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ドッグヴィル(2003)

DOGVILLE

メディア映画
上映時間177分
製作国デンマーク
公開情報劇場公開(ギャガ・コミュニケーションズ)
初公開年月2004/02/21
ジャンルドラマ/サスペンス
映倫R-15
美しき逃亡者があらわれ、一つの村が消えた。

審判の日がくる。
『ドッグヴィル』×『マンダレイ』 ラース・フォン・トリアー ツインパック [DVD]
参考価格:¥ 6,156
USED価格:¥ 3,800
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【解説】
 床に家や道などを表わす白線を引き、必要最小限の家具などを置いただけの殺風景なセットを村に見立てて3時間弱に及ぶ全編を撮り上げ、初公開となったカンヌ国際映画祭で話題騒然となった衝撃の問題作。ギャングに追われる一人の女性をかくまうことにした小さな村を舞台に、女性と村人の関係の移り変わりをプロローグと9つのエピソードに分け、緊張感溢れるタッチで綴ってゆく。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリアー監督による“アメリカ三部作”の第1弾。主演は「めぐりあう時間たち」「ムーラン・ルージュ」のニコール・キッドマン。あまりにも独創的なスタイルゆえに、撮影期間を通して戸惑い、追い詰められていく出演者たちの姿を捉えたドキュメンタリー「メイキング・オブ・ドッグヴィル 〜告白〜」も製作され、別途劇場公開される。
 ロッキー山脈の麓に孤立する村ドッグヴィル。ある日この村の近く、ジョージタウンの方向から銃声が響いた。その直後、村人の青年トムは助けを請う美しい女性グレースと出会う。間もなく追っ手のギャングたちが現われるも、すでに彼女を隠し、その場を切り抜けるトム。彼は翌日、村人たちにグレースをかくまうことを提案した。そして、“2週間で彼女が村人全員に気に入られること”を条件に提案が受け入れられる。そうしてグレースは、トムの計画に従って肉体労働を始めることになるのだが…。
<allcinema>
【関連作品】
メイキング・オブ・ドッグヴィル 〜告白〜(2003)メイキング
ドッグヴィル(2003)『アメリカ三部作』第1弾
マンダレイ(2005)『アメリカ三部作』第2弾
【おすすめ作品】
A=無難にチョイス B=チャレンジの価値アリ C=発見があるかも!?
[001]A誰も知らない (2004)
[002]Aブロークン・フラワーズ (2005)
[003]Aビッグ・フィッシュ (2003)
[004]Aバタフライ・エフェクト (2004)
[005]Aホテル・ルワンダ (2004)
[006]Aソウ (2004)
[007]Aサイドウェイ (2004)
[008]Bグラディエーター (2000)
[009]Bロスト・イン・トランスレーション (2003)
[010]Bめぐりあう時間たち (2002)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
44346 7.86
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【ユーザーコメント】
投稿者:xyz投稿日:2015-09-22 08:52:44
が好きな人にはいいじゃないでしょうか。

当然バッドエンドなので普通の人にはお勧めできません。

誰もみていない場所に100万円を置いて、

拾った瞬間に泥棒扱いにするような映画です。

監督の精神状態に問題ありです。
投稿者:さとせ投稿日:2014-12-30 16:56:05
ドッグヴィルという閉鎖された町に住む住人たちは皆仲が良く平凡な暮らしをしている。そこへ銃声らしき音が聞こえN・キッドマンが逃げ込んでくる。ポールが匿うがそこへニコールを追った男たちがやって来てボスと名乗る男が賞金を出すからニコールが来たら連絡をくれと言って去って行く。ポールは町民にニコールの件を伝え2週間の猶予を与えて様子を見る事にするが・・・。

先ず言えるのはニコールが美しい・・・。その美しいニコールがやって来て町や皆に尽くしているのに人々の欲望の為、最後に衝撃のラストへ・・・確かに凄すぎる。DVDを購入して10年を経て鑑賞したがそのセットといい全てが問題作である。3時間あるランタイムが少しも長く感じさせないのは監督の力量と出演者たちの演技が素晴らしいから。(H26/12/24)

ノヴェライズ(ラース・フォン・トリアー・アーティストハウス・評価3)は中編ながらも映画を見事に纏め上げている。(H26/12/29)
投稿者:ローランド投稿日:2014-12-12 09:18:25
【ネタバレ注意】

  貧しく閉鎖的な村落に突然美しい娘が現れ、弱みに付け込まれて使役させられた挙句に男供に陵辱されるが、自己保全のためにその蛮行には目をつぶる女たちに、弱い立場に居るからこそか、それよりも弱い者が現れたら鬱憤晴らしのようにその弱者に鬱屈をぶつけてしまうという歪んだ情念や、それに嫉妬など、多かれ少なかれ人間誰もが持っている醜い感情を露骨に見せ付けられます。  

  屈辱的な扱いを受けながらもあれほどそこに居たいと執着した村と住民を、権力を得た途端にコロリと気変わりして殺戮し焼き払う不自然さに、これは聖書か何かの一説に基づいた寓話なんではないかとの思いがしますが、映画の魅力であるはずの視覚効果を無視した作りになっていながら、3時間という長時間を気の緩むところなく観終えてしまったのはそれだけ何か訴えかけてくるものがあったってことでしょうか。  でもあのエンディングでカタルシスを得てはいけないようで、殺戮され焼き払われるなかには観賞している者の幾分かが含まれているのだぞと、こういうことではないのかなって気もします?。  

  大和絵風に天井と壁を取っ払って同時にいくつもの生態を見せるという、この斬新な手法は使い方によってはかなりの可能性があるように思われるけど、後続がないところを見ると、やはり映画としての見せ場を作りにくいからって事でしょうか。 悪くはないと思いながらいま一度観ようという気にはならないのは、そのあたりが原因かもしれないです。

投稿者:UFO投稿日:2013-10-24 17:02:39
大好きな作品。
投稿者:jb投稿日:2012-07-25 01:57:28
好きな作品。
投稿者:こじか投稿日:2011-02-28 02:00:44
痛烈、悲壮、久し振りにトリアー作品。人に薦めないし支持もしない、傑作。毎度毎度賛否両論らしいけど、やっぱりこの監督さんは神懸かってる。そしてトリアー作品を観るたびに思う。あの傑作「キングダム」の続きが事実上無理なら、あの極上の”可笑しさ(ユーモア)”を持たせた作品もまた撮ってほしい…。トリアーの新作を観る度に、全ての意味で胸が痛くなります、お願いします(><。)
投稿者:scissors投稿日:2010-11-21 16:06:24
あのセット?は舞台演劇みたいなもんだと、斬新とも思わず違和感も無しに観られた。

アメリカ批判云々は、やっぱりみんなJ・カーンの側にだけアメリカを見るんだろうか?
自分も最初はそうだったけど、思い返してみると村人たちの言動もアメリカを象徴しているような。

J・カーンがマフィアやギャングを模しているのに、彼は神の象徴だとかマシンガンの乱射を神の裁きだとか言う人々がいるのも面白い。
けれど、このところ増えたこういう騙し絵やロールシャハテスト的な映画は、ご都合よろしい解釈で現実に持ち込み暴走する人たちが多くて怖い・・・ので2点。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2010-10-17 23:10:20
元高校演劇部の部長だった母親に頼まれてディスカスで借りて、今日自分も観てみたが、10分が限界だった。私は映画を観る事も食べる事も好きだけど、何でも食べられるグルメでは無く、かなりの偏食家なので。
投稿者:幸村和投稿日:2010-06-01 23:41:23
【ネタバレ注意】

いやまあなんとよく喋る映画だこと。
状況説明から登場人物の細かな心理状態までペラペラペラペラ喋る喋る。
ここまで説明してくださるなら、何も映画にすることないんじゃないかな。目を閉じても十分わかると思う。映画なんだったら登場人物の心理描写は役者の演技で表せばいいやん。朗読じゃないんだから。それをナレーターが説明してくれるんだから親切というか大きなお世話というか映画の意義を見出しにくいというか。
第一、目を開けても体育館みたいな床面にチョークで線を引いて字を書き込んだだけの舞台だから、目を開けてみる意味がどこまであるのかわからなくなってきた。実際劇場公開当時本編の三分の一寝てしまったし。まぁ寝ることと目を閉じることは別なんだけど。このある意味奇想天外な舞台はあえて特定の場所に限定されることを避け、普遍性を持たせることを目的としたのだろうか。しかし私は普遍的だとは感じなかったけどな。体育館にチョーク、ただそれだけ。映画製作にお金はかからなさそうだけどね。

内容はアメリカ三部作の第1作だそうな。それにしてもグレースと父親との「傲慢について」のくどい会話もさることながらその会話でグレースはさんざん持論を展開して慈悲深さを示していたのに、急転回で変えてしまった。その急転回の理由説明もまたしてもナレーションで説明だしな。説明によると権力の行使だとか、なんとかかんとか。なんだかグダグダ御託並べてないで、グレースブチ切れでいいやん、と思ってしまった。さんざん村人に好き放題させておいて、あのラストってほんっと極端。映画的には溜飲が下がるけれども、何が言いたいんだかわからない。
あ、もしかして「自由にさせる→ケダモノが跋扈→武器で共同体ごと消滅させる」この極端さが全部アメリカだ、ってこと?つまり、村人もグレースも全てひっくるめてこれがアメリカだってことか?うーん、やっぱりわかるようなわからんような。
9.11前後からアメリカはすっかり世界の嫌われモノだけど、でもって私も危うい国だなと思うけど、かといって、こういう映画をよその国の人間が作るのもなんかあんた何様だよって思う。今のアメリカってこうやん?と言われてもだからなんだ。マイケル・ムーアみたいに自国を憂えるってんならわかるけどさ。なんかこの映画を作った人に対して私は不快感を持ってしまいました。
人間を試すために神の使いがヨソ者として村へ入り、試された結果人間は失敗してソドムとゴモラの町みたいに神の裁きを受けて消滅したという寓話というならそっちのほうがまだ受け入れやすいです。

投稿者:uptail投稿日:2010-02-19 17:48:01
ニコール・キッドマン
投稿者:テト投稿日:2009-09-20 07:04:41
私も、環境によって犯罪を犯す人が生まれると考えてるので、犯罪者が一番の被害者だと思い。
人が犯罪者に対して裁きを行う事に凄く疑念を持ってたので、この映画に凄く共感を持ちました。
ただ犯罪者を理解しようとするのが「傲慢」だと言うのは何か納得行きませんでした。
むしろ、犯罪者を理解しようとしない(理解出来ない)で裁く方が「傲慢」なんじゃないのかと
思ったりするのですが、そう思う事態が「傲慢」なのでしょうかね?
でも、グレースは理解し、許した上で、権力を使って裁きを下してるので納得が行きます。
グレースが権力を使ってどう町の人を導くか期待もしましたけど・・・やっぱりですかと言う所。
映画としては、共感も持てたし演出も演技も良かったので、私にとっては満点でした。
投稿者:jedi投稿日:2008-06-22 09:49:21
【ネタバレ注意】

うわ、すげえ映画、こんなヒロインみたことない。
(アメリカ映画はこういう発想をしない)
最後のジェノサイドに至る思いは、話の展開からは唐突だが、
権力を持つものとして、(神の摂理に代わって)、
おとしまえをつけろ、ということか。
要するに、骨を盗られた犬のように、ちゃんと怒れ、
愚劣なものには愚劣と言え、
相手を理解し許してしまうことは「傲慢」なのだ、
と言っているように思える。
村人たちを見ていて、ブアマンの「脱出」(1972)を思い出した。

投稿者:rulf.投稿日:2008-06-16 21:10:37
非常に素晴らしすぎて最高としか言いようがありません。人間がいかに愚かな生き物だということが改めて実感できました。この作品は決してアメリカ批判ではなく、人間自身そのものの存在を批判しています。アイディアも、ストーリーも、カメラワークも、演出も、キャストそれぞれの演技も非常に素晴らしすぎます。自分は「ダンサー・イン・ザ・ダーク」よりこの「ドッグヴィル」の方が好きですね。内容的にもさらに素晴らしくなったと思います。主演の二コール・キッドマンはもちろん、父親役で「ゴッドファーザー」に出演していたジェームズカーン、ヴェラ役で有名なパトリシア・クラークソン、リズ役のクロエ・セヴィニー等、どのキャストも演技力が非常に素晴らしく、演技のうまさがよくわかります。最後の部分での、グレースと父親が語る会話のシーンは非常に心に残り、素晴らしくてすごいの一言。自分自身グレースの性格や考え方がとても似ており、グレースにとても共感したので「傲慢」について非常に考えさせられました。自分自身の考え方がこの作品により、とても変わったような気がします。(特にグレースと父親との会話で。) 他人を許すこと自体が「傲慢」なのだと、自分以外の倫理観を持つものはいないということこそ「傲慢」なのだと、この作品で初めてわかりました。また父親が、「村人は過酷な環境で頑張っているかもしれんが彼らが行った『いじめ』は果たして正しいことか?」と問いかけるのは非常に心に残りました。物事において「正しい」か「悪い」かということはまた別問題なのだということを考えさせられました。父親の台詞やナレーターの台詞は非常に説得力がありました。(ナレーターの台詞では「人間性のためにも、彼女自身のためにもという台詞が印象的でした。)最後の部分では村人を「犬」に例えていたと思います。つまり「男」(オス)は性欲の塊であり、「女」(メス)は嫉妬の塊であり、「子供」は悪戯の塊であるという、いわば村人の人間は本能(=「犬」という「動物」の本能)でしかなく、しつけ(=教育)がなければ本能に従うだけだということを言いたかったのではないのかと思います。よって「教育」がとても大切だということを示したかったのだと思いました。この作品は決して愚劣ではありません!!素晴らしい秀逸な映画です。この作品に対して悪い批評やレビューをしてほしくありません。またキャストが「普通の人々」を演じるというのもすごいのですが、「普通の人々」だからこそ現実において自分の日常と周りの人々が些細なことで「牙」と化すのも怖いなと思いました。誰もが村人やグレースのようになるかもしれません。(特に自分はグレースのように、いじめられる側になると思います。)この映画は人間性と「いじめ」の過程を詳細に示しています。最後になりますが、ラース・フォン・トリアー監督は非常に感性豊かな方だと思いました。自分はこの映画が大好きです。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でもそうでしたが、この映画に出会えて本当に良かったと思いました。ラストシーンも「審判」という点で良かったです。
投稿者:ケラヒロミ。投稿日:2007-10-25 16:18:30
あのセット…どうも物語の中に入り込めなかった。
二コールは演技うまいから苦悩してるのが伝わってきたけど。
また見ようとは思わない作品でした。
投稿者:ヤマゲロ投稿日:2007-05-18 13:31:02
【ネタバレ注意】

黒い床と役者以外何もない。。。脱走防御装置?はあ??こんなに一生懸命(我慢して)映画を観た(読んだ)のは初めてかもしれない、ある意味凄い!!!けど「ダンサー・・・」同様好きではない。
妻が途中で「嫌い、吐気がする」と。その通りに私も思い、そしてあのラストを希望した。

デンマーク人監督ラース・フォン・トリアーは「何」を観る者に与え、奪い、考えさせたいのか?まるで不幸の凝縮「ダンサー・・・」で納得しなかったオイラ達みたいな輩を試しているようだ。
「あなたたちの望むようにしてみました。如何ですか、これでいいんですよね、スッキリしましたよね。まあ此れはあなた方が日々批判しているアメリカですけど」と云わんばかりに。

エンディングテーマ曲は英国人歌手D・ボウイの「ヤングアメリカンズ」。
監督“アメリカ三部作”の第1弾とのこと。

【傲慢】ごうまん(名・形動)思い上がって横柄なこと。人を見下して礼を欠くこと。
主人公の名前Grace=神の恩寵。/DOG(犬)VILLE(村)/チョークの線=国境?

投稿者:なちら投稿日:2007-02-21 22:11:34
心も体も追い詰められてゆく姿が、苦しくて見てられない。けど、グイグイ引き込まれて最後まで一気に見てしまう〜。キモ面白い!
投稿者:karr投稿日:2007-01-25 09:28:22
【ネタバレ注意】

 演劇の舞台に映画カメラを持ち込んだような手法は、必要以上の情報を極限まで省くのが目的なのだろう。
その省かれた分を、メロディアス&リズミカルなジョンハートの語りが、見事なほど心地よく埋め合わせている。まさに演劇と映画と小説の融合である。
 また、その語りに被せるようなストリングスのハーモニーも微妙なニュアンスをかもし出していて、登場人物達の心の動きの輪郭を浮き上がらせる背景となっている。
 一つの村に、一人として根っからの善良な人間が存在しないのは、不自然な感もあるし、虚しい限りだが、トリアー氏が取り組もうとしたテーマは、私のこの些細な疑念に左右されるものではない。頑固なまでに徹底していて実に歯切れよい。
 旧約聖書の物語を見ているような気にさせられたり、極端すぎてコミカルにさえ感じたり、実に不思議な、いやそれ以上に、ショッキングといったほうがいいだろう。
 一見善良そうな村人に徹底的な悪役を演じさせ、普通は悪の典型として取り上げられるギャングのボスを善であるかのように演じさせるあたり、設定として結構面白い。それも選りによってジェームズカーンである。
ついでに、ローレンバコール(ボギーの未亡人)や、ベンギャザラの健在ぶりにもワクワクさせられた。
もちろん、ポールベタニーの相変わらずの達者ぶりも見事だし、ニコールキッドマンもさすがだ。
 正直、最後の虐殺にザマーミロ的な感情を持ってしまった自分に気づいた時、まんまとトリアー氏の術中にはまった事に改めて気付かされた。「あんたも結局は同じ穴のムジナなんだよ、悪は亡びればいいと思ってるんだ。「受け入れ」を理解してないじゃないか」
 よくわからないついでに、まるで神と天使が語り合っているような最後の車内の場面は何だったのか。よくわからないところが実に味わいがあっていい。
 単に物語を楽しむためだけに作ったものだけが映画ではないのだ。テーマを徹底的に掘り下げて、掘り下げすぎて結局深みにはまってぬけだせないような映画も、これまた立派な映画である。

投稿者:cement投稿日:2006-08-23 22:54:21
人間とはなんと愚かかと。
言いたいんじゃないでしょうかこの映画。
彼女の次に村を訪れたのは我々観客であり、ラストにカタルシスを覚えること自体愚かな人間である証明ですね
実際こんな状況の人間は現実に無数に存在し、でも現実にこんなカタルシスはありません。
では、この映画は観なければ良かったのか、観たから何を学び何をすればいいのか。何も出来ることはない。人間は無力です。
私は神話好きです
冒頭の天井からの画で思い浮かんだのは「見取り図」=「縮図」この映画は人間界の縮図ですよと。絶対権力を持っていたのはお父さん。神的存在ですか。ではあのラストはカタルシスではなく最後の審判ですね。彼女は神の児。彼女の行動はカタルシスの為のものではないですから。私たちは彼女ではなく、村人です。
では審判の時までに得を積みましょう。いま神の児はあなたの隣にいる人かも。
投稿者:the hysteric green投稿日:2006-07-29 15:21:45
ただアクションを見せるだけのB級アクション映画よりも、エロシーンしか見所のない安いホラー映画よりもくだらなく感じた。

濃いドラマを期待したのが間違ってたんだろうかねぇ。
監督の意図が理解できませんでした。
3時間眠気をこらえるのに必死だった。
投稿者:コロコロ助投稿日:2006-06-01 03:29:04
【ネタバレ注意】

奇跡の海、ダンサーインザダーク、ドックヴィル…

どれも主人公の女性が徹底的に痛めつけられる内容で、
監督はかなりのサディストじゃないかと思った。

投稿者:りちゃちゃ投稿日:2006-04-17 02:31:14
ラストを観た時にP・ベタニーの役名がトムなのが気になってしまった。
投稿者:シオカラ投稿日:2006-02-08 19:08:02
後半になるにつれて鬱になりました。
人間ってやっぱり怖いです、そういう点では「es」と共通点がありますね、そして自分もラストはあれでいいのだと思いました。
投稿者:映画っ子投稿日:2006-01-24 00:30:22
最初は、あんまり面白くなかったけど、だんだんと見ていくうちに人間性の恐ろしさが現れていたのでなかなか面白かった
投稿者:めくらもぐら投稿日:2005-12-30 01:17:42
【ネタバレ注意】

僕のうちの隣には変人なおじさんが住んでいます。夜中に時々うなったり、掃除を始めたりする迷惑な人なんですが、そのくせ僕んちに「うるさい!」とか怒鳴り込んできたり、まったく意味がわかりません。
この映画世界にはどうやら壁が無いみたいです。少なくとも僕らの目には映らない。「壁」に象徴される寓意ってどんなものなんだろうと考えます。
壁を無くすってことは、誰かを受け入れるメタファーのようにも聞こえます。冒頭作家モドキの彼が言うような。でも壁って何かを隠したり、何かから隠れたり、周りとの距離を保ったり、広く考えれば、私たちの皮膚さえも壁の一つといえるのかもしれません。映画において壁を無くすということ、それは人間の皮下にうごめく、心の動きを映す、という根源における一つの挑戦であったのかもしれません。
ラースフォントリアーの脅威のスケルトン映画は、象徴や寓意といったシンボリズムに満ちている。例えば女を捉える大仰な「鍵」。例えば女の到来を告げ、女を見送った「犬」。そして彼のみが「絵」であったという設定とか。
これを映画として成立せしめた彼はやはりすごい。そしてそれに付いていった役者たちもすごい。すげーすげとは思いながら、ちょい酔っ払ってるので支離滅裂…。
次回作にも期待してます。

投稿者:4531731投稿日:2005-12-22 00:21:27
 うちの町だ。笑 実験的だけど壁が無い点が奏功してます。「あの場面」は見事。一瞬刃物と化す映画。うまくよけないと直撃を食らいます。しかしこういうやり方はコロンブスの卵です。灯台下暗しです。今まで同じことを試みた作家がいないのが不思議。とはいえ、優れた演出力が要求されるからかも。卓越した演出力と優れた俳優が揃えば背景なんかなくてももつんですね。昨今のへぼい演出家のテストに使えますね。ハリウッドも例外を除いてCGの嵐ですから。この映画のテーマ・ストーリーだけでなく、そういう点でも尖ってる。
 夢を見ている2人の主人公と、レベルに見合った生活をしていて一瞬夢を見るがすぐに目覚める町の人々。町の人々はある意味立派。自分を犬畜生と認めることができる。その強み。夢見る2人にはそんな強さは無い。2人がどんなひどい仕打ちにあっても生きていられるのは夢を見ているから。そういう人間は俺の周りにもいる。ラストではそんな2人もやっと「目が覚める」。
投稿者:Rucs投稿日:2005-11-13 03:55:04
傑作。
投稿者:純三投稿日:2005-11-01 19:40:02
衝撃度という点では今まで見た映画の中で5指に入る。
私は支持します。評価します。すんごい監督ですこの人。
かといって、「愚劣な映画だ」と批判する人に反論はしません。賛否両論があって当然な映画だからです。
投稿者:ふじこ投稿日:2005-07-05 16:40:45
3時間近くあるとは知らなかったんで・・。ちょっと観てみようかって思ったのが間違いだった。
しかし、あの殺風景な窮屈なセットの中だからよけいにグレースの苦痛や村人の陰湿さが伝わってきた。
映画の中に限らず日常生活にでも起こり得ることだし、誰もがグレースに、また村人のようになり得ることだと思う。
だからよけいにこわい。
投稿者:Peter Motz投稿日:2005-05-23 02:19:56
 いやぁ、びっくり。二コール見たさに借りたんですが、なかなか衝撃的な映画に出会ってしまいましたね。一度見たあと皆さんの意見が聞きたくて検索かけたらこのサイトへ。
 賛否両論ですが、私は個人的にこういった哲学的なストーリーは大好きです。人間の欲に対する弱さや、本能に論理を擦り付けるところなんか、まさに人間味あふれる映画です。
 セットなどが賛否両論で嫌なかたもたくさんいたみたいですが、はじめに見たときは映画って感じじゃなくて、確かに最後まで見る気は薄れかかってましたけど。。。
 最後まで見ると、なるほどなって思いますね。はじめからフィクションとして描く。あくまで映画特有のその世界に深く入り込んでみる視聴者を、視聴者にしたままストーリーを展開していく。つまり入り込まして感情移入させずに客観視をさせることを目的としてこの映画は作られているのではないかと、私は思いました。〔でも後半はちゃっかりその世界に入り込んでいましたけど(-_-;)〕

この映画を見たら、自分が少しわかるかもしれません。人間とは何なのか。男である私は特に、村人と同じことをしないでいられるだろうか、と。
何かに無理やり意味づけ、納得付けて自分の欲をみたそうとしないだろうか、と。

斬新で、哲学的で、ストーリー性に富んでいる。そんないい映画だと私は思います。

今から2回目を見ようと思います。

でわm(_ _)m
投稿者:irony投稿日:2005-05-19 11:37:16
 切り口はまあまあ面白いと思いました。
誰もがこの映画のどれにでもなりえるんじゃないかな?
投稿者:sarige投稿日:2005-05-17 21:25:30
悲惨に次ぐ悲惨のあとに待つ陰惨なラストには胸がすく思いを禁じ得ない。映画を観ている私自身の、見失いがちな真の人間性が暴かれた想い。
ラース・フォン・トリアーは恐ろしい世界を見ていますね。人間性を問われることの多い監督ですが天才であることは間違いありません。
投稿者:ひよこのこ投稿日:2005-05-15 02:23:28
この監督が今までに作った作品を通して分析すると、強者と弱者の関係がテーマのように思える。
今回の作品は、今までの作品の中でも、そのことがはっきりするように、演劇を見ているかの如く抽象化した村での出来事に絞っている。
とても印象的であり、監督が描きたかったことも理解できるのだが、今回は、抽象化したことで、却って主人公に感情移入できず、冷静に見てしまった。今作品を異なった演出で撮ったならば、反響もまた異なったものになったであろう、とも思う。
しかしながら、このような抽象的な演出方法に特異性を見るのも確かである。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2005-04-27 08:38:07
【ネタバレ注意】

みすぼらしい坊さんだと思って対応していたら一休さんだった?
アイデアは秀逸。ニコールは名演。
子供を一人殺し、泣いたら次々と殺す。
村人は“匿う”という善行をしているのだから“報酬”は当然、と考える。
人間に良くある、すり替え姿勢。やりたい事をやって、それに理由を付けて正当化する、罪悪感なし、って奴。
が、はたから見るその行為は残虐極まりない、ということも多々あり。
“匿われ”たいんだろ?…人の弱みを握って母親に告げ口する子供…いやらしい。
勿論、男達の行動も…いやらしい。そして女達の行動も…いやらしい。そういう行動のオンパレード。
正しいか?正しくないか?それを決めるのは人間でしかない。
奴隷社会においては、奴隷を“奴隷”として扱うことが、正しいことだ。
世界に“これが正しい”という事はなく、全てその判断は、今を生きる人間の判断にかかっている。
全ての(または強者の)利害が一致すれば、それは正しい事と言えるのかも知れない。
逃げ出す(泣き寝入り?)事を選択したのに、連れ戻され…結局は…
村人の判断は強者の“意”に沿っているつもりで“勘違い”だったのかも知れない。
で、普通に(世間の判断で)弱いと思ったものを利用し、“強いもの”の意に沿おうとした村人は消滅したのであった…
そう“世界”云々でなくて、ごく身近な意味で人ごとじゃないのかも…

投稿者:じんない投稿日:2005-03-31 12:51:23
みなさん、辛口ですねえ。
「カタルシス」って言葉使う自体が、トラップにはまっているというか、
この映画に対する視点のズレを感じます。
映像的にも音響的にも、エグい所をおさえて表現しているのが、
この監督の評価の高い所でしょう?

アメリカ批判とか、キリスト教と仏教の例えを用いずとも、
閉鎖された公共性においては、どこにでも起きうる問題ですよね。

言いたいことが分かりやすい、とは思いません。
いろんなとらえ方できる映画と言うのが、すごいのです。
観客みんなが「薮の中」に入るわけです。

私自身は、「人間とは何ぞや?」という命題を突き付けられてうろたえてしまいました。
そして、個人的には「善」と「悪」とか「美」と「醜」をくっきりわけたがる風潮への批判ととらえましたけど。http://blog.zaq.ne.jp/moontree/
投稿者:映画観覚投稿日:2005-03-18 01:01:27
 この映画は、監督が「奇跡の海」でも描いていた、「許し」を描いた作品である。そのチョークだけのセットは、小説を読むかのごとく、リンゴ畑や犬など、眼に見えない宗教的な隠喩に満ちている。
 キリスト教について、(そしてそれを口にしながら蛮行を繰り返す人々について)思いをはせながら、ご覧になることをお勧めする。
 ただし、相当な陰惨さなので、かなり覚悟をしてからご覧ください(笑)http://d.hatena.ne.jp/momochiki/
投稿者:forgive投稿日:2005-03-04 00:53:39
トリアー監督が力を持て余して作った感がしました。
「ヨーロッパ」などの初期作品と比べると、段々監督の映画に対する真剣味が薄れてきている気がします。

俳優陣はN・キッドマンも勿論ですが、脇役が非常に豪勢です。
H・アンデルセンまで出演していたので驚きでした。
投稿者:anemoneruby投稿日:2005-03-04 00:10:14
【ネタバレ注意】

あいかわらず、何が言いたいのかよく分からない監督だな〜。
「アメリカ批判」とよく言われているけど、そうなんだろうか、
ただ単なるキワモノ好きな監督なのではないかと思ってしまった。

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で、もうこの人の作る映画は見るまい、と思っていたけれど、今回はニコール目当てで見てしまった。
他もそうそうたる顔ぶれだし・・・。
今回は最後で少しすっきりするので、前回ほどの嫌悪感は減少されたかな。
途中までだけど、善人もいたし。
だけど、人の弱みにつけ込んで、人はああまで嫌な人間になれるのかびっくりした。しかも全員。
小さな町だから長いものに巻かれないのは命取りになるのかもしれないけれど、
ずいぶんどうどうといじわるできることに腹が立つ。
それに、ニコール演じるグレースも、まさに「右頬を殴られたら左頬も差し出せ」(逆だったかな)的な態度。いらいらする。

もし、はないけれど、グレースがギャングの娘だと知っていたら、
町の人たちの態度はどうなっていたのだろう?と思う。
グレースは一切過去を語らないので、私は勝手にギャングの愛人だと思っていた。
でも「権力者」の娘だと知っていたらああまではできなかったかもしれないと思うと、それも恐い。

それにしても、ラストをどうしてあんな風にしたんだろう。
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」的に言うと、どうした、ランス・フォン・トリアーという感じ。
見ている者としては、やれやれー!って思っちゃうし、
ああじゃなければ救われないけど。

あの舞台のようなセットは、演劇を見ているみたいで良かった。
メイキングがあるらしいので、それも見てみたいと思う。

投稿者:bond投稿日:2005-02-07 17:21:39
【ネタバレ注意】

出だしはなんだこのセットは?こりゃだめかなと思いつつ、引きずり込まれていった、うまく章を分けた事と流れのいいナレーションが功を奏した。小説を見ているようだった。ストーリー的には閉鎖社会であれば場所も時間も関係なく起こる事柄。ラストはすっきりした。

投稿者:たかが映画ファン投稿日:2005-02-03 08:52:41
【ネタバレ注意】

wowwowで観ました。ぐいぐい引き込まれてあっという間に3時間。
これはとびっきりの反米映画でしょう。村人(草の根保守)と主人公(偽善リベラル)と父親(権力者)の醜悪な関係を見事に描いています。
多分アメリカ人が観たら、最初はものすごく共感して、その後手ひどく裏切られて、嘔吐するのでは。ナレーションは差し詰めニヒルなヨーロッパ貴族ということかな。日本人としては微妙ですが楽しめることは間違いない。

投稿者:たあくん投稿日:2005-01-17 07:01:08
【ネタバレ注意】

 単純に楽しめました。最近、似たり寄ったりの映画が多いので、自分には新鮮な印象を覚えました。様々な意見が出ているようですが、私には舞台中継を映画にしましたという気楽な感じで見れました。
 話の内容については、まあしょうがないでしょう。一度は、受け入れられたものの、些細な事から迫害され、一番信頼していた人から裏切られたら・・・・。最後の方では、ある決断に躊躇していましたが、最後の裏切りで、義理も情けも無かったんですね。自分も多分そうするでしょう(笑い)。
 この手の映画が斬新かといえばそうでもないでしょう。でも、こういう緊迫した現場を強いられれば、役者の皆さんは、暫らくは、この監督さんと仕事をしたくなくなるでしょうね。しかし、役者の皆さんは、頑張っていましたね。良い仕事してます。監督さんもこれからも頑張って欲しい。
 でも、この映画を見た反動で『ヴァン・ヘルシング』が無性に見たくなりました。

投稿者:gosto de cinemas投稿日:2005-01-10 23:59:58
【ネタバレ注意】

友人に勧められ、ビデオを借りてきた。二度観たのだが、二度目で大体、見切りが付いた。一度観た限りではラストに不満は残ったもののギリギリの線で、「すごい映画を見たぞ」という思いもあったのだが。。
しかし、監督の「意図」によっては、再評価してもいい、というのはある。そこで、この映画についての情報をネットで探っていたら、このサイトを発見。謝謝、ドッグヴィル、である。
それはともかく、意気込みは感じる。凄い作品だ!と思った。セット撮影も、ニコール・キッドマンはじめ演技陣の人物造形も、外部からもたらされる「条件の変化」で村人の態度や行動がどう変わるかといった「実験」の体裁も、いい。それらが貢献した「作品」そのものが、納得の行くものならば・・である。そうあってほしい願望がある。でなければ主人公グレースの苦悩は報われないではないか?と、思わせるだけの、鬼気迫る存在感、リアリティがあった。
が・・演出の問題なのか、演技の問題なのか、字幕の邦訳の問題なのか、いや、脚本の問題なのか、惜しいけれど見切りを付けた。
「意図」によっては、失敗した点を差し引いて、認めてもいい、というのは、・・映画はそのように見せるのに失敗していたが・・ドッグヴィルの村人ではなく、主人公のグレースのほうを告発する意図があったのならば、である。
最後の決断が、いったい復讐(感情からの)なのか、それとも審判(理性からの)なのか、分からないが、どちらにしても彼女を「善人」と位置付けて皆殺しでカタルシスを感じさせたい、という意図があったとしたら、「残念でした」。
彼女に「善」を見る事はできない。元々「市民権」を持たない彼女が、それを得るために労働と「人間性」を売り、それによって築いた信頼と評判は、彼女に自立(市民権)を与えた。が、指名手配のビラで形勢が変化した時点でも、彼女は村人の善意をアテにした。それはつまり善意に「依存」したのだ。対等性を失った。彼女の判断ミス、甘さだった。ただ、もう一人の仕掛人が居る。トムは新しい道徳規範によって村のあり方を再編成する事に「情熱」を傾けていた。人間は外的条件によって行動し、態度を決める、そこには人間性の発露はない、より能動的に、道徳的人間たる事こそが人間の未来、アメリカの未来だ・・と、村の現状に(たとえ平和が保たれていても)飽き足らない青年は若き情熱の向けどころをそこに求めた、というわけだ。グレースもトムも、外的条件を変える(例えば密告しても何の得にもならない事を思い知らせる、など)努力はせず、労働や信頼といった徳目で他者の「善意」を引き出そうとした。彼女の父親によれば、「傲慢」と言うらしいが。
この父親は映画の矛盾を露呈している。娘の傲慢を非難しながら、傲慢が引き起こした事態の決着として「皆殺し」に同意するのだから。
そして娘のグレースも、復讐するならもっとしっかりとやれ、である。自分が「人間」であった事を相手に思い出させ、罪を自覚させた上で(できれば彼女自身が)銃口を向けるのでなければ、本当の復讐にはならない。復讐ではなく審判だと言うなら、泣いたりせず、超然としているはずだ。そのどちらでもない。
「この町は消えてしまえばいい。また誰かがやって来て、彼らの弱さを暴くから」と彼女は虐殺を正当化したが、彼女が正当化したのは、じつは彼女自身が出した結論にではなく、映画製作の都合上ほしいクライマックスシーンの挿入に、だろう。映画は道徳規範に関する興味深い「実験」を行なっていたはずなのに・・最後に自己崩壊し、沈んでしまった。

投稿者:Carol Sakeski投稿日:2005-01-06 16:04:46
【ネタバレ注意】

私は、この映画に出てくる村人たちのような
人間性は、実生活で経験済みです。
学校、職場、隣近所、みんなこんな感じ。
私自身が村人であり、グレイスでした。
レイプはされたことないし、友人たちと
男性の趣味が違うから、寝取った!と
詰め寄られたことはないけど、それを
抜かせば、だいたい見てきた。
それをわざわざ映画で3時間も見せられた日にゃ
グレイス自身や村人より悲劇的だっての!
レイプシーンの連続…。女同士の猜疑心と嫉妬心。
裏切り。勘弁してくれ〜!
ラース・フォン・トリアーの作品はもう二度と
見ないし、レイプシーンのある映画は半年は
見たくない。それぐらい辟易としました。http://www010.upp.so-net.ne.jp/Carol_s/

投稿者:J.T.投稿日:2005-01-03 19:32:42
【ネタバレ注意】

この監督、露悪趣味で嫌いでしたけど、この作品はまだ好きです。なぜならば単なるバイオレンスエロ映画だから!!! この展開はどこかで見たような、と思ったら、「湖畔にバカンスに来た女子大生が野獣のような男どもに犯されて復讐する」とか「野獣のような青年グループに輪姦された後、信じられないむごい目に遭う」とか「ヒッチハイクしていた女子大生が異常殺人鬼の車に乗ってしまって体を切り刻まれる・・・」エトセトラエトセトラ・・・などという、私が昔見たB級バイオレンスエロ映画まんまの筋書きではありませんか! こうした映画はB級ゆえに漫画でいえばコミカルなタッチなのですが、それを劇画調に描くとこうなるのですね。なんだ、この監督、やっぱりたいしたことないじゃん、と安心しました。不謹慎は承知で書きますと、女主人公が最初に迫られるところはちょっと興奮しちゃいました。そういう意味でもこれはB級エロ映画です。やっぱり人間の醜さを描くなら、パゾリーニとかサドとか、目を背けたくなるほどやらないとだめでしょ。でもそうすると「変態監督」って思われるから怖くてできないのだろうね、この監督。きっと「芸術家」と思われたいんだろうな。いつもこの監督はそうだけど、「人間って醜いでしょ。みんな人間ってそんなものじゃないかい」と勝手に総括している。おまえこそ、ドッグヴィルのトムって男みたいなんだよ! ひとりで都合のよい環境を設定して、人間のいやらしい部分だけ並べて喜んでいるだけだろ? 気色悪いね。まだ「エロい男たちのために女の子がひどい目に遭うエッチな映画でも作るか!」といって撮影している監督の方が健康的だと思います。管理人さん、この映画のジャンルをバイオレンス・エロチックにしてくださいな!!

投稿者:ムーネルドンハ投稿日:2004-12-19 08:57:20
人類は今でも神を犯し続けてはいないか?無垢で弱い存在から生まれ変われるのか?でなければいつか燃やし尽くされる。なんかやっぱキリスト教的ですな。監督っ!
投稿者:T2投稿日:2004-12-14 01:28:06
【ネタバレ注意】

今現在クローズアップされているテロを契機とした西欧社会(というかアメリカ的なもの)とその他の世界とのローカリズムの衝突を、皮肉たっぷりかつ寓話的に語る佳作。
途中までは、小集団社会における異分子に対して、閉鎖的な集団であるがゆえに、一般的なモラルを外れて暴走する、身勝手な集団心理の恐怖、的な話なのかな、と思っていた。が、第9章目でようやく、無垢で無知で受け入れるだけのような存在様にも思われたグレースの正体と心持が明かされた上で、(もってまわったような、少々とってつけたようなところもあるが)物語としてのさらに一段深められた主題が語られ、なかなか面白い作品だなと思うようになった。
但し、この監督らしいといえるのかもしれないが、描き方が人間の醜さを抉り出そうと試みる分、不必要に醜悪に思われるところもあって、少々気分が悪いところもあった。
たとえそれが自分にとって理解できず許しがたい様ないかなる事柄であっても、自らの属しない文化圏において正邪の判断を下すことは、非常に難しいことなのですね。。。
自分的には、エンドロールを除けば、監督は必ずしもアメリカ的なモノだけを単純に批判している、とも思えませんでしたが。

投稿者:lovemako投稿日:2004-12-07 21:43:38
【ネタバレ注意】

女神グレースが、実は一番傲慢であること。
そしてグレースとその父=権力の象徴=アメリカであること。
エンドロールを見ると、監督の権力批判をありありと感じることができる。
最後のシーンにカタルシスを感じた私、その事実自体が一番居心地の悪さを感じさせる。
やはりこの監督、嫌いだけど只者ではないです。

投稿者:vegirama投稿日:2004-11-30 16:57:47
楽しくはなかった。
言わんとしていることがあるのだろうけれど、「う〜ん...そうかぁ?」と、あまのじゃく的な感覚もあった。

ショッキングな場面には、目を引くが、他は全体的に退屈だった。

作ってますよ感がしてなんか素直にみれなかった。
投稿者:SPHYNX投稿日:2004-11-02 17:37:08
【ネタバレ注意】

二コール・キッドマン見たさに借りました。前半は、どことなく牧歌的な展開で、小気味よいナレーション。BBC制作の動物のドキュメンタリーを見ているような感じで、睡魔に襲われうとうとしてしまいました。おぼろげながら、思いました。いろんな人間がいて、共生してて、できればあんな村には生まれ育ちたくないなあと。第1章の終わりごろだったのかな。やっとグレースが現れ、うっとりしました。村に溶け込もうとする彼女の必死な努力姿に感心しました。がんばれグレース!負けるなグレース!という感じで彼女を応援しました。完全にグレースに感情移入してしまいまして、物語の展開に従いどんどんつらくなりました。一体なんなんだこの村の住人はと、腹が立ちました。どうにかしてほしいと思いました。
登場人物の男子たちには、吐き気を催しました。人類最強の神話として、男子は四六時中女を犯したがっているというものがあるらしいのですが、それを理性なきまま実行すると犯罪になります。ぼくたちは、もちろんキレイな女子と性交したいわけで、その願いを叶えるため、いろいろと努力し、面倒な手続きを経て、正当な手段によって、目的を果たそうとするわけです。同意のない性交は、罪悪感も伴います。賢い村人は、グレースを家畜化させ、罪悪感という問題を見事に解決しました。この大発明によって、村人から良心の呵責というものが消えました。この事件が象徴するように、村人全員、最後まで現実を現実として受け入れ、素直に悲しんだり喜んだりできませんでした(のように見えました……)。村人の屈折した気持ちが、現実をレイプして、不気味は現実を次々に妊娠させて誕生させているような感じで、収拾がつかない感じがしました。もう殺すしかないと思いました。村人みんなが精神的な病を持っていると感じました。
醜い生き物が美しい生き物をレイプし続ける物語には、あんなラストが必要ではないでしょうか。

投稿者:FilmSeeker投稿日:2004-11-02 04:27:41
ニコール・キッドマン主演ということで見てみましたが、こんなつまらなくて悪趣味な映画は久しぶりです。
劇団の練習に使われるようなセットが意味不明で、また、話が長すぎる。
せっかく借りたので最後まで見ましたが、つまらないものを3時間見続けるのは本当に苦痛でした。
投稿者:O投稿日:2004-10-29 14:05:28
【ネタバレ注意】

「奇跡の海」は、「全然好きにはなれないけれど、どうも気になるのでもう一度観てしまった作品」ですが、「ダンサーインザダーク」は、「確かに傑作かもしれないが、もう一度観たいとは思えない作品」でした。

そんなわけで、「ドッグヴィル」を観るにあたっては、鑑賞後の相当な後味の悪さを覚悟し、その対策としてお笑いのDVDを1本、いっしょに借りてきたのですが、結果としては、その必要はありませんでした。

この作品に、前記の二作のような強烈な後味の悪さがない理由は、身もフタもない結末だけれど、そこでカタルシスが得られるということと、作品全体を通して不可解な部分がなく、わかりやすすぎるほどわかりやすい、ということだと思います。
「この場面で作者の言いたかったことは何でしょう。百字以内で答えなさい。」と言われれば、模範解答を作れそうなほどわかりやすい、というか、多様な解釈を許さないほど説明的で、それだけに含蓄に欠ける、という言い方もできるでしょう。

それでは凡作かというと、そうではなくて、登場人物の醜悪さが次つぎに暴かれていく前半から中盤の部分は圧巻です。特殊なセットで撮影した意図もよくわかりますし、成功していると思います。極端な設定ながら、自分の体験に引き寄せて感情移入できる部分も多いという意味で、寓話としての普遍性もあると思います。「田舎」と「よそ者」がうまく描けているな、と思いました。「まれびと伝承」の性悪説バージョン、みたいな…。

しかし、この映画をもっと後味悪くしようと思えばいくらでもできたはず(例えば、主人公の男が、女を○○して××した上で見殺しにするとか…)ですし、この監督は、そもそもそういう奴だったはずです。それなのに、なぜ今回に限って、取ってつけたようなカタルシスを用意したんでしょうか。いや、そのシーンの意味も「傲慢」うんぬんや「自分でやらなければならないこと」などの、登場人物のセリフによって、すっかり説明されちゃってはいるんですが、今までのこの監督のやり方とは明らかに違いますよね。(と、過去に二作しか観てないのに言うのも何ですが、その二作が強烈だったもので…。)

でも、そのカタルシスがあるおかげで、あと何回か観てみようという気持ちもわいてくるし、「面白い映画だった」と安心して言い切れる、というメリットがあることも、また事実なのでした。

投稿者:スタンドアロー投稿日:2004-10-20 05:25:04
この間、やっとDVDを借りて観た。実はかなり期待をしていた作品。それはあの床に線を引いただけのセット。普通なら「??」とおもうかもしれないけど、なぜか僕の琴線に触れた。浅い考えかもしれないけど、きっとあのセットの「ライン」は国境であり、「家」は国、ニコールは神、なんだと思う。ああ、そうか、なんのことはない。ただただ世界の縮図として作っただけか。そう考えると琴線に触れたのはセットのビジュアルなのか。
ストーリーはなんだか不安定なまま進んでいた感じ。まさに人間の精神世界。拠り所もないままただ目の前で起こることを直視していた。ちなみに「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の時は直視すらできなかった。ややオブラートに包んでくれたんだろうな。
投稿者:MARK投稿日:2004-10-11 01:53:35
よく言いたいことがわかりやすく描けてるという意味では佳作と言ってもよいかもしれませんが、同じトリアー監督作品では、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のほうが、精神性の高い作品だと思いました。
この作品も、彼得意の寓意性の作品だと思いますが、普遍性は感じられず、正義に拘るアメリカが描けたに過ぎない気がしたからです。チープな寓意性だと見ました。
われわれ仏教国(一神教の国ではないという意味)が持つ倫理観の尺度はもっと広いスケールです。神に照らして人間の行いが傲慢かどうかなんてテーマはちっぽけなものです。
それがわかりすぎる脚本であり、セットでした。
『ダンサー』ではこの監督をうんと褒めましたが、この作品では、同じようには褒められません。「目には目を」という範囲の愚かしいカタルシスの帰結が導かれただけの話だったわけですから。
一神教の国の人ならば、神に対して挑戦するような精神性の薫り高い作品を目指してもらいたいと思います。
投稿者:とけ投稿日:2004-10-01 23:45:19
どんなにすごいカタルシスが待っていようとも、人間のこれほどにくだらない感情をイヤと言うほど見せつけることに、かけらほどの意味も認めません。ものすごく不快です。監督の人格を疑う。今までみた中で最悪の下劣で不快な映画。
投稿者:shuria投稿日:2004-09-01 11:53:27
【ネタバレ注意】

二コールのファンなので見ました。
セットが意味不明で、劇団の練習風景のような雰囲気で・・・
ちょっと入りずらくて途中で
うとうとしてしまいました。

でも内容は把握できたつもりで
だから最後は優しく慎ましかったニコールが
あんな事するなんてビックリしたけど、
私もなんだか”やったあ、やっぱり腹立ってたんだよな”
ってホットして、気持ちよく終われました。

投稿者:サダラ投稿日:2004-07-29 11:02:13
【ネタバレ注意】

 宣伝の神か?悪魔か?ってのがオチそのものだったんだな
脚本が先か、セットのアイディアが先か気になるところ

投稿者:remix投稿日:2004-06-05 21:08:22
ベルトルッチの「ヌーベルバーグとは幼児的な病だったのだ」という発言を思い出した。この監督は、もう少し成長した思春期的な病?

次回もこの路線なら、ヌーベルバーグのように衰退するだろう。才は窺えるから、早く大人になってもらいたい。
投稿者:クロード投稿日:2004-04-10 07:48:10
 テレビで「バージニア・ウルフなんてこわくない」を放映していて10分程度で見るのを止めました。マイク・ニコルズ監督はその後、「卒業」「愛の狩人」「キャッチ22」までは好調でしたか。しかし、「イルカの日」からおかしくなりました。「人間は性悪だ、人間を信じるな」と博士がイルカに対して悲痛に叫ぶ。それまで、皮肉に、斜めに人間様を眺めていたのに、こんなストレートを投げてはいけません。
 「ダンサー・イン・ザ・ダーク」そして今回、もはや人間様の嫌らしさを描いて当代右に出る人はいません。しかも手法が新鮮で鋭い点もマイク・ニコルズ監督に似ています。こうも次々と不幸話をよく思いつくものだと賞賛された(?)「奇跡の海」を見なかったことが悔やまれます。
 さて、こんな作品をどこまで作れるのでしょうか。私の興味はその一点です。
投稿者:あるぶる投稿日:2004-03-26 00:52:12
【ネタバレ注意】

この監督は、もう観客を挑発して不快にすることだけを生きがいにしているのではないかと、前作までは思っていました。

で、これもかなり覚悟して見ました。話がすすむにつれて、ああ嫌な気分だまたやっちまったなんて思っていたのですが、このラストはすごいですね。見事なカタルシス。思わず溜飲が下がってしまいましたよ。

しかしそれもまた、この監督の挑発なのでしょうね。結局、おまえらたかがフィルムの映像になにをそんなに一喜一憂するの、というニヒリズムがこのひとの根本にあるような気がするものですから。

投稿者:リリィ投稿日:2004-03-09 11:38:47
【ネタバレ注意】

とにかく凄い映画でした!ここまで人間を深くエグる監督はあまり思いつきません。カンヌで「反米的だ!」という声があったようですがそんな印象は受けなかったな。人間の醜悪な憎むべき本性を曝け出す舞台をたまたまアメリカにしただけの話に思えます。ただ、デヴィッド・ボウイの『Young Americans』とエンドロールで使用された写真はラースのアメリカに対する皮肉だとは思いましたケド。
人間の汚い部分を延々と見せ付けられてからのあの衝撃的なエンディングは「スカーッとした!」が正直な感想デス(^_^;)そんな奴らは殺して当然!そう考えてしまうこともまた、ラースが訴えかけてる人間の汚い部分かもしれないのかなと、余韻の中でふと考えてしまいました。

映画の中で、村人達に扱われるニコールがひどくエロティックに見えたのは私だけでしょうか(笑)ローレン・バコールを久しぶりに見られたことが嬉しかったです。それにしても彼女、もう80歳なんですねぇ(@_@;)

投稿者:ピープル江川投稿日:2004-03-04 00:38:39
これは当然いいぞ!
2部3部楽しみ!!

アメリカ人には絶対作れない映画。
15歳未満はダメらしいけど、
道徳の時間に中学生に見せるべき!

黄泉がえりとか半落ちが良かった人は・・・

途中でやめたほうが無難?http://mlcity.gaiax.com/home/egawa/main
投稿者:Longisland投稿日:2004-03-03 21:12:49
豪華キャストに実験的な演出、曲者トリアー監督らしさを堪能した3時間。 自分で思っているほど才能を持ってない頭でっかち作家の若造を狂言廻しに、架空の米国田舎で繰り広げられる群集劇はリアリティに溢れて惹きつけられる。 後半までは反米的云々というより人間の性(サガ)を描いている作品と(好意的?)感じていたのだが・・・ラストで・・・やっぱ本作品は反米でしょ〜。権力・力を持つ者は何でも出来ちゃうってオチ、作品中の重厚な音楽から一変ソウルフルなデヴィッド・ボウイ『ヤング・アメリカン』と醜い米国のスチルはトリアー監督の確信犯的作為を感じる。
カンヌでパルムドールを争った『ミスティック・リバー』が俳優の演技を堪能する作品なら、本作は監督の演出を堪能する作品。(乱暴な意見ですが)

余談だが、本作品を堪能して益々『エレファント』に期待が高まる今日この頃・・・・
投稿者:くんばか投稿日:2004-03-02 17:11:29
【ネタバレ注意】

シュールな場所に放り投げられるのに慣れてる我ら90年代以降の映画ファンには
形のない建物の並ぶ白線だけの町並みにはものの10分で慣れる。それどころか
話が面白ければ、そのスタイルでしか感じられない魅力さえある。こういう映画は
好きだ。一つの例外を許せばその十倍は楽しめる、ということだ。
二コールキッドマンは間違いなく名女優(「めぐりあう〜」でアカデミーは「?」)
であり、無駄な画面情報がないことで表情の演技がいつも以上によくわかる。
話も分かりやすい。ナレーションは観客の無駄な詮索を取り除き、それ自身が
映画を描写し批評するため、目をあけて耳が聞こえればスルスルと理解できる。

ただ、私は村意識というものが本当にわかってないので、とある「お話」としか
解釈できない。ましてアメリカ批判なら(エンディングにはD・ボウイの「ヤング
アメリカン」)なおさら私はアメリカを知ってるようで知らないから分からない。

白線で引かれた犬村の天井からのショットはまるでボードゲームのモノポリー
(=独占)。驚愕の最後はこのゲームの一番の怖さがでています。

投稿者:shinji投稿日:2004-02-23 02:45:50
【ネタバレ注意】

 しかしこれは何なんでしょうか?とにかくドアの音がいらないのでは?と思っていたら途中で気づいたのですが(たぶん皆さん)この中の人たちには壁があって・家があって・犬がいて・・。かと思うとそうじゃない様な場面もあり、とにかく監督の意図がわかりずらい、斬新な実験的なと言う感じがハナにつく。オチに犬を使って、さぁどうだってのがキツイ。頭に残るのはただニコールキッドマンが鎖に繋がれ辱められてる映像だけ。

投稿者:阿里不哥投稿日:2004-02-22 23:02:10
自分の中でも賛否両論です。うむ、難しい。まだ混乱気味。
そういう意味で映画的にエキサイティングな映画であることは確か。

ひとつ残念なのは、劇場で列に並んでいたら前の回の音声が聞こえてきたこと。
投稿者:mari投稿日:2004-01-18 00:22:25
(試写会で観ました)
「弱さの、あらゆる型」が型としてきちんと描き出されていたが、そこにナレーションが本当に上手く効いていると思った。なるほどねえの連続で、3時間は全然長くない。
しかしカンヌで無冠だったのは驚きというかさもありなんというか・・・これからアメリカ三部作が始まるというのがまたねえ・・・。この映画を親米的ととらえるか反米的ととらえるかは皆さんにおまかせです。
2月になったらメイキングを観に行くつもり。
フォン・トリアー監督・・・他にいないですね多分。こんな監督。
そもそも『奇跡の海』といい、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』といい・・・(以下略)
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ パルム・ドールラース・フォン・トリアー 
□ 作品賞 監督:ラース・フォン・トリアー
 ■ 監督賞ラース・フォン・トリアー 
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