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欲望(1966)

BLOWUP

メディア映画
上映時間111分
製作国イギリス/イタリア
公開情報劇場公開(MGM)
初公開年月1967/06/03
ジャンルサスペンス/ドラマ
欲望
参考価格:¥ 1,429
価格:¥ 968
USED価格:¥ 950
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【解説】
 カメラマンのトーマスは、夜の公園で逢い引きしているカップルを盗み撮りした。やがて男の方が姿を消したあと、女の方がトーマスのもとにやってきてネガを要求する。代償として女のヌードを撮らせてもらい、別のネガを渡して本物を現像した時、そこには女の逢い引き相手だった男性の死体が写っていた……。アントニオーニがイギリスに渡って作り上げた異色作。サスペンス・スリラーを思わせる前半から、次第に不条理劇の様相を呈してくる後半まで、現実と虚構の境界線を見据えるアントニオーニの筆致は鮮やかだ。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
973 8.11
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【ユーザーコメント】
投稿者:4531731投稿日:2013-06-27 11:52:33
記憶はカメラの機能を持つ。しかし、記憶は写真とは異なり、都合の良いように変化していくことがある。
「情事」以来、アントニオーニはウソをついているが、ここでもいくつかウソをついている。
そのたくさんある内のウソをひとつかふたつでも理解できないと、映画の真意が全く理解できないだろう。
キーのひとつとして、冒頭のナンバープレートと住所があげられます。ナンバープレートには「734C」とあり、
住所は「39」です。ナンバープレートは「73 for Christ Sake」と読み、住所は39年前ということだと考えられます。
つまり、謎の「写真の男」と「主人公」の年齢の示唆と受け取ることが出来る仕掛けです。

基本的に「写真はウソをつくことがあるし、真実を写すことはない」というアントニオーニの批判が基調になっている。
なぜなら、写真を撮るのは人間だからだ。人間は撮りたいものしか撮らないからだ。
密会を撮られてあせる女性のエピソードが興味深い。彼女は地位や外聞を気にしているわけじゃない。
彼女は、初老の紳士に対して隠していることがある。それを知られるのではないかと心配しているのだ。
彼女は何を隠しているのだろうか?じつは、主人公は彼女が何を隠しているのか知っている。
だが、主人公はその事実を認めたくない。認めることが怖いのだ。これは、老齢にさしかかった
当時のアントニオーニの心情も加味されていると考えられる。

ラストで道化集団がパントマイムでテニスを演じるが、これが非常に示唆に富んでいる。
見えないボールが見えたとき、このとき、主人公に何が起きたか?
「見えないものを見ること」。これが最後のキーです。
投稿者:コメット投稿日:2011-09-30 11:28:20
 わたしが不思議な魅力で引き込まれ、さんざん振り回された挙句、最後にはついていけなくなった映画またはテレビ番組は、この映画と『ツイン・ピークス』と『キングダム』。そんな作品に出会うのは、幸い中の不幸としか思えない。
投稿者:ローランド投稿日:2011-09-04 10:17:12
 分かりやすく説明しないで観客の感受性を試すような作品や、いわゆる不
条理もの、このところそういうふうなものを多く観ていることもあってか、40年
以上も前のこの作品のことを思い出し観たくなったのだけど、こんなわけの
わからん映画が公開当時、ちょこっとだけど人気ミュージシャンが出ているこ
ともあってか話題にもなったしソコソコのヒットもしたのですよね。 首を傾け
て途方にくれながらも、何か不可思議な満足感を得たことを思い出しますが、

今観たらどうなんだろう。  

 ↓のひとが 『どれが正しくて、どれが誤りなのか、それは分からない。 
自分なりの解釈であっていいと思うんだ(と、言い訳)』 とおっしゃっているけ
ど、それでいいのではないかと思います。 正しい観かたを考えたり意味の通
ったものを求めてしまうと、かえって理解や解釈や味わいが浅くなってしまう
のであって、その空気空間に身をゆだねることで、音楽や映画や美術鑑賞、
または読書から得た鑑賞者自身の内面に蓄積されたもの、それが揺り動か
されて感覚を刺激し快感を与えてくれるということではないかと。  

 などと拙く前衛美術芸術擁護論みたいなことを述べていると、なんか
背伸びして小難しい作品を持ち上げているように受け取られる恐れもあるの
で、ここはひとつ権威ある有名人を引っ張り出してしまおう。  

 抽象絵画の創始者と言われているカンディンスキーが、作品のタイトルに
音楽用語をよく使っているように絵画と音楽の共通性を述べているのを知っ
て、難解な絵画もそういった鑑賞のしかたをすると何やら分かった気になって
くる、なるほどなって納得したことがあるのだけど、これは映画にも当てはま
る部分があるのではないでしょうか。  

 そして、いまや俳壇の重鎮といえる金子兜太の句評に 『この作品に牋
味の通ったもの瓩魑瓩瓩襪海箸篭鬚旅頂なのだ。強いて言えば、この訳の
分からぬ現実感こそが牋嫐瓩覆里澄 (名著「今日の俳句」より) という
のがあります。      

 
 仕事で手を動かしながら、今晩の食事や昨日の出来事、それらのイメージ
を膨らませた像を頭に思い浮かべることがあるのではないかと思うけど、そ
の頭に思い浮かべたことを眼前の実像と同時に映像にしたら・・・・と考えれ
ば、あっちに飛んだりこっちに飛んだりする難解と思えていた作品も、なんの
こともなく理解でき納得するってことがあるのでは?。

投稿者:gapper投稿日:2010-11-18 23:21:04
【ネタバレ注意】

 中身のない美しい作品。

 フィルムの状態もとても良く、映っている風景も美しいイギリスだ。
 だが主人公トーマス(デヴィッド・ヘミングス)は、格好ばかり。
 出来事である公園の撮影時にも柵の後ろに隠れるようにして撮影するのだが、全く隠れていない。 実際見つかってしまう。
 一貫してそういった態度であるので、どうしても頭が悪いようにしか感じられない。
 この演技か演出が災いして、折角の風景も物語りも楽しめない。

 サスペンスでなく、妄想や幻想でもなくましてやオカルトでもなく不条理として実際見た死体が無くなるというのはどう評価すべきか分からない。
 それまでに無いタイプの作品ではあるが、それだけで評価をして良いものか。

 ヴァネッサ・レッドグレーヴ、サラ・マイルズ、ジェーン・バーキンという新人に近い女優が集まっているのは特筆に価する。
 3人共、この後に一流の女優として活躍するというのはなかなか無いことだ。

投稿者:こじか投稿日:2010-04-16 01:36:08
ポスター写真はパワーあるよなぁ。

しかし、作品はよく判らず終了。
正直眠かった。
また巡り合えたら再見します。
投稿者:Normandie投稿日:2010-02-28 02:08:20
何度見ても飽きないほど大好き。この映画も長い付き合いだ。
投稿者:TNO投稿日:2010-01-29 22:15:31
【ネタバレ注意】

主人公の写真家(デヴィッド・ヘミングス)は、暴君で繊細でエネルギッシュで絵や骨董が好き。殺人事件に巻き込まれそうになるが、深刻化はしない。この写真家は、正義や道徳というイメージはなく、むしろ悪人の様相が漂うのだが、女性を惹き付ける引力のようなものは持っている。しかし、映画の最後には何故か芝生の場面から忽然と消えてしまう。本作のテーマは、掴みどころがなく、私にはよくわからなかった。パントマイム・テニスは、十分楽しませてはくれたが、本筋とは関係なさそう。ミケランジェロ・アントニオーニ監督はイタリア人だが、出演者は英国人で固められていて舞台も英国だ。マリファナ・パーティーやアナーキーな若者集団やロック・バンドのライブや公道を散歩するゲイなど、当時のロンドンの新しい風俗も描かれている。60年代半ばに、このあたりのインパクトは、さぞや大きかったであろう。もしかしたら、アントニオーニは、こういった最新の風俗を紹介したくて、本作をロンドンまで行って撮ったのかも知れない。バネッサ・レッドグレーブは、若く美しかった。彼女は、明らかに殺人に関係しているのだが、真相は明かされないし、登場時間も限られていた。サラ・マイルズは、主人公の友人の前衛画家(ジョン・キャッスル)の恋人だが、主人公にも気がある。この人も良い女優だったけど、更に登場時間が短くて残念だった。ジェーン・バーキンは、主人公に付きまとう娘役で、もう一人の娘とともに全裸で写真家と戯れる。DVD音声解説によると本作で一般映画で初めてヘアを曝した女優らしい。

投稿者:QUNIO投稿日:2009-07-16 13:37:37
カメラマン(女ばかり食ってるオシャレ野郎)が自分で撮った写真を見て自己満足に浸っていたら、不可解な「死体」が写っていた・・・・という内容なのだが、結局あの死体はカメラマンの妄想の産物で、撮った公園まで行ったら自分も消滅しちゃった(笑)。意味が分からん。乾いた映像は好きだけど。

ロンドンのヒッピー(白塗り軍団)がワーワーやってる場面がなんかツボ。
投稿者:uptail投稿日:2009-05-22 15:39:33
ハービー・ハンコック
投稿者:ララルー投稿日:2008-07-20 20:41:49
D・ヘミングスの美しさが際立つ。この人、晩年は怪物みたいになりましたね。
もっとダンディに老化してほしかったけど、今はもう天国にいるから
きっと往年の美男子に戻ってることでしょう。
投稿者:ASH投稿日:2007-08-11 02:13:54
【ネタバレ注意】

 わぁ〜ん、こんなにコメントが寄せられているというのに、誰もヤードバーズへの言及がないよぉ〜ん(註:ありますって)。ジミー・ペイジとジェフ・ベック在籍時だぞ。ベックは調子の悪いアンプにあたって、ギターを叩き壊すぞ!

 と、まあ、それはさておき、いまさらながら簡単な言葉で済ませちゃえば「不条理」。カメラマンの青年が、たまたま撮った写真に死体が写ってた。いったい何が起こったのか…という謎解き映画なのかと思ったら、ありゃりゃん、死体のことは結局、解決しないでやんの。夢か幻か、本当に死体はあの公園にあったのか?

 そう、これはねぇ、誤誘導なんだろかね。要するに、アントニオーニは端からサスペンス映画やミステリー映画にするつもりはなくて、当時のロンドン・カルチャーの現状と退廃ぶりを描きたかったのではないかと。まあ、この映画に関してはいろんなところで研究・論争されているので、今頃になって僕なりの答えを出すのも気が引けるのだが、そんな風に感じたわけ。

 ということで、60年代ポップ・カルチャーの描写はこの当時の最先端だったんだろうね。なんといっても主人公の職業がカメラマンだもの。美人モデルを言葉巧みにノせたり、軽くあしらったりと、男の眼でみるとなんとも羨ましい限り。彼女たちが着ている服がまたオシャレ。ハービー・ハンコックのスコアがカッコいい。おまけにヤードバーズだもん。

 ちなみに、ヤードバーズの演奏シーンでは、観客の殆どはボーッと突っ立ててノリが悪い。ところが、ベックがギターを叩きつけてそれを客席に投げると、一斉にワーッと誰もが我先に取ろうと奪い合って大モッシュ大会になる。この演出、わざとやってます。

 さて、特筆事項は、カメラマンのトーマス(役名で呼ばれる場面、あった?)のスタジオに押しかけてくるモデル志願の女の子のひとりが、ジェーン・バーキンだということ。レナウンのイエイエ・ガール(古ッ!)みたいな格好で、パンストの下はノーパン! スタジオでトーマスと戯れるシーンでは、ご自慢(?)の貧乳も披露。ジェーン・バーキン、最高!

 ディテールでお話を見せていく手法が取られているので、台詞は極端に少ない。ゆえに、観客には相当な集中力と想像力が要求されるので、台詞による説明を好む人には不向き。体調が悪いときに観ると、眠るゾ。なおかつ意味の分からない(意味のない)描写も多い。ただし、一度観るともう一度観たくなる、そんな不思議な魅力もある。僕は最後まで一気に観れたぞい。

 あんな終わり方をしているから、この映画、いろんな解釈をされている。どれが正しくて、どれが誤りなのか、それは分からない。自分なりの解釈であっていいと思うんだ(と、言い訳)。

投稿者:ミッチェル五郎投稿日:2007-06-15 07:44:50
独特の空気がいい
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2006-12-25 16:50:36
昨日の夜11時から観始めたけど、20分ぐらいで停めて、今日2回に分けてやっと最後まで観れた。
ラストで主役がテニスのパントマイムに付き合う所など印象に残るシーンもあるが、こうしたブルジョアの退廃を扱った作品(それもヴィスコンティの「感傷」ではなく、当時の現在進行形で描いたような)はどれもピンと来ない。後で解説を聞くなんて論外。ブニュエルやフェリーニは面白い作品もあったが、このアントニオーニやゴダール、パゾリーニ、ブレッソンの映画はどれを観ても合わなそう。
投稿者:satoruu投稿日:2006-09-01 02:48:40
60年代ロンドンをよく象徴している構図であると思う。まず冒頭にあらわれるあの暴徒の集団は、パンクムーブメント:ピストルズはクラシュに代表するあのアナーキズムを表わそうとしている。それを周りの一般人は明らかに目に入っているにもかかわらず、見てみぬ振りをする。まるでインビジブルな集団化のように。この一般人と暴徒の極端な二極化も当時のイギリスの、経済成長を支える人々と、若者のパンクムーブメントによる無政府主義の社会をメタフィジカルに描いているのではないだろうか?

プロの写真家である主人公が、モデルである女性との性交渉を暗示させるかのような絡みであるあのショット。あれは映画の歴史の中でもあまりにも有名であるが、このシーンは当時のコード規制の常識を打ち破っ、ある挑戦状である。セックスの描写が厳しく規制されていた当時、アントニオーニがフランスの国民的文化ともいえるセックスを写真撮影というフォームを用いて、表象的に世にたたきつけたアートモンタージュであるともいえる。
そしてひとたびオルガズムに達すると彼は、後に出てくる2人組みの女性同様、あっけなく興味を示さなくなる。女のほうも同様、1回のみの短期的関係をさっしして、そっけない態度をとるのである。一時的な快楽を味わった彼らはそれぞれ別行動に移るのだ。

彼は公園に行き、今まで写真集のために撮っていた戦争スナップのラストを飾る平和的な絵を収めるため、公園に出向く。そこからこの原題であるblow-upを行う写真を偶然とってします。そこからミステリーが始まるのだが・・・

決してただのミステリーに収まらないアーティスティックな映画をとるアントニオーニの英語映画の最高傑作ではないか、この映画わぁ!!
投稿者:Tom投稿日:2005-12-11 00:25:18
この映画の後のアメリカン・ニュー・シネマ作家たちへの影響は計り知れないね。ハービー・ハンコックもこれで世界的になったし。影響を受けた作品は『カンバセーション盗聴』、『ミッドナイト・クロス』、『ブレードランナー』など凄い映画バカリ。暗殺を目撃した主人公自身が消えてしまう非現実的ラストに暗殺と鎮圧の嵐が吹き荒れた60年代への意味ありげな批判精神が読み取れる。
投稿者:Laetitia投稿日:2005-11-13 06:33:39
テレンス・スタンプの自伝によると、彼はトーマス役をオファーされたが結局監督はデイヴィッド・ヘミングスとヴァネッサ・レッドグレーヴ(ジョアンナ・シムカスも候補に挙がっていたらしい)を選び、落胆したとか。
投稿者:ぶくろう投稿日:2005-04-09 13:15:49
中盤だるかったけど、ラストがなんかいい。
投稿者:hs投稿日:2005-03-29 16:57:26
【ネタバレ注意】

写真はありのままの現実をありのまま写し出す。
だけど人間には頭があるからそこに無理やり意味を読み取ろうと
する。それは時にとんでもない誤読をしかねない。
写真とか映像ってのは意味を読み取るもんじゃなくて人間はそれをありのまま
受容すべきだ、てことか?

だから主人公も観客も死体はどこ?と思ったりテニスのパントマイムを
理解したりできる訳だけど、死体もテニスも実際にそこにあったわけではない。
ただ人間がそう読み取ったにすぎないんだね。

実際に主人公が公園に行って死体を確認するシーンがあるけれど、それが夜なの
は重要で画面全体が白黒で統一されてるんだ、主人公が撮った白黒写真と同じで。
つまりあの夜の公園のシーンは現実とは区別されてるんじゃないかな。


投稿者:ふじこ投稿日:2004-10-14 18:12:11
この監督さんについての知識もないまま鑑賞したので、余計に理解ができなかった。
幻想?どこからが夢?もしかして主人公も最初から存在しなかったとか?
そのわからなさがこの作品の面白さなのかもしれないが、自分は楽しむまでは至らなかったようです。
一度観ただけでこの映画のすごさとか多くを語れてしまう方々を尊敬するなぁ、嫌味じゃなくて。
写真に興味がある方はより面白かったのではないかな。
ファッションとか音楽とか60'Sだなぁと感じた。
投稿者:Mr.Nobody投稿日:2004-08-28 18:24:35
有名な話で恐縮ですが、
この映画をモチーフ(パクって)に
ブライアン・デ・パルマが
『ミッドナイトクロス』(BLOW OUT)
を作りました。

オリジナルに比べてコピーであるはずの
デ・パルマの方が正直言って面白いぞぉ〜。
投稿者:安静投稿日:2004-07-12 17:51:22
正直アントニオーニはいつも寝る。例に漏れずこの作品も寝た。ビデオでみたのでまあ一応全部見直せたけれど。
でも見た後の感じは相変わらず圧倒されてしまうんですね。なんだかうわついたノリだなあと思ってたのに、見事裏切られた。
すごい。すごい。

投稿者:さち投稿日:2004-06-13 08:31:30
このペースがきつい ベイリーの私生活そのままだろうなという気もする 
おしゃれか という質問にも?
ただ作品中の写真は面白いと感じた
色もよかったかもね
投稿者:ルミちゃん投稿日:2004-04-28 03:31:18
【ネタバレ注意】

一台の車に鈴なりになって騒ぎまくる若者の一団は、どうみても人間の屑のかたまり.
さて、主人公たるこの写真家はと言えば、たまたま公園でみかけた逢い引き中のアベックの写真を、なにがなんでも公にすると言う、肖像権と言う意識のかけらも無い人間.
骨董品店の店番のお爺さんが、この写真家の正体を一番端的に現しているみたい.
「安いものはないから無駄だ」、つまり、おまえは金にしか興味がないだろう.その通り、この男、店を安く買いたたくためにやって来たのね.
目の前で埃を吹き飛ばして、これは、モデル志願の二人連れの女の子を「汚らわしい」と言って置き去りにしたお返しみたい.
芸術とは素直な心、写真が持つ芸術性が見えない物を写す、つまり人の心を写すものであるとすれば、ゴシップ写真で人を困難に陥らせるものではない.
また、ある一面において写真が真実を伝えるものであるならば、殺人に気が付いた時点で警察に届けるべきはずなのに、自分のスクープを優先して届けようとはしなかった.言い換えれば、真実より興味の方が先にある人間なのね.
写真にすべきでない事柄を写真にしようとする人間は、写真にすべき事柄を写真にすることができない、結果としてこうなったのかしら.

テニスをやっているふりをする馬鹿の一団.乞われるままにボールを投げ返すこの男.
分かりやすく書けば、夜で描かれたのは、自分の書いたラブレターを覚えていなかった小説家.
この映画で描かれたのは、無いボールが見える写真家.
後から前の方へ辿れば、窓越しに他人のSEXをぼけっとして観ているこの男は馬鹿.
ロックバンドが演奏しながらギターを叩き壊して、壊れたギターを観衆が奪い合い、結局そのギターを道端に捨ててしまう.全部馬鹿げたこと.
モデルになりたい二人の女の子、結局裸になって馬鹿騒ぎ.
もう一度、骨董店のお爺さん、お客を見事に馬鹿にする.

投稿者:田子の月投稿日:2003-12-18 02:25:34
【ネタバレ注意】

トーマスが写した「殺人」は、妻や友人が話を聞いてくれず、写真が無くなり、あげくに死体も無くなってこの世に存在しなくなってしまった。
「存在しない」テニスのラリーがトーマスに見えて、「存在した」はずのトーマス自身が消える。
トーマスはパントマイムの不条理の世界の一員となった。

投稿者:D.T投稿日:2002-11-30 21:23:54
【ネタバレ注意】

仮に『欲望』(1966)が夢の映像化なのだとして、これほど“夢”の映像化に在りがちな、いかにも夢か現かを表したような幻影、幻想的な趣の映像が皆無な作品も珍しいですね。全編、惚れ惚れするほどシャープで力強い映像の連続です。



ただ、ラストのカメラの遊離感だけは、僕も夢を見る者として、また、時にはそのイメージの断片を反芻する者として“夢”を実感できる映像なんです。



デヴィッド・ヘミングス扮する映画の主人公、トーマスは若く才気煥発な印象のカメラマン。映画冒頭で、明け方、公共宿舎めいた安宿から吐き出される大勢の労務者(風情の男)たちに混じって豊かな長髪のブロンドと鋭い眼差しで唯一生気を湛えた印象のトーマスが映し出される。



当てずっぽうかもしれませんが、トーマスが公共宿舎を出て、黒いスポーツカーに乗ってアクセルを踏んだ辺りからが夢の始まりなのではないか。…そう、夢を見ている主人公の実体は宿舎で眠っている。おそらく、トーマスが年齢を重ねた姿がベッドに横たわっている。少なくとも彼はかつてトーマスに似て感受性が強く、また、熟練のカメラマンであったのではないか…。



トーマスのスタジオ撮影等での尋常じゃない自信満々な身振り、一方、狂騒的なパントマイム集団に向ける寛容な眼差しや身振り…この辺りには、ヘミングス(1941年生まれ)が体現するトーマスという20代半ばと思しき若者というよりは、中年、老成に傾いた男の身振りを思わせる。加えて、トーマスが仕事仲間と佇むレストランで、外の風景を眺めながら「ロンドンは死んでいる」と呟くシーンからは、老いた者にして示せるような哀感や悔恨めいた何かが滲むんです。



アントニオーニの『欲望』は、劇中の重要なモチーフを通してジェネレーションギャップや価値観の揺らぎを見事に描いた映画でもある。

(1)ヴァネッサ・レッドグレーヴ扮するミステリアスなヒロイン、ジェーンと公園で密会していた紳士風情の男は、少なくともヒロインの父親に見えるほどの年齢差を感じさせる。

(2)トーマスが初めて“公園”に入った時すれ違うパントマイム風情の男は、冒頭近くから唐突に何度も現れて強いインパクトを残す若く狂的なパントマイム集団とは対称的に老いた哀感を漂わせている。

(3)トーマスは妻が友人とセックスしているのを目の当たりにしながら、怒ることも泣く事もできない…。

―加えて言えば、トーマスの中に熱中、追究といった“若さ”と、時折見せる寛容、哀感が滲み出す“老成”の身振りが同居している点も見逃せない。舞台となるロンドンの風景自体にも、しっとりした古さと、新たな価値観、美意識が混在している。



つまり、(おそらく公共宿舎で夢を見ている)真の主人公は、若さと老いの美徳が両方一遍に有る状態が望ましいと思っている、あるいはある時点でそう悟ったに違いない。その思いが、ある眠りの中で『欲望』というイメージを産み出したのではないか。



いずれにしてもこの映画、“夢”に似て破格の魅力を湛えた瞬間、映像に溢れています。



トーマスがぶらり訪れた公園で撮った“ジェーンと愛人”の密会。トーマスのスタジオを探し当て駆け込んできたジェーンは「写真が人目に触れたら自分は苦境に陥ってしまう」とネガの返還を迫る。トーマスはジェーンと不思議なひと時(※詳細省く)を過ごした後、別のネガを彼女に渡す……。

―ジェーンが去った後、トーマスは件のネガ・フィルムを現像し始める。トーマスはプリントを眺めながら何か怪しげな影が写っているのに気付き…黙して見詰める。何なのだ…引き伸ばしたプリントを一人眺める、指を当てて…ジェーンの視線の先の茂みを辿る…さらに、引き伸ばす。途中から、観客もピストルを持った男が、そして別のネガから引き伸ばしたプリントには死体めいたものが横たえられているのでは…とそこまではトーマスと同時体験的に見えてくる。だがしかし、目をトーマスのように凝らしても観客にも決定的な姿は見えてこない辺りが“夢”それ自体と似て圧巻なのだ。

―僕は、この一連の≪現像、引き伸ばし、観察…≫といった、台詞一つない孤独な作業に捧げられたシークエンスからは目を離すことができないのは勿論、いつも身を乗り出して見入ってしまう。



ラスト近く、件のパントマイム集団による見えないボールでのテニスとそれを穏やかに眺めるトーマスを追うシークエンス。引き伸ばしたネガに見たかったものには答えを出せなかったトーマスは、この“見えないボールでのテニス”のシークエンスでは、観客には見えないファールしたテニス・ボールを拾い、コートに投げ返している。そしてトーマスが姿を消してしまうラスト。公共宿舎のベッドで目覚めた真の主人公は何を失った男だったのだろうか…。うーん、謎は解ききれていない…。そして、なぜ僕がトーマスに惹かれ続けるのかも…


■http://ohwell.exblog.jp/

投稿者:うらら投稿日:2002-07-15 22:00:56
ハンコックの音楽が最高。
時代の空気が感じられて最高。
ロック好きも感激。
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