誰も知らない(2004)NOBODY KNOWS
【クレジット】
【解説】 「ワンダフルライフ」「ディスタンス」の是枝裕和監督が、1988年に実際に起きた事件をモチーフに映画化した人間ドラマ。母親に置き去りにされた4人の子供たちが、大人たちに知られることなく、兄妹たちだけで生きていく姿を丁寧な筆致で描く。2004年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、長男役の柳楽優弥が日本人初となる男優賞をカンヌ史上最年少で受賞し大きな話題となる。 とある2DKのアパートに引っ越してきた母けい子と4人の子供たち。しかし追い出されるのを恐れるけい子は、自分と12歳の長男・明だけの2人暮らしと大家に嘘をついていた。けい子は子供たちにも近所にバレないようにと言い聞かせる。兄妹たちは父親がみな別々で、学校に通ったこともない。けい子がデパートで働き、明が母親代わりとなって家事をし、兄妹の面倒を見ていた。それでも家族5人、それなりに幸せな日々を送っていた。そんなある日、新しい男ができたけい子は、わずかな現金を残して突然家を出ていってしまうのだった…。 【おすすめ作品】
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どんなにしっかりしたように見える子供でも、大人の庇護の下でなければ
「生きる」という最も根源的な活動ですら、ままならなくなるのである。
しかもそれは、非常に危ういバランスの上に成り立っている。
もし親が病気になったら?事故にあったら?いなくなってしまったら…?
私はこの映画を見て、家族の大切さを再確認した。
「どこかに話したら、4人でいられなくなるから」。
明の言葉に、大人の都合だけで物事を判断していた自分に気がつかされた。
どんな悲惨な環境でも、4人でいられることが、彼らの幸せであったのである。
たとえそれが、ほんの刹那の幸福であっても…。
子供は親が帰らぬことを知りながら、
それでも「家族」であることを守り続けた。
あまりにも切ない矛盾。
当たり前の存在だと思っていた「家族」について、
もう一度、その尊さを見つめ直してみたいと思いました。
淡々とした語り口ながらも、
140分引き込まれ続ける作品。
監督が伝えたいことがはっきりと形になって私たちに伝わってきたし、2時間20分、全く飽きずに入り込めるのは感動ものだと思う。
子供って正直だから、演技ってなるとまさに棒読みになりがちだけど、おそらくセリフじゃないんでしょう。4人とも素晴らしい!!個人的にはシゲルちゃんが心のツボにぴったりおさまりました。私、子供って好きじゃないんですけど、いつの間にか彼ら達がものすごく愛おしくなって抱きしめたくてたまらなくなりました。本当は10のところ、ハッピーエンドでなく寂しい終わり方なので★9個。
このことを念頭にこの映画のレビューを書きたいと思った。
なぜなら、他の方のレビューを俯瞰すると、この映画の題材となった 「巣鴨子供置き去り事件」 に対する感想に終始しているように思えてしまったからです。
もし、この映画ではなく、「巣鴨子供置き去り事件」についてのコメントをするのであれば、映画とこの事件との相違を認識した上で論じるべきだと感じたのです。
その 違い とは、
長男14歳 長女7歳 次女3歳 三女が2歳。 男の子は長男だけという孤立した子供の構成で、その中に2歳と3歳の幼児が2人もいたこと。しかも長女はまだたったの7才で、長男の相談相手にもならない存在あった、という事実。
母親40歳は売春や窃盗での逮捕歴もあった人間で、子供を捨てて56歳愛人のマンションで生活をしていたという事実。
そして、子供たちの発見現場には 白骨化した乳児の死体 (自宅で死亡した子供ー生きていれば4歳としている) もスーツケースに隠されていたという猟奇的な事実。
そして映画では5歳の末娘の死因が椅子から転落した事故死とされていたのに反し、実際は2歳の末娘を 長男14歳と長男の友人2人がなぶり殺しにした上に、そいつらと秩父の雑木林に捨てた、という驚愕の事実。 (長男の友人によって押入れから何回も落とされたことが死因とされている。)
そう。事実は映画なんかよりも重く、辛く、陰惨なものであったのだ。だから事実よりも不当に、軽減されてしまった母親の罪や、美化されてしまった長男の行いについて、この映画で得られる情報だけで語ろうなんてことは僕は思わない。
何故なら、事実は映画なんかよりも、比較にならないほど酷かったのですから。
だから、純粋にこの映画についてのレビューを書きたいと強く思った。事件についてではなく、この事件に触発されて監督が表現したいと思った世界に目を向けようと思ったのです。
第一条 母親は紳士売り場で働いて、お金を家族の口座に振り込むこと
第二条 母親は 1ヶ月ぐらいは外泊しても良いが、最終的には家庭 に戻ってくること
第三条 住居の契約は 母親と長男の二人住まいとし、他の者は存在していないこと
にすること
第四条 存在しないとされた者は、決して外に出ないこと
第五条 なんびとも 学校へは通わないこと
以上のような憲法があの家庭には存在し、永い間、遵守されていたようなのです。
憲法の制定者にしてカリスマ元首たる母親が失踪するという一方的な憲法違反によって “国家” 否、あの家庭が変容していくさまに大いに興味を覚えました。
“国王の亡命” を期に次男が禁じられていたバルコニーに降り立ち、次女の末娘が、帰ってきやしない母親を迎えに行くために駅まで外出していく。
頑なに守り通してきた 「決して外に出ないこと」 を、いとも簡単に破り始め
(第一次 鎖国の解除)
その後、長男が同年代の友人を作り、あろうことか家に呼び込む
(黒船来航による鎖国政策の崩壊)
未納による電気、水道等のインフラの遮断 (国内資源の涸欠)
それによる公園への侵略行為へと、国土は荒れ、人心も荒廃していくのです。
そして映画には描かれてはいなかったが、最終的には“国連” の介入を許すことになるわけです。
このような “憲法違反” によってこの家庭のありようが変わることは明らかではあるのですが、映画が進行していくうちに上記のような“国王の亡命”はこの映画にとっての進行上の発端でしかなく、あのコミュニティを変えることになるもう一つの要因こそが、この映画が語りたいとしている本当のテーマなのではないかと思えてきたのです。 それが
“ 成長 ” 。
子供たちの “成長” というものがこの歪んだ国家を瓦解させる、
「緩慢 な 時限爆弾」
であったと感じました。
それは“母親の失踪”という劇的なことが無くとも、あのコミュニティは変容するべくして変容していったのだと思ったのです。
↓ 制限文字数で語り切れず。完成版はこちらまで。
http://ouiaojg8.blog56.fc2.com/blog-entry-16.html
http://ouiaojg8.blog56.fc2.com/blog-entry-16.html
そういうあいまいさっていうか、いい加減さっていうか、気分主義っていうか、映像にも表れてますね。ツメが甘いっていうかさ。でも、こういうのが受けるんだろうねえ。国籍系の差別話の匂わせ方も気色悪い。
しかし、事実とフィクション、真実と事実、このあたりを混同している人たちが多いですね。ある意味、幸せなのかもしれない。だまされやすいから、そういうのって。
それとは別に、この映画に何の賞もあげない日本アカデミー賞はホントに腐ってるな。武みたいに他の映画人も無視すればいいのに。
トランクの中身に驚かされてしまった。それから居た堪れないハラハラ感を味わうことに
なる。この子供達のひずみ・遅れはどうなってしまうのかとか、物語の進行と共に違う感情が
湧き上がってくる。
大人の破滅・刹那はいくらでもありそうだが、子供の破滅をここまで描けたことに驚きを
隠せない。『火垂るの墓』なども残酷でありながら、アニメだから匂いまでは感じはしない。
すさんでいく生活臭、子供の汗臭さは慢性的でツーンくるものさえ感じさせる。
ここまで周りが気が付かないものなのか、放っておけるものなのかは別にして、貧窮する
特異さに、今の世では考えられないギャップも感じさせるのである。
何ヶ月も置き去りの閉じこもりの生活の実感を見事に描いている。子供達のリアリティに
驚き、執拗な粘りに「もう終わらせてくれ!」と心に叫んだ。
しかし・・・この終わり方はなんなんだ?
これは絶対に観客に委ねる終わらせ方をするような作品ではない。
見ている者を安心させて終わらせる映画だと思う。
終わり方だけで
衝撃的な力作になったか、観るんじゃなかった問題作になるかが違ってくる。
救いの手を差し伸べたいが、救いようのないものになってしまったのだ。
疲れきって憤慨する映画だが、観てみてもいいかもしれない作品ではある。
オマケなしなので点数は低いが、強烈なインパクトがあった。
誰か一人の死という結末はもう完全に予定調和的だ。しかし、子供を育てた経験のある者なら、いやそんな経験が無くても殆どの観客はもっともっと悲惨なプロット展開を予想するのではないか。正直に云うと中盤で「『『火垂るの墓』の現代版だ」と早合点してしまった私には徹底して「泣かせ」を回避した画面はある意味肩透かしだった。この状況であればもっとずっと悲惨な危機的画面を用意し、それをお得意のドキュメンタリータッチで突き放して撮ることで観客の心を揺すぶることも可能だろうが、敢えて回避する選択が行われている。こういう部分でもこの映画は実に狡猾に「現実らしさ」を装っていると思う。いかにも古い映画にありがちな劇的な要素を排除しながらも、実は全編に亘って周到に計算された非現実的な構成を持っている。それは劇的でないことが現代では劇的である、非日常である)というアイロニーもあるが、それ以上に作り手がほしいままにプロットを切り取った、演出を施したという作り物臭さを感じさせる。周囲の「知っていた」人たちが何も行動を起こさない、ということ自体、それが事実に基づいているかどうかなんてこととは関係なく映画として随分と作り物臭さを感じさせるじゃないか。或いは後半の次男・茂の行動がたまらなくスリリングで目が離せなくなる演出なんて「してやられた」という感じだ。
これは決して現代版『火垂るの墓』ではない。『火垂るの墓』が語り口の上でファンタジーであったが、その実多分にリアルな映画であったのに対して、本作は、語り口は「現実らしさ」を装うが、その実純然たるファンタジー映画である。ファンタジーであるという意味において帰結の甘さは納得できるが、徹底的に打ちのめされる爽快感はない。
だけど、あの悲惨な事件をここまで美化しておいて「これはノンフィクションです」みたいな作りにしてあるところに怒りを覚える(この事件を知らない人も多いはず)。
美化するぐらいならいっそのことフィクションでやればいいのに。
柳楽優弥の演技力とかは評価すべきなのだろうけど、実際の長男を知るものとしてはどうしても冷静に見ていられない。
こんな怒りを覚えたのは「火垂るの墓」以来。
YOUははまり役でした。「私が幸せになっちゃいけないの!」と叫ぶ姿はまるで子供。彼女のしたことは、明らかに悪いことなんだけど、ただの悪者にならなかったのは、彼女の大人になりきれない子供っぽさがはまっていたからでしょう。
そして、なんといっても子供たちの演技が自然でかわいらしかったこと!
http://sigemaru.mydns.jp/
カンヌ国際映画祭で受賞した「美しき諍い女」もつまらなく、その結末には呆れた。本作も「美しき諍い女」も娯楽性が無いことと、ちゃんとは作ってあることで、問題作、名作に見えてしまう。寝ながら見れば、名作を見たんだなと思い込むんじゃないか。
邦画の十八番である、ダラダラ展開には、予想通りのつまらなさ。
物語は想像を絶する空虚な物語です。よく映画化したなと理性を疑います。
映画賞で話題となって公開されても人の心を引き付けれないのは納得です。
1点(5点中)=柳楽青年の演技に対して1点
僕は演技のうまいへたがあんまりわかんないので主演の人(名前忘れました)の演技がそんなに素晴らしかったかどうかもわかんないのですが、多分素晴らしいんでしょう。僕としては途中にちらちらと登場したサイヤ人の姿が一番印象的だったけど。http://katasaku.hp.infoseek.co.jp/
この映画の作者は、観客の気をいいように弄んでいるようで気にくわぬ。
しかも140分の長丁場だ。拷問ですか?
不幸な子供を描いた映画であれば、清水宏監督の諸作や、『生まれてはみたけれど』、
そしてほとんど取りざたにされないが、川島雄三監督『花影』など、日本映画だけでも
本作よりすぐれた作品は多いのだ。
下の方で比較してる人がいるようだが、アッバス・キアロスタミ監督の映画で、
男の子がサッカーの試合を観に行くだけの話で、感銘を与えるようなものもある。
客観的に本作と比べて、子供の不幸の度合いは何百分の一である。
にもかかわらず、客をして(すなわちオレ)落涙させるのだ。
「こんな気の毒な子供たちがいました」だけでは、映画じゃない。
そして、周りの子供たちよりずっとたくましいのです。だとしたら、
この先、この子供たちが大きくなって振り返えった時、一概に「不幸だった」という一言では言い切れない部分があったのです。ボクはそう感じました☆
また、どっちが大人なのか子供なのかわからなくなるのがこの映画のいわば「いいところ」とも感じられました。それは、ボクら大人といわれる者がこの映画をみて「本当に大人なのか?」を
もう一度、学ぶべきではないかと思ったということです。http://blog.goo.ne.jp/anndarusia2000/
脚色があって当たり前なのが当然と分かっていますが、
ここまで美化されすぎていると、釈然としないものを強く感じます。
生きることっていうのは簡単そうであり、すごく難しいことであり、生活レベルを保つという観点で言えば、すごく難しいのです。でもただただ生き抜くことはできて、それを普段のわれわれはあんまり考えることなく、日夜不満のなかで生きることの本質を捕らえずにいる、というのがポイントではないかな、と思いました。あと気になったのは、近くて遠い近所付き合い。普通は気づくと思うんですが、それでもあえて言わない、という都会的関係にジレンマを感じてしまいました。見た後にちょっと生きる勇気をもらい、またちょっと重くなる映画です。
余談ですが、どうして一番下の子が死んでしまったのか、という実際の話を聞いて、かなりショックを受けました。知らないほうが映画の世界だけで終われてよかったかも知れません。(03/25/05)http://www.geocities.jp/milestones1980/
子供たちの素の魅力、自然な表情を引き出した監督が最大の功労者でしょう。監督賞取れなくて残念。柳楽君は目に力がありますね。子供の逞しさと脆さが表現されていました。
屈託のない母親を含めて周囲の人間は基本的には善人なのだが、それがゆえに救いのない悲劇が訪れる。悪人がいれば、全てをそいつのせいにできるが、それすらできない袋小路。自分に飛び火しないレベルの小市民的善意では人を救えないということ。ユニセフ募金に協力した程度で良い事をした気分になってしまう我が身を省みて戦慄せざるを得ない。
自尊心をみたしましょう。この映画は子供達の視点に全く立たない監督と大人たちの集団オナニー名作ですから。最後におにいちゃんはやさしかったお母さんよりいっぱい食べさせてくれた、、いっぱい食べさせてやれば他人でも親兄弟でなくっても子供にとってはいいひとです。子供なんてそんなもんですよ。
今の日本にそのような誰もが驚くような現実がころがっていてそれを「誰も知らない」、
私が作中最も興奮したのは子供たちに友人ができかかる時、それは彼らを部屋から引き出し社会に引き出す最初の一歩だからです、彼らの生活に根本的な変化を及ぼしかねない大きな出来事です。結局その方向では発展せず物語は進む。飢えに満ちた将来のない、日陰の存在、でもそれが続いていく、この不安定感が見た一番の感想です。
しかし、この映画を不登校やひきこもりの子供はどう見るのだろうか?彼らにとっては主人公たちはすごく近い存在で私とは違った感じ方をするだろう。
2.この映画がドキュメンタリータッチになるのは描いているものが現実に非常に近いからです。演出や演技で凄さをかもし出すのではなく、起きている事自体が凄いのです。映画というのは人の死でさえいくらでもおきるから凄くはないように思えますが一旦現実として見ると決定的な出来事です。映画が100才を越えてたくさん仮構の・非現実のスペクタクルを作った結果、それらに飽きて飽和してしまい、また現実の凄さによりかかる事に回帰してきたように思います。
そういった事を気づかせてくれます。
見終わった後、そんな事を考えてました。
が!
いろいろブログやらで事件の内容をみていると。
事件の悲惨さよりも、映画を見た人達の【興味本位さ】に驚きました。
もちろんフィクションだし映画は楽しく見るものだけど
(これ面白いよ〜)(眠くなった)(泣くならこれ!)等々・・・
そういうのってなんか・・・ねぇ・・・
子供たちのあの輝きを守るために、大人は何をするべきなのか。CMシリーズ「物より思い出」の監督でもあった是枝監督の、われわれへの問いかけが、そしてどこまでも澄んだ子供たちの輝きが、胸にしみる。http://d.hatena.ne.jp/momochiki/
場合によっては、「子供」を妻・夫・友人など・・・その他の言葉に置き換えても同様なのでは?と思いました。
派手なBGMもなく静かにお話が続くため、印象に残る言葉や場面が多かったです。特に「警察に言ったら4人一緒に暮らせなくなる」という言葉が、辛かったです。
現実への絶望感、淀みを象徴していて、
一言で語れるものではなかった。
それだけ、感動や切なさ、ノスタルジーを超越した秀作であり、
邦画の底力を見せ付けていると思う。
主演の柳楽優弥を筆頭に、
兄弟姉妹役と母親役のYOUの演技が違和感なく溶け込んでおり、
演出に濃い味付けがされてないのも良い。9点
一言、重いですが素晴らしい作品です。
世間が誰も知らない4人の子供たちの日常生活をドキュメンタリー風に自然なタッチで描いてますが
母親が出て行った後の彼らの風貌がボロボロになっていくのが悲しかったです。
真夏の日本、電気・ガス・水道を止められたら、現実はあんなモノじゃないのは
知ってますが、ドキュメンタリーじゃないんで悲惨な光景は見たくないし。
映画なので実際に起こった事件の内容を少し変えていますが
現実に起こった悲劇を思い出すと最後のエンドロールで涙が出ました。
柳楽君、演技云々はおいといて確かに存在感が光ってました。
ホントに素晴らしいキリっとした目をしてますね。
オリエンタルな雰囲気、ヨーロッパで絶賛されるのは分かります。
でも僕は、YOUはじめあの家族全員で柳楽君の賞を勝ち取ったと信じたいですね。
是枝監督のドキュメンタリータッチの映像が切ない。救おうにも「誰も知らない」のだ。子どもたちの小さな小さな世界。・・・状況は大きく異なるが、現代版の『火垂るの墓』はいまもそこここにある。
小さな指や汚れた足元のクローズアップが多用され、不思議な切なさが漂っていた。
時代性と結びつけた批評や、甘ちゃんすぎるという批判も可能でしょうし、そういうのも読んでみたい。
けれど、生半可な言葉を費やして、意味を限定してしまうのはもったいない。そう思えるだけのものが、この映画にはあるのです。
なぜなら、そこに世界があるから。
すぐれた映画に対する最高のほめ言葉。それは、
そこに世界がある
だということに、今僕が決めました。
200400829_Cinema鑑賞_60点
失踪後、兄弟4人の暮らしを一身に背負った長男は確かに健気ではある。だがそ
んな暮らしが遅かれ早かれ破綻することは、大人の目から見れば一目瞭然なのだ。
それが子供にはわからない。
監督の是枝裕和は、兄弟4人の暮らしに束の間の幸福や安逸を描く。それによ
り、巧妙に価値の逆転を生じさせる。いきなり部屋を訪ねてくる大家などは、本
来、子供たちを保護する救いの神となるはずなのだ。だが多くの観客は、4人の
幸せな暮らしを壊しかねない闖入者と意識する。売れ残りのおにぎりなどを譲っ
てくれるコンビニの店員は、あるいは優しい人たちだと映ったかもしれない。だ
が彼らの行為は行政の介入を遅らせるだけ。子供たちの福祉という観点からは逆
効果と言うべきだろう。
“親切な”大人がなすべきは、彼らのことを然るべき公的機関に通報することだ
った。登校拒否の女生徒の登場で事態の好転が期待されたが、彼女もまた4人の
暮らしに取り込まれただけに終わる。結局4人の兄弟は、最後までコミュニティ
との接点を持てずに終わるのだ。その役割を担うべき母親が、子供の出生届も出
さず、学校にも行かせずという無責任ぶりでは、接点などできようもないが。
母親役のYOUが、まことにもって適役だ。あの人、本当に子供を捨てそうな
タイプに見えますよね。
http://homepage3.nifty.com/atsuo-m
でも、映画はもっと多面的にいろいろ見せてくれる。子供達が抱える捨てられた限りない寂しさと、子供たちだけの輝くような時間。難民の子供達のドキュメンタリーみたいな、弱いけれどたくましく生きていく様子、貧しいけれど、心は豊かだったりする子供達の様子。一番感じたことは、子供の力強さ(人間の力強さというべきか)か。貧しくても大人の世界に助けを求めず、自力できょうだいを養って、励まし合いながら過ごした日々は、輝くような時間でもある。ある意味、今の世界の価値観に真っ向から何かをつきつけているのだ。
だって見かたによっては「無知ゆえに」ということになってしまうでしょう?同じような設定でも、きっと強さも別のところに求められて、子供達が弁護士や頼れる大人を訪ねて奮闘したりするのが、今っぽいエンターテイメントだと思うから。パンフレットを読むと、是枝監督が一番はじめに書いていた脚本は、もっと装飾的で凝ったものだったみたい。そうした飾りをいっさい排除して、子供達の時間にフォーカスしているのは、表現者としての小手先の技を捨てている点ですごい。細やかなディテール、モチーフの使い方は巧みだけれども、あまり凝っては偉いないというかむしろシンプルともいうべきで、心で勝負した作品だ。
実際の事件が起きたのは1988年?今から16年前、ということはその少年はもう30歳近くになっているわけだ。今どんなふうに暮らしているんだろう。虐待の本なんか読むと、子供を置いたまま何日も出かけてしまうネグレクト親もいるみたいだし。この映画、単純に、置き去られた子供達の生活を美しく切なく描いただけじゃない。そういえば、パチンコ店を訪ねるシーンで、駐車場で子供の泣き声が入っていた。そういう、社会的なメッセージもちゃんとちりばめられていたりして、いろんなことを考えさせる映画だ。
気付いたら自分が大人側に居た!!!!!
決定的な悪が居ない。というのがこの作品のポイントだと解釈しました。
虐待や少年犯罪が話題になる前からこういう事件って起きてたんだなあ、と心が痛みました。
自分も加害者側に居る・・・というのは些かショックですな。
近所のチビっ子達に対する気持ちがちょっと変わる感じ。
考えさせられます。
主張をガンガン押し付けられるような作りになってないだけに尚更。
楽しく遊んだであろう公園が、一変して生活の場に変わっていくところが印象的でした。(女子高生との出会いもここでした。)
傍から見ればどんなに不幸な状況下でも、子供達には独特なファンタジックな世界があって、それがよく感じられました。
20世紀の発見したものは「女性」「原始人」「子供」と言われていますが、邦画でこのような作品が広く見られたのはひとつの成果だなあ、と思います。
「砂の器」もそういう映画でしたが、同じ主役少年への感情移入なのですが、涙の意味が正反対で、少年を外から見るか、中から見るかの違いだと思います。
「砂の器」では、謂れ無き差別への義憤と父子の絆への共感とが、浄瑠璃演劇のような舞台設定で、観客の涙を誘うのだと思います。
「誰も知らない」では、少年の眼差しそのものが共感を呼んで泣ける。
異父兄弟の面倒を見ながらも、友人を求め、恋心も芽生える。
絶対的貧困でありながら、万引きや援助交際を否定する。
強くて普通の少年の周囲を見る眼差しこそが、この映画を最高のものにしていると思います。
ただ、事実は物語よりも奇なりというか、パンフレットの中で
監督が書いている実際の事件の描写の方が泣けてきた。
そして、監督の狙い通りに、「普通の善良な人々が起こした事件」
という感じが出ているだけに、雰囲気は、やさしいのだけれど、
妙に身につまされる映画である。
子を持つ親なら、いや、普通に生活している人なら
必ず見覚えのある風景がいくつも出てくるはず。
YOUは、生活臭をまるで感じさせないが、それが悲壮感を軽減させて、全体の印象をすっきりさせていたと思う。そうでなきゃ、たまらない物語ですよね。
それにしても、この映画はなぜここまでただただ一生懸命生きる子供たちの姿だけを追い続けたのでしょう?
“今の世の中、おとなとして考えなきゃいけないことがあるよな。”と深く思い知らされ、胸がズキンズキンズキンと痛む映画でした。
なによりマニキュアやマフラーなどの物によって母親との関係をつなぎ止めようとする姿勢から、手を印象的に捉えることで、人と人とのつながりに目覚めていく姿には心がうたれるものがある。
残念ながら、それを活かせてないのが惜しいと思う。
なんだか…薄っぺらなんだよなあ。
170分の大長編にしたわりには、その意味もあるんだかないんだか…
ワイドショーの再現VTRレベル。
映像のキレイさ+中味の伴わなさ、で岩井俊二に通じるものがあります。
セーラー服の女の子の役、不要だと思う。
実際にああいう子がいたのかな?
いたとしても逆にウソっぽくなってしまってて残念。
コンビニの店員さん、お母さんの元カレ?など
優しい人はけっこうたくさんいたけど、
警察に通報するまでに至ってないとこが
都会の隣人愛の欠如を感じさせる。
そんなもんだよなーって思う。
それが一番こわい。
兄弟が終始直面している潜在的な運命は、観客をはらはらさせる展開とともに顕在化してくるのではない。兄弟は、身体の成長のように、たんたんと無邪気に生活しているだけである。兄弟は、自分たちの特異な環境や過去を省みて、立ちすくむよりも、目の前の出来事と対決することを優先する。気持ちも状況と連動して変化してゆく、たくましさが感じられる。
この作品のもととなった事件の、一連の出来事を伝えられれば、大概の人が浮かぶような感情を、監督は伝達したくはなかったのだろう。そんなメディアのような仕事とはちがう。なるべく出来事を単純化されない形にしようと工夫している。 それはちゃんと実現されたと思う。その結果、登場人物の些細な動きに、素朴に目がいく作品になったと思う。「手」とかよかった。
しかし、劇場の売店ではアポロチョコが150円に水増しされて売っていたけど、なんなんすか一体
この監督は『幻の光』でも子どもを上手に使っていました。私はこの監督のテーマは生命の危うさだと思います。
夏から一年を掛けて作ったそうですが、この映画は何よりもあの子達の為の映画、子ども達にこんな凄い贈り物の出来る人は他にいませんね。
知らない内に座席から身動きできなくなりました。
朝お母さんの頬に零れた涙を無言で見つめ続ける明や、母のマニキュアを手に取るもついこぼしてしまう京子、何より親のずるさをわかっていても、微笑まれると強く言えない、大人に妥協せざるを得ない子供の姿に、確かに昔の自分を見た気がしました。
後にやってくるオープニングの正体に明くんという子が凝縮されているような気がします。
ゆきが亡くなったあと、明がスーパーで上の空で歌を口ずさんでたら不意に「あきら」って呼ばれるところで、私ものっぴきならないとこまでいきました…。
硬い表情と目の明が、友達や学校にほんの少しだけ触れた時にみせる笑顔に涙。
12歳の少年がたった一人で背負うにはあまりのも重く切ない責任、兄弟を守るために淡々と出来る限りのことを行っていく姿を演じた柳楽優弥の今後に期待。
追記 2005年3月 私にとって本作品は04年邦画ナンバー1でした。
出演者たちのの日常と溶け合っているような感じがした。
でも、不思議と痛々しさは感じなかった。
一緒に観ていた友だちは「途中、可哀想で観ていられなかった。」
と言っていた。
ゆきちゃんの助かる道はなかったのか。
最後に、コンビニの店員さんがやさしい人で良かった。
評判どおり、柳楽優弥がすばらしい。素材のすばらしさではあるけど。(くれぐれもマコーレイ・カルキンの轍を踏まないように祈るよ)
施設に入った長男のお子さんが、今何をしたいかの問いに勉強したいと
答えていた事をTVで聞いた時心の中で『頑張れ!』と叫んでいたことを
思い出しました。是非見たいと思ったのに石川県と近隣では上映されていない
大阪までいかなければならないなんて。最近はおもしろ、おかしい、だけの映画しか
やらないのか。そりゃ、ハリポタはおもしろいけど、それと同じくらい、よい映画が日本にはあるよ。
ある意味イラン映画に近い世界です。ハリウッド的なその場限りの娯楽を期待していると退屈かもしれません。でも、私にとっては生涯忘れられない一本となりました。
明らかに最初にキチッとした脚本があるのではなく、その場その場で話し合いながら積み上げていったストーリーですし、自然な演技を引き出すために、ほとんど自然光だけでこっそりと覗きこむように子供たちの会話を撮るといったような、かなり大胆な手法が幾つも使われています。にもかかわらず、まるで巨匠の風格が漂うくらいに、とても安定感のある仕上がりになっていることに驚きました。
今回の受賞にふさわしく柳楽優弥の演技は堂々としたものでしたが、他の子役たちも決して引けは取らない名演でした。
特に、父親そっくりの弟役を演じた木村飛影のおちゃらけた時の笑顔や、末娘役の清水萌々子が前半の純真そのもののあどけなさから、見違えるほど体が大きくなった後半で見せた疲れた表情への移り変わりなどは、どんなに熟練したプロの俳優でさえ到底達し得ない領域のものだったと思います。
それにむごいことをしでかしながらも憎めないという、複雑な役柄を軽々と演じのけたYOUもお見事の一言です。
一見すると悲惨な結末を、監督は答えを大上段から振りかざすのでなく、そのままのかたちで観客に投げかけますが、それでもどことなくカラリと突き抜けた明るい印象が残るのは、生きることに対する監督の揺るぎない信念を反映しているからのように思えました。この作品を前にすると、あたかも小津安二郎監督と同時代にいるかのような誇らしい気分になります。
なお、監督自身が最初に断っているとおり、この作品は実際に起きた事件に触発されて、監督が自由にイマジネーションを展開させた一種のおとぎ話であって、現実の事件との符号性を検証するのは、あまり意味がないと思います。