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バルタザールどこへ行く(1964)

AU HASARD BALTHAZAR

メディア映画
上映時間96分
製作国フランス/スウェーデン
公開情報劇場公開(ATG)
初公開年月1970/05/02
リバイバル→フランス映画社-95.6
ジャンルドラマ
バルタザールどこへ行く ロベール・ブレッソン [Blu-ray]
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【解説】
 一頭のロバの話です。ピレネーの小村の教師の娘マリーは農園主の息子ジャックと共に、生まれたばかりのロバに“バルタザール”と名前をつけ可愛がります。ある日ジャックが引っ越すことに。バルタザールもどこかへ行ってしまいます。それから10年。鍛冶屋の労役に使われていたバルタザールが苦しさに耐えかね逃げ込んだ所は、美しく成長したマリーのいる、今は彼女の父が管理しているジャック家の農園でした。マリーが喜んであちこち“彼”に馬車を引かせ出かけるのを見て、彼女に思慕を寄せる不良のジェラールは嫉妬し、バルタザールを痛めつけ、実家のパン屋の配送の仕事にこき使います。折しも、パリで教育を受けていたジャックが里帰りし、初恋の相手マリーに改めて惚れ直し、結婚を口に上らせるのを彼女は拒みます。ジェラールたち不良グループが構い続ける浮浪者はバルタザールに親近感を覚えますが、いつしか、彼と悪ガキたちの争いの犠牲となって怪我を負った“彼”はさ迷った挙句に道端で野たれ死んでしまうのです。その瞳に映る憂い……。日常の中でそれほど憤りを促すこともなく起きてしまう人間の罪科に厳しい眼差しを注ぐブレッソンのストイシズムの顕現がこのロバ君だと言えそうです。トリュフォー曰く、“この映画は美しい。そう、私にとってただ美しいのみである……”。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
537 7.40
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【ユーザーコメント】
投稿者:Ki-Adi-Mundi投稿日:2018-04-23 05:24:41
【ネタバレ注意】

古臭い題材を攻めた表現で描いてるっていうのが感想だろうか。
ドラマとしてはいろいろと仕掛けがあって面白く観られると思う。
たしかに美しい良いショットもある。
描写がソリッドで無駄がない。父親の死のカットとか、マリーは自殺なのか、どこかに行ったのか、その詳細、説明は描かれない。しかしそれで十分伝わるだろうというのはよくわかる。だが、問題はその時のジャックの反応だ。あれで良いのか?芝居が簡素で恣意的すぎてすべてを台無しにしているようにしか見えない。
鎖が解け逃げていくバルタを目撃しながらそのままにまかせるのはなぜなのか?なぜ追わないのか?ガラスや鏡を割り、店を破壊しているのになぜ誰も振り返りさえしないのか?
決められている動きを強制されているだけなんだ。芝居は存在しない。
すべては監督の頭の中にある画を実現したいだけなのだ。たとえそれが不自然だとしても。この人は誰も信じていないし、自分が考えたものだけが正しくそれ以外は認められないのだろう。
やはり私はこの監督には興味が持てない。

投稿者:4531731投稿日:2018-02-15 16:28:41
ブレッソンは、新しいものと古いものの対比、滅び行くモノにロバを重ね合わせて、世間を描破している。自動車をバルタザールと対比して滅び行く古い慣習を表現し、子羊たちに囲まれて死に行くバルタザールに、滅び行くキリスト教を重ね合わせている。
聖バルタザールとは、イエス・キリスト誕生を祝福した東方三博士の一人だが、この命名にブレッソンのキリスト教に対する悪意が見える。優れている人はみんな宗教が嫌いだ。
キリスト教は人々を隔てる力しかないという事実をバルタザールに重ね合わせている。遺作「ラルジャン」も、バルタザールと同じ手法を踏襲していた。金は人々を隔てる材料でしかない。金は、もともとできそこないでも勝てるように開発された装置であり、人類に必要ない。
投稿者:sachi823投稿日:2016-08-05 23:20:35
この監督自身は深い信仰をもっていたのでしょうか。
見ていてふとそんなことも思いました。
キリスト教が心の奥まで染み込んだ作品という感じがします。
従ってよく理解できないところもあります。
共感できない露悪な人間が登場して、彼らの浅ましさや罪過が
容赦なく次々と突き放したように描かれますが、
説明の部分があまりなくそれ故に分かり難い作品です。
ラストの羊の群れの中で横たわり頭を垂れる主人公の
姿は大変悲しく美しく感じられ、情感が高まりますが
鑑賞中は多くの場面が大変心苦しく感じられ
鑑賞後は後ろめたいような気持ちに支配されます。
あの驢馬くん少女に生まれ変わったのかな。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2011-09-21 12:23:26
2年前の3月に観た時は途中リタイアしたが、今回は何とか一気に観れた。ゴダールほどじゃないけど解りにくい事に変わりは無く、優れた作品だとも思わない。
投稿者:QUNIO投稿日:2009-10-24 13:04:04
ロベール・ブレッソンねえ・・・。昔僕が10代で芸術映画カブレだった頃は好きだったけど、今は全く見る気が起こらない。DVDも売ったし。これもよく分かんない話だった。↓の方のコメント少し読みましたが、ベルイマンが貶してたのは初耳でした。いや別にベルイマンなんてどうでもいいけどさ・・・・。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2009-07-25 23:27:53
【ネタバレ注意】

観た通りの話は難解でも何でもなく、悲惨かもだが有りそうな人々の人間ドラマ(とロバの数奇な運命)が展開する。面白いって言葉を出すと語弊があるが、詰まらない話では有り得ない。
…が、これを以って何を主張しているの?って考えたい向きには難解かもなドラマ。

まぁ宜しいんじゃないですか?作家の想いとは別の感性で受け取っても。(贖罪して貰ってどうなる?〜憐れみの瞳と捉らえれば悲劇(喜劇?)をみつめる視点とも思えなくはないが…)

何か重労働や結構ヤバい事にまで使われるロバ(=バルタザール君)なのだが、恐ろしく強情な部分があり、単純にエサに釣られてとか、脅されて動く、って感じがせず(結構な虐待のされ方でもあるのだが)、逆に優しさには優しさ…ってか、マリーと愛し合ってるって噂話も囁かれるのだが、自分を想ってくれる人に尽くそうとしてるかのように思え……そのドラマの最後がアレじゃ実に哀れってか無力ゆえの悲しみを感じますね。

仲良しな彼を親は何てガキと思ってたかもだが結局はもっと悪質な男に引っかかる娘。酒場をハチャメチャにする狼藉はそれが面白いと思う馬鹿なのかもだが、ただ人の財産を価値の無いものにするだけの行為…お前が弁償しろ!お前が。そんなこんなな人間(の欲?)に巻き込まれて、ただただ不幸になってゆくマリー。彼女からは人を苦しめようとかそんなものは伝わってこない…強引な人間に自分の意思を作られているかの部分は有りますが…ただ普通の優しい娘がフィルムの中で非情にも壊されてゆく。

意思を主張して不幸になる事も有れば、強引さに欠けて幸せになれない場合もある。が、自己を主張出来なくて不幸になる事も有れば、強引さ故に幸せを引き寄せられない場合もある。結局、性格が全てを決定する訳ではなく、そこに自己を取り巻く世界との巡り合わせが大きく関与する事になる。

ただフィルムの中ではあの悪ガキを含めて誰もが傷やら後ろめたい思いを負い、または死に至らしめられ、かのロバが幸せを見つめた時なぞ既に思い出せないかの展開を見せる…

最期に笑える人間とは(当人の努力もあろうが)、なんて祝福された者であることか…

投稿者:william投稿日:2009-02-09 21:11:31
宗教に対する感覚の薄い我々日本人にとっては、ただただ分かりにくいだけの内容である。しかし罪の無いロバの瞳からは、純粋であるが故の悲しみと苦しみを表している事が分かる。
投稿者:Ikeda投稿日:2008-06-13 11:43:43
確かに解りにくい映画です。一匹のロバに人間もしくは殉教者を託したという意味ぐらいは解りますが、それにしても登場する人間の行動が解りにくいのが全体を不可解にしています。
逆に、そのために、この作品を高く評価する人が多くいるだろうとも思いますが、私には出演者の演技の点でも落ちるように思えて、好きにはなれない映画でした。
投稿者:hendrix投稿日:2006-09-26 01:12:15
この映画は3回観たが完全には理解できない。
それは当たり前で、一つ一つの場面がすべて変化球のように見て取れて、
見たこともないほど冷静な奴らが理解しがたい行動をしているからである。

同じ配属の小津やドライヤーのように自分のスタイルを持ってはいるが、彼らよりエモーション的な表現さえも使用しない。
フランス人監督のトリュフォー・ゴダール・レネもそんな作品は多いけど、彼らとはまったくちがう。彼らより難しく難解である。
それはなぜか?それはフランス映画特有の愛さえも冷静に捉えているからであり、モナムーを繰り返していれば理解できるほどブレッソンは単純ではない。愛・論理・リアリズム廃止・こそフランス映画の特徴であり、トリュフォーやゴダールさえも人間の性格や関係性を愛で表現して、映画としての基盤を形成しているからこそ何となく理解できるわけだ。

ブレッソンには人物の繋がり・心や愛させも冷たいのだ。だからすべての彼らの行動を100%理解することはできない。逆に違和感を感じてしまうのだ。
しかしこの映画のコンセプトを聞けばなんとなくわかるだろう。
マリー=マリア様(母)しか心を許さない→バルタザール(ロバ)=イエスというコンセプトがあるわけだ。
パゾリーニの「テオレマ」もそうだが、宗教的なものがコンセプトな場合、それを知らなければ1回見ただけではわからんのも当たり前のことだ。
それにしてもブレッソンはそのコンセプトさえも解りづらく、ロバ=イエスという変化球を投げている。さすが孤高の作家。
投稿者:Tom投稿日:2005-06-20 07:32:44
あの巨匠イングマール・ベルイマンですら『全くわからん、つまらん。』
と言わしめた作品。ゴダール(後にこの主演女優と結婚する)の有名な『一時間半の世界』と絶賛するのとは対照的。個人的にもやはりブレッソンはベイルマンも絶賛した『少女ムシェツト』のほうが完成度が高いしあまりこの作品は好きではない。
だが60代以降の彼の傑作群の最初の口火をきった作品なので重要だ。
投稿者:電気クラゲ投稿日:2005-02-07 21:37:44
自分がカトリックなら感動したかも知れない。
やはりこういう話は日本人向けとは言い難い。構図の一つ一つが膨らみに欠ける。
投稿者:でこちゃん投稿日:2003-01-28 16:06:53
さすがブレッソン。どこまでも突き放した視点。映画において、「みる」、あるいは「みせる」ということを考えさせてくれます。それにしても、これを観て、ペット(ロバは少ないでしょうから)に「バルタザール」という名前をつける人がいるのでしょうか。『中国女』のヴィアゼムスキー出てます。
投稿者:Katsumi Egi投稿日:2000-12-29 07:46:47
 厳しい映画だ。ちょっとこの厳しさは尋常じゃない。冒頭から、もうただ事で
は済まさない雰囲気がぷんぷん。ブレッソンらしい手の足のスペクタクルが静か
に、そして怒濤のように押し寄せる。歩くロバの足をとらえただけのショットが
もう究極の映画的造型として見る者を叩きのめす。裸のヴィアゼムスキーが壁に
もたれているカットの峻厳さよ。うずくまるバルタザールを俯瞰で眺める、その
眼差しの冷厳さよ。

 恐るべき傑作。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 審査員特別表彰ロベール・ブレッソン 
 ■ イタリア批評家賞ロベール・ブレッソン 
 ■ 国際カトリック映画事務局賞ロベール・ブレッソン 
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