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(1961)

LA NOTTE

メディア映画
上映時間122分
製作国イタリア/フランス
公開情報劇場公開(東和)
初公開年月1962/11/28
ジャンルドラマ
夜 【ブルーレイ版】 [Blu-ray]
参考価格:¥ 5,184
価格:¥ 3,839
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【解説】
 結婚して十年になる作家とその妻が、病床にある夫の友人を見舞った。彼の姿を見て、作家の妻は心が傾いていくのを感じる。それは同時に、夫婦の絆が失われていくことを意味していた……。平穏な夫婦生活に潜む危機を描いた作品。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
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110 10.00
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【ユーザーコメント】
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2018-05-14 04:14:43
「アイズ ワイド シャット」の元ネタ的作品。夫婦に起こった気の迷いの描写は、こちらの方が徹底してる。
投稿者:uptail投稿日:2013-11-06 11:39:28
モニカ・ヴィッティ
投稿者:TNO投稿日:2009-06-14 01:45:21
【ネタバレ注意】

マストロヤンニとモロー演じる1組の夫婦の1昼夜を描いたものだが、この2人は、仮装夫婦であることが、徐々にわかってくる。妻は、夫の仕事場(サイン会会場)を後にして一人街を当ても無く彷徨する。パンを頬張るドライバー、泣いている幼児、ヨーグルトを食べる老婆が、何の意味があるのか、次々と登場する。ウエストサイド物語風の若者グループ同士の喧嘩には、割って入って止めにかかったりもする。後半の実業家宅でのパーティーシーンは、"甘い生活"をマストロヤンニ繋がりでいやでも連想してしまう。かなりはちゃめちゃなパーティーで、屋内外を問わず人々が好き勝手なことをしている。(それにしても、広い庭!庭の一角にゴルフ場まである。)その、明け方まで続くパーティーの間に、夫婦それぞれアバンチュールが生まれ、妻の元恋人の死も知らされ、夫は就職まで決まりかけてしまう。しかし、夫婦の今後の関係、それぞれの身の置き場、全てが曖昧のまま明け方のゴルフ場で抱き合ったところで終了してしまう。しかし、不思議な余韻の残る映画だ。モローは、"雨のしのび逢い"でも、何1つ不自由しない境遇でありながら、現状を拒絶しようとして儘ならない女性を演じていて、本作と通じるところがある。こういう気だるさは、モローの十八番だろう。

投稿者:さち投稿日:2004-09-20 08:58:38
アントンの映画は長くてきつい映画が多いけれども、この作品は良かった。内部心理描写が複雑で大人な感じ。最後は男の強がりか、それとも愛?
投稿者:ルミちゃん投稿日:2004-07-26 19:21:02
【ネタバレ注意】

戦争中は当然戦争に翻弄され、戦後の食べるのが精一杯の生活も、自分らしく生きる、こう考える生活には遠いものであった.この映画の撮られた年代は、戦争の傷跡も癒え、食べるだけが精一杯の生活から抜け出し、例えば豊かさとは何か、そう問うゆとりが出来てきた時代、こう言って良いでしょう.
描かれた作家も、そこそこには名が売れて、本も売れ、生活も安定してきて、自分自身の生き方を考えるゆとりが出来てきた.そんなある日、病気の友人を見舞うところから、映画は始まるのだけど.
友人の病状が解った時には、もう手遅れであったらしい.明日のことは分からない、と同時に、友人の死は、必然的に生きるとはどう言うことなのか、考えさせられる.

明日の事はわからない.少し言い換えて、自分の将来に分からないものがある.これは、いつの時代も変わらないものなのでしょうか.時代の変化は激しく、明日何がどのように変わるのか、誰にも予想が付かないものがある.資産家の言葉を借りれば、「明日のことなど分からないよ、一応の抱負はあるが今のことだけで手一杯だ」「未来は不透明だ、今や事業家とて仕事に自身が持てん」、こうした時代に自分らしく生きるとは.

食べるために働くのでないとすれば、何のために働くのか.後悔しない生き方とは.
生き甲斐とは、夢中になって一生懸命に何かをすること.自分を見つめるとは、自分が夢中になれるもの、一生懸命にできることを見つけ出すこと.

自分らしく生きるとは、ある面では、自分のやりたいことを夢中になってすること.夢中になって喧嘩をしてはいけませんが、若者が、一生懸命夢中になってロケットをあげている.何のためにと聞かれても分からないけれど.またある一面においては、自分を見つめ考えること.事業家は、今の社員は会社について何も知らないから、社史を発行して社員教育をしようと考えていたけれど、ある程度の年齢になれば、自分を知るとは、自分自身を振り返ってみることでもあるのね.
こう考えると、自分の書いたラブレターを憶えていなかった小説家、どうも自分自身が分かっていないみたい.自分が分からないということは、相手のことも分からない、妻の気持ちも理解できないでいる.
他方、妻は、孤独に浸る.パーティの喧噪の中も、孤独に浸る.孤独とは自分を見つめる事、自分について考えることであり、その結果、別れる決心をした.

投稿者:4531731投稿日:2004-02-11 00:44:22
【ネタバレ注意】

 冒頭の最上階から一気に下るエレベーターが良いです。誰が乗ってるかはわからない… どこからどこへ行くんだろう… 
 アントニオーニの「夜」は最良の形で表された「心の形」。カウンセリングに行くよりもこの映画を理解しようとする方が得るものが多い。自分のことを知ることになるので(カウンセラーは自分をごまかすことしか教えない、まあ、商売だからな)。
 冒頭の瀕死のオヤジは代弁者だ。重要だ。モローに注目。彼女はオヤジに勧められても座らない、飲まない。まるで観察者。「乾杯」飲む三人、「私帰るわ」とモロー。
 ここからモローが「移動」開始。どこへ向かうのか?ひとつひとつの動き、ノイズも見逃せない。まるで彼女の心の変化(行き先)について警告を発するようなヘリ、ジェット機、サイレンの音。
 モローの散歩。移りゆく景色(心の変化)。歩いてると泣いてる幼児に出会う。アントニオーニ流のフラッシュバック。かたわらには廃棄された時計。
 それまでゆっくりと歩くような速さで流れていた内的変化も、タクシーの移動で一気に速度アップ。彼女の到着地に注目したい。暴力と性の誘惑。打ち上げロケットで遊ぶ若者たち。
 夫の友人の屋敷は最終目的地だろう。着くなり大勢の人が「ヴォルファンゴ(下劣を欲する)」という名の馬を称えている。モローが窓越しにのぞく光景は自身の内的世界だろう。ヴィッティ中心の寸劇が本音で、モロー中心の寸劇は現実だろう。
 モローとロバート、ヴィッティとマストロヤンニの出会い。まるで鏡。ついに本音と向き合う時という感じですね。
 モローとヴィッティがウィスキー片手に語り合うシーン。おもしろいですね。画面は白黒、ふたつに分断されている。白にはモロー。黒にはヴィッティ。この手はいろんな人が使いますね。俺が確認してるだけで、高林陽一とヴェルナーシュレーターがいる。アントニオーニはいつも映画を撮影してるんじゃなく、心を造型している。

【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 金熊賞ミケランジェロ・アントニオーニ 
【ソフト】
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