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忘れられた人々(1950)

LOS OLVIDADOS
THE YOUNG AND THE DAMNED

メディア映画
上映時間81分
製作国メキシコ
公開情報劇場公開(パールハウス=松竹洋画部)
初公開年月1953/08/11
ジャンルドラマ
忘れられた人々 [DVD]
参考価格:¥ 5,040
価格:¥ 24,000
USED価格:¥ 4,600
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【解説】
 娯楽の核は残したメキシコ時代のブニュエルの諸作品と較べれば、本編や「ナサリン」はより根源的で、彼の代表的欲求により従って作られたものと言えるだろう。冒頭の解説--NY、ロンドン、パリの景観が映り、全世界で少年非行が社会問題に云々と入る--など煽情めくが、後はひたすら冷徹にメキシコシティのスラムの現状が語られる。ペドロは兄貴分のハイボの影響を受けて共に盲目の大道芸人を襲うが、まだそれほどワルでもなく、母親に邪慳にされながら幼い弟妹の面倒を見る健気な少年だ。なのに、ハイボは自分が感化院に入れられたのは彼の密告のせいと思い込む。彼はペドロの親友フリアンを撲殺し、ペドロは口をつぐむと約束させられた。その夜、ペドロは夢をみる。親友の死体、白い鳩、やさしい母……。しかし、母からもらった肉を奪おうとするハイボにペドロはうなされて目覚める。彼は夢で母に誓った通り、真面目に働こうと鍛冶屋の見習いとなるが、そこへもハイボが現われ、ペドロに隠れてナイフを盗み、これが彼のせいとなって感化院送りに。無実のペドロは反抗的だが、進歩的と自負する院長は試みに彼を使いに出す。しかし、またハイボが、預かった金を奪って消えた。追うペドロは遂にハイボの秘密を仲間に明かすが……。救いのない結末に向かって一気呵成に映画は動く。まるで獣のように。疫病神ハイボを少年の母が誘惑する背徳のエロス。そして、悪夢の中、ハイスピードで飛ぶ鶏のシュールなイメージ。安易な解釈を拒絶するハダカの映画には、観る者も心を裸にして触れ合わなければ……。
<allcinema>
評価
【関連作品】
ナサリン(1958)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
431 7.75
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【ユーザーコメント】
投稿者:きらきら投稿日:2016-06-02 09:12:22
【ネタバレ注意】

ブニュエルをめぐる評価は「シュールレアリスト」だの「冷徹なシネアスト」だの様々ですが、
ブニュエル自身の行動が、そのどれをも裏切るようなところがあって、
実際は的外れのような気もします。
ブニュエルの天邪鬼ぶりはどこか小津安二郎にも似ていますが、
小津と違って、ブニュエルはどこか「完璧」であることを忌避するところがあって、
それがとっ散らかった演出スタイルへにつながっているようです。

この「忘れられた人々」は子供たちが主人公です。
冒頭で各地の都市の映像が流れ、子供と貧困を憂うナレーションが入るため、
リアリズム云々と言われていますが、この作品はリアリズムでもなんでもありません。
このナレーションは作品をスタートさせるための大義名分でしかなく、
こうした大義名分口にするのは、それが世間一般の紋切り型のスタイルのひとつだからです。
(わざと紋切り型のスタイルを採ってみせるのは、ブニュエルがよく採る方法のひとつです。)

それは子供たちへの演出スタイルにもあらわれていて、
「悲惨なストーリー=リアリズム」という世間一般のイメージに乗っかってみせながらも、
演出は「はい、ここで苦しそうな顔をしてみせて」「ここで怒ったふりをしてみせて」といった感じで、
紋切りスタイルのものを採っています。

凡百の映画作家たちが、作品にリアル感をつけようと汲々としている一方で、
「これは映画だし、作りものなんだ。まじめになることはない」とぼそっと呟くような感じが、
作品にぼんやり感を漂わせます。

この作品の登場人物たちの設定や行動も紋切り型で、その中にリアリズムを見るとしたら、
それはリアルである私たち自身もまた紋切り型の存在であることなのかもしれません。

最後に主人公の子供の死体の入ったズダ袋を、母親がそれと知らずにすれちがうところ、
そのズダ袋から、子供の死体が取り出され、ゴミ捨て場に放りだされるところ。
われわれが「人間」と呼んで何よりも大切にしているものが、ただの「物」として扱われると同時に、
ここで作品のフィクション性とリアリズムが交差します。

子供だろうが動物だろうが女だろうが、フィクションだろうがリアリズムだろうが
ブニュエルにとっては、すべては平等です。
分け与える愛もまた平等で、誰に対してもその量は同じです。
ある意味、神の視線を持つシネアストと言ったら、ブニュエルは怒るでしょうか?

ブニュエルはどこか0(ゼロ)を創出しようと欲するところがあって、
わたしは真空地帯創出家と勝手に呼んでいます。
それでいてペシミストになりそうでならないのが、この人の魅力です。

投稿者:4531731投稿日:2015-11-15 11:02:49
重く横たわる、魂を失った身体のような廃墟。その廃墟から分裂した浮浪児たちは血や肉から解放された反乱・混乱・無秩序である。かつて人間の一部を構成していたが、機能することを忘れていた臓器だ。ブニュエルの外科手術は、文明という肉の深部に沈められた反乱という形のない臓器を抉り出す。友人を殺したり友人の母親と寝る人でなしのハイポだが、彼もじつは、ぼくらと同じ夢を見ていただけだということを、ぼくらは知るのだ。

本場メキシコのDVDの特典がおもしろかった。ラストでペドロとハイボがもみあいハイボが高い所から落ちて死んでしまうのだ。そしてペドロがハイボに盗られた金を取り返して少年院に帰るとこで終わる。これがラストじゃなくてよかった。
投稿者:Ikeda投稿日:2011-10-31 10:16:25
ルイス・ブニュエルの作品の中でも評価の高い映画で、子供を主役にしているとは言いながら、何とも、すさまじい内容です。貧しい家庭の子供達の間で、感化院から脱走してきて年長のハイボ(ロベルト・コボ)が番長となって悪事を繰り返す話で、戦後の日本にも似たような状況はありましたが、周りの状況を考えても、これほど酷い事はなかったと思います。それに、フランス出身のブニエルがメキシコで誇張された演出をして、それが一般には高い評価に繋がったのでしょうが、メキシコで公開されて3日で打ち切られたというのも当然だと思います
この映画の主役はハイポではなくて、彼に従うペドロ(アルフォンソ・メヒア)が子供として生き方に迷っている所が良く描かれていると思います。ただ彼の母親(エステラ・インダ)の多くの子供を育てる中での生活の苦しさや、楽士カルメロ(ミゲル・インクラン)が盲目ながら稼いでいる状態など戦後の日本を思い出させる所はありますが、ブニュエルの世界に閉じ込められている作品なので、好きにはなれない映画です。
投稿者:スティン・グレー投稿日:2011-04-07 03:36:25
ブニュエルの作品には、シュルレアリストとしての出自を窺わせる映像が、のちになっても挿入されるが、本作でもそのシーンがモノクロのトーンと合って絶妙。こういう映像を陳腐にしないところがブニュエルなんだと思う。
ともかく「交差」の映画。ペドロとハイボのさまざまな交差がどんどん破滅へと向かってゆくし、最後、ペドロの母親とロバがすれ違うシーンまで、幾度も織りなされる交差がこの映画の本質だと思う。
それにしてもものすごくチカラ強い映像。メキシコの貧しい生活、都会のネオン、すべてがまるでエリック・フォン・シュトロハイムの映画のような圧倒的強さで迫ってくる。ようするにどうでもいいようなシーンもなければ、カットのリズムも完璧。ハリウッド流美男美女も皆無で、ブニュエル流の映画へのストイシズムを感じさせるが、それでもペドロの母親の匂わすエロティシズムやブニュエル特有の「脚フェチ」的なシーンが随所にあって、単にストイックな映画でもない。そもそもペドロやその母にみられるように善や悪が交差するという冷めた目線が、ひじょうにリアルで心打つ。鶏が物語の合間合間で、生と死を象徴するかのように登場するのも印象的だ。
投稿者:has42120投稿日:2010-09-05 22:38:09
ロベルト・コボ
投稿者:uptail投稿日:2009-11-24 13:04:04
ロベルト・コボ
投稿者:raymondfosca投稿日:2009-11-01 09:26:01
【ネタバレ注意】

ブニュエルの作品の中では比較的わかりやすい。しかしこの作品を何らかの政治思想を前提にして見ることには苦言を呈したい。いわゆる階級闘争を主張するような場面は見られない。なぜならば、貧しい人々の中でも普通に職を得て日々の糧を得たり、あるいは更正のための職業訓練所においても監督官はよい人間として描かれており、その中の少年達も真面目に働き、ペドロもそれに従おうとしている。役人や警察官を敵対的ブルジョワジーとして描き、規則を否定するようなシーンはない。むしろ最初から破滅する運命をもった人物が周囲を巻き込みながら、定められた終局へ向かう物語とみるべきだろう。ジャイボは聖書を例に取ればアベルを殺害するカインであり、イブを誘惑する蛇であり、イエスを金で売るユダである。また主人公の名がイエスを知らないと嘯いたペドロ(ペトロ)である点も興味深い。何にせよ破滅を約束された主人公、登場人物がその運命に従うというテーマは現在に至るまで脈々と受け継がれている。また初期のリアリズム映画として、製作された時期の時代性も忘れてはならないだろう。デ・シーカの「自転車泥棒」が1948年の公開だが、この映画を経てさらに約10年後の1959年に一方では「勝手にしやがれ」が生まれ、一方では「大人は判ってくれない」が生まれたと考えると、やはりそこに一つの連続性を感じるものがある。

投稿者:getkinks投稿日:2009-06-04 00:15:48
溝口健二の「山椒大夫」を思わせる厳しい映画。
「ビリディアナ」と並ぶブニュエルの傑作
投稿者:さち投稿日:2006-05-30 11:10:53
よかった
投稿者:atsuo56投稿日:2005-12-16 13:53:04
この映画って、「十代の暴力」という邦題がついていた映画と同じものですか?
投稿者:堕落者投稿日:2005-01-24 12:34:10
ハイボは一見極悪人に見えるが,実はそうじゃない。ハイボの犯した様々な行為・・・,それは自分より格下の弱者としか戦う事が出来ないという事実,威張る事しか出来ないという事の紛れもない実存的な存在証明なのである。その意味で一見非日常的に見える彼らの生き方も実は我々の生きる現実社会と何ら変わりはない。毎日弱者同士が勝負に明け暮れ,勝ったの負けたのと虚しい戦いをしている社会。弱者の不平や不満,怒りは本来そこに向かうべき強者へとは向かわずに下へ下へと更なる弱者に捌け口が向かっていく社会。そう,弱者は弱者としか戦えないし,誰も強者と戦おうとしないから。自分が負けるのが怖いから。または戦ったって負けるという事実があるから。或いは戦ったって負けるという刷り込みや弱者同士の共同幻想がそこにあるから。当然,そうなれば弱者の更なる弱者への暴力は日常茶飯事だし,驚いたって何も始まらないだろう。そこに残酷だとか理不尽だとかの安易な同情は無用の筈。
ここに描かれているのはその種の戯言を木端微塵に打ち砕くもっと根源的な真に人間的な事実。不可抗力という名の事実だ。一体誰がこの現実を否定出来るのか?例え強者と戦わなくてもその事実を直視したら少しはマシになるかもしれないが,それすらも出来ない人が多く存在している訳だし。本作ではブニュエルの芸術という悪意によって理想やヒューマニズムという名の偽善は叩き潰され,凌駕されていくのだ・・・。
その一方でこんな腐敗したまるでヘドロの様な社会の中で微かに輝きを見せるのが,ペドロの受難である。笑
ハイボの恐怖の独裁体制に一人反抗し,無残に敗北する少年ペドロ。彼を観ていて分かるのは弱者は破滅覚悟でしか自分より上の強者と戦えないし,勝てる見込みも何処にもないという事実だろう。そこにあるのは人知を超えた虚しい運命という名の言葉。
悲しいかもしれないが,まずはそれを受け入れる事が重要。そしてそれでも尚、敢えて自分の運命に抗う者=それこそ恐らく真の強者であり,そこに真の人間的な生き方を見出す事が出来ると言える。でも,人々にそういう生き方は忘れられている。忘れさせられている。一見,選択肢が多い様に見えても実際は何もない。自己決定権など皆無。彼の死は典型的だが,ブニュエルはこういう生き方を肯定も否定もしていないですね。そういう生き方もある,という選択肢の範囲で留まってるし,無責任で安易な煽動をしてない所が好感持てる。信頼出来る。ここにあるのはまるで顕微鏡で人間を観察する眼差し。だから,肩もこってないし,力んでもない。無論,同情もない。当然,存在しているのは事実だけ。というか,それぞれの登場人物と一定の距離を置いた,一見突き放した視点はブニュエルの誠実さと謙虚さの見事な表れと言える。何故なら一流の芸術家の仕事は歪な共同幻想を打ち破る事だからだ。
ブニュエルは間違いなく映画史に残る名作を作り上げたと言える。最高。『忘れられた人々』は生涯忘れられないフィルムになるだろう。
投稿者:投稿日:2003-12-28 02:36:24
良い人とは悪い人のことであり、悪い人は良い人であるということ。
人々を忘れてはいけない。
投稿者:トオル投稿日:2002-12-14 06:54:32
非行問題に真剣に取り組まない大人社会に対する痛烈なメッセージ。
特に日本の教育者はこれをみてイジメ問題に対する姿勢をただすべきでは。
投稿者:M.D.投稿日:2002-05-02 22:01:46
少年がうなされているシーン(夢のシーン)では、素晴らしい時間の流れを感じる事が出来る。この時間の流れは、後にあのタルコフスキーによって再構築される事になる(犬!)。あの緊張感は、正に映画芸術に於てのみ表現され得る最高のそれである。
投稿者:washiroh投稿日:2001-05-09 01:05:17
 いま上映中の『トラフィック』(スティーヴン・ソダーバーグ監督作品)を観て、ずいぶん昔に観たこの映画を思い出した。
 ブニュエルは非行少年施設PR映画の注文を受けて『忘れられた人々』を作った。ソダーバーグはPR映画の注文を受けたわけではないが、まさにブニュエル風PR映画の手法で『トラフィック』を作った。
 そんなことを考えたのです。
 で、製作年度を確かめようとやってきたら、なんと、この『忘れられた人々』を「私のベストワン」と言っている人がいるではないか。
 これだから生きているのが面白い。

 まなみさん、あなたの書き込みからほぼ9ヶ月。その後、お元気ですか。
 ぼくもこの映画の力に惚れ込んだひとりです。


http://www.simcommunity.com/sc/washiroh/washiroh_master
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
■ 監督賞ルイス・ブニュエル 
□ 作品賞(総合) 
【ソフト】
  商品名  発売日  税抜価格  
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