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山猫(1963)

IL GATTOPARDO
THE LEOPARD

メディア映画
上映時間161分
製作国イタリア/フランス
公開情報劇場公開(FOX)
初公開年月1964/01/18
リバイバル→東宝東和-81.12→クレスト・インターナショナル-2004.10.23→クレスト・インターナショナル-2019.3.17(4K修復版)
ジャンルドラマ
映倫G
山猫 4K修復版 [Blu-ray]
参考価格:¥ 6,264
価格:¥ 4,778
USED価格:¥ 5,416
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 Photos

【解説】
 巨匠L・ヴィスコンティ監督が実在の貴族ランペドゥーサの小説を基に、B・ランカスター、A・ドロンら豪華競演陣を配して貴族の斜陽を重厚に描いた壮大なドラマ。日本公開においてはまず64年に大幅に短縮された英語国際版が上映され、次いで81年にイタリア語のオリジナル版、そして2004年に完全復元版が公開された。
 1860年春、統一戦争下のイタリア。腐敗した貴族支配からの解放を目指す統一運動の波は、ここシチリア島にも押し寄せる。そのシチリアを300年の長きに渡って統治してきたのは“山猫”の紋章を持つ名門貴族サリーナ公爵家だった。自らの終焉を感じながらも、これまで通り優雅に振る舞う公爵。一方、彼が目をかけていた甥のタンクレディは革命軍に参加し、機敏に立ち回る。ある日、片目を負傷し休暇の出たタンクレディは、避暑に向かうサリーナ公爵一家と合流、やがてそこで新興ブルジョワジーの娘アンジェリカと出会い恋に落ちるのだった。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
14124 8.86
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【ユーザーコメント】
投稿者:イドの怪物投稿日:2018-08-20 11:05:34
絵画の様な綺麗な画面が時系列で並ぶ、出てくる人間も皆綺麗、ということで間違いのない芸術だと思う。
実は見るのに結構な勇気が必要だったが、想定外に面白く見れた。
バート・ランカスターが見事にイタリア貴族に嵌っていたのには改めて関心。
これは映画館にかかったら是非見ようかと思う。
(実はTV放送で観た)
投稿者:呑気呆亭投稿日:2014-09-05 21:35:46
残念ながらNHK・BSで録画した英語版で観てしまったので、正直ガッカリ。バ−ト・ランカスタ−を主役に据えることで「英語版」が作られたのだとすれば、ランカスタ−の起用はミスキャストであったと言わざるを得ない。イタリア・フランスの俳優たちに囲まれて英語をしゃべる彼はやはり異質であって、 ヴィスコンテイにして何故?と思ってしまう。その彼の周りを固める公爵夫人や控えめな娘や成り上がりのブルジョワや忠実な使用人やらがまさにはまり役なだけに、そしてシチリアの風土から生え出たかのような民衆の姿も合わせて、その景色の中でアメリカの有名俳優が浮き上がって見えてしまうのは仕方のないことであった。確かにラストの舞踏会の場面は圧倒的だが、それに何の意味が有ろうかと思ってしまうのも、このミスキャスト故ではなかったろうか。http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:sachi823投稿日:2014-04-20 17:29:15
イタリア近代史に興味があり、知識があれば
興味深い作品かとおもいます。
延々続く豪華な舞踏会にこの監督の貴族性を
あらためて感じました。
出演者ではアラン・ドロンの若々しい美貌が
引き立っています。
投稿者:gapper投稿日:2014-01-02 16:17:31
 186分版を鑑賞。

 芸術系でロケやセットにお金がかかる場合、俳優は演技力重視でギャラのかからないものだったりするが異なる。
 アラン・ドロンやクラウディア・カルディナーレなど演技力よりも著名性ではないかと思ってしまう。

 特にバート・ランカスターは、意外な配役。
 ニューヨーク生まれでイタリア語には苦労したのではないかと思うが、なぜ彼に決まったのだろう。
 侯爵らしくはあるが。

 ビスコンティは滅びの美学などと言われるが、まさにそのようであった。
 ただ、個人的には理解しがたい部分も多く、特に滅びに美学をするのに抵抗がある。
 186分と言うのは、長かった。
 斜陽産業と言われ日本では衰退の目立つ洋画に於いては、いいのかもしれませんが。

 ジュリアーノ・ジェンマは、カメオ出演で残念。
投稿者:陸将投稿日:2011-08-28 17:50:33
【ネタバレ注意】

公爵に扮するバート・ランカスターの気持ちが痛いほどよく伝わってくる。
それは、自身も同じような境遇で育ったヴィスコンティが、同情や共感の目で彼を終始見つめているからだろう。

時代の大きな変革期に差し掛かったシチリアを目にし、公爵は一体何を想ったのだろうか。
名門貴族としてこの地を統治してきた威厳や気品。
階級や秩序を維持するための寛容や妥協。

旧体制から新体制の移行期に、その狭間で改めて様々なことに想いを馳せる公爵。
時代の波に置いていかれるのではなく、あえてその波に乗らないという選択。
自らスポットライトの中心からフェードアウトするという身の引き方からは、ある種の“美”のようなものさえ感じる。

ラストの舞踏会の場面はとにかく豪華絢爛で、とにかく長い。
しかし、その光景は公爵の目にはどう映っただろうか。

その飾られた美しさを保つために、重ねてきたであろう数々の苦労。
そして、もはやこのような場において、自分は場違いな人物であると感じるようになってしまった老いの残酷さ。
一方で、貴族の気品や威厳の象徴のようなこの時間が永遠に続いてほしいと願う感情もあるだろう。

様々なことを感じ、官能的な死を願い、そして忘却されることを望みながら暗闇に消えていく公爵の姿。
その見事なまでの幕引きは、究極のデカダンスである。

投稿者:Normandie投稿日:2010-06-12 14:13:17
自分の地域で単館の映画館がひとつ潰れてさらに映画を見る機会は少なくなりつつある。

そもそも映画は自分の都合で見るのではなくビスコンティの映画のようにゆっくりとした状態で見たい映画は特にその映画の為に時間をあける方がしあわせだと思う。少数意見でしょうが。

そして色んな映画を見たい欲求はあるがその映画が公開されるか否かは一握りの人間たちによって決められるという事実。
良質な映画でも収益性がないと一刀両断でどんどん隅っこにはじかれ見る機会を失う。

ファーストフードを食べるより家で完璧な目玉焼きを作って食べる方がどれほどよいか知れない。
形は楕円形で目玉は半熟、裏はカリカリが好みなので、そのうえ目玉にキレイな膜を作るために蒸したりする手間ひまも大事。
分からん人はまったく意味不明だろうな・・

今は馬鹿な業界人によってイーストウッドばかり神格化されてしまって気味悪い。
現代にビスコンティのような映画を取れる人がいなくなった。
とにかく、映画ファンがどうする事もできない段階で何かを搾取されてる気がする。
投稿者:bond投稿日:2009-08-28 09:30:46
難解なストーリーだが、テーマはプライドと威厳、そして品格か?
投稿者:ルミちゃん投稿日:2009-08-07 03:26:53
【ネタバレ注意】

侯爵を公爵と間違えてるおまえは、阿保だと指摘を受けました.訂正します.

前略
別荘に続く道の、両側に並べられた胸像は、この家の侯爵に奉仕を強いられる、農民の心を表現したものである.優しい心が失われ、優しい心に餓える、農民たちの心で、この映画を見て欲しい.ヴィスコンティは、私たちに、こう語りかけながら、映画を始めました.

侯爵
戦争が始まって、妻は怯えていたのに、彼は愛人の元へ出かけた.妻は、敬虔なカトリック、「努力して、子供を何人か作ったけれど、妻のヘソを見たことがない」と、彼は神父に言い訳した.彼は、貴族で高貴な妻とのSEXよりも、上品ではない庶民の、愛人とのSEXの方が、楽しかった.

『獅子と山猫』
獅子の方が、気品のある呼び方なのでしょうか.分かりやすく、ライオンと山猫.
どちらも、自分で獲物を捕まえて食べる、動物です.
『ハイエナとジャッカル』
ハイエナは、ライオンの捕まえた獲物を横取りしたり、食べ残した獲物を食べる動物です.
ジャッカルも、他の動物の、食べ残しを食べるらしい.

自分たちは自分で獲物を捕まえて食べてきた.そうした時代が、やがて、自分たちの食べ残しを食べる者たちの時代に変わるだろう.
侯爵は、高貴な者が支配した時代が、下品な者が支配する時代に変わる、と、時代が変わることを、蔑んで表現したのです.
彼の言葉の通り、結婚相手の、成金のカロージェロ、そして、その娘は下品でした.(タンクレディも下品か)、そして、娘の母は侯爵が支配する土地の農民でした.
言い換えれば、公爵は、一族が支配者として生き残るために後押しする、タンクレディとアンジェリカの結婚を、このように表現したのですね.

成金のカロージェロ
彼の妻は、すごい美人だけど、侯爵の支配する農民で、読み書きはもちろん、話もろくにできない人間だった.けれども、ベットでは抜群、つまり、侯爵の妻とは全く逆だったらしい.侯爵の言葉を借りれば、カロージェロは、下品なSEXをする家族.
上品なSEXをする家族の甥と、下品なSEXをする家族の娘が、結婚をした.その結果は、下品な家族が支配する時代に、変わって行く.

政府の使者
使者は、侯爵が議員になって、シチリアの住民の声を、政府に伝える役目をするように勧めたけれど、侯爵は断った.
使者が帰るとき、「山猫は山猫だ」、と侯爵は、馬車の中の使者に言いました.
獅子と山猫は、王様と貴族です.貴族は貴族だ、自分は高貴な上品な人間で、変わらないと言った.
住民の声を政府に伝える事は、住民に奉仕することである.侯爵は、住民に奉仕させる貴族から、変わるつもりはないと言った.

上品と下品
タンクレディは戦争での体験を、下品な話として語りました.(事実かどうかは分からない)
侯爵は、絵を見て「自分も死ぬときは、ベットを汚すだろう」と言いました.彼は、庶民と同じで、自分も下品な人間だと言ったのです.
そして、彼は、下品なSEXが好きな人間でした.
けれども彼は、「山猫は山猫だ」と使者に言った.自分は上品な人間だ、と、言い放ったのです.

タンクレディ
義勇軍に加わった彼は、混乱に乗じて、仲間を裏切り王政派についていた.彼は、常に、勝利すると思われる側に身を寄せる、そうした考えの持ち主らしい.そして、コンテェッタに対する気持ちも、アンジェリカに出会うと、あっと言う間に変わってしまった.
かつて仲間だった者たちの、処刑が行われるのを聞いて、当然な事だと言い放った.身勝手にもほどがある.許されないほどの、冷たい心の人間だったのか.

戦争
肉親を吊るされ、泣き叫んでいた住民たちが、形勢が逆転したら、相手の者たちを吊るしてしまった.戦争には、憎しみ、冷たい心しかない.
ドン・チッチョ
ウサギ狩の日、どちらに投票したか、彼は侯爵に聞かれた.
「生活に困ったとき、王女に手紙を送ると、必ずお金が送られて来た.新しい王様が優しいかどうか?、時代が変わって、優しい王様が居なくなるのは反対だ」

延々と続く舞踏会
誰でも、嫌になるほど、ヴィスコンティは、舞踏会のシーンを続けました.いい加減に終わったら、と、言うほどに続けた.つまり、こんな社会を、終わらせなければいけないのだ、と、ヴィスコンティは言っているのでしょう.

優しい心を、失ってはならない(変わってはいけない).支配し、服従させる貴族の時代は、冷たい時代であった.冷たい時代は、成金たちの時代に引き継がれている.冷たい時代を終わらせて、優しい心の人間に、変わらなければならない.

投稿者:verkhovensky投稿日:2009-08-06 21:43:35
ルートヴィヒのやうな破滅型でもなく、アッシェンバッハのやうな敗北者でもなく、老教授のやうな世捨て人でもなく、ましてやエッセンベック一族のやうな権力欲の虜でもない。山猫公爵は、あまりにも後ろ向きなヴィスコンティ諸作品のうちでただ一人、観客が積極的に感情移入できる、主人公らしい主人公です。
成り上がり者を徹底的に侮蔑し、家族を意の儘に従はせ、教会の戒めなど毛頭耳を貸さず、神をこれつぽちも信じず、己の生き方に自信満々な、傲岸不遜のエゴイストではありますけれども、「イノセント」のトゥリオのやうに良心を欠いてはをらず、品格があります。

支配階級が貧しい農民から搾取する構造を保持したまま、シシリアは進歩に取り残され眠つてゐればいいのだ、どうせ獅子や山猫の後を継ぐのはジャッカルやハイエナに過ぎないのだから、かういふ考へ方は、むろん退嬰的で、「赤い公爵」ヴィスコンティは、一家が権勢にものをいはせ通行止めを無理やり通り抜ける場面や、無残な貧民街、大舞踏会の直前の農耕の風景などのスケッチを挟むことにより、山猫公爵に批を点じてゐますが、それが額面どほりには到底受け取れないほど、彼の人物は魅力的に造型されてをります。

ガリバルディの革命の結果、イタリアは統一されたが、その体制に本質的な変化があつたか。それまでの支配階級に中産階級が取り入り、搾取する者が代替はりしたに過ぎない。この皮肉な認識をもとに、二つの階級の融合、そのまやかし・虚飾・腐敗を、諷刺に堕せず堂々と描いてゐるのが、大舞踏会の場面です。これは全く見事なフィナーレです。旧来の貴族のひ弱い部分を代表するコンスタンツェは、新興ブルジョワのアンジェリカに恋人を奪はれ、革命軍は正規軍にとどめを刺され、手柄話の引き立て役になり、延命した貴族たちはダンスにうつつを抜かす。そしてカトリックは、その支配構造に寄生虫のやうに巣食ひ肥え太り、農民は置き去りにされたままなのです。
これほど政治的・歴史的・階級的な含意の深い映画は、他に類を見ません。ヴィスコンティがもつとも脂の乗つたころの傑作です。

個々の目覚しい場面を挙げるならば、ドラクロワの絵のやうなパレルモの市街戦。滑稽なほど砂埃にまみれたミサ。アンジェリカの劇的な公爵家登場。晩餐での彼女の野卑で無作法な笑ひ(クラウディア・カルディナーレは何と嵌り役であることか)。政府の使者と公爵との対話。舞踏会の「猿のやうな」娘たち。死の床の絵(劇中の台詞のとほり、公爵の感傷は、死とは無縁な若い人にはわかりますまい)。
戦争と舞踏会と、これだけの群衆を統御する演出は、恐るべきエネルギーです。

しかしニーノ・ロータの主題曲だけは、何としても通俗的です。マーラーやブルックナーに比べ格段に聞き劣りがします。ただ、舞踏会のワルツやマズルカは哀愁があつていいでせう。
投稿者:マジャール投稿日:2008-02-16 23:45:53
岩波ホールのリバイバル上映で観ました。
これも名作。
(オールスター映画はやっぱり楽しいですね)
投稿者:まらそんマン投稿日:2007-03-12 00:59:04
公爵の引き際が潔くて格好よく、なにか超越したものを感じた。
最後の方で響き渡る一発の銃声は本当の意味では
公爵が自らに向けて放ったものではないでしょうか。
投稿者:Ikeda投稿日:2006-04-12 12:33:29
最初、お祈りのシーンから始まり流石、昔から歴史劇が得意だったイタリア映画らしいなと思っていました。移り行く時代の貴族をノスタルジックに演じるバート・ランカスターと新しい時代に即応していくアラン・ドロンの対比がうまく演出されています。またクラウディア・カルディナーレが登場すると、いきなり、けたたましい笑いが飛び出してパーティーをぶちこわしてしまうのが面白いです。それに、この3人以上に牧師役ロメロ・バリとチョチョ役セルジュ・レジアニがが好演だと思いました。
然し、ドロンが国軍の将校になって帰って来て、クラウディアに会ってからのロマンスがらみの話が出てくると展開が冗長になって、舞踏会のシーンが長々と続いてくると退屈になってきました。やはり長尺すぎるのが、その理由で、最初に短縮版を見てから完全復元版を見れば、そうでもなかったかも知れません。
舞台になっているシチリアと言えば、まずマフィアを思いだしますが、そこの貴族が主人公なのは面白いです。有名な将軍ガリバルディの名前が所々出ていますが、決して安泰ではなかったシシリー島の歴史について殆ど知らない私には興味を持てたという意味はありました。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2006-03-26 17:38:00
ダラダラと長ったらしく続く映画なので、今のテンポの早い映画に慣れた人には辛いだろう。実際、この作品の正しい鑑賞法は物語にあるのではない。
それは美術であり、衣装であり、スーパーテクニラマ70(純正ビスタビジョンにアナモで圧縮させた規格)で撮られた、まるで高級グラビア印刷のようなテクニカラー映像を楽しむべきものなのだ。であるからこれはぜひ、大画面で見なくてはなるまい。何といってもビスコンティはモノホンの貴族なのであるから、そのリアルさは保証つきだろう。
真夏のシチリア、乾いた荒涼とした大地、風に揺れる白いカーテン、華やかながらむせ返る様な舞踏会・・・老主人公は古いしきたりとキリスト教を重んじながらも、科学や啓蒙にも関心を示すキャラクターであり、頑迷だけの存在ではない。
演技陣。ランカスターの老い、ドロンの若さいずれもお見事。アンジェリカの父役ストッパに「肉体の冠」や一連のジャンピエールメルビル作品でお馴染みのレジアニも悪くない。
投稿者:Bava44投稿日:2005-09-17 07:10:51
劇場で見ましたが2時間ぐらいでお尻が痛くなってきたし、最後の一時間は、ずっと舞踏会のシーンなので
少しぐらい目を離してもいいかなと何度も座りなおしたりしていました。

しかし、オープニングのアンゲロプロスみたいに人物が並んで祈っているシーンや、アラン・ドロンが
出発するのを家族で見守るシーンなどの素晴らしさは、映画における時間が上手く描かれており、
非常に空間的な場面でした。ジュゼッペ・ロトゥンノやニーノ・ロータといったスタッフ、キャストの良さ
を引き出しているところは、さすがヴィスコンティと思いました。
投稿者:yukie投稿日:2004-09-07 16:11:59
「映画史上に多くの名作を残した巨匠ルキーノ・ヴィスコンティ監督の代表作である「山猫」が、「山猫 イタリア語・完全復元版」として、10月下旬よりテアトル タイムズスクエアにて遂に公開となります。
 イタリア政府が国を挙げて修復に取り組んだ「山猫 イタリア語・完全復元版」は、ヴィスコンティ美学のひとつの到達点と言える最高傑作です!
 豪華絢爛な大舞踏会シーンを始め、匂い立つ美貌のクラウディア・カルディナーレ、そして絵のように美しいアラン・ドロンなど息を呑むほどに美しいヴィスコンティの世界が、劇場にてたっぷりとお楽しみいただけます。
名作を見逃さないためにも、まずはこちらをチェックしてくださいね!
http://www.crest-inter.co.jp/yamaneko/

また、10/8(金)〜18(月)にかけて、朝日新聞社主催で「ヴィスコンティ映画祭」が開催されます。『栄光の日々』など日本初公開の貴重なプリントも楽しめます。詳しくはこちらをご覧下さい!
http://www.asahi.com/event/visconti
http://www.crest-inter.co.jp/yamaneko/
投稿者:さち投稿日:2004-08-12 06:01:55
長い
投稿者:yanco投稿日:2003-02-03 18:40:32
ヴィスコンティが偉大な演出家であるのは言うまでもない。その基盤は、余人の及ばない文学、音楽、美術、演劇などの各芸術的素養の深さと洞察力だ。これらで完全武装した作品はそれだけで並みの水準を越えてしまう。そのバランスのとれた集大成は「ベニスに死す」だと思うのだが、あえて代替不可能なヴィスコンティ作品をあげるなら、掌中の貴族世界を描いた「山猫」や遺作「イノセント」だろう。やはり「山猫」の有名な舞踏会に尽きる。すべての思いを込めて、物語の整合性を乱してまで撮り尽くした貴族シネアスト・ヴィスコンティを心から尊敬する。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 衣装デザイン賞(カラー)Piero Tosi 
■ パルム・ドールルキノ・ヴィスコンティ 
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
 【Blu-ray】山猫 4K修復版2016/08/26\5,800amazon.co.jpへ
 【Blu-ray】山猫2011/06/25\7,200amazon.co.jpへ
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