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白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々(2005)

SOPHIE SCHOLL - DIE LETZTEN TAGE

メディア映画
上映時間121分
製作国ドイツ
公開情報劇場公開(キネティック)
初公開年月2006/01/28
ジャンルドラマ/サスペンス/戦争
ヒトラー政権に立ち向かった二十一歳の女性ゾフィーの勇気に
世界中の観客がすすり泣いた感動の実話
白バラの祈り -ゾフィー・ショル、最期の日々- [DVD]
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白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々

【解説】
 ヒトラー政権下で反ナチスを掲げ抵抗運動を行なった学生グループ“白バラ”の紅一点、ゾフィー・ショルの壮絶な最期を描いた真実の物語。ゾフィーが大学構内で逮捕され、わずか4日後に“大逆罪”によって処刑されるまでの詳細を、90年代に東ドイツで発見された尋問記録を軸に忠実に再現、新たなゾフィー像を浮かび上がらせるとともに、巨悪に敢然と立ち向かった一人の若き女性の勇気と悲愴な運命をスリリングに描き出す。ベルリン国際映画祭で監督賞(マルク・ローテムント)と女優賞(ユリア・イェンチ)を獲得。
 1943年のドイツ・ミュンヘン。“打倒・ヒトラー”を訴え、ビラ配りなどのレジスタンス活動を繰り返す“白バラ”と呼ばれる地下組織が存在した。2月18日、メンバーの一人、ミュンヘン大学の女学生ゾフィー・ショルは、兄ハンスとともに危険な大学構内でのビラまきを敢行し、運悪くゲシュタポに逮捕されてしまう。すぐさま、ベテラン尋問官のモーアにより厳しい取り調べが開始される。ゾフィーは恐怖を押し殺しつつ、毅然とした態度で理路整然と自らの無実を訴え続けるのだったが…。
<allcinema>
【関連作品】
白バラは死なず(1982)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
16121 7.56
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【ユーザーコメント】
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2014-07-09 22:06:13
あえて言おう、凡庸な映画だと。
投稿者:イヨネスコ投稿日:2011-07-30 23:03:08
【ネタバレ注意】

戦争、しかもナチ政権下の抑圧された言論空間での反ナチ活動、
映画のテーマとしては、これだけでも訴求力があります。

この作品は、ミュンヘンで実際にあった学生による抗議活動を、
逮捕後の取り調べと裁判に焦点を置いて描いています。
重いテーマではありますが、決して暗くはありません。

ゾフィーの逮捕、審問、裁判の傍聴に関わったナチス高官や検察、
あるいは看守たちの微妙な心の揺れや、言葉に出せない何かが垣間見え、
そこにこの映画の救いを感じとったりもするのです。

こういう作品を、娯楽的な観点から観ることには異論もあるかもしれませんが、
個人的には、十分に面白いと思いました。

投稿者:kinenchyu投稿日:2010-06-23 19:54:49
ナチスドイツを描いた作品はたくさんありますが、本作のような視点からの作品は珍しいんじゃないでしょうか。とても重いテーマの作品でした。
投稿者:ghost-fox投稿日:2010-06-13 22:41:23
あなたは良心の為に、正義の為に死ねますか?
投稿者:本読み投稿日:2008-01-06 01:11:20
残念ながら、それらの人が少なからずいるのは、ここを見ても判ります。
良心と、法律や国を秤に掛けて、どっちが最終的に大事かなんてのが、安楽椅子に座った環境にいても平明に言えない人々が存在するんですから。
投稿者:SHELTER PEOPLE投稿日:2007-11-18 22:36:35
こういったことが実際にあったんだという意味では印象に残りそうです。
投稿者:Matrix投稿日:2007-05-01 22:25:02
 ナチスドイツの蛮行に、どうして多くのドイツ国民が巻き込まれていったのか?不思議に思っていましたが、反逆罪に極刑をもってするなどの強圧政治によるものとモーア尋問官の発言に見られるような、国民に幻想を抱かせるプロパガンダで大衆を操作していたのでしょうね。法律と秩序の名の元に思想・信条の自由が抑圧されて問題だと感じるかどうかは、センスの問題のようにも思えます。
 主人公が繰り返し訴えているような「良心に従って」罰せられたり抑圧される戦前のあるいは戦時下の状況が、二度と起こらないように、先人の轍を踏まないよう心して行かなければと考えさせられます。
 日本でも憲法改正の論議が起こっていますが、国民主権とか平和主義とかの憲法の世界的歴史的な価値も考えさせる所がありました。
投稿者:bond投稿日:2007-04-19 09:56:54
いかなる戦いの中では多かれ少なかれ、こういった話はあっただろう。国側の人間は疑問を感じても、それは言えない。映画的には退屈でした。
投稿者:さち投稿日:2007-04-16 21:15:32
最終目的は同じなのに、そこの至るまでの道程は個人によってさまざまだ。
その道程は全否定することはできない、なぜならどの道が目的地に一番近いのか、正しい道なのか、それを判断することは個人にはできないと思うから。
それを判断するために法というものは存在する。しかし、その法がある道程の体現者達によってブラインドに作成されたものだったとしたら・・・。
もともと、話し合いは対等性が最低条件である。 どちらかが、地位や階級などで優位にたっていたとしたらその話し合いは一方的に進行していく。この映画のように感情的に終結させればいいのだから。
しかし、考えてみよう。理想の為に死んでいくのが本当にすばらしい事ならば、ショルだけでなく、ナチスも評価されるべきではないのか?
 今は建前上、デモクラティックらしいので、信仰に殉死するのが尊いならば、より多くの殉教者を出したナチスのほうが後世に神秘的で理想的に解釈されるべきではないか。
 何故、ジョルが評価されたか?
 そう、たまたまジョルのほうが正しくなっただけである。
 もしもドイツ第三帝国がアメリカ、イギリスの連合国を破り日本、イタリアと共にヴェルサイユ体制を転覆させていれば、ジョルはただの狂人に過ぎない。喧嘩が強い事で、世界代表みたいな顔をしているある国を見ればそれは良くわかる。
 忘れるな、ニーチェだ。 
 世界には事実などない、ただ解釈があるだけだ。
投稿者:なちら投稿日:2007-04-13 22:45:22
締めつけられる感じ。
投稿者:irony投稿日:2007-04-13 19:10:39
 現代社会に於いても出来るモンじゃありません 言いたい事も言えないこんな世の中じゃ…まして懸けるものが命ですからね この作品の中では…。人間の弱さと強さが裁判(裁判と呼べるかどうか)のなかで見え隠れする 心に残る作品でした。
投稿者:massa04jp投稿日:2007-01-03 14:06:25
こういうことがあった時代って、未だそう古くないなと思いましたね。
いやいや、この島国は、このまま大衆が黙っていたら、すぐこうなりそうな気がします。現に踏み絵的なことは教育委員会をはじめとして始まっていますよね。まぁ、今のところ断頭台に立たされるところまでは行っていませんがね。そう遠くない将来にこういうことがそのまま起こってもおかしくない気がします。ゾフィーやその兄のように、キリスト教という一神教によって立つ基盤は、この島国の風土の中にはありませんがね、ナチス化しそうな国家は同じようにありますから、他人事じゃなくなると思うんですよ。
つくづくこんな時期に憲法改正やそれを目論む国民投票の法律案なんてことを政治屋たちに好きにやらせていちゃダメだなと小市民の私でもこの映画見てね、思いましたよ。
投稿者:てつやの爆談放送投稿日:2006-12-11 03:36:45
【ネタバレ注意】

ナチス、ヒトラー、ゲシュタポ、ユダヤ迫害などなど戦争当時の人間の残酷さが悲しいくらい浮き彫りにされた作品でした。
残念なのは、ゲシュタポの取調室や留置所の中や捕らえられた登場人物が妙に小奇麗過ぎましたね。70点をつけた
http://jf3mxu.g-7.ne.jp/ba9dan/

投稿者:tanuki投稿日:2006-04-10 07:56:02
白バラの武器は言葉。本当に、そのとおりの台詞の厳しいこと、私の頭がついていくのがやっと。「ドイツ中がすすり泣いた」ってのは相当疑問、字幕のせいで、感情がつたわらないのでしょうか感情移入の....http://blog.goo.ne.jp/pptanuki_2004
投稿者:黒美君彦投稿日:2006-04-01 21:07:31
陽光に飢(かつ)えたように、何度となく窓の外の空を見るゾフィー・ショル。
「何ていい天気なの」と、独房の窓から空を見上げるゾフィー。
彼女が期待したのは空の向こうの“天”“太陽”(=神)か、それとも正しい眼差しか。
無垢であり無邪気でありながら、いや、だからこそ自らの信念を決して曲げなかった彼女を演じたユリア・イェンチの真っ直ぐな眼差しが印象的だ。
圧巻はアレクサンダー・ヘルトが演じた尋問官ロベルト・モーアとの激しいやりとりだろう。ナチズムを信奉することで現在の地位を獲得したモーアではあるが、聡明な彼女の言葉を聞くうちに、何とかこの娘を救えないかと考える。しかし、彼女は決して自らを欺かない。

「司法テロ」と呼ばれる裁判長ローラント・フライスラー(アンドレ・ヘンニック)による「人民法廷」は、正式な司法手続きすら無視し、ショル兄妹らを即日処刑する。その後も「白バラ」メンバーは摘発され、計6人が処刑された。フライスラーは1942年から45年にかけて、実に2,295人を死刑台に送ったという(それが止まったのは皮肉にも英国空軍による空爆で彼が死んだためだった)。

ビラを配っただけでも処刑したのは、反ナチを叫んだのがミュンヘン大学の学生たちだったが故だろうか。21歳という若さで政府批判を貫いたゾフィーは、狡猾な大人のように誤魔化しながら生きていくことが出来なかった。しかし、独房で彼女は崩れ落ち、震えながら泣くのだ。恐怖と家族への思いで。救いのない状況が鋭く胸に迫ってくる。

はっきり言って大枠のストーリーは知識の範囲内なので、驚きがあるわけではない。だが、繰り返し繰り返しナチの本当の怖さを映像に留めようとするドイツの若い映画人たちの姿勢はスゴい、と思う。彼らの歴史は、どこかの島国のように断絶していないのか、と思う。秀作である。
投稿者:dorokei投稿日:2006-03-13 11:17:44
とても静かな印象の映画。「白バラは死なず」よりもゾフィーの人間像に焦点を当てている。ユリア・イェンチが演じるゾフィーは儚く、気高く、「神聖さ」を感じさせて美しい。また、ナチス側の人々も「人間」として描かれいる。クライマックスの裁判の場面で、傍聴席に陣取る党員や親ナチスの人々がゾフィーの言葉に俯き、沈黙する姿は彼らの弱さを描出していて面白かった。
けれども全体の印象としては、悪い映画ではないが、すべて想定の範囲内で、特に面白いというものではない。いい映画なのでかわいそうだが、少し寝てしまった。ということで5点。
投稿者:Longisland投稿日:2006-03-09 22:34:36
近年公開された記録を基に事実に沿って映画化されたとか。 
学生だし極刑にはならないだろうなんて甘えがあったとは思えないが、大戦末期国民への統制が厳しい独逸での反戦活動にしては準備も行動もお粗末。
とはいえ、あの時代に、『私達の世界観が間違っているのではない、あなた方が間違っている』と真実・信念を貫き言い切る姿は気高い。
ゲシュタポ尋問官とソフィーの対話は、一切音楽を排しバストショットが繰り返されるシンプルな演出。かなり長いシーンだが単調にならず、緊迫感溢れる。ナチの蛮行と戦争の行方を知っていただろうゲシュタポ尋問官、同房のコミュニスト女性、女看守に若干の甘さが感じられるも、人民法廷なる詰問茶番劇で口汚く罵る裁判官、暗黙のラストシーンに人間の狂気を感じた。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 外国語映画賞 (ドイツ)
■ 銀熊賞(監督賞)マルク・ローテムンド 
 ■ 銀熊賞(女優賞)ユリア・イェンチ 
□ 作品賞 監督:マルク・ローテムント(ドイツ)
 ■ 女優賞ユリア・イェンチ 
 □ プロダクションデザイン賞Jana Karen 
【ソフト】
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