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Dolls ドールズ(2002)

DOLLS

メディア映画
上映時間113分
製作国日本
公開情報劇場公開(松竹=オフィス北野)
初公開年月2002/10/12
ジャンルドラマ/ロマンス
あなたに、ここに、いてほしい
Dolls[ドールズ] [Blu-ray]
参考価格:¥ 4,104
価格:¥ 3,163
USED価格:¥ 5,310
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 Photos
Dolls ドールズDolls ドールズ

【クレジット】
監督:北野武
プロデューサー:森昌行
吉田多喜男
脚本:北野武
撮影:柳島克己
美術:磯田典宏
衣裳:山本耀司
編集:北野武
太田義則
音楽:久石譲
照明:高屋齋
録音:堀内戦治
助監督:松川崇史
出演:菅野美穂佐和子
西島秀俊松本
三橋達也親分
松原智恵子良子
深田恭子春奈
武重勉温井
大森南朋
ホーキング青山
大杉漣
岸本加世子
【解説】
 映画監督・北野武が、残酷な運命に導かれた3つの愛の物語を、文楽の人形を語り部に、美しくそして切なく描いたラブ・ストーリー。北野監督がこれまでのイメージを翻し、日本の四季を色彩豊かに描き出す。監督に“これがなければこの映画は成立しなかった”と言わしめた衣裳は前作「BROTHER」に引き続き山本耀司の手によるもの。劇映画としては初めて国立文楽劇場での撮影が許可された。
 近松門左衛門の“冥途の飛脚”の出番を終えた忠兵衛と梅川の人形が静かに遠くを眺めている。何かを囁いているような二人のその視線の先――。松本と佐和子は結婚の約束を交わしていたが、社長令嬢との縁談が決まった松本が佐和子を捨てた。佐和子は自殺未遂の末、記憶喪失に陥る。挙式当日、そのことを知った松本は式場を抜け出し病院へと向かう…。年老いたヤクザの親分と、彼をひたすら待ち続けるひとりの女。事故で再起不能になった国民的アイドルと、彼女を慕い続ける盲目の孤独な青年。3つの究極の愛が、少しずつそれぞれの運命へと展開していく…。
<allcinema>
【おすすめ作品】
A=無難にチョイス B=チャレンジの価値アリ C=発見があるかも!?
[001]A菊次郎の夏 (1999)
[002]Aソナチネ (1993)
[003]AHANA-BI (1997)
[004]A座頭市 (2003)
[005]A七人の侍 (1954)
[006]A3-4X10月 (1990)
[007]Aあの夏、いちばん静かな海。 (1991)
[008]AKids Return キッズ・リターン (1996)
[009]Aリリイ・シュシュのすべて (2001)
[010]Aノー・マンズ・ランド (2001)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
38229 6.03
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【ユーザーコメント】
投稿者:バナナミルク投稿日:2018-02-13 20:25:44
「歩く映画」? なるほど。しかし個人的には冗長に感じた。一つ一つのカット、もっと短く削っても良かったと思う。
温井はなんで死んだのかな。誰かに殺された、事故死、自殺。映画では何も語られていない、うーん、気になるぅ、、、
深田恭子は、まさにDoll(人形)だった。いいね。
あと、音楽は、全部なくしても良かったんじゃないかな。ちょっと邪魔に感じた。
投稿者:UFO投稿日:2013-11-09 20:04:04
普通に観れる。
投稿者:ピースケ投稿日:2012-09-20 21:46:44
西島秀俊の棒読みセリフ、ワザとなの?
投稿者:クリモフ投稿日:2012-08-30 02:16:30
観る前のかなり不安は、観てすぐ解消されるということで一応は安心。何かいろいろ評価のされ方があり、難しいようですが、なんのことはない、悲恋ラブスートーリー。
文楽があからさまに挿入されたり、赤を基調としたスタイリッシュ風な映像だったり、断片しか描かないストーリーだったりを冷静に見つめると、びっくりするくらいにシンプルな話で、特に何も起こらない(人は死ぬけど)。
オムニバス的な話を交錯させているものの、話が絡み合うドライブ感はないため、この構成がメリットがあるのかは気になるところ。基本的に北野演出というのが上手く一貫しているため、見せ切ってしまう雰囲気は流石だけれど、「HANABI」を薄めてるだけなんじゃないかという気にもなってしまいます。
監督が一番力を入れて重要な菅野・西島エピソードの顛末が、意図はわかるにしてもすっぽ抜け感があるので、締りがない終わり方になっていると感じてしまいました。彼らの道中はなかなか好きなだけにやや残念。自分としては佳作かな。
投稿者:jb投稿日:2012-07-26 17:50:37
深田恭子の曲がキレてた。
投稿者:こじか投稿日:2010-05-20 23:48:54
HANA-BI、菊次郎ときてコレ。どなたかのコメントにもありましたが、
ほんと晩年と言える武映画が始まってるんだと実感した時でした。

超関係ないが、
ただでさえ貴重な深キョンの歌手映像を
映画に記録した功績は大きい。
投稿者:フラーティ投稿日:2009-12-26 01:35:04
【ネタバレ注意】

文楽の世界観をベースに、3組の男女の美しくも狂おしく、そして悲劇的な愛の物語を互いに交錯させつつ描いた作品。美しい日本の四季の情景と山本耀司デザインの衣裳が話題になった。

自らの過ちによって不幸にさせてしまった愛する女性への贖罪のため(アイドルおたくの温井は交通誘導→アイドル春奈は交通事故)、己の居場所をかなぐり捨てて彼女に寄り添う3人の男性(歩くシーンがやたらに多いのは遍歴=逸脱の象徴)。男の想いが女に通じたかに見えた刹那、悲劇が訪れる・・・・・・


温井の死の原因は劇中で語られていないが、春奈が交通事故で再起不能になった流れで言えば、やはり轢き逃げだろう(路上の血が拭き取られる際に交通誘導員としての彼の姿が映し出されている点にも注意)。恋人を捨ててヤクザとなった親分が、ヤクザとしての宿業ゆえに銃殺されるのと同じ構図である。結局、己の過ちからは逃れられない無情さ。


菅野美穂の能面のような表情、西島秀俊の抑揚のない棒読み調の台詞が印象的。まさに人形ですな。死人のごとく不気味に彷徨する2人は、既に此岸の者ではなくなっている。ラストシーンは「心中」の隠喩か??

投稿者:uptail投稿日:2009-06-21 17:20:31
菅野美穂
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2009-03-24 07:11:50
北野武が本当に描きたかったのは菅野と西島のエピソードだけだったと思う。それだと尺が持たないので「パルプ・フィクション」ばりのオムニバスに挑戦した。そうしたら「春琴抄」から持って来たアイドルオタクの悲恋とか、三橋達也のもっと平凡なエピソードとか、つながりカップルが歩くシーン以外は失笑するばかり。その二人もラストカットで唖然とする画になる徹底振りに、これは冗談と思いたくなったが、オープニングから時々挿入される文楽人形の映像には本気モードが感じられ、もうこんな失敗作に金払いたくないと思った。それ以来一度も観ていないが、星一つ半。
投稿者:ピンクガンスモーキン投稿日:2008-10-20 19:17:51
【ネタバレ注意】

想定外の面白さ(喜劇的な意味で)と、予想を遥かに上回る分かりやすさ(いわば『フォレスト・ガンプ』並み)。両方とも、快い驚きをもたらした。
見れば分かる。説明不要。
しかも、ちょっと泣けるのだから、出来すぎた映画だぜ。
1時間25分を過ぎたあたりから、「このまま行くと10点満点だぞ、こりゃ!」と予感が走った(最終的には、やや終わり方が早すぎた)。

心の闇を抱えこんだ女に、責任ある男が寄り添うことで、社会から逸脱し、最下層に落ちて行くキツさ・寂しさ。これまでの北野作品でもおなじみのテーマだから(蓮実重彦も、北野監督の「掟」あるいは「主題論的な一貫性」と明記している)、こうして反復されることで、ますますその演出に磨きがかかり、名人芸に達しているかに見える。

一風変わったオムニバス的な構成だが、どれも悲劇的な純愛のかたちを追求することでは共通している。世間から陰口を叩かれ、あからさまに変な目で見られるカップルたちが、これでもか、これでもかと、明快な編集&構成で描かれていく。とくに、話の運び、タイミングがスゴイ。その絶妙のタイミング感覚には舌を巻く。エピソード毎の所要時間、再帰までのブランクを、いちいち計測しながら鑑賞したほどだ。まあ、みごとというほかない。

つまり、ここには、「世界に通用する分かりやすさ」或いは「形式美」がある。だから「日本的などうのこうの」といったコメントは的外れ。「外国人向け」だって?おやおや、内需向けの邦画ほど臭いゴミはないぜ。また「狙いすぎ」といった批判があるようだが、それもちゃんちゃらおかしい。これだけ狙えるのは、他にイチローしかいねえだろ。狙ったとおりバッチリ決めるには、超人的な運動神経が必要。で、野球好きでもある北野監督には、それがある。頭でっかちになりがちな映画界にあっては、驚くべきことだ。

けっこう低評価をあたえる向きもあるようだが、「愛のいびつさ」に嫌悪をもよおしているらしい。じゃあ、てめえら、一体、どんな愛がお好みなんだ?ガキども、という話。

投稿者:ミリアム投稿日:2008-03-07 17:09:45
決してけなしている訳ではない。良くはない。が、悪くもない。
投稿者:晴れ男投稿日:2006-09-09 06:33:24
【ネタバレ注意】

本当の愛をまっとうするということは、
究極的には狂気をともなうと実感させてくれる、かなり意欲的な作品。
主人公たちのまわりに配される、赤という色は、愛と死の
両方を示すのだろう。愛の高鳴りが垣間見えた瞬間、
赤は、愛の色から、死の色へと変る。
おもいきって、ファンタジーな世界観で展開したことが
逆に主人公たちの心情をリアルに伝える結果になったと思う。
こうした映画は、北野武にしかとれないだろう。

投稿者:ジュリー投稿日:2006-01-26 15:19:28
見ていてとても切なくなりました。悲しくて仕方ない映画です。
台詞がなく歩いているだけのシーンが多く大好きな作品なのに、眠いときに見ると寝てしまうと思います。
投稿者:tanukun投稿日:2005-12-13 12:52:55
芸術!げいじゅつ!!ゲージュツ!!!
よくわからん映画じゃ。
こーいうの苦手です。
昔観た「西陣心中」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=146074
を思い出した。でもこのサイト↑の人々はなんで評価が高いんだろう・・・。
やっぱりゲージュツはよくわからん!!!!
投稿者:アリエアー投稿日:2005-11-25 23:52:27
こういう映画を見るとしばらく心が晴れない。
気心の知れない友と無理してバカ話するような気力が失せる。
しかし現実問題、周りに歩調を合わせて働かないことには、あんなキレイなお洋服着て旅回りすることはできないわけで、それが自分を鬱にさせる。

おもちゃの間接キスとか、アイドル深キョンの静寂な収録現場とか、よかった。
投稿者:めろん投稿日:2004-12-25 00:45:31
賛否両論(否の方が多いのかな?)なの知ってて観ましたから
思っていたより良かったですよ。
芸術作品の失敗作なんて言う人もいるけど、私は純文学って感じがしたな。
でも正直、途中で眠くなりました(そして寝ました)。
エンタメ映画が好きな人はダメかも。
投稿者:堕落者投稿日:2004-08-22 10:53:45
狙いは分かるが,全編に余りにも作為が目立つ。あざとい。外人に対してここまで媚を売るかね?台詞は寡黙だけど,映像表現は過剰。要するに語り過ぎですね。つーか,最初に近松の人形劇を持ってこなければならなかった所にたけしの限界を感じる。まあ,どーでもいいが。
投稿者:ヘナチョコ投稿日:2004-08-10 14:28:11
人のをみても面白くありません。
投稿者:さち投稿日:2004-06-16 03:12:40
ヨウジヤマモトのファッションショーだ
日本を強調した内容です
日本映画は日本人しか撮れない
 
投稿者:チックタックボンボン投稿日:2004-03-28 16:03:05
【ネタバレ注意】

脚本が静的過ぎました。
綺麗な映像はところどころ良かった。
外人に媚びてる印象もあるけどね。。。。

投稿者:4531731投稿日:2003-12-06 00:40:53
 この映画自体がダメになりそうなんだけど、あきらめてないところが好感もてた。管野が良かったし、たいていは軍団の連中が出てきて、スーパージョッキー気分が抜けないんだけど、今回はヤツラはいなかったんで映画として見れた。追いつめられた管野と青年自身が、しだいに他の傷ついた人たちの幻想になってくとこが詩的。が、あのラストはナゾ。あの手前で終わってれば良かったのに。
投稿者:parole投稿日:2003-09-29 16:07:17
私は北野武についてはフリークと言っていいほどのファンであり、事実最新作
の「座頭市」などは日本映画史、いや世界映画史においても間違いなく金字塔
として残る作品だと確信しているのですが、「Dolls」はそんな私から見ても
最低の作品だと思いました。北野武の作品として最低であることは当然なので
すが、北野武という冠を取り去ったとしても最低の部類に属する映画だと思い
ます。
もちろん北野武の作品だから悪くない部分、いやかなりと言っていい程度の良
い部分はあるのだけれど、「顔と台詞で演技する俳優を顔と台詞で演技させて
しまったこと」と多数の「象徴」を紛らせたことはプラマイゼロにすらならな
いほどの過失を犯していると思う。
この作品がダメなのは、最低最悪の映画しゃべり屋(評論家などとはとても言
えない)であるおすぎなる人物が言っているように北野武が芸術作品を目指し
た点にあるのではなく、芸術を装いながら通俗作品(手法)に手を染めてしまっ
た点にある。つまり、「Dolls」は「映画」として全くと言って良いほどダメ
なのだ。
投稿者:kzai投稿日:2003-08-15 05:16:54
ストーリーもシンボル使いも簡単に陳腐になってしまう種類のものなのに、
それでこれだけの美しい映画を撮ってしまうのは本当に才能の業。
今回は音楽が控えめなこともあって、ひとつひとつのシーンに今まで以上の緊張感がある。
あえてうるさいことを言えば文楽や蝶々(?)シンボル使いがややうるさい。しつこい。
でも許容範囲内ではあります。感動しました。
投稿者:GRIFFIN投稿日:2003-08-05 10:50:01
 監督に専念しなくちゃこんな実験的で挑戦的な作品は出来なかったろうなぁ〜と思うが、伝わってくるものはイマイチでした。
 タイトルの“人形”のように無表情な登場人物達を使って、いかに表現するか/できるかの実験であり、見所だと思った(能のように)。そこで体の動きや季節感や音楽を使ったりして工夫するんだけど、残念ながら意図的な演出を感じる場面が多く上手く伝わってこない。 やはり、暴力的衝動を描く時の方が、本能的感情表現が上手い監督である。
 一方で、三話目の盲目少年物語は、谷崎潤一郎の「春琴抄」に挑戦していてなかなか面白いが、どうも監督の個性か愛が“純粋”より“歪んだ”ものに見えてしまった。
 場面に論理を持ち込まず、説明付けをしない作風は相変わらずで好きなのだが、音楽を全て廃し自然音を強調して作り上がっていたら、より良い作品だった気がする。 まぁ何にせよ、監督に専念した心意気は感じた。
投稿者:D.T投稿日:2003-04-21 03:10:29
【ネタバレ注意】

幕開きは文楽。演目(『冥土の飛脚』)の主役男女を擁した数体の文楽人形が現れる。



人形芝居が山場を迎えると画面は暗転、映画の主要スタッフ、キャストのクレジットが流れる。

画面は男女の文楽人形に切替り、男が女に何事かを囁くと二人は体を寄せ合い冥土から地上を見下ろす身振りを示す。文楽人形の視線の先に観客がまず目にするのは何かに引き摺られている太く捩(よじ)り合わせた赤い紐だ。その赤い紐は桜並木を歩み行く一組の若い男女の体を結びつけたものだと分かる。先を歩く男の後姿がほぼフルショットになる辺りで、満開の桜を強調するような桃色で“Dolls”のタイトルが被さる。



映画中の主役男女(松本と佐和子)は週末昼前の公園の中を歩いて行く。奇異な二人を見詰める、若いカップル、初老夫婦、小学生たち…。その中には、かつて松本と親しかった男もおり、妻と思しきお腹の大きな女性と共に呆然とかつての友人カップルを見詰めて立ち尽くしている。



そしてフラッシュバック。まず晴天の青空に映える教会が現れ、続くオーバーラップに始まるカットでは、俯瞰的な視線が舞い降りながら松本の結婚式(※花嫁は佐和子ではない)に集まってくる人々を捉えてゆく。



これ以後、時制に先んじて現れるカットや、幾つかの主体によるフラッシュバックが度々映画中に立ち現れる。僕は『Dolls』という映画は、結婚式当日からの松本の、そして結婚を約束した松本に裏切られた佐和子の主に現在進行の視点、加えて、松本と佐和子にかつて起こったことを追う視点(※男女の文楽人形の冥土(※超越)的視点)が交錯し紡ぎ出されたものだと思う。



松本と佐和子の道行に寄り添う情念的な何ものかは、野山、里、街、海、水辺…地上に遍在する男女の恋の情念に束の間残酷でありながら美しい実体を与えてしまうほどだ。

主役男女が“親分”の屋敷づたいを歩けば、縁側で寛ぐ“親分”に数十年前に捨てた恋人を思い起させ…(※詳細伏せる)、かつて松本と佐和子が夏の日を過ごした海岸づたいを歩けば、自動車事故で引退した春奈という元人気アイドルと温井という春奈の追っ掛け青年に束の間の至福を叶える。



映画中の“音”に関しては、深田恭子扮する春奈の持ち歌のメロディの扱いが素晴しい。主人公の松本は、結婚式場に現れた友人から佐和子が自殺を図り重症だと聞かされるや、式を放棄し黄色い車で病院に向かう。走行中、花嫁から松本の携帯に電話が入るのだが、この着信メロディが件の春奈の“持ち歌”のメロディなのだ。松本は鳴ったままの携帯を取り上げる。観客はこの直後、黄色い車を俯瞰で捉えたキャメラによって、鳴ったままの携帯が車から投げ捨てられるのを目にする。以後、映画は過去の北野映画以上に寡黙、静謐な瞬間が連綿と続く。



北野映画の映像の重みは、“いま”の風景を捉えた映像であることだ。例えば『Dolls』中盤で、白砂青松という形容が相応しい海岸づたいに歩く温井と中年女性、さらに松本と佐和子が彼らを追い抜き、砂浜に佇んでいる春奈の前を歩み過ぎて行く姿を“海面上”からの視点(※しかも移動撮影)で見せるシーンが有る。海側から見せられる波打ち際向うの白い砂浜を登場人物たちが濃い緑の森を背景に歩いて行く横構図の映像は俄かに信じ難いほど美しい。

しかし、砂浜の温井(※自ら失明)にキャメラが向けられた時、温井の背後の風景は巨大な建造物によって蝕まれている事に気付かされる。



かように、北野監督が撮る風景は痛みや喪失感を湛えがちだが、その一見ナイーブなイメージは同時に強靭だ。



例えば、山あいの線路づたいを主役男女が歩いて行くシークエンス。ここで石積みされた湖岸を二人が歩いていると、佐和子が足を滑らせ石積みされた斜面を松本と共に転げるシーンが有る。

ここでは手前に水面、奥手に湖岸を歩く二人の姿がロングの横構図に捉えられ、二人が転げ落ち何とか体勢を持ち直していく姿と、ひとつがいの水鳥が滑らかに水面を泳ぎゆく光景がひとつの画面中に見せられる。このつがいの水鳥の姿が演出意図以上の豊かさを画面に加えていると思う。



一方、道行の結末の絵は単なる予定調和、予測可能的な絵でしかない。せいぜい、監督が意図したであろう“松本と佐和子が人形化したような姿”をCG的な絵作りで片付けた以上のものではない。



いずれにせよ、『Dolls』という映画はいとおしい。

映画中の寡黙な登場人物たちの表情、身振りが醸し出す醜さや美しさ、美しい風景と生々しい現実的風景が紡ぎ出す強靭なイメージに耽溺してしまう。加えて言えば、失意のヒロインに扮する菅野美穂のアップの表情の美しさ、涙を流す表情の繊細さには打ちのめされた。



終幕に現れる男女の文楽人形。松本と佐和子の道行を見届けた彼らの姿には恋の情念を貫いた者たちへのいとおしさが溢れ出ていて目映いばかりだ。


■http://ohwell.exblog.jp/

投稿者:2000投稿日:2003-02-26 04:45:49
【ネタバレ注意】

事前情報から、「色」はわりと意識しながら見ていた。風景、衣装、小道具。題名の色にもなっている桜っぽい紫っぽい色に、菅野美穂が魅かれているのが印象にある。(おもちゃのボールとトラックの光)
 三つの、世間体からすれば異常な愛の話。自殺する、地位的なものをすべて捨てる、何十年も待つ、目をつぶす。好きな人のために。
 それらを見て自分は何を感じるか。それらは、人の、本脳の、純粋な、気持ちからくる行動。現代社会の中で、その気持ちを持ちえ得、行動に移せる人がどのくらいいるだろう、そもそもそんな感情って人は持っているのか。そして自分は。問題提起無しにして、文学的にこれを捉えてもすごく質が良いものに感じた。感覚でだが。
 三つの話を交錯させたり、菅野の夢の内容を映像化しているところに、新鮮さが感じられなかった。別の作品を思い出すので。ぼくにとっては少しマイナス。新鮮さ、斬新さというものは映画にとって大事な要素だと思う。
 過去の回想という形をくりかえすのはおもしろかった。あといくつか同じシーンを二度繰り返す所も。

 
 

投稿者:#77投稿日:2003-02-13 21:25:09
海外の映画祭で賞賛を得る作品とは大雑把に言って、「その国ならではの独自性・エキゾチズムをアピールした作品」か、あるいは「世界のどこに行っても通用する普遍性を持った作品」の2通りに分類されると思うが、この作品は明らかに後者だろう。明らかに外国人の批評家/シネフィル向けに見せるために撮った作品。

日本の美=文楽になぞらえて描いた3つの形の「狂気の愛」。ウザったくてシンキくさい菅野・西島の二人も、歩き続ける姿をひたすら追いつづけることによりそれなりの狂気は伝わってくる。そうした北野監督の意図はわかる。だからあえて細かな人物描写にも踏み込まなかったのだろうし、「服が毎回違う」とか言う指摘はお門違いなのだろうが、とにかく私には退屈だった。

前作「Brother」よりはマシ、って感じ?
ところで、北野監督が絶えず日本のアイディンティティとして引用する「ヤクザ・オヤブン」は、もう止めにして欲しい。
投稿者:まりっくりん投稿日:2002-11-10 16:06:02
【ネタバレ注意】

第一,主人公の男の設定があまりに破綻しているので,その後どうしても,感情移入できませんでした。結婚を約束した女性を捨てるような人間(江戸時代はいざ知らず,そうすべき必然性もない。また,そんな生臭い奴には見えないのだが)で,親に慰謝料を持って行かせるような非常識な奴?しかも最初から死んでるような脱力青年(これはそうである必要があったんでしょうが・・・)。その男及び女が,彷徨の末たどり着く先は,天国でも地獄でもない棒の先に宙ぶらりんですか。永遠に続くんでしょうか。絶望的です。
それに3組の男女の物語の絡みがまるで希薄なのも,なぜだか分かりませんでした。
中学生くらいの文学少女が書いた小説みたいな,幼い妄想映画というほかありません。

北野監督も,HANA−BIあたりから,映像美とか様式美にとりつかれちゃったみたいで,晩年の黒澤みたいになってるんじゃないか?行き詰ってるんじゃないかと心配になりました。

投稿者:ツェザーレ投稿日:2002-11-07 01:46:14
 遠い昔の過去の記憶を弄るような不思議な感覚。北野作品を観るたびに自分はいつもそういう錯覚に陥る。それはこの「Dolls」でも変わることはなかったのだが。

 この作品では三つの挿話が対位法的(揶揄的な比喩だが)に描かれる。が、それぞれの挿話に相互関連はほとんどない。また、それぞれが回想を交えつつ複雑な時間の推移を持つので、各シーンが非常に断片的である。もともとシステマチックな構成を指向する監督ではないのだろうが、作品全体を見ると一つのコラージュのようにさえ見える。ストーリーはそれほど重要ではないということなのだろうか。オムニバス的に一つ一つの挿話を独立させて描いた方が、それぞれが印象に残ると思うのだが。
 
 この作品では北野作品の特徴の一つである暴力描写がない。それも含めて、なぜか肉体性を徹底的に排除しようという意図を感じる。モティーフの一つに文楽があるので、登場人物を人形的=無機的に扱っているということなのだろうか。もしそうであれば、大変な思い違いをしていると言わざるを得ない。なぜなら、文楽は人形使いの熟練した技や、浄瑠璃の微妙な節回しによって人形に命を吹き込み、観る者に生きた人間の情念を伝える芸術だからだ。子供の人形遊びとは次元が違うのである。

 旅行社の宣伝材料にでもありそうな花鳥風月の映像は、鮮やかな色彩と整った構図が無意味で空疎としか言いようがない。「ソネチネ」以後、北野作品は徐々に先鋭感を喪失してきたが、この作品では叙情さえも捨てているように思える。
 底に隠されたテーマは、言葉で論じるのが無意味な程実体のないものだろう。屁理屈をこねくりまわして解釈を導き出すことは可能だろうが、導き出された解釈と正反対の解釈もまた成立するということだと思う。

 不満だらけのこの作品の中で唯一の光は、微かに記憶が蘇った佐和子が、ペンダントを示して赦しの笑みを浮かべるクライマックスだ。菅野美穂の表情の演技が作品全体を救っていると思う。
投稿者:いもこ投稿日:2002-11-04 01:29:11
愛とは儚い。 このネット上で語られる「愛」も儚い。人と繋ぐ糸も赤い糸ではない。壊れやすくてはかない。にんべんに夢と書いて儚い。 私達の愛はいつも消えゆく、まるで命のように儚い。 北野武監督に見える愛は現代の我々の日常のものではない。遠い昔からDNAに刻まれた入れ墨のような運命のような人生。二人で歩く、男と女が歩いていく。歩き続ける、歩いて歩いて、明日を探す。

私達は明日この世を去り、舞い降りる神の申し子なのかもしれない。

この作品で初めて役者として良いと思ったタレントが多い。北野作品のオファが来たならば今の日本の役者は断るべきではない。とても美しい横顔を私は観ることが出来た。涙がでるほどだ。
投稿者:閻魔投稿日:2002-10-29 15:27:20
世界のキタノが”無能な芸術家”であることがこの映画で明らかになったと思います。以下にその理由を列挙しておきました。この大監督?がいかに偽者であるかどうかを見極める作品としては、いいきっかけになると思います。

1.映画における映像美は物語、心情描写とリンクして初めて映像美として成立する。この映画におけるお金のかかった映像美は、単に美しい四季を撮りたいという強い欲求からきており、映画における四季とはまるで関係がない。薄っぺらな映像美に魅了される人がいるのは事実であるが、ベネチア狙いの手法がミエミエで浅ましく感じる。

2.人物設定の浅はかさ。西島演ずる松本の人間性がまったく見えない。どうして、それほどまでに愛する彼女を振って出世をしようとしたのか。そしていとも簡単にすべてを捨て菅野の元に戻ったのか?この理由を説明できる人。メールください。やくざの親分の背景も単純。なぜ身体障害者を使う必要があったのか?映像的なショックを与えるための演出であれば、至極醜い発想といわざるを得ない。

3.ヨージヤマモトの衣装。確かにヨージのファッションは独自の世界観で成立しているが、この映画でヨージである必要があるのか?これこそ、芸術にあこがれる芸術家、キタノタケシである証明である。二人が歩きつづけるシーンが一見美しく見えるが、どう見ても乞食の衣装ではないし、リアリティのかけらもない。映画だからという理由でそうすることは、ありなのだろうが、前からストーリーを追っている観客に対して失礼であると感じる。

4.映画全体における稚拙なカメラワークと意味不明なズームインの多用。この映画を他の監督が撮ったらもっとよくなったであろうと思うのはカメラワークと構図とカット割りであろう。流れを悪くし、演出もなく、無意味なカットを撮り続け、さも芸術性をアピールしたキタノ演出に腹が立つというより、哀れに思えた。

5.脚本、監督、編集 北野武 というテロップ。
脚本、監督はわかるが、編集って?実際に北野武が編集したの?そんなわけないでしょ。編集さんがいるからこそ、大きな椅子に座って指示だせるわけでしょ。実際もし、北野武が編集してたとしても、こういうテロップって恥ずかしくて出せないでしょ。ふつー。これはオレの全てなんだ。おれは天才だ。というアピールにこういうテロップを使用するのは、自分に自身のない証拠であろう。

投稿者:noreply投稿日:2002-10-22 01:33:28
人形浄瑠璃の雅致を描く。
結果的に芸(文楽)の創造過程を逆流させたことになり、
「リアルの中のフィクション」の情緒を上手く(?)描いた。

また、どうしようもなくアンバランスで不格好な、彼の「俗」な部分を
画面上でも躊躇すること無く見せてやまないながら、
それでも鋭く強烈な印象をもたらしてくれる彼は、
やはり大変魅力的な監督です。
投稿者:ハゲゾー投稿日:2002-10-20 02:03:36
【ネタバレ注意】

北野映画は僕の趣味に合いません。
やはり、この映画も僕には難しすぎて、何を言いたいのか分かりませんでした。
ただ、この映画に出てきた「赤」非常に印象に残りました。
佐和子と松本を結ぶ赤い糸、良子の赤い服、温井の血の色、そして秋のもみじの色などなど、「赤」がこの映画を引き立てていたように感じました。

投稿者:Longisland投稿日:2002-10-19 20:58:13
男女の恋愛を切なく描いた大傑作。 最近の北野監督って、夫婦愛、兄弟愛、子供への愛と『愛』をテーマにしながらも、ちょっと斜に構えた感じがしていた。しかし本作品は今まで必要以上にちりばめられていた暴力や笑いを殺ぎ取り、男女の切ない恋愛を正面から描いている。北野作品の定番?の寡黙で不器用な普通の人々を主人公に、淡々と描かれる恋愛は、激しく抱き合い求め合う恋愛よりも観客に深く重厚な恋愛を感じさせる。
桜並木を、夜祭の風車を、紅葉の山を、そして雪道を歩く二人の衣装と風景の美しさ、見事な調和は正直永遠に観続けたいと感じた。 (確かに放浪の二人が毎シーズン ヨウジの衣装をとっかえひっかえ着れるとは思えないが、映像の素晴らしさにそんなことを途中から忘れた)
冒頭から近松物文楽で『死』を暗示し観客を突き放し、希望無き絶望感に満ちた恋愛を紡ぎ出す北野監督の世界に酔いしれ、美しい恋愛に触れられた2時間は至福だった。

本作の菅野美穂は絶品の演技。もともとの雰囲気がちょっと『イッちゃってる』感じだからか(笑
深野恭子ちゃんのアイドルは、まるでマレーシア(ごめんなさい)かと思えるほど陳腐。TV界を良く知る北野監督のTV界への揶揄か?
投稿者:ナラウド投稿日:2002-10-17 14:23:31
↓の方がおっしゃっている様に、まさに武映画ならではの、「歩く映画」であり、北野作品を見続けている者としては感無量。最近、北野武にしては若干観客に媚びるというか、説明過剰な時があり、今回も所々にそういう箇所は散見されるが、やはりこれだけの作品を作ってしまうあたりは、さすが北野武だ。「歩くこと」をこれだけ魅力的に撮れる監督は他にいないだろう。
投稿者:骨壷投稿日:2002-10-15 19:41:19
【ネタバレ注意】

北野武の映画は『その男、凶暴につき』の頃から
登場人物がやたらと歩く映画だと言われて来ましたが、
3組の男女が登場するこの作品でも
登場人物たちは実によく歩いています。
と言うか、ベンチに座る松原智恵子ひとりを除いては、
皆2人で、あるいは1人だけで、ひたすら歩くのがこの映画です。
で、そんな3組の男女の物語は、
菅野美穂と西島秀俊の2人をメインとして、
あとの2組(深田恭子と武重勉、三橋達也と松原智恵子)の物語は
この2人が歩く姿を見せる際の挿話として組み込まれています。
菅野と西島の2人は、言わば、浮世を捨てて、
死に向かって歩いて行く訳ですが、そんな所は北野武自身の
『あの夏、いちばん静かな海。』や
『HANA−BI』を敷衍していると思われます。
さらに、この2人の姿は映画の中で近松門左衛門の
人形浄瑠璃「冥途の飛脚」の忠兵衛と梅川に重ねられているのですが、
近松門左衛門と言えば、映画ファンには
溝口健二の『近松物語』が思い出される所です。
この映画で雪の斜面を転げ落ちる菅野と西島の2人の姿は、
『近松物語』で、枯葉散り敷く山肌を抱き合って転げ落ちる
長谷川一夫と香川京子をなぞっているのは間違いありません。
北野武はこれまで映画の中でこう言う引用はして来ませんでしたが、
これも彼の勉強の成果なのでしょうか。
ゴダールが『映画史』の中で引用しているのを見たのかも知れませんね。

投稿者:悠悠投稿日:2002-10-13 00:12:28
愛する人よ。
こちらを向いてください。
笑顔ください。
抱きしめてください。

あなたは黙ったままで
虚ろな視線を空に向けている。
ある時は地面に視線を落としたまま。

裏切った僕が悪いんだよね。
君をそんなところまで追いつめてしまって

もう戻ってこないのだろうか。
僕が空翔けて君を見下ろしても
君の視線は届かないのだろうか。
僕が地面に横たわり君を見上げても
君の視線は届かないのだろうか。

愛する君よ。
君の心失った時から
僕は君と歩き続けている。
君の視線が届くまで。
君よ。
微笑んでください。
胸に飛び込んで泣いてください。

本日映画観てきました。
観ての感想の代わりにイメージ詩を書きました。
採点は7かな?
投稿者:PEKO投稿日:2002-10-11 01:01:03
どーも北野作品にあまり馴染めない私はこの作品もちょっと退屈でしかたなかった。深キョンの歌ってるシーンがこの映画の一番の盛り上がりに感じたよ。二人が紐で結ばれてから他の2エピソードに移るんだけど、その2つのエピソードが終わってまた紐の二人に戻ったらなんか二人の事がどーでもよく思えてしまって、最後のぶらさがった姿もなんか笑えてしまった・・・。だって空の色とかもなんか陳腐で情感が伝わってこないんだもの。
北野監督に一言、死ねばいいってもんじゃないよ。
ところであの二人生計はどーやってたててたのかしら?服も季節ごとにかえてたし・・・。
2002.10.10観賞 4点
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 音楽賞久石譲 
 □ 撮影賞柳島克己 
 □ 照明賞高屋齋 
 □ 美術賞磯田典宏 
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