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ビリー・ザ・キッド/21才の生涯(1973)

PAT GARRETT AND BILLY THE KID

メディア映画
上映時間108分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(MGM)
初公開年月1973/10/06
ジャンル西部劇/伝記
無法者でもなく、英雄でもなく ひたむきに生き、鮮血と硝煙の中に 青春を散らした--男の名はビリー!
ビリー・ザ・キッド 21才の生涯 特別版
参考価格:¥ 1,429
価格:¥ 1,390
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ビリー・ザ・キッド/21才の生涯ビリー・ザ・キッド/21才の生涯

【解説】
 ニューメキシコ。無法者のビリー・ザ・キッドは、仲間たちと奔放な日々を送っていた。そんなある時、彼の前に友人でもある保安官のパット・ギャレットが現われ、この町からの立ち退きを警告してくる。ところが、ビリーはその警告を無視したため逮捕されるハメに。それでも隙をみて、まんまと脱獄するビリー。一方、内心管轄外であるメキシコへ逃げてほしいと願いつつビリーを追うギャレット。しかし、ビリーは元の町へ戻って新しい仲間や女性と出会い、そこに居座り続けるのだった。やがて、ギャレットが様々な手掛かりをもとに追いつめてくる中、ビリーはついにメキシコへと渡る決心をするのだが…。
 バイオレンス・アクションの天才ペキンパーが、ビリー・ザ・キッドを題材に“ロスト・ウエスト”の哀感を描く。彼の作品群の中では地味な仕上がりの部類に入るが、生き急いだ一人の若者の青春をあますところなく表現している。ビリーの心情をよく理解していながら、結局彼と対決せざるを得ない保安官パット・ギャレットをJ・コバーンが渋く渋く演じている。なお本作には劇場公開版のほかに2つのバージョンが存在し、それぞれ「ターナー・プレビュー・バージョン」(1988年/122分)、「特別版」(2005年/115分)としてDVDなどに収録されている。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
758 8.29
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【ユーザーコメント】
投稿者:イエガー投稿日:2017-02-10 04:10:36
の音楽なんかあんまり聴いたことのない中学くらいの頃に、深夜の映画劇場で観たんだな、多分(笑)。本日は2005年バージョンで観てみた。ディランの出演はなんか中途半端な感じがするけど、ディランの音楽はいいアクセントになってる感じがするよ。久々に観たら、なんか日本人でも感じ取れるようなキリスト教的なメタファーがあちこちにあるよね。ビリーとパットは、キリストとユダみたいなものかな、多分。いつもながらのペキンパーのメキシコ匂はすきだな。欠点はどう見てもビリーが20代にみえないとこか(笑)
投稿者:呑気呆亭投稿日:2015-04-08 11:52:12
公開当時はコバ−ンが最初の登場で羽織っていたコ−トの格好良さに憧れて、同じモノを手に入れられないかと散々探したものだった。初見での衝撃はキッドと副保安官の決闘シ−ンで、相手が十歩を数える前に撃ってくることを予想してキッドが銃を構えたまま待ち受け、案の定マトモに撃ち合ってはかなわないと思った副保安官が八歩で振り向いたところを撃ち殺す場面であった。それとやはりラストのギャレットが上半身はだかのキッドを撃ち殺す場面も衝撃的であった。
今回、DVD二枚組のスペシャル・エディションを手に入れ、劇場版ではカットされていた冒頭のギャレットが暗殺されるシ−ンを見ることが出来て、なるほど“殺す者は殺され、狩る者は狩られるのだ”という、西部に生を受けたペキンパ−が心の底に据えていた思想を納得することが出来たのだった。この特別版を見ながら、脱獄したキッドを追うギャレットが、まるで殺し合いを避けるかのように一見無意味なエピソ−ド(筏のシ−ンなど)を積み重ねながらわざと遠回りをしてフォ−ト・サムナ−へ向かい、キッドもまた立ち寄ったアラモサ・ビルの家で彼が副保安官になっていたためにやむなく決闘をしたりと、これまた一見無意味なエピソ−ド(エリアス=ディランとの出会いなど)を重ねながらメキシコへ逃げるでもなく荒野を彷徨っている。その課程でジャック・イ−ラムやスリム・ピケンズといったペキンパ−作品ではお馴染みの役者さんたちが次々に荒野に屍を晒して行くのを見ながら、ああこれはペキンパ−の美しい西部とそこに生きた男たちに捧げる一編のレクイエムだったのだということが腑に落ちたのだった。この作品以降ペキンパ−が遂に西部劇を撮らなかったことを思えば、ディランの♪ノック・オン・ヘブンスドア♪がこの作品のテ−マ曲に採用されたのは実に象徴的であったと言えよう。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:sachi823投稿日:2014-07-18 22:14:50
ボブ・ディランが出演して印象的な演技をしていて
「天国への扉」も当時ラジオでよく聞きました。
それなりに見所のある作品ですが、私は
人生の教科書のような伝統的な西部劇のほうが好きです。
投稿者:uptail投稿日:2013-11-08 13:25:51
ジェームズ・コバーン
投稿者:gapper投稿日:2011-06-21 21:20:04
【ネタバレ注意】

 ビリーを追うパット、二人の物語。

 話は非常に単純。
 ストーリーを楽しむ人には、退屈な作品だ。
 ビリーとパットは、コインの裏と表、いや二人とも裏だ。
 ただ、持ち主が異なる。
 このことは、ラストでハッキリする。
 パットは、誰を撃ったのか。

 それだけの話。

投稿者:ちゃぷりん投稿日:2011-06-04 23:58:37
【ネタバレ注意】

ラストはペキンパーらしいけど、ビリーとギャレットのどちらにも思い入れが無いまま撮ったと思えてしまう程単調な作品だった。あと邦題は「ビリー・ザ・キッドの最後」の方が合ってたと思う。

投稿者:日商簿記2級投稿日:2010-12-24 10:42:31
ペキンパーの作品の中では恐らく一番地味な映画ではないでしょうか?

この作品こそが真の「最後の西部劇」かもしれないと感じたし、バイオレンスもペキンパーの作品としては控えめ。二人の主人公の生き様を中心に描いている。ボブ・ディランの名曲が印象的。

あの「天国への扉」も聴けます。

しかし、あまりおもしろいとは思えなかった。

投稿者:ghost-fox投稿日:2010-10-30 22:03:22
【ネタバレ注意】

ビリー 「この野郎、いきなり撃ちやがって。」  
パット 「先手必勝だぜ。」  
ビリー 「あ〜こうなりゃ天国でも無法者やっちゃおうかな〜。」  
パット 「おめぇは地獄だろっ!」  
ビリー 「ちげぇねぇ(笑) でも暴れがいがありそうだぜ、おまえとなら無敵だな。」  
パット 「・・・ったく度し難いバカだな、おめぇは。・・・しょうがねぇ、付き合うとするか。」  
ビリー 「早いとこ来いよな、相棒。」  
パット 「縁起でもねぇこと言いやがる(笑) まぁ、ちょいとばかし待ってな、相棒。」

投稿者:TNO投稿日:2009-11-03 23:57:16
全編、哀しい雰囲気の漂う、ペキンパ渾身の西部劇。邦題は、ビリーザキッドのみに焦点が当たってしまっているが、原題どおり、ギャレットとキッドの2名が主役だ。二人が表と裏の関係だ。キッドは、牛泥棒で生計を立てている。ギャレットは、キッドと昔の牧童時代からの仲間でかつてはキッド同様無法を働いていたが、今は保安官としてキッドを取り締まる側だ。物語は、無意味な死や酒や女に溺れる男達をこれでもかと描くため、全編に退廃的な哀しい雰囲気が漂う。しかし、一方で西部に生きてきた男達を丹念に描いている。正統派アメリカ西部劇の最後の作品と言っても良いだろう。古今の西部劇俳優を多数出演させているのも特徴だ。ペキンパの意図であろう。特にポール・フィックスは、20年代から、チル・ウィルスは30年代からジャック・イーラム、リチャード・ジャッケルは40年代から西部劇で活躍している。その他にも多くの個性派俳優が出演しており、楽しめる。クリス・クリストファーソン、ボブ・ディラン、リタ・クーリッジは、いずれもカントリーの有名な歌手だ。ディランの音楽は、ペキンパに気に入られ、本作に採用され、スリム・ピケンズの死の場面を始め要所で重要な役割を果たした。音楽は、ジェリーフィールディングが決まっていたが、ペキンパがディランの音楽を使用することを知って怒って辞退してしまったそうだ。但し、ディランには、役が急遽与えられたが、台詞が少ないことに不満を持ち、ペキンパとはうまく行かなかったようだ。クーリッジは、ビリーに愛されるメキシコ女として出演。本作は、劇場公開版、試写版、特別版(編集者が故ペキンパの元妻から受け取ったフイルムを使用し編集しなおしたもの)があり、後の2つは、DVDに収録されている。エリシャ・クックJrとダブ・テイラーの出演場面は、試写版のみでしか見れない。
投稿者:kinenchyu投稿日:2008-05-03 17:59:10
異色の西部劇。決闘シーンもいいが、二人の人生観の戦いがうまく描かれている。
投稿者:フルメタル爺さんは、投稿日:2008-03-05 22:29:37
死にぞこなった者へ向けられたペキンパーの眼差しには憐れみと言うより憧憬が感じ取れる。同じナルシストでも、頭の足りないマッチョが「カスター将軍万歳〜!」とか言いながら阿呆面で自涜にふけているかの様な腑抜け西部劇を撮る虚飾馬鹿とは圧倒的な差を感じさせる。
投稿者:黒美君彦投稿日:2007-12-14 10:16:37
【ネタバレ注意】

アウトローにして非情、命を賭けて闘う西部の男、ビリー・ザ・キッド(1859〜1881)。
21歳にして保安官パット・ギャレットに射殺される運命なのだが、この作品では大地主に抑圧されるメキシコ人や農牧民の味方として描かれる。決して義賊といえる性質の男ではないのだが。
本物は人好きのするタイプで、射撃がめっぽう上手かったという。

サム・ペキンパーはしかし、ビリー・ザ・キッドを通じて別のことを伝えようとしているようにみえる。もちろん西部劇であり、主な筋書きとしてはギャレット(ジェームズ・コバーン)とビリー(クリス・クリストファーソン)の追いつ追われつの物語なのだが、乾いた筆致で描かれた無法の男たちには、なんとも言えない哀愁が漂う。そしてそこに流れるボブ・ディランの“KNOCKIN\' ON HEAVENS DOOR”…。

親しかったとかいいヤツだったとかいう価値観もここにはない。喰うか喰われるか。ビリーは、かつての自分自身だったことを意識しながらギャレットは彼を撃ち抜く。そして四半世紀以上経った1908年、ギャレットもまた背後から撃たれ、死ぬ。
19世紀後半、西部は無法地帯から脱皮していこうとするが、ビリーとギャレットはその時代に生まれた徒花だともいえる。浅学にしてS・ペキンパーが映画制作当時のハリウッドの状況をどこまでイメージしたのかはわからないが、乾いた殺し合いとボブ・ディランの歌声が記憶に残る逸品だと思う。

投稿者:wild bunch投稿日:2007-09-27 23:07:59
あらためて、一連のビリー・ザ・キッドものをみていて、やはりペキンパーが1番。下のコメントにあるように、ペキンパー自身がキッドに、パットにまた老保安官スリム・ピケンズに、また自分自身の出演にと、すべてに多様に投影されている。ハリウッドの組合の介入に自分の創造性をいじくられる、それへの対抗であり、そこから成熟へといききれないジレンマであり、西部劇へのディコンストラクションであり(決闘で二人ともルールを守らない、ポーカーで相手を無理やり酔わせて撃ち殺すなど)、挽歌である。牧場主となったパットは、資本主義に殺されるが、それはまた自分が殺したビリーでもある。「時は変わった」というパットに「そうかもしれない、しかし俺は違う」と言うビリー。もう、チザムとも対立し、仲間とも撃ちあい、親しいメキシコ人パコもチザムの牧童に惨殺されるなど、ビリーは孤独へといたり、並行してパットも孤独へといく。最後は、「シェーン」のシーン、しかし、子どもはパットに石をなげ、カムバックとはいわないで、馬に乗って去りゆくパットに背を向ける。なんとも哀愁深い、しかし美しいフィルムだ。筏が川を流れてきて、老人とパットがライフルで向かい合うが、撃たずに分かれていく、台詞がひとこともないが美しい。パットの自己内面をコバーンが渋く演じる。劇場版、試作版、そして新たな特別編集版と三つのバージョンとなったが、それぞれ意味深い。ビリーは、キリストであり、マリアがいる、これがはっきりしたのが、ヴァル・キルマーのビリー・ザ・キッドであったが、この映画でも、酒と売春のなかのプライベートなゲッセマネで、ビリー=キリストは死へと召還される。そしてペキンパーは映画自体をならず者に仕上げたのだ。ビリーを捕まえた保安官が、改悛しろ、ひざまずけと、法の側が暴力である。ボブ・ディランは、aliasつまり、ウイリアム・ボニーこと、またヘンリー・マッカーティこと、ビリー・ザ・キッドという、「またの名を」の存在なのだ。つまりビリーである。パットが最初「お前は誰だ?」と聴くと、「いい質問だ」と答えているように。それは、「またの名は」ペキンパーでもある。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2007-07-01 19:29:01
とりあえず、1988年版で鑑賞。
うん。悪くないね。ビリーは、あんな顔なのでキッドなんじゃないのか?
一応、アウトローなビリーが、捕まって、脱獄して、撃たれる…って大筋の中に、様々なエピソードが絡んで……結構面白いよ。お姉ちゃんのサービス・カットもグッドです(保安官パットが酒池肉林?)。

まぁ全編に流れるボブ・ディランのカントリー・ミュージックが良い…ってサントラは昔から持ってるけどね。
あのGuns N' Rosesが、カバーしたKnockin' on Heaven's Doorは、印象的なイントロは何度も耳にした気がするが、「唄」として何処で使われてるのか解らなかった…
役者ボブ・ディランか…フットワークは軽そう。
また何時か観てみます〜2005年版(こちらがDisk1)もあることだしね。
投稿者:ノリス投稿日:2007-05-17 15:07:41
 やはり、サム・ペキンパーの映画らしく、スローモーション、血しぶき、酒好きの登場人物、などが登場し、下の方々は地味と書いているけど、そんなに地味な作品で内容でない気がします。以外と彼らしく(ペキンパー)人簡単に殺してる映画だし。
 終盤にペキンパー本人が棺桶家のウィルという役柄で出ているのは、面白いと感じた。しかしジェームズ・コバーン演じるパット・ギャレットは渋い。
この作品に出ている登場人物(男)自身が皆ペキンパーのように思えるのはじぶんだけか?
投稿者:pk投稿日:2007-01-27 16:38:43
期待はずれ。早送り。ボブディランが主題歌と出演。登場者たちの内面が上手く描かれてないので、行動が理解できない。
投稿者:SHELTER PEOPLE投稿日:2006-12-27 23:07:10
地味だが、渋くてなかなか格好いい映画だった。
ディラン目当てだったが、コバーンとクリストファーソンが大変良かった。
素晴らしい音楽と共に見応えある作品であった。

ディランのヒョウヒョウとした演技は昔からなんだな。
リタ・クーリッジが出ていたのには驚いた。
投稿者:maldoror投稿日:2006-12-26 05:22:32
自分で決めた道とはいえ、いろいろなしがらみや利害関係のプレッシャーに常に追い続けられ、そのために不眠症にでもなったがごとく半分狂気の形相をかもし出すパット・ギャレット=J・コバーン。
かたや「アウトロウ」という呼び名のごとく、自由きままでやたら人当たりが良く、殺されるときまで「ま、しゃーないね」という顔をしてみせたビリー=K・クリストファーソン。
実際のパットはも少し紳士的であったらしいし、ビリーは痩せたチビで快活だけど少々神経質なところもあったらしいのですが、二人の主役の対比が独特の配役をうまく取り込んで鮮やかに描かれたところに、娯楽作品としての完成度を感じました。

ボブ・ディランは別に邪魔じゃなかったけど別に必要とも感じませんでした。挿入歌が多すぎてボブの音楽映画みたいになっている部分も決して肯定できません。

名前はよく聞くけど生きた姿をほとんど目にする機会がない「七面鳥」という生き物がこんなに大挙して見られる映画はコレだけだと思います。
投稿者:s-iko投稿日:2006-09-17 00:52:09
確かに評判どおり地味でした。ペキンパー特有の暴力のカタルシスは確かに抑え気味です。しかし一方で、意外に注目されることの少ないペキンパー特有の作家性という面ではかなりの充実ぶりであると思います。『ワイルドバンチ』や『ゲッタウェイ』が彼の「動」の部分の暴力絵巻だとすると、この『ビリー・ザ・キッド』は、『わらの犬』や『戦争のはらわた』などと通じる、より作家性の高いいわば「静」の部分がクローズ・アップされた作品ではないかと思いました。

クリス・クリストファーソン(音楽も最高)演じるキッドと、ジェイムス・コバーン(カッコよすぎる)演じる元ならずものの保安官。彼等は以前は親友で心を通い合わせていたのですが、今は敵対する仲。リンカーンの存在によって代表されるような、新しく始まる時代に追われるようにして行き場をなくしていくキッド。その一方で、時代に迎合しようとし、かつての自らの生き方との間に悩むパット(コバーン)。「変わりゆく時代に取り残されていく男達」という古典的テーマが詩情豊かに描かれていくのですが、その男くさいロマンと言ったら…。涙を誘います。
そういった哀感に溢れたテーマを静かに語るペキンパーもまた素晴らしいのでありました。実に乾いたタッチが渋く、泣けるのです。

さて、ディランの役どころですが、何か不思議な感じでした。さすがに名優二人を向こうにまわして演技の面では分が悪い彼ですが、やはりその存在感はただごとでありませんでした。主演二人の男の生き様に憧れ、付いて回るディラン。ちょっと定義しづらい不思議なキャラクターが彼によくあっていたと感じました。個人的には演技している彼を見ているだけで、うっとりしてしまいましたが…。

それと何といっても、その音楽の素晴らしさ。名曲「ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア」が死の影と共に象徴的に流れ出る時、物語の感情の最高に高まってくるのでした。さすがという印象です。

ちなみに、クリスの奥方リタ・クーリッジ(綺麗な裸!)や、ドニー・フリッツ(!)などミュージシャン仲間も出演していて、そこも見所です。
投稿者:Ikeda投稿日:2006-07-07 16:08:39
中盤少々冗長ながら、かなり面白い映画でした。これもジェームズ・コバーンが西部劇らしさを出しているからだと思いました。私は特に西部劇ファンではありませんが、クリス・クリストファーソンのビリー役は、頂けませんでした。演技が下手とは言いませんが、あの、ふやけたフェイスはどう見ても西部劇に向いているとは思えません。ボブ・ディランの出演も貴重ですが、それがどうという役ではありません。
映画としては面白いと書きましたが、ペキンパーらしく殺人でシーケンスが切り替わり、昔のハーレムのようなシーンが出てくると、大衆向けの映画という感じは否めませんでした。ニュー・メキシコあたりの大地主だったチザムの名前が良く出てくるなどの社会批判は良いと思いますが、それとの結びつきが希薄です。エンターテイメントだから、そんな事は関係ないと思う人もいると思いますが、私は気になりました。
投稿者:asama投稿日:2006-07-04 12:09:54
荒くれガンマンたちの終焉の時を淡々と描いて秀逸な一品。この中で唯一美しい花が無言のマリアを演じたリタクーリッジだ。ビリーの最後は、彼女との甘美な一夜の後に非情にもやってきた。彼の死を一人泣きぬれて耐えるマリアの姿は、男たちの西部劇の終わりを告げている。70年代から、ネイティブなサウンドとポップスを融合した特徴的な音楽を歌い続けたリタの女優としての数少ない出演作。その長い黒髪が美しく、砂漠に咲く可憐な一輪の花を思わせる。
投稿者:Tom投稿日:2005-07-18 07:33:32
代表作がないカントリー歌手クリス・クリストファーソンは単なる平凡な主役にすぎない。
ウエスタンになんらかゆかりのある俳優に無残に散っていくアウトローを
演じさせてる事が重要だ。スリム・ピケンズが、ジャック・イーラムが、エミリオ・ヘルナンデスが無残に死んでいく・・・・。最後はビリー・ザ・キッドの待ち伏せによる死にベキンパー本人が自ら演じたウィルという人物がパット・ギャレットに『パット、お前はくそ野郎ダ!!!!。』と言う。
反体制派の変人ペキンパーのアウトロー挽歌。
個人的に一番好きなボブ・ディランの『天国の扉』は彼の代表曲の一つとなった。
投稿者:ASH投稿日:2003-10-26 16:13:58
【ネタバレ注意】

演技しているディランってこの映画で初めて観た!

投稿者:shichiten投稿日:2001-05-08 00:59:59
初公開時のバージョンとディレクターズカット版の差があまりにも大きい。無論、秀逸なのはディレクターズカット版。物語時間と数十年後を一瞬で対比する編集の妙に感服する。この映画の主題であるビリーとパットの対比も後者のほうが上手くいっている。パットの視点で捉えた場面では、ビリーが下衆な悪党に見え、ビリーの視点で捉えた場面では、パットが薄汚い裏切り者に見える。ラスト近く、パットが自分の映った鏡を撃ち抜く場面では、背筋が寒くなる。二人の英雄を汚し否定することで、腕っ節こそが「善」だった西部開拓時代の終焉を描ききっている。
悪党肯定の「ワイルドバンチ」なんかよりも断然格上の作品だ。
投稿者:Katsumi Egi投稿日:2001-01-01 22:29:19
 以前観たとき、つまらない西部劇だと思った。ビリー・ザ・キッドのクリス・
クリストファーソンがどうしようもなく卑怯だという印象が、ぬぐえなかった。
しかしこれは卑怯でも何でもない。ここで描かれるビリー・ザ・キッドも、まさ
しくヒーローなのだ。こんなに鮮やかにヒーローが描かれる映画は今ではもう殆
ど無い。イーストウッドくらいだ。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 作曲賞(アンソニー・アスクィス映画音楽賞)ボブ・ディラン 
 □ 新人賞クリス・クリストファーソン 
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