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フレンチ・カンカン(1954)

FRENCH CANCAN
ONLY THE FRENCH CAN

メディア映画
上映時間102分
製作国フランス
公開情報劇場公開(東和)
初公開年月1955/08/26
リバイバル→ザジフィルムズ-99.6
ジャンルミュージカル
フレンチ・カンカン Blu-ray
参考価格:¥ 2,700
価格:¥ 3,170
USED価格:¥ 1,363
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【解説】
 ハリウッド製ミュージカルのひたすら上向きな幸福感とはまた違った、酸いも甘いもかみわけた大人の音楽喜劇として、膨らみのある幸福感に浸らせてくれる、ルノワールの傑作オペレッタ。彼が15年ぶりに祖国フランスで撮影した作品で、「大いなる幻影」以来のギャバンとの仕事でもある。1888年のパリで上流向けのクラブを営んでいたダングラールは、下町のキャバレーで見初めた踊り子ニニ(アルヌール)に触発され、自分の店を処分し、その店“白い女王”を買い取り、カンカンの復活を軸とした新しいショウを見せる娯楽の殿堂にしようと画策。が、女性にもてる彼をめぐって、以前の店からのスター、ローラとニニが衝突を繰り返し、ローラに気のある出資者が援助を止めたりして、なかなか計画通りにいかない。ニニにはポウロというパン職人の恋人があったが、嫉妬深い彼よりダングラールの渋さに参ってしまった。そんな彼女に秘かに焦がれて自殺まで図ったアラブの王子は、彼女との一度の逢瀬に満足して、その支援で何とか店も開店に漕ぎつけた。が、ショウの本番の直前、他の歌手にちょっかいを出すダングラールに腹を立て、ニニは楽屋にこもってしまう。けれども、観客の彼女を呼ぶ声に押し出されるようにフロアに出て、仲間と共にフレンチ・カンカンを快活に歌い踊るのだった。パリの名物だったムーラン・ルージュの由来を描いており(創始者ジドレルの名は変えられている)、ピアフを始めとするシャンソン歌手たちのゲスト出演も楽しみ。ラストのカンカンの勢いに魂を奥底から鼓舞され、ヴォケールの歌う主題曲“モンマルトルの丘”の楽しく、どこか感傷的なメロディには幸せな涙を流す、そんな作品だ。
<allcinema>
評価
【関連作品】
大いなる幻影(1937)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
654 9.00
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【ユーザーコメント】
投稿者:呑気呆亭投稿日:2013-12-24 18:00:07
ダングラ−ル(ギャバン)とニニ(アルヌ−ル)とが出会う下町のキャバレ−でのダンス・シ−ンが素晴らしい。\'61・米の「ウエストサイド物語」のそれを先取りするかのようなダイナミックなダンス・シ−ンは、かつての「天井桟敷の人々」を思い出させてくれるような素敵なモブ・シ−ンであった。こうした庶民のエネルギ−を横溢させる映画を近年のフランス映画は失ってしまったように思えるのは何故なのだろうか。思うに我が国には「松竹ヌ−ベルバ−グ」が一方にありながらも、その対極に「東映チャンバラ映画」が有ったのに比べて、フランスのヌ−ベルバ−グにはそれに対峙する雑駁な映画群がなかったからなのではないだろうか。というのは、フランス映画界の事情を知らぬ無知なワタクシの勝手な独断であります。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:uptail投稿日:2013-11-04 11:50:05
フランソワーズ・アルヌール
投稿者:笑えないせぇるすまん投稿日:2012-04-12 14:06:30
ムーラン・ルージュにてフレンチ・カンカンを始めるまでの人間たちの悲喜劇を描く。とても綺麗でスタイルのよろしい女性が沢山登場するのもまた見所。

結局は恋が上手くいくことによりムーラン・ルージュの建設が進んだりするので、そこまで目新しい点はほとんどないので人によっては退屈に感じることも否めない。最後のムーラン・ルージュで皆が楽しそうにカンカンを踊る姿はこれからも恋をしながら愉快にたくましく生きていくであろう女性の姿がそこにある。
投稿者:ローランド投稿日:2012-03-09 23:40:07
  古い作品ゆえの粗い色彩粒子とひずんだ音響がちょっと残念なんだ
けど、それを補って余りある、音楽も良かった (日本でのシャンソンという
もののイメージは薄っぺらだけど、歌詞が字幕で出ると深みが分かる) し、
監督が監督だけに、ロートレックはもとよりユトリロに時にはマティスのオダ
リスクを思わせる場面もあり、それに登場する可愛く華やかな女性達と御
大ジャン・ギャバンの存在感で、粋で華麗で豪華絢爛な良い意味でのドタ
バタ劇を味わえます。  

  そのギャバン演じる、客を楽しませるのが何よりの使命と考える店主
のダングラールが、いかにもフランスの、しかもこの業界ならではの自由人
的な言葉で、愛情を独り占めしようと拗ねるニニ説得し、そして圧巻大団円
となるエンディングのフレンチ・カンカンの踊りに、舞台裏で満足そうにう
なずきながら思わず足を上げて拍子をとるところなんか、観賞しているこっ
ちのほうも同化して満足感に浸ることができます。   

  「メランコリア」が来てくれなかったこともあってか、話題作が上映され
ているにもかかわらず映画館に行こうという気になれなく、「戦火の馬」も、
少年と馬の愛情物語をスピルバーグが監督したとなると、なんか日本映画
に良くある犬や猫を主役にした子供向け映画と同種類の雰囲気を感じて
いまひとつ気が向かないし、「ヒューゴの・・・」は、どうも好みではない牘
画バンザイ瓩發里澆燭い世掘△修譴縫▲丱拭爾鰐滅鬚ったのに、なぜか
その後は3D作品を鑑賞しようという気にならなくて、これもパス・・・・。  
で 、うーむ、映画が好きでなくなったのかな、だなんて思いをしながらレン
タルしたこの作品なんだけど、これが楽しく面白くて、やはりいいものはいい
とひと安心。  小さなTV画面で観てこれなんだから、劇場で観賞したなら
さぞかし素晴らしかったのではないかと、シネコンの一室をリバイバル上映
専門にしたらどうか? だなんて、およそありえないようなことを考えてしまっ
たのであります。     

 この週末はガイ・リッチー監督作品に期待をしているのだが、はたして・・・。
投稿者:noir fleak投稿日:2012-02-08 09:25:54
驚異的大祝祭シーンとなった。30人ほどの踊り子によるカンカンもちろん素晴らしいが、主役は彼女たちだけではなく、踊りに参加して騒ぎまくる紳士方や観衆がまさに一体として描かれている。これほどエネルギーが伝わってくる映像は他にない。なんだか自分もその場所にいるかのような錯覚にとらわれる。
19世紀末ベルエポックのパリとは本当にこんな幸せな時代だったのだろう。

もうひとつすごいのは、やはり全編の色彩だ。あの大画家の息子だから、ルノワール監督には「総天然色」映画を作ることに相当な恐れがあったのではないだろうか?
しかしインドで撮った「河」で見事に色彩の再現に成功した。そして本作。オールセット撮影、しかもインドの光がない中でも、すばらしい撮影だ。

演出もさえわたっている。一番気に入ったのは、ジャンギャバンが、終わりの終わりになっても、見知らぬ女に「芝居に出たいか?」と言い寄る場面だ。まさに懲りない親父の面目躍如で、フランス的エスプリに感心する。

唯一残念なのは、エディットピアフ以下の大歌手の歌う曲があまりに短いことだ。しかしやはりジャンルノワールは、レオナルドダヴィンチ級の監督ということがわかる映画だ。
投稿者:gapper投稿日:2011-11-23 19:44:37
 シャンソンの”モンマルトルの丘”が、フランスの抒情を語る名作。

 ヨーロッパのミュージカル作品は余り見れないが、その分「イギリス物語-ミュージカル「永遠の緑」-(1934)」など必見の作品が多い。
 ギャバンとアルヌールといえば、私にとっては「ヘッドライト (1955)」だ。
 その悲恋の二人が対照的に明るく歌い踊る作品が、前年に作られているというのは奇妙な感じ。

 常に達観したかのようなギャバンに対しキャーキャーとうるさく騒ぐ女達が取り巻き、典型的な進行でミュージカルらしい。
 ムーラン・ルージュの屋根に”赤い風車”が作られた所以やカンカンの曲で最も有名なオッフェンバックの”天国と地獄”の関連が殆どなく残念。
 ムーラン・ルージュの誕生の物語なのでロートレックが出てこないのは当然だが、タイトルにはロートレック風の絵が使われている。
 これを見た後、「赤い風車(1952)」を見るとムーラン・ルージュの理解が深まるだろう。
http://gapper.web.fc2.com/
投稿者:ノブ投稿日:2010-06-13 10:34:31
【ネタバレ注意】

「フレンチカンカン」(監督:ジャン・ルノワール 102分)
話の内容は、歌と音楽とダンスが溢れるショービジネスの世界。
最初のベリーダンサーと白塗りの顔で赤い花を一輪持ち口笛を吹く男のシーンが良かった。
石畳の歩道を馬車が横切るシーンが良かった。
酒場での楽しそうなダンスシーン・酒場の太った店主が良かった。
女のガーターの背中の紐を結んで、最後に女のケツを平手でパンと叩くシーンがエロっぽくて良かった。
オープンカフェで酒を飲んでいるジャン・ギャバンが、ニニを見つけて後を追うシーンが良かった(子供達が遊んでいたり、野菜が売られていたり、舗道を直したりしている工事の人達がいたりとセットとは思えない通りの雰囲気が良かった)。
踊り子になるとマネージャーに喰われると思い、ニニが恋人のパン屋(パンが美味そうだった)に行って初体験を済ませる演出が面白かった。
ダンスの練習場での股裂きや足挙げの練習がコミカルだった(ダンスの先生のおばさんとピアノを弾くおじいちゃんの役者が良かった。又隣の家の人が「うるさいぞ」と怒鳴る演出も良かった)。
芸人志望の俳優が歌も上手いし、飄々としていて良かった。
踊り子のオーディションに志望者がたくさんつめ掛け、たくさん入ってこないように扉を抑えている演出が良かった(押し寄せてくる人の並にまぎれて、ちゃっかり一人部屋に入っていって、後で気がついて外に出す演出がコミカルだった)。
下着姿っぽい格好で何人もの若い女の子達がカンカンの練習をするシーンが良かった。
大臣が来る着工式の時のケンカシーンが猥雑でよかった(女スポンサーとニニとのケンカ「ニニの足を女スポンサーが蹴飛ばす」とジャン・ギャバンとパン屋のニニの恋人とのケンカを発端に大勢の人が押し合いへし合いになる「その中でどさくさにまぎれてキスする人がいたり、落ち着いて酒飲んだりタバコ吸ってもみあいを見学している人達がいたりする所が良かった」)
ニニが階段の手すりをすべって降りてくると下でバラの花束を持った男が待っているというシーンが良かった。
ふと耳を傾けると、窓の向こうに掃除をしながらシャンソンを歌っているオネェちゃんの歌声が聴こえてくるという演出・シーンが良かった(その歌がとても上手い)
殿下とニニが舞台観劇のはしごをするシーンの歌手達の歌が良かった。
ムーラン・ルージュのネオンの風車の羽が輝きながら回っているシーンが良かった。
ムーラン・ルージュの開店にお客さんたちがどっと詰め掛けるシーンが良かった。
ラストのショーは圧巻だった(最初はドラムを叩く赤い帽子を被った兵隊達をバックに芸人志望の俳優が歌う。次は熊のキグルミを着た人達がひっぱる馬車に乗ってベリーダンサーが登場して踊る「芸人志望とベリーダンサーが舞台上でキスする所が良かった」。次は外の入り口からシャンソン歌手のオネェちゃんが入って来て、客席を歩きながら歌う。次は白塗りの口笛吹きの口笛。最後はカラフルな衣装の女達のフレンチカンカンの踊り「登場シーンが、観客席の合間を縫って出てきたり、垂れ下がっているロープの上から下へ降りてきたり、壁のポスターを破って出てきたり、二階にあるオーケストラのバンド前から飛び降りて出てきたり「下にシーツのマットが用意されている」など工夫があって面白かった。又最初は観客が踊り子にからみついてくるのを踊り子達が振り払って踊る所も良かった。カラフルな衣装・激しい踊りは圧巻でとても迫力があった。椅子に座っているジャン・ギャバンが舞台裏で音楽にあわせて足をあげる演出もコミカルで良かった。最後は観客達も騒然となり、踊り子達と一緒に足を上げて踊ったり、帽子を投げ飛ばして喜んでいるのが良かった「投げた帽子を二階のオーケストラの指揮者が受け取って頭に被って演奏するのも良かった」。)
全般的に
衣装もセットも豪華絢爛でカラフル。
俳優陣はコミカルで女の人達が皆キュート。
酒場でのダンスシーンや着工式のケンカシーンの猥雑な感じも良かった。
恋愛のやり取りは、どうなってんのか良く分らないほど男も女も恋人が次々変わる。
フレンチカンカンの踊りは圧巻の一言。踊り子達も観客も渾然一体になって物凄く騒然としていて楽しいムードが作られていた。
歌・音楽・ダンスどれもとても楽しめる傑作。http://mamaduke.at.webry.info/

投稿者:ロビーJ投稿日:2007-06-21 18:45:54
大好きな映画です。ここまでフランスの映画で楽しいのは、私にとって初めてです!
主演のジャン・ギャバンは渋くていいし、何と言っても相手役のフランソワーズ・アルヌールの可愛らしさは半端じゃないですね!
物語りも見やすいし、ギャバンとアルヌールの恋模様も素敵です。そして本作の見せ場でもあるラストのフレンチ・カンカンのシーンは凄すぎますね!もう見ていて彼女達のダンスに憧れました!素敵!
何度見ても飽きないし、ルノワールの映画の中でも特に好きな作品です。
投稿者:黒美君彦投稿日:2006-08-09 18:16:09
全編撮影所のセットで撮影された楽しい逸品。戦後アメリカやイタリア、インドで映画を作っていたジャン・ルノワール監督が、15年ぶりに故国フランスで撮った作品だが、カラフルな色彩、エスプリの効いた展開、フランスらしい恋愛模様…。
「ムーラン・ルージュ」の創設者ジードレルをモデルにした興行主ダングラールにジャン・ギャバン。どうみてもすっかり老人の域に達しているのにお盛ん(苦笑)。若くてキレイな踊り子ニニ(フランソワーズ・アルヌール)と恋に落ちるし(年齢差27歳!)。
ダングラールがニニに言う「芸人はどんな場面でも客を楽しませなくては」という台詞は映画監督としてのジャン・ルノワールの言葉か。恋に溺れることなく、自らの夢に向けて諦めないダングラールの姿が何だか愛しい。
コメディだったり、一部ミュージカル風だったり、とにかくショウタイム!
楽しい作品です。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2006-06-17 17:48:22
大らかなオペレッタミュージカルであり、いかにもな、おフランス風味が味わえる一品。良くも悪くもそれだけだがテクニカラーの色彩は綺麗である。
演技陣。ギャバンは渋い。
投稿者:Bava44投稿日:2005-09-17 06:59:05
ミュージカル風の映画ではあるが、劇場の話なので突然踊りだしたりしない。
ヒロインの恋人が性格悪そうだったり、リアリズムだなと思う。
乱痴気騒ぎのテンションはルノワール本人も楽しんでいただろうし、
ラストもフレンチカンカンの勢いで、みんな笑顔で終わっているがいい。

ルノワールの本質から言って(笑)女と寝まくるギャバンが象徴的。
ガストン・モドーいつも召使かよ!
投稿者:Ikeda投稿日:2005-07-04 14:18:28
フランスへ帰ったルノワールが、こんな映画を作ったのかと驚きましたが、最後のカンカン踊りのシーンを初めとして、楽しい作品でした。ショウを成功させるため女を次々に取り換えるギャバンが楽しそうに演じていますが、最後にフランソワーズ・アルヌールを叱るシーンでは若い頃の彼を思いださせます。若いフランソワーズは、かなり浮気っぽい女性を演じていますが、可愛くて好演だと思います。
全体の構成はアメリカのバック・ステージ物に似ていますが、アラブの王子役ジャンニ・エスポジートが出てくるシーンではフランス映画らしさを感じました。なお、彼がフランソワーズとシャンソンを聞きに行くシーンがありますが、ここで唄っているのはパタシュウ、アンドレ・クラヴォ、ジャン・レーモン、エディット・ピアフの順です。
その他、ピエール・オラフの口笛が素晴らしく、カジミール役のフィリップ・クレイが器用な芸を見せるのも楽しいです。ただ、この映画は最初の登場人物が多すぎて、誰が誰だか解りにくい事は確かです。
投稿者:theoria投稿日:2003-08-07 23:35:05
自分にとっては娯楽映画として“ロハ”だったからソレなりに楽しめたダケの近年の『マトリックス』やら『ムーラン・ルージュ』。ここら辺りを映画ゲイジュツとやらの“進歩”の証しだと抜かす連中と関わる気は無い。進歩とは懐古無くして実現などせぬと確信させる本作。アメリカを好意的に思い、知ってしまったフランス人、J・ルノワールによるフランス復帰直後のフランス人の為の、そして結果的には全人類の為の至宝と成り得た、公開以来、熱狂的な支持?を広げていくこととなったこの『フレンチ・カンカン』。浮き立つ音楽と哀感漂う歌、そして溌剌としたダンス。少なくとも、これらの表現手段に限って言及すれば、現代は果たして“進歩”などしているのだろうか?まぁ、「してる!」と言う連中は大半がタダの“知らぬが仏”の日和見楽天家というダケのことであって、一過性のバンドと一緒にハシャイでチャチな汗を流してればそれで良いのだろうが、問題はその他の音楽ジャンルに於いて、音符はトーン・クラスター、ミュージック・コンクレート等によって既に分解・再構築されてしまっているのだが、昨今はむしろ、単なる“行き詰まり”の足掻きで、“ヒーリング”を始めとしてトロいセラピスト紛いの曖昧模糊な発想で、過去の調性音楽のバリバリに単純な模倣という後退現象を示しているということだ。上っ面の感覚だけであって“懐古”を本質的に求めていない。T・D・Sの機能和声を現代的に新たに蘇生させたと誤認しているバカな作曲家が多い為、最早、コト音楽に関しては“進歩”とか“進化”というのは素直に「滞っている」と当面のところ「私は思っている」。本作は『ゲームの規則』が社会風紀を乱すとして封印され悲嘆に暮れながら戦禍を逃れてアメリカへと亡命し、インド、イタリア等を歴訪して十数年振りに祖国フランスへと帰国して仕上げられているので、心の底からの、真に“フランス的なるもの”=“普遍的なるもの”への懐古の情が天賦の才能を携えた芸術家魂として発露している。ロートレックの油絵を彷彿とさせる、カラフルでありながらも諄い要素は排除した映像を伴って、ルノワール独特の錯綜する恋愛悶着の劇が展開するも、ありとあらゆる階層を平等に捉えた人間達の目が一点に注がれる。「フレンチ・カンカン」だ。女、女、女の胸の内の憂いも生来の愛嬌も、感情の沸点としてのカンカン踊りの達成を目指し、カンカン習得のレッスンに只管明け暮れる毎日・・・。ワンシーン以外はスタントの手(脚!)を借りず本人が実演したというF・アルヌール。カンカンキックだかトライアングルキックだか知らないが、脚を上げるわ上げる!ペチコート、タイツ、ガーター、パンツ丸見え!当たり前!そして恐怖の股裂きスプリット(開脚)!“ムーラン・ルージュ誕生物語”などという枠に嵌られるはずも無い。ムーラン・ルージュの柿落としの際のラストを飾るフレンチ・カンカン!踊り子達の滾る生気、生気がほとばしる!・・最早アッチェレでスピード・アップする音楽は、さらにエキサイトしていく。スカートをまくって尻を晒し、飛び跳ね、「キャーキャー」と叫んで開脚!開脚!そして踊り狂う。生と性の爆発だ。こんなに躍動的で開放的な映画が他にあったであろうか!?ミュージカル・コメディに限ればまさしくダントツ。先ずもって「Vive Offenbach !!」。また、主要テーマでもあるG・V・パリス作曲のシャンソン“モンマルトルの丘”がメランコリックに胸をチクリと刺すように切々と歌われるのも贅沢この上ない。然も、ピアフもパタシューもクラヴォーも歌う、歌う歌う!・・・勿論、フレンチ・カンカンはエンドレスである。音楽、ダンス、そして歓声、歓声の嵐!J・ギャバンよ、J・ルノワールよ、さすがですなぁ。女性の扱いが上手すぎる。爪の垢でも煎じて飲みたかったな。多分“無人島への一本”という企画は映画雑誌等でもちょくちょく取り上げられているのだと思うが?自分はその類の出版物を読んだことが無いので知らないが、自分なら先ず本作を思い浮かべる。何てったって無人島には野獣ばっかりだから、ルノワール作品の異様に実直な登場人物とはダブる部分が多々存在する訳だ。つまり、野生動物達の自由がある意味では具現化された絶品であると思う。J・J・ルソーの「自然に帰れ」の本意とは、実のところはこんなルノワールの作品に見事に表現されているのではなかろうか。温故知新。矢張り、懐古してこそ進歩はある、と自分は信じている。誰も新しいことを全否定なんかしちゃーいない。動機が不純な映画が最近は多過ぎるんじゃないかと言いたいダケだ。
投稿者:レモン・マッカーシー投稿日:2002-12-31 17:09:38
何と言ってもラストのフレンチ・カンカンが素晴らしい。
もちろん、それまでのピアフらのシャンソンや、衣装、美術セットなども素晴らしい。
ほとんど吹替なしでフレンチ・カンカンを踊ったアルヌールも素晴らしい。
投稿者:ルミちゃん投稿日:2002-11-08 06:09:05
【ネタバレ注意】

恋愛と仕事、と言うより嫉妬と仕事、嫉妬によって仕事が頓挫しながらも、恋愛によって仕事が成し遂げられる成り行き.

恋愛が大切か仕事が大切かは人それぞれ.
夢、希望を抱かせる仕事を何より大切にして生きる者たちを描いた映画.
なのだけど、この描き方で、仕事も恋愛も同じように大切なもの、になるのかどうか?
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恋愛、仕事、お金.
お金が抜けていた.見直してみると、一つ足りなかったのね.恋愛と仕事、この二つで考えて、恋愛と仕事は両立しない、恋愛よりも仕事を選んだ生き方なのか、こう思ったのだけど、違ったみたい.
結論を先に書けば、仕事とお金の関係を恋愛を絡めて描いている、こう言うべきなのでしょう.

順に簡単にまとめてみましょう.ダングラールは最後.
〔ニニ〕洗濯女、つまり夢も希望もなく、ただお金のために働いているだけの毎日.その生活から抜け出すためなら、体を与えてでもダンサーになりたかった.
〔ローラ〕白い女王と呼ばれているけど、パトロンがいっぱい居てお金には困らない.彼女は好きな男ダングラールと一緒に暮らすことに、恋愛にあこがれているのね.
〔執達吏の助手の男〕、彼は平凡な執達吏の仕事より、歌手になりたかった.お金に困らない生活より、自分のやりたいことをやる道を選んで、ダングラールの元で仕事をすることにした.
〔銀行家達〕彼らの仕事はお金を儲けること.
〔何処かの国の王子〕彼はお金には困らない.ニニとの恋愛に命をかけたのだけど、うぬぼれていた自分に気づき、我に返って、王の仕事に生きる決心をした.
〔スリの仲間〕まさにお金だけが目的の仕事.
〔パン屋の彼〕彼は平凡な生活、恋愛に生き甲斐を求める、と言って良いのでしょうか.
これくらいで良いでしょう.さてダングラール.
「大切なのは客を楽しませることだ.悲しいのは客が怒るからじゃない.いい団員を失うからだ」彼はニニに、こう言う.客が怒る、お金が入らなくなるのではなくて、いい団員を失う、良い仕事ができなくなる、そのことが悲しい、こう言っているのね.

もう一度書けば、なぜニニがダンサーを選んだかと言えば、洗濯女の仕事から抜け出したかったから.お金だけではない、夢、希望を持って仕事をすること、そこに大切なものがある.勿論、恋愛を選ぶか仕事を選ぶかは人それぞれなのだけど、夢、希望を持って仕事をすることは、恋愛と同じように大切なこと、こう言って良いでしょう.
ニニの彼がパン屋だから悪い、などというものは何も無い.けれども、ニニの友達が才能がなくてダンサーに採用されなかったのだけど、自分の才能を生かした仕事をする、そこに大切なものがある.時としてそれがために恋愛より仕事を選ぶとしても、それを邪魔してはいけない.
恋愛−嫉妬−お金に困る−仕事がとまる.恋愛−嫉妬−仕事が嫌(嫉妬から踊りたくないとすねた).仕事と恋愛は別なこと、嫉妬から仕事の邪魔をしてはいけない.同様に嫉妬から踊ることを拒むのも間違っている.

貴族が気がねなく娼婦と遊べるとか、女の子がパンティを見せて踊ることとか、描かれたものをそのまま受け取るには、確かに抵抗があります.けれども背景は、女性の仕事と言えば洗濯女、こう決まっていた時代の話.
この映画が撮られた頃は、第二次世界大戦が終り、戦後の混乱から抜け出して、どうにか生活が安定してきた頃、こう考えて良いでしょう.ある程度生活にゆとりができ、生き甲斐とは何か、皆がこう問うことが出来るようになって来た.その答えの一つとして、お金を稼ぐのだけが目的ではなく、夢、希望を持って仕事をすること、それが大切なのだ、と.

ニニと王子のデートに絡めて、シャンソン歌手その他、ベテランの芸人が数人描かれましたが、彼らは皆、仕事に生き甲斐を求める姿、こう言って良いはず.
主演の女優アルヌールもまた、役柄のフレンチカンカンの踊りを、映画の中で描かれたように覚え、一ヶ所のみスタントマンの代役、それ以外は自らこなしたことが自慢だそうなのですが、そのこと自体が、仕事に生き甲斐を求める姿そのものと言える.こう考えると、この映画の最後の、フレンチカンカンを踊るシーンは演技ではなく、仕事に生き甲斐を求める役者たちの姿そのものである、役者たちの自分自身を描いた映画でもあった、のね.

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