ C=発見があるかも!?
[001]Aシャイニング (1980)
[002]Aブレードランナー (1982)
[003]Aスティング (1973)
[004]A博士の異常な愛情 (1964)
[005]Aフルメタル・ジャケット (1987)
[006]A明日に向って撃て! (1969)
[007]AゴッドファーザーPART II (1974)
[008]A大脱走 (1963)
[009]A燃えよドラゴン (1973)
[010]A地獄の黙示録 (1979)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
66532 8.06
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【ユーザーコメント】
投稿者:ロッテンクロッチ投稿日:2015-08-27 18:50:04
今更言う事でもないが名作。どのシーンも素晴らしい。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2014-12-07 11:12:43
何度も見てその度に妙な感銘とある種の違和感を受けてきたのだが、先日チェコの「イカリエ・XB-1」を見て始めて長年の違和感が解消した。
イカリエとはイカロスのことで、その名を冠された宇宙船は亜高速で航行していて目的地はアルファ・ケンタウリ星系の惑星である。機内には夫婦者や恋人同士など男女同数のクル−が乗り込んでいる。目指す惑星に向かうイカロスは暗黒星から放たれる未知の放射線に曝されて乗員すべてが意識を失う危機に陥るのだが、その暗黒星との間に立ちはだかった不思議な壁状のモノのお陰で危機から脱することができた。その直後、機内では飛び立つ前から妊娠していた夫婦者から「スタ−・チャイルド」が生まれるという喜びがはじけ、それは「壁」を作って地球からの使者を迎えようとする惑星の善意をも暗示して、墜落を免れたイカロスはアルファ・ケンタウリ星系の惑星に向かって飛行して行くのだった。
以上のように\'63年製作のこの作品には「壁」も「スタ−チャイルド」も既に登場しているのである。そして延べられている思想も「2001年」よりもはるかに明解で肯定的なモノであって気持ちの良い印象が残る。
さて、今回見直そうとして冒頭の「モノリス」のシ−ンを見ていて急に腹が立ってきた。弱虫の猿がモノリスに触れることによって「智恵?」を獲得し、手近に転がっている動物の大腿骨を武器として手に掴み、水場から敵対する猿群を撃退する。それだけならまだ良いのだが、それまで仲良く共存していたアリクイに似た動物を殺してその肉を食い始める。これでは「モノリス」はニンゲンに「悪」を注入するためにその場に置かれたとしか思えないではないか。“ニンゲンを馬鹿にするなよ!”と腹が立って、見るのをそこで止めてしまったのだった。もうこの映画を見直すことは決してないだろう。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:ピースケ投稿日:2014-10-05 19:10:10
ガキの頃に観たきりのため、なにがなんだか意味不明であった。
もう一度観にゃならん。
投稿者:ベン・ショックリー投稿日:2014-01-19 18:34:47
【ネタバレ注意】

劇場で30数年ぶりに再見したけど、やっぱり凄いね。今回思ったのは、クライマックスでボウマン船長が見たものは、宇宙、地球、生命の誕生を駆け足で辿った末、彼がイメージする「最後の晩餐」を経て『スターチャイルド』へと昇華した(モノリスの啓示によってね)と読みました。当時は東西冷戦の真っ只中で、後年「2010年」へと語り継がれる恒久的な平和へのメッセージみたいなものが含まれているような気がしてなりませぬ。
 あと、スターチャイルドは(確か)右目が黒かったよね。Dボウイがこの映画観てインスピレーションを得たのはラストの目の輝き具合だったりして!?
 

投稿者:TNO投稿日:2013-12-14 22:15:56
【ネタバレ注意】

モノリスを仕組んだ生命体(あるいは神)に人類は操られた。道具を使うことの啓示を受け、最後には究極の道具である人工頭脳と化したコンピューターによるテロ行為を受ける。過度な文明の行き着く先、あるいは神の領域へ踏み込むことへの警鐘か。終盤近く、延々と続くケア・デュリア(昔はケア・ダレーだった)の一人旅の風景で、スタンリーキューブリックは一体何を訴えたかったのであろうか。2013年になった今、1968年当時の未来予想の当たりはずれが検証できるのも、面白い。この映画は、MGMのライオンが吠えないのが珍しい。MGMのライオンの前に映画のタイトルが出るのとエンドロール終了後にTHE ENDが出るのは、更に珍しい。キューブリックの細部に渡る強いこだわりが感じられる。

投稿者:UFO投稿日:2013-11-05 22:10:48
大好きな作品。
投稿者:sachi823投稿日:2013-10-18 15:26:56
クラークの短編「前哨」をもとにつくられた作品だそうですが、
クラークはこの映画の参考書のような小説も発表しているし、
さまざまな解説も目にしていたので、なにやら答えを見てから
試験を受けるような鑑賞でしたが、映画的にやはり難解である
と感じたところもあります。これは文字と映像の隔たりかと思います。
初公開時に賛否両論あったということは、文部省特選だったと
いうことと同様驚きです。
投稿者:サーボ投稿日:2013-07-30 18:56:01
十代後半に、まったく前知識なしで大型劇場で見た帰りのこと。天上的?テーマの思索にまどろみながら、自転車のペダルをこいでいたら、ラブホテルからちょうど自動車が出てきてぶつかりそうになりました。中には清楚な女性が乗っていました。それからというもの、頭の中は、黒い直方体やら宇宙に浮かぶ赤ちゃんどころではありません。その後は、ずっとざわざわした心持で帰った記憶があります。得体はわかっているのに。。
投稿者:slownin投稿日:2013-06-26 10:50:45
  宇宙空間は重力もなく音もない。「スターウォーズ」以来、宇宙は宇宙戦艦や戦闘機がうるさく飛び回る騒がしい空間となってしまったが、実際には静寂に満たされた、上下左右四方八方360度、星と星明り以外何もない無限の暗黒に近い「からっぽ」である(と思う、行ったことないけど)。この虚空の中での浮遊感・臨場感をここまで表現し得た映画はCG全盛の現在に至るまで、ない。もちろんCGなどない時代の作品である。
あのモノリスは、我々の超越的存在が無知な人類を教え導くために各年代と各所に設置した通信装置であるとか、コンピューターHALの反乱は文明が人類を疎外することの表徴だとか、木星に向かうディスカヴァリー号はその形状からして精子に酷似しており、また奇怪なイメージが乱舞する「スター・コリドー」は産道を表し、ここから人間が新生「スターチャイルド」として再生する…云々、といった妙に理に落ちた解説・評論がこの映画に関していっぱいある。だが、これを見る時はそんなものには頓着せず、浮遊感と流動感にひたりながら「そう言えば、人はこの虚空の中でどこからきてどこへ行くのかな?」などとぼんやり思いを巡らすのがよろしいのではないか。
投稿者:ローランド投稿日:2013-05-18 22:32:28
  キューブリックの作品では「バリー・リンドン」のほうがかなり上だと思うが、それが率直に言えないほど世間一般ではこっちのほうに高評価が定着しているのは、『もしもこの映画が一度見ただけで理解されたのならわれわれの意図は失敗したことになる(アーサー・C・クラーク)』 『この映画の意図するところは神である(スタンリー・キューブリック)』との牋嫂洵瓩まんまと嵌ったってことかな、だなんて、かなり天邪鬼的なことを考えていたのだけど、「午前十時の映画祭」のおかげ、初めて劇場の大画面で観賞できるし、さてどんなもんかと嬉しくもあり少し不安もあったのでした。  

  カフェインが身体に悪作用するってことで普段は避けているコーヒーを、それも倍くらい濃くして飲んで睡魔対策をして臨む家でのDVD観賞も、最近は必ずと言うくらいに途中で眠ってしまうので、昼間とはいえ映画館の暗闇で、睡魔の入り込みやすそうなこの作品を無事最後まで・・・・との心配が少しあったのだけど、テレビ電話で♪ハッピバースディー・・・だなんてやっているあたりでは、こんな程度の映画だったかと眠気に失望感まであったものの、普段うす暗いところで防火設備の赤いランプを見ても反射的に思い浮かべるほどに強烈な印象のHAL9000の狎屬ぬ椨瓩登場する中盤からは、もう画面に引き込まれっぱなしで、家庭で観賞したときにはさほどではなかった時空間移動を映像化したような終盤も、こんなに見事なものだったかと、やはり映画の本当のよさは映画館でなければ味わえないのだとの思いを新たにしました。  

  エンディングのわけの分からんところ、これは、浦島太郎を思い浮かべる人もいるだろうしアインシュタインを考える人もいるだろうし、そういったイメージを喚起するためのモチーフをガラガラとぶちまけたようなもんで、あまり深く考えることでないのではと。  

   HAL9000が暴走した原因は、「2010年」での説明では人間の矛盾した命令によってが精神分裂症にかかったことになっていて、なるほど、面白い考えだなって思っていたのだけど、最近将棋の世界で人間がコンピューターに打ち負かされ続けているのをみて、そのあたりを念頭にして攻めることはできないのかなだなんて気も(米長さんが試みた?)。 それへの対応もプログラミングされているのでしょうかね。                                                     土曜日とはいえ、朝の十時だっていうのに多くの人数を集めていて、年配者ばかりではなくて若い人たちもかなりいたし、映画産業にはまだまだ可能性が多くあるような気がします。 塀の中から出てきたお人が、刺激的にパワーを与えてもらえる人脈を得て何かやってくれそうな気が。 塀の中に入るきっかけとなった、あの放送局乗っ取り事件が成功してたら面白かったと思う・・・ と言ったら無責任かな。
投稿者:jb投稿日:2012-07-24 12:00:05
やっぱりすごい。
投稿者:たんばのもり投稿日:2012-02-20 21:19:06
 1964年の夏。スタンリー・キューブリックは、老舗のアメリカ映画会社・MGM(Metro-Goldwyn-Mayer Ine.)に、今まで誰もが作ったことがない、スペース・アドベンチャーを作りたいと申し出る。それは、近未来の宇宙を舞台にした、未知の生命体との遭遇を描くものだった。
 制作期間2年、予算600万ドルは当時として破格のものであり、MGMの幹部を仰天させるが、MGMは制作にGOサインを出す。制作は、当時、SF小説の大家であったアーサー・C・クラークに協力を求め、原案から作り始められる。
 それから3年、制作費1000万ドルをゆうに超えて映画は完成する。
 完成した映画を始めて試写で見たMGMの幹部は、この映画に度肝を抜かれ、MGM始まって以来の失敗作なのか、はたまた、映画史上、最も偉大な作品の一つになるのか、すぐには判断がつかなかったそうである。

 映画はシネラマの大画面に広がる視覚的な迫力で我々に迫ってくる。
 ・深黒の宇宙に、地球と月が一直線に並び、その彼方から、壮大な音楽とともに、太陽が輝きながら現れるタイトル・シーン。
 ・太古の時代。猿人は石板“モノリス”に遭遇し、この猿人は骨を武器にすることを覚える。猿人がほうり投げた骨が、一瞬に現代にかわり、宇宙空間を宇宙兵器が飛行するシーン。
 ・地球上空の宇宙空間で、宇宙ステーションにオリオン号がドッキングするシーン。
 ・月面基地にアリエス号が着陸するシーン。
 ・現代の人類が、月面で石板“モノリス”に遭遇するシーン。
 ・未知の生命体を求め、ディスカバリー号が広大な宇宙を木星に向け進んでいくシーン。
  (小説では土星の衛星・ヤペタスIapetusに行く)
 ・ディスカバリー号船内でのコンピューター“HAL9000”と乗務員の戦いのシーン。
 ・ディスカバリー号でただ一人生き残ったボウマンが、木星の上空で石板“モノリス”に遭遇するシーン。
 そして未来は。未知の生命体は・・・?

 惑星間有人宇宙飛行など経験したことのなかった時代。現在のようなCG技術など何もなかった時代。よく、このような物語を考え、宇宙船や月面基地などをデザインし、映画を作り上げたものだと感心する。
 2001年になったとき、ニューズウィーク日本版・新年合併号(2001.1.3/10)の特集“ISSUES 2001”の中で、“2001年宇宙の旅”が現実のものになっているかの記事が出ていたが、人類は現在でもこの映画を超えていない。
 この映画は永遠に人類の未来であり、賛否の議論がなされていくのであろうか。

 1964年(昭和39年)といえば、日本では東京オリンピックが開催され、テレビのカラー放送も一部では始まっていたが、白黒テレビが一気に一般家庭に普及した頃であった。1969年にアポロ11号が人類初の月面着陸に成功し、無人探査機による木星探査が始まるのは1970年代に入ってからである。

 P.S.(2013.5.20):
 先日、大阪のTOHOシネマズなんばで“新・午前十時の映画祭”の上映作品として見た。初めて公開されてからもう45年も経ち、私が初めて見た1978年(昭和53年)のリバイバル・シネラマ上映方式から、今回はスクリーンも小さくなりデジタル上映方式であった。それでも、この映画が持つエネルギーはただものではないが、一人生き残った乗組員・ボウマンが乗ったディスカバリー号が、木星上空に到着してから先は、何回見ても理解できない。
 本当にこの映画は観客に何を伝えたいのか。
 人類が作ったテクノロジー(Technology、科学技術)に対する警告か。それとも賛美か。そして、テクノロジーの進歩は建設的であるより、はるかに破壊的なのかもしれない。
投稿者:moviefantravis投稿日:2011-12-24 18:46:20
類人猿が道具を手にした途端,
その矛先が同じ類人猿に向いてしまう場面は見ていて悲しかったが,本質を突いていると思った.
halの読唇術のシーンの演出はさすがと思った.
投稿者:寺尾おさむ投稿日:2011-12-23 15:10:45
2011年の年の瀬を迎えたが、今年もこの映画に出てくるような宇宙ステーションは出現しなかった。人類の進歩を約束した神の啓示の黒石板の威力は衰えてしまったのか。代わりに悲惨な災害や戦争、紛争ばかり起きている。

昨今のSFXを駆使した大作SF映画を観ている人たちには、この映画のオーラも衰えがちであることは否めない。
しかし、この映画の魅力が、現在の映画ファンに伝わりづらいのは、少し陳腐化した映像表現のためだけではない。それは、この映画を上映するだけの環境がなくなったからだ。

スタンリー・キューブリック監督は、上映する映画館の場所や上映システムにまでこだわり、自分の意見を通そうとしたそうだ。
この映画は、できれば超大型スクリーンがあり、高音質・大音響のサウンドシステムを持った映画館で上映して欲しかっただろう。

私は、東京の銀座一丁目にあった「テアトル東京」で、この映画を初めて観た。「6チャンネル超ステレオ音響」を備えた「シネラマ」と銘打ったこの映画館の、観客席を取り囲まんばかりの大スクリーンに映し出された、猿人の投げた一本の骨が進化変容した宇宙船は圧巻だった。おまけに、「6チャンネル超ステレオ音響」で、旅客船オリオン号が宇宙ステーションに着くまでのシーンや、宇宙船エアリーズ号が月に向かって飛び立つシーンに流れる「美しく青きドナウ」(ヨハン・シュトラウス作曲、カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団演奏)を堪能したことは、今まで味わったことのない愉悦だった。これを家庭の大型テレビで観ても、それほどの感銘を受けないと思う。

この絵画に出てくる黒石板が、さらなる人類の進化を促して、日本において、この映画に最適な上映環境が再登場することを期待するしかない。
http://osamu-terao.jugem.jp/
投稿者:namurisu投稿日:2011-07-18 12:51:14
原始から 宇宙へジャンプ 黒板と
投稿者:o.o投稿日:2011-06-13 02:09:34
難解な映画であるという情報を事前にキャッチしていたので、警戒体制をレベル 5 にまで引きあげて観賞に当たりましたが、実際見てみると、えらく単純な映画としか思えませんでした。おそらく例のラスト シーンが問題なのだろうと思いますが、あれはべつに、猿から人間へと人類の進化を促してきたのであろう地球外知的生命体 (たぶん) が人類をさらなる進化のステージへと引き上げる際に、宇宙飛行士が体験した不思議な体験だと思えばよく、ことさら難しく考えてやる必要はないと思っています。SF 映画の金字塔なのだそうですが、ところで「金字塔」って何でしょうか。黒い板より金字塔のほうがよっぽど謎です。

真っ白な宇宙船の中での真っ赤な宇宙服が、やたらと禍々しく、ぞくっとしてしまいました。また、宇宙飛行士の発する荒い息遣いが、やたらと緊張させてくれるのと同時に、守ってくれるものが何もない広大な宇宙の中での孤独のようなものを感じさせてくれます。人工知能を停止するシーンも素晴らしいと思いました。いかにも未来風なデザインの数々は、「おお、懐かしき未来よ」という感じですなあ。未来などもはやだらしのないノスタルジーの産物にすぎない、過去にこそ真の未来がある。なんて、ちょっと思い付いてみただけです。

人間より一足先に「進化」してしまったらしい人工知能 HAL 9000 は、人間と同等な存在になったと言えるでしょうか。人間とチンパンジーの決定的な違いは、「山川域を異にすれど、風月天を同じくす」(by 鑑真)という意識、すなわち、他者と「世界」を共有している感覚があるか否か、さらに言い換えるなら、他者に共感する能力があるか否かなのだそうです。自分の見る限り、感情を持ち始めた HAL にそのような意識があるようには見えません。チンパンジーの知能をいくら引き上げても人間にはならない。従って、HAL は「極めて知能の高い猿」と同じであると判定します。

人類より意識の進化した生命体なんて、いつか現れるのでしょうか。今まで次々に進化してきたのだから、現れても不思議ではありません。それとも、もうとっくの昔に誕生していて、目と鼻の先に立っていても、気付かずにやり過ごしているだけなのでしょうか。チンパンジーがそうであるように。
投稿者:Kircheis投稿日:2011-02-01 20:44:25
どことなく恐ろしさを感じる映画…なんだかホラー的な要素を感じる。

この度3度目の鑑賞を果たした。

まぁストーリーはどうでも良く、映像と音楽共にサイケデリックな感じで観衆を魅了してしまうような雰囲気を楽しむ作品だった気がする。

個人的には特に大好きな映画ではないが、名作SF映画としてこれからも語り継がれる作品である事は間違い無いであろう。
投稿者:mototencho投稿日:2010-05-27 06:48:07
2001年はもうとっくに過ぎてしまいましたので、実はコレをSFとは呼べないかもしれません。が、恐ろしく緻密に計算された設定には舌を巻きます。これを実に60年代に作り上げたキューブリックはさすがなのですhttp://mototencho.web.fc2.com/2008/eaglee.html#spaceodde
投稿者:こじか投稿日:2010-04-01 00:03:10
【ネタバレ注意】

あらゆる映画ジャンルの中でもずば抜けている。
嬉しいことに、あと数世紀はベストテン入りが続くでしょう。

投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 14:45:16
演出:10
演技:8
脚本:8
音響:9
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2009-01-29 05:25:55
【ネタバレ注意】

創造者によって配置された三つ目のモノリスによって時間と空間を超越したスウィートルームに閉じ込められたボウマンは、衣食住を保障された空間の中で宇宙の真理について残りの生涯を使って考え続けます(劇中にそんなシーンは無し)。そして臨終の際に真理を解き明かしたボウマンの前に現れた最後のモノリスの力で、彼は生まれ変わります。人間をも超えた知的生命体に。

以上は推測に過ぎません。まあキューブリックの最高傑作でしょう。

投稿者:クリモフ投稿日:2008-10-16 00:52:44
この映画、キューブリックの作品の中でも異端なんじゃないでしょうかね。彼が割とよくやるブラックユーモアや批判精神などは感じられず、ひたすらわからん。まぁ、筋は追えるし、物語にはなってるんだけども終わったあと頭の中は「???」。
個人的な意見ですけど、キューブリックはもうわざとメッセージを排除して、自分のやりたい構図や映像を撮ったんじゃないでしょうか。暴論気味ですが、
なんかそんな感じがしてならないなぁ。
ただ出来上がった画は素晴らしい。CGの発達した現代でも衝撃です。強烈な色彩や執拗なシンメトリーなどらしさが爆発。原始人が骨砕くのスローモーションにする監督って、、、、、。映像を堪能する映画。
SF映画の金字塔で知名度は高いし、音楽はみんな知ってるが、気軽に人に進められんな。
投稿者:花男投稿日:2008-09-11 17:23:25
結構真剣に最初から最後まで観たはずなんですが、後で内容を思い出そうとしてもどうにも思い出せない・・。どうも映像を観てはいても思考停止していたかトリップしていたようです(笑)。

宇宙旅行はできるが携帯電話もノートPCも存在しない2001年。インテリアやファッションも含めてミッドセンチュリーから現代を飛び越して行き着いた未来世界のようでパラレルワールドを見ているみたいでした。
投稿者:ゴン投稿日:2008-04-19 16:09:50
意味がよくわからんかった。なのでいい映画かそうでないかは批評できない。
その上で感想を述べさせてもらうと、ストーリーよりも映像美を見せることに重点が置かれている映画だと思った。
その点は本当に素晴らしかった。クラシック音楽も見事にマッチしていた。とても1968年の映画とは思えない。
一方、ストーリーは理解できなかった。なんとなく理解できたのはHALが反乱したことと、モノリスが人類の進化と関係していることくらい。
ただ、独特の雰囲気はあったしそれに引き込まれた。
今まで観た映画の中でもかなり特殊で不思議な映画だった。
映画の解釈は人それぞれなのかな。
ただオレは「この映画はこういうことを言いたいのだ」と無理に解釈しようとせず、映画の世界観を味わえばそれでいいと思う。

一応7点。
投稿者:TOSHIkun投稿日:2008-03-19 12:42:18
この映画の批評欄に書き込んでいる今、
日本人パイロットが国際宇宙ステーションでミッションを進行している訳ですが、
劇中のスペースツアーと比べると、理想と現実の差を感じざるを得ないんですね。
この映画に関しては、「生命」をキーワードに理想から現実へのメッセージを訴えています。
監督と原作者と密な打ち合わせを重ねて完成したそうですが、
双方が映像化のビジュアルを理解しあえたから、この傑作が生まれたのですね。
正に奇跡のフィルムです!
1999年3月7日のキューブリック監督の逝去から約10年、
原作者のアーサー・C・クラーク氏、2008年3月19日 享年90歳
ご冥福をお祈りします。
投稿者:真壁 六郎太投稿日:2008-03-10 14:17:59
【ネタバレ注意】

1968年公開。アポロが月へ到達する一年前ですよ。未だにこれを超える映像は作れてません。2010年と見比べてみても歴然だしCGでも難しいでしょう。下記のアドレスにキューブリックの映像にかける執念のすごさが書かれていますので参照下さい。それだけじゃありませんよ。考証というやつですね。今飛行機に乗ると前の座席の後ろの部分に画面がついてるじゃないですか、あれが確かお目見えしたのが2000年位ですよ。今2008年だというのに私ら宇宙旅行に行けてないじゃないですか。この映画が難解という人がいますが違うんですよ。キューブリックは言っています「言葉に頼るな」ブルースリーじゃありませんが感じればいいんですよ。何がって?決まってるじゃないですか宇宙旅行ですよ。行ったこと無いんでしょ?宇宙旅行愉しもうと思ったらこれ見るしかないじゃないですか。他にいったい何があるというんですか?進化の勉強もいいですが映画なんて現実逃避できればそれでいいんですよ。宇宙で遭難する恐怖も味わえるしね。機械のせいで…。美しき青きドナウを聞いて私の瞼にうかぶのは茶色のドナウ川ではなく宇宙ステーションに近づく宇宙船です。
補足、ラストの部屋の謎が解けましたので報告します。ボーマン船長は若かりし頃ルーブル美術館に行ってるんですね。その時の記憶を基に地球外生命体が作り出した部屋があの部屋です。ケア・デュリアがキューブリックに直接聞いたと言ってましたから間違いないでしょう。
http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/otakugaku/No5.html#anchor1013622

投稿者:ひめ投稿日:2008-02-27 16:59:32
観たとき、何度も眠くなってストーリーの意味が分かりませんでした。
皆さんのコメントを読んでみても、例え起きていたとしても理解出来なかった事でしょう。でも、あの独特の世界観、映像、衣装、演出どれをとってみてもキューブリック監督は天才だなと思う事には間違い有りません。他の作品も監督らしさが観て分かりますよね。好きじゃない作品もありますが、作品としてはどれもかなり高レベルだと思います。 あんまり憶えてすいませんが、最後が印象的でしたね。
投稿者:TOMMY投稿日:2008-02-24 21:43:32
この映画は原作を読んでからでないと意味は分からないでしょう。キューブリックは最高峰の監督で天才だと思いますが、この映画はあまりにも不親切です。原作を読めばモノリスの意味も、最後の胎児の意味もすべて分かります。キューブリックお得意の宇宙と神と人間の関係を示した傑作です。
投稿者:jordandas投稿日:2008-02-03 20:15:02
68年製作!?驚きました。まるで古さを感じない。宇宙船のデザインや宇宙服などは斬新で素晴らしい出来だと思います。特にストーリー性は無いようですが、船内での様子は興味深く見られました。コンピュータのハルの声のトーンがすごい表現力をもっている。船長たちを抹殺しようとした時は、怒りを声だけで表しているのにすごく怖かった。冷たい氷のような響きだった。
投稿者:出雲崎007投稿日:2008-02-03 13:05:29
なんか小学生ぐらいのときに見た気がする。もちろん全く解らなかった。
今見てもよくわからないところがあるが、
でもラストの衝撃は大きいです。
非常に印象に残ります。

投稿者:トウショウファルコ投稿日:2007-10-25 04:27:06
もう観なくてもいいと思っていても観てしまう映画か・・・
観客はだだっ広い広場でキューブリックと共に、この映画を観ようとする。
観客は映画を観ている間、キューブリックは観客の顔を見ているようだ。
しかし・・・ラスト30分前になると、キューブリックはほくそ笑み立ち上がるのだ。

いきなり手首をつかまれ、彼を中心線にしてグルグルと振り回される。
足が追いつかなくなり、その強力な遠心力で宙に浮いてしまう。何度か回転した後、
空高く放り出すのだ。

さっきまでは、確かに陸地があった筈なのに、ただ足を着く場所もなく浮かされている。
浮かされながら、遠くこちらを見ろと言うのだ。その上こちらに飛んで帰ることはないよと。
四方八方彼方に飛んで行ってくれと・・・

この映画は“枠外”に現実が見える茶の間のテレビで観る映画ではなく、暗がりの
スクリーンがもっとも似合う映画と思っていた。でも違う所で見たくなった。
そう、あのラストの部屋で。自分で発するしか“音”を作り出せない広い空間と
異質なオプジェとしか感じられないベッドや椅子。・・・でも怖いよね。
もう2度とその部屋から出られないと錯覚してしまいそうで・・・

下の人が書いてるけど、失言とも思いますが、違法な“クスリ”でも服用して
この映画を観たら、とんでもない旅になりそう。おぉ〜こわ〜。
 
人によっては、一生に於いて最も衝撃作になるでしょうが、その“旅”を感じることが
出来たら、2度と観る映画ではないような気もする。

投稿者:keith11投稿日:2007-08-25 11:16:49
作品に対する評価に関してはSF映画史上最高の評価が出尽くした感があるので改めて言うことはない。そこで、最近見たちょっとした発見を。「暗闇でベルが鳴る」のDVDを見たのだが、その特典でキア・デュリアの数年前のインタビュー映像があった。これが、2001年〜のラストで年取ったメイクと全く一緒だった。本人だから当然といえば当然だし、2つの写真を並べて見比べたら結構違ったりするのかもしれないが、こんなくだらないことで一瞬ドキッとさせてしまうところも、後世まで語り継がれる名作の一端と言ったら言いすぎだろうか???
投稿者:Odd Man投稿日:2007-07-23 23:36:48
映画史にこの作品を持たなかったら、と考えたら。
おかげで今も映画を享受できることに感謝しましょうよ。
投稿者:グラン投稿日:2007-04-09 04:16:40
僕自身猿顔でロン毛でキモいしガリガリなんで最初のチンパンジー?のシーン、かなり親近感が沸いた。なんのこっちゃ?そんなこんなで『あっ、俺が出てる』なんて思いつつ、観てても寝ちゃいました。しかしあれ人が特殊メイクでやってるのか?宇宙の特撮表現より猿のが凄いと思った。宇宙も凄いけど。

で、最初からもどってまた観た。

凄いと思った。

誰が何をどう言おうと僕は一言で言うなら『人類に対する警告』と解釈した。勿論そんなのホントの所は監督にしか分からない。あくまで僕は、だ。

『謎の石碑』に人類が触れたり、近くを通ったりすると飛躍的に人類が進化してしまい、ついには進化し過ぎた人間(赤ん坊)が・・・!!

もしかしたら自分達の努力で進化しているのではなく、何物か(神でもいいし、神じゃなくてもなんでもいいけど)の手によって進化せざるをえないのかもしれない。

『SF』を借りたヒューマニズム・ドラマとも取れる。『アイズ〜』が『エロ』を借りたヒューマニズム・ドラマと僕が感じたのと同じ。アイズも決してテーマは性やエロなどではない。『エロ』を借りて『誰の心の中にもある満ち足りなさ』を描いた作品。『時計〜』も破壊や暴力がテーマではない。『暴力』を借りて『誰の心の中にもある悪』を、リアルに表現したらキツイんでブラックユーモアたっぷりに描いた。

キューさんの作品は難しいように一瞬思うが、実は年齢やリアルタイムだとかに関係なく理解できる、ごくごく単純なものがいつもテーマの根本にはあるように僕は思う。

それをあえて分かりずらくいつもしていて、『わかんねぇ』とか『寝た、何?これ』とか言う人がいればいるほど、『ニヒヒィ・・・』って笑ってるような人だったんだと思う、キューさんって。どう感じようが人の自由。また僕含めここのこの感想の多さ。絶対ニヒヒィとほくそえんでるだろなぁ。全然インテリなんかじゃない。

勿論好き嫌いもある。ラストはハッキリさせて欲しいという人も多くいるだろうし。
投稿者:ミッチェル五郎投稿日:2007-03-21 12:02:25
否定のしようがないかも
投稿者:irony投稿日:2007-03-14 11:32:20
 はっきり言って難解です…ボンクラのおいどんには…モノリスは人類創世の神なのでしょうか? 未だ現実はこの作品にも届いていない 届くにはあと何年必要なのだろうか?人類の英知が謎を解き明かす日が来るのだろうか?その頃来たとしても自分自身生きちゃ居るまい…悠久のロマン 果たして宇宙の真理は如何なるものか それこそがODYSSEY冒険旅行じゃあるまいか…。
投稿者:男前の殺し屋は投稿日:2007-03-12 17:41:31
【ネタバレ注意】

近代的思考のあの素晴らしい夢は、『ツァラトゥストラ』と共に類人猿の打楽器で生まれたが、無知な線の運びはHALによって呪われ、主人公の木星での転生によってすっかり覚めてしまった。別の夢へ。円という名の進化へ。あの恐るべきチョコレートの前では、時間さえも「進化」を免れず、主人公は地球外生命体の正体を未来の自分に発見する。チョコレートの存在が生命を変貌させ、生命の存在を証明する。ではあの巨大板チョコは何者なのか。やはり、ヴィトゲンシュタインの消去法で沈黙するしかないのか。

投稿者:dawase86投稿日:2007-02-12 21:41:26
批評家の解釈通り映画を見てしまうことほど、つまらないものはない
のですが、この映画に関してはあまりに事前情報が多くて自然と
そうなってしまいました。

BSでやっていたので5回目の鑑賞となったのですが
評価できると思ったのは
1、1968年にあの映像は確かに画期的。
2、音楽も体に響いてくる。
3、HALの声が印象に残る。
きっと映画館の大型スクリーンで見ると感性豊かな人には
何かしら心を打つものがあるかもしれません。
しかし、今回、かなり好意的にを見たのですが
それでも評価され過ぎ、裸の王様作品だと思います。
原作を読んだり、解説本を読んだり、続編をみたり・・・
そうしないとわからない映画なんてそもそも映画として
成り立つのか甚だ疑問です。
(監督の力量がないだけか、訳の分からないのが芸術
だと勘違いしているのか・・・)

この作品についてこちらでも面白いことを仰っている方が
いらっしゃいました。
「モナリザの微笑みをダ・ヴィンチが説明したとしたら
モナリザは現在に至るまでの評価を受けただろうか?」
結局、この作品はキューブリック監督が見る人に解釈させることに
よって世紀の大傑作にしようと画策したのではないかと、その
あざとさばかり目についてしまいます。

別に駄作だとは思いませんが、世紀の大傑作と言うほど持ち上げる
ほどでもないのでは?



投稿者:marty投稿日:2007-01-22 01:57:34
だからと言ってしまいそうになりました。
投稿者:マジャール投稿日:2006-12-18 21:05:34
宇宙を舞台にした傑作怪談映画。『シャイニング』よりもドキドキ、面白い。
ジョルジュ・リゲティの前衛サウンドも、ハマリ過ぎ!!

すべての恐怖映画のお手本です。
投稿者:nabesiki投稿日:2006-11-10 17:10:18
小学生の頃に、友人に誘われて地域の公民館での上映を見に行きました。夜の上映でしたので、この友人はある意味すごいなと思います。内容は難解で当然解りませんでしたが、映像が何やら無重力状態にいるような感覚を覚えるような物だった記憶があり、映画を見ながら酔ってしまった気がします。
投稿者:まくらK投稿日:2006-07-30 20:42:24
中学生の時、古い14インチのテレビに
かじりついて観た初見。
ビデオで観た2回目。
リバイバルで観た初スクリーン。
今でもたまに観るDVD。

2010年との2本立てをオールナイトで観た。
後年作った2010年との差がものすごい。
時間や年代や金額じゃなく、センスが。
今思うと、クラークの小説なんか読むんじゃなかった。
自分で読解したかったよ。
オレなんかがフェイバリットって言うのもおこがましい
神の領域の映像作品。
曲目は忘れたけど、ディスカバリー号の丸いキャビンで
ジョギングしたりする時のBGMが
あらゆる音楽のなかで一番好き。正座して聞いてしまう。
投稿者:フェニックス投稿日:2006-04-22 22:53:55
もう10回以上観たが未だに理解不能。個人的には「進化」「文明」「人間性」がキーワードだと思うけど。でも美しい映像と音楽を堪能できればそれで充分。美術館で音楽付絵画を観る感覚が自分的には近い。
投稿者:藤本周平。投稿日:2006-04-14 23:03:34
考えれば考えるほどおもしろくなる作品。
投稿者:POCHI投稿日:2006-04-02 00:04:08
「2001年」は原作があってそれを映画化したのではなく、二人の話し合いをもとに同時進行で作られたので原作を読んでも損はないと思いますよ。元ネタの「前哨」まで読めば言うことなし?
ちなみに「HAL、IBM一文字前」説はガセビアですので注意。
投稿者:ほげぴよ投稿日:2006-03-21 22:32:34
凝り性の人のために凝り性の監督が作った映画だと思います。
たとえば、HALは最後になぜ"デイジー"を歌ったか、ということですが、1961年にIBM7094上で行われた音声合成実験に使われた曲が"Bicycle built for two"すなわち"デイジー"、史上初めてコンピュータが歌った歌なのです。
たぶん、ほとんどのシーンに監督が仕掛けた様々な仕掛けを探っていくだけでも、面白くためになる映画。
投稿者:vv投稿日:2006-03-02 05:37:05
詩は個々が勝手に想い描く物
だれに強制される物でもありません。

特撮は今見ても趣のある素晴らしい物だと思います。
投稿者:ragos投稿日:2005-12-02 00:25:58
今見ても斬新なその映像に驚きを禁じえません。一切の説明を排し映像のみで観客に理解を強いるその自信。商業主義で安全第一の現在では決して成功できなかった映画監督なのではないかと思う。

説明過多の傾向にあるクラークが本作品に不満があったという話を聞くと、むべなるかなといった感じですが、「幼年期の終り」を彼に是非映画化して欲しかった。
投稿者:4531731投稿日:2005-11-05 11:53:09
 いつの時代の権力者も常にまわりの人間を道具化することに心を注いできた。しかし科学文明発達に伴い、やがて人間の道具化に代わり、道具の人間化が可能になる。
 道具化した人間も所詮人間。いつ反逆するかも知れぬ。ということで最初から道具なら反逆もしまい。ということだ。2001年ではその顛末が描かれる。
 道具化した人間VS人間化した道具。しかし道具は道具にかわりない。単なる道具に何が出来る??使う側の人々にかなうはずがない。

 敵のサルを殴り殺すサルのリーダー。あれは世界最古の権力者の姿だろう。武器(権力者の持ち物)を投げたら宇宙ステーションに変わる。あれはどう見ても、あの宇宙ステーションは引き続き権力者の持ち物ですと言うことだし、その通りだろう。文明自体がそうだ。というか被支配者の「人生」「希望」「夢」自体権力者のものだ。それに気付けない人は売れ線ハリウッド系・ディズニー・薄いトレンディードラマが好みだったりする。ああ、電通。
 しかし権力者に悪気はない。ただ自分だけいい暮らしがしたいだけなのだ。それだけのこと。冒頭のサル。落ちてるものを拾い食いし、岩穴に身を寄せ震え、たまに豹に食われる。サル達は絶対いい暮らしがしたいはず。権力者の考えも単にその延長だ。サルも権力者も被支配者も同じ夢を見る。文明という悪性のファンタジー。しかし文明は恩恵を受ける人とうけられない人を分ける。サルが一番手を出したらいかん物だったに違いない。バクがその悪性のファンタジーを食べる役割を持ってたがバクが死に、封印は解かれた。
 モノリスは知性・理性・人間性が宿る予兆を象徴する。モノリス出現後、サルたちにもHALにも知性が宿った。完全無欠の人工頭脳であるHALに知性が宿ったのだ。だから彼は失敗を犯した。知性は完璧ではないのだ。
 月面で苦しんでいた人達はほとんど権力者のロボット・家畜と化していたが知性に目覚め、苦しんでいるのだろう。家畜や機械に知性が宿るとなぜ混乱するのか?
 知性と知識は同義じゃない。権力者の態度にも問題がある。権力者は知識のある人間を優遇するが知性のある人間を歓迎しない。単に知識があるだけの人間は金や女を見せびらかせば簡単に操れるが知性のある人間は本物だけが持つプライドがあるので操りにくいからだ。権力者は知性を嫌う。世界のあちこちにその弊害が発生している。
 木星は英語でジュピター。ジュピターはギリシャでは全知全能の神ゼウスのこと。現代の全知全能の神とはマンハッタンの摩天楼の一室に住むと言われる男のことだ。モノリスはなぜ木星に向かってある種の電波を発していたのか。時、折りしも日本では学生運動、アメリカでは反戦運動真っ盛りだった時期。
 あのおじいちゃん。あれはキューブリックが想像した権力者の姿に違いない。権力者は絶対に表舞台には登場しない。誰も顔を知らない。「神」みたいなもの。TVに出てくる政治家などは単なる道化だ。権力者のご機嫌伺いをしているのだった。
 世界中からご当地文化が消滅し、固有の文化や歴史が見世物お化してしまい、世界中の人達が細かな差異はどうあれ同じような暮らしをしている。それはどこの国も支配者は同じなのだと言うことを示している。世界でただひとり。彼はアメリカに住んでいると言う。ブッシュじゃないw 彼も道化だ。http://homepage3.nifty.com/garrrot/
投稿者:BAR-honda投稿日:2005-10-07 19:06:54
小さい頃に見なくて良かった。小さい頃に見てたらきっとわけわかんなくて駄作だと思っただろうな・・・。やっぱりキューブリック鬼才・天才でした!
投稿者:fairlane999投稿日:2005-08-28 18:59:20
スター・チャイルドの表情をデザインしたのは女性アーティストで、
しかものちにC−3POの顔をデザインした人で、なんとその直後に
交通事故であえなく逝ってしまわれた。合掌。
投稿者:古木はスター投稿日:2005-08-17 01:18:34
実に変な映画。まぁ面白いとは思いますけどね(笑)
「変な監督が撮った変な映画」、こういう表現がしっくり来るなぁ。

やっぱりキューブリックの最高峰は
『博士の異常な愛情』か『アイズ ワイド シャット』のどちらかだと思う。
投稿者:フリクリ投稿日:2005-08-03 19:00:58
「SF映画といえば『スターウォーズ』しかない!」と、わめいていた自分がコレを観たら黙らされた。
考えさせられる映画は好きだ。色んな想像が頭の中を飛び交う。
何で今までこんな凄い映画を観なかったのだろう。
もし私が最初に観た映画が「スターウォーズ」ではなくコレだったら、今の自分はどうなっていただろうか・・・。

ちなみに猿のシーンなんて、どうやって撮影したんだろう・・・。
あまりにもリアルな猿の描写に驚いた。でも一番好きなシーンだ。
(中身は人間かな・・・?ティム・バートン版「猿の惑星」がクソに思える。)
投稿者:mickey投稿日:2005-06-14 15:44:12
これを超える映画にはいまだ出会っていない。
投稿者:shuuhei投稿日:2005-06-12 18:34:57
この映画は映画を超えた史上最高の作品。
投稿者:通りすがリーマン投稿日:2005-05-21 05:58:45
いいと言って多くの人にリピートされる映画は、この作品
だけだろう。摩訶不思議な魅力がこの映画にはある。
僕はこれを初公開の68年に、小学5年で観た。もちろん
1%も意味が分からなかった。それから37年。平均4年毎
位のサイクルで、もう10回は観たろうか。
哲学とか神学とか進化論とか、しち面倒臭い話は抜きにして
唯一言える事: 68年の時点で、キューブリックは「人類
の行き着く先」を予言したかったのだと思う。当時はまだ
人間が月に上陸する以前であり、コンピューターも(今から
見れば)黎明期だ。そういった時代背景を考えるとこの映画を
人類への警鐘にしようという狙いは(それがあったとすれば
だが・笑)、あの時点では極めて画期的だったはずだ。
そんな幼稚な、かつ皮相な見方で観る以外に、この映画には
太刀打ち出来ない気がする。いや、太刀打ちする必要なんて
ないのだが・・。
投稿者:ぶくろう投稿日:2005-04-06 18:57:38
色々考えながら見てしまった。10年ぶりに見てみようかなぁ。
投稿者:ご飯投稿日:2005-01-24 16:28:12
難解な映画なのに不思議と何度でも観たくなる映画。ゴダールの映画だったら1回観て理解出来なかったら放り出すのに、これは解らなくても何度も観てしまう。惜しいのはテレビのモニターで観たら映画館で観る迫力が半分以上削がれてしまうこと。ホームシアター化して大画面で観ても映画館で観るよりはかなり見劣りしてしまうこと。DVDや衛星放送全盛の今でもこれほど映画館で観るのがぴったりというのは凄いことだ。観たいときに映画館で観られたら理想的なのに、無理な注文ですな。DVDで観ているときは映画館で観た雰囲気を思い出しながら観ているのですが。
投稿者:bond投稿日:2005-01-24 12:56:16
【ネタバレ注意】

非常に重量感ある重厚な大人おSF。丁寧かつ当時でにこんな映像が制作できたという驚き。(スターウォーズは子供向け)。前半で人類の進化を一コマで表現したのはお見事。でもやっぱり、何回観てもラスト意味不明。

投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2004-12-23 23:58:15
【ネタバレ注意】

皆さんの議論、良いですねぇ。まぁ読んで観たくなる人も(反対に観たくなくなる人も)いるでしょうが。でも観て解らない思想を何で語るのかは不思議。それとも観て解らないのは僕(と文句をたれている人)に一般教養が足りないせいでしょうか?「宗教」や「哲学」の歴史に詳しい方が多いようだ。
僕は最近見たのだが、映画ファンでなかったせいか、この映画に関して耳に入ってきていたものから想像していたのは「ツァラストラが使われている〜美しき青きドナウをバックに宇宙船が飛ぶ〜でタイトルが"宇宙の旅"=宇宙旅行の冒険が描かれている」…全然そんなものではない。
「サルがなんか得体の知れない物体を発見する〜なんか武器で戦うようになる〜人類が宇宙へゆく時代が来る〜宇宙で得体の知れない物体が発見される〜人格を持ったコンピューターと共に探索に行く〜なぜかそのコンピューターが狂う〜そして…」
謎はある。が面白いよ、これは。僕はCGだからといって嫌ったりしない。逆にCGでなくても関係ない。が、ある意味、木星の映像は圧倒的だ。識別マシンとかのデザインは仕方なし…かも知れない。
謎があったら嫌な人が世の中には多いようだ。良いじゃないの、と思うのだが…
まぁ、考えても仕方ない(考える必要もない)と思うが、僕なりに「得体の知れない物体が実体であってもなくても良いが発見を促す知恵(漫画では電球)のようなもので、見る者に特権を与える。それは時に身を滅ぼす事もある。絶対というものはなく、限りなく正しいと思われるものが存在するのみで、全てを何かに任せるなら、最悪の結果も覚悟するべきだ。任せる者が絶大な権力を持つなら抵抗は命がけだ。そして人は常に新たな発見を求める。」
これは(またはこのようなもので違う意見は)、ガイドブックがなくても一般市民が考えつくことでは?
が、そういう解釈は間違っている(製作者の真意ではない)らしく、神が登場するらしい。
“解説”にも「ボウマン船長は光り渦巻くスターゲイトをくぐり抜けスター・チャイルドとして転生する」と書いてある。
まぁ神がいても僕は困らないけど。ただ最後のシーンは人によって何とでも解釈できるだろうなぁ。
一番安易なのが「夢を見てる」。もしくは得体の知れない物体によって「見させられている」。あるいは「現実に得体の知れない物体が何かを引き起こしている」。
何を引き起こしているのか、って言い始めるとこれも人それぞれで…まぁ、“解説”どおりスター・チャイルドでも宜しいのでは?これについてこれが絶対、と僕の中で思えるものはない。あまり変な解釈しても何なので…
とにかく最後のスター・チャイルド以外は“製作者”がそういう事ではない、と言っているそうで。
一般に「2010年」は謎解きと聞いたが、僕的には「謎が増えている」。
「2010年」で明確に謎解きされているのは「HALが狂った理由」で、これは納得した。
ある意味「2010年」は別の良く出来た映画。が、宇宙の彼方へ消えてゆく飛行士をはじめ、やはり本作の映像(とストーリー)は素晴らしい。

※上記変更する気なし。僕は2004-11-13に、本サイトに登録。映画ファンになりたい人になった。初コメントは“風の谷のナウシカ”だ。それは、ナウシカが男の子だったら果たしてアレほどにヒットしただろうか?というコメントに一言コメントしたくなったからでもある。
「僕は、ミュージシャン(アイドル含む)は、その人のルックス、境遇、全てを含めて実力であると思っている。また、それらが人々に求められるものであれば、それを追求するのもまた、制作者の技術ではないか?」と書いた。
“楽しむ”とは、そういうことだ。僕にとって難解か、難解でないかなどはさほど重要ではない〜コメントを読めば解る筈だ。が、世間でそういうものを求める人がいて、実際、彼らはその経験を実に楽しんでいると思う。それはそれで素晴らしいものに出会った、ということなのだ。解るか解らないかなど関係はない。
という事は別にして偉い人がどう貶そうが僕の感性は本作を名作と判断する。実に素晴らしい映像体験を提供してくれていると思うね。感情に訴えかけるストーリーも存在する。
実際のところ“ルックス”(世間の名声)部分は、この名作にとって今や若干邪魔なのかも。なので“ルックス”に騙されるな、などと馬鹿な事をいう奴が出てくるような。(誰からも評価されない作品は僕らの目にも触れないと思うが…)

投稿者:野島回投稿日:2004-12-07 12:54:17
この作品についていろいろなことがいわれているらしい。批評家なんかのねたになりそうな作品だとは思う。そういう人たちが何を言っているのか知らないが(まぁ、読む気もしないが)、単純な疑問。

最後の子どもを見ている視点は誰のもの?子どもが神だとすればその子どもをみている神をも超越している神ってことなわけ?そうなると神が二人いることになるよ。じゃ、多神教的な考え方とかにいくのかな?一神教=西欧的 多神教=東洋的みたいな単純な思考はつまらないが、でもキューブリック本人の宗教的な態度とは関係したりしてないのかなぁ?キリスト教的なことでいけば、いくつかの神がいるということになると、汎神論とかになるんかな?
まてよ、でもこの映画、最初は、アダムとイブから始まったわけじゃなかったよな。ということは少なくともキリスト教には反対してる。それから、人がサルから進化していった様子を描いていることからも、やはり進化論が前提なんだよな。ということは、自然科学の知識の大前提で終わんなきゃいけないんじゃないの(星が爆発するとか、膨張していた宇宙が収縮するとか)?こういう思考自体を崩そうとしたわけ?ちょっとまてよ、ビッグバンで始まってたっけ?この映画で「はじまり」は何からだったっけ?最初の一撃は神がおこなって、後はその神の摂理を人間の理性で発見していくみたいな理神論っぽいのかなぁ。でもそうするとやっぱり一神教だよね。とするとやっぱり子供は神じゃないよなぁ。子供を見てる視点が神の視点だからなぁ。

結局、映画評論家のための作品って感じ。ふつうのひとがみても、は?って感じでしょう(だって、超越的なものについてなんて世俗化が蔓延してる現代ではあんまり考えないからね。)。
投稿者:karr投稿日:2004-12-03 17:21:51
私なりに推理してみたい。
まず、モノリスがストーリーの核といっていい。最初から最後まで登場し、象徴的に描かれている。
「ツァラトゥストラはかく語りき」がここぞという場面で挿入される。ということは、ニーチェの永劫回帰の考えをなんらかの形で反映させていると考えられる。
また、全体的にやたら時間を贅沢に使っている。映画を面白く作るにはどうすればいいか、そんな事は重々承知のキューブリックがあえてこんな時間の使い方をするのには何か訳がありそうだ。
そして、人間が道具、あるいは武器を手にした延長線上に、HALの誕生を見る。
便利な反面、自らの身を亡ぼしかねない危険性を孕む。これは、コンピューターに限らず銃、テレビ、電話、核兵器などあらゆる物をも含むと考えてよさそうだ。そして、そのきっかけを作ったように描かれているのがモノリスである。
さて、問題はモノリスをどう捉えるかである。神?自然律?宇宙人が作った何か?悪魔?ともあれ、なんらかの意志を感じさせるのは確かである。
無理矢理まとめてみると、人の一生にせよ、人類の歴史にせよ、宇宙の歴史にせよ、無限に繰り返される、過ちも同じく繰り返される、しかも何か強い意志のようなものが働いて均衡を保っている。つまり、過ちに気付かせる事によって改善を催すという意図があるのかもしれない。あるいは、逆に考えても見たいところだが、逸脱しそうなのでやめる。
結局は哲学的な迷路に迷い込ませられる映画と言わざるを得ない。推理は無意味なのかも。
とにかく、映像が美しい。専門家の意見を無尽に取り入れ、且つ自分の美意識を強引に映像の中に取り込む事によって説得力が高められるいい例だろう。彼の色彩感覚には驚かされる。もちろん、光と影を大胆に使いこなす事が、色のアピール度を倍増させている所以でもある。
そして、音楽、音響、静寂の使い分けの巧みさ。あきれて声も出ない。
しかし、正直芸術性は評価出来るものの、私個人としてはテーマがずしりと響くものの方をよりベターと考えるゆえに、☆9に留めよう。とも考えたが、やっぱり、ここまであれこれ考えさせられる映画もそう有るもんじゃない。その点をプラスに考えれば、☆10にするしかないかな。
投稿者:スズシカオ投稿日:2004-11-06 11:54:56
小学生の頃、お年玉を握りしめて観に行った映画がコレ!
館内は暖房がいやというほど効いていて、当然のように熟睡いたしました。
それから30数年を経て、大人になって再見して思った事…
「違法なクスリを服用しながら観れば、より深く入り込める作品だなぁ」
(進歩なし!)
投稿者:gajin投稿日:2004-10-16 18:42:25
いつか見るだろうと思ったまま絶対見ないなのに見た気でいる映画の代表な映画。
http://gajin.ameblo.jp/entry-8f4e73837dd9e6b98b97ac03e138e3fd.html
投稿者:Virginia投稿日:2004-10-01 20:53:38
町山智浩著「<映画の見方>がわかる本」を読んで、やっと「2001年宇宙の旅」の見方が分かった私です。
鑑賞後、映画のメッセージを把握し切れなかった自分を恥じていましたが…。
分からなくて当然!
なぜなら、キューブリックが意図的に難解にしたのですから。
(監督は劇中のナレーション・解説をどんどん削除していったそうです。)

自分なりにこの映画を解釈してはみましたが、本を読んでキューブリックの真意を確かめもしました。
私のように煮詰まってしまった方は、冒頭の本を一読されることをお勧めいたします。

まだ二度しか鑑賞していませんが、あと三回は見るだろう映画です。
投稿者:ano.レッチリ投稿日:2004-08-18 23:26:36
映画を超越してる。芸術の世界。
投稿者:じろっさん投稿日:2004-08-05 22:59:50
10年前から毎晩観ています。もう3000回近く観ていますが今日も楽しみです。亡きJレノンもアシッドキメテよく観ていたそうですね。劇場では小6で初体験すませました。一生お世話になります。
投稿者:さち投稿日:2004-06-18 06:30:59
あなたは天才です
投稿者:PTN投稿日:2004-01-26 21:57:01
最初に見たのは確か中高生の頃、それから数年後の2001年に
「2001年だし....」と安易にレンタルしたのがきっかけでした。
一回目の時は正直あまり印象に残っておらず。
2回目で大感動!
「たぶんこういうのが”映画”っていうんだなぁ...」
とにかく”映像”と”音楽”が素晴らしい!と思いました。
もちろんストーリーも。
この映画をきっかけにキューブリックの映画ほとんど見ました。
後にキューブリックDVD−BOXも購入!
全ての映画の中でもやっぱりこの映画、一番好きです。

私の中ではこの映画を越える映画ってないんだろうな...
私の周りでも「ようわからん」って意見が多い。

こういうタイプの映画ってそうだと思います。
好きな人そこがまたいいんでしょうけど(笑)

投稿者:ラジオ投稿日:2004-01-18 21:03:20
が欲しい、自分で色々考えなきゃならないのは嫌だ!という人にはこの映画は向きません。かといって、文献かき回して難しいこと言ってる評論家も嫌ですね。いくら原作者とかが説明を施しても、ぼくたちが解釈すべきなのはこの映画の映像と音だけだというのが本当だと思います。監督はたぶん「考えてくれ」と言ってる。考えましょう。
投稿者:ポッパー見習い投稿日:2003-11-16 18:47:34
初見の時こそワケわかんない映画でしたけど、これは映像を『体感』する映画であり、
僕を含む、娯楽作品で喜んでいるような人には到底向かない、ミニシアター系とも
とれる作品ですね。
『ドッグ・スター・マン』や『エンジェリック・カンヴァセーション』、
日本では寺山修司さんの『ビデオ・レター』など、普段は『映画』として公開されない
ジャンルに当てはまると思います。

今見たって、CG映像に見慣れてるんだから、この作品の映像が「衝撃的だ!」
なんて言うつもりはありません。アンチCG派の人にとっては神のような作品では
ないでしょうか。
コケ脅しの効果音を排除して音楽を多様、それはこの作品がそれだけ『偉大』
だから許されるのだと思います。
だって『スターウォーズ』で宇宙空間での戦いに銃声の効果音が無ければ
激しくつまらんでしょう。

やはり娯楽好きな自分にとっては好きになれない作品。
投稿者:washiroh投稿日:2003-11-02 16:48:39
 何度見ても音楽がいいねぇ。
 もちろんヨハン・シュトラウスがいい。この『美しき青きドナウ』って、なかなか聴けないのだ、しょっちゅうきけるようだけど。
 リヒャルト・シュトラウスもいい。『ツァラトゥストラ』はこの映画のおかげですっかり知れ渡ったな。
 ハチャトゥリアンもいい、親しみがあるから引きつけられる。
 そして、そして、リゲッティがいい。親しみはないが、ぼくはこの作曲家の、さながら手編みレースをみるような曲作りが大好きだ。
 キューブリック(という呼称には抵抗がある、ぼくらはカブリックといいながら映画館に足を運んだ)は、本当に映像を好きな人なのだなぁと、音楽の、こういう用い方からつくづく思う。http://sc.gaiax.com/sc/washiroh/washiroh_master
投稿者:篭瀬山投稿日:2003-10-04 02:27:08
【ネタバレ注意】

虎の巻がなければ理解できない映画なんて、駄作と言われても仕方ないと思う。説明を極力排除し、潜在意識に直接訴えることを狙った映画のようだが、それは別に高等なことではない。夜の街をタクシーで流せば、ネオンの灯りが嫌でも感覚に突き刺さる。キューブリック自身はこんなことを言ってるようだ。「もしレオナルド・ダ・ビンチが、『モナリザ』の絵に彼女が微笑んでいる理由を書き添えていたら、われわれはあの作品をこんなに褒め称えていただろうか?」 

 私に言わせれば、モナリザの微笑む理由を知りたいと思うのは、彼女の表情に微笑みを見て取ることができるからである。キューブリックの書いた“絵”は、端的に言ってどこが目で鼻で口なのかさえ分からない。幼稚園児が、赤い固まりとその上に白い固まりを描いたとする。赤い固まりは消防車で、白はその前に立つ消防士かもしれないが、彼と感覚を共有しない大人には、実際聞いてみなけりゃなんだか分からない。人に物を訴えるとは、共通感覚を利用することに他ならない。

 映画評論家の町山智浩によると、この作品は、人類(地球人)に先行して神(=肉体を持たない精神だけの存在)となった異星人に導かれ、人類が(猿から始まり、やがて)神となる過程を描いたものらしい。別に彼の論理に納得したという訳でなく、キューブリックや(共同脚本の)アーサー・クラーク自身がそう語っていると主張しているので、紹介しておく。それによると、ラストで宇宙空間に浮かぶ巨大な赤ん坊は、精神だけの存在として”生まれ変わった”人類=神を象徴しているとのこと。『ツァラトゥストゥ〜 』でニーチェは、「人類が神を目指せば、それが生きる目的になる」という考え方を持ち出しているらしい。

 だったら、こんな風な映画にして欲しかったな。まずメッセージを明確にする。(「人間は神を目指せ!」でも「己の手で神を創造せよ!」でも) でもってそのメッセージを納得させるようなストーリーを作る(ただし、ナレーションには頼らない)。そうだ、人間は神を目指すべきだ、と思えたら、その映画の勝ち。だけど、メッセージが伝わらないので、私にとっては、シネラマの映像美を堪能し、諸要素から引き出し得る多元的な解釈を楽しむ映画でしかなかった。つまり、モナリザの比喩に戻ると、顔は形成してないけど、それらしき素材は見て取れるんだよね。6

投稿者:ダークリーママ投稿日:2003-06-23 18:33:08
最近公開される映画にリメイクが多いのにはびっくりさせられるけど、旧作が作られた頃にくらべ技術が格段に進歩しているわけだから、この映画ももしリメイクされたら、クリンダーでもコスモポリスでも空中島でも何でも映像化できちゃうんでしょうね。そうしてキューブリックの哲学的な「2001年」とは違う純SF娯楽大作ができるんだろうけど、だからと言ってこの映画の映画史上での地位が変わるとも思えない。何事にも不便で制約のあった当時だからこそあんな作品ができたのかもしれない。難解で退屈な映画であることは確かだけれど、不明なところは小説の方を読めばだいたいわかる。おもしろくないシーンは二回目からは飛ばせばいい。意味を探りながら見るのもよし、本物としか思えないセットに感心しながら見るもよし。私なんかHALの声を時々聞きたくなって見る。自分の気に入ったところがあって、何度も見たくなる映画がいい映画なのだと思う。https://sites.google.com/site/darklymama/home
投稿者:メロトロン星人投稿日:2003-06-21 12:26:53
この映画は、まー、退屈なのは仕方ない。タルコフスキーの「惑星ソラリス」「サクリファイス」、「ストーカー」、「ノスタルジア」なんてのが退屈なのと一緒ということで。そういう映画なんだからしゃーないやんけというやつです。けど、自分はここら辺の映画も好きだよ。「スター・ウォーズ」は正直好きじゃないけど。理由は昔からスペース・オペラとかヒロイック・ファンタジーとか嫌いだったもんで。SFでも侵略SFや怪奇SFが昔から好きでしたから。で。「2001年」だけど、モノリスの不気味さやコンピューター"HAL"の反乱、後半のサイケデリックな映像表現は大好き、大納得!。当時、未来を描いた作品だったわけだけど、皮肉にもこんなところに製作当時の時代を反映してしまったわけだ、そこが好き(笑)。芸術映画とか書かれてる人もいますが、これは芸術映画なんですかね???。自分はこれ娯楽映画として作られたんじゃないかと思うんだけど・・・。色んな意味でね(笑)。
投稿者:ワンダフルピヨひこ投稿日:2003-06-21 09:32:15
学校の先生が話していたのに興味を持って観た。この映画が作られたときまだ人類は宇宙に行ってなかったとか。そう思うと確かに凄いけど、最後のほうはうとうとしながら観ていた。なんか知らないけど、オレにはこの映画は異様に怖く感じた。
投稿者:ASH投稿日:2003-06-11 20:17:05
【ネタバレ注意】

「この映画を絶賛する奴は、自分が頭がいいことを自慢している」みたいなコメントが昔あったけれど、確かに難解で、時には退屈で、本質を理解するのは非情に難しい映画だからコレが好きという人は、人から一目置かれるインテリ系映画通だろうな。この映画が好きな人はたいてい「FUCK!スター・ウォーズ!」とか「CGの氾濫、ムカつく!」という意見で統一されていたり、「最近のSF映画は…」みたいなことを言ったりするものなんだよね。で、この映画とほぼイコールで括られるSF映画として『惑星ソラリス』があり、コレが好きな人もやっぱりインテリ系映画通というのが定説でしょうか。でも、僕はかなり単純なSF映画ファンだから、この映画の本質は正直言って今でも分からないが、めくるめく宇宙の映像が体感出来たということだけでも充分に価値があり、素晴らしい映画だと思う。この映画を静のSF映画だとしたら、『SW』などは動のSF映画だ。SF映画ファンならどちらも分け隔てなく楽しんでいるんだと思う(そう願いたい)。1968年という時代に、これだけの特殊効果を駆使して宇宙空間を描いたのだからキューちゃんのイマジネーションは凄いものだったんだなと思う。ただ、コレをSF映画の原点としてしまうのはちょっと違う。そうなれば50年代に作られたB級枠のSF映画を全て無視してしまうことになる(B級だから無視?)。70年代にデビューしたハリウッド新世代監督たちは、むしろ50年代の反共の時代に作られた侵略者としての異星人の方に影響を受けていて、80年代デビュー組はさらにそれらの影響が…とも考えられるんだよね。

しかし、どうも映画通とはアート性やドラマ性、作家性の強い映画を偏重し、娯楽映画を必要以上に蔑む傾向があるみたいで、ちょっとヤだなぁ…(勿論、どちらも両方楽しむ人もいるけどね)。みんなが認めるものよりも、「俺はこんなもん認めん!」と言った方がカッコいいしね。

★★★★★

投稿者:gigi投稿日:2003-05-06 21:20:43
最近改めて観直しました。小学生の時に観て爆睡(笑)大学生入った頃にまた観て「やっぱり分からん」(笑)20代半ばにさしかかり今回3度目でしたが、前2回と全く印象が違うのに驚きました。
何と言うか・・・1つとして無駄なものがないんです。脚本が演出が、というのとは全然違う意味で。話はとんでもなく複雑なのに全体の印象はシンプル、映画そのものが信じられないくらい研ぎ澄まされてると感じました。
これが果たして傑作なのかは分かりません。というか(以前よりは格段に理解度が上がったとはいえ)完全にこの映画が分かったわけでもないのに(もっと言えば現実の世界でもまだまだ人間は宇宙について知らなさすぎるというのに)安易に「史上最高」とか「これの良さが分からないヤツは云々」とか言うのは、何か滑稽な気がしてならないからです。
けれども1つだけ確信したのは、100年以上の映画史の中でこれと同じ類のものは前にも後にも(多分これからも・・・)皆無だろうということ、ただそれだけでわたしには本当に本当に価値のある映画に思えました。
投稿者:パタママ投稿日:2003-03-30 11:40:17
私はいわゆる名作と言われてる映画を我が子と共に見直していってます。世間での評価や賞などもアテにならない事が結構多いですね。
さて、この映画ですが、若い頃見た印象を確かめるべく、子供と共にTVの前に座りビデオをセットして見ましたが、何と、5分と持ちませんでした、子供が。「退屈」・・・私「この最初の場面を通り越したら面白いから」子供「zzzzz」結局見ずまいでビデオ返却しました。

私の若い頃の印象は、「東洋人にはお見通しだいっ!」でした。西洋人には勝った、と当時思いましたね。若気の至りで勘違いの場合もあるので、是非もう一度見てみたいです。
投稿者:アントン投稿日:2003-03-29 16:45:34
疑いもなく、人類映画史上の最高傑作!
<br><br>この作品の登場で、遂に映画は映画を超えたのだ。
<br>ところで、ちょっと細かいですが、キャスト一覧の中に「月の監視員」とあるのは、MOON WATCHER をそのまま訳されたものと推察いたしますけれども、これ、人間ではなく、トップ・シーンで出てくるヒトザルたちの中の、中心的な一匹のことなんですよね。クラークの小説版を読むとよく分かります。ですので、ここは伊藤典夫氏の訳に倣って、「月を観るもの」とでもされたほうがよろしいのではないかと、そんなことを付言いたします。
投稿者:J.T.投稿日:2003-03-12 20:59:47
 素晴らしい映画だと思います。好きです。
 しかし私にとっては、数多くある好きな映画のひとつであって、この映画を「神の啓示」とか「偉大な哲学」のように讃える人々の言動ははっきりいってすごく不快。映画と宗教をはき違えているのでは。よくこの映画は「形而上学的」とかいわれますが、映画って表現方法はそもそも映像イメージの積み重ねで感情を揺さぶる芸術であり、どの映画もすべてある意味「形而上学的」です。何をいいたいのか、本当に意味不明です。私はこの映画が好きですが、退屈で眠っちゃった、という人に対しても「そりゃそうかもな」と思っています。ここの書き込みには、宗教じみた人、または格好つけの権威主義者はいないようなので安心ですが、この映画だけを特別扱いする風潮をストップできないものでしょうかねえ。キューブリックさんも墓の中で戸惑っているんじゃないかしら。
 とはいえ、本当にすごい作品ですね。キューブリックって画面の隅々まで計算し尽くしているので、他の映画だと私は画面に消毒液の匂いを感じるんです。なんか「余計なバイ菌はいっさい殺したカットです! 純粋に計算された構図です! 意味のないものはいっさいフレームから外したよ! 文句あっか!」 という感じがして。 で、彼のほかの映画だと私はそれが異常に思えてどうも落ち着かないんですよね。だって生活感まで抹殺しているんだもの。なんか不自然だぞ、と思うわけです。映像に人のぬくもりとか息遣いを感じないというか。
 でもこの映画はその無菌状態のカットがばっちりはまっていること、はまっていること! だって宇宙は真空なんだもん。なにもないんだもん。ひたすら広がる虚無の世界なんだもん。無菌状態のカットが虚無の恐怖を煽る!煽る! 呼吸音しか聞こえないのが息苦しい!息苦しい!
 ・・・・という怖さが、「やっぱり宇宙ってこんな感じなんだろうな」という感情とごちゃまぜになって恍惚となるわけです、ハイ。本当に宇宙にいった人はほんの少ししかいないわけで、この場合、何がリアルなのか(描写とか考証はおいといて)わからないわけですが、リアルだと思わせてしまう、すごいリアリズムです。
 だから私にとってやっぱりこの映画は「体感映画」ですね。
 理屈は抜きです。
 よく音楽についていろいろいわれますが、まさに組み合わせの妙ですね。実はちゃんと作曲家、アレックス・ノースにオリジナル曲が依頼されていたそうで、曲ができあがるまで「とりあえず」自分の好きな音楽で編集していたキューブリックが、ノースの曲を気に入らず、そのまま上映した、ということです。ノースは新たに作曲しなおしていたということで、現行の音楽で上映されたときのノース先生のショックたるや・・・。ちなみにジェリー・ゴールドスミスだったと思いますが
ノースの曲を見て、「明らかにいまの音楽(つまりシュトラウスなどのクラシック)よりも映画のレベルはあがったのに。キューブリックは判断を誤った」とのたまったそうな。個人的には、ヨハン・シュトラウスのワルツは面白いマッチングだと思いますが、長すぎ! だって始めはともかく、延々あれを流しているんだもの。やっぱりオリジナル曲がないからなのかなあ、と勘ぐってしまいました。
 キューブリックさんの作品では「異常な愛情」と「時計仕掛け」が好きです。非現実的なテーマとキューブリックさんの無菌カットがこれまたはまっているから。
 そうそうストーリーについてですが、キューブリックは初め、「宇宙版「西部開拓史」」をつくろうと思っていたそうです。人類が宇宙へ乗り出し、開拓していく年代記、というわけです。意外とまともですよね。シネラマの名作「西部開拓史」は3世代に渡る物語ですが、それを人類の歴史で空想してみたら、こんな物語ができました、というのが実際のところではないでしょうか。
投稿者:yanco投稿日:2003-02-17 16:20:58
いろんな意見や解説で絵解きができてみると、ちょっとがっかりする。メタの壮大なことには驚かされるが、メッセージが深く響かないのだ。安直かも知れないが新人類あるいは超人類の何らかの「知」と「力」が示されない限り、生まれてどうした?と思ってしまう。なので、私はキューブリックのみがなし得た宇宙空間の肌触りだけを楽しみたい。何度でも。
投稿者:ライオンちゃん投稿日:2003-02-15 08:56:59
退屈で仕方がありませんでした。
セリフの少なさ等を含め、怒りすら込み上げてきました。
名作ということで、期待しすぎた感はありますし、
見る角度を変えれば。。。ということで自分を納得させています。
投稿者:ringo投稿日:2003-01-25 22:40:14
ずっと↓の山さんという人のコメントに納得。この映画は当時リアルタイムで見ないと価値がないのでしょう。映像は間違いなく(現実的だ、という意味では)現代の方が上。それに慣れてしまった俺の目にはなにも訴えてこなかった。あと30年早く生まれてこれれば・・・ とちょっと寂しくもある。でもどうしようもないもんね  コーラやバナナを生まれて初めて口にした人が感激したという話を今聞いたような感じ  その後のSFに対する貢献度は素晴らしいとは思いますが
投稿者:TOMO投稿日:2003-01-08 17:34:49
クラークの原作は、オーソドックスなのだが、キューブリックの個性のために全く別の作品になってるみたいだ。しかしこれを越えるSF映画は今だにないし、ルーカスいわく二度と出てこない究極的作品だろうとのこと。退屈なんだけど又見たくなる麻薬的作品だ。この一作を生み出す為に映画の歴史はあったのだ、と言ったらオーバーだけど。

見る人によってかなり変わるんだろうけど、芸術の域に達してる気がする。SFにクラシック音楽を使ったのも当時は斬新だったろう。   たしかに攻撃欲とか食欲とかセックスは人類の歴史から切り離せないもんな。
最初の武器である骨が飛んでいって軍事衛星に変わるまでの間に我々の時代は省略されてしまったのね。。
まさにSF的視野!    ほんとキューブリックという人はどのジャンルでも最高レベルの作品を残していったスゴイ人だったと思う。(シャイニングもフルメタルも最高だと思う。)

そういえば食べるシーン多いな。有名なネタだけど、ストローの液体が逆流してしまうNGシーンがある。しかしそれ以外は今見ても完璧らしい。製作年からすると凄いことだ。それに比べて「2010年」は薄っぺらな作品だった。

原作ではラストでスターチャイルドは地球に帰ってきたというか、地球という「玩具」を与えられたようなニュアンスになっているが、 映画的にはどうなのだろう?もしボウマンが何十億の精子から選ばれた精子なら残りはもういらないモノなのかも。ま、このあとを描いたらレベルダウンしてしまうもんな。
この映画があまりにもキューブリック色が強かったからであろう、クラークは続編を次々と出していた。

以前、月面で本当にモノリスが見つかったというニュースをちらりと見たのだが、NASAお得意の隠蔽からか、火星の人面岩みたいにうやむやになってしまった。あれは何だったか知りませんか。
投稿者:カッキー投稿日:2002-11-26 17:08:46
今まで観た中で最高傑作。キューブリックに感謝
投稿者:sleuth投稿日:2002-10-29 00:51:57
こういう映画を楽しめると映画通、みたいなコンセンサスができてるとしか思えない。確かに映像はきれいではありますが。私のまわりではつまらないという人が多いです。この映画好きな人は何回もくり返し見るのかな?自分はとても退屈で見れません。
投稿者:トリガー投稿日:2002-10-19 12:30:10
「SF映画」というと最近は「メン・イン・ブラック2」「スターウォーズEP2」が代表だろうか。
どうだろう?ここ周辺の「SF映画」と呼ばれるものをみてみるとCG満載で
コンピューターの力を借りた視覚効果をバンバンつぎ込まないと
そのジャンルすら確立できないように見えてこないだろうか?
どこからこう変わったのか?「スターウォーズ EP1」から?「マトリックス」から?
いやいや「フィフス・エレメント」のときにはもう・・・。
ここで「スターウォーズ」クラシック三部作を思い出してみる。こちらは本当によかった。
「特撮」という視覚効果を使っているが、地に足をつけリアルに表現できているし
CGに勝っているとは言い難いが、退けをとらない。
そこにライトセイバーなど数々の小物が登場し、独自の世界観を築き上げている。
この映画がヒットしたのは、いわばアイデアの勝利である。
そこで改めて最近の「SF映画」と呼ばれるものを改めてみてみると
奇抜なアイデアはお構いなしに、月並みな脚本と視覚効果だけで
圧倒しようとしているようにみえないだろうか?
それに比べて、SF映画の原点ともいえる
この「2001年宇宙の旅」はアイデアの原点であり宝庫である。
例えば、人類が機械に頼りすぎ機械が必要以上に賢くなってしまった。
そして機械と人間の立場が逆転してしまう。というコンセプトは、ここから始まり
「ターミネーター」「ブレードランナー」と、色々な映画で引用された。
スターゲイトを超え、未知の領域に足を踏み入れる。というのも
「スターゲイト」「イベントホライゾン」あたりに大きな影響を与えているだろう。
HALの存在がなければ「スフィア」も生まれなかったのではないか?
HALが宇宙船の乗組員を殺していくシーンも、「マトリックス」の裏切り者、サイファーが
主人公の仲間を次々殺していくシーンと密かな繋がりを感じるかもしれない。
その他挙げていくとなれば、まだまだ連想できる具合だ。
しかし、キューブリックはわたしたちにそんな見方を求めていたわけではない。
あくまでモノリスと知的生命体とのコンタクトを描く上で必要なものを描いているだけなのだ。
映画に必要不可欠であるストーリーのなかに、多くのSF映画を誕生させることとなる
数々の奇抜なアイデアをちらつかせるキューブリックとクラークには
この映画の内容がどうこういう前に、まず唖然とさせられる。
どうかこの先の「SF映画」にはコンピュータに頼りきりの視覚効果ではなく
アイデアで切り出してもらいたい。
投稿者:博士の異常な愛憎投稿日:2002-10-18 23:02:27
この作品、まずは体感して楽しみ作品だと思います。
さらに考えをめぐらせる欲求を掻きたてられる作品でもあると思います。
下の多くのコメントを読んでみて、自分と同じ考えの方もいれば、
思いもよらない理論を展開している方もいるので、なかなか面白い。

で、憚りながら私もここで自説を展開させたいと思うのですが、
実際はかなり突飛な発想なので、自分の中でも亜流の説として存在する、
まあ一種のネタですので、あまり本気になさらずに。

それというのは、仏教の教義の1つである「弥勒下生」との関係です。
「弥勒下生」とは、釈尊が現世で救えなかった人々を、56億7千万年後(長っ)に、
地上に弥勒という神が降臨し、地上にユートピアをもたらす、というものです。
キリスト教の「千年王国説」に似た教義です。
昨年大学の東洋史の講義でたまたま白蓮教と弥勒下生信仰の関係を勉強したのですが、
その講義の際先生が、弥勒がもたらすユートピアには「排泄、飲食、老衰」という3つの病がある、
ということを言っていて、そのとき「2001年宇宙の旅」の終盤のシーンが思い浮かんだのです。
ボーマンがたどり着いたあの謎の部屋です。

排泄・・・・あ、バスルームがあったな。ということはトイレもあるよな(うわ、暴論)
飲食・・・・あ、食事してたな
老衰・・・・あ、しわくちゃになってたな

とまあ運悪くこのような具合に閃いてしまった(思いこんでしまった)私は、
どうしても調べずにはいられなくなり、少し調べてみたのですが、
弥勒下生とは、中国の民衆叛乱にかなり昔から絡んでいたものであり、
14世紀の紅巾の乱、18世紀末から19世紀初頭に起こった嘉慶白蓮教の乱、
また北清事変(義和団の乱)などがその代表例です。勿論その他にもあるようです。

この人たちは、「替天行道」(水滸伝に出てくるスローガン 義和団事変時は「替天行仁」)よろしく、
早い話が意図的に弥勒を降臨させようとしたわけで、
中世キリスト教世界でも「千年王国説」関係で反乱起こってますし、
ヒトラーの出現もこの弥勒下生にリンクしているという説まであるそうです。

つまりこの作品は、超越的存在である「神」を無視し、
自らの手で理想郷(勿論教義にあるようなユートピアとしての理想郷ではない)を作り上げようとする
人間のエゴを批判している面もあるのではないかなーと思ったわけです。

ボーマンはつまりHALを征服しようとしたわけだから、白蓮教と同じなのかも。
しかしHALの方も乗組員を抹殺しようとしたわけだし、どっちもどっちなのでしょうか。
(個人的な感情から言うとHALの方が可哀相だと思いますが)

あ、最後になりますが、というかここまで書けば分かると思いますけど、
最後に現れるモノリスが弥勒の象徴。以上、暴論でした。
投稿者:マゴゴソラ投稿日:2002-09-30 14:37:28
小学生の頃は間の長い退屈な映画と思った。
それが今ではDVDを買ってしまうほど(安いけど(笑))。http://members.jcom.home.ne.jp/0438320401/
投稿者:やすたけ投稿日:2002-09-23 23:27:17
先日友人の結婚式の二次会に行き、そこで話した美大卒の方が「俺のベストシネマは2001年宇宙の旅」だと発言しており、これは是非観なければと思い、本日観ました。

実は5年程前にも一度挑戦していたのですが、その時は途中で寝てしまい、以来ビデオ屋で「そのうちまた見なければ・・・」と思い続けてはいたのです。

いやー、また寝てしまいました。

それでも巻き戻しと早送りを駆使して、なんとか観終ったのですが、改めて観ると宇宙ステーションや宇宙船がめちゃめちゃ精密(30年ほどの時間的優位があるのに『北京原人』のお粗末な映像を思い出してしまいました)。
それにステーション内や船内も白背景に赤い椅子など、すごく美しかった。

この映画は皆さんが仰ってるように「体感」する映画だと僕も思います。
美しい映像と重厚な演奏の音楽。

「意味を読み取る」前に「意味を感じる」映画。

今のところ、僕には意味を感じる事はまだできていないので(皆さんが論じているエロスなんて全く思いもよりませんでした)、もっと気力体力が充実している時にまた挑戦したいと思います。

※ところで、『エヴァンゲリオン』でクラシック音楽を使用しているのはこの作品などに影響を受けているのでしょうかね?http://www2.odn.ne.jp/~chs45160/
投稿者:ゆういち投稿日:2002-06-25 10:30:17
去年のリバイバル上映時に見たときも感動したけれど
DVDで見るとこの映画の凄さはさらにはっきりと分かる。
異常なほど細部にまでこだわって作られた宇宙船の外観、
素晴らしく美しい宇宙から見た地球、細かいクレ−タ−まで
作られている月。とにかく映像に対するこだわりは正気の
沙汰ではない。それに比べて肝心のお話の方は・・・謎の
黒く細長い板やコンピュ−タ−の反乱、そしてラストなど
本当にどうとでも解釈できるのだけれど私は(原作を読んで
いればまた話は別だろうけど)意味ありげな映像をつなげて
哲学的な雰囲気を醸し出そうとしたキュ−ブリックの計算が
透けて見える感じがしてあざといな−と思ってしまった(特に
ラストはその感じが強かった)。結局キュ−ブリックは誰にも
作ることが出来ない完璧な映像作りにのみ情熱を燃やしたのだと
思う。そしてその目標は達成された。でも髪型と衣装がモロ60年代で
時代の限界が感じられておかしかった。

投稿者:山桜投稿日:2002-04-09 22:12:37
PC入手から早5ヶ月。自分のPCでDVDが見られることに気が付いたのはつい最近。
映像と音楽の両方を楽しめる物をと選んだのが「2001年・・」でした。大正解でした。
公開当初は20代でした。当時の印象としては、確かに退屈なところもあったけれど(宇宙船内の日常生活や科学者同士の会話など)壮大な宇宙の映像と圧倒的な音楽の効果に驚かされました。又、モノリスやスターチャイルドなど難解な部分もありましたが、人類誕生やコンピュータの「反乱」など過去から未来までを映像化して見せてくれた事に驚きを感じていたと思います。
今回、DVDで17inchですが眼前でしかも、クリーンな画面で観て全く退屈しませんでした。(思えば、映画館で観たときは、すごく暗い画面で粒子も粗かった印象があります。)
2002年の現時点で観ると色々陳腐だったり、今では目新しくもない映像や考え方だなあと思う所もありました。一日目は、始めから終わりまで時間が経つのを忘れて見入ってしまいました。二日目、三日目はただただ、宇宙遊泳を楽しませてもらいました。


投稿者:アインシュタインの舌投稿日:2002-03-17 20:16:30
キューブリックが遺していったこの映画の価値を正確にはかれるのは、やはりキューブリックだけでしょう。だからいくら何回も見たところでちゃんとした答えには辿り着けないと思います。
<br>ただ、体験は出来ました。キューブリックが考えた未来の宇宙旅行をちゃんと体験できましたよ。話変わりますが、僕は原作のある映画が結構好きなんですよね。っていうのも一つには原作と比べられるということがあります。映像はある種のあいまいさが残ります。必ずここの場面こいつはこういうことを考えてるなってことは言い切れません。三流役者なんかの場合は特に。でも文章にする場合には読み手にその状況を映像化させるために人物の心理描写まで描かれている訳です。映画好きといってもまだ若造なんである意味原作がカンペみたいなもんです。ただこの映画に関して、クラークの原作は死ぬまで読まないと思います。キューブリックが映像で表したあいまいさがこの映画の全てだからと思うからです。
<br>映画について、さっき体験したと言いましたが、途中まで自分はストーリーを追っていて、そんな大したことないかなと思っていました。(最初の猿のシーンは圧巻でしたがそれ以降)けど最後のハルが死んだあとの映像からは酔ってしまいました。いつもならキューブリックの抽象的描写を理解しようとして考えるんですが、この時だけは文字通り体験していました。
<br>まだ一回観ただけなので性がテーマなのかなんて分かりません。今、議論を読んだところどうやらそのようなのですが。ただ言えることはこの映画に客観的見方をする必要はそれほどないのかなと。だからキューブリックが何を言いたいのかということより、自分が何を感じたのかを大切にしたい。
<br>さーて、もいっちょ観ますかぁ。(これから死ぬまでに何回観るだろう)
投稿者:カイルブロフロスキー投稿日:2002-02-10 17:30:44
↑小学4年生の時に初めて観た感想。
眠い、退屈、超難解!!
一応、名作として認識されてる本作ですが、こう思ってる人は極めてナチュナルな感想なのではないでしょうか?

あの、石板(モノリス)は何?
HALは何でおかしくなっちゃったの?
あの光の渦は何さ?
あの部屋は何なのさ?
なんで、いきなりジジィになるの?
最後の赤ん坊は何?
口笛はなぜ、遠くまで聞こえるの?
あの雲はなぜ、私を待ってるの?
(一部、無関係)

くやしいから小説読んだり、メイキング観たり、雑誌の記事を熟読したり、自分で考えたり・・・・
やっと、自分なりに理解できたのが中学三年生の時。
初見から5年もかかってしまった。

「あぁ、やっぱ、この映画って大傑作じゃん!」
と感動する一方
「なんで、最初ッから説明してくれないのさ!」
と、ちょっぴり憤慨したワケです。
キューブリックはどう意図してたかはともかく、
俺にとっては『理解するまでに時間がかかった度NO1』な名作。
大嫌いな両親と和解するまでに何年もかかったような心境です。
投稿者:黒いチュウリップ投稿日:2001-09-05 09:03:13
ある本に、猿が武器として使った骨が
ミサイル衛星に変わる。と書いてました。
投稿者:こずえリンダ投稿日:2001-06-24 19:36:56
ホントに芸術だね。すごくうなずける☆
音楽の心地よさ、静寂の間合いの良さ、ロボットの形式、などなど・・・。
でも本当に賛否両論がでる映画だと思う。
だからこそ見る人にそって価値が違う芸術になるんだね。
投稿者:kn2投稿日:2001-06-18 14:07:20
 この映画を見るといつも寝てしまう。劇場で見れば大丈夫かと思ったけれど、劇場で見てもやはり寝てしまった。何も考えず、物語を追い、映像に浸り、ただスクリーンを目で追っていると、どうしようもない眠気が襲う。その心地よさは何なのか。私はこれは一種の子守歌だと思う。宇宙を舞台とした壮大な子守歌。原作を読むと、かなりプロットも複雑で、物語の背景が説明されていて、SF物語として読むことができるけれど、この映画は原作とは別物であるだろう。
 もちろんこの映画にはいろいろな解釈ができ、じっくり考えて自分なりの解釈を導き出すという営為はキューブリックが狙ったことに一つなのだろうけれど、そのために原作なんかの周辺知識を利用することは私はしたくはないので、ただただ「これは子守歌だ」とつぶやくだけで満足する。http://cinema-today.hoops.ne.jp/
投稿者:ルビンスキー投稿日:2001-04-06 00:25:35
かなり有名な話です。デザインに手塚治虫が候補の一人に上がっていました。
でも、結局、手塚氏じゃなくてもよかったことなのでたいした話題ではないらしいです。ちなみに、火の鳥未来編は、もろに2001年宇宙の旅です。
投稿者:アカトラ投稿日:2001-04-05 08:57:27
結構有名な話ですね。僕は、「スペースSF映画の本」という古い本に掲載されていた手塚治虫本人の談話で知りました。キューブリックが自分の言葉をほとんど残していないので確かめようはないですが、手塚治虫のホラではないでしょう。古本屋でたまに見かけますから確認してみてはいかがですか。
投稿者:やす投稿日:2001-03-31 22:50:21
いや、、これを超える映画がまだない。
僕の中の不動の1位。
投稿者:リベンジャーキング投稿日:2001-03-29 05:32:23
いまだ答えは出されていない・・・
投稿者:リベンジャーキング投稿日:2001-03-29 05:26:24
傑作。いまだこの映画を超えるSF映画はない。CGなど特撮技術が発達しているというのに。それはいまだ人類は宇宙に到達していないから。それは人類の永遠の謎だから。それは臨死体験だから。それは普遍的な意味だから。それは無限の可能性を秘めているから。それは人生そのものだから。それは究極の追究だから。それは壮大な夢だから、それは大いなる虚言に過ぎないから、それは…
投稿者:コンサイス投稿日:2001-03-19 19:36:55
HALの名前は、IBMを一文字ずつずらして付けたらしい。あっこれ有名な話ですか?
投稿者:キートン投稿日:2001-03-19 07:44:48
M.Tさんお答えありがとうございます。2001年と市民ケーンにつながりがあるとは意外でした。(スピルバーグがオークションで購入したとは、、、本当ですか?ラストシーンで燃えてしまったはずでは?) あのオーソン・ウェルズのしわがれた「ローズバッド」という台詞が頭によみがえり、久しぶりに市民ケーンが見たくなりました。
ってしばらくHPをチェックしないうちにオカマだの、ペニスだの、ポルノだのですっかり盛り上がってますな。「なるほどねー」といった感じですが、コメントを読んでいるうちにすっかり2001年が一体どんな映画だったのか自分で定かでなくなってきました。これもまた見なくては。でもこの映画よっぽど体調万全で見ないと寝てしまうか、我慢できず早送りで一時間足らずで見終わってしまうかになりますからねー。
というわけで、みなさんどうもお邪魔しました。続けてください。
投稿者:薔薇族さぶサムソン投稿日:2001-03-19 06:42:12
drityX様、肝心な解答を持ちあわせてなく、あなた様の質問に答えられないことを深くお詫び申し上げます。軽薄でした。恐縮です。山に篭って出直してきます。(男体山)
投稿者:薔薇族さぶサムソン投稿日:2001-03-19 05:04:44
そうか・・・そう言われるとホモ説にはちょっと無理があるかも。
でもホモ的要素、ホモ的美意識、ホモの匂いプンプンするでしょ。
近日、リバイバル上映するらしいのでも今一度体験しなければならない。
投稿者:忍者ハッタリ君投稿日:2001-03-18 10:46:29
壮大なスケールで描く暴力の旅。裏切りと破壊による禁断の悲劇。人類の無知さと無理解、愚かさと思い上がりによる進化=『退化』。罪(S)と罰(M)。夢(幻覚又は眠い)と愛(欲)とロマン(ポルノ)の一大SF超大作叙事詩の傑作!!

投稿者:忍者ハッタリ君投稿日:2001-03-18 10:39:02
壮大なスケールで描く暴力の旅。裏切りと破壊の悲劇。人類の無知さと無理解、愚かさと思い上がりによる進化=『退化』。罪(S)と罰(M)。夢(幻覚又は眠い)と愛(欲)とロマン(ポルノ)の一大SF超大作叙事詩の傑作!!
投稿者:ルサンチマン投稿日:2001-03-18 06:54:02
2001年宇宙の旅は、哲学、宗教、科学、超人主義、形而上学、相対性理論、神、……・・………切り口が違えば幾らでも解釈ができる。100人見たら100人の解釈がある極私的な作品。
モノリス(1地球2月3木星)・・・完全な知性、知識 神?恩寵?
形→完璧なもの 
色:黒→悪、罪、死 解らない、理解できないもの  混沌? 
『性器 ペニス(又はヴァギナ)』
猿=人間 獣性と人間の欠陥
道具→武器 骨(死) 暴力 殺戮 破壊 死→死
骨⇒ディスカバリー・・・『精子』がモデル
HAL(旧名アテナ→知性、技術、戦争の女神 旧名2ソクラテス→哲学者、無知の知、問答法、死罪) ディスカバリーの支配者 人間が創り出した知能(自我?) 
悪魔 人間の本性
(人間のコントロールの失敗) 破壊→無益な死 デイジー デイジー
宇宙空間・・・巨大な『卵子? 子宮?』
スターゲイト・・・ブラックホール? トリップ 噴出?吸引? 超越 異次元 恍惚 『子宮 卵管? 挿入?』
部屋・・・動物園の檻 死 (人間の)限界 空虚 地獄  『子宮』
壊れるワイングラス→人間はまだ過ちを起こす(エルサレム神殿破壊の象徴)『月経?』
スターチャイルド・・・誕生、希望(又は絶望?)、人間の卑小性、輪廻、復活?、自己の発見、再生、新生
ニーチェ「ツァラトゥストラはかく語りき」より
大いなる星よ!!お前が照らすもの達を持たなかったら、おまえの幸せも何になろう!!(中略)そしてツァラトゥストラは再び人間になろうと欲する。


投稿者:アダム投稿日:2001-03-18 00:59:37
モノリスはエデンの園の禁断の果実である。
投稿者:QROUNI投稿日:2001-03-17 23:49:38
セリフだけ読むとボウマン船長がハルをレイプしているみたいだ。
投稿者:薔薇族さぶサムソン投稿日:2001-03-17 09:37:46
『2001年宇宙の旅』の原作者、アーサー・C・クラークはマニアの間では少年好きで有名。キューブリックの作品群はホモ的美意識でいっぱい。『時計仕掛けのオレンジ』然り『シャイニング』然り。抑圧を受けながら構築された美意識を最後一気に破壊する。まさにホモ的美学。しかも、キューブリックの目指した世界はあくまでホモセクシャル(男同士の恋愛意識)ではなくホモソーシャル(男だけの共同体意識)。『フルメタルジャケット』の軍隊シーンなんかまさにそう。
そして、彼の作品には通して映像の様式美にこだわる傾向がある。
2001年のモノリスはペニス。ディスカバリー号は精子。これは有名な話。
その宇宙船内部ニ於いては自我を持つコンピュータ「ハル」を交えて三つどもえの男だけの三角関係オカマ合戦が展開する。
クライマックス。裏返っちゃった木星めがけて突っ込む異次元空間のシーンでは、女性の子宮めがけて突入する精子と言うのが定説。しかし、実はアレこそが子宮ではなくホモの象徴「アヌス」なのだ。子宮というのは部屋であって廻りは壁、行き止まりになってしまう。しかしアヌスは消化器官を抜け食道を通り外の世界へ通じている。異次元空間の道はまさに解放されていたわけだから、実はあれこそがホモ意識が解放される瞬間の姿である。まさにホモソーシャルを象徴する様式美である。
投稿者:M.T投稿日:2001-03-16 07:34:57
キートンさんは、オーソン・ウェルズの『市民ケーン』という映画を観たことはありますか?1941年に公開されたパン・フォーカスの撮影方法を駆使し、脚本から演出まで、統べての完成度の高さから当時の映画界を唸らせたというあの作品です。あの映画は新聞王ケーンの死際に言った「薔薇のつぼみ」という謎の言葉を巡って、記者たちが取材を始めると、大統領選挙にまで立候補しようとしたほどの富みと権力を欲しいままにした新聞王ケーンだが、実は孤独で空虚な姿が次第に浮き彫りにされていく・・・・という映画なんだけど、で「薔薇のつぼみ」という言葉なんだけど、ケーンは養子に入る前の幼少の頃、雪深い家の前で遊んでいたボードの「薔薇のつぼみ」という文字のことなんだ。人は死ぬ間際に幼少の頃に戻るというか、無邪気に楽しかったことを思い出しながら死ぬということをキューブリックはハルというコンピューターとケーンをオーバーラップさせて表現したということなんだ。これはキューブリックがインタビューで答えていたことらしいし、『市民ケーン』は好きな映画だとも語っていたそうですよ。説明が下手で分かりずらかったかもしれませんが、疑問があったらまたコメントして下さい。余談ですが、撮影で使われた「薔薇のつぼみ」のボードがオークションで出たのをスピルバーグが買ったらしいですね。
投稿者:キートン投稿日:2001-03-14 06:14:01
なんでディジーを歌ったのですか。
気になります。是非講釈お願いします。
この映画は最初に日曜洋画劇場で見たときには、あまりのスローな展開で退屈してしまったのですが、その後ビデオをみて好きになりました。コンピュータと人間の争いはサスペンスフルで、木星の人間の進化を司るモノリスの存在も神秘的で「そういうこともあるかもね」とある種の夢を持たせてくれる映画だと思います。
(でも、これって原作の面白さかな?) あのスローな展開もコンピュータと人間の争いを見せるうえでは適当でしょうし、宇宙の空間の広がり、独特の時間の流れがよく表されていると思います。なにかまるで別の世界(睡眠の世界ではない。でも近い)に連れて行かれて浮遊しているかのような気分にさせられます。まさにODYSSEY。
投稿者:M.T投稿日:2001-03-13 05:35:01
大事な事はこの映画が1968年に公開されているという事実だと思う。21世紀に入った現代では想像ができないくらいに当時は衝撃があった。だが過去の異物としてではなく、現在でも通ずるかどうかが、いつまでも語られる素晴らしい映画なのだと思う。ところでハルは電源を切られる時に何故「デイジー」を歌ったのか知ってますか?
投稿者:いいパンツ投稿日:2001-02-13 22:45:23
おれは20代だけど、この映画すごいと思ったよ。
すごさは最後の辺りに凝縮されているといっても過言ではない。
そう、宇宙の奥の方に行くと、
人間の理解を超えているのよ。たぶん。
つまり地球人の常識では、またはものさしでは測れないのよ。
それを映像で描こうとしてるのよ。最後の方は。
意味分かんなかったでしょ。
で、おれはその言いたいことがとても良く分かった。
めっちゃ面白いと思ったよ。
投稿者:たけ投稿日:2001-02-12 23:21:05
見てる途中に眠くなった。
投稿者:orustat投稿日:2001-02-04 13:08:30
この映画ビデオで2回借りて見たけど、解説を読まないとわからないし(知能指数低いため)、解釈の仕方も人それぞれ。そしてこの映画のメインとなるのが映像であると言う意見が多いが、まさにその通りだと思う。しかし、私は芸術的感性が乏しいのだろうか、「あースゴイ映像だな。」とは思ったが、そこまでのめりこむ程スゴイとは思わなかったし、自分の映画ランキングのトップ10にも入らない。私はやはり、芸術的感性が無いのだろうか?それともこの映画をみんなが評価するから評価しているのだろうか?過大評価しているのだろうか?難しいところである。
投稿者:山さん投稿日:2000-10-21 15:44:38
「2001年宇宙の旅」はどのホームページにいっても評価高いけど、ほんとに衝撃とか受けてんのかねぇー・・・特に20代の奴ら。お前ら生まれてへんやろー!!とかってつっこみたくなる。20代の奴らは、CGにおもいっきり頭から浸りきってんのに、「あの映像はすごいっ!!」っていかにも、私は映画評論家ですみたいな素人が多くて反対にしらけるね。まー、この映画について一言いえば、まだ見てない人はまったく見る必要なし。いまさら見てもしょうがない。これは1960年代に見て初めて衝撃を受ける映画だから。エロビデをでも借りてなさい。
投稿者:ナカ☆G投稿日:2000-09-18 18:05:00
リアルタイムで見たのは高校生の時でした。同時上映がルーカスの
「アメリカン・グラフィティ」でした。友人と行ったのですが、最
初「2001」があり「アメグラ」が終わると、友人は「分からん!」
と言って帰りました。私はそれからもう一度もう一度見直して、こ
れは体験する映画なのだなと思いました。一種のドラッグ体験のよ
うな物ですかね。
当時この映画を絶賛した記事はなかったと思います。話題になった
のはその次の公開からだったと思います。
最初は、あの宇宙ステーションのSFXに驚かされました。あれは
絶対、アリゾナに実物大の模型を作って、星空をバックに下から撮
っているのだと思っていました。
思えば、このキューブリック(最初の頃はカブリックと記されてい
ました)と云う人は、「ロリータ」の頃から、ストーリー自体より
映像に滲む「予兆」みたいなものを描きつづけたのでは?と思いま
す。そう考えれば、作品の完成度の優劣はあっても、彼が描きつづ
けたものは一貫性があり、極限へ向かった突っ走っていったと思い
ます。
投稿者:@2001投稿日:2000-08-08 01:37:29
この映画は私の映画人生の中でもベストワンです。最初、今はなきテアトル東京で観たときはしばらく立ち上がれませんでした。車のナンバーにも2001とつけたくらいです。それなのに、せっかくまちにまって買ったDVD版を観てがっくり。なんと最初の出だし、つまり「ツァラトゥストラはかく語りき」をバックに、太陽、月、地球、とでるはずが月が抜けているではないですか。頼むからオリジナル版をだして!ワーナー様
投稿者:sel投稿日:2000-06-18 04:32:13
映画が一種の派手なアクロバットだとすれば、この作品はそれを徹底させたものだと思います。特にカメラが空間に漂っているような独特な感覚があり、キューブリックは意識していたと思いますが、ただの特撮に終らないのは注意深く撮影されているからなのかもしれません。
投稿者:けいぞう投稿日:2000-04-21 01:49:27
最近、この映画について疑問を感ずるようになりました。確かに映像的にはすごい映画だと思うが・・・この映画のポリシーにはついていけません。新人類の誕生を肯定的にとらえていますが、あんな何を考えてるかわからない赤ん坊に人類の未来を託していいんでしょうか。あの赤ん坊から見れば我々は「猿」なんですよ。ちょっと能天気すぎると思います。「コンタクト」(ジョデイ・フォスター主演)でも感じましたが、より高度な存在だからいい奴だろうとなぜ思うのか、むしろ警戒すべきだと思います。
投稿者:やうこ投稿日:2000-03-03 16:44:36
1968年にこんなスタイリッシュな映像を作ってしまったキューブリックに脱帽。鬼才と呼ばれるわけが少し分かったような気がしました。とくに最後に船長が木星に
到着したあとめくるめく再生へと向かうときの映像は最高です。ファッションもかわいいし。ただ、少し長すぎてだれてしまう気がしました。そこに彼の意図があったのかもしれませんが・・・。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 監督賞スタンリー・キューブリック 
 □ 脚本賞アーサー・C・クラーク 
  スタンリー・キューブリック 
 □ 美術監督・装置Tony Masters美術
  Harry Lange美術
  Ernie Archer美術
 ■ 特殊視覚効果賞スタンリー・キューブリック 
□ 作品賞 
 ■ 撮影賞ジェフリー・アンスワース 
 ■ 美術賞 
 ■ 音響賞 
■ 新規登録作品 
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