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エルミタージュ幻想(2002)

RUSSIAN ARK

メディア映画
上映時間96分
製作国ロシア/ドイツ/日本
公開情報劇場公開(パンドラ)
初公開年月2003/02/22
ジャンルドラマ/歴史劇/アート
映画史上初!!
驚異の90分ワンカットの映像
エルミタージュ幻想 [DVD]
参考価格:¥ 5,184
価格:¥ 12,800
USED価格:¥ 6,030
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エルミタージュ幻想エルミタージュ幻想

【解説】
 世界遺産に認定されているエルミタージュ美術館を舞台に、ロシアの近世から現代に至る300年の歴史を巡り誘う異色アート・ムービー。綿密な下準備の後、ハイビジョン・カメラを使い、90分ワンカット、編集なし、本番一日という条件で撮影された。監督は「モレク神」「静かなる一頁」の名匠アレクサンドル・ソクーロフ。
 現代に生きるその映画監督は、ふと気付くと、エルミタージュの中にいた。だが彼の姿は周囲の誰にも見えない。そんなところへ19世紀のフランス人外交官キュスティーヌ伯爵が現われる。監督は夢か幻想か判断できぬまま、伯爵の案内でロシアの激動の過去と現代を行き来する不思議な時間旅行をすることに。まず目撃したのは、将官に罰を与えているピョートル大帝。そして、慌ただしく走っていく女帝エカテリーナ。冬宮では、ペルシャの使節団がニコライ1世に謁見していた。監督はやがてキュスティーヌとはぐれてしまい、大広間に迷い込む…。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
644 7.33
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【ユーザーコメント】
投稿者:投稿日:2008-09-14 13:31:06
絵画をモチーフにした映画は、難渋な場合が多い。ジャック・リヴェット『美しき諍い女』は最後の最後まで素敵だがラストで萎んだ感じは否めず、ヴィンセント・ミネリの『炎の人ゴッホ』は人間ドラマだし、黒澤明『夢』の「鴉」も映像よりも絵の方が勝っているだけに辛い。山下耕作『戒厳令の夜』はその典型的な誤り作品だと言える(樋口可南子のヌードは現前する)。一方、音楽をモチーフにした傑作映画は枚挙にいとまがない。ルキノ・ヴィスコンティ『ベニスに死す』のように原作では小説家であった主人公を作曲家に設定したのはさすがに鋭く、やはり鑑賞者が時間をコントロールできる絵画とか書物そのものをモチーフにすると、映画ではモチーフにした作品自体の魅力を越えること、あるいはその魅力をありのままに表現することは不可能なのだろう。そして、アンゲロプロス『ユリシーズの瞳』のように“幻のフィルム”を探す旅をテーマに映画にすることも、とっても冒険だ。幻のフィルムを見せられてもその価値が解らない。
ということで。
ソクーロフの『エルミタージュ幻想』はとても野心的であり、特にエル・グレコの「聖ペテロと聖パウロ」の映し様、彫刻を触って鑑賞する盲目の女性、僅かな登場だが指揮者ゲルギエフのマエストロ一瞬のカリスマ性、そしてソクーロフ専売特許の靄った海だか湖は、見事としかいいようがない。DVD特典のメイキング「ONE TAKE MOVIE」のインタビューで彼は、観客にワンカットであることを気づかせたくないと言っているが、それは所詮無理で、なにしろワンテイクが売り物のひとつなのだから。そのうえ、通常の映画作法でこの作品を完成させても、見る人はいよいよ少ないに違いなく、エルミタージュ美術館で撮りたくて、おそらく撮るための許された時間のために90分ワンカット映画になったという顛末を喜びたい。
投稿者:Bava44投稿日:2007-05-17 22:16:26
箱舟:生き残るロシア → почему? потому что・・・.(以上、題名)


時間を自由に行き来する『イントレランス』を見た1916年のアメリカ人いわく「訳が分からない」。

時間を自由に行き来する『エルミタージュ幻想』を見た21世紀の日本人いわく「訳が分からない」。

IMDbの本作のTriviaにはこうある。
“In interviews, the director has refused to say how many actors and extras appear in the film, or how much it cost”
言い代えれば、「所詮コスプレ映画」と思われることに対する嫌悪があるようだ。


作者を信頼することが不足している(念のため言うが盲信ではない)。
チャップリンは、客から「あなたは観客の奴隷になろうとしている」と非難されたことがあった(1910年代)。
彼はそれを理解し、安易に大衆のウケを狙わないようにして、優れた作品を残した。
作者と観客との間に強い信頼関係があった。


芸術が人間の心を豊かにするものであるのなら、人間の心の荒廃に対抗するために、人間の心を守るために、芸術を重視すべきである。
投稿者:Katsumi_Egi投稿日:2004-09-19 10:04:53
【ネタバレ注意】

 全編ワンカット、さらに全編主観ショットとする、という企ては確かに不適切な選択だったのだろう。またこれらが喧伝され過ぎたことが見る者にとっては不幸だったとも思う。この映画が途切れないカメラアイの制約から解放されていればどれほど良くなったかと誰もが思ってしまうのは当然だ。しかしこのオフ・スクリーンの広大さは類例がない。パラノイア、暴挙、と非難しても瞠目に値することも確かだ。

 しかし、私には極めてスリリングな体験だった。それはカットが途切れないことからくる画面上の制約に甘んじず、敢えて超越しようという演出の意志が類稀な緊張感を醸成しているように私には思えた、ということ。
 まず、このステディ・カム撮影はワンカットでありながら、見事にカット割を意識させていることにすぐさま気がつく。人物のフレーミングは多くはフルショットなのだが、要所要所でアップを用いたり、パースペクティブなロングショットもある。見事なバストショットもある。当然流れるようなカメラワークが主体だが、ポイントでは見事な構図のフィクスになる。言葉を換えればカッティングをしないでカット割を意識させる、というある種の冒険をやっている。後から思い返えすと手のアップや屋外を歩く人物のロングなんかはとてもカット繋ぎが無かったようには思えない。或いはキュイスティーヌと学芸員(?)が扉を挟んで頬を膨らませ「ブー」とやる場面の突出して濃密な空気間。
 また、主観ショット、つまり人間の視点で切り取られた映像という設定にはなっているが、それを首肯するのはあくまでも画面外からナレーションが入るからだし、時折登場人物のカメラ目線があるからであって、このステディ・カムの映像は現実の人間の視点とはかけ離れている。また、ダンスシーンのスペクタクルはとても人間の眼差しだとは思えないではないか。それは私には現実らしい眼差しの造型をはじめから放棄したものだと感じられる。さらに云えば主観ショットとは謳っているが、やろうとしたのはあくまでも客観的なカメラアイであり、主観ショットと見紛わせながら神の視点とも云うべきカメラの視点を狡猾に突きつける危うさだったのではないか。

 そしてこの作品がまさに「映画」だと感じるのは、広大なオフ・スクリーンの演出だ。なんと贅沢なオフ・スクリーン。建築物としてのエルミタージュやその所蔵品をまるで見せる気が無いような切り取り方をし観客をイライラさせるのもオフ・スクリーン演出の戦略だろう。ラストで唐突に海原を持ってくるなんて、なんと徹底していることか。
http://www.page.sannet.ne.jp/egi/

投稿者:Stingr@y投稿日:2003-06-02 19:50:40
 ワンカットだろうが何だろうが,映画は技術だけではない,中身だね。本作品は予想通りつまらぬ王朝懐古物になっている。何かを言いたいのは確かに分かる。だがワンカットでは結局は限界があった,ということ。ワンカットの限界として,この物語は一人称になっている。つまり,「わたし」なる透明人間の「見た目」が映像そのものなのである。ということは,物語に「見た目」以上の深みがないということ。特に人間関係は悲惨,惨憺たるものである。人間関係を描けずに,映画とは言えないだろう。まあ,カメラワークの教材ですね。

 エルミタージュはロシア帝国ロマノフ王朝の冬の宮殿として王朝の盛衰を見てきた。ロマノフ王朝の再現として,ピョートル大帝(在位1682-1725),エカテリーナ2世(同1762-96),ニコライ1世(同1825-55),ニコライ2世(同1894-1917)が出てくる。ピョートル大帝はサンクト・ペテルブルグを作ったし,ニコライ2世はロシア革命で一家が処刑(1918年)された。皇女アナスタシア(処刑時17歳)と皇太子アレクセイ(同14歳)も登場している。

 現在のエルミタージュは美術館である。だが,それら美術品の表現さえテレビの美術番組に負けている。「見た目」なのだからズームもクレーンも使えない。カメラはつまらなそうに壁の絵を撮る。そりゃ,単に床から上を見上げただけじゃつまらない映像になるのは道理。狂言回しのフランス人キュスティーヌ伯爵の皮肉めいた批判(音声)だけが鋭い。

 「わたし」が入り込む部屋毎にロシアの歴史が交錯する。湿地を埋め立てたサンクト・ペテルブルグは“北のベニス”と言われるほど運河が発達しており,エルミタージュはサンクト・ペテルブルグに浮かぶ方舟(はこぶね)と表現される。これが原題「Russkij Kovcheg」=「ロシアの方舟(はこぶね)」の意味で,エルミタージュは時代の海を行く方舟で,その積荷は歴史ということ。

 さて,映画のクライマックスは舞踏会で,この作品はこれを撮りたくて計画されたと言ってよい。カメラと出演者が接触しそうでヒヤヒヤしながら見てしまうが,上手くよけているのは見事。しかし,動きに慣れてしまうと,ここでも「見た目」ばかりで俯瞰が使えないという欠点が目立ってくる。さらに,出演者何人かのカメラ目線も気になってしまう。やはりあれだけ人数がいれば,カメラが気になる人はいるよ。思わず後ろを振り向いたり……。
投稿者:mari投稿日:2003-05-11 08:07:14
【ネタバレ注意】

セリフのひとつひとつがいちいちイイです。
一般人は皇帝に追い付けない・・・
あとあの外交官・・・「作曲家は皆ドイツ人」とか言ってるのに「ドイツって何」とか・・・
「ワグナーって誰」・・・
舞踏会は圧巻!
タルコ的冗長さを予感していましたが、全くそんなことはなく、息つく暇のない90分でした。

【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ パルム・ドールアレクサンドル・ソクーロフ 
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
 【DVD】エルミタージュ幻想2003/09/20\4,800amazon.co.jpへ
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