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乳泉村の子(1991)

清涼寺鐘聲
THE BELL OF THE QING LIANG TEMPLE

メディア映画
上映時間121分
製作国中国/香港
公開情報劇場公開(徳間ジャパンコミュニケーションズ=東和プロモーション提供/東宝東和)
初公開年月1993/04/03
ジャンルドラマ

【解説】
 中国残留孤児問題に正面からとり組んだ中国の名匠、シェ・チンの代表作の一つ。中国河南省に近い村を舞台に、孤児を育てるおばあさん一家と子供の姿をヒューマンであたたかい視点で描いている。ヘビーな素材のわりにあと味は決して悪くない作品なので、気おくれせずに見てほしい秀作だ。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
214 7.00
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【ユーザーコメント】
投稿者:初代黒龍投稿日:2018-05-06 22:26:01
  生まれて以来こんなに泣いたことはない、と思える位感動して、映画館でずっと泣きながら観ていた。
  ある老婦人が何気なくTVを観ていると、中国から仏教の交流団が来日したニュースが流れていた。画面に映った僧侶一行の一人を見て、彼女は驚き、凍りついたように彼を凝視している。話はいきなり時代をさかのぼって、第二次大戦終戦時の中国の寒村に変わる。敗戦で撤退する日本人を嘲笑いながら、村人達は彼らが残していった家具などを物色し始める。この村に住む老婦人が大きな籠を拾って持ち帰るが、中身は何と赤ん坊!所謂中国残留日本人孤児である。彼女には、体は大きいが耳が不自由な息子と、家事を手伝う働き者の娘がいる。面倒なので娘に子供を捨てるよう命じるが、なんだかんだで上手くいかず、これも何かの縁だと、結局彼らの弟となってしまう。少年は、日本人の子だと差別されながらも元気に育つ。その後息子が高収入の仕事を求めて地方に行くが、落盤事故の為に死んでしまう。逃げろ、という声が聞こえなかったためだ。娘に縁談が来るが、あまり良い話でない。だが娘は、結納金を老いた母と幼い弟の当面の生活費にするため承諾する。納得しかねる母に娘は言う。「どう生きても一生よ」。残された弟は、老母の勧めで寺に入り僧侶となる。冒頭の日本の老婦人がTVで見た青年僧は、何とこの少年の成長した姿であり、そして彼女こそ実の母であった。こうして数十年の時を経て、捨てられたと思っていた息子は、ようやく再会した母に初めて『親孝行』をする。
    「無償の愛」というもの、その勇気・決断・行動をこれほど力強く描ききった作品を他に知らない。第二次大戦中多くの中国人を殺した日本人は、今では実の子を虐待したあげくに殺すこともやり、原発事故で避難して来た子供達には、学校では激励するどころかイジメの対象にする、いつからどうしてこんな愚かな国民に成り下がってしまったのか。はるか昔に中国から文化や思想を取り入れたように、現代を生きる日本人がこの映画から学ぶべきことは数多いのではないか。
    人生の教科書のような作品だ。
投稿者:theoria投稿日:2004-02-10 02:39:20
中国映画となれば「なんてったって張芸謀がイーモン!陳凱歌がサイコー!」なんて声がこのサイトでは主流みたい(現にコノ大傑作にコメントがない)だが、いくら何でもソレは些か横暴というもの。確かに世情の縮図としての御意見広場である訳で、投稿者の九割方(?)が「アメリカ万歳!」と気張ってハリウッド路線を過剰に許容した中国映画を嗜好するのは極めて納得の行く現象ではある。しかし、多数決安直意見を鵜呑みにしていると本物の味を一生味わえまい。第五世代の張芸謀も陳凱歌(『覇王別姫』以前)も大好きだが、私的には中国映画ならダントツで第三世代の大御所たる謝晋の作品が頭に浮かぶ。文革モノの頂点的作品『芙蓉鎮』などは雷に打たれて失神するほどの感銘を受ける。中国映画の最高峰といっても過言ではあるまい。そしてこの『清涼寺鐘聲』。日中戦争後の中国残留孤児の生き様を凄まじい集中力で切々と描いた飛び切り上質な人情映画である。情味を扱わせたら謝晋以上の監督は現在では洋の東西を問わず、マズ存在していないのではなかろうか?お涙頂戴もココまでの究竟に達すると崇高ですらある。大島和子(栗原小巻)が息子を置き去りにせざるを得なかった悔恨の情など問題ではない。大陸の民にして太古の昔から小国日本の常に偉大な師匠であった中国人の度量の大きさが日の丸の身勝手で卑劣な振舞いを包み込んでいる。誇張もクソもない。中国の人々の愛情に溢れかえっている。クライマックスはズバリ、和子の息子を引き取った羊角(丁一)の聾唖の息子である葫蘆(尤勇)が出稼ぎに行く際の、和子の息子(“犬坊”と呼ばれていた)との別れのシーンであろう。葫蘆と犬坊は本当の父子(それ以上か)の愛情が通い合っている。耳の聞こえぬ葫蘆が耳を犬坊の顔に近づける。「パパー!パパー!」と、行って欲しく無い犬坊は叫ぶ。・・・ココで涙せぬ観客がいるだろうか?・・それほどに胸に迫り来る超名場面だ。謝晋こそ中国映画の核心を成す真の師匠だ。日本映画はただ見習うしかなかろう。
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