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招かれざる客(1967)

GUESS WHO'S COMING TO DINNER

メディア映画
上映時間108分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(COL)
初公開年月1968/04/06
リバイバル→COL-73.5
ジャンルドラマ
映倫G
その人は 招かれざる客- けれど 私の愛した ただ一人のひと
招かれざる客 [Blu-ray]
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【解説】
 “招かれざる客”(この邦題はうまい)が優等生S・ポワチエなので、大体、後半の展開は察しがついてしまうのだが、トレイシーとヘプバーンの名優コンビが、リベラリストたる面の皮を剥がされる新聞社社長とその夫人を演じ、さすがにうまくて舌を巻く、S・クレイマーの問題作。世界的にその名を知られる黒人医師ジョン(ポワチエ)はハワイで知り合った白人女性ジョーイ(C・ホートン)と人種の壁を越えて結婚を誓い合い、互いの両親の許しを得るためサンフランシスコのドレイトン家を訪れる。最初戸惑っていた母も、娘の喜ぶ様子を見て次第に祝福する気になるが、だが父マットはそうはいかない。彼は人種差別反対を自ら経営する新聞の論調としてきたが、いざ自分の娘が黒人と結ばれるとなると心境は複雑だ。やがて、ジョンの両親プレンティス夫妻もかけつけるが、彼らも息子の相手が白人とは知らされていず愕然とする。けれども、彼の母も何より子供の愛を信じた。こうして、二人の母同士の強い説得によって、頑迷なマットの心もほぐれ、娘たちの仲を認めてやるのだった。アメリカのある年代のインテリ層には、それでもかなり影響力のあった映画なようで、フレッド・スケピシの「私に近い6人の他人」で、本作とポワチエが思い入れたっぷりに語られる場面があったが、一般に“進歩的”と言われる白人でも、この映画の認識に留まっているのが現在でも実情だろう。ヘプバーンが二度目のオスカー主演賞を受賞し、トレイシーの遺作ともなった作品。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
15120 8.00
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【ユーザーコメント】
投稿者:captain_nemo投稿日:2016-07-04 23:55:44
人種差別を扱った社会派映画と聞いていたが、その世評にそぐわない
描写、設定、展開、ディティールの数々に困惑する。
これは一体、どういう映画なんだ?

異人種間結婚であることが反対される一番の理由であるのだろうが、
それ以外にも

●出会って10日足らずで結婚を決意
●年齢差が14歳 (ジョン37歳、ジョーイ23歳)
●ジョンには妻子がいた過去有
●両親に紹介したその日のうちに承諾が必要

などなど、なんで人種問題以外にそんな障害を脚本に設定する
必要があるのか?と言いたくなるようなトンデモナイ事情が
次々に明らかになる。

見ていて思ったのは、これが白人同士、黒人同士の結婚なら、
性急すぎる、年齢差、初婚でない、という反対理由はもっと強力な説得力を
持っただろうという事だ。

しかし、ジョンが黒人であったがゆえに、上記のネガティブな要素は
すべて人種差別の問題にすり替えられ、収斂されていくので、
まっとうな反対意見が完全に脇に追いやられる結果となる。

「性急すぎる」 という反対意見は何度も語られるが、それは出会って10日しか
立っていないという意味ではなく、異人種間婚姻の問題に対して
そんな短い時間で結論を出していいのか、と言う風に読み替えられてしまうのだ。

まるで、リベラリストであるならば、異人種間婚姻に対して
他にどんな問題があろうと目をつぶるべき、と言っているも同然で、
これは実は盲目的リベラリズムを逆説的に批判している映画なのか?と勘繰ってしまう。

ポジティブな要素として、ジョンの輝かしい経歴が語られる。
しかし、一見誠実で理知的に見えるこの人物は、
目を疑ってしまうような非常識な言動を垣間見せる。

●タクシー内で濃厚なキス (アメリカじゃ普通なのか?)
●婚約者の知人に紹介されるも、終始ポケットに手を入れっぱなし。
●初めて訪れた家の書斎の椅子に躊躇なく我が物顔でふんぞり返る。
    (電話代を払うのはいいんだけど、ペン差しに入れるってのも不躾。
      ふつうはジョーイに渡すなりするだろう?)
●供されたサンドイッチを開いて具を何度も確認、結局口にせず。
   (この描写は結構何度も繰り返される。職業的、宗教的、健康的理由が
      あるのかと思いきや、その後何の説明も無し)
●ジョーイの両親が反対すれば結婚しないと明言、ただしジョーイに相談なし。
   このシークエンスはジョンの理性的な人格を強調していると思われがちだが、
   もし反対されたらジョンは翌日にはジョーイを捨てて地球の反対側に
   行ってしまうわけで、ジョーイの入れ込み具合からして、
   確実に訪れるだろう修羅場の収拾をどうつけるつもりなのか?
   それとも、そう言っとけば反対されないだろうとブラフをかけているのか?
●天真爛漫、悪く言えば世間知らず丸出しのジョーイの理性を
  全く疑っていない。これは、あまりにも性急に物事を進めすぎる
   ジョーイに身を任せてしまうジョンの理性をも疑わせてしまう。
   37歳にもなって、若気の至りを諌める分別も持ち合わせてないのか?
   ラスト近く、激しい葛藤や議論の後に出てくる能天気な荷造りのシーンは
   爆笑するとともに、製作者側の底意を感じた。

ジョンは医学博士としては優秀なんだろうが、これでは何とかと紙一重、
勉強アタマだけはいい変人として描かれているのと同じである。
もちろん、それらの瑕疵も彼が黒人だという理由と、
シドニーポワチエの精悍な風貌の所以で許されてしまうのだが。

また、この映画にはジョーイ含めて10〜20代の若者が6人出てくるが、
そろいもそろって得体のしれない宇宙人みたいに描かれているのが凄い。
ドロシーとデリバリーボーイは 「白人にはまねできない」 黒人のダンスで
意気投合しているし、ピーター夫妻は2人一緒に今夜ジュネーブに発つよう
そそのかしている点からして、みながみな異人種間婚姻に偏見を持っていない事は
明らか (唯一、ウェイトレスだけは不明)。
特に、ピーター夫妻の人工的な笑顔は、「ギャラクシークエスト」の4人組宇宙人を
思い出してしまったくらい気色悪かったんだが、古臭い因習にとらわれない若者は、
エイリアン同然であるとでも言いたいのだろうか?


とまあ、こんなヒネた見方をこの映画に対してしているのは私くらいだろうが、
上記理由によりどうしてもモヤモヤした後味は残る。
だがもし、この映画の製作者の真意が私の深読み通りだったとしたら、
これは当時としてはとてつもなく斬新過ぎる意匠を世に問うていた、といえるだろう。

投稿者:黒美君彦投稿日:2016-07-04 14:41:54
【ネタバレ注意】

1967年という時代を考えるとジョアンナ・ドレイトン(キャサリン・ホートン)とジョン・プレンティス(シドニー・ポワチエ)の人種を超えた恋愛、というのはまだまだハードルが高かったんだろうなと思う(現代でもさほど変わらないかも)。
筋金入りのリベラル派だという新聞社社主の父マット(スペンサー・トレイシー)と画廊を経営する母クリスティーナ(キャサリン・ヘプバーン)だが、あまりに突然の出来事に事態を消化しきれない。しかも出逢ってわずか二週間で結婚を決め、プレンティスは今夜の便でジュネーブに向かわなくてはならない、だからそれまでに返事が欲しい…ってそりゃあまりに突然過ぎる。
リベラルであったはずなのに、父親としては許すことが出来ないという欺瞞。葛藤に揺れるスペンサー・トレイシー。それに対して意外にすんなり現実を受け止める母クリスティーナ。しかも母は、娘が言い出したら決してあとには退かないことを知っている。人種とは関係なく人間を愛しなさい、と教育した結果がこの事態につながっているのだから…。

終始舞台劇のようだが、台詞が巧みに計算されていてウィリアム・ローズがアカデミー賞脚本賞を受賞したのも納得。
しかもスペンサー・トレイシーのパートナーだったキャサリン・ヘプバーンとの共演が素晴らしい。S・トレイシーは病を得ていて、この映画の撮影終了から17日後に亡くなったのだが、そのためキャサリン・ヘプバーンは思い出の詰まったこの作品を一度も観なかった(というより、観ることができなかった)のだという。
娘役のキャサリン・ホートンは、キャサリン・ヘプバーンの実の姪だそうで、道理でどこか似ている感じも。

敢えて難をいうなら、プレンティスが苦労を乗り越えて名を成した一流の医者である、というところか。社会的にも認められている優れた黒人であれば認めないわけにはいかないだろうけど、これがもっと普通の勤め人だったらどうだったのか、という気がしないではない。
日常という水面に放り込まれた小石が招く波紋。
マットを叱る司祭役のセシル・ケラウェイもいい味わいだし、黒人風情でお嬢さんを奪おうなんてとジョンに敵愾心を燃やす黒人の家政婦ティリー(イザベル・サンフォード)もいいが、やはりキャサリン・ヘプバーンの微細な演技が印象的だ。
人種を超えた結婚は、必ずしも差別する側だけが問題なのではなく、差別される側もその位置に甘んじてしまうというところまで描いているのが巧い。
コミカルでありながら、家族愛に心打たれる作品。

投稿者:カール犬投稿日:2016-06-26 12:37:16
想定外で意に添わない結婚相手を連れてこられた親側の
困惑。憤懣。逃避。葛藤。受容。とまあ心理劇の流れとしてスムーズ。

夫婦揃って娘をリベラルに育て過ぎていて、
でもそれがこういう風に自分たちに跳ね返ってきたら実に受け入れ難い、、
こういう皮肉な設定は好きなんだけどね。

スペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘプバーンの演技は優秀な古典の域。

でもきれいにまとめられた嘘くさい映画であることに変わりはないかなあ。

なんにしたってシドニー・ポワチエのあまりにも優秀でジェントルな設定が
そりゃー公開当時でも今ですら黒人層には受け入れ難いだろうよ。

太刀打ち出来ない無敵の高スペックを与え、もう反対の理由は肌の色だけ。

そういう意味でも白人が都合良くでっち上げた白人向け社会派ホームドラマ。

それにしてもいくらなんでもこの時代に黒人の元既婚者と出会ってすぐ婚約。
これほど親の心を読み違え自分の都合で頭がいっぱい周りを見てない娘って、
もはや逆にやめておけば?としか思えないようなレベル。

でもすべては愛すべき厄介な頑固爺さんスペンサー・トレイシーの口から
グランドフィナーレの文言を引き出すための追い込み作業だ。

公民権運動まっただ中アメリカ混迷の過渡期にはこういう
知や理や情で抑えこむような作品も必要だったのかもしれないけれど...
(世はいまもなお過渡期かもしれないんだけれど...)
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2014-01-28 17:42:54
堅実な作品。
投稿者:uptail投稿日:2013-11-06 12:04:06
キャサリン・ヘプバーン
投稿者:sachi823投稿日:2013-01-06 20:42:02
高校の頃、学期末の全校映画鑑賞でみました。
ヘプバーンが涙する場面が非常に美しかったのを
憶えています。社会の制度や法律を整備しても、
差別や偏見を解消するのは、難しく、
最後に残るのは個人の結婚問題であることを再認識しました。
舞台劇のようで地味な内容ですが、
演技者がみな上手くじっくりと鑑賞できました。
投稿者:いまそのとき投稿日:2012-04-28 23:28:51
何十年かぶりに鑑賞した。世代も時代も変り自分も老境に入る年になり、しみじみ見入った。事態にオロオロする親たち。立ち向かった当事者。先駆的役割を果たした設定。驚くべきはこの品格。S・トレーシーとK・ヘップバーンが最後に選んだ見事な競演だ。後世に残すべき時代のエポックとして記憶したいと思う。K・ホートンだけがかなり違和感あるが、他は沁み入る演技者たち。無駄のない舞台劇の脚本。見ごたえのある人間ドラマだ。
投稿者:TNO投稿日:2010-09-26 00:41:35
人種差別がテーマという映画は、多い。この映画は、ほぼ密室の中で登場人物が只管このメインテーマについて語り続ける。今となっては、シドニー・ポワチエとキャサリン・ホートンの結婚の前途多難さがどの程度のものなのか、単一民族の日本人にとって想像し難い中で、単一テーマを繰り返し繰り返し語りかけられる。かなり疲れる映画だ。更に最後のスペンサー・トレーシーの悦に入った演説は、私にとって受け入れ難いものであった。トレーシーが何故反対なのかの理由も定かではないし、この演説時点で賛成に転じたのかどうかも表明していない。急に「親の賛否など関係なく、二人の愛情の深さが問題だ」と言って、強引に観客を納得させようという意図が、無謀に思えた。この映画は、同時代で観ていたとしたら、私が仮にアメリカ人であったりキリスト教徒であったとしたら大きく変わると思う。ただ、キャサリン・ヘプバーンとスペンサー・トレーシーの演技は、私生活では恋人以上の関係と言われながらも結ばれる事がなかったという事情を知って見ると味わい深い。トレーシーが、ヘプバーンへの愛情の深さは、若い二人の愛情に負けはしないという台詞は、さぞや楽屋受けしたことであろう。この時のヘプバーンの涙は本物と見た。
投稿者:gapper投稿日:2010-06-24 21:35:23
 タイトルの歌がなんとも古きアメリカの昼メロドラマといった感じで気に入らないが、結構面白かった。

 このタイトルが、避暑地の出来事のような曲であれば随分と印象が変わっていたと思うし、映画としてのファンからの扱いも変わっていたと思う。
 最初に、キャサリンとスペンサーと会うシーンはコメディのようで本当に”面白い”。
 スペンサーがネクタイを外しながら気づき、右側を出したまま話をするところはコメディアン顔負けである。
 ただ、書斎に移動した際に左側に変わっていて、気がついてしまったのでちょっと面白さが半減してしまった。

 この頃が、お話的映画の臨界点で現実離れした善人ばかりの映画としては、終わりに近いがそれでも見る価値はあると思う。
 キャサリン・ホートンもかわいいし、セシル・ケラウェイもいい味出している。
投稿者:kinenchyu投稿日:2009-10-18 21:17:54
ホームドラマをのような作品でシンプルなテーマからさまざまな人の考えや感情に展開されていく。ちょっと考えさせられる作品でした。
投稿者:william投稿日:2009-07-02 02:45:26
単時間、省スペースのストーリーをよくこれだけ上手く、面白くまとめたものだと感じた。
小さな家族間の物語だけど、果ては大きな人種問題。50年近くたっても未だ同じ考えの人間はたくさんいるだろう。悲しきかな。
投稿者:真壁 六郎太投稿日:2009-07-01 19:20:52
【ネタバレ注意】

「認めーん!一時のテンションに身を任せおって、このバカ娘」私だったらこの一言で終わりですね。この邦題サスペンスかと思ったら、よくある「お嬢さんを僕に下さい」モノだったんですね。(あるのか?そんなジャンル) 他の人にどう見えるかわからないが私には喜劇に見えて正直笑ってしまいました。構図は反対の鉢の回しあいです。四人の両親の内、一人でも反対なら結婚しない。という条件なので新たな反対者が現れれば自分はその人にお鉢を回して自分は賛成に回ればいいのです。スペンサーが演じる親父さんは最後無意識的にそのことに気がついて一時的に楽になったに過ぎません。家政婦のティリー(だったかな)が始めから猛然と反対しますが当然です。この結婚が認められれば、最後に彼女だけが差別的位置に取り残されるのが解っているからです。しかし、見方によってはこの映画。全員がバカ娘に振り回されているだけで、二週間後には「やっぱ結婚やーめた」とか言ってるかもしれませんよ。でも面白かった。

投稿者:ロビーJ投稿日:2008-03-05 22:09:32
大好きなスペンサー・トレイシーの遺作ということと名コンビであるキャサリン・ヘプバーンとの最後の共演作ということもあって前々からずっと見たかった作品です。今回はやっとDVDをレンタルして鑑賞しました。やはりとても良かったです。結構見やすかったし、ラストまで安心して楽しむことが出来ました。
シドニー・ポワチエがスペンサーとキャサリンの娘と結婚を誓い合った相手なので、いくら人種差別の問題にブチ当たっても、あんな真面目で素敵な人となら娘も何とかやっていけると親ももちろん思えますよね。なのでまぁその時点で上手くいき過ぎにも感じますが、やはり今でも人種差別の問題はまだまだ変わっていない所もたくさんあるし、実際に考えてみると今でも難しい事なのだと思います。なので本作が60年代に作られているというのにはやはり驚かされます。
展開は大体分かってしまいますが、何だかんだ言ってもやっぱり最後まで目が離せなかったし、見終わると満足感と温かい気持ちにもなれました。それにスペンサーが最後に話すシーンがとても印象的だし、常に目がウルウルしていたキャサリンもスペンサーの最後の作品を一緒に作れて嬉しかったのでは、とつい思ってしまいました。
何にしても大好きなスペンサーの最後の作品を見ることが出来て幸せです。やはり彼は輝きまくっていたし、公私共にパートナーだったキャサリンとまた一緒に出てくれたことも涙が出るほど嬉しかったです。なのでやはり鑑賞して良かったし、いろいろな事を考えさせられつつ、温かい気持ちになれる作品でした。
投稿者:irony投稿日:2007-02-09 20:05:03
 自分の子供が結婚相手(外国人)を連れて来たら…黒人 ヒスパニック 白人 黄色人種etc…まぁビックラこくワナぁ しかもタイムリミット付きで(映画だからしゃぁないが…)。日本なら尚更難しい問題だ ず〜っと単一民族で来てるからなぁ 里帰りとか何か不幸やお祝い事があった時大変そうだ。予定調和のストーリーだけど面白かった。解説、全部ばらしてるぞ キャサリンへップバーンはゆれる心情を顔にあらわす演技は上手い。
投稿者:ひつじめえめえ投稿日:2006-02-09 12:40:20
ポワチエ狙いすぎ…っていうか恋人役のほーがロボットみたいな演技でかなり萎える。

「せっかく育ててやったのに」とごねる父親に、「親が子どもを育てるのは当然の義務だ!」とポワチエがやり返すところが痛快、というか、考えさせられますね。
投稿者:stereotype投稿日:2006-02-05 02:08:51
早急に結婚しなければならない、何かもっともらしい適当な理由を作って欲しかった。
そうでないと、人種を気にしない賢い娘ではなく、周りの人の気持ちを考えないわがままで世間知らずな娘に見えてしまう。
投稿者:MyLoad投稿日:2006-02-01 08:49:06
2週間前でなく、もっと前から付き合ってる設定の方が良かったのでは?2週間前に初めて会った人と結婚すると言われたら人種うんぬんと言うより親はよく考えるように諭すのは普通。
投稿者:Ikeda投稿日:2004-01-25 23:02:54
スペンサー・トレシーとキャサリン・ヘプバーンは、かなりコンビを組んでいますが、その中では「アダム氏とマダム」に次ぐ作品だと思います。当時アメリカ人にとって、黒人と白人の結婚がどれだけ問題だったのか良く解りませんが、監督スタンリー・クレイマーは、良くそれを克服する映画を作ったと思います。主役二人にシドニー・ポワチエが加わっているのもそれに貢献しているし、牧師になるセシル・ケラウエイも良いです。ただ、トレシーの娘、キャサリーン・ホートンの描き方が単純すぎるのは気になります。この映画で一番良いのは会話の内容で、娘に対する愛情と、偏見に対する娘の将来の問題が真剣に語られるのが良いです。そして、それが日本的感覚があるので我々には同感する所が多く、名作として推奨出来ます。
娘が結婚する話では「花嫁の父」でリズ・テイラーと組んだトレシーを思いだします。小さい目玉をクルクル動かす所は昔と同じですが、この映画では、まだ67才だったトレシーの病状が進んでいたようで、かなり老けた感じがするカットがあるのは痛々しいです。それでも、ラストの名スピ−チを聞くと、彼もこれで満足したと思ってます。
投稿者:アリエアー投稿日:2003-12-12 03:11:37
題名はなんだか暗雲うずまいていて惹かれたのだが…。
異端なテーマを扱いながらも凡庸に徹したストーリー。私の期待するところの重苦しい精神構造や人間関係の内面的恐ろしさは見られず、ひたすらハートフルで萎えた。黒人の冷戦沈着でインテリジェントな物腰や、金髪娘の世間体にとらわれない天真爛漫さに何の欠点も見いだせず、双方の両親も数時間の内にわだかまりを解いてしまう。淡々とした一直線の時間軸で、歯の浮くような芝居じみたセリフが並べられていくので、眠気もさす。
投稿者:yuki24投稿日:2002-10-15 16:37:19
名優スペンサー・トレイシーの遺作ですよね。
しかも愛するキャサリン・ヘプバーンとの共演・・・。
非常に楽しめた社会派映画でした。
投稿者:sonic投稿日:2002-09-02 00:20:07
それぞれの立場、心情が興味深い。人種問題はそれほど意識せずに観ても、単純にドラマとして面白いと思う。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 作品賞 
 □ 主演男優賞スペンサー・トレイシー 
 ■ 主演女優賞キャサリン・ヘプバーン 
 □ 助演男優賞セシル・ケラウェイ 
 □ 助演女優賞ビア・リチャーズ 
 □ 監督賞スタンリー・クレイマー 
 ■ 脚本賞ウィリアム・ローズ 
 □ 音楽(編曲賞)フランク・デ・ヴォール 
 □ 美術監督・装置Frank Tuttle装置
  Robert Clatworthy美術
 □ 編集賞Robert C. Jones 
■ 主演男優賞スペンサー・トレイシー 
 ■ 主演女優賞キャサリン・ヘプバーン 
 ■ 国連賞 
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