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パッション(2004)

THE PASSION OF THE CHRIST

メディア映画
上映時間127分
製作国アメリカ/イタリア
公開情報劇場公開(日本ヘラルド映画)
初公開年月2004/05/01
ジャンルドラマ/歴史劇
映倫PG-12
目を背けないでほしい。その瞬間(とき)がくるまで――。

誰も描けなかった、真実ゆえの衝撃。
パッション [DVD]
参考価格:¥ 4,860
価格:¥ 9,118
USED価格:¥ 898
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パッションパッション

【解説】
 「ブレイブハート」のメル・ギブソンが12年の構想を費やし、私財を投じて撮り上げた壮大な宗教映画。イエス・キリスト最後の12時間と復活を描き世界各地で空前の大ヒットを記録。全編ラテン語とアラム語だけを用い新約聖書の記述を忠実に再現したとされる一方で、ユダヤの描写を巡っては宗教関係者の間に激しい論争を巻き起こした。また、観客にショック死する者も出たという執拗な残酷描写についても賛否が渦巻いた。主演は「シン・レッド・ライン」「モンテ・クリスト伯」のジム・カヴィーゼル。
 紀元前700年のエルサレム。ある日、イエスは十二使徒のひとりであるユダの裏切りによって捕らえられる。イエスを尋問した大司祭カイアファは、イエスが自らを救世主であり神の子と認めたとして激怒し、イエスが神を冒涜したと宣告する。ローマ帝国総督ピラトのもとに身柄を移されたイエスは、そこでも揺るぎない姿勢をみせる。やがて荒れ狂う群衆に気圧され、ピラトはイエスを十字架の刑に処する判決を下す。凄惨な鞭打ちを受け変わり果てた姿となったイエスは、ついに十字架を背負いゴルゴダの丘へと歩を進めた。
<allcinema>
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【ユーザー評価】
投票数合計平均点
49344 7.02
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【ユーザーコメント】
投稿者:ピースケ投稿日:2014-09-23 21:20:08
まず この映画のキャッチコピーがよーわからん。
『真実ゆえの衝撃』 え? 真実なの??
投稿者:カール犬投稿日:2012-09-29 21:14:39
メル・ギブソンって真性のドSと思われます。

なのでこの作品は観る側がドMなら何ら問題なし。そういうことです。

そういう嗜好のない自分には
この映画の度の過ぎ方は狂気と紙一重というかフィールドが違いました。
投稿者:uptail投稿日:2010-09-01 09:33:49
モニカ・ベルッチ
投稿者:にゃんにゃん投稿日:2010-09-01 01:25:47
【ネタバレ注意】

始めに言っておくと、私は宗教映画が嫌いである。
嘘くさい話を神秘的な雰囲気で描くところが好きになれない。
また、スプラッター映画は大好きである。
体がバラバラになったり血だらけになるシーンはワクワクする。
さて、この映画はどちらかというと宗教映画というよりも残酷映画に近い。
私なら本来楽しめるはずなのだが、どうも胸糞悪さしか残らなかった。
なぜだろうか。

キリストが捕まってから死ぬまでの12時間を
「まだ続くのか」と思うくらい執拗な残酷描写で描いた物語である。
スプラッター映画なども見慣れている私にとってはそれほど苦しい場面はないのだが、
それでも延々と続く痛さにはうんざりするものがあった。
散々殴られ、ムチで叩かれ、ツバを吐かれ、十字架を背負わされても
「彼らをお許しください」というイエスの精神には素直に感服するものがある。
宗教映画が嫌いな私でもこいつはもう1度復活させてやってくれと思った。
(別の人生を生きて幸せになってくれ、という意味で)

そこはいいとして、イエスを散々痛めつけてメル・ギブソンは何がしたかったのだろうか?
イエスと同じ痛みを観客にも少なからず味わってほしかったのだろうか?
私には見ていて何も伝わってこなかった。
史実に沿って描いたのかもしれないが、別に他の方法もあるだろう。
残酷描写とそれを楽しむ人々、悲しむ人々が延々と映され続け、うんざりする。
フラッシュバックなども上手い具合に入ってくるのだが、
どうも悲哀を強調するだけで観客にはほとんど安らぎすら与えられない。
結局、観客には無抵抗の者を拷問するシーンしか頭に残らないのである。

これを見終わった後に「お互いを愛そう」とか思える人はいるんだろうか?
ほとんどの観客に与えられるのは執拗な残酷シーンに対する嫌悪感か、
それが終わりを遂げた開放感くらいだろう。
イエスがあれだけ苦しんで得た観客の感情はそんなものなんだろうかと。
いろんな意味で、メル・ギブソンの描き方には疑問を感じてしまうのである。

決して演出が下手なわけではないし
宗教的なシーンがそれほど鼻につくわけでもない。
けどこれをやりたいなら題材を別にしてB級映画とかにしたらどうだろう。
またはちょっと工夫するだけで「ファニー・ゲーム」みたいな出来の良い映画にもなる。
(後味の悪さはもっとひどいけども)

拷問映画をイエス・キリストでやった悪趣味な映画である。

投稿者:こじか投稿日:2010-08-15 23:05:04
演出家としてのメルのパワーには毎度ただただ驚かされます。
昨今の監督で、ここまで痛さを真正面から見せて
感じさせる人は稀でしょうね。
残酷描写が苦手な方にはほんとお勧めしませんが、
充分見応えある作品と思います。
作品の捉え方には、信仰がないゆえ迷いました。
投稿者:シナモン投稿日:2010-05-24 19:49:59
凄惨だと聞いていたので長い事見ることができなかった。

そのとおりだった。真に迫る暴力描写はキリストという神格化された存在をリアリティーの中で表現する点において多いに成功してると思う。

しかし、最後の最後にその復活まで描写しているところが興ざめだった。

原理主義とはこういうものか。信念(あるいは信仰)の為に身を殉じる清らかさやその尊さよりも、クリスチャン以外の人にとっては凄惨さしか記憶に残らない。

クリスチャンがクリスチャンの為に作った映画。
投稿者:ひめ投稿日:2008-03-21 16:46:28
イエス様が十字架につけられたのは「失敗」です。

本来は生き抜いて家庭を持ち、神の創造理想の国(世界)を完成させなければならない「使命」があったのです。そう出来なかったのは全て、イエス様に関わる人たちの「不信」「不信仰」によるものです。それは聖誕される以前から既に始まっていたことです。

ザカリヤの妻エリサベツの嫉妬、ヨハネ(マリアの夫)の不信(ヨハネ、マリア共にイエス様を愛せず)、洗礼ヨハネの不信、弟子の裏切り、ユダヤ人の不信等です。

 生きて成し遂げるべく事が成せず十字架につく道しか残されずに行った、神様とイエス様の立場を思ったら、本当に苦しいです。
投稿者:なちら投稿日:2007-02-26 13:37:13
予備知識がないので、拷問映画にみえた。
投稿者:nabesiki投稿日:2007-01-31 16:37:04
この作品は雑誌で広告を見たときは、余りにもセンセーショナルな印象を持ちました。それで見に行くことが躊躇われましたが、後にビデオで見ることが出来ました。何でも見ることが出来るというのは有り難いですね。(百聞は一見にしかずと言う言葉は確かにその通りだと思います。大げさですが・・・)
この作品のレビューを読んで、余りにも知的なので、自分の無知さ加減が恥ずかしいのですが、書かせて頂きます。
最近になり漸く、イエスキリストが救い主だと言うことがよく分かりました。教会には長い間通っていても、信仰の目が開かれなかったのです。
イエス様にしか、この世の問題を解決して下さる方はいない。この事は長年、信徒の方に言われ続けても理解できませんでした。
自己の欲望や醜さなどの問題や、苦しみも、イエス様にしか解決できない。信じる者は救われるという言葉通りなのだと思います。
長いこと、神様という存在と、イエス様との関係が解りませんでしたが、神様が人の姿をとって、この世に来られた方だと言うことが解りました。
この事はクリスチャンなら解っていることですが、自分は長いこと解らなかったのです。
又、外国の宗教という観点ではなく、全世界を救うために来られた方で、今も生きておられると言うことは信仰により、確信が与えられるのだと思います。
偉そうな感想ですみません。
投稿者:ディラン投稿日:2006-11-16 12:43:30
無知の私がコメントすべき映画ではないようです。ある程度聖書の中身を知らないものにとってはSM的感触しか得られないかもしれません。

なんでモニカ・ベリッチがあんな役をやっているのか観ているときは意味不明でした。
投稿者:kenny投稿日:2006-11-13 09:59:24
聖書物の映画は嫌いじゃないのですごく見たいんだけど、
恥ずかしながら“血しぶき”と“痛い!”てのがとにかくダメ。
ここのコメント読んでなかったら何も知らずにレンタルしてただろう。
今思うと映画館に見に行けなかったのは良かった。
投稿者:すてはん投稿日:2006-11-12 22:47:18
凄惨なシーンが満載で、なかなか目が離せない作品でした。
みなさんのコメント見て「ふむふむ」と思ってたました。
ところが、大阪モズのコメントを見て違和感を感じたので、大阪もずくの他映画のコメントも除いてみたんです。
案の定、自分の気に入らないコメント書いた人に「死ね」とか言ってる始末。
ここを管理している人は放置プレイがお好きですか?
内弁慶の引きこもり(違ったら失礼!)の遊び場にされるだけですよ。
まあこのコメント自体削除されるべきものでしょうけど、
他のユーザーにも不快感を与える書き込みは制限するべきかと
投稿者:dorokei投稿日:2006-06-16 19:37:20
確かに映像の迫力はすごい。
だけど、何にも感じなかったな……。
クリスチャンの方なら、キリストの「愛」偉大さに感動するのでしょうか。
私は、クリスチャンじゃないし、何も思い入れがないから「ふーん」としか感じない。でも、テーマや主張が何であれ、優れた作品なら動かされるものが何かあるはずだから、それがなかったってことは、つまりは「駄作」ということでしょうか。
信仰心が薄い人、もしくはキリスト教徒ではない人を感動させることができないのなら、宗教映画としてもダメですね。本当に、キリストがあんなに苦しんでいるのに何にも感じられないんですもん。。何でだろ? キリスト教に反感は持っていないのですが……。
盲目的な信仰を持っている人向けの「自己満足(もっとひどい言い方をすればある種「自慰」)」を感じてしまうからかもしれません。。
ということで、4点(映像の迫力は確かにすごかった)。
投稿者:vim1964投稿日:2006-05-28 08:39:10
AXNで鑑賞。これまでかと思うくらい痛めつけられている。拷問シーンの合間の回想シーンがたまらなく癒される。時の為政者と民衆の苦悩、いつの世も同じ構図だ。
投稿者:KAFIN投稿日:2006-05-13 00:39:00
TVでやったので見たが、すぐに監督が聖書を踏み外す気がない事とイエスがひどい目にあうのが眼目の映画とわかり退屈しました。聖書の記述なら知ってるし、イエスの犠牲を信じていないのでお話には感動しない。
 この映画は(ユダヤ人の喋る)アラム語で語られており、あたかもそれが現実にあったと感じさせるものです。でもそれは嘘(神話)です。
 映画史上イエスの物語は何回も映画化されそれは会社にとっては一種のドル箱なのですが、その演出の工夫がリアルという売りのためここまできたのが一つの原因、もう一つは監督の主張でしょう。
 しかし、それは聖書を批判的に読み、キリスト教の成立におけるパウロの位置をちゃんと頭におけば、まさに嘘の多い宣伝でしかない。映画はこうしてキリスト教を広めるのだなあと思います。
・・・そしてそれが監督の願いなのでしょうね。
投稿者:アイス投稿日:2006-04-20 23:54:12
なるほど、すごい映画だ。聖書を読んだ経験の無い人が、この映画を観て面白いと思えるのがすごい。残酷な描写も含めてとても知人には薦められない。私のような人間がこの映画について評価するのが間違いですが、個人的には3点。
支離滅裂かと思いますが、とにかく素晴らしい映画です。9点〜10点の人がいて当然かと。
投稿者:やのぴ投稿日:2006-02-20 14:56:11
ひょかのさん>
この映画の「パッション」とは「受難」という意味です。
「Passion of Christ」→「キリストの受難」として成句にもなっています。
もちろん辞書を引けば「情熱」が最初に来る訳語で間違いではありませんが、
監督がこの映画で「情熱」の意味を込めたかどうかは解釈によると思います。

よって以下のようにされたらいかがでしょうか?

【「情熱」も意味する『パッション』というタイトルからもわかるように、〜】

ちなみにプロテスタントの私は「情熱」というニュアンスはこの映画にほとんど感じませんでした。
余談ですが、「パッションフルーツ(passion fruit)」は南国の情熱的な果物ではなく、語源は「形状がイエスキリストの受難(passion)を連想させるから」となっています。
確かに情熱的な果物の方がピンときますけどね。

以上は決してひょかのさんへの反論・批評・揚げ足取りではありません。
よってご意見全体に対しては何らコメントするものではありません。
投稿者:ひょかの投稿日:2006-01-16 13:48:52
キリスト教を主な宗教としない日本人には理解して頂けるとは期待していませんが、イエス・キリストが最後に生きた12時間を描いたこの作品を観て僕は涙しました・・・ストーリーは単純ではあるものの、これは聖書に基づき(同キリスト教でも多方面では事実的にいろいろな解釈がありますが)、知っておかなければならない痛々しい物語ではあったと思います。「情熱」を意味する『パッション』というタイトルからもわかるように、キリストが決して周囲に動じない一途な気持ちが描かれていて、このメッセージ性が一番大事だと思います。日本は仏教という宗教の崇拝というよりむしろ慣習だけで宗教的な意思表示をしますが、色んな宗教にはより深い意味があるという事だけ皆さんには理解して形だけでは終わって欲しくないです。何かを信じる事はとても大事。仏教を習った事がなかったのでわかりませんが、聖書には多くの物語や教えがあり、内容は紀元前から書かれ始めた物ではあるけれど今の実生活にも活かしておけるモラルの知恵を知る事によってイエスや神様の存在を信じる人に限らず救われるはずです。キリスト教を悪く思う方も多いようですが、このような公共の場で酷評を述べる前にまずキリスト教がどういうものなのかを理解して下さい。そんな適当な意見はとても無責任であり、人によっては非常に侵害なのでどうか考えてからコメントを投稿下さい。信じるか信じないかは皆さん次第ですが、このような事があるから今も争いがあるんです。やめてください。
投稿者:ユタカ投稿日:2005-11-08 00:02:13
え?って感じだった。聖書の記述をまんま映像化しただけのような・・・
いさぎよいとも言える。シンプルなだけにキリストに興味を持つ人には観られ続ける映画になるのではないだろうか。執拗な残酷描写にはやや辟易したが、メル・ギブソンには何か考えがあったのだろう。生きていた人が死んでいく、そんなあたりまえのことに改めて目を向けさせられた気がする。そして他の人のコメントも他の映画より熱く、深いものが多いような気がするのは俺だけか?簡単に切って捨てちゃってる人もいるが。なにかがある!と思わせられた。数年後、また見るかもしれない。
投稿者:大阪モズ投稿日:2005-11-06 23:10:22
誰かが書いてましたがとにかくひどいリンチ映画でした。私はキリスト教が今の世の中のガンと思っていますので、こういう映画はヘドが出ました。しかしこんなゴミ映画にどうして星七つなんですか?評価している人はみなバカばっかりなんでしょうか。それともキリスト教信者の団体さんの評価ですか???
投稿者:藤本周平。投稿日:2005-10-20 21:04:16
こんなに2時間がすごく短く感じた映画もそうないな。
投稿者:karr投稿日:2005-08-29 11:49:38
残念ながら私は無神論者です。
しかし、イエスの存在は信じています。一見矛盾しているようですが、私は、釈迦や、孔子や、ガンジーや、キング牧師や、その他の偉い人、新しい価値観や、人間はどう生きるべきかなどを説いてまわった人達と同じ様な存在として尊敬しています。
2000年も前の歴史上の人物なのですから、その長い年月の間に、敵、味方、理想主義者、悲観主義者などによって多くの脚色がなされてきた事は、他の歴史上の人物の例を見てもわかるように明らかです。
ですから、個人的には、あくまでも個人的にはイエスの説いた愛を、本当の愛、ここが難しいのですが、例えば母が子に持つ愛よりも、もっと大きく深く広い、そして大いなる犠牲を伴わざるを得ない愛、つまり敵(利害を重要視する事によって、存在してると思い込まされている敵、実際は存在しないはず)に対してこそ与えるべき愛だと解釈しています。
母性愛は多くの生き物が本能として備わっているもので、いわば当たり前の愛であります。ところがイエスの愛は、いくら困難ではあっても人間にしか実現なし得ない至上の愛なのです。理想的すぎますが。
2000年たった今でさえもまだ実現不可能に思われている理想を、命を賭けて説いてまわっていたイエスの姿を想像すると目頭が熱くなります。
ついでながら、様々な奇跡についての個人的解釈は、現代の科学や医学を知りぬいている人や、マリックのような優れたマジシャンがその時代にタイムスリップしたとしたら、その奇跡をどう捉えるかという点に焦点を当てています。つまり、現代科学、医学では常識とされているような事が、その当時の人々の目にはどのように映ったかは想像の域を出ないわけですから。しかし、私にとっては別にどうでもいいのです、信者さんには重要かもしれませんが。
遅ればせながら、この映画から伝わってきたのは、イエスの体の痛みです。少なくとも、弱き人々の為にこれだけの痛みに耐えたイエスの意志の強さに、改めて感服させられました。そういう意味においてはいい映画です。
投稿者:bond投稿日:2005-07-12 11:25:52
のような気がした。作品の意図はなんだ、受難というより、リンチ映画のようだった。
投稿者:irony投稿日:2005-07-11 17:15:22
 キリストの受難。確かに受難ですね。とにかく痛いシーンばっかりでテンションが下がる。メルは何を思ってこの作品を製作したのかな?ビジュアルで見せる事によりインパクトをキリスト教徒に与えたかったのかな?
 キリストはあらゆる受難や人類の罪をその身一つで受け入れているようですが、これからも受難は続くでしょう、人間が生きている限り。
 人類の愛は壊れています。人は何の為に戦うか?愛する人の為?大切な物の為?しかしながら、戦う相手にも同じ理由があったならどうでしょう?
 人類は欲望の塊です。だからこそ進歩も在るが(技術的に)精神的には今も昔も変わらないでしょう。人は愛しながら、憎み、欲し、奪い、殺す。人類の歴史が証明してます。
しかし、安心して下さい。神の愛は無限です。苦しみや悲しみや受難はすべてキリストが救いあげてくれるでしょう?そして祈るです。自分の中の神に...な〜〜てな。
 この映画見てたら、「スティグマータ」思い出しちゃったよ。教会は自分の心に在るって。私自身キリスト教徒ではないが、現在キリスト教徒でいらっしゃる方々には再認識の意味で意義のある作品でしょう。
投稿者:vegirama投稿日:2005-05-29 17:00:42
なんか長い、見てて飽きてしまう途中で。少しでもこの宗教について知っていると見方が違うかもしれないが。

娯楽性はあまりないような気もする、宗教観に共感できないので映画も理解不能でした

映画に嫌みは感じられなかった部分は好きだ
投稿者:ASH投稿日:2005-05-28 22:06:33
なんだがホラー映画も顔負けのスプラッター描写に辟易…。
投稿者:ハリー・ハウゼン投稿日:2005-04-16 14:26:19
映画史上最大。
投稿者:さち投稿日:2005-04-10 11:20:37
既視だらけ
投稿者:Male投稿日:2005-03-10 02:56:20
中東で毎日のように殺し合いが続いている今、むしろキリストの受難が空しく思えました。
それだけじゃなく、キリスト教がマジョリティである西洋諸国は、歴史上「敵を愛せ」たのがほぼ皆無なので、全然言いつけ守ってないやん!って感じで。
ラストに至っては、神はキリストの死によって人類を見放した、もっと言っちゃうと、キリスト自身にも神の救いは訪れなかったと思えました。
この映画って、どこかのキリスト系団体が推薦してましたが、個人的には「神はいない」と改めて感じてしまいました。

投稿者:arai投稿日:2005-02-11 17:11:33
 上映時間にすると二時間きっちり作られていましたね。大ていの映画の二時間という枠は、観客の集中力などの関係から平均的にこうなっているらしいのですが、そのなかでも感覚的にこの映画は”短い”と感じました。いわゆるキリストの受難劇で、そのまま話を率直になぞっているので筋として安心して観ていられたのが一つの理由だと思います(逆にいえば、ドラマとしての盛り上がりに欠けていたかも)。

 下手にドラマ的な展開へ持っていくよりも、俳優の演技に肉迫して丁重に受難劇を描くことに価値があると践んだのでしょう。それだけでは動く聖書みたいなものにしかならないのですが、ところどころ顔を出す悪魔が劇中最も緊張を生み出し、ドラマティックな効果はここで上げていたように思います。つまり悪魔がいちばんキリストの本質を理解していることになるわけで、このあたりの描写は実際面白かった。

 それにしても、ハリウッド映画では陰に陽にこのキリスト教が顔を覗かせる。気づいてみると、『ベンハー』の昔からけっこうイエス・キリストはわれわれのお馴染みのものでもあるし、表立ってアーメンのハレルヤだの唱えなくとも、潜在的にキリスト教思想が込められた映画はかなりの割合になるはずです。個人的にはこれを観ながら、マーティン・スコセッシの『最後の誘惑』('88年)を対比していました。スコセッシのほうは”長く”感じましたし、より作品にコクのようなものがあったからなのですが、監督業としての力量の差が、ここに現われていたかな、と。
投稿者:乱気流投稿日:2004-12-26 08:58:42
非常に不謹慎かもしれないが、この作品鑑賞後に
(別の悪魔的思考から、この作品を捉えなおしてみると)どういう展開に
なっていたんだろうと、奇妙な空想癖にかられた。
 即ち、母マリアを人質にとり、あらゆる手法でイエスを精神的に
追い詰めるという設定。
 古来より、どんな(精神的&肉体的に)屈強な人でも家族等の愛する
人を人質にとられ、(その人質への)強姦、肉体的虐待で脅されると
鋼のような心でも折れてしまうケースが多い。
 上記のケースでは、イエスは心に深い痛みを伴いながらも、母マリアの
貫信の心を察し、自己の信念を貫いたであろうと予想できるような
気がする。ただ、どちらの道を選択しようとも母マリアの殉教精神の方が
(後世の人々も含めた)人々の心に残ったであろう。
 何れにせよ「自己犠牲」とは人間として究極の善の姿として
多くの人の心に残るようだ。
 「自己犠牲」の正反対が「極端なナルシズム」 
イエスが殉教して20世紀以上も経過するというのに
(異種とは限らず)同一&同種宗教内部でも聖戦の名のもとに
殺戮を繰り返す人間達。
 「人は羊か狼なのか?」
宗教そのものも、(平和社会の現出とは限らず)争いの要因となりうる
事も紛れもない事実だが(トマス・ホッブスが言うように)
宗教(&道徳)が全くない世界というのも抑制のきかない動物社会的
要素が噴出してくるようで恐ろしい。
 人間は環境によって善にも悪にも進みうる。
たとえ宗教が悪への誘惑に歯止めをかけるためだけであっても
宗教的核心的真理を学び続けることは人間にとって不可欠であろうか。

本作品によって犯罪的自首が続出していると噂されるが
痛みの映像で伝える事でしか、宗教的インパクトが残らないとは
ある意味悲しい事だ。ただ、イエスという一人のリアルな人物像
を通じ、全世界の人に多くの(善的)強烈なインパクトを与えた
意義は非常に大きいと思う。ただ悲しいのはこの作品も
(他の映画作品と同じく)何度も観るうちに衝撃度が減退していくであろうこと。
投稿者:エバ投稿日:2004-11-13 00:44:02
【ネタバレ注意】

私は洗礼は受けてますが、厳格なクリスチャンでもない、単なる映画好きなので、
聖書との比較考察は置いておいて、そもそも映画としてどう?
私は1年すぎれば、忘れられてしまうような映画だと思う。
なんか全体的に影が薄いんだよなー
ジム・地味・カヴィーゼルのせい?

それにしても、素朴な疑問で、
あんなに拷問を受けたあとに、イガイガイバラの冠までつけられ、
あげく、歩けないほどなのに、重たい十字架まで持たされて歩かされて
手にも足にも釘をうたれ、それでも生きているものなんですね。
もはや極度の痛みで、失神してしまうのかと。

ラスト、イエスの再生?シーン、ベタベタでしたね。
手の甲の穴とか、「わかってるって!!観客バカにしすぎ!」って思ったほどです。


投稿者:Angel投稿日:2004-09-11 06:31:01
【ネタバレ注意】

今日先日購入したこのDVDを見ました。
涙が止まりませんでした。聖書を勉強して1年目で読む聖書と
見る映像があまりにも残酷で目を覆う場面が多かった。
「「father forgive them」」
彼らの自分に対しての罪の許しを乞う場面は本当に私の心を
揺さぶりました。
どなたかも言っておられましたがこの映画は真実のイエスへの「虐待」です。
これを笑って見る人がいるというのは不思議です。うちの主人は米兵でクリスチャン
ですが決して笑いながら神について話したりましてみたりは絶対しません。

イエスの愛に涙 涙でした。


投稿者:LDS投稿日:2004-08-19 14:01:02
イエス・キリストは、汚れ多き人類を救うために天父がこの地上に寄越して下さった救い主です。彼は私たちに模範を示してくださいました。“敵を愛せよ”と。私たち人間は皆弱いので、いつもどこでもサタンの誘惑にさらされています。“もっと憎み合え!もっと堕落せよ!”と。けれど、相手を責めず自らを悔い改めキリストに従うことによって、私たちはサタンから離れ平和を得ることができる、と主はおっしゃっています。メル・ギブソンは大変深い信仰を持っていらっしゃる方だと、とても感じています。人を助けるために命を捧げることが、究極の愛です。キリストは私たち人類を救うために、命を捧げられました。映像は確かに気持ちのよいものではありませんが、その奥の深い意味を、ひとりでも多くの方々が感じることが出来るように祈っています。イエス・キリストは心の底から私たちひとりひとりを愛しておられます。ですから、あの痛みに耐えられました。私たちひとりひとりがかかえている心やからだの痛みを十分すぎる程、ご存知です。どうか、イエスの愛を感じることができるように、祈り求めてみてください。
投稿者:小太郎投稿日:2004-07-04 07:00:15
田舎に帰って友達に誘われて見た。とにかく残酷描写が生半可じゃない。
何もあそこまで見せなくてもと思った。結構自分的には血なまぐさい映画は慣れてたはずでしたが、半分以上耐えられなかったので目を伏せていた。せっかく大好きなモニカ・ベルッチが出てたのにはっきり言って永遠に記憶から抹殺したい作品となった。メル・ギブソンも嫌いじゃなかったけどこれで何か個人的に嫌いになった。ラストがいいとかなんとかコメントあるけどどこがよかったのかなぁ。良かった人御免なさい。
投稿者:パタママ投稿日:2004-06-30 15:56:47
【ネタバレ注意】

聖書の知識のある人は勿論、無い人にもそれなりに付いていける作品です。宗教に全く興味の無い人でもそれなりでしょう。ただ人間観察に疎い人にはおよびでない、かもしれません。

日本国内での幼児に対する虐待、イラクでの捕虜に対する虐待、と古今東西「虐待」は絶えたためしがありません。何故?
イラクでの虐待(イエスの鞭打ちに比べたら軽いものでしょうが)している側の米兵も笑ってました。映画でも虐待する側は笑ってます。こちらの方がものすごく不思議でどういう心理状態なのか、興味津々です。
人間は本当に残酷だと思います。

映画は、やや荒い演出もあったかと思いますが、最後の12時間?ですか、これをピンポイントでよそ見させずに一点集中(フラッシュバックはぎりぎり許される?)でラストまで見せ切ったと思います。

あのような受難を苦痛を、多分普通の人間なら耐えられないでしょう。普通なら、目は空ろ泣き叫び許しを請う、あるいは耐え切れずに死んでしまったでしょう。
イエスは神の御心のままに、と全てを受け入れ耐えたのです。最後まで心乱れることなく。それは多分誰も出来ないことだと思います。何故出来たのか・・・「信じた」からだと思います。それが真実なのか、狂信なのかは哀しい事に解りません。命を懸けて信じた=真実、だとは限らない・・?しかし命を懸けて信じることは、常人には出来ません・・・

キリスト教徒ではない私にとって一番気になる点は、復活があったのか、でし。ひょっとして「復活」を新解釈で見せてくれるのかと期待しましたが、映画の途中からこの流れでは「復活」の場面は必要ないかも、と思ったのでラストのイエスの復活した姿は映さずとも良かったのでは、と思います。


投稿者:hituji投稿日:2004-06-20 08:36:21
メル・ギブソン監督が「誰がキリストを殺したのか」という質問に対して、「大まかに言って、われわれ全員だと思う」と答えたことは、この映画を見る上で欠くことの出来ない視点だと思います。つまり、監督は、「私も、そしてあなたもキリストを十字架に付けて殺すことに加担したのだよ」ということを意図し、伝えるためにこの映画を作ったのでしょう。「私は2000年前の人間じゃないのだから無関係だ」と言うならば、おそらく、それは「彼の血について、私には責任はない」と言って手を洗ったピラトと同じ態度ということになるのでしょう。

キリスト教界内でも、この映画の描き方に対する評価は分かれているようです。時代考証等が不正確との指摘もあります。ただ、描き方の正確さと、キリストが受けた受難の意味については、無関係ですね。http://www.kirisuto.info/
投稿者:たぁとぅん投稿日:2004-06-19 00:00:27
兎に角、まず見て欲しい作品。私はこれを見て生まれ変わった気分です。残虐さは、最初の15分でなれます。なれるというより麻痺してしまう。でも、どうして、同じ人間なのにこんなに酷い仕打ちができるのだろうと、自己嫌悪、自己反省に陥る作品です。しかし、ラストまでの20分の巻き返しが素晴らしい。イエスが復活するように、私も生まれ変わりました。兎に角、先入観なしで、もう公開が無理なら、DVDでも、但し、できるだけ大きな画面で、特にゴルゴタのシーンは、出演者が自分同じ大きさになるくらいの大きな賀画面で見て欲しい。そういう作品です。
投稿者:たつみ投稿日:2004-06-13 01:23:55
 
 一時キリスト教にハマって聖書も読んだ。

 とりあえず米国では犯罪者が自首してきたりと話題だったので見てみた。

 聖書には忠実だ。でもムチ打ちの回数、多くないかい?数えてたけど40回以上したよね?それに大切なお言葉が抜けてないかい?なんて思ったり。

 日本のキリスト教関係者のHPでは「実話に基づいた映画!」と聖書を実話だと言い切っていたところがあった。こいつらモーセが海割ってエジプト脱出したのも史実だと思ってるのかね?こういう反応をするキリスト教徒が怖い。

 弟子が布教に都合の良いように聖書に書いてあるとはいえ、イエスの教えや行いは確かに尊いものだと思う。全部じゃないが。

 しかし実際のキリスト教徒はどうだろう?血生臭く欲望に塗れた歴史を送っているではないか。今も継続中で。

 戦争の一つもやめさせようとしない、むしろ酷いことやられたからやり返せ、みたいな世論が多い今の米国で作られた映画ってのが皮肉だな。

 キリスト教至上主義者を増やしただけの映画のような気がする。宗教映画としては成功?
 
 でも感動して信仰が深まったのなら、汝の敵を愛してみやがれってんだ。

 
投稿者:hanya投稿日:2004-06-06 04:04:06
まさしく受難の話。
聖書をしらなきゃ、お話にならない。
が、宗教に染まらない日本だからこそ、受け入れやすいと思う。

マヤとロザリンダが素敵。特にサタン、妖しくてグー。
衣装とか言葉とか凝っててよいのだけど、クライマックスで
崩れる宮殿のちゃちさはどうよ。一瞬だけどね。金が足りんかったか。
画的にも考えてあるし、細かい演技指導もあったのではないか。
聖書ゆえに台詞が少ないけど、音声絞ったスロー多発ではあるけど、
よう作ったと思う。ほんと、渾身の作。

衝撃の鞭打ちシーンは、確かに目を背けたくなる。
けど、その割に跡は酷くみえない。いや酷いことは酷いけども。
もっと肉えぐれてたりするだろうよ。
けど、ここまで受難をしたからこそのカタルシスがあるべきなのに、
ただ受難のおはなしで終わったかんじ。
キリストの復活は聖書知らなくてもたいていは知られてるだろうから、
あえてそこのシーンはなくても良かった。あんだけなら。
けど、監督の溢れる気迫に圧倒される。
投稿者:バディー投稿日:2004-05-28 11:16:59
確かに素晴らしい映画でした。あの凄まじい描写と十字架は何を意味をしているのでしょう? 映画では詳しくは述べられていなかったのが多少残念ではありましたが。。それは、ひとりひとりが心の奥底に罪を持っていて、死ぬべき存在であるのにもかかわらず、イエス様が身代わりとなって万人の罪を負って十字架を背負ってくださったことを意味しているのです。映画としては視覚に訴える部分が強烈過ぎるかもしれませんが、実際はあれ以上のものであったはずです。これに気づくか、気づかないかによって人生は大きく変わってくるはずです。また、アメリカでの実際のニューズにありましたが、この映画を見た殺人犯が自首をしたといいます。自分の大きな罪が分かったからだと思います。
投稿者:Cinema Trek投稿日:2004-05-27 19:17:41
「キリストの最期の一日をメル・ギブソンが監督した全世界で賛否両論の映画。」ということで興味深く足をはこんだ。映像は想像をはるかに絶するものでPG−12どころかR−15指定にしてもよいくらいの凄まじい描写であった。なるほど、これは物議をかもし出す映画である。メル・ギブソンは「リーサル・ウェポン」を代表するアクション・スターぐらいにしか思っていなかったが、この頃からこの映画の構想を持っていて史実に基づく作品として世に送り出したという映画をこよなく愛し、私財を投げ打ってでも自らの思想を映像にしてしまうという映画人メル・ギブソンには改めて敬意を表する。映画はキリストの最期は誰でも知っている常識からかキリストが中心でどうして捕らわれの身となり張り付けになったのか断片的に表現されるだけなので無知だとわかりづらい。仏教国の日本では西洋ほどキリスト馴染みは少ないのでキリストについて多少の前知識を得といた方が内容はかなり把握出来ると思う。

20040519_Cinema鑑賞_80点
投稿者:gl1000投稿日:2004-05-27 03:07:07
メル・ギブソン個人の情熱がそそがれている映画として感動しました。
彼が俳優として頂点にいたとき、お金や名声では満たされず、酒や麻薬におぼれ、自殺まで考えたとき、イエス・キリストを信じて、その十字架によって救われたという経験を証したかったとメルはABCのインタビューで語っています。確かに彼が変わった理由がわかりました。
投稿者:敦煌投稿日:2004-05-25 01:52:21
 血糊の臭気が漂ってくるような残虐シーンや、ノーマルスピードからスローモ
ーションへの移行などは、『ブレイブハート』の時からメル・ギブソンが好んで
使っていた手法ですね。
 反ユダヤ的だと騒がれていましたが、その点はもう一つピンと来ませんでした。
キリストの死刑を求めた聖職者はユダヤ人だけど、鞭打ち刑や、磔刑を執行した
サディスティックな役人はローマ人ですよね(違う?)。ユダヤ人はむしろ侮蔑
され、虐げられる側だったのでは。
 ユダヤ人を侮蔑し、虐げているから反ユダヤ的なのか? 考えると分からなく
なってまいりました。

 1つ確かなのは、度を超した暴力は不快だということ。メル・ギブソンの伝え
たかったメッセージがそこにあるのかどうかは知る由もありませんが、これだけ
ははっきりと伝わってきました。
 とは言ってもリンチ殺人で捕まるクソガキどもの発言を聞いていると「相手が
謝らなければ殴り続けてもいいと思った」とか「痛めつけているうちに、もっと
過激なことをしたくなった」なんてフザケた言葉が平気で出てきます。
『キル・ビルvol.1』が好きだと公言する連中がこれだけ生息している世の中だか
ら、『パッション』を見て、「おー、すげえ。誰かをこんな目に遭わせてみてー」
なんて思ってる頭のおかしなクソガキも一部にはいるんだろうなあ。いやだ、
いやだ。http://homepage3.nifty.com/atsuo-m
投稿者:籐四郎投稿日:2004-05-18 22:29:36
ある意味分かりにくい映画なので、熱心なキリスト教徒の方が作品の説明をされているのを散見していますが、仮に福音書を読んだとしても、この映画から受ける違和感は解消されないと思います。
というのも福音書というのは、生身の人間が特定のメッセージを伝えるために書いた書物であって、史実そのものではないからです。
当時のユダヤ人コミュニティの中で、キリスト教が発生した状況というのは、キリスト教はあくまでも他の多くのユダヤ教の中の一つの新興宗教でしかありませんでした。
福音書にはそうした中で、キリスト教の信徒が自らの勢力を増大させるため、自分たちを特別視して、他のユダヤ教の宗派を見下す傾向が込められています。
例えば、福音書を通してユダヤ教をみると、キリスト教が信仰の宗教でユダヤ教は律法の宗教とはよく言われますが、単純には言い切れないことです。
最大の問題は、福音書を字義通りに解釈すると、この映画のように、イエスの死の責任はユダヤ人全体にあるようなつくりになってしまいますが、それは史実とは違うということです。
それに関して、カヤパに代表されるような一部のユダヤ教の司祭は積極的にイエスを死に追いやったとは思いますが、最終的に決めたのは、この映画では気弱で思いやりがあるかのように描かれていたローマ総督のピラトです。
歴史上の彼は、融通の利かない残忍な性格で容赦なく数千人のユダヤ人を処刑した人物でした。
史実では、イエスの支持者が増えて騒ぎ出すと、暴君のピラトが怒り、ユダヤ人司祭にも火の粉がかかって迷惑だということなので、早めに手を打って、イエスを死に追いやったというのが真相とされています。
福音書には、そんな目にあった当時のイエスの信徒たちの、ユダヤ人司祭に対する一種の「うらみ」が込められています。
当時は「ユダヤ人」という言葉は、ユダヤ人全体ではなく、主に神殿の司祭や長老を指すに過ぎない表現でした。
このため福音書には、反ユダヤ主義をあおる書物という側面が出来てしまったために、ローマカトリック教会では1962〜65年に決議した第二バチカン公会議で、イエスの死の責任はユダヤ人全体にはないと正式に発表しています。
実は、イエスの死を扱うほとんどの作品は、この公会議での決議を慎重に配慮してきたのです。しかし、今回の映画の場合は、一種の原理主義的に福音書だけをなぞり、あたかもこれが事実だというように描いているので、多くの人に独特の印象を与える結果となってしまいました。
私はキリスト教の教義に立ち入ることはしませんが、この映画の内容を事実そのものと受け止めてしまうことは、かなりズレた解釈だと思います。
少し残念なのは、当然予想されるそのような熱心なキリスト教徒の反響に対して、日本のカトリック団体が何も言っていないことです。
ちなみに、アメリカではいち早く公開前に、カトリック司教協議会が誤解のないように指針を発表しています。
投稿者:イドの怪物投稿日:2004-05-16 07:40:38
私はイエスの実在そのものも信用していない筋金入りの非キリスト者ですし、ユダヤ教徒でも無いけれど、この映画は母親マリアの愛とその子イエスの受ける迫害を描いた12時間としてみれば良く出来ていたと思う。またこれまで総督ピラトは極悪人みたいな扱いを受けていたのが、悩める官僚としてきわめて官僚らしい裁きをした演出もドラマとしては良かったと思う。しかし凄惨な場面の多い映画でここまでの演出は不要と思われるのだが。当然ながらわが国(多神教)では受ける内容では無いと思われるが、この映画はクリスマスだけ騒ぐ商業的クリスチャンから脱してこの宗教を考える良い機会を与えてくれたタイムリな一作だと思う。
投稿者:きゃたぴー投稿日:2004-05-13 10:52:16
この映画は、話題になっているから・・という理由からだけではむなしい時間が過ぎていくだけの可能性があります。アメリカではショックを受ける人や罪を自白した人がいたようですが、それもキリスト教が根付いているお国ゆえ。実際、私の周りにもあくびをする人、場内に思いっきり聞こえる声で「(イエスは)家具職人なわけ?」といってる人も。でも、それも仕方のないこと。

「2000年前のこと。私には関係ない。」
「悪いことなんかしてない。」
「〇〇したら信じてもいい。」

時代は移り変わっても人間の本質は変わらず罪を犯す。しかし、どんな小さな罪でも罰せられなければならない。その罪を神は愛する1人息子(イエス)を人間の罪の代わりに罰することで私達が罰を受けず、永遠の命(救い)が受けられるようにした。それほど神は私達自己中な人間を愛しておられる・・。それが理解でき、真実だと受け入れてないとつまらないのも無理はない。

意味のある時間にしたいなら、イエスを取り巻く登場人物1人1人の発言や行いを自分と置き換えてみるとよいと思います。メル・ギブソンも2000年前もし自分がそこにいたらという気持ちで見てほしいと言っているようです。

投稿者:シュワイマー投稿日:2004-05-12 02:11:10
【ネタバレ注意】

ストーリー展開にかなり無理を感じる。

まず、なぜユダヤ人の高僧達は、ローマの総督に十字架による死刑
を求刑したのか?自分たちの法では、死罪にできないと言っていたが、
それなら人殺しのバラバにでも殺害を頼めばいいではないか?或いは、
死刑になりそうな罪でもでっちあげればよいではないか?わざわざ、殉
教者に仕立て上げるような刑を要求した意味が分からない。

次に、ローマの総督が悩むシーンが良くわかならい。イエスとユダヤの
高僧、それぞれの支援者を満足させる解が見つからず、両者による暴動
を恐れる総督。しかし、映画に出てくるのは、イエスを次々と裏切る弟子
達と、イエスを非難する市民、そしてイエスに同情する観客達。ローマ
の総督が恐れたイエスの支援者は一体どこにいるというのだろう?

そして、肝心なのが当時のユダヤ人達。彼らが、何に苦しみ、何を求め、
何が不足しているのか?何故イエスの断罪に荷担するようなことをしたのか?
まるで描かれていない。イエスが彼らに何を与えたのかも。。。

イエスはひたすら苦しみ自分の考えを貫く。ただ、それだけが描かれている。
キリスト教徒であれば、その姿を見て自戒の念を強めるかもしれない。もっと、
自分に厳しくならなくては!と。。。

しかし、キリスト教徒でない人に、この映画を通して何を言いたいのだろう??
教会で見せるにはよい作品かもしれないが、映画館で見せる作品ではないと思う。

投稿者:月の熊さん投稿日:2004-05-11 21:24:18
即物的なセンスで描かれたイエス像。
只拷問にあって苦しむイエスの描写だけが延々と印象付けられる構成。
メルギブソンの趣味かを疑う以前に、只憐憫だけを煽るやり口は、
イエスを題材に扱う企画を主導する者としての彼の、精神的幼稚さを再確認させる。どんなゲス野郎(たとえば劇中バラバ)が主人公であっても、
アレだけリアルな拷問描写で虐げられれば、観る者誰もが憐憫の情を掻き立てられるに決まっている。偏った憐憫描写は、「愛があれば憎しみも又…」という
安っぽい理屈に従って、憎悪を生むのだ。題材がイエスであるが故に、キリスト教圏とその周辺では、憎悪の大量生産、又はその温床である集団ヒステリックが蔓延しているのではなかろうか?
拷問で虐げられた歴史人物はイエスに限らない。
大戦中、占領下の朝鮮に於いて3.1独立運動を主導したユ・グァンスン等いい例だ。
「虐げられた」という事実に目を背けたかったのではなく、
願わくば「虐げられた」事実を直視して初めて見えてくる又一つの事実を見たかったのだが、それが今日に至るも依然と容易くはなかったというのがキリスト教徒の本音ではなかったのか?クリスマスで楽観して騒ぐのは、それが成されるまでの、半ば己を欺くための応急処置ではなかったのか?
「虐げられた」事実でわかる知るべき事実、すなわちイエスの心こそ、キリスト教徒が真に求めてやまなかった内容ではなかったのか?しかし、パッションはそこに一切触れることなく、只「虐げられた」だけを扱い、憐憫の情に強引なまでの勢いで観る者を誘導し、「イエスの心」を深い霧の向こうに追い遣ってしまった。
世の中の悲劇、不幸、不和に可能な限りを尽くして対処していきたいという切実な思いから「イエスの心」へのリサーチ行為に真っ向勝負を挑むのがキリスト教徒であり、そこには決して簡単に片付くはずのない信仰と呼ばれる道程が存在するが、『パッション』はこれを、只、憐憫の情に依るだけで解決されるのだという至極安易なヒューマニズムの発想に染め上げるだけの強烈な力を持っていると見る。『パッション』に対してマス心理は憐憫によってでしか対処する術を知らぬだろう。
いわば、イエスを拷問の苦痛に虐げられたという意味合いのみで悲劇の主人公と捉えた、いい年こいて其れとしか解釈できない監督メルギブソンの幼稚な視点を、リアルな描写によって強制する全くナンセンスな映画だ。
イエスの悲劇は拷問や十字架に原点があるのではない。彼の真意がユダヤ民族に定着することなく、代わりの策として已む無く拷問や十字架の運命を背負わざるを得なかったという「本来望まれなかった成り行き」にあるのだ。これを描くには、イエスの真意から、彼の本来の路程など、全てを含めて劇中描写しなくてはならない。誤解を怖れずに言うと、これまでその基準での評価に絶えた作品は、マーティンス・コセッシの『最後の誘惑』だけである。ま、厳しく見ればこの作品もやはり足りなすぎるのだけれども…。
イエスの真意をまじめに理解しようとした経験も持たずに、
『パッション』を観て「あぁ、可愛そうなイエス様!!!」などとわめく輩は、
イエスの真意と全く関係ない次元で、勧善懲悪的発想の、「悪への憎悪」しか生むことのない同作品のテーマ性すら気付くことの出来ない己の不甲斐無さを
まずもって知るべきであろう。

ちなみに僕は、どこまで史実的に忠実なのかを確認した上で、
この映画を資料的価値の次元で評価したいと思っている。
投稿者:みー投稿日:2004-05-09 23:27:30
私は無宗教なんですが、聖書はほんのちょっとだけ読んだことがあります。
この作品を観ての第一印象は、聖書(私が読んだ部分のみね(^_^;))に忠実だな・・・でした。
自分には実際には子供がいないので、うまく言えないけど、観ているうちに、いつのまにか母親の気持ちがわかるような気がして、助けたいけど助けることができない、もう無理するのはやめたら・・・と言いたいけど、言えなくて、とても痛かったです。
それと、すごい、こじつけかもしれないけど、民衆が磔を要求するシーンが、この度のイラクでの件と重なり、今も昔も変わらないんだなぁ、と思いました。
イエス役を演じたジム・カヴィーゼル、母マリヤ役を演じたマヤ・モルゲンステルンは勿論、他の役者さんたちも文句なし、と私は思いました。
投稿者:いなかもん投稿日:2004-05-09 22:13:14
【ネタバレ注意】

本作を作れば間違いなく批判が出ると分かっていながら本当に情熱を持って本作を作り上げたメル・ギブソンの熱意
そして監督としての手腕がいかんなく発揮された
今まで誰も手をつけなかったいわゆる映画界では”タブー”だったイエス・キリストの最後の12時間と復活を言語や美術、衣装など細部にわたってこだわって描かれている
また救世主にはほど遠い、一人の恐怖に怯え、弱いが強靭な精神と肉体を持つ男として描かれている
そんな彼を罪にする主な理由もなく冒涜者だと決め付ける大祭司
そしてイエスに対し、あくまでも死刑を望み、狂気する群衆
このユダヤ人たちを悪人として徹底的に描かれているのが印象的だった
そしてこのユダヤ人たちがイエスに対して行う、虐待の数々・・・
ムチで彼の苦痛を娯楽のように楽しむローマ兵にこれでもかというほど全身を叩きのめされ、イバラの冠を無理矢理頭に押し込められ、そしてつばや罵声、暴力の嵐で体がズタズタに傷つけられ、血まみれになり、息も絶え絶えになりながらも何度も倒れながらも自分を磔にするために使う巨大な十字架を運ぶイエス
そして手を釘で貫かれ磔にされる・・・
このような目を背けたくなるような残酷な描写の中から、過激なほど心に突き刺さるものがある
人々の罪をたった一人で償ったイエス・キリスト
彼のそんな苦しみと痛みから、宗教、信仰の真の姿をまざまざと見せつけられた
宗教は理性や論理ではなく、もっと大きなものだと・・・
無言で血みどろになりながらもまるでスクリーン外の観客にもうったえかけているような目を見て思わず同情してしまう
また信者の裏切り、母・マリアの何もできずにただ泣きじゃくる事しかできないもどかしさ、そしてサタンの圧倒的な存在感と周りの人物の描写も力強い
またスローモーションを多用し、素晴らしい効果をあげている
史上最高の宗教映画であり、素晴らしい芸術作品である
メル・ギブソンの実力を決定ずけた衝撃作である

宗教、信仰の真の姿をまざまざと


投稿者:ちび投稿日:2004-05-07 14:29:55
媚びずに、よく描ききった、と思う。
全てのシーンがイコン画のよう。
観客からもその他の雑音からも離れ、
孤高の場で描ききった秀逸の作品。
万人に理解される必要はない、製作者の信念が感じられた。
投稿者:ジャイアン投稿日:2004-05-06 20:24:26
仏教徒ともキリスト教徒でもないけど少々は宗教について
勉強はした私が見ても特に無宗教の人でも見る価値はある映画だと思う
確かに少し残酷なシーンはあるもののこれが真実に近いものなら何の偏見もなくとらえるべきであろう、ただ、何故キリストが捕らわれなければならないかは全くストーリーからは理解できないため、できればその辺の事はあらかじめ理解しておく方がよりわかりやすい映画になると思う。

投稿者:バフ投稿日:2004-05-05 02:29:39

アメリカでは心臓発作の死者まで出たらしいが、自分の隣席のひとは ほとんどずっと眠っていた。キリスト教の背景を知らないひとには 無理もない事と思える。
残酷シーンも、少々ウンザリで・・ 他に何かやってくれ と言いたくなった。
もっとも、当時の処刑マナーの勉強にはなる。 娯楽のない当時は 公開処刑が 一種のエンタテイメントとして民衆に受け止められていたそうだ。
それにしてもキリストはすこし太りすぎの筋肉マンで、肉感的すぎないだろうか?
フラッシュバックで キリストの宗教活動がでてくるが、聖書の背景を知らないで見ると 混乱してしまうだろう。
ユダやマグダラのマリアの描写も 表面的だ。 特に、ユダはなぜキリストを売る気になったのか、なぜ それを後悔して自殺するのか 説得にかける。

そんなわけで、この映画は日本では苦戦するだろう。
個人的には、後味の悪さばかり 残った。


Eric Formanさんのご指摘どおり、passion は情熱ではなく、受難の意味。
また the Christ と christ に the がつくと 救い主、救世主の意味になるようです。
投稿者:キャメロンディアス投稿日:2004-05-04 14:24:01
僕らがいつも体験してる恐怖はキリストの何万分の一に過ぎない・・・・。
怖さと感動がひしひし伝わってきます。素晴らしい映画・・・ではなくて
真実のドラマです。出演者の演技も拍手モノです。
投稿者:でにろう投稿日:2004-05-03 14:04:54
私はクリスチャンですが、以下の内容が全てのクリスチャンを代表する感想ではないという事をまずお断りしておきます。
キリストの受けた迫害がどうのこうの言う以前に、「碕 陸喬」さんのコメントにあるように、メルギブソン色が目についた。 私財を投じたのなら、スポンサーの意向などは関係ないだろうから、100%彼の趣味か?
作品は、まあこんなもん?という感じで、(キリスト教会ではよくある)聖書ビデオの残酷版。日が経つにつれそう思う。
母さんマリヤの悲しみ、キリストの人間部分の苦しみは伝わるけれど、「神の愛の大きさ」を表現するという点ではどうかと思う。(表現しようと思ってないのかも?)当然、「私たちの罪を背負って死なれた神の子キリスト」への感情移入は一切出来なかった。
ただし、キリスト時代の映像教材としては、イメージがつかめてありがたかった。
独自の聖書解釈部分や、ユダヤ人、ローマ人、提督ピラトの人間像については否定はしないが、それにしても鞭打ちシーンは長過ぎ! 半分の時間で十分伝わるって! 残りの半分は趣味だろ?とホンマに思う。
数えてはいなかったけど、ひょっとしたら、ちゃんと39回カウントが入っていたのだろうか?
投稿者:glamfreak投稿日:2004-05-02 19:16:44
何かとお騒がせな映画のようですが、
せっかくお金を出して見るなら、まっさらな気持ちで挑むと
思いっきり迫ってくる映画芸術になり得るというのが、
キリスト教の学校を出た無神論者である私の意見です。

「人間」というものに普遍的に存在する
狂気、弱さ、愚かさを、表しきった映像だと感じました。
製作者の意図がどうであったかはさておき、
イエス自身にも、狂気と、弱さと、愚かさがあったのが、
自然と滲み出てしまっているから不思議です
(ちなみに、イエスはキリスト教の教義上でも「神」ではなく「人」です)。

とは言え、聖書に馴染みのない人には分かりにくい部分もあるでしょうから、
パンフレットで軽くお勉強をしてから見るといいでしょう。
どうせ、ネタバレなんてないし。

何はともあれ、汝の敵を愛することですね。たとえ、血の滲む思いをしてでも。
投稿者:H投稿日:2004-05-01 19:47:50
子供の時、立教高校内のチャペルの日曜学校へ
何回か行ったことがあった。
別にクリスチャンの訳ではないのだが、
暇つぶしと言うかものめずらしさと言うか… 
でも神父さんの話は決してつまらなくは無かった。
今では、神社に行けば手を合わせるし
クリスマスにはケーキを食べる、普通の無宗教人です
だからキリストの言葉はちょっと、はなにつくが
一人の人間としてのキリストに
やはり あなたは凄い人だと…

グロイと言う評判が先に起っているが
ホラー映画を見慣れている私には
「そこまでするか」という狂気の方が怖かった。

やはり観ておくべきでしょう。



 
投稿者:ちゃき投稿日:2004-04-19 06:14:02
痛いらしいし、拷問らしいので、いつか見たいが、映画館では見たくないと思っている。
でもアメリカではこの映画を見て、自白したという人もいるし、
磔のシーンで心臓発作を起こして死亡したという人もいるので、
このお話全体の影響は計り知れないと思う。

個人的にはモニカ・ベルリッチがどうなっているのかが気になって仕方がない。
彼女を見るために映画が観たいくらい。http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1980/
投稿者:prettymami投稿日:2004-04-16 02:23:51
少なくとも聖書を知っていて、キリストの存在を信仰しなくても否定をしない人にとっては、関心が映画の中のユダヤ人の「行ない」よりも「どうしてキリストは、それでも耐えたのか」という事や台詞が聖書の中からの言葉と同じであることやなどに置かれていくのではないかと、私的には考えます。 でもやっぱりユダヤ人や聖書を読んでいない人、キリスト教を信仰していない人から見たら嫌な気分になるのもわかるし、とってもいい映画とは程遠いかな・・とも思うのかな?・・とも思うけど・・・。 物語の背景を聖書に目を通して、知ってから観ると、何倍も面白く見られる映画だと思います。 本屋で立ち読みでもここの部分だけなら・・・・・・ぜひ!!!!!!
投稿者:Eric Forman投稿日:2004-04-15 04:24:06
このPassionはSufferingの意味。情熱ではなくて受難。またキリスト受難曲の意味もあるのでピーター・ガブリエルのサントラがPassionとなっても不思議ではないのでは。北米の公開日初日、水曜日の午後10時の回で見ましたがそれでも満席の状態でした。完全にキリスト教信者のための映画なので物語・登場人物の背景説明は全くと言っていいほどありません。キリスト教信者以外、聖書を熟読していない者にとっては血糊をふんだんに使ったバイオレンス映画にしか見えません。自分がそうでした。キリスト教信者数が北米ほど多くない日本では苦戦するのではないでしょうか。
投稿者:右心室投稿日:2004-04-12 10:55:42
「あー、それ痛いいっ!」って描写てんこ盛りです。
とても情熱のこもった力作ではあります。
人類史上最大のカリスマは、何を思い、何を見ながら無残に殺されていったのでしょう。
なーんて感慨にも耽っちゃいました。
とりあえず、血と、イタイイタイが嫌いな人は見ないほうがよろしい。
10点満点で9点。
投稿者:jadejade投稿日:2004-04-04 21:14:07
これでもか、これでもかと仕打ちを受け、じっと耐えるキリスト。。最後まで彼らをうらむことなく、彼らをお許しくださいと言って死んでいったキリスト。。すごい映画でした。正直見ていられなくなって、もうやめて!と叫びそうになりました。むごたらしいシーンとマリアの哀れさに涙。でもあれだけのリンチを受けて十字を背負うなんて無理だという矛盾も。キリスト教についてちょっと考えさせられる映画でした。キリストの最後の12時間のストーリーなので、ちょっとバイブルを読んでいくと前後のことが分かっていいかも知れません。
投稿者:shoko投稿日:2004-03-07 12:54:33
私の周りのクリスチャンのい人は見に行くって大騒ぎです。かなり宗教的な映画なので、クリスチャンの人はもっと楽しめて興味深い映画だと思います。
投稿者:Longisland投稿日:2004-02-27 23:59:26
もういくつ寝るとアカデミー賞のこの時期、米国TVではアカデミー賞より本作品の露出が多いぞ! なんぞリアルな十字架貼り付けシーンを繰り返し見せられ、宗教関係者のコメント等夥しい。
スコセッシ『最後の誘惑』公開時もなんぞ一悶着ありましたが、欧米人にとってのキリストへの偏愛?は極東の小国民には理解不可。
メルギブソン監督の確信犯的作為を感じちゃう・・・偏見ですかね。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 撮影賞キャレブ・デシャネル 
 □ 作曲賞ジョン・デブニー 
 □ メイクアップ賞Keith VanderLaan 
  Christien Tinsley 
□ ポピュラー作品賞 
□ 男優賞ジム・カヴィーゼル 
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全米興行成績、「ゾンビ」リメイクが初登場首位2004/03/22
全米興行成績、「パッション」3週連続V達成2004/03/15
全米興行成績、「パッション」早くも2億ドル突破2004/03/08
全米興行成績、「パッション」が記録的デビュー2004/03/01
「パッション」、Box Officeで奇跡を起こす2004/02/27
全米興行成績、アダム&ドリュー主演作V22004/02/23
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