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夜と霧(1955)

NUIT ET BROUILLARD
NIGHT AND FOG

メディア映画
上映時間32分
製作国フランス
公開情報劇場公開(ヘラルド)
初公開年月1961/10/20
リバイバル→ヘラルド-72.10
ジャンルドキュメンタリー
4百万ユダヤ人の大量虐殺! 完成以来17年-遂にノーカット版公開!!
アラン・レネ Blu-ray ツインパック『夜と霧』『二十四時間の情事(ヒロシマ・モナムール)』
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【解説】
 ホロコーストに関するドキュメンタリーが数あれど、そのいずれも曖昧なものにしてしまうほど、本作の印象は強い。何が優れているか。まず、現在のアウシュビッツ強制収容所の廃墟を映し出すG・クロケとS・ヴィエルニのカメラの冷徹な美しさが違う。厳粛な事実の記録を真っ向にし、その悲しみに負けず拮抗する映像が得も言われぬ緊張感を醸す。抑えたナレーションはミシェル・ブーケ。そのテクスト(J・ケイヨール)はまことに詩的である。そして、何よりも素晴らしいのはH・アイスラーの音楽。特に収容所内での残虐行為のスチールを連ねるクライマックスとも言えるシークェンスで、流れるスコアの玄妙な穏やかさがかえって恐怖をたちのぼらせる迫力はどうだ。この僅か30分ばかりの映画は確実に観る者の人生に少なからぬ影響を与えるだろう。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
983 9.22
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【ユーザーコメント】
投稿者:sachi823投稿日:2014-02-16 16:00:29
第2次世界大戦中のナチスの悪行を描いた作品は数多くありますが、
本作品はドキュメンタリーで、次々と映し出される現実に言葉もありません。
特別な時代や特別な国で特別な人々が起こしたことではなく
いつでもこのようなことが起こりえるのだという
人間の良心に対する警鐘のようにも感じられます。
投稿者:TNO投稿日:2013-12-01 21:10:53
アウシュビッツには、いつか訪れたいと思っている。記録映像の生々しさは、ただならない。この施設内で行われていた非人道的行為は知れ渡っていて、映画としても、このアウシュビッツを再現したものは、「愛の嵐」、「シンドラーのリスト」等々数多いが、本作の映像は、真似できない。ナチスドイツがユダヤ民族というだけの理由で自由を奪い虐待の限りを尽くしていたという事実に、改めて愕然とする。収容所周辺で1945年には10万人規模の都市が出現していたということなので、一大国家事業として民間企業まで巻き込んで、本気で取り組んでいたとは。
投稿者:呑気呆亭投稿日:2013-11-25 19:02:53
ニンゲンがこれほどのことをするのか。ニンゲンがこれほどのことをされたのか。目の前に坦々と映し出される映像を直視しながら、ボクラは加害者と被害者とどちらにもなり得るのだと思い知り、ニンゲンであることを引き受けるためにはこれらの映像を直視し受け入れなければならないと思うのだが、これは映画を見るというには余りにも異様な体験である。“アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮である”とはアドルノの言葉だが、では、それを映像作品とすること、そしてその作品の前で沈黙することとは、いかなる意味を持つ行為となるのだろうか?http://d.hatena.ne.jp/nanjakuteituisho/
投稿者:gapper投稿日:2010-08-16 20:58:44
 フランス人によるドイツ強制収容所を中心としたドキュメント。

 事実を写したフイルムを流すだけでなく、ナレーションと音楽つきでどちらかと言うと作品より。
 ドイツ人でなくフランス人が作ったと言うのが、この作品のポイントだ。

 ドイツ人が作れば反省や自戒といった面が強くなり冷静な様でも感情的なものになり勝ち。
 第三者とも言えるフランス人ならでは、冷静に事実を基に作られている。

 収容所に送られるドキュメントフィルムなど、映画作品で見るような泣き叫ぶシーンはなくドイツ兵もサディスティックに殴ることもなくまさにリアリティ。

【合わせて見たい映画】
「オデッサ・ファイル(1974)」強制収容所所長の行動がキーとなる映画作品。
「ライフ・イズ・ビューティフル(1998)」強制収容所が幸せな家族に与えた影響を綴る作品。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2009-07-12 15:55:32
【ネタバレ注意】

…なのだが、それが人類の歴史である。

立場によっては、スプーン一杯のスープが命の長さ。
そして私は貝になりたい、じゃないが、逆な立場すら非道な命令を実行する事でのみ維持出来る。
無意味な人体実験…桶に積まれた死者の頭部にブルドーザーで処理される遺体。
女性の髪は毛布になり、骨は…遺体からは…

そういう事実を示す写真が映像として再生し、当時の白黒映像と現在の(廃墟と化した)収容所が静謐な構図と共に映し出される。そこに秀逸な音楽が付き、淡々とした語りが被さってゆく…

たとえ残虐でなくとも人が1人抹殺される…ってことすら恐ろしいことであるのに。
これは現在においても存在するであろう、ある種の「力」を持ったものが、弱者に対して為す理性では計り知れない行為の記録であり、そこには同じ人類としての思いやりなぞ一片として存在しない。…というか同じ人間などとは思っていないのだろう。金持ちも貧乏人を同じ人間とは思ってないかも知れないが。
人間を南港に沈めるヤクザの人も、謀略を弄してライバルを蹴落とす人間も、人間の意志を画一化しようとする宗教団体も、またウザイ奴が消えて嬉しいなどとのたまう奴等も(コイツらは現実社会の権力者ではないだろうが)一度はこんなフィルムを観るべきかも知れん…まぁ観てるかもだが。

…現実問題として一介の市民には、そういった権力に逆らって勝つ術はないのだけど。

投稿者:fuji3776投稿日:2009-01-14 20:56:03
私の眼は曇っている。濁りに気がつかない自分に喝を入れなければ、映画を見る目がアッパラパ−になる。この作品を基準映画(8点)として、たまに照らし合わせて確認しなければならない、と思い至った。私にとって物差である。8/10点。・・・・・

  はねた首の多さを一番手柄は俺だとばかりに褒美欲しさに競ったはずだ、そうしなければ懲罰を受け世間から抹殺される、企業内の出世競争と同じ、欲望を満たす手段として、もしくは貧しき階層の出ゆえに人は戦績を誇示するに違いない、階級脱出の渇望は何ものにもまして強いから当然、ランキング大学への進学競争と同様、戦争時に映像で文章で写真で報告書で我先にと上申・・論功行賞即ち進級であり、勲章授与である。競争心を思えばこそ、だからこそ多くの資料の存在を確信する、のだが。・・・・・

 日本の軍事下でもこの映画同様の残忍行為はあったと思われるが、それにしては目にする機会が少なく思う。発表しないのか隠しているのか、廃棄されて残っていないのか、それとも日本軍の残虐な行為は架空の作り話か。
 良心を持った人々にとって他人も同じ気持の人間だと思うのは無用心すぎる、裏切られるし人はもっと残酷だ、邪悪な人は他人も自分と同類だと恐れ警戒している、それが人に対する正しい対処であるかのように。競争社会で生き残りをかけた死闘こそ、士農工商、貧しき郷国わが日本民族の競争の原則である、昔はそうではなかったなどとは言わせない。
 官吏にあっては利得権益は手放さず、商人においては丁稚を奴隷ごとくに扱い、そのことを批判さえできないていたらく、同様に利権を手にした政治家は二世を政界に送り込み、おぞましくも選挙で支持する人々がいて、とりあえず自分だけでもと陳情に励む。男は競争の中に身を置きたがるのか習性なのか、今の社会状況の中では避けて通れぬ試練か、立ち向かうか逃避するか。・・・・・ 
   
「だだっ広い荒地、無関心な秋の空、野焼きの煙がたなびき、リゾート地の隣に、レンガ造りの建物と古い木造のデザインされた建物」「一糸乱れぬ行動力。全国民が協力する」「収容所建設に業者が群がる、利権に賄賂が飛び交う」・・いつもの台詞「命令に従っただけ責任はない」・・・映像は病的狂気の結果だけとは思えず、そこには貧しき人々の宿命、階級脱出への強い欲望があったとしか思えない、権力者の命令に賛同を装いながらも、主張して処刑される恐怖もあって、でないとすれば未曾有の結果が理解できない。
 〜非ドイツ国民で占領軍に敵対する者は、「夜」秘密裡に捕縛し、その安否を知らせないように強制収容所に送り、家族ぐるみ一夜にして「霧」のように消えうせさせる〜「夜と霧」命令1941・12・6 ナチス。・・・・・

 私は恐れと不安を感じずにはいられない「突発した戦争にお前は行くのかいかないのか?」と強要された時、意思を持って死を賭けた主張ができるのかと。悪人を排除できない今の私が、その時に果たして善人ぶることが出来るのかと。しぶしぶながらも、非情に下された命令を遂行し、はねた首の多さを嬉々として報告する姿が、死体を引きずるブルド−ザ−を操縦する「私」を通して見えてくる・・・・。
投稿者:ファルド投稿日:2008-05-23 22:37:11
ぐはっ。このドキュメンタリーは強烈だった。ガリガリに痩せた死体や人体実験の末、切断された死体など死体の山。それらの処理シーンもエグい。ナチ強制収容所で行われた人間味の無い凄惨な行為が垣間見てとれる。戦争の悲惨さを訴えるものでもあると思うが、あまりにダイレクトにエグ過ぎ。
投稿者:黒津 明二郎投稿日:2007-06-24 17:06:57
歴史的意義はあると思うが、いかんせん短い・・・
それでも、「シンドラーのリスト」よりは見る価値のある作品だろう。
投稿者:さち投稿日:2006-11-09 09:27:51
よかった
投稿者:いお投稿日:2004-06-14 09:44:00
おぞましいです。
投稿者:Longisland投稿日:2003-03-19 17:30:10
この作品を観た時の衝撃は忘れない、この時期だから再見したのだが…辛い。
今回の戦争(多分始まっちゃうんだろうね)の是非はあるのだろうが、戦争が生む悲劇をこれほど感じさせた作品は今だ無い。(『SHOAH』は残念ながら未見)
イラクの独裁政権は×だが、戦争を始める&支持する ということは本作品で描かれる悲劇を背負うということだと理解しなければならない。 最近の米国映画で描かれているような綺麗でゲームのような戦争は無い。
投稿者:GRIFFIN投稿日:2002-10-20 22:04:53
 見終わって残るのは、人・人・人であった。いたるトコロに人が見える。虐げる方も虐げられる方も、同じ人間のはず。そして、虐待や収容を合理化するための建物や炉も、全てが人間によるものなのである。こんなにも恐ろしいものなのだろうか、人間とは。
 映画の内容は、この惨劇の責任は誰か?風化させてはいけない!とあり、“ある国のある時期における特別な話”ではないと結論づける。それでも残像として浮かぶのは、やはり人・人間であった。
 もちろん、モンタージュによって主観的想像の入る余地をつくりだし、映像を提示し見る者の想像力で、恐怖を間接的に何倍にもしてしまう演出は素晴らしい。
 それでもやはり、現在の長閑な廃墟の風景が、人間の蛮行を消してはいない。
投稿者:kn2投稿日:2002-02-03 18:18:35
 この映画を見て沸いてくる恐怖感。
 もちろん悲惨な映像もあり、それはそれで衝撃的なのだけれど、ただ悲惨なだけで恐怖感が沸くわけではない。それは一種の見せ方の問題だ。たとえば、髪の毛の山。一枚のスチル写真であるこの髪の毛の山を、普通は静止した一枚の写真として見せるだろう。しかし、この映画ではまずその静止画の下のほうを映し、そこからカメラを上にずらしていく。つまり、実際の山を下から上へと映していく効果を一枚の写真で生み出している。これはカメラによるひとつのドラマ化であるといえる。われわれが理解するのは強制収容所と虐殺という事実であるが、本当に恐怖するのは、われわれが虐待され虐殺されるというドラマなのだ。だから、人に何らかの感情を呼び起こそうとするならば、それがたとえドキュメンタリーであってもドラマ化が必要となるのだ。そういう意味でこの映画は純粋に優れた映画であり、ドキュメンタリーという枠で捉らえたとしても優れたドキュメンタリーであるといえるだろう。
http://cinema-today.net/
投稿者:ドトウ投稿日:2001-08-11 03:28:23
心臓の弱い方や妊婦の方は観ないで下さい!

きっとどこかに、もっと衝撃映像が残っていると思う。当時のドイツは技術開発の為に、データとして色々な人体実験を撮影、保存していたことだろう。
日本は……?
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