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バッシング(2005)

BASHING

メディア映画
上映時間82分
製作国日本
公開情報劇場公開(バイオタイド)
初公開年月2006/06/03
ジャンルドラマ
ひとりの女性が日本を捨てた――。
彼女が彼女であるために。
バッシング [DVD]
参考価格:¥ 5,076
価格:¥ 499
USED価格:¥ 250
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バッシングバッシング

【クレジット】
監督:小林政広
脚本:小林政広
撮影監督:斉藤幸一
編集:金子尚樹
効果:横山達夫
録音:秋元大輔
助監督:川瀬準也
出演:占部房子高井有子
田中隆三高井孝司
香川照之支配人
大塚寧々高井典子
加藤隆之
本多菊次朗
板橋和士
【解説】
 2004年にイラクで起きた日本人人質事件を巡る日本国内での反応をヒントに、中東で人質となった主人公の帰国後の姿を描いた社会派ドラマ。監督は「歩く、人」「フリック」の小林政広。2005年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作。
 北海道のとある海辺の町。ホテルでアルバイトをしていた高井有子は、ある日突然クビになってしまう。彼女は中東の戦時国でボランティア活動中、武装グループに拉致・監禁され、人質となった女性。無事に解放され、帰国した彼女には世間からの厳しいバッシングが待っていた。ホテルの支配人も、そんな彼女の存在を持て余し、クビを決断したのだった。しかし、彼女を待っていた不幸はそれだけに止まらなかった。
<allcinema>
【ユーザー評価】
投票数合計平均点
428 7.00
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【ユーザーコメント】
投稿者:Stingr@y投稿日:2008-02-12 15:22:39
 私は、邦人が海外で事件・事故に遭ったら、理由はともあれ、まず全力で救出にあたる日本国政府であってほしいと願う。多くの人が、イラク人質事件に関して、“自己責任”の名の下に「あんな奴らに国費をかけるな、放っておけ」と意見していたのに抗って、小さな声で反論した。

 作品はフィクションであり、実際にイラクで人質になった人々とは無関係であることに注意しよう。元カレが「君は変わった」と言うように、バッシングに遭って頑なになってしまった有子の心は分かる。団地の自分の家のドアを開けるたびに襲いかかる不幸の連鎖。そう、バッシングの止まないこの国にいる限り、有子はますます嫌な人間になって居場所がなくなる。

 この作品は、有子ではなく、目に見えない“みんな”を描いている。匿名の電話、匿名のメール、「“みんな”そう言っているよ」、「“みんな”そう思っているよ」。「“みんな”って誰ッ!」。“自己責任”を叫んだ集団狂気が一人の人間を追い詰めていく。“自己責任”は“異質排斥”の大義名分になっただけだ。かつて、この国での“非国民”や、ドイツでの“ユダヤ人”と同じように…。ともあれ、作品テーマは大きいのだが、観客には今ひとつ気づいてもらえていないのは作品の所為だ。

 つまり、有子はフツーの善意のボランティアでよかったのに、占部房子に役どころを与えるために有子の個性を強くし過ぎた。有子が自分の個性の所為でバッシングに遭っているかのような印象を、観客に与えてしまったのだ。本当に描くべきは、有子の個性なんかを知らない“みんな”、そして、“みんなの狂気”であったはず…なのに!

 “異質排斥”。子供の社会にも、大人の社会にもある“いじめ”や“差別”を生む心の深淵がここに口を開けている。誰だって、個性という異質部分を持っている限り、明日はわが身が“排斥”対象になるかも知れない。その結果として生じるのが、個性を押し殺した傍観者たち。自分の意見を持たない人々は、声高に叫ぶ集団狂気に雷同し、押し黙る人々は集団狂気に黙認という拍車をかける…。
投稿者:一寸小丸投稿日:2008-01-30 03:09:49
映画としての評価は、「題材が題材なので難しいのに、役者が頑張ってたのでいい映画になってた。変にエンタメに持ってかなかったのはえらい。」と。ですが、やっぱ描いているソレのことを言いたくなる。

パウエル国務長官が「日本は自慢すべきだ」と言ってくれたが、ほとんどその意味を伝えず、国策のバッシングに乗っかったメディアと大多数の国民。そのことの検証はしたんだろうか・・・。だって、いくら危険地域だからって、自己責任で行くやつがいるのは予想外じゃないよね。国なんだから、予想してたろうし、その対策も事前に練ってたはず。なのに、あたかも「びっくりした」ふりして非難してたこの国のえらい人。それに付和雷同した人々。最近起きたバッシングでもその体質は変わってない・・・。

確かに、この映画の主人公のように、周りが見えてない子なのかもしれない。ダメ人間かもしれない。映画はちゃんとダメ人間に描いていたもんなあ。んだけど、だからと言って切り捨てたら、国ってなんなのよ、と思うよね。恐ろしいことだよ。まあ、バッシングしていた人も、いつバッシングされる側にならんとも限らないわけで・・・。

筑紫哲也や「ニュース23」であのときのバッシングの反省をちょびっと述べた。一度、ちゃんと検証して欲しいなあああ。って、この映画を見て思ったよ。
投稿者:はこまる投稿日:2007-07-07 14:01:24
主人公のキャラクターや行動に首を傾げること多々の映画ですが、作り方が彼女自身を否定も肯定もせず、殆どトコトコと動きまわる肉体を描くことのみに終始している為に、見終わるとなんだか清々しい印象が残る不思議な映画です。

現実に密着し、「個人」とその周りの人々をありのままに描くことにより「社会」を浮き彫りにしていくスタイルは、ダルデンヌ兄弟の一連の映画に似ています。
しかし、あっちが(100年後の)大学の講義におけるテキストの域をどうしても出ないのに比べて、こっちはまだはっきりと「映画」といえる強度が存在しています。
最初に言った「否定も肯定もしない」ということは、見る側としては「あなたは一体何を言いたいんですか?」と投げ出された気分になり不愉快になるはずですが、私は本作を見ていてそんな気分になることはありませんでした。交わることのない「ズレ」そのものが見所となっているからかもしれませんし、「自己責任」の名の下に、本来守るべき国民を切り捨てた偽政者の姿を目にしていたからかもしれません。

では何故本作がある種の「強度」を持つに至ったか?ということですが、やはりそれは、ここで描かれている家族の姿が「世間様」に翻弄される、という日本映画のコアな伝統にのっとったものだからだと思います。そして、それを象徴するのが娘を愛するが故に悲劇的な最後を遂げる父親であり、喪服姿が美しい大塚寧々扮する義母の存在です。

この、悲劇の後もなお娘から理不尽な扱いを受けてしまいかわいそうなお父さんの姿を見ていて、小林正樹の『食卓のない家』における父親(仲代達矢)を思い出したのは私だけでしょうか。あの映画での父親は本作同様身内が起こした事件により、日本社会から猛烈なバッシングを受けますが、「個人」の立場を貫き通し断固として謝罪することを拒否しました。無論、社会的な地位、ある種の「象徴性」がそうさせたのかもしれませんが、世代的に古い皇国教育の中で育った人が「国家」と「社会」に抗い、戦後の自由主義の中で育ったはずの若い人がそれにあっさり潰されていくところが面白いといえます。「社会」を象徴する町の人々のリアクションがほとんど人形化しているところも興味深い。

どんな所にも「差別」は存在しますが、思考停止状態を意味する「自分探し」の名の下に、浅はか過ぎる自己を貫き、再び混乱の地に赴く。一番身近な人々を幸せにできずに、一体何故他人を救えるのか?との素朴な疑問が消えないでもない主人公ですが、「私、なんか悪いことした?」のセリフや、最後の義母との和解のシーンでの交わらない視線を含め、日本映画好きなら嬉しくなる秀作となっています。音声にも注目。ジュリエット・ビノシュを少し不細工(失礼!)にして貧乳にした占部房子、かわいそうなお父さん田中隆三ともに好演。繰り返しますが、大塚寧々の喪服姿は美し過ぎる。必見です。また、主人公と同性である女性の方の意見にも興味が湧く映画でもあります。
投稿者:irony投稿日:2007-05-24 14:59:35
 ハイ、あなたの所為です。日本の駄菓子をあげるとイラクの子供達が「yuko,yuko」と喜んでくれる それはネコの餌付けと変わりません。小さい頃から何をやってもバッテン どんな犠牲を払ってもイラクに行く オヤジが亡くなって保険金の無心…酷い事を言ってるのは解ってる、でも…どうしても行きたいのよぉ〜挙句は父親を意気地なし呼ばわり だから身近な観客の第三者としてはこの主人公をこれでどう擁護すりゃいいのさ?バッシングの経緯ももう少し時間をかけてやりゃいいのにね?(ベースがあの事件だから省いてるのかも知れんが)…何故バッシングされたのか?そこん所は重要なのにね。 しかしオデンをあんな買い方する人はいるのかね?やっぱりいるんだろな、世間は色んな人がいるからなぁ…。
 
ただこの作品もそうだが最近のマスコミの叩き方は異常 不祥事を起こしゃ泣いて謝るまで叩く この作品に至っては親の会社まで関係の無い第三者が叩き日頃の憂さを晴らす 世の中便利で快適になってネットや情報社会が普及し発達しても人間自身何も変わらない でもこれが本質なのかもね いつだって弱肉強食 生存戦争の世の中だ 07/7/7加筆修正しました(オール777なのになんてこったい!) 
投稿者:ちゃぷりん投稿日:2007-05-24 03:55:14
出品なんて10年(他にもあるけど)早い。エピソードはありきたり、無駄なショットも多い。モデルとなった人の家族にはそんな悲劇は無かったんだから、心に来る物も無い(コンビニ店長の態度が一番まとも)。
そうしたら最後の主人公の吐露で、ようやくコイツの性格と行動に共感出来る所が見つかった。彼女がイラクに戻る理由をフィクションなりにシンプルに纏めたと思う。ダメ人間って人生でうまく行った事が本当に少ないんだよね。
主役の女優の暗い表情が魅力的。本物は只のブ○だからな。

追記07-6-26
HDDから消去しようか迷ったが、結局DVDに落として、以来度々(気に入ったシーンだけだが)観ている。私のような人間には癖になる独特な魅力を持った作品と言えそうだ。
投稿者:悲しみジョニィ投稿日:2007-05-03 11:36:03
イラクの人質事件からヒントを得た物語。
扱いにくい題材を、監督と主演女優の力量で映画に仕上げている。

あんな事が起きなければ、応援する人も共感する人も英雄視するひともいたはず。
それがひとつの出来事で社会は
まるでバッシングと言う名のウィルスに犯されたかのように変貌していく。
半年経ってもウィルスは依然、主人公の周りで進行し続けている。
人質事件をモチーフには取ったが監督が描きたかったのは、バッシングに犯された社会の怖さ。

極限的な状況で求められ、役割を見つけた主人公には
例え日本に居場所があったとしても、その生活は実に味気なく感じられたのだと思う。

最初のシークエンスで物語の殆どが語られているように思いました。
投稿者:ビリジョ投稿日:2006-07-07 13:50:06
自己責任だの自己満足だの、ピント外れの無責任な批判がちまたを席巻したが、こうした映画が作られること自体、まだこの国に良心が存在していることを示している。

自分は安全な場所に安穏としていながら、戦地に赴いた人を平気で叩く神経は私には全く理解できない。以来私は、日本という国が大嫌いになった。なーにが愛国心だあほんだら。

心休まる場面が一つもない、強烈な映画である。メッセージがややストレート過ぎるが、高く評価する。
投稿者:サクラインク投稿日:2006-06-10 21:11:55
【ネタバレ注意】

あの事件で政府の対応に対して憤りを感じた人は見るべき作品かと。

一切の音楽を排した演出が不気味なのだが、それが却ってリアルに思えた。
ラストはサトウトシキ監督の『迷い猫』に酷似していたが、自分はこっちの方が好き。
占部房子は上手い。以上。

投稿者:Longisland投稿日:2006-06-06 02:43:09
彼の地の人々に必要とされているからまた行く、この国では皆怖い顔している云々、主人公の有子は大層なことぬかしているが、所詮(本人に原因があり)日本で上手く生きられない自己中心的な馬鹿女としか感じられない。
戦地の人々の為でなく、自己価値探し・自己満足の為に彼の国に向かうっていうのは相手に対しても失礼。
自分が引き起こした騒動に対して反省する姿勢も無く、親・恋人との話し合いでも、何故そのことが起こったかという原因をすり替え、どうして「私」だけがバッシングされるのか「私」の行動が間違っていたの等々「私」が中心の姿勢には共感できず。
確かにバッシングする側も汚く心無いが、その原因は多分に本人の姿勢にあると感じられた。

とはいえ、本作品冒頭「この映画はフィクションで実在する人物・団体とは関係ありません」テロップにあるようにフィクション。
劇映画としてみれば色々考えさせられる社会性とエモーショナルな力を有した問題作。繰り返される自宅の扉を開けるシーン(その都度新たな悲劇が生じる)有子の心理を映し出しているような海のシーン、娘を守りきれない親の苦悩と選択、映画としての構成・演出は見事。
【受賞履歴】
(■=受賞、□=ノミネート)
□ パルム・ドール小林政広 
【ソフト】
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