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父親たちの星条旗(2006)

FLAGS OF OUR FATHERS

メディア映画
上映時間132分
製作国アメリカ
公開情報劇場公開(ワーナー)
初公開年月2006/10/28
ジャンルドラマ/戦争
戦争を終わらせた一枚の写真。その真実。
父親たちの星条旗 [Blu-ray]
参考価格:¥ 2,500
価格:¥ 982
USED価格:¥ 948
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父親たちの星条旗父親たちの星条旗

【クレジット】
監督:クリント・イーストウッド
製作:スティーヴン・スピルバーグ
クリント・イーストウッド
ロバート・ロレンツ
原作:ジェームズ・ブラッドリー
『硫黄島の星条旗』(文春文庫刊)/『父親たちの星条旗』(イースト・プレス刊)
ロン・パワーズ
脚本:ポール・ハギス
ウィリアム・ブロイルズ・Jr
撮影:トム・スターン
美術:ヘンリー・バムステッド
衣装:デボラ・ホッパー
編集:ジョエル・コックス
音楽:クリント・イーストウッド
出演:ライアン・フィリップジョン・“ドク”・ブラッドリー
ジェシー・ブラッドフォードレイニー・ギャグノン
アダム・ビーチアイラ・ヘイズ
ジェイミー・ベルラルフ・“イギー”・イグナトウスキー
バリー・ペッパーマイク・ストランク
ポール・ウォーカーハンク・ハンセン
ジョン・ベンジャミン・ヒッキーキース・ビーチ
ジョン・スラッテリーバド・ガーバー
ロバート・パトリック
ニール・マクドノー
メラニー・リンスキー
トム・マッカーシー
クリス・バウアー
ジュディス・アイヴィ
スコット・リーヴス
スターク・サンズ
ジョセフ・クロス
ベンジャミン・ウォーカー
マイラ・ターリー
アレッサンドロ・マストロブーノ
ジョージ・グリザード
ハーヴ・プレスネル
ジョージ・ハーン
レン・キャリオー
クリストファー・カリー
ベス・グラント
コニー・レイ
アン・ダウド
メアリー・ベス・ペイル
デヴィッド・パトリック・ケリー
ジョン・ポリト
ネッド・アイゼンバーグ
ゴードン・クラップ
カーク・B・R・ウォーラー
トム・ヴェリカ
ジェイソン・グレイ=スタンフォード
ブライアン・キメット
デヴィッド・ホーンズビー
【解説】
 「ミスティック・リバー」「ミリオンダラー・ベイビー」の巨匠クリント・イーストウッド監督が、太平洋戦争で壮絶を極めた硫黄島での戦いを、アメリカ側、日本側それぞれの視点から描く2部作の第1弾。硫黄島の擂鉢山に星条旗を掲げる6名の兵士を写した有名な戦争写真の裏側に秘められた真実の物語を描く人間ドラマ。写真に登場する6名のうちの一人ジョン・ブラッドリーを父に持つジェイムズ・ブラッドリーの著わしたノンフィクション『硫黄島の星条旗』を基に、凄惨な硫黄島での戦いと、戦場を生き延び帰還した3名の若者が、自らの思いとは無関係に“勝利の象徴”として英雄に祭り上げられ、戸惑いや苦悩を深めていくその後の人生を静かに見つめていく。なお、2部作の第2弾は日本側から描く「硫黄島からの手紙」。
 太平洋戦争末期、硫黄島に上陸したアメリカ軍は日本軍の予想以上の抵抗に苦しめられ、戦闘は長引き、いたずらに死傷者を増やす事態に陥っていた。そんな中、擂鉢山の頂上に星条旗が高らかに翻る。この瞬間を捉えた1枚の写真が銃後のアメリカ国民を熱狂させた。星条旗を掲げる6名の兵士、マイク、フランクリン、ハンク、レイニー、アイラ、ドクは一躍アメリカの英雄となるのだった。しかし、その後祖国に帰還したのはドク、アイラ、レイニーの3人だけだった。国民的英雄として熱狂的に迎えられた彼らは、戦費を調達するための戦時国債キャンペーンに駆り出され、アメリカ各地を回るのだったが…。
<allcinema>
【関連作品】
父親たちの星条旗(2006)第1弾
硫黄島からの手紙(2006)第2弾
硫黄島の英雄(1961)
硫黄島の砂(1949)
硫黄島〜戦場の郵便配達〜(2006)
【おすすめ作品】
A=無難にチョイス B=チャレンジの価値アリ C=発見があるかも!?
[001]A硫黄島からの手紙 (2006)
[002]Aフラガール (2006)
[003]Aディパーテッド (2006)
[004]Aミリオンダラー・ベイビー (2004)
[005]Aホテル・ルワンダ (2004)
[006]Aエミリー・ローズ (2005)
[007]AVフォー・ヴェンデッタ (2005)
[008]Aクラッシュ (2004)
[009]Aジャーヘッド (2005)
[010]A太陽 (2005)
【ユーザー評価】
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【ユーザーコメント】
投稿者:ロッテンクロッチ投稿日:2016-11-02 06:02:14
戦争映画向き?
投稿者:sachi823投稿日:2014-05-18 09:04:12
戦争映画の描き方も随分かわってきたという印象です。
無名の人々に光を当て、有名な一枚の写真から
さまざまな真実を浮かび上がらせる手法は興味深いです。
見ていて楽しい作品ではありませんが、
これもまたアメリカの良心かと思います。
投稿者:sususu投稿日:2012-08-14 14:42:24
【ネタバレ注意】

パットン、トラトラトラ、遠すぎたた橋。様々な戦史映画というべき傑作が世の中には存在する。硫黄島からの手紙もその1つと言って良いだろう。イーストウッドが日本視点で撮りあげた傑作だが、こちらを先に見た。満を持してアメリカ視点の硫黄島映画を・・と思いきや何かが違うと感じたのが映画が始まって3〜40分たった頃だろうか?いきなり激しい戦地から引き戻された3人の国家に翻弄され続ける人生。まさか旗に写ったアメリカ兵がこんな人生を歩んだなどとは思いもしなかったが、全く予期せぬ硫黄島アメリカサイドの描き方に戸惑い、これはいわゆるオーソドックスな戦争映画とは程遠い人間ドラマだったと気が付いたときは映画も終盤だった。日本視点とアメリカ視点。確かにどちらも戦争に翻弄される人間、また銃後の市民の心情、それらが見事に描き出されている。しかしながら当然硫黄島の旗を苦労と死闘の末立てた偉大なアメリカ兵の活躍の物語という先入観を、見事に肩すかしで意標を突いてくれたイーストウッドに感謝。自分も結局戦争をエンターテイメントとして見ることをひそかに望んでいる、つまり知らず知らずのうちに戦争肯定主義に陥ってるのではと気が付かされたような気がする。この2つの映画、一見アンビバレントでつり合いが取れていないような感じがするが、戦争につり合いもくそもなく、そこには悲惨な地獄があるのみで、様々な人の人生を翻弄し、国家という大きなシステムに狂わされるものだ・・そいういうメッセージを感じるのは浅はかだろうか? しかしながらイーストウッドの立場は単純な反戦主義者ではないということは、ハートブレイクリッジやグラントリノを見れば明らかだ。戦争は賛成、反対なんて簡単に白黒つけられるような単純な物ではない!今回のこの2部作でこのことは思い知った。

投稿者:namurisu投稿日:2012-07-02 14:15:19
結果はいつも同じだ。戦争はすべての人間の人生を変える。
投稿者:長春投稿日:2011-08-16 12:11:11
【ネタバレ注意】

英雄は国家が作り上げるものだ。戦場にいるのは命がけで戦う兵士だけである。
これが、この映画の主張であろう。

戦争への国民の士気高揚のため、国家は「英雄」を作り上げる。
戦時国債を売るため、アメリカ政府は3人の兵士を「硫黄島攻略の英雄」として祭り上げる。3人は兵士として命がけで戦っただけで、実際何人もの戦友が死んでいる。3人は「英雄」という立場に戸惑う。

イラク・アフガン戦争でも、女兵士が「戦友を救った英雄」に祭り上げられた。実際はその女兵士はそのような英雄的行為はしていないことが明らかになり、女兵士は非難を浴びた。戦争への国民の士気高揚のため、国家は「英雄」を作り上げる。女兵士もまたその被害者であった。

投稿者:真壁 六郎太投稿日:2011-08-13 00:23:03
そんなにいい映画かな?「父親たちのゲロ吐き珍道中」という題名の方がふさわしいんじやないの?正直、イーストウッドがまじめに撮ったとは考えにくい。渡辺謙が「硫黄島…」は全てワンカットで撮った。30日で撮ったと言っていた気がする。そんなことがあるのか?きみまろじゃないけど「孫にやる小遣いほしさ」に撮ったとしか思えない。あんなヨボヨボのジジイが「ダーティーハリー」より短い間隔でそんな何本も撮れる訳無いよ。
投稿者:Kircheis投稿日:2011-06-12 15:35:43
次作である硫黄島からの手紙を先に鑑賞してたんだけど、あっちに比べてドラマ性は弱かった。

それでも戦闘シーンの迫力と淡々としながらも説得力のあるストーリー進行はさすがイーストウッド監督という感じで見ごたえあった。

主演(一応)のライアン・フィリップが全然目立ってなかったなぁ…インディアン役のアダム・ビーチはその反面かなり頑張ってた。
投稿者:こじか投稿日:2010-12-28 22:23:38
イーストウッドが第二次世界大戦⇒太平洋戦争の舞台、硫黄島の決戦を日米それぞれの視点で撮ったという『硫黄島からの手紙』へと続く”硫黄島プロジェクト2部作”の1部目。とは言え全く同じ戦場を舞台として撮られたとは思えないほどそれぞれの色合いは異なる。この作品は、当作品のポスターイメージでもあり、誰もが一度は目にした事があるであろう戦争写真=「硫黄島の星条旗」にまつわる物語。『硫黄島からの手紙』の過去最高レベルな”日本の戦争映画”テイストとは全く趣きを変え、兵士の視点から見た対”戦中米国社会”が核となっています。興味深かったのはここで、決して戦争そのものではなく国という巨大な集団に翻弄された「僅かな人々」に焦点が当てられている点。現在(いま)と過去、アメリカ本土と戦場、これらを行ったり来たりしながら焙(あぶ)り出されたのは人間の「作為」が生む正義と不義、平和と争乱、真実と現実、そして歴史です。作為とは、「人が自分の意志で作り出すこと」「事実であるかのように故意に手を加えること」とあります。”つくりごと”との意味も含むそうです。当作品のプロジェクトはアメリカ人によるもの、それも現代(いま)に生きるアメリカ人により作られています。その彼等が単にアメリカ対日本、日本対アメリカという構図に甘んじず、対「自国」へと焦点を傾けたことは大きなことだと思います。もしかすると、「いま」という時代から”一方的”に謳われる歴史の反省なぞ無意味なことなのかもしれませんね。歴史において不”自然”なことかもしれません。広い側面で考えたとき、反省だけではなく、歴史を見返す、知る、考える、創る―。未来(いま)を生きる者たちとしてこの作品を深く受け止めたいと思います。もちろん、反戦は絶対です。
投稿者:kinenchyu投稿日:2010-04-04 22:01:20
なんども見れる素晴らしい作品です。
投稿者:mototencho投稿日:2010-03-24 17:52:32
戦争映画であり、戦争映画にあらず。クリント・イーストウッドが描いたのは
“戦争”の語られなかった重要な側面。
http://mototencho.web.fc2.com/2006/flagff.html
投稿者:nedved投稿日:2010-01-03 22:57:31
アダム・ビーチ
投稿者:フラーティ投稿日:2009-08-17 11:49:35
【ネタバレ注意】

政治に翻弄され、国家権力の歯車と化した個人が、それでもなお、人間としての尊厳を保つことはできるか。ここまで大きな出来事に直面する人は少ないだろうが、「組織と個人」の問題は、現代を生きる全ての人々に共通して横たわっている。


セピア色の淡く仄暗い光に包まれた迫力の戦闘シーンは、スピルバーグの『プライベート・ライアン』や『バンド・オブ・ブラザーズ』を思わせるが、イーストウッド監督は更に一工夫している。それは敵の描き方だ。敵である日本軍は姿を見せず、アメリカ軍をぎりぎりまで引きつけて、どこからともなく一斉に砲撃・銃撃を開始する。この「見えない敵」の無気味さが実に巧みに描かれており、恐怖感を増幅している。恐怖に駆られ撃ちまくる米海兵隊の動揺ぶりも上手く表現されていた。


硫黄島からアメリカ本国に戻ってきたブラッドリーが、照明を浴びたり祝砲を聞く度に、硫黄島での惨劇を思い出すという演出(フラッシュバック)も、効果的であった。
(スポットライト→照明弾、祝砲→実弾による砲撃、という連想)



凄惨な戦闘は国民に伏せられ、星条旗を擂鉢山の頂上に掲げるという、それ自体は何ということはない行為が英雄的活躍としてもて囃されるという皮肉。星条旗を立てた6人は、本当は「英雄」でも何でもなく、アメリカが戦争を継続するために「英雄」を作り上げたにすぎなかった。しかし、弾を避けていただけなのに英雄として祭り上げられたことに苦悩し、戦友の死に涙するアイラ・ヘイズは英雄ではなくとも、誠実で心優しい青年だったことは間違いない。自分が負傷しながらも、戦場で這いずりまわって戦友の治療にあたった衛生兵(ドク)のジョン・ブラッドリーは、偉大な凡人であった。生き残ったこと、英雄視されることへの後ろめたさを感じていないかに見える軽薄調のレイニー・ギャグノンでさえも、硫黄島で共に地獄の苦しみを味わった仲間たちとの絆を強く意識していた。


いわゆる「英雄」ではなくとも、彼らはやはり讃えられるべき存在だ。
余韻を残す美しいラスト・シーンも見事。



スタッフ・ロールで映し出される、実際の戦場写真は、
この物語が真実の記録であり、
硫黄島が本当に阿鼻叫喚の地獄であったこと、
矛盾を感じつつも祖国に命を捧げた無名の勇士たちが無数に存在したことを、
我々に改めて教えてくれる。

投稿者:uptail投稿日:2009-06-21 17:21:57
クリント・イーストウッド
投稿者:なちら投稿日:2009-05-19 21:51:04
【ネタバレ注意】

写真の裏のエピソードはちょっとショックだ。
ただその場にいただけで、資金集めの為の英雄に祭り上げられる苦しさって、どれ程のものなんだろう。
生き残っているより、戦死した人間こそ英雄なんじゃないだろか?馬鹿馬鹿しくて、やるせない。

特にインディアンのアイラは本当に気の毒。インディアンでなければ、もう少し違っていたのかもしれないし。

投稿者:irony投稿日:2008-09-25 21:48:52
アダム・ビーチの演じるアイラは悲惨というか可哀相な最期だった あんな最期は迎えたくないなぁ
投稿者:ジーナ投稿日:2008-07-13 20:01:23
現在からさかのぼって硫黄島の戦いをフラッシュバックしていく構成なので、正直語り手が当時の誰で聞き手が誰の関係者なのかなど人物の一致が難解でした。
これは、私が人の名前を覚えるのが苦手だからだと思いますが(汗)

リアリズムに徹した脚色は、前線にいる者たちの戦争と机の前の者たちの戦争が全く違うモノである事を如実に表しています。
無駄にゴテゴテさせることなく、映像だけでストレートに観客に訴える手腕はイーストウッド監督ならではですね。
抑え気味の色調も味わい深かったです。

ドラマ的なモノに関しても・・・ライアン・フィリップの葛藤、アダム・ビーチの苦悩、メラニー・リンスキーの軽薄さなど一人ひとりの思いがよく描かれています。
軍人役がよく似合うバリー・ペッパーにあまり似合わないポール・ウォーカーなどキャスティングでも楽しめました(笑)

2時間超えの作品ですが、それほど時間を気にせず鑑賞できます。
何が原因かは分かりませんが、鑑賞後ちょっと物足りなさを感じるのは「硫黄島からの手紙」と合わせて一つの作品だからかもしれません。
しかし「硫黄島からの手紙」を続けて観るには、相当な体力が必要になる(爆)

とにかく、このような作品をアメリカで作っただけでなく、日本側からの視点も入れたというのがイーストウッド監督のスゴさかもしれません。
投稿者:kath投稿日:2008-01-20 16:26:25
クリントイーストウッド結構やるね、という感じ。ヒーロー大好きなアメリカ国民を皮肉るだけでなく、官僚、政治家批判、何よりも中心には人種差別の問題。。意外とえぐいシーンも多いがよかった。
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2008-01-15 04:36:51
元々はこれ一本のみ製作される予定だったので、戦闘シーンの予算の掛け方は「硫黄島」の倍以上。あと後半にあんな酷い死体を見せられるとは思わなった。時間の経過が解りにくい所があるが(ストロベリーソースは陳腐)、色々と考えさせられる物があった。傑作というより佳作だな。星一つ半。
投稿者:urakido投稿日:2007-11-27 22:26:57
傑作とまではいかないが、十分見応えはある。「一枚の写真」から真相に迫る少々ミステリー仕立てで、『市民ケーン』を意識した構成になっている。今だにあの映画の影響力の大きさを思い知る。戦後、兵士の社会復帰の様子は、ワイラーの『我等の生涯の最良の年』を想起するし(こちらは如何にも古き良き時代のアメリカという感じだが)、「虚像」という情報操作についても、戦争とは関係がないが、キャプラの『群衆』(日米開戦の年に作られている)等を連想させる。本作は、やはり編集が凝っていることが見せ場だろうと思う。フラッシュバックは『市民ケーン』よりも遥かに複雑で、PTSDの映像表現としても効果的。赤いソースは心象の光景か。
投稿者:民謡から演歌まで投稿日:2007-11-24 01:12:35
【ネタバレ注意】

羊飼いが英雄化するが、彼はある意味「英雄」なんだよね。
本作は、そんな「重し」が不似合いで期待されても困る…が、国家(軍資金を稼がせる)の為に「嘘」を演じないといけない男の話だね。
確かに戦争映画としては硫黄島〜の方が時制切り替えが少なく戦闘の成り行きを追う形のものになっていますね〜が、残虐極まりない上陸作戦を序盤で延々とやるより、色々なエピソードを交えて徐々に全体像を浮かび上がらせるのも悪くないのではないかと。構成は凝りまくりって言って良いね。
一枚の写真に隠された「謎」が、話が進むにつれて次第に明らかとなり…彼ら「時の人」が知る人ぞ知るになって……まぁ逝っちまう。そのラストが硫黄島の海水浴ですよ。静かだが何処となく牧歌的な音楽も相俟って中々な幕引き。
ミリオン〜の様な劇的なドラマ性を強調するものではないが、逆な意味で凄いね。戦争の無い状態であった彼らが平時の等身大である訳だからね。(貰った名刺に価値はなくなる〜が、時々特番に誘っては貰えるみたいだね)

投稿者:fairlane999投稿日:2007-11-18 17:23:25
さすがに書き込みが多いが、最も基本的なことをひとつ。

字幕や吹替で必死に「ジャップ」という表現を避けているが、
作品の是非はともかく、これだけの注目を得ている映画で、
肝心の日本側の受容体制がこれではまったく泣けてくる。

同時期のTVムービー、中村雅俊が強制キャンプの日系人に扮した
『アメリカン・パスタイム』でも同様、字幕では執拗に「ジャップ」という
表現を避けていた。

『パール・ハーバー』程度の商業娯楽作品なら、
「それもやむなし」とあきらめも付くが、今回のような
『星条旗』や『手紙』でこれでは情けない。

はっきりと「ジャップ」と字幕に出せ!
はっきりと「ジャップ」と吹替で言え!

姉妹篇『硫黄島からの手紙』では「アメ公」とはっきり
台詞で言っているではないか。

「戦争の本当の姿」でも「硫黄島での真実」でも、
何をどう読み取って議論しても構わないが、その前に、
日本の配給側が観客に作品を届ける際の、この徹底的な
弱腰、真綿で観客を目隠しするような及び腰の姿勢には、
もっともっと真剣に苦言を呈するべきではないか。

『クリムゾン・タイド』の日本公開、ビデオ発売における
核戦争論議の「ヒロシマ・ナガサキ」の台詞の徹底的削除、
『スターシップ・トゥルーパーズ』における、未来の授業の
「ヒロシマは消滅した」という台詞場面の日本公開版の差し替え、
こういうことが当たり前のように行われる現在の受容環境では、
たとえ監督たちがどのように取り組んだとしても、それを
日本国内で観ている限り、何を議論しても始まらないのではないか。

『クリムゾン・タイド』の日本公開など、配給側は
「クリントン大統領も絶賛」と宣伝文句にしていたが、
クリントン大統領の観たものと、我々の観たものとでは、
何のことはない、メッセージにおいて異なる内容の映画だったのだ。

「ささいな台詞まわし」などと逃げてはいけない。
とても重要な「ささいなこと」なんである。


投稿者:黒津 明二郎投稿日:2007-11-17 17:07:29
三人の兵士の、銃後の物語とくればワイラーの「我等の生涯の最良の年」を思い起こさせるがこれはそのイ−ストウッド版であろうか。あるいはアイラ役をトニーカーチスが演じ、同じテーマが奏でられるデルバートマン監督「硫黄島の英雄」(61)との比較もできよう。
回想を多用した構成や、もはや定番となったドキュメント調のCGI戦闘シーン、銀残し映像などもちろん「プライベートライアン」の同工異曲の感はあるわけなのだが、イーストウッドの念頭にあったのはワイラーのその映画あるいは国家に利用される男たちということなら「ライトスタッフ」などもあっただろう。
確かにドラマパートはイマイチだけども、戦闘パートはおそらく製作のスピ君のおかげか(笑)見応えがある。
演技陣。アダムとジェシーにおいしい所を持っていかれ、ライアンはお気の毒・・・
投稿者:nagaoka投稿日:2007-11-03 16:59:47
「硫黄島からの手紙」より時系列が入り組んでいるのでしっかりと見ていた方がいいと思う。
戦場に駆り出され生き残った若者たちの心情を知ることが出来る作品だ。
戦闘シーンはそれなりに迫力があるが見るべきはやはり人間ドラマであろう。
投稿者:藤本周平。投稿日:2007-08-10 20:50:58
脚本がすごく良くできてるな〜と思ったら「クラッシュ」のポール・ハギスでした。そりゃあこっちの方が印象に残りますよ。
投稿者:アキ投稿日:2007-08-09 08:07:14
アメリカの戦争映画は結局最後は、勇気称賛、自己賛美、国威高揚に終始していた。それが「プライベート・ライアン」あたりから風向きが変わり、本作ではその傾向がはっきりしてきた。単純な西部劇が絶滅したように、単純な戦争映画も絶滅しつつある。これは一種のアメリカの不幸と言ってよい。単純にドンパチを楽しめなくなったのだ。そのうつむきかげんが、おおむね映画を面白くなくさせている。単純に楽しみたいと思っているのに、妙に考えさせられ、反省を強いられる。敗戦国日本の戦後の戦争映画は、最初からその傾向だったが、戦勝国アメリカも、ベトナム戦争あたりからおかしくなってきた。もうアメリカの戦争映画は見たくない。
投稿者:ASH投稿日:2007-08-06 15:14:56
【ネタバレ注意】

 「星条旗」「硫黄島」、連続鑑賞がおススメ。どちらも相当にヘビーな作品なのでその日一日、どうなるか保障はせんが。

 一応、名前は知っているが顔をよく知らん役者がてんこ盛りなのがキツイが、戦時下においてアメリカという国家が、あの写真の6人(の3人)を利用して国債を買わせようと宣伝に使っていたという話に、なんとも言えない気分になる。

投稿者:bond投稿日:2007-07-21 08:14:07
プライベートライアン以降、この手のタッチの作品が多い。圧倒的に日本は負けたと思ってたが、アメリカもきつかったんだなー。いつの世もバカな政治家の犠牲で戦争は進む。
投稿者:paris1895投稿日:2007-07-08 05:46:45
お見事な台詞でした。
 イーストウッドは、これを撮る時に、師匠の二人に思いを馳せたのでしょうか。
 これを作る時に、その後襲って来る赤狩りの被害者やハリウッド・テンにどんな思いを持ったのでしょうか。
 そして、いずれハリウッドが追い出すジャームッシュの師匠に、一体、どんな思いを持ったのだろうか。

なるほど、父親たちの星条旗。
見事なタイトルである。
 原作も否定しかねない、パワーのあるタイトルだ。
あの星条旗は、国でも国民でも、まして、自分でもなく、正にあの日、あの場所にいた、父親たちのものでしかない、そう断言しているかのようでありますね。
 あざといぐらいの演出を、あざといと見るか、それとも鈍感なアカデミー会員への嘲笑と見るか。
 案の定、この作品は、アカデミーに主要部門ではノミネートされませんでしたし、2部作の両方とも、無視に近い形で、進行されました。
 「ディパーテッド」のスコセッシの受賞演説も、確かに感動的ではありました。
が。
イーストウッドのこの2本の映画より、面白い映画がありましたでしょうか。
なるほど。
助演女優賞の「ドリームガールズ」
上手かったですね。
でも、この作品のレイニーの恋人役の図々しさと、馬鹿さ加減の演技を、何故、評価しないのでしょうか。
まして、その演出を。

毎年の事ながら、アカデミー賞は、映画を見ない人が選ぶ賞ですね。
投稿者:datsan5555投稿日:2007-05-09 00:37:19
表向き華やかでありながらそこにインディアンに対する人種差別が根強く残っていることを絡めたり、迫力と説得力に満ちた戦闘シーン(当然スピルバーグが関わっているからだろうが)はさすがハリウッド屈指の製作陣であると思う。しかし、おそらくイーストウッドが望んだのであろう国家と戦争への批判が完全に消化不良である。着想は良いのだからそこはもっと明確なメッセージが欲しかった。できない背景もあるのだろうが。また、マイクやらイギーやら、あとになって重要視されてくる人物もみな中途半端。
投稿者:aaf投稿日:2007-05-07 01:08:19
登場人物が把握できないまま戦争が始まった。
蟻のように上陸していくたくさんの米兵達
それと比例するように簡単に虫けらのように死んでいく米兵達。
戦争が泥沼化して味方に撃たれる米兵達。時折まるでゾンビのように
涌いてでてくる日本兵。
確かにそこにはイーストウッドの言うように英雄などいない。

茶番だ。だけど英雄なしには、人々は戦争なんて出来なかったのでは
ないだろうか?当時の国民だって戦争に賛成していた訳じゃないだろう。
だからといって否定したところで何も変わりはしない。
英雄に国民が酔った描写がされているけど 酔ったふりじゃなかったのか?

人は信じるものを信じたい。

きっとそんな力が働いたのだろうと思う。

英雄はきっと必要だったに違いない。いやこれは戦争だけに限った
話ではない。人は英雄なしには生きていけないのではないのか?
そんなことをみて感じました。
投稿者:eminem投稿日:2007-05-06 17:45:46
言いたいことはわかるのですが・・・予告編ですべて言えてるじゃないですか。とくに印象に残るシーンもなく、かといって悪くはない。ただ内容的に単純に楽しめる映画ではないので、非常に微妙な作品です。もっと強いメッセージが欲しかったです。
投稿者:シンネマン投稿日:2006-12-30 03:34:26
【ネタバレ注意】

少し前に『ワンス・アンド・フォーエバー』でも、最後「彼らは国のために戦ったのではない。戦友のために戦ったのだ」というナレーションで終わっていた。
しかし同じ言葉でもその内実は相当違う。

まず1点、『ワンス〜』は結局アメリカの視点から描くのみで、自国賛美の好戦映画と見られうるものだった。
イーストウッドも始めはアメリカ側だけ撮るつもりだったらしいが、途中でその限界に気付いた。
両側から描いたというだけでも戦争映画史上かつてない試みであり高く評価する。
しかも一本でそれをやると視点が行ったり来たりして散漫になり、ヘンに中立的な映画になりかねない。
かつて小川紳介が言ったように戦争に中立などありえない。
二本に分けて撮ったことは正解である。

もう1点、本作は徹底して戦争の欺瞞を暴いている。
実際は単に旗を立てる手伝いをしただけの通信兵が英雄に祭り上げられ、戦争が終わった後は忘れられ、淋しく一生を過ごすリアル。
実際に戦場の悲惨さを味わったインディアン兵士が欺瞞に耐えられず戦場に戻り、戦後は野垂れ死にしていくのもまたリアルである。
一枚の写真が歴史を変えていくことは多々あり、その過程を描いていくところが面白い。
『父親たち〜』は戦争の偽善・欺瞞を描くことによって、「戦友のために戦った」という言葉を「国家のために」に対置している。
『ワンス〜』の方は戦争の悲惨さは描いているが、その背景や欺瞞を描いていないため兵士たちの立場が正当化されてしまっている。
彼らがそのために戦うという戦友や家族といった同胞意識は簡単に国家へと回収されるものだ。
『ワンス〜』には『父親たち〜』のような裏側を見るという重層性がないのだ。
まあこれを撮ったランダル・ウォレスは『パール・ハーバー』という世紀の駄作の脚本も手がけており、イーストウッドとは比べるべくもないが・・・

投稿者:ets投稿日:2006-12-27 19:25:59
なんかよく分からなかったです。

やっぱり理解不能な国アメリカ。

2作見れば分かるかな〜?
投稿者:メンタイ投稿日:2006-12-20 01:26:54
大統領すら宇宙人と戦ってヒーローになるハリウッド作品の中で
数少ない“僕らはヒーローなんかじゃない”と歌った作品。
役者のクリント・イーストウッドは大好きだけど、
監督作品はどれも肌になじまないけど、
この作品は唯一肌になじんだ感があった。
けど、骨まではなじんでない(^0^;)
やっぱ、ここ一番の濁し方が好まれてる監督なので
単純にもっと熱くなって欲しいシーンで物足りない。私には。
とはいえ、ジーンとは来たし、素晴らしい作品であることは認める。

“硫黄島からの手紙”が、楽しみだ。http://mentaiman.com/
投稿者:キャスティングカミヤ投稿日:2006-12-14 11:06:24
CGを駆使し、とても丁寧に作られた映画だと思うがトニーカーチスの「硫黄島の英雄」のリメイク版的な印象しかない。原作で「硫黄島からの手紙」と連動したものにすべきだった。「硫黄島からの手紙」が傑作となったため2部作といっても乖離してしまった感がある。
投稿者:FW190A3投稿日:2006-12-09 08:51:24
原作(もちろん訳本)の行間から、著者の自己顕示欲と父親コンプレクスをかき混ぜた異臭が漂っていたので、映画を観る前はとても不安でした。しかし脚本化が上手で、スクリーンから変な臭いは湧いてこなかったです。

ああいう視点でそういうメッセージを込めた映画も作れるなんてアメリカの懐は深いな、と30分くらい感心したけど、ひょっとして中間選挙絡みの製作?ブッシュ叩き用プロパガンダ映画??

ま、下衆の勘繰りはほどほどにして、素直に10点をつけさせていただきます。

感想は様々でしょうが、これを観ると、ついいろいろ考えてしまうわけで、そのような思索の機会を与えてくれるという価値は、評価されてよいと思います。
投稿者:カロンタンのエサ係投稿日:2006-12-09 03:45:35
【ネタバレ注意】

『硫黄島』をみた後ではきっと印象が変わってしまうから今日のうちに。この第一部だけでも十分な傑作だと思う。
まず監督イーストウッドの、76歳にして新たなジャンルに挑戦し、しかも相性のよくないCG、記憶の中では一度もやったことのないバラバラの時間軸といった冒険を余計なこだわりなく導入した素晴らしいアティテュードに敬意を表したい。きっと方法より、描きたいことの方が先に出る人なのだろう。何よりも映画を知り尽くした職人であり、どんなにしても娯楽性が失われないところがすごい。
たとえばCGでいえば、スピルバーグ色が強い戦闘シーンより、物語的にも大きな意味を持つスタジアムのシーンだ。あの観客と花火に、縦方向のカメラの移動を使って実に効果的な映像にすることに成功している。
そして、さっき立ち読みで確かめようと市内の24時間書店に行っても見つからなかった原作ではおそらくそうではなく、脚本P・ハギスの手によると思われる自在の時間軸。この映画ならではの手法を物語がわかりにくくなるとする向きもあるだろうが、それより登場人物たちの心情を表すのにあげていた効果を重くみたい。このカットバックがなければ、イギーのエピソードは伝えられないだろう。映画に必要以上の説明はいらないのだ。ハギス脚本も、個人的にはいまいちだった『ミリオン』より『クラッシュ』より数段よかった。
そして、印象的な二つのシーン。硫黄島に向かう船でラジオに聴き入るところと、涙を誘う浜辺の海水浴シーン。たとえば、ドクが遅れてゆっくりとズボンを脱ぐシーンを後ろから撮るような、当たり前過ぎてしかもこれ以上には考えらず揺るぎない演出は、イーストウッドの真骨頂といえ、しかもこのシーンのような印象はかつて彼の監督作で味わったことがない。つまりは76歳にして彼の映画力は進化しているのだ。
難点をあげれば、確かに3人以外のエピソードはわかりにくかった。かといって、これらを切って捨てるのがよかったとは思えないのだが。監督の話ばかりになったが、アダム・ビーチはじめ俳優陣もすばらしい。
本作のエピソードが、『硫黄島』でどのように展開するのかも楽しみだ。それにしても、『ピアノ・ブルース』のような珠玉の作品をつくったすぐ後にこういった作品ができるのだからおそれいる。そういえば終映後モノクロのドリームワークスは、淀川氏が『タイタニック』の時に強調していた追悼の意なのか。
戦争映画の新たな傑作の誕生を賞賛しよう。けれどもこの後もイーストウッドで好きな作品といわれれば、『ホワイトハンター ブラックハート』や『ブロンコ・ビリー』と応えてしまうんだろうな。そしてそれはイーストウッドの世界の、とめどもない広さを物語っている。http://blog.goo.ne.jp/quarante_ans/

投稿者:watari投稿日:2006-12-08 16:00:55
映像は、スピルバーグが制作を手がけているだけに、戦闘シーンの出来は良いものの、プライベートライアンほどでは無い。
イーストウッドは映画に1つのメッセージを伝えるタイプなので戦闘シーンで衝撃を受けることはないでしょう。
イーストウッドの未知で不得意な部分をスピルバーグが手伝ってあげたといった感じ。
あくまでアメリカ人からの視点を主体にストーリーを展開しているので(それも極端に)、私たち日本人が見ても共感する部分や心に響く部分が少なく、見に行って「はずした」と思うであろう映画です。(女性を誘っていったので、その後の空気・・・かなり気まずかったです)
だから、日本人からの視点を主体にした「硫黄島からの手紙」を作ったのかなと。
日本とアメリカ側からの両極端の映画が存在する時点で、「父親たちの星条旗」を見るなら「硫黄島からの手紙」を見たほうがいいと思います。
投稿者:おしゃべりチャック投稿日:2006-12-06 20:41:28
先ずこの映画の企画、同じ戦争でも国によって見方があり、どちらが正義、悪と言う判断は出来ないと言うこの企画は素晴らしいと思いました。今回はアメリカ側から見た戦争で、自然に心はアメリカ側に感情移入していました。非常に上質な映画で、戦闘シーンもすごい迫力なのですが、史実に忠実な点もあり、目を覆いたくなる様なエグイ場面も沢山ありました。日本の戦争映画だと必ず特攻隊や上官絶対の軍国主義の暴力シーンがありますが、この映画はアメリカ側から見たせいか、確かに戦争の非常さは伝わってきましたが、非常にあっさりしてました。また、登場人物や1枚の写真をめぐるストーリーはあるのですが、それよりも史実を忠実に伝えた作品で、また反戦を伝える映画でもなかった様な気がします。次週から始まる続編が非常に楽しみです。
投稿者:ichiro投稿日:2006-12-06 06:07:48
確かに良かった。しかし、「プライベート ライアン」以降の第二次大戦ものは、どうしても二番煎じ的なイメージがつきまとってしまう。特に戦闘シーンは。今回はノルマンディーと同じ海からの上陸作戦だったし。訴えかけるメッセージはわかるんだけど・・・・
投稿者:BLADE投稿日:2006-12-05 23:09:37
あの有名な星条旗を掲げた像には、そんなエピソードがあったのかと
納得。グロイシーンが何ともリアル。でも、個人的に「プライベート・
ライアン」で、「ママー!!」と叫ぶ兵士のほうがリアルだし、怖かった。
あと、アダム・ビーチの演技が最高だった。「ウィンド・トーカーズ」
の時も難しい役を演じたが、今回も差別や望んでいない栄光に葛藤して
いく演技が良かった。
投稿者:Blurtit投稿日:2006-11-22 20:27:03
彼女と一緒に見にいったんですが、僕は泣かなかったけど、彼女は泣いた。可愛かった。デートで見に行くべき映画だと思いますhttp://jp.blurtit.com/q798834.html
投稿者:ワイハ好き投稿日:2006-11-21 14:16:11
すごく上質な映画なので驚いた。脚本がまず(日本の戦争を題材にした映画と違って)すばらしく完成されている。カメラワークも俳優も文句無く良い。徹底的に且つ忠実に事実を映像化するのに多大な努力が払われており脱帽です。
残念ながら邦画がこの映画の水準に達することは、今後30年無理ですね。

しかし、この映画は名作ではないですね。もちろん駄作では決してありません。
イーストウッドには名作を作る意図は無かったのでしょうね。
イーストウッドは、ただ単に「戦争を美化するな。戦争に正義はない。」と言いたかったのでしょうね。すごく伝わってきます。
投稿者:ショーンファン投稿日:2006-11-20 22:12:37
始まってしょっぱなからナイゾーとかグロいものがでてきて参った。
そのあともたくさんリアルに気持ち悪いものがゾクゾク出てきた
別に感動もんでもなかった。ただこの大きな戦争に我ら日本人が加わっていた事は感慨深いものがある。
アメリカ人にはぜひ「硫黄島〜」を字幕で観て欲しいものである

正直、感動より気持ち悪さが残った映画だった。観なければ良かった。
投稿者:NIMBUS投稿日:2006-11-20 18:11:19
これはぜひ劇場に行ってほしい。
画面の迫力はすさまじく、戦場とはこういうものだったというのがリアルに描かれています。
実物大の大和を作った映画とはレベルもステージも違いすぎです。
アメリカが勝って万歳という程度の低い映画ではなく、アクション映画でもなく、戦場に赴いた兵士たちの人間ドラマです。戦場に行く前、戦場、帰ってきたその後。彼らがどう生きたかを克明に描いています。
ふと、プライベート・ライアンを髣髴とさせるシーンもありますね。製作もドリームワークスだし。
でも、クリント・イーストウッドはダーティーハリーの頃から大好きでしたが、映画監督としてもすごく厚みのある人だなぁと実感。
投稿者:サッツー投稿日:2006-11-15 16:06:50
この映画を観て最も驚愕したのは、おそらく作者が想定していなかったであろう感覚に見舞われた事だ…。
硫黄島の米軍上陸の場面、先頭隊が無人の浜を恐る恐る進軍して行く。日本兵は塹壕に身を隠して、射程距離に近づくまで息を潜めている。
カメラは日本兵の主観になって、十分に近づいた所で一斉に攻撃を開始する。
バタバタと倒れる米兵たち!
この場面で、瞬間的に、僕は映画の主人公である米軍ではなく日本軍に感情移入していた。不覚にも、日本軍って頭イイなあ、米軍ざまあ見ろ、もっとやっつけろ!と思っていたのだった。
大軍で硫黄島に押し寄せた米軍に、知恵と工夫で一矢報いようと頑張る日本兵に感情移入したのだ。
アメリカ人は、あの場面をどう観たのだろうか?姿の見えない日本兵に不気味な恐怖を感じさせるように、極力日本人の姿を写さない演出がほどこされており、普通は米兵たちの悲惨さを感じる場面なんだと思う。
皆さんは、どう感じましたか?
投稿者:投稿日:2006-11-13 23:35:11
誇張した表現でなく、「きっと戦争ってこういうものなんだ」と思わされる作品だと思います。戦場って怖い。撃たれて倒れる。爆弾が飛んできて体が引きちぎられる。普通の精神状態でいられなくて当然と思います。でも戦時中はどの国も同じだったんですね。アメリカも苦しかった。だから決着をつけるために原爆を落としたわけですが・・・。

色を抑えた映像も効果的だったと思います。ただ、登場人物の顔と名前、関係が把握しにくかった。原作を読んで、俳優の顔もよく知っている方が観れば問題ないのかもしれません。

でも、心に残る映画でした。
投稿者:常さん投稿日:2006-11-12 00:35:26
 色彩を極力抑えた手法はシンドラーのリスト、プライベートライアンなどスピルバーグゆずりのものでしょう。誇張を押さえ、できるかぎりドキュメントに徹しようとした姿勢が「戦争に正義も悪もない」「戦争にヒーローはいない」「ヒーローは何者かの利害によって創り出された者」「英雄は戦闘を語らない」などのメッセージを裏付けているのでしょう。楽しい作品ではありませんが、戦争が戦勝国の人々にとってもいかに理不尽を強いているのかよく表現しているように感じます。マスコミの力を利用しようとする者は現在の日本社会の中にもたくさんいます。ヒーローを創り上げることも、悪人を創り出すことも、その裏に何が隠されているのか本質を見抜くしっかりとした眼をもちたいものです。
投稿者:愛媛の伊藤投稿日:2006-11-07 17:31:18
過去に太平洋戦争を扱った映画でパールハーバーと言う作品があったが脚本や演出の酷さに腹がたったが
この作品の脚本ポールハギスの素晴らしさイーストウッドの演出と音楽
文句のつけようがない

12月9日公開の2部作目硫黄島からの手紙も大変期待できそう
投稿者:yumicchi投稿日:2006-11-05 13:20:33
数人の兵士の体験をもとに戦争を描いたらこんな風になりました、
という感じでしょうか。戦争映画をこれだけニュートラルに描けるのって
けっこう凄いんじゃないかと思うんですけど。
米国の保守派からは「リベラルに偏ってる」なんて批判も
あるらしいですけど、そうは見えなかったですね。
他の監督なら軍のPR担当者などをもっとえげつなく
描いたりしてもおかしくないですし。むしろどうしてそのような
イベントが必要かを無理なく説明できていたので
観ているこちらも「しょうがないよな」と思えたくらいでした。
エンドロールでの実際の写真が戦闘の描写が決して誇張ではないことを
物語っています。ですから決してエンドロールが終わるまで
立ってはいけません。最後は涙が止まりませんでした。
この作品の欠点があるとしたら、全然観客を楽しませようとして
いないところだと思います。ある意味つまらないです。
でも日本人も米国人も絶対観るべきです。
いや、しみじみといい映画です。本当に。次作も絶対に観にいきます。
予告編だけでちょっと感動…きちゃいました。二宮君良さそうです。
投稿者:wig-wig投稿日:2006-11-04 22:54:22
「ミリオン〜」に大感動だったので、その監督&脚本家コンビの本作は楽しみでした。それだけにいまひとつ乗り切れないまま観終わってしまい、少々残念。原作は未読なのであくまで映画の印象ですが、戦時から現在に至るまでの彼らの心情がいまいち迫ってこないのです。冷静な視点はセンスを感じますが、もう少し「魅せて」欲しかったかな。それでも、浜辺で無邪気に戯れる若者達のラストシーンは戦争の虚しさを際立たせる美しい映像で切ない。音楽も相変わらず素敵。
投稿者:ビリジョ投稿日:2006-11-04 14:59:55
なーんかいやだな。やだやだ。

無名兵士にスポット当てた良心はよしとして、で、何なのか。
戦争はいやだね。それに俺は、愛国心も国旗も嫌だ。いやなもんはいやだ。

駄作だとは思わないが、傑作だとも思わない。相変わらず距離感を感じる映画でした。
投稿者:篭瀬山投稿日:2006-11-04 02:09:40
 米海兵隊はそれ自体がアメリカ映画の重要なモチーフとして、いろいろな映画で採り上げられてきた。スティーブ・マックイーンやジーン・ハックマンという動作のきびきびした(私の好きな)俳優がここ出身ということもあって、私にとっても興味深い対象であり続けた。米海兵隊が、陸軍におけるMPみたいな存在から、独立した軍として存続する大きな分岐点となった一つが太平洋戦争である、と私は認識している(その意味で、件の海軍大臣?が言ったことは正しい)。映画によると、<摺鉢山>は勝負の帰趨を決する事象とは程遠かったようだが(戦闘はその後35日間続いた)、それでも、通常の損耗率をはるかに超えて攻め落とした<硫黄島>の戦いが、戦後の海兵隊員の間で誇りとされたことに変わりはないだろうし、摺鉢山に星条旗を掲げる彫像がこの戦闘の象徴であることも間違いない(板門店にもあった)。彼らに誇りを与えた原因が、私たちの父親たち(私にとっては祖父にあたる人たちだが)であることもそうだが、通常であれば退却したり降参したりする目安となる損耗率を超えて戦い抜いたことが誇りなら、私たちの父親たちも太平洋戦争のいたるところで誇るべき戦いをしてきた。この映画の描き方は、私の日本人としての自尊心の一部を若干毀損する。したがって少し不愉快を感じた。

 もう一つ感じたのは、日本が靖国という<装置>を持っているということは、なかなか優れたことだな、ということだ。第2部制作にあたり、イーストウッドがこのあたりをわきまえているのかどうか疑問だ。5
投稿者:ふじこ投稿日:2006-11-03 20:08:38
予備知識なく観たのでちょっとわかりにくい点もありましたが、
それでも兵士たちの心の葛藤、刻まれた心の傷跡等観てるこちらにも静々と伝わってきました。
特にアイラがやりきれなさから流す涙には思わずもらい泣きしてしまった・・・。いろんな人の人生を大きく変えてしまったのだなと。
“硫黄島からの手紙”を観るとまたより一層伝わるものがあるかな・・と思ってます。
投稿者:skull & rose投稿日:2006-11-02 02:14:21
『ミリオンダラ〜』同様、私にとっては父子の救済の映画であり、戦没者への鎮魂歌。
病床の父親が呼ぶ名前が誰なのかを巡るストーリーといっても過言ではないのだろうが、ポール・ハギスの脚本はもう少し感情の積み重ねを大事に扱ってほしいとも思う。入れ子のようなフラッシュバックの構造だからか、語り手である現在の時制が弱くなってしまっている。病院での父子の場面や浜辺の俯瞰ショットはそれ自体でも本当に素晴らしいのだが、イーストウッドの簡潔さが十全に機能しているとは思えなかった。

実際の硫黄島激戦では迷路のような地下壕に手こずり、油を浮かせた海水を流し込んで火をつけたという。スピルバーグだったらこういったエピソードも取り入れかねなかっただろう。

エンドロール後に流れる次回作予告編の騒々しい始まり方は、余韻を壊すかなり品のない商売というもの。
投稿者:紅竜投稿日:2006-11-01 23:02:13
この映画は、3つの時制から成り立っている。硫黄島で戦う兵士達の時間、戦時国債を売りつけるために国家に利用される兵士達の時間、年老いてやっと戦場での体験を語り始める元兵士達の時間。3つの時間は密接に絡まりあいながら同時に進行していく。映画の中でどの時間が重要なのか?どれも重要だと思う。国家の命を受けて戦場に赴いて命のやりとりなどという愚かで忌まわしい行為を行った彼らにとって例え国家レベルにおいて戦争が終結したとしても、兵士一人一人の心の中では葛藤は続いて行く...それは、自責の念にかられ崩壊して行く自分の心との葛藤であり、戦場で体験した事を全て他人にさらけ出したくても家庭を守る為に自分を押さえ続ける葛藤でもある。その過程で酒に溺れて野垂れ死にしても、息子に看取られながらその寿命を終えようと、彼らは戦死者と変わらない。兵士は戦場から生還したとしても結局は死によってしか戦争から解放されない。イーストウッドはこう言いたいのだろうか。ラストシーン、つかの間の休息に海岸で戯れる兵士達、私にはようやく戦争から解放された「戦死者」達の魂が天国で安息の時を迎えているように映った。しかし同じ画面には彼らを取り囲むように彼らを戦場へ駆り出したもの達が象徴的に存在しているのだけど。

本作のエンドクレジット終了後にスクリーンに映し出された「硫黄島からの手紙」の予告はまるで「アラモ砦の攻防」を太平洋戦争に移し変えたような趣だった。イーストウッドが次回作で久々に西部劇作家としての顔を見せてくれるのか、期待が高まる。 
投稿者:ローランド投稿日:2006-10-31 21:50:22
 監督がクリント・イーストウッドだし内容が社会的
だし、こういう映画は持ち上げなきゃいけないのだろ
うなって思いながらも、観てよかった、もう一度観た
い、という気がしない。
なぜなんだろうって考えたら、物事の一瞬を切り
取った写真というものの発する情報がいかに当てに
ならないもので、権力がそれを利用するなんてことは
誰もが知っていることではないかと、そういう気持ち
があったせいかもしれないです。

 仕立て上げられたヒーローの晴れ舞台に
「恋人なの」としゃしゃり出てきて、その後も何度もそ
の頭の軽さと俗っぽさを見せる女や、企業経営者や
政治家の描写に、戦争という看板を借りた人間風刺
を感じたのだけど、これはひねりすぎた観か
た?・・・・ですね(笑)。

 と、難癖をつけてきたけれど、湾を埋めつくす
艦船。それに飛行機に戦車に上陸用舟艇。戦闘場
面もリアルで迫力満点。このあたりは男ならたいてい
の人間が引き込まれるだけのものがありますね。
投稿者:ノブ投稿日:2006-10-31 19:32:01
【ネタバレ注意】

「父親たちの星条旗(監督:クリント・イーストウッド。132分)
話の内容は、硫黄島で星条旗をたてた6人の内3人が、帰国して「英雄」として扱われ、戦費調達のための国債募集の宣伝マンとして国から利用される話
戦艦に乗っている兵士が、戦闘機が横切って飛ぶ姿に歓声を送るシーンは迫力があった。
硫黄島の岩山に戦艦から砲弾をボンボン撃ち込むシーンは迫力があった。
大量の戦艦から大量のボートや水陸両用車がでて、さらにそこから、ジープや兵士たちが大量にでてくる上陸シーンは迫力があった(海岸線にたくさんの戦艦が浮かんでいる俯瞰ショットなど)。
日本軍が塹壕や地下の穴で待ち伏せして、近づいてくるアメリカ兵を、大砲や機関銃で一斉射撃する所は緊迫感があった(最初はアメリカ兵が恐る恐る上陸するシーン・次に塹壕や地下の穴から大砲や銃で日本軍が狙うシーン「塹壕や地下の穴から大砲や機関銃の筒先だけが外に出ている。その外にはアメリカ兵が何も知らずに近づいてくるという感じ」・そして大砲や銃が発射されアメリカ兵が倒れたり戦艦が砲撃されたりするシーンという感じ)
銃撃戦の最中戦車も上陸してきて、兵士たちが「これで楽に戦える」と戦車に期待していたら、あっけなく戦車が砲撃されて破壊され、兵士たちが「戦車の事は忘れよう」といいながら突撃を続けるという演出が、少し「面白味」があった。
帰国した三人が出席したパーティーで、旗を立てる兵士たちをかたどったお菓子に真っ赤なストロベリーソースがかかる(血が垂れているようにみえる)のを観て、硫黄島の激戦の回想シーンにもどるという繋げ方はさすがに「ベタ」すぎると思った(あまりいい効果は出ておらず、かえって馬鹿らしく見える)
「英雄」として祭りあげられた一人のインディアンの兵士が、酒におぼれて落ちぶれていく演出は良かった(インディアンの兵士が荒地を耕す仕事をしていると、白人の家族が車できて記念写真を撮って帰っていく演出「以前英雄として騒がれていた頃とのギャップ」や刑務所に入れられて、「面会に来ている」と聞いて誰かと振り向いたら新聞のカメラマンだったという演出や最後酒によって倒れて死んでいる演出など)
全般的に
船に乗り込む縄梯子から海に落ちたり、戦艦からのりだして海に落ちたり、仲間を撃ち殺したりする演出を入れていたのが、変にリアルな感じを出していたと思った。
硫黄島に上陸するシーンはスケールも迫力も充分だった
写真家がたまたま撮った2度目の旗たてをした(1度目にたてた旗を、お偉いさんが欲しがった為に渡したので2度立てる事になった)6人、しかもその6人も誰だか特定されないまま(一人は写真に写っていないのに英雄として間違えられて宣伝される)「英雄に祭り上げられる」馬鹿らしさ(お偉いさん達にとっては国債を募集する事ができれば何でもいいという感じ)
旗を立てたとしても、それはたまたまであり、しかも旗をたてるという行為は、絵にはなるが、何の意味もないという馬鹿らしさ(旗をたてるよりも、戦友の為に戦地で協力して戦ったり、激戦の最中、砲弾で負傷しながらも衛生兵が仲間を助ける為に這いずり回ったりする方が価値があるという感じ)
みたいなものは伝わってきた。
しかし「戦争の厳しさ・辛さ」みたいな感じはあまり伝わってこなかった。又「英雄として扱われる事の苦悩」みたいな感じも題材としてイマイチ共感が持てなかった。
これは個人的な事かも知れないが、映画を観ていて「戦争は昔のこと」という感じしかなかった。今現在の問題として迫ってくるものがなかった。
時間も132分だし、ちょっと長さを感じた作品

投稿者:Leon投稿日:2006-10-31 16:20:04
クリント・イーストウッド監督の作品は、いつも何を言わんとしているのかよく分かりません。周知の事実をさもさも新発見のように描くイヤらしさが見え見えで、しまいには腹が立ってきます。
投稿者:まさまさ投稿日:2006-10-30 11:59:11
かなり主張やトーンを抑えた作りになっているせいで強い感動には繋がらない。
ただ、その分時間がたってもじーんと心に残る映画でもある。それに「硫黄島
からの手紙」を見ることで、この作品自体もさらに輝きをさらに増すのだろう。
この映画を見た後、「硫黄島の砂」(\'49)を見ることが出来た。映画としてはB級
西部劇のような作品だけど、作戦のあと、数年後のもので当時の空気をかなり感
じることができると思う。しかも、実際の硫黄島作戦の映像も満載で、このイー
ストウッドの映画をさらに奥深いものにできるはず。さらに、あの実物の3人が
ちらりとだが、擂鉢山に掲げる旗を受けとると言う重要なシーンに出演していた。
作戦から数年経ても、このようにして振り回されていたのかと思うと、また心が
痛む。こちらも見られることをお勧めする。
投稿者:ぺん投稿日:2006-10-30 02:12:27
いや〜、良かった。今年は第二次大戦映画の良作が多かった。大和は別にし
て(笑)、太陽、出口のない海、本作と。
淡いコントラストで戦闘シーンを描いているが、これは血しぶきの色を抑えるためなのか、それとも冷淡な感じに見せるためなのかは僕的には謎。これ
はDVD発売されたらコメント聞きながらゆっくり考えることにしよう。
イーストウッドはどう思ってるかは知らんけど、これは反戦映画はありませ
ん。英霊たちへの鎮魂歌ですな。勿論、狙いは「反戦」にあるかもしれませ
んが、映像はそうなっていない。「反戦」なんて奥の浅い映像にはなってい
ない。もっと深いところを緻密に表現している。ま、「反政府」の意味は本
土のシーンで何カットもでてきますがね。
さらに「硫黄島からの手紙」が公開予定ですが、これも楽しみですな。本作
で、日本兵の自決後の状態が映し出されていた。その状態になるまでの経緯
が表現されると思うと、観る前から泣けてきます。
投稿者:イドの怪物投稿日:2006-10-29 09:06:19
素晴らしい出来栄えの戦争映画だ。と言っても戦闘シーンや戦争戦略を描いている訳では無く、現実に起きている戦争に関わった普通の人々に振りかかった「英雄」という重荷。素晴らしい反戦映画になっている。
世が世なら「赤狩り」であったろう。
しかしイーストウッドの力量はすごい。この人の映画のラストシーンはいつも印象的だ。「ミリオン」のレモンパイを食べる主人公、そして海辺で戯れる海兵たちの遠巻きショット。
しかし1945年にお米国の国庫が破産寸前ならば、満足な経済状態の国などはスイス以外に無かったろうなどと思う。


投稿者:黒美君彦投稿日:2006-10-27 12:07:39
【ネタバレ注意】

私が原作のJ・ブラッドリー『硫黄島の星条旗』(02年文春文庫)を読んだのはもう4年前になるだろうか。近現代史の研究者である作者が、硫黄島でのことを触れたがらない父親のジョン・ヘイリー・ブラッドリーを軸に、硫黄島の摺鉢山(標高169m)の頂に星条旗を立てた兵士のその後と、熾烈な硫黄島の戦闘を詳細に描いた傑作だ。上智大学に留学経験がある作者は「善」「悪」二元論に陥ることなく、当時の日本軍の背景までも的確に記している。参謀を務めた栗林忠道中将が親米派でありながら、本土攻撃を防ぐための捨石として徹底抗戦したことも客観的に記述していた。

クリント・イーストウッド監督のこれまでの作品は、正直にいって私とは相性が悪かった。いつも観終わった後に奇妙なしこりのようなものが胸に残るからだ。ラストはそれでいいのか?何か納得できない…と。
しかし、この作品では酸鼻きわまりない硫黄島の戦闘を描きながら、静かに胸の奥まで深く沁みて来た。どちらかというと「ダーティーハリー」をはじめとするマッチョなイメージで、攻撃的なイメージがあったイーストウッドではあるが、この作品ではそうではない。彼はこう語る。「私が観て育った戦争映画の多くは、どちらかが正義で、どちらかが悪だと描かれていました。しかし、人生も戦争も、そういうものではないのです」−。彼は「正義」「悪」に単純化することを避け、日米それぞれの視点で硫黄島の戦闘を描くことを決意する。
米側の視点に立ったこの作品では、日本軍兵士の姿は殆ど現れない。あたかも見えない敵と闘っているかのような恐怖が画面に横溢する。たまたま星条旗を立てようとする写真に写っていたばかりに、「英雄」としてプロパガンダに使われた兵士たち。しかし彼らは戦場の記憶の呪縛から逃れられず、「英雄」という称号を拒もうとする。
戦後、ジョン・“ドク”・ブラッドリーは、戦場について家族にも語ろうとはしなかった。「思い出し」、「語る」ことは、忘れてしまいたい戦場の記憶を今一度生きろということに他ならない。それは悲惨な状況であればあるほど語りたくない、思い出したくない記憶になる。ヒロシマやナガサキ、アウシュビッツの記憶と同様だ。
国の大義は殺戮の現場では何の役にも立たない。ひたすら殺し、弾をよけること。戦友を守ること。そうしたことだけが、生きようとする本能の証だ。
イーストウッドは、硫黄島の激戦を淡々と描くことで、殺し殺されることの虚無を描く。観念的ではなく、血が流れ、体がちぎれ飛散する殺し合いこそが現実の戦場なのだ、といわんばかりに。老監督のその強いメッセージは、しんしんと心に沁みて来た。

ただし、出来ればこの作品を観る前に原作を読んでおいた方がより理解が深まる。当時の大戦の背景や、硫黄島の戦略的位置づけなどについて、この作品は殆ど語っていないからだ。だから、予備知識が無い人が観るとかなりしんどいかも知れない。回想などで時間軸が行き来するのもわかりにくさに拍車をかけている。そこが映画としてのこの作品の弱点でもある。原作を読んでいれば、その辺もさほど違和感は無いのだが…。
硫黄島激戦を日本側から描いた『硫黄島からの手紙』も楽しみである。栗林忠道についての資料は数多くあるが、06年に大宅ノンフィクション賞を受賞した梯久美子『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』は、栗林の人間性を深く捉えた労作。アメリカ留学の経験もある栗林が、海軍から見捨てられた硫黄島でいかに散ろうとしたか、これも事前にある程度知っておいた方がより理解が深まるかも知れない。

様々な偶然で歴史的な写真を撮影したAP通信のジョー・ローゼンソール氏は、06年8月、94歳で亡くなった。時代は確実に過去を忘却しつつある。この映画はしかし、そこに敢えて楔を打ち込もうとする勇気ある作品であると私は思う。

投稿者:marx投稿日:2006-10-25 00:22:17
 戦争における意図的な虚構を丁寧に描いた作品としては、高い評価を得られるのだろうが、フラッシュバックを細かく入れすぎたことで、物語の軸が定まらない印象も強い。
 個々の登場人物を把握し難いと感じた人は多いだろうし、エピソードの描き方も薄い面は否めない。
但し、硫黄島での戦局は非常に数多く残されていた写真(これには驚かされた)を元にして忠実に再現されているのが分かり、戦争の痛ましさを強く訴えることに成功していると思える。
 ただ、場面によってはショッキングなカットもあるので、血なまぐさいシーンを正視できない人には薦められない。
投稿者:sabu投稿日:2006-10-24 09:34:28
イーストウッドが描く戦争。それは戦争がもたらす悲劇、戦場の極限的な空間、そして兵士を待つ人々、実に多彩な方面から戦争というものを捉え、一貫し、戦争の虚しさを伝えている。物語は王道なものの、珠玉の傑作。善と悪の区別なく、戦争をここまでリアルに、そして物悲しく描いた作品もそうない。母国に戻り英雄に祭り上げられた3人の兵士を軸に時折入る戦場のカットバック。それは戦場のリアリティをありありと描き出している。正直イーストウッドがここまで戦場の描き方が上手いとは思わなかった。グレーがかった寂しげな映像で戦場の虚無的なメッセージを伝えている。そしてそこで兵士が見たものは凄惨なものだった。その辺を見せつつ、自分達がやったことに何一つ誇れるものはない、というセリフは本当にグッと来る。ポール・ハギスの脚本は秀逸。祖国に戻り、平和な日々から一転し、戦場を思い起こしてしまう入りなどが素晴らしい。セレモニーで花火が上がる爆音と共に、頭の上で銃弾が飛び交う戦場を次のシーンで入れてくる。それらの一連のシークエンスが続くと、無意識のうちに作品の語り口にどんどん引き込まれる。2時間12分という長丁場だったが少しもそれを感じさせなかった。一つややこしかったのは、作品の流れを担う人間が途中から変わり、物語の目線が分かりにくくなるところ。しかし、本当に久しぶりに素晴らしい映画に出会えた。2時間の映画でこれほど色々なことを考えさせられるとは。そして物語は『硫黄島からの手紙』へと続いていく・・・。http://sabuchan0605-id.hp.infoseek.co.jp/index.htm
投稿者:kerry投稿日:2006-10-23 01:16:22
事実や伝えられたエピソードしか描かれていないのか、
魅力的な若手俳優がたくさん出演しているのに一人一人の
キャラがたっていないのが非常に残念。
ただでさえみんな同じ衣装とヘルメット着用で区別
しにくいのに。
プライベート・ライアンのバリー・ペッパー、
バンド・オブ・ブラザーズのニール・マクドノー、
デス・フロントのジェイミー・ベル、
ポール・ウォーカー(戦争ものに出てた?)、
もっともっともっと彼らを!
「最高の海兵隊でした」なんつっても、その台詞が胸に
グッとくるほどエピソードが語られていないしねえ。
大人になった彼らや、英雄の息子が当時のことを語るという
設定自体が物語を散漫にしている。どうしてもその部分を
除けないなら、いっそのこと記録映画やドキュメンタリー
ですよ、みたいな割り切りかたをしてほしいと思った。

私はイーストウッド監督の良さを感じられなかったな。
そして、アメリカのみなさんは『硫黄島からの手紙』も
観てくれるかちょっと心配。
投稿者:Longisland投稿日:2006-10-22 01:45:08
冒頭30分はプライベートライアンの1.5倍迫力ある戦闘シーンを堪能も…3人の英雄の人生の描き方が散漫な感否めず。巨匠イーストウッド監督としては単なる戦争映画では不味いと感じたのか、いろんなこと詰め込みすぎ(だと思う)。その後の人生はアダム・ビーチ演じるインディアン兵のエピソードに特化したほうが良かったのでは。 

激戦を戦う日本兵はほとんど登場しないところに不満が残るも、まあ次回作があるからこんなもんでもいいのかね。

戦闘シーンを彩度を落とした映像で撮るっていうのは最近定番化しましたね(w
投稿者:Hi-Fi投稿日:2006-08-29 01:34:49
敵同士である日本軍とアメリカ軍。
描き方が同じ目線で描ききれるのか、イーストウッドの手腕に期待。
心配なのは脚本のポール・ハギス。
現代劇であったクラッシュやミリオンダラーベイビーの様に、戦争のダークサイドを描ききれるのか劇場で確かめたいと思います。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ 音響賞(編集)Bub Asman 
  Alan Robert Murray 
 □ 音響賞(調整)David E. Campbell 
  John T. Reitz 
  Gregg Rudloff 
  Walt Martin 
□ 監督賞クリント・イーストウッド 
□ 助演男優賞アダム・ビーチ 
■ 外国作品賞 
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