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揺れる大地(1948)

LA TERRA TREMA
EPISODIO DEL MARE

ヴィスコンティの 揺れる大地(ビデオ)
揺れる大地/海の挿話(DVD題)

メディア映画
上映時間161分
製作国イタリア
公開情報劇場公開(ヘラルド)
初公開年月1990/01/19
リバイバル→アーク・フィルムズ=スターキャット-2016.12.24(デジタル修復版)
ジャンルドラマ
映倫G
揺れる大地 デジタル修復版 [Blu-ray]
参考価格:¥ 6,264
価格:¥ 3,848
USED価格:¥ 9,774
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【解説】
 ヴィスコンティ版「怒りの葡萄」。ネオ・レアリズモ仕様・漁師篇。なんて書くとやたら軽薄な感じだが、事実その通りの内容で、ここで若き巨匠は、ヴィットリオ・デ・シーカ監督に倣ってプロの俳優を一切使わず、シチリア島アーチ=トレッツアの漁師を起用し、作品の現実味を増させることに成功している。網元の搾取に苦しむ漁師たちに組合結成を呼びかける青年アントニオは、網元と結託する警察に捕まる。釈放後、非協力的な村民をしり目に独力で漁に出、これを事業として軌道に乗せるが、ある日、大時化に襲われ、全てを失う。素朴な島の民俗が盛り込まれ、権力と自然に拮坑する労働者の有り様と、一人の若者の闘いと挫折を、力強く描く、ヴィスコンティ初期の意義深い名作。
<allcinema>
評価
【関連作品】
怒りの葡萄(1940)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
317 5.67
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【ユーザーコメント】
投稿者:kippousi投稿日:2018-12-29 16:34:29
この映画は、間違いなくイタリアのネオレアリズモの最高傑作であり、おそらくヴィスコンティの最高傑作でもある。

シチリア島の貧しい漁民たちを主人公にしたこの物語(演ずるのも実際の漁民たち)は、リアリズムに徹した作品だが、長女のマーラと左官のニコラが言葉をかわすシーンのあふれる抒情性は、ヴィスコンティ作品のみならず全ての映画の中でも屈指のものがある。
リアリズムに徹した作品でこれほどの抒情性を引き出せたのは、ヴィスコンティの圧倒的演出力のなせる業であり、すごい、の一言に尽きる。

ラストもあまりにも見事で、見るたびに生きる勇気が湧いてくる。
投稿者:SHELTER PEOPLE投稿日:2008-09-21 10:41:49
なかなか面白かった。
投稿者:Ikeda投稿日:2008-09-16 11:14:51
前半は面白く見ていましたが、舟が遭難してから後の展開が、だらだら続くのに嫌気がさしてきました。それも、この時代としては、かなり長尺な作品ですが、その点では当時の日本の黒沢明と類似しています。ただヴィスコンティが母親の宝石を売ったり、一族が住んでいたローマのアパートを売ってまで撮影を続けたという点は立派だと思います。そうは言っても、私は映画は音楽や絵画と違って監督の芸術的関心等の自我などに拘って、限られた時間または予算にある程度合わせられないようでは名監督と言えないと思っています。
そのような批判は別として、この作品にイタリア共産党も資金援助をしたという話もありますが、全体的に見て、その効果は殆どなかったと思います。主人公トーニが家を抵当にして事業を始めるまでは良いけれども、本人の経験不足から失敗すると仲間から村八分にされてしまうなど、とてもコミュニズムに合う話ではないからです。更にマフィアで有名になった場所だけにファミリーが本人の家だけに限られているのに違和感を持ちました。もっともヴィスコンティがミラノの出身だけに、そのような感覚はなかったのかも知れませんが?
ただ、この映画では、出演者がすべて素人なのに皆、立派に役をこなしているのには感心しました。それはシチリアの人達だけの出演なので自然な演技が調和しているからだと思います。それに、この頃から、そろそろスターがいなくなって、人気さえあれば演技はどうでも良いという時代に変わりつつあった事もあります。これが映画界だけなら良いのですが、最近では首相や知事まで同じ様な傾向が出てきた事は本気で心配せざるえを得ません。
なお、この邦題が意味不明で、イタリアの映画なので地震に関係があるのかと思いますが、全く関係ありません。イタリア語はよく解りませんが原題を意訳すれば「海がすべての地で」とでもいうような意味ではないかと思います。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2008-09-14 16:49:57
もともと、共産党から依頼されたドキュメンタリーの企画が出発点だけあって、説明過多なナレーションなどプロパガンダ臭の濃いネオリアリズムものだ。
いずれにしろ、漁師たちのドラマに全く入れず、退屈の極みだった・・・素人キャストも、感情的なシーンでは当然の如く逆効果になってしまっている。
投稿者:シンネマン投稿日:2006-11-08 02:51:40
後期の耽美なヴィスコンティしか知らなかった者には驚きの一作。
くたびれた猟師たちも漁港の喧騒もまさしくイタリアン・ネオレアリズモ。
資本家の搾取に労働者が怒り蜂起し成功するもひょっとしたことで再び挫折する物語はよくあるものだけど、これだけ生々しく描かれるとかなり見入ってしまう。
佳作。
投稿者:さち投稿日:2006-09-07 13:06:47

面白い面白い
投稿者:ルミちゃん投稿日:2004-07-16 14:46:43
『反抗という言葉も知らない純朴な住民たちだった』沿革を示すこの言葉からこの映画は始まる.
不正ばかりで、安く魚を買いたたく仲買人に反抗する.初めはみんなで力を合わせて仲買人に立ち向かった.漁師たちは団結して仲買人に反抗したのね.けれども、自分達の手で直接、街で魚を売ろうと考えたのだけど、元手になる資金を必要とすることに対しては、仲間は集まらなかった.皆に手本を示そうと一家だけで事業を始めた.大漁に巡り会い、いったんは事業が成功したかに見えたけれど、嵐に遭い一転して全てを失う.

いったんは、結婚を決意したかに思えた彼女は、没落と共に会おうともしない.お金と幸せ.
長女が想いを寄せる職人の彼は、成功したかに見えたとき、豊かな女、貧乏な自分を意識して、結婚をあきらめる.お金と幸せ.
妹は、スカーフ一枚を欲しがって、警察署長の誘惑に乗ってしまう.お金.
弟は、お金を稼いで一家を救うべく、怪しげな一味に加わる決心をして家を出る.お金.地元の住民たちは、一度は成功したかに見えたときの妬みから、誰も彼らを雇おうとしない.家を差し押さえられ全てを失う一家、アントーニはいたたまれなくなり、浮浪者と一緒に酒浸りの生活になる.

アントーニは船を観たくなった.船の持ち主になった家の娘、少女との会話.
「助けてあげたいけど」「子供じゃあ無理だろう」以下省略.
「愛し合って、団結するようにならんと、世間もよくなるまいよ」以下省略.
「また見に来てね」

「子供じゃあ無理だろう」なぜ、アントーニはこう答えたのかしら.お金で幸せは買えない、お金以前に、もっと皆が助け合わなければ、こう、映画全体に描き込まれているけど.
「愛し合って、団結するようにならんと」これは、どう言うことなのかしら.
「子供じゃあ無理だろう」なぜ、無理だといったかと言えば、子供はお金を持っていないからそう言ったのではないかしら.じゃあ、「愛し合って、団結する」って、どう言うことなのか.

「助けてあげたいけど」こう、優しく声をかけること、この事が「愛し合って、団結する」事なのね.

船を観たくなった、とは、漁に行きたくなった.彼は有能な漁師、その彼が船を観たくなったとは、つまり、頑張って漁をしていた頃の自分を思い出した、あるいは、船を観れば自然と思い出すと言って良いはず.「また見に来てね」と、少女は声をかけた.この言葉は、もう一度、漁に行きなさい、彼にしてみれば、こう、言い聞かせるように受け取られる.
恥も外聞もない.如何に罵声を浴びようが、貧乏のどん底から抜け出すには、残った家族が力を合わせて働くしかない.彼らにとっては、もう一度漁に出るより他はない.こうすることが、家族が愛し合って団結すること.

この映画で描かれた場合では、反抗.一般的に言えば、団結して戦うこと.団結するとはどう言うことか、と言うと、仲買人に対して皆が一緒に戦ったけれど、それは、お金が欲しいと言う目的と、その手段が、皆が一致したからにすぎない.お金だけが目的の結びつきは、お金のバランスが崩れたとき、その団結もバラバラになってしまう.だからどうしなければいけないかと言えば、お金以前に、皆が助け合う心を持つこと、皆が助け合う心で団結することが、何より大切な事なのね.

お金で幸せは買えない、お金と幸せとは別なこと、映画全体に描き込まれたこの事は、誰にでも分かるはず.にもかかわらず、「助けてあげたいけど」この少女の言葉を、アントーニと同じように「子供じゃあ無理だろう」と受け取ってしまう.少なくとも私はそう受け取ったし、下に書かれている二人も何も理解できていないということは、そう受け取ったと言わざるを得ない.これがどう言うことかというと、アントーニを通して、映画の中に自分自身が描かれていると言える.これがリアリズムなのね.
付け加えれば、より現実の出来事に近い形で描かれている.映画の持つ社会的普遍性はこの点にあり、新しいも古いもない、現在においても、もっとも基本的な事柄と言わなければなりません.
家族が愛し合い助け合うこと、それは大人も子供も関係ない.同様に、皆が愛し合って団結する心も、お金も関係ない、大人も子供も関係ないことである.ヴィスコンティは、少女の言葉を正しく理解させることを目的として、3時間近い映画を撮っているのね.
投稿者:安静投稿日:2004-07-16 01:35:41
と思わずFINEのあとに小さく叫んでしまいました。苦い…現実って…。
一般的に言って「救いがない」物語ですが、ネオリアリズモの作品としての強度があるので、やはりそれを単なる物語とはみられないわけで、「救いがない」とかいうのは実際には見当外れな言い分なんでしょう。
そもそもが予定調和的な、観客の映画に対する気楽な信頼、気軽な態度を覆したからこそネオリアリズモなわけで。だから「救いがない」なんていう感想をつい抱いてしまいますが、すぐにそんな態度である自分に対するある種の反省が促されますね。
単に物語としてみたら「おしん」とか「愛の嵐」とかっぽいとは思いますけど。そういうことじゃないんですね。でもそう思ってしまう2004年の私もそれはそれで正直だろうと思います。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 国際賞ルキノ・ヴィスコンティ 
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
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