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無防備都市(1945)

ROMA, CITTA, APERTA
OPEN CITY [米]

メディア映画
上映時間106分
製作国イタリア
公開情報劇場公開(イタリフィルム=松竹洋画部)
初公開年月1950/11/07
ジャンルドラマ/戦争
ネオ・レアリズモ傑作選 Blu-ray BOX
『無防備都市』『自転車泥棒』『イタリア旅行』
参考価格:¥ 9,504
価格:¥ 7,765
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【解説】
 今みても大変衝撃的な、ロッセリーニによるレジスタンス劇である。42年のローマ。国民解放会議の指導者マンフレディは名を変え、市井に潜っていたが、めざといナチ高官に恋人の女優マリーナと写った写真から正体を探られ、同志の印刷工フランチェスコの下宿に逃げ込む。彼は隣室の戦争未亡人ピーナ(マニャーニ)との結婚を控えていた。子連れで再婚するピーナは期待と不安でいっぱいだ。マンフレディは闘争資金調達に回らねばならなかったが、身動きが取れず、神父ドン・ピエトロ(ファブリッツィ)に連絡係を頼み、金の入金に成功。そして、ピーナたちの結婚式の日、ナチ・ゲシュタポに襲われたマンフレディは逃げるが、フランチェスコらは逮捕され、その護送車を追ったピーナは撃ち殺される。ここまでが第一部。そして二部--。護送車はパルチザン同志の襲撃に遭い、フランチェスコは解放され、マンフレディと合流してマリーナのアパートを頼るが、彼女はナチの婦人隊員に金と物資、加えて麻薬で縛られ(同性愛を暗示する場面があるが、マリーナを演じたM・ミーキにそれだけの役柄をこなす力量がなく、この辺が空転して作品を損ねてもいる)、彼らは訣別。神父の手引きで更に隠れ家に逃れる途中、マリーナの裏切りでマンフレディは神父と共にナチに拘束され、神父の目前で酷い拷問にあうが、遂に一切口を割らずに絶命。“共産シンパ”となじられた神父も、“悪魔と闘うのに信仰は関係ない”と吐き棄て、刑場の露と消えるのである。このラスト、金網越しに少年たちに見守られながらの処刑シーンは現代のゴルゴダの丘を想わせる素晴らしさで、絶望してその場を去る少年たちの肩を落とした姿が忘れられない。原作はS・アミディでフェリーニと共同で脚本も書いている。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
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【ユーザーコメント】
投稿者:呑気呆亭投稿日:2013-01-26 12:41:01
ドイツの同盟国であったイタリアに反独レジスタンスの組織があったことをこの映画によって教えられた。そのことを民族の歴史記憶として残しておこうとの志によってこの作品は作られたのだろう。製作されたのは連合国によってロ−マは解放されたがまだ北部イタリアでは戦闘が続いていた時期であったと聞く。同じ年に連合軍に原爆をニ発落されて征服された我国に、遂に何処にもパルチザンの発生の契機さえなかったことを思えば、過去二千年の戦闘を繰返してきたヨ−ロッパという民族と宗教のルツボに生きて来た人々に受け継がれてきたレジスタンスへの遺伝子というものを思わざるを得ない。その遺伝子は信義を守って刑場に散った神父の処刑の様を見守った少年たちに確実に受け継がれて行くのだろう。そこにこそこの映画を作った人々の想いも有ったに違いない。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:gapper投稿日:2011-10-28 23:40:33
 ロベルト・ロッセリーニ監督によるネオリアリズモの幕開けと言える作品。

 ろくな機材もなくフィルムさえままならない、戦後すぐの状況が伝わる作品。
 技法からではなく現実から伝わるというのは少々疑問も残るが、感動を伝える作品であることには変わりない。

 殆どが素人で俳優はピエトロ神父のアルド・ファブリッツィ、ピナ役アンナ・マニャーニ、マンフレディ役マルチェロ・パリエーロ、マリナ役マリア・ミーキの4人だけだそうな。
 アルド・ファブリッツィとアンナ・マニャーニは、気合も入っているためがなかなかの演技。
 マルチェロ・パリエーロは、まあそつなくこなしている感じ。
 問題はマリア・ミーキで、役どころに抵抗があったのではないかと思われる。

 今のアメリカならむしろ宣伝になり良い位だが、当時のイタリアではかなりの抵抗があっても当たり前だろう。
 そもそもその心情を理解できたように思えない。
 むしろ相手役のイングリットを演じた Francesco Grandjacquet が、雰囲気がありすぎて”本物?”と思ってしまう。

 バーグマンがロッセリーニ監督のもとに走るほど何故感動したかという疑問があるが、スウェーデン生まれの彼女がアメリカと言う戦闘のなかった国で安穏と暮らしていたことが大きいと思う。
 ストックホルムで暮らしていれば、フランスの様な戦闘ではなかったろうが毎日おびえて暮らしていたはずだ。
 そういった思いの中この作品をみて戦争を間近に感じたと言うことだと思う。
http://gapper.web.fc2.com/
投稿者:いまそのとき投稿日:2011-08-07 15:59:48
戦争の終りとこれから始まる戦後を高らかに宣言した画期的な作品。レジスタンスを地下活動というより開放への民衆運動として熱く描いている。歴史的な価値を含め重要な映画と思う。特に残忍な拷問シーンや銃殺の場面は衝撃的だ。ナチ将校の一人が滅び行くドイツは必ずや報復を受けるだろうと語るシーンも印象的だ。
投稿者:Normandie投稿日:2011-07-03 00:37:55
がこれを見てロッセリーニ監督のもとに走ったという有名なエピソードがあるが、
それ抜きにしても凄まじい切り口の映画です。
レジスタンス映画としては「影の軍隊」と双璧だと思う。
若いときに見てから今でも体に叩き込まれた衝撃的な感覚は忘れない。
投稿者:こじか投稿日:2010-12-05 23:19:06
これは傑作。イタリアンリアリズムとはよく云ったもので、第二次世界大戦後の
貧しく疲労しきった社会状況下、まさにその空気がフィルムに焼きついています。
フィルムの状態も非常に悪く、名作といわれながらなかなか手が出ない方もいるかもしれませんが、
鑑賞を始めてみると度肝抜かれるんではないでしょうか。
古びる、というフレーズが全く当てはまらない物語とスリル、残虐性・・・。
真に迫った空気に圧倒されます。すごい。とんでもない衝撃。傑作という言葉では足りないほど。
投稿者:uptail投稿日:2009-11-15 14:38:37
アンナ・マニャーニ
投稿者:Ikeda投稿日:2008-02-25 11:24:49
イングリッド・バーグマンがこれを見て、ロッセリーニにファン・レターを送り続けたと言う映画ですが、これを見ていると敗戦イタリアの苦難の歴史を題材にしているとは言え、女性の描き方が際だっているので、それも良く解ります。
日本の敗戦の年に作られ、5年後に公開されましたが、私はその2年後に見ました。イタリアン・リアリズムの嚆矢とも言うべき作品だと思いますが、この後に作られた「戦火のかなた」や「自転車泥棒」よりも輸入されるのが遅かったのは、ナチに対する憎悪が強すぎる所がCMPEの意向に添わなかったためだと思います。
二次大戦の末期のヨーロッパは日本と違って、フランスでは亡命政権やヴィシー政権、イタリアではパドリオ政権やサロ政権が擁立されていたので、解りにくい事が多いです。特にイタリアは同盟国であったドイツに占領され、それに支配されたという悲劇は、戦争中の日本の我々には正しい情報が得られなかったので、この映画などで知った事が貴重でした。
ただし、ヨーロッパの場合は紀元前から戦争の絶えない所で、イタリアがまずローマ時代に他民族を征服し、ついでフランスのナポレオンがあり、最近ではドイツのヒットラーがいたという事を考えると、「人の噂は75日」で年代が経てば残虐行為も消えるのかなと思います。
なお、この邦題は意味が解りにくいですが、原題の「APERTA」は解放という意味だと思います。ただ、この映画の背景になっているのはローマ解放以前なので、「ローマが解放される前には、このような事があった」とでもいう意味かなと思っています。
投稿者:ミッチェル五郎投稿日:2007-06-29 23:10:18
いろいろと学びました
投稿者:さち投稿日:2004-09-15 07:50:08
いい作品だとはおもうんだけど。なにか一つピンとこない。ラストシーンは良かった。
投稿者:阿里不哥投稿日:2004-08-03 04:22:58
古い映画はどちらかというと苦手なほうなんですが、この映画は古さを感じさせず楽しめます。
時代背景も場所ももちろん自分にはなじみはないですが、ちゃんとストーリや人物に入り込めました。登場人物たちの生き様を丁寧に描写しているからなんでしょう。
巨匠は時を超えてしまうんですね。
投稿者:skull & rose投稿日:2003-05-07 01:32:37
退屈な映画には言いたいことがいっぱいあるけど、いい映画には言うことが何も見当たらない。このリアリティにはドキュメントでもかなわないのではないだろうか。特に死というもののあっけなさは圧倒的だ。悲しみと憎悪に歪むドン・ピエトロ神父の顔が忘れられない。
投稿者:ルミちゃん投稿日:2002-01-11 18:33:18
【ネタバレ注意】

イタリアにおける第二次世界大戦は、勃発時はムッソリーニの率いるファシスト対、レジスタンスを含む市民の闘い.ムッソリーニ降伏後は、イタリアに進駐したドイツ軍、及びドイツ軍率いるファシスト対、レジスタンスを含む市民の闘い.詳しくは分からないけど、この様に理解すべきだと思う.
イタリア国民が敵味方に別れて戦った、この意味で、イタリアを日本と同じ敗戦国と考えるのは間違い.例えばアリナ、日本人の感情からいくと裏切り者一色になってしまうが、この映画では単にイタリアの一市民、つまり戦争さえなければ、こんな事にはならなかった、と言った意味合いに描かれている.それは、拷問にあって死ぬマンフレディも同じ.フランチェスコも、そのフランチェスコを追って撃ち殺されたピナも、脱走兵も、神父も同じと言ってよく、皆、戦争は嫌だ、戦争さえなければ、こんな事にならなかった、と、訴えている.

パン屋の襲撃シーン.略奪行為はどの様な理由をつけても、良いわけがありません.けれどもそうしなければ、飢えて生きて行けない.だから戦争は嫌なんだ.悪いことを分かっていながらやらなければいけないから、戦争は嫌.

子供のテロ行為.一見それが正しい行為に見える.けれども少し考えてみれば、良い事か悪いことか.やはりどの様な理由があろうとも、子供がこの様なことをしてはいけない.子供までこの様なことをしてしまう、だから戦争は嫌.

アリナ.麻薬とレスビアン、衣服が欲しかった、裕福な生活がしたくて、結局マンフレディをナチスに売ってしまったが、この女の描かれ方は憎むに値しない単に愚かな女、こう思える.ドイツの将校が、「俺たちは憎まれものだ」、と自己批判を始めるけど、同じ部屋にアリナが居合わせる.確かにアリナは許されないものを残すが、それでも憎むな、ドイツ将校の自己批判は、悪いのは俺たちだ、イタリア人の側から言い換えれば、憎むべきはドイツなのだ、ということになる.

脱走兵.この人はイタリアの正規軍なのでしょう.ドイツ軍の支配下でイタリア人民と戦っていた.自分の間違いに気づいて脱走したのだけど、脱走兵の汚名はいつまでも付きまとわれる.この意味で、勇気のある人みたい.この人、拷問を恐れ自殺してしまう、その姿をいかにも臆病に描いているけど、本当に臆病な人なのかどうか.

マンフレディの拷問のシーン.私はこの苦しみを理解できない、こう言っておきたいと思う.この拷問の苦しみを、本当に理解したのは誰かと言えば脱走兵であり、拷問が死ぬより苦しいこと、そう思ったから自殺してしまったのです.そして、彼は自分の知っている秘密をきちんと守り通したと言える.一見弱い人間に見える描き方なのだけど、実はそうではない、拷問に絶え抜いて死んだマンフレディと変わらない、強い人間と言えそう. マンフレディの拷問は、死ぬより辛いこと、理解できない苦しみ、二度と繰り返されてはならない悲劇であるのは言うまでもないこと.

神父の銃殺.「死ぬのは難しくない」「生きるのが難しい」、よろめきながら護送車から降ろされる神父は、付き添いの牧師にこう言う.一斉に銃を構えた兵は、皆、故意にねらいを外したが、結局はドイツの将校に撃ち殺される.
「死ぬのは難しくない、生きるのが難しい」、少し言い換えると、殺すのは簡単だ、だけど生かすのは難しい.もう少し言い換えれば、生かすのは難しいけど、殺すのは簡単だ.神父の銃殺のシーンは、神父の言葉通りに描かれている.

ローマの解放と共に撮影が開始された.まだイタリア北部では戦闘が続いているが、やがてこの戦争も終わるだろう.けれども、殺しあいを始めるのは簡単、戦争を始めるのは簡単だけれど、終わらせるのは難しい.

この映画を観ていて、ドイツ人とイタリア人がはっきり区別できなくて.最後に神父を銃殺する兵士はイタリア兵だと思うのだけど、皆がねらいを外した.神父の最後の言葉は、「神よ、彼らを許したまえ」.
イタリア人民同士が、敵味方に別れてイタリアの国土の上で戦った.結果、多くの悲しみと憎しみを生んだのだが、誰もが、決してこの戦争を望んだのではない.憎しみを捨てて、団結して平和な国を築いて欲しい.(生きるのが難しい.殺し合った者同士が憎しみを捨てるのは難しい事なのだけれど)

金網ごしに見守る子供たち.子供は成長を意味する、つまり未来を表すと言って良い.
もうすぐこの戦争は終わる.だけど平和を守ることは困難なのだ.その困難を乗り越えて、二度とこの様な悲劇を繰り返さないで欲しい.
「死ぬのは難しくない、生きるのが難しい」、神父の言葉は、団結と平和を訴えかけている.

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