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ワイルド・アパッチ(1972)

ULZANA'S RAID

メディア映画
上映時間102分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(CIC)
初公開年月1973/05/19
ジャンル西部劇
実録アパッチ戦史--虐殺の赤い陽はのぼった!
ワイルド・アパッチ [DVD]
参考価格:¥ 1,572
価格:¥ 1,061
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【解説】
 インディアン居留区を出奔したウルザナは、仲間とともに白人に対する復讐を始めた。彼らの討伐のため、老練なマッキントッシュが砦に呼ばれる。騎兵隊の若き中尉デブリンを補佐しながら、彼らは凶悪なアパッチを追った……。インディアン問題に材を採りつつ、R・アルドリッチがリアルなタッチでまとめ上げた骨太の娯楽ウェスタン。新任中尉(デイヴィソン)と、老練なスカウト(ランカスター)の交流や、アパッチとの丁々発止の駆け引きなど見どころは盛沢山。
<allcinema>
評価
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
434 8.50
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【ユーザーコメント】
投稿者:Odd Man投稿日:2019-09-04 11:31:44
残酷な相手に報復を望む若い士官に達観を示す老境主人公。西部劇も成熟を迎えて役目を終えたのかな。
投稿者:uptail投稿日:2013-11-07 10:24:50
演出:8
演技:8
脚本:7
音響:7
投稿者:wild bunch投稿日:2007-07-29 01:53:44
いやあ、ここまで西部劇が来てしまったのも、インディアンへの共鳴が無様な自己批判映画をつくったことへの、アルドリッチのリアリズムとロマンティシズムの共存が、世の中そんなもんじゃないぜというのを、淡々とえがく。皆さんのすぐれた指摘どうり。アパッチも多部族からなる。残酷な殺人をするが、ウルザナがいい。ひとこともしゃべらないが、インディアンの存在の重さがひしひしとつたわってくる。騎兵隊側についたアパッチ、ケ・ニ・ティもアパッチ文化をすてていない。それぞれが、逃れがたい現実の規制をうけ、生き死んでいく。ベトナム戦争の西部劇だ。西部劇は、なんでも表現しうる、すぐれたパラダイムである。バート・ランカスターの西部劇、最高の演技であろう。このウルザナの脱出は1880年。まさに、アパッチが何度も保留地から脱出、反乱をくりかえしたときである。
投稿者:rilusuky投稿日:2006-10-28 20:08:36
初老の白人ハンターにすぎないが、達観したように静かに自分の運命を受け入れる彼に、崇高さを感じたのは、やはりランカスターのその顔の魅力と堂々としてかえってうら悲しいその体躯のせいだろう。
ドラマの筋立てもとてもよく出来ており、映画としての画面作りも丁寧でかつショッキングなのは、監督はじめスタッフの力だ。なぜか、何度も見たくなる映画。とにかくバートの芸の1つである、抑制の効いた渋い演技は、もう、彼以外に考えられない出来!
投稿者:オメガ投稿日:2004-12-15 18:56:01
次々にでてくる残虐死体のシーン。思わず目を背けたくなる程のリアル
感がとにかく凄い。また、インディアンとの駆け引きが秀逸だが、それ
以上に面白いのはマッキントッシュとデブリンのやりとり。これは深い。
終盤の銃撃戦も緊張感があり目を離せない。単なる戦いの記録ではない
、何かずっしりと重いものを感じた作品。
投稿者:Katsumi_Egi投稿日:2003-11-04 23:13:49
【ネタバレ注意】

 これは大変な傑作。アルドリッチにとっては多分不満だったろう自作『アパッチ』(1954)の静かなるリベンジ。映画の切り口は『アパッチ』の丁度裏返しで『アパッチ』が最後まで戦うインディアン戦士をインディアン側の視点で描いていたのに対して、本作『ワイルド・アパッチ』は追撃する騎兵隊側の視点を中心に描いている。そしてバート・ランカスターが『アパッチ』ではインディアンの勇士を演じ、本作では追跡する白人を演じるというキャスティングの妙。いずれにおいてもランカスターがアルドリッチらしい聡明な複雑性を象徴する人物として描かれている。ただし『アパッチ』でのランカスターの複雑性はジーン・ピータースとの恋愛沙汰として表出している部分が多く、インディアンを描くという点ではどうにもピントが絞り切れていなかったのだが、こゝでは異民族や異文化といった垣根を越えた人間の光と闇を知る人として一貫して聡明に描かれている。
 人間の闇の部分を描く手段として非情な暴力描写も多い。流石に凄惨な殺人シーンはオフで処理されているのだが、その結果である弄ばれた死体は目をそむけることなく画面として提示される。残虐行為はインディアン側だけでなく騎兵隊の兵士たちも同様におこなう。アルドリッチの演出は明らかに何かを告発する姿勢ではなく、最後の最後まで静謐かつ厳格だ。その透徹した厳格さは『ソルジャー・ブルー』(1970)のような幼稚な構図置換の映画とは比較にもならない。この『ワイルド・アパッチ』を前にすると『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990)なんて子供騙しの似非アンチヒロイズムとしか思えない。

投稿者:たましい投稿日:2000-10-22 21:31:51
これは、傑作です。この映画の底に漂っている感情は途方もなく深く、傷ついています。何かに対する怒りのような、諦めのような、苛立ちのような感情が垣間みえることで、この映画には、ある陰鬱さがつきまとっているのですが、それらの感情をたずさえつつも、それを受け止めて戦っているアルドリッチの姿勢が映画のむこうに見えてきて、感動的ですらあります。
アルドリッチは「ワイルドアパッチ」について
「「アパッチ」をもう一度熟考してベトナム戦争反対の意味を込めた映画として撮り直したのが「ワイルド・アパッチ」です。元をただせば同じものです「アパッチ」は、アメリカがインディアン問題に目覚める前に撮ったので時期が少々早すぎました。」

と語ってます。が、このコメントを読んで、一時期流行した、映画であることを忘れたようなベトナム戦争告発映画の押しつけがましい「青さ」を思い浮かべるのは早計でしょう。この映画は声高に何かを
叫んだりはしません。憎悪を根にした、苛烈な暴力を時には淡々と、時にはケレン味溢れる演出で、じりじりと、描いていきます。ベトナムに対する意識というのは、確かにあるのでしょうが、それを巡る自分たちアメリカ人(賛成した者も反対した者も)に対する自己批評的な視点を感じさせるクールさがあります。むしろこの当時、血気盛んに世界を告発することで、自分たちを存在させようとしていた若者たちに向けた映画、であるということが可能かもしれません。

その性急さ、青さに、危うさを感じ、その行く末に危惧を抱いていただろうアルドリッチはB・ディヴィソン演じる若き青年将校を通じて、その危惧と期待の気持ちを表したのではないか?

アルドリッチは未熟な青年将校のアパッチ追跡行を通じて取り返しの付かないことが世界にはあるのだと云うことを示す。ランカスター演じる熟達の戦士は青年将校に苛立つでもなく、その青さに距離を取りながら、自分の運命を半ば悟っているかのような素振りを見せつつその追跡行への危険な同行を受け入れていく。そこにある感情は絶望に程近く、しかし、それだからこそ生きていくというふうだ。

 当初、インディアンも人の子だから人間として扱うべきだという姿勢でいたはずが、その残虐さを観るにしたがい、段々と憎しみを募らせていくことになる青年将校。その彼に対し、「憎んでも無意味だ。」と諭すランカスター。

 ランカスターの姿勢は前述した、アルドリッチが映画を作る姿勢にも重なっていく。

 赤狩りのなかイタリアに渡り、映画を作り続けていく困難さにさらされたアルドリッチの、渡欧経験の前と後での題材の選び方に変化を感じ、なにかしら諦めに近い感情を読みとり、それがこの「ワイルド・アパッチ」に強く顕現している、と考えることは、ただの一観客として図々しすぎる想像だろうか?アルドリッチがイタリアに渡り、どんな思いをしたのかはわからない。が、この映画が表現するに至った「感情」の複雑さは、辛酸をなめて、なおかつ生き続けていく者にしか表現できない境地なのではないだろうか? 

 西部開拓時代末期のアメリカ先住民とそれを巡る歴史を視野に入れ、その頃実際に起きた事件を元に
、やりきれない感情、「取り返しのつかない」という事態の重さ、憎悪の応酬に陥ってしまう人々の業、を饒舌に陥ることなく、ただひたすら、厳しく、寡黙に捉えた映画。             

 観てない方は、是非観て欲しい作品です。

こんな文をアルドリッチのHPの書いています。よろしければ観てやってください。   http://www5a.biglobe.ne.jp/~tatuki/index.html
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