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ぼくを葬る(おくる)(2005)

LE TEMPS QUI RESTE
TIME TO LEAVE

メディア映画
上映時間81分
製作国フランス
公開情報劇場公開(ギャガ・コミュニケーションズ)
初公開年月2006/04/22
ジャンルドラマ
映倫R-15
余命3ヶ月――。
あなたには何が残せますか?
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ぼくを葬る(おくる)ぼくを葬る(おくる)

【解説】
 「8人の女たち」「ふたりの5つの分かれ路」の鬼才フランソワ・オゾン監督が、「まぼろし」に続いて描く“死”をめぐる3部作の第2作目。ある日突然余命3ヶ月と知った主人公が、自らの死と向き合い過ごす最期の時間を静かに見つめる。主演はフランス期待の若手実力派メルヴィル・プポー。主人公の祖母役で大女優ジャンヌ・モローが出演。
 パリで活躍する気鋭の人気ファッション・フォトグラファー、ロマンは、ある日撮影中に突然倒れてしまう。診断の結果は末期のガン。医師の勧める化学療法を拒んだ彼の余命は3ヶ月と告げられる。様々な感情がロマンの心に押し寄せる。愛しているものの、なかなかうまく折り合うことができずにいた家族には、このことを秘密にすると決めたロマン。一方、恋人の青年サシャには、冷たく別れを告げてしまう。そんな中、唯一心を許す祖母にだけは自分の苦しみを素直に打ち明けるのだった。そして、死が迫る中、ロマンの心にある想いが芽生え始める。
<allcinema>
【関連作品】
まぼろし(2001)
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
640 6.67
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【ユーザーコメント】
投稿者:いまそのとき投稿日:2012-06-01 09:54:50
ある人生観とひとつの死生観。スチュエーションを素直にとればここに描かれたのは儚く受け入れざるを得ない個体の帰結。命の終焉と向き合う孤独を淡々と語る。父や母そして姉との確執。愛憎さえ個人がこの世に残した淡き幻想に思える。個を支える自分もまぼろしのようなものかもしれない。
投稿者:Normandie投稿日:2011-12-01 01:07:17
もちろん、この方ゲイです。もうやりたい放題のカメラアングル。
主役プポーの性器を写す必要があったのか、何を提示したいのかよくわからない。
他の作品を見てないから何とも言えないが、「死ぬまでにしたい10のこと」
に似てて、ダシも効いてない上に調味料も入れ忘れた感じ。
一晩寝たら忘れてた。中身のない映画は再見はないでしょう(辛)
投稿者:irony投稿日:2008-09-10 23:48:19
 普遍的なテーマで人はいつか必ず死ぬんだけどフランスではこんな作品になっちゃうのがフランスらしいと言えばらしい 
投稿者:ghost-fox投稿日:2008-07-17 22:31:55
淡々としているが、不思議と余韻が残る
投稿者:りちゃちゃ投稿日:2008-05-15 20:17:28
公園でのお姉さんとのシーンでただただ涙・・・。
投稿者:さち投稿日:2008-01-16 07:48:05
最高
投稿者:ito-p投稿日:2007-12-18 23:39:57
オゾンは本当に映画に対して真摯に向き合う監督だと思う。この映画では、「生きる」ということについて自らで思考し、(借りてきた他人のコトバではなく)自らの手法で表現する。そこに上辺だけのギミックはない。
この作品は、今まで自分を頼りにそれなりに成功して生きてきたロマンが、自らの死を宣言されたことで、「生きる」ということについて考える映画。普通、こういったタイプの映画では、主人公は家族と感動的にわかり合うことが出来るといった理想的な展開が待っているが、この映画ではそのようなフィクショナルな(人工的な)設定はない。不完全であるが愛情を示してくれる姉、絶対的な愛を与えてくれる祖母、子を提供する不妊夫婦。様々な要素が絡み合いながら、ロランは、少年時代の自分(生きることを無意識の下に知っていた存在)に至る。そこには生の象徴である海。
フランソワ・オゾンが建前でなく、本音で「生きる」ことに向き合った珠玉の一作。
投稿者:8397MT投稿日:2007-05-10 23:43:39
すごくストレートだと思った。前作からなんだかクシシュトフ・キエシロフスキー監督の映画にすごく似てきたように思う。デカローグをちょっと見ただけでよく知らないのだけれど。

スイミング・プールの感じとはずいぶんまた変わってしまったなあと少しさびしい感じがする。

この映画では観客を戸惑わせるような変化球はまったく投げられていないと思う。また何か他の映画や、映画のジャンルに基くような記号ではなく、人生に基く象徴や記号が多く用いられているように思う。しかし最後の青いボールを渡すシーンなどちょっと直球過ぎるのではないかと思ったりする。

すばらしいよくできた映画だとは思うのだけれど、スイミング・プールのほうが好きだ。
投稿者:kath投稿日:2006-12-24 12:26:13
とても良かった。ともかく内向的な性格のロマンには、幼い自分と対話する瞬間しかその本音が表れてなかった気がする。感動的で、自分だったらどうするととても考えさせられる映画。彼が最後にとった決断は、偶然の機会に恵まれたとはいえ、とても尊い気がした。
投稿者:黒美君彦投稿日:2006-06-03 11:20:12
愛する人の死を主題に置いた『まぼろし』に比べると、自分自身の死と向き合うこの作品はストレートでわかりやすい。こうした作品では常に観客は自分自身に重ね合わせ、普段意識しない死を強烈に感じとるものだが、やや形而上的な色合いが濃いので「死へ向かう」生々しさは薄い。寧ろ同性愛や代理父の行為の方が余程生々しい。

ゲイのフォトグラファー・ロマン(メルヴィル・プポー)の内省的な演技が好ましかったが、孤独へと自らを追い込む理由がよくみえない。祖母ローラ(ジャンヌ・モロー)だけがそれを理解してやれる・・・家族への背信行為をうしろめたく思っているのか。姉との不仲は何がきっかけなのか。ロマンは何を遺そうとしたのか。そもそも「遺す」ことの意味は?
フランソワ・オゾン監督はいつもながらに謎掛けの答えは全く用意せず、ぽんと投げ出している。

病いによる痛みや呼吸困難といった症状が殆ど描かれないのも意図してのことだろうが、その辺りはやはり非現実的。主人公が、どう「死」を生きたのかが今ひとつ私には伝わって来なかった。

ちなみにこの作品、原題は“Le Temps Qui Reste”で、英題が“Time to Leave”。仏題は「残された時間」で英題が「去る時」。さらに邦題が「ぼくを葬る」。それぞれに国民性?が表れているようで興味深い。原題は主人公の視点に軸足をおき、「残された時間」そのものの重みをみつめようとしているかのようだが、英題はきわめて客観的で他人事っぽい。邦題は「葬る」の語感の強さによって、「葬送儀礼」を思わせる。「儀式」的な形式を好むこの国らしい表現だ。もちろん原題の意味するところが、この作品には最もふさわしい。

投稿者:mickey投稿日:2006-05-01 15:09:29
感動的じゃないのに涙があふれ出た。
投稿者:Longisland投稿日:2006-05-01 01:33:46
仕事にも恋愛にも恵まれ、多少の悩みはあるが人生の終わりなど夢想だにしない20〜30代。突然死を宣告され、死を受け入れなければいけない状況に置かれたら… 残された時間で何をし、何処で死を迎えるか。家族との、恋人・隣人達との関係が静かに切なく流れていく・・・・のだが、そこはF・オゾン監督作品らしくかなり(日本人には)独特な世界が繰りひろげられてゆく。
日本だと、同じ”死”を向かいいれる主題で『セカチュー』を作り、観客もみんな泣いちゃうが、フランス人だとこういう作品になるんですね。
【ソフト】
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