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家の鍵(2004)

LE CHIAVI DI CASA
THE KEYS TO THE HOUSE

メディア映画
上映時間111分
製作国イタリア/フランス/ドイツ
公開情報劇場公開(ザジフィルムズ)
初公開年月2006/04/08
ジャンルドラマ
ミュンヘンからベルリン、そしてノルウェイの海辺の町へ、
15年の空白を経て出会った父と息子が辿る 心の旅路

家の鍵

(C)2003 The Louis Kahn Project,Inc.


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家の鍵家の鍵

【解説】
 難産の末に恋人を失ったショックから、障害を持って生まれてきた我が子を手放し去って行った父親が、15年の空白を経て初めて息子と向き合う姿を通して、父と子の絆、障害を抱えた子どもと家族の深い苦悩を描いた感動ドラマ。監督は「小さな旅人」「いつか来た道」のイタリアの名匠ジャンニ・アメリオ。主演は「アパッショナート」のキム・ロッシ・スチュアートと新人アンドレア・ロッシ。共演にシャーロット・ランプリング。
 若きジャンニは、出産で恋人を失い、そのショックから生まれてきた我が子を手放してしまう。15年後、障害を抱えたその息子パオロは亡くなった母親の家族によって育てられていた。ジャンニは、15年間一度も会ったことがないパオロをミュンヘンからベルリンのリハビリ施設へ連れて行くことになっていた。道中、パオロにどう接したらいいか戸惑うジャンニ。やがて到着したリハビリ施設でジャンニはより重い障害を持つ少女の母親ニコールと出会う。そして彼女との交流が、ジャンニの心に少しずつ変化をもたらしていく。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
535 7.00
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【ユーザーコメント】
投稿者:2時間はいい投稿日:2016-02-05 10:59:03
確かになんとなくすっきりしないで終わってしまった
でも介護をしている側(私)は明日もこうだからねということかしらと思う
つまり気持ちの整理はできたが介護が残ってしまったというように見える
ニコルよりはまだこちらは陽気でやっていけるけど
明日は いつかは 奇跡が起こって良くなるんじゃないだろか という気持ち わかるなあ

二人の子供さんが演技でない演技ですばらしい
娘さんのほうが重症だとしても より自然に近い
困ったことは知恵がついても大人社会(学校か病院)の枠の中
でもパオロくらいに対応ができてほしいしね というのは
赤ちゃんの感覚って不思議で
それが発達障害児と高齢者が近づいてくれて これを奇跡とたまに間違えるの

ストレスは良いアイデアに気づくことで発散しているつもり

追加
厳しい歩行の練習には驚いてしまった
ドイツ人の国民性でも表現しようとしたのだろうか?
こちらはバランスを崩すので疲れ始めたら一休み(高齢者の足ほぐし歩行なので)
投稿者:いまそのとき投稿日:2012-07-01 13:18:29
久しぶりに映画に心の闇と苦悩を描いた佳作だと思う。淡々と追うカメラ。この父子の触れ合いがなんとも切ない。こういう重く地味なテーマを、真っ向から撮る映画人が残っていたことが嬉しい。「まぼろし」もよかったS・ランプリング。年を取って本当にいい女優になった。
投稿者:irony投稿日:2007-09-28 15:09:41
この作品の中でのシャーロット・ランプリング(ニコール)の千里眼には恐れ入った 一目で見抜くそのチカラ(出来過ぎですが…) もともとそういう能力が女性には備わっているのだろう(浮気を見抜くのは女性の方が圧倒的だし…)
 しかしどの映画賞にも引っかかんなかったのね?いい作品なのに…。
投稿者:なちら投稿日:2007-02-22 22:21:50
良い。でも、つらくて苦しい。
投稿者:Jean-Claude Marais投稿日:2007-02-22 09:42:40
ジャンニ・アメリオは相変わらず手厳しくも、人間愛が本作では静かに描かれている。かつて発表した、死刑制度と人間の尊厳を問うた「宣告」や、孤児院へと向う幼い子供と憲兵の旅を描いた「小さな旅人」などが印象的であるが、彼は人間の心の脆弱さと、そこに隣り合わせにある救いや、願いと、煩悶しながらも、強く生きようとする者への温かい眼差しが感じられるのだ。しかし、いずれにおいても、厳しくより現実的で客観的な視点が常に主軸にあることは間違いない。
我が子を、恋人の死により手放したジャンニと、障害を持って産まれ、生きてきた息子パオロとの再会から生じる静かな心の葛藤。同じように重度障害を持って産まれてきた娘を介護するニコールという中年女性と出会うことにより、パオロとニコールは本質的で根本的な問題を、子供達の存在そのものによって投げかけられる。障害を持つ子供と共に生き、歩むには覚悟が必要であり、同じく障害と向き合うことによって、時には生じる「苦悩」にも耐えうる覚悟も必要であるということに他ならない。
ニコール演じるシャーロット・ランプリングが語る「子供達にとって問題であるのは、病気ではなく親なのだ」ということ。この厳しくも命題ともいえる問いを、パオロを演じるアンドレア・ロッシの自然な演技が、静かにじっくりと、心に投げかけてくるのだ。それは、まるで湖に小石を投げいれて水面に広がる小波のように。
アメリオの情緒のある自愛に満ちた作風は、優しさを称え、自然に生きることから、パオロとジャンニの壊れた関係、そもそも構築されていなかった関係さえも「再生」されるということを、厳しい視点を織り交ぜながら教えてくれる。
アントニオーニの「愛のめぐりあい」では、若々しさとその美貌で、将来性に期待していたが「パッショナート」などで、年々キム・ロッシ・スチュアートの役者としての円熟度は増しており、今作では、静かな受けての演技に、深い共感が持てる。家族とは何か?生きるとは何か?そんな根本的なところで、ひとは彷徨い続ける。シャーロット・ランプリングの母としての滲み出る苦悩と影が、儚くも切ない。さすが、の名演である。
「鍵」はこころのなかにある。映画はいいものだ、ということを改めて教えてくれる良作である。
投稿者:三葉十四郎投稿日:2006-06-15 01:33:36
【ネタバレ注意】

ジャンニ・アメリオ監督は子供側から大人の方へ向ける
眼差しが寂しくも厳しい「小さな旅人」と言う作品が過去にあったが、
今回の視線も突き放したものとは違うが更に厳しい。
そしてそれは本作に出演している様な障害を持った人達に向けてのものでは無く、
彼らを支えるジャンニ(キム・ロッシ・スチュワート)や二コール(シャーロット・ランプリング)
らに当たっている。
ジャンニと障害を持つパオロがドイツの病院へ向かう冒頭から観客は話が進行するにつれて、
ジャンニはパオロを何かの負い目が有って、世話を引き受けた人と思わせられるが、
同じ障害児を持つ母親二コールは実子である事をすぐに見抜いてしまう
当初はニコールとの内訳話を避け気味だったジャンニだったが
次第に打ち解けて、パオロがかって恋人に生ませて見捨てた子供である事を告げる。
ニコールは経験から共に生きることの覚悟への忠告をするが、その言葉は
全部自分に返ってくるものになってしまう。
駅で誰に語りかけるとも無い様子で"死んでくれれば"と思うことがあると彼女は呟く。
登場してから二コールはもの柔らかで、非常に面倒見の良い人物として現れるが、
ここではまさに暗転と言わざるを得ないような怜悧な表情に変わる。
そして二コールの後ろで、端正な横顔で黙して言葉受けるジャンニが置かれている。
この場面は監督の要求に応えた二人の演技も素晴らしいが、キャスティングに依る、
情感表現を最も効果的に見せたものの一つであろうと僕は思う。
ニコールはそのまま言葉を続けずに背中を向けて去っていく、
その向かう先の暗澹にはニコールが直面していくであろう生き難さが痛切な程に
込められている。
話を聞いて尚、パオロの引き取りを決意するジャンニだったが、ノルウェーの高原を
ドライブ中に、手を焼かせるパオロにジャンニは腹を立てる。
そして怒りを抑えられなかった自分が許せなくなりついに泣き出してしまう
が、これを慰めるのもまたパオロなのである。
この荒涼な光景は、やはりこれからを生きる事の厳しさを表しているが、
その中に寄り添う二人の姿にこそ、アメリオ監督の希望を見ようとする滋味溢れる
眼差しがあり、僕達もまた人を頼みに思う、信じる事の出来る気持になれるのである。
見終わって、本編ではそう強調はされていないが、僕は"血縁"を考えさせられた。
例えば肉親が亡くなったりした時に不意に湧き上がって来る、そういう血と言うものの濃さに
思うところがあった。
パオロ役のアンドレア・ロッシは良く引き出された演技であり
ハッキリものを言うところが巧まざるユーモアになっている。

投稿者:黒美君彦投稿日:2006-05-26 11:59:35
【ネタバレ注意】

深い余韻の残る作品である。若い日の恋人が自分の命と引き換えに産んだ障害のある息子パオロ(アンドレア・ロッシ)と15年ぶりに再会する父ジャンニ(キム・ロッシ・スチュアート)。
うしろめたさと善良さを兼ね備えた若い父の戸惑いが画面から伝わってくる。
それでもパオロの純粋な笑顔に次第に父親としての責任と喜びを感じ始めるが、かと思うとパオロの予期できない過剰な行動に振り回され、絶望感に苛まれる。
誰からも褒められず、報われず、終わりのない介護が続くと考えた時の絶望感を誰が責められようか。シャーロット・ランプリングの絞り出すように吐露した本音が心を揺さぶる。

パオロは怒りや拒絶を示すとき、必ず「家に帰る」と言い出す。「しなくちゃいけないことが多いんだ…住所はわかる?ペルシオ通り10番地、電話は06-708-2402…」。
彼がいう「家」は、おそらくは唯一彼にとって安心できる「シェルター」なのだ。だから「家の鍵」を持っていることによって、安心感を得られる。
ジャンニは拒絶され、疲弊する。どうすればいいのかわからなくなる…。

もともとはジュゼッペ・ポンディッジャ著「明日、生まれ変わる」(本篇でも何度も登場する)の映画化の企画からスタートしたというが、ジャンニ・アメリオ監督はアンドレア・ロッシとの出会いがきっかけで内容を根本的に変えたという。
冒頭「二人のアンドレアに」と表示されるが、これは「明日、生まれ変わる」のアンドレア・ポンディッジャとアンドレア・ロッシのことを示しているようだ。
監督自身、17歳で初めて当時まだ36歳だった実父に会ったという。父子の再会にこだわった背景にはそうした過去があったのか。
「障害は個性だ」というのは簡単だ。しかし一人で生きることが難しい障害のある子供を持つ知り合いは、「私は絶対この子より先に死ねない」と語った。そうした絶望や苦悩を経て、初めて「障害は個性だ」という言葉が言えるのではないか…そんなことも感じた。
安易な救済など、ない。しかし、「そんなのナシだよ」とパオロに慰められる若き父の姿に、かすかな希望を見出せるのも確かなのだ。

長身痩躯の超美形キム・ロッシ・スチュアートが好演。カッコいい彼が、決してカッコよくない現実と向き合うというのは、ある意味残酷にさえみえる。が、彼のひたむきな演技がこの作品に深みを与えている。
撮影は1年がかりだったとか。スタッフに敬意を表したい。
(涼さんのコメントに賛同!)

投稿者:投稿日:2006-05-26 04:30:37
【ネタバレ注意】

 ラスト10分、涙が溢れてしょうがなかった。ジャンニ(キム・ロッシ・スチュアート)の父としての苦悩、喜びが画面から余すところなく伝わり、心から共感できた。素晴らしい作品である。

 過酷な歩行練習の途中、息を吐かせてくださいと立ち止まるパオロ(アンドレア・ロッシ)になおかつ続けろと医師が命令するとき、ジャンニが思わず走り寄り抱きつくシーンで、最初に涙してしまった。後は涙の波状攻撃である。

 紆余曲折はあったものの、息子との関係が上手くいっていると思った矢先、あるトラブルでそう簡単にはいかないことを思い知り、ジャンニは思わず泣いてしまう。そのときパオロは慰めるのだが、この瞬間、父と子が逆転している。ここがリアルで面白い。父と子、健常者と障害者もお互いが人間である以上、その関係は一方的ではありえないのだ。

 エンドクレジットに挿入される幸せそうな二人の表情を見ていると、本当の父子のようである。撮影に1年をかけたらしいが、その間にお互いにそのような気持ちが醸成されていったのではないか。その直前に泣くシーンがあっただけに、キム・ロッシの幸福そうな笑顔がまぶしく、作品自体の印象を明るいものにしている。

 キム・ロッシ・スチュアートは、若き日のアラン・ドロンのように美しいが、演技力でははるかに彼を上回っている。自分の外見の美しさを捨てたところからしか出てこない感情表現が見事である。これから注目していきたい。

【ソフト】
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